Articles tagged with: 山梨県立図書館

第3回 甲府地域クラウド交流会を主催しました



2025年10月4日に山梨県立図書館イベントスペースで開かれた甲府地域クラウド交流会(甲府ちいクラ)を主催しました。
今回もオーガナイザーである役員(あづささん)が全体を仕切り、弊社の総務人事経理担当および代表の私が参加しました。本稿は代表の視点からの参加レポートです。

昨年、2024/6/29に第一回甲府ちいクラを開催し、98名の参加者を迎え、まずまずの滑り出しを見せました。その勢いに乗って、2025年3月22日に第二回を開催しましたが、集客に著しく苦戦しました。参加人数も84名にとどまりました。

今回、第三回を開催するにあたり、前回の落ち込みから挽回しなければ。
あづささんもワンオペ体制の弊害を反省し、前回プレゼンターとして登壇してくださった福原千晶さん、高松陽子さんにスタッフとして全面的に関わってもらう体制に改めました。また、私も甲府に足しげく通い、側面からバックアップするようにしました。

会社としても今回のちいクラは成功させる必要があります。三回目では最低でも参加人数100人超えを果たしたい。
となれば、役員に任せっぱなしではうまくいくはずがありません。代表の私も9月は頻繁に甲府に行きました。猛暑で生産性が落ち、本業も苦しかった中ですが。

前回も書いた通り、そもそも甲府を含む山梨は集客がとても難しい地だそうです。様々な山梨の方からそのようなお話を伺います。イベントで100人を集めるのは至難の業だと。

でも、それは決して無理な数字ではありません。山梨でもいくつか、それぐらいの人数を集めているイベントも知っています。また、二年ほど前に河野太郎氏が甲府に講演に来た際、私は講演会に参加しました。その時も300人ぐらいは集っていました。

そもそも、甲府市の人口は182,944人(10\3時点)。
甲府市ウェブサイト
甲府市、甲斐市、中央市、昭和町を含む甲府地区広域行政事務組合の範囲では2020年時点で300,294人です。
甲府地区広域行政事務組合ウェブサイト
つまり、100人集めようと思えば、可能な母数を抱えています。
後は熱意だけ。
今回、その熱意がようやく1つ叶いました。山梨県庁からの後援を獲得しました。

ただ、それでも8月の時点では、人数がまだ停滞していました。さすがにまずいと思い、私も集客に本腰を入れました。

既に7月あたりから、私もイベントで片っ端から声をかけ始めていました。しかし、今回は今までの二回に来てくださった方が来られないと連絡ももらうなど、なかなか人数が伸びません。
ちいクラは、Facebook上のイベントページの参加表明人数が一つのバロメーターです。その数字は当日の集客にも反映されるベンチマークでもあります。

そうこうしているうちに9月になりました。開催前一か月を切った9/9の時点でFacebook上のイベントページの参加表明人数は52人。8月末の地域クラウド交流会全国グランプリ大会を経ても、参加人数は予断を許さない状況でした。

そんな中、あづささんは着実に活動や発信を進め、スタッフのお二人も頑張って発信を進めています。五名のプレゼンター、大人のラジオ体操、投票所などで関わってくださる方の紹介もFacebookのイベントページで投稿されます。あづささんはFM八ヶ岳の番組にも出て、ちいクラ(地域クラウド交流会)とは何かを視聴者の方にお話しする機会もありました。甲府で開かれる様々な経済系、地域創生系のイベントにも顔を出し、司会進行の役も担ったりしながら、ことあるごとに甲府ちいクラの宣伝をしています。そうした活動のいくつかは、Facebookだけでなく、Instagramでも。私もことあるごとにXでも発信を行いました。
そうした努力が少しずつ人数の伸びとなって参加人数は増えていきます。開催の18日前(9/16)にはようやくFacebook上のイベントページの参加表明人数が80人に到達しました。

そして開催の約一週間前、9/28にFacebook上のイベントページの参加表明人数が100名を超えました。さらに、裏で打診していた樋口甲府市長の来臨が決まり、そのことも10/1の発表につながりました。

八面六臂の活動とは、まさに今回のあづささんの動きです。素晴らしかったと思います。
側から見ていても、動きに無駄がなくなりました。過去二回の開催前は、甲府になんのために来たんやったっけ?という無為な時間もあり、側から見ていても歯痒く思っていましたが、それも減り、効率的な動きになったように思います。

私はあづささんの山梨での活動に時期を合わせるように、山梨で主にIT系のコミュニティに参加・運営を始めていました。が、私の動きだけでは、ここまでの人脈は築けなかったと思います。この二年のあづささんの動きには、私も脱帽です。

何よりも甲府に二拠点目の家を構えたのが大きかったと思います。一回目は通いで。二回目は甲府の家を拠点としましたが、まだそれが十分に機能しなかった。甲府の家に拠点を構えたことで、甲府や山梨の人にもあづささんの本気は伝わり、それも今回成果となって現れたのだと思います。

前日はその甲府の家に籠もり、プレゼンターさんからの投影スライドの取りまとめを私が担当し、あづささんはシナリオのチェックなどに精を出していました。


当日の朝、代表とあづささんとで武田神社に参拝に行きました。もう、あとは人事を尽くして天命を待つ心境でした。

当日、実は山梨では他のイベントが行われていました。山梨の旬は葡萄の旬。近くの甲州市では「甲州市かつぬまぶどうまつり」が行われる予定でした。ウェブサイト
また、近くの幼稚園、小中学校では運動会が予定されていました。そのため、当日の参加人数は読めずにいました。 ところが、天気はあいにくの雨模様。本来ならちいクラ日和とは違い、少し湿っています。でも、それがかえって参加者を増やしてくれたのかもしれません。


実は、準備段階で一つ大きなミスがありました。会場の予約時間を間違えていたのです。慌てて二人で予約変更をしに行ったのは、開催二週間前の9/23。
そうした冷や冷やするミスも挽回し、当日は朝から会場設営ができました。

そして、勉強会がスタートしました。


今回の勉強会の講師は株式会社ジブラボの桐山祐輔さん。甲府駅前の目立つ場所にコワーキングスペースCROSSBEを運営されており、他にも山梨全域で多彩な活動をされております。
桐山さんからは『“思いつき”の始め方。 始めた人しか始まらないし、始めない人は始まらない。』と題してお話をしていただきました。

桐山さんの登壇内容、まさにおっしゃる通りです。全面的に賛同できる内容でした。

そこで感じた思いは、こちらのノートにも書きました。やらないと見えない世界はあります。
10月7日 始めた人しか始まらないし、始めない人は始まらない。


もちろん、失敗のリスクはあります。失敗した人には見えず、成功した人にしか見えない世界なら、結局結果論に過ぎないじゃないか、そんな理由で挑戦しない人はいるのはわかります。
でも、それらをひっくるめて受け入れ、覚悟を決めてやらないと前には進めませんし見えません。

桐山さんのタイトルが全てを物語っています。
今回の甲府ちいクラだってそうです。始めなければそもそもちいクラとは袖擦り合う程度の人生だったことでしょう。開催にあたっては苦労もしましたが、その分、得たものは大きかったと思います。

私の人生がずっと飛び込んで挑戦し続けて形作られてきたものですから。
私の人生哲学を桐山さんが代わりに語ってくれたとさえ思っています。

甲府や山梨からもっと外に出て盛り上げる人がいても良いはずです。今回の桐山さんの話が、少しでも皆さんの心に火をつけたのなら、主催側としては本望です。桐山さんありがとうございました。

さて、樋口甲府市長の臨席ですが、桐山さんの講演中から少し遅れるという情報が入っていました。その遅れ具合によっては、その後に予定されているあづささんからのちいクラの説明や、その次の大人の本気のラジオ体操にも影響があります。その調整に少しやきもきしていましたが、樋口甲府市長は、休憩時間が終わってすぐに到着されました。



甲府市長も含めた会場の皆さんに、あづささんから地域クラウド交流会の説明をし、その次に樋口甲府市長からのご挨拶をいただきました。
はじめに甲府でちいクラを開催すると決めてから約二年。前の二回は全く来ていただく気配すらありませんでしたが、第三回にして、ようやく市長に来ていただけるまでになりました。
全国で開催されているちいクラのブランド力にも与った部分もありますが、二年前までは全く甲府に縁もゆかりもなかったアクアビットが、イベントに市長を呼べるようにまでなった。これはやはり感慨深いことです。
上にも書きましたが、ここまでの事は私の独力ではできなかったかもしれません。自信がありません。すべてはあづささんの努力でしょうし、その熱意に心打たれた周辺の方のご尽力を引き出したあづささんの人徳によるものでしょう。特に今回、甲府市長の招聘と山梨県からの後援獲得にあたっては、田中さんからの絶大なご尽力があったと聞いています。そしておそらく私ではここまでのご尽力を田中さんから引き出せなかったと思います。田中さんありがとうございました。また樋口市長を始め、甲府市役所の皆さんには本当にありがとうございました。

さて、続いては、大人の本気のラジオ体操。ちいクラ恒例のアイスブレイクです。今回も会場はイベントスペースの東西をとっていました。なので会場は広く、余裕を持ったラジオ体操ができました。


今回お手本に立っていただいたのは、地元で走る活動をされておられる三枝さん。ランナーらしくシュッとした体型で皆さんを導いてくださいました。もちろん今回も「とりもっちゃん」にも登場していただき、皆さんの前で一緒に踊っていただきました。あ、踊るじゃなくて運動でしたね。







そして、続いてはプレゼンター五名によるプレゼンテーションタイムです。
1. 渡部 拓夢さん
2. 多田 啓紀さん
3. 中島 実美さん
4. 渡邊 悠斗さん
5. 小川 拓人さん
の皆さんでした。今回またさらにプレゼンテーションのレベルが上がりました。甲府は本当に年齢が若いです。5人中3人が20代。1人は高校生。

前回も書きましたが、この若さこそは山梨と甲府の可能性だと思います。
甲府ちいクラを開催するにあたって、甲府に通い始めたあづささんが、はじめに懇意になったのが、大人が多数を占める経済界の中枢でなく、若い学生団体(トップファン)だった事は、甲府ちいクラの成功要因だと思います。


続いては懇親会と投票タイムです。 今回、投票所で投票のアシストを行ってくださるのは以下の六名です。
1. 高松 陽子さん ( 甲斐縁隊 )
2. 安井 洋雲さん ( プロ家庭教師「洋ちゃん」)
3. 田中 康弘さん ( 山梨県後期高齢者医療広域連合 )
4. 矢嶋 泉人さん (Bi-Ai)
5. 原 朋伽さん (September Lab)
6. 高村 大夢さん (NPO 法人トップファンやまなし )

私からは、皆さんに事前にkintoneの入力方法などをお伝えしました。

今回は、受付も伴野さんと花愛さんが担当しました。お二人とも、第一回から第三回に来てくださっており、特に困難もなく受付をこなしてくださいました。


前回の懇親会は、広い会場を取った反動で、まばらな感じが悪い印象に残りましたが、今回は前回に比べて多少は改善されたような気がしました。交流会らしくなったといいますか。
ただそれでもまだまだスペースの余裕はありそうなので、もう少し人数は集められそうだと思います。
私も、前回と同じく会場を巡り、新たなご縁の繋ぎ役に徹しました。

前回は懇親会の途中で投票経過をうまく映せずに課題が残りましたが、前回の経験を経て、うちのメンバー井上さんが無事にやり通してくれました。
井上さんは会の全体を通して、危なげなく投影担当の役目をやり遂げてくれました。
貴重な経験値が溜まった気がしています。


続いては、応援し隊の皆さんの紹介です。今回も新たなメンバーが加わってくださいました。ちいクラはこのつながりが次のプレゼンターや次の会へのつながりを呼びます。
今回もまたユニークな活動をされている山梨の方々が加わってくださり、次回は何とカンボジアにもちいクラの輸出がありそう!山梨からの流れが本当に楽しみです。

また、今回は千葉から新田さん、沼田から六本木さんにオーガナイザーとして参加していただきました。
少しずつ自社で運営のやりくりができるようになってきたとはいえ、こうやってオーガナイザーの方が各地から参加してくださるのはありがたい限りです。

そうした皆さんの動きや交流の一部始終は、マイセンド社の飯窪さんとステップフォワード社の小林さんとやまなし大使の零青さんも撮影してくださいました。
後日、素敵な動画にしてくださいました。
Facebook上のページの動画

そして、優勝は渡邊さん。高校生のチャンピオン誕生です。
高校生でありながらの前向きな気持ちが、皆さんの共感を集めたのでしょうか?
他の方も皆さんお見事でした。


私から渡邊さんに賞状を授与させていただきました。
また、講評ということで、私からも一言述べさせていただきました。


さらに、全体の講評を前回勉強会の講師を務めてくださったグッドウェイ社の藤野さんに締めていただきました。


今回は、なんと最終的に103名の方に来場いただきました。また満足度も95.2%の「満足」以上を獲得しました。ここで来てくださっていたオーガナイザーの新田さんから、サプライズでサイボウズの永岡さんからの言づけとして預かっていたプラチナオーガナイザー就任の授与がありました。三回ちいクラを成功すると、プラチナオーガナイザーに昇格できるのです。
授与は藤野さんから行っていただきました。


そして、集合写真。第二回目の集合写真は今見返してもやはり寂しいもの。でも今回は様になっています。来場された方本当にありがとうございます。


そして、撤収後の夜の懇親会です。

今回は、
やまなし里山商店さん
サイアムカフェさん
Four Hearts Caféさんの三か所で分かれて実施しました。





私も三か所全てを巡りました。そして最後まで残ってくださった方々、私が他の活動でもよくお会いする方々と4人で夜の街に繰り出しました。甲府の繁華街をぐるりと巡った後、「大衆酒場 けろすけ 甲府店」で夜中まで呑みました。
私と高知から来てくださった片岡さん、東京から来てくださった小林さん、最近山梨の北斗市に二拠点目を構えてらっしゃる千葉の山下さん。
この皆さんにとても感心されたのがこのお店に集まる客層の若さと女性率の高さです。若い女性グループがたくさん集まり、大いに気勢を上げている様子は、他の都市ではなかなか見られないとのことです。それは甲府の安全さと甲府のこれからの可能性として強く印象を持ってもらったようです。

今回もやり切りました。
前回、第二回の集客に苦しんだ結果を見事に成功に導けました。
前回の懇親会では、四次会と五次会まで残ってくださっていた皆さんからも、これからの甲府ちいクラについて真剣な議論をしました。ここで可能性を見出し、続けたことが今回の結果につながったと思っています。

次回第四回は、日が空きますが、来年の6/26に予定しています。
また、皆さんのお越しをお待ちしております。
今回お越しくださった全ての方、ありがとうございました!

さて、その第四回の甲府ちいクラは、合同会社アクアビットが主催します。そして、その時の合同会社アクアビットを率いるのはあづささんの予定です。
つまり、代表の座を私からあづささんに交代します。
理由はたくさんありますが、譲る先としてあづささんを選んだ理由は、この記事を読んでくださった方なら理解いただけると思います。
ただ単に現代表の妻だから、あづささんを選んだわけではありません。
今回の甲府でちいクラを開くと決めた時から、第三回の成功に至るまでの道のりと努力は代表にふさわしいと考えました。

これからのIT会社は経営環境が変動するでしょう。
AIはますます世の中を席巻し、何が最新の技術になり得るのか予測すらつきません。
技術と経営を分離する必要があると思います。
アクアビットの主な業務がシステム構築であることに変わりはありませんが、ただシステムを構築するだけでなく、別の営業分野を持っておく必要があると思います。私はそれを山梨を中心とした地域活動だと考えています。

技術面や案件対応は引き続き今の代表が担い、経営面はあづささんが管轄すると同時に、山梨での地域活動を広げていく。
今回のあづささんの活動が維持できれば、それができるはずです。その構想を進めます。

今後の合同会社アクアビットにもご期待ください。

繰り返しですが、今回お越しくださった方、誠にありがとうございました。


第2回 甲府地域クラウド交流会を主催しました



2025年3月22日に山梨県立図書館イベントスペースで開かれた甲府地域クラウド交流会(甲府ちいクラ)を主催しました。
今回もオーガナイザーである役員(あづささん)が全体を仕切り、弊社の総務人事経理担当および代表の私が参加しました。本稿は代表の視点からの参加レポートです。

昨年、2024/6/29に第一回 甲府ちいクラを開催しました。98名の参加者を迎え、成功裏に終わったため、その勢いに乗っての第二回でした。
しかし、集客に著しく苦戦しました。

3/22は土曜日です。そして卒業式などのイベントが重なる日。それは予約した時から分かっていたことでした。
にもかかわらず、会場の広さを倍にしました。つまり、第一回は山梨県立図書館のイベントスペースの東で行ったのを、第二回はイベントスペースの東西で予約しました。
その日しか山梨県立図書館のイベントスペースが空いていなかったとはいえ、それはこちらの選択。日付もこちらの選択。言い訳の余地はありません。

言い訳は不要です。
ただ、苦戦した原因は書いておかねばなりません。教訓として以下に挙げておきます。

・卒業シーズンの土曜日の予約が無茶だった。
・一回目は多くの方のサポートがあったため、第二回で実力が露呈した。
・山梨県の県民性としてリピーターがつきにくい。
・第一回の参加者を元にした参加者数想定の不足。
・運営組織である弊社が年度末で本業が疲弊し、フォローができなかった。
・集客の努力不足。

おそらく、こんなところだろうと思います。


結果、84名と言う人数に終わってしまいました。前回より14人も少ない人数。また、途中で帰った方なども含めて、集合写真は明らかに80名を割っています。それにもかかわらず、前回よりも倍の広さのスペースだったため、閑散感は否めません。


反省を書くのはこれくらいにしておきます。
前を向いて、10月4日に予定している第三回に向けて準備を進めるべきでしょう。

むしろ、今後に向けて好材料が揃いつつあることは書いておかねばなりません。

例えば、第一回では取材が甲府経済新聞さんだけだったのが、今回は山梨日日新聞の記者さんも取材に来てくださいました。また、第二回の開催報告を甲府市に話したところ、第二回を行ったことで見直され始めたそうです。
さらに、第一回に来なかった方で、甲府のコミュニティーに深くコミットされている方が第二回に参加して、甲府ちいクラに興味を持ってくれました。

山梨県はイベントの集客が難しいとされています。その甲府において、第二回で80人を超えた人数をほぼ山梨の方だけで集めたのは凄いことだそうです。何人かにそう言われたことで、自信になりました。
ほぼ弊社で大部分をやり切ったことで、ノウハウが溜まったこと。
また、第二回でプレゼンターを担ってくださったお二人が、次回以降、運営メンバーとして入ってくれるそうです。

そうした好材料が今回、揃いました。反省点だけでなく、第二回で良かったこともたくさんあったのです。

もし第二回の人数が前回を凌駕していたら、私たちは教訓から学ばぬまま、第三回で失敗していたかもしれません。
つまり、今回は苦戦して良かったとさえ思っています。
その意味でも今後に向けてより良い手ごたえが掴めた開催だったと思っています。

ここからは、当日の様子について書きます。
第二回において、私は、事前準備にはほぼ関わっていません。第一回の際は私からもかなりの数のDMを送りましたが、今回はそれもしていません。

ただ、私は当日になり、あまりの集客の悪さに、図書館の外に立って集客を試みました。
そのため、私は今回の講師を務めてくださった藤野さんの講演をほぼ聞けていません。


とはいえ、皆さんが藤野さんのお話をきちんと聞いておられる様子はガラス越しに確認しました。


藤野さんは、山梨県の経済・金融系の様々なコミュニティーを主催し、今の山梨県を語る上でも要となる方です。藤野さんをお迎えしたことで、第二回のちいクラが締まったように思います。
今後のちいクラにとってもより良い影響があることでしょう。


また藤野さんの話の中では若い力の台頭を取り上げてくださっていました。

第一回の準備段階から今回に至るまで、私や弊社は山梨県の若い人たちのコミュニティーのいくつかに関与しています。そして、山梨の若い力を存分に感じています。
そこで感じたのは、山梨県の若い人たちの動きは、他の県に決して劣らないことです。劣らないどころか、より活発なのではと思います。

中堅どころの層に甲府ちいクラを訴求するよりも、山梨の若い層にもっとアピールし、参加を呼びかければ、第三回以降の甲府ちいクラに対して悲観する要素はないとさえ思っています。

何よりも、山梨は、東京に近い地の利があります。
交通の便が良くなった事によって、簡単に東京に出られるようになりました。その結果、都会への人口流出が起きているのが、ここ数十年の我が国です。その結果、今の首都圏は人口が飽和し、住みにくくなっています。
山梨は東京や神奈川に隣接し、近い地の利があります。普段は山梨で暮らし、刺激が欲しくなった時だけ、都会の風を浴びる選択も可能です。甲府から新宿まで一時間半で出られるのですから。

そうした点を踏まえ、私は依然として山梨にポテンシャルがあると感じています。若い方の台頭が著しいことも含めて。
藤野さんの話は、そうした背景もあっての話ではないかと推察しています。藤野さん、ありがとうございました。

さて、オーガナイザーのあづささんの司会進行や場の切り回しは私は関与していません。心配せずともやり切ってくれるでしょう。
今回はあづささんの関与する山梨の他のイベントが多数重なりました。それを全部一人で引き受け、やり切ろうとする悪い癖が出てしまいました。そのため、疲弊と息切れが生じていました。
つまり、あづささんの手足となってサポートできるメンバーが絶対に必要です。
そのためにも今回で何名かの方が今後のスタッフとして手を挙げてくださった事は、次回に向けて大きな改善点となりそうです。

続いては、ちいクラ本編です。

あづささんから、ちいクラについての説明があった後、大人の本気のラジオ体操が始まりました。今回は第一回で応援し隊として携わってくださった、伴野嶺さんにお手本を示してもらいました。


日本百名山だけにとどまらず、海外の山、各大陸の最高峰も視野に入れている嶺さんは、山梨だけでなく、おそらく日本国内でも有名になっていくことでしょう。そういう方ががっちりと協力してもらえる体制ができたのは、第一回と第二回の成果だと思います。
全く山梨に知己がいなかった二年前から、ここまで人のつながりを作ってこれたのはあづささんの努力の賜物。素晴らしいと思います。

大人の本気のラジオ体操の際は、私も部屋の中に入って一緒に運動しました。
今回は会場が広いため、体操をしていて自在に手を動かすことができました。






そして、続いてはプレゼンター五組六名によるプレゼンテーションタイム。
福原千晶さん
藤原ちはるさん
高村大夢さん
渡辺慶奈さん
深田莉央さん
高松陽子さん
の皆さんでした。今回はプレゼンのレベルが全体的に底上げされたような気もしています。それでいて、個性豊かな内容でした。
また、年齢層もぐっと下がりました。高校生二人に、二十代が三人。
この若さも山梨の可能性を表しています。おそらく、次回以降の甲府ちいクラも、若い層が続々と登場することでしょう。これからの甲府ちいクラが楽しみな理由の一つがここにあります。


続いては懇親会と投票タイムです。
今回、投票所で投票のアシストを行ってくださるのは、
斉藤 修さん
田名網 俊宏さん
小森 直斗さん
中嶋 雄士さん
田中 康弘さん
河西 和奈さん

私からは、皆さんに事前にkintoneの入力方法などをお伝えしました。

今回は、受付としても頼りになるメンバーが揃いました。第一回で投票所を受け持ってくださった武内あかねさん。弊社メンバーの花愛さん。そしてオーガナイザーのあづささんの同期として千葉から駆けつけてくださった新田さん。皆さんが受付を固めてくださいました。



正直、今回は会場が広かったため、懇親会もまばらな印象を受けました。それも反省点です。ですが、皆さんがそれぞれの方々と挨拶し、交流が順調に育まれる様子を見ているのは良いものです。
私も、お越しくださった方々に新たなご縁をつなぐべく繋ぎ役に徹しました。例えば、ジョイゾーの四宮さんご夫妻には、山梨中央銀行の方や富士吉田市から来られた小俣さんを繋いだり。小俣さんや、あかねさんにも、山梨中央銀行やその他の方々を繋いだり。

一方で、反省点としては、懇親会の途中から、投票の途中経過を映さず、別画面にすべきところ、中継機がうまく動かず、人体でプロジェクターからの投影を塞ぎ、切り替えを待つことを余儀なくされました。
ただ、弊社メンバーも投影に当たってやり遂げてくれたことで、貴重な経験値が溜まった気がしています。
第一回では失敗した、優勝者の発表時のドラムロールは今回は無事に成功しました。


続いては、応援し隊の皆さんの紹介です。今回も新たなメンバーが加わってくださいました。茅ヶ崎からお越しくださった縁造さんは、会場設営の時点から手伝ってくださっていたので、私が応援し隊にスカウトし、茅ヶ崎での活動もアピールしてくださいとお願いしました。夜も遅くまでいてくださいましたし。
また、今回も四宮琴絵さんや新田瞳さんにオーガナイザーとして参加していただきました。まだ独り立ちできていない弊社主催ですが、今回も皆さんがいてくださったことがどれほど励みになったか。琴絵さんに至っては、ご家族までも連れてきていただきまして感謝です。

そうした皆さんの動きや交流の一部始終は、飯窪さんが撮影してくださいました。後日、素敵な動画にしてくださいました。
Facebook上のページの動画


そして、優勝は高松さん。
フードロスを憂い、その改善を訴えたことが皆さんの支持を集めたのでしょうか。まずはおめでとうございます。
他の方も皆さんお見事でした。

私から高松さんに賞状を授与させていただきました。私はその時、たまたま会場にいたお子さんと遊んでいて、その子を抱っこしたままの授与になりました。ご容赦を。
また、講評ということで、私からも一言述べさせていただきました。

また、後日、プレゼンターの一組である高校生二人がカフェの実店舗で実践した際には、私とあづささんで訪問したことも申し添えておきます。


そして、撤収後の夜の懇親会です。





今回は、
やまなし里山商店さん
サイアムカフェさん
フォーハーツさんの三箇所で分かれて実施しました。

私も参加者全てを巡り、そして最後まで残ってくださった方々とは、「ぎり舎」「すぐ呂」さんにて計五次会まで。

やり切りました。
上にも書いた通り、今回が苦しんだ末にやり切ったことで、第三回は行けそうな気がします。
四次会の後半と五次会では、その場にいた皆さんもこれから甲府ちいクラを続けるためにどうするかを考えてくださいました。
その結果、まずは続けるべし、と再認識ができました。

つまり、10/4に同じ山梨県立図書館のイベントスペースにて、第三回は行わせていただきます。
また、皆さんのお越しをお待ちしております。

今回お越しくださった全ての方、ありがとうございました!


第1回甲府地域クラウド交流会を主催しました(当日編)。


2024/6/29に甲府駅北口の山梨県立図書館にて、第1回 甲府地域クラウド交流会(ちいクラ)を主催しました。

さて、準備編に続いて、ちいクラの当日編の記事です。

前日、私はジョイゾーさん主催のシステム39 十周年記念パーティーにお招きされ、白金の八芳園にいました。(記事:システム39 十周年記念パーティーに参加しました。)。

私たち夫婦の部屋は前日から甲府のドーミーインで予約していました。
そのため、パーティから甲府に直行するつもりでした。朝から横浜、そして浜松町のお客様を大雨の中トランクをガラガラと引きずって巡礼し、最後に八芳園に向かいました。
八芳園さんではたくさんのお酒をいただき、良い気分で新宿駅に向かおうとした時です、まだ町田の家にいるから一緒に行かないか、と妻から連絡がありました。

お酒をかなり飲んでいるから運転できないけど、と言ったところ、それでもいいと言うのです。そこで、今日の相棒であるずぶ濡れトランクを小田急に乗せ、家まで一度戻りました。最初から家においておけばよかったのにというツッコミは不要です。
そして、妻の運転で出発しました。すでに午前0時近かったと思います。

かなりお酒を飲んでいたので、私はナビゲーターとして全く役に立ちませんでした。そもそも、妻は甲府へのドライブについては私よりも慣れています。
つまり、私はちいクラを控えた妻の不安を和らげるための話し相手として助手席に座りました。

今となっては妻の気持ちもわかります。
果たしてこの猛烈な雨は止むのか。本当に80人が来てくれるのか。予期せぬトラブルがあって、ちいクラ自身が中止にならないか。そしてもっとも肝心な皆さんからの評価は及第点をもらえるのだろうか?
そうした不安を和らげるために助手席に座った私の受け答えはかなり怪しかったと思います。何せ、へべれけ状態だったので。

それでも無事に夜中の2時頃に甲府に着きました。


そして翌朝、甲府の空は完全に晴れ上がっていました。
地面も空気も前夜の雨の湿気をふんだんに含み、武田神社のお堀の水は濁っていましたが、梅雨時期とは思えないほどの軽やかな晴天でした。

妻はサイボウズの永岡さんから『天気を晴れさせるのもオーガナイザーの仕事だからね』と釘を刺されていたようです。つまり、ちいクラの成功不成功を天候のせいにするなということです。
その通り。そこも含めて責任を取るのがオーガナイザーの心得です。オーガナイザーに限らずイベント主催者の全般に言えることですが。

ただし、当日晴れたからよいものの、前日のような土砂降りだと大変なことになっていたかもしれません。


私たちはまず、朝の武田神社に参拝に行きました。
もうここまで来たら、後は人事を尽くして天命を待つというお馴染みのフレーズで乗り切るしかありません。
参拝の結果、「中止!」という信玄公の天の声は聞こえてきませんでした。

空は晴れ、会場は予約済み。
ついでに書くと、2回目の会場もすでに予約済みでした。準備編の記事には書きませんでしたが、6月21日に開催された「よっちゃばれっ kintone 無尽」に参加する前、私は山梨県立図書館に立ち寄って2回目の甲府ちいクラの会場を予約していたのです。(この日はスケジュールを空けておいてください。2025/3/22)
準備編に書いた通り、来場者が80人を下回り、参加者からの評価が80%を切ると、2回目の開催は許可されないのです。つまり、今日はそもそも成功して、2回目を開催する以外の選択肢はあり得ません。
あとは人が集まり、評価をいただける内容にするだけです。

12時過ぎから会場の部屋で設営の準備を行う予定でしたが、山梨県立図書館内に併設されているカフェに先に入って準備を始めました。

私たちがカフェに入った時、既にジョイゾー社の小渡さんがいました。
小渡さんは前日のシステム39 十周年記念パーティーの仕事を終え、休む間もなく甲府にまで駆けつけてくださっています。本当に頭が下がります。
それだけではなく、今回のちいクラ開催にあたっては頼れるオーガナイザーの先輩として本当にいろいろとお世話になっています。もちろんスナックジョイゾーでも。
私は前々日の夜に、当日に投影するスライドの大部分は作り上げ、小渡さんに渡していました。

サイボウズの永岡さん(同じく昨晩のパーティー仲間)もやってきたところで、お二人(永岡さんと小渡さん)に対してスライドの内容を説明し、チェックしてもらいました。結果はオッケー。

そうしているうちに勉強会の講師として登壇してくださるサイボウズの中村龍太さんや、今回協賛として活躍してくださるGoodway社の藤野さんも到着。さらには妻の同期のオーガナイザーとしてお手伝いしてくださる新田さんが千葉から到着。さらに私の長女も町田から到着。
役者が揃ってきました。


会場設営はすでに始まっていました。もう応援し隊の方やスタッフの方もいつの間にかカフェを通り過ぎて会場に行っています。


かつてホテルの配膳の仕事をやっていたことがある私ですが、正直に言うと、こういう会場設営のような仕切力が必要とされる仕事は不得手です。
それでも、私もその中で可能な限り指示を出したり、質問に答えたりしました。もちろん、永岡さんや妻や先輩/同期オーガナイザーがいるから私が指示する場面はそうはありません。会場は順調に設営されていきました。


ここで身内ながら特記しておきたいのは娘です。ちいクラでは参加者や応援し隊の皆さんが配布したいチラシやパンフレットを参加者の皆さんに配ります。その紙媒体をビニール袋に封入する作業が当日の準備の段階で必要です。この仕切りを娘がやりました。
少し前まで、若者ならではの悩みに苦しんでいた娘の活躍に、親としては胸が熱くなった瞬間でした。


また、今回応援に来てくれた弊社メンバーも、ジョイゾー社の小渡さんから、ちいクラの配信投影担当としての心構えを教わっています。登壇される方の横で投影や配信の行う重要な役割です。
次回以降はこうした作業も弊社だけでやり切ることが必要です。普段はkintone開発が本業のメンバーですが、動いてくれてありがたい。


椅子が並び、チラシが封入され、受付も設営されました。

私は、投票所の設営を行うとともに、投票所担当の皆さんに投票で使うkintoneの使い方を説明しました。今回はあかねさんに投票所の仕切りを担っていただきます。


ここで特筆しておかなければならないのはジョイゾー社の矢地さんです。
なにしろ、今回のちいクラのために演奏をお願いしていたのですが、自分が弾き慣れている電子ピアノが良いと、わざわざレンタカーを借りてまで馳せ参じてくださったのですから。しかも矢地さんも昨日のジョイゾーさんのイベントでスタッフとして活躍されているにもかかわらずです。
本当にそのご好意には感謝です。会場が設営されている間に、ピアノの位置も設営し、小渡さんと2人で音響周りの設定を一生懸命されていました。
お二人には本当に頭が下がります。界隈のピアノマンと呼ばせてください。ありがとうございました。


会場設営も順調に進むうちに、徐々に参加者の方も来場してきてくださいました。
そして、勉強会が始まりました。サイボウズの中村龍太さんによる「エフェクチュエーションという考え方を学ぼう」というタイトルです。
私は龍太さんが共著者として名を連ねておられるエフェクシュエーションの本を持ち、すでに読了済みです。龍太さんがエフェクチュエーションを題材に登壇されている様子も拝見したことがあります。



ただ、この言葉を知らない会場の方にとっては少し難しく思われたかもしれません。
エフェクチュエーションとは、要するに事前に計画を立てて、予測に沿って事業を行うのではなく、臨機応変に着想やご縁を活かしながら事業を行うことが起業の成功には適しているよ、という考えです。
実はこの考えは、私にとってとても受け入れやすい考えです。私が好きな旅でも、事前に綿密に予定をたてて行動するより、その場のひらめきと直感に従って動く方を好みます。
あらためてエフェクチュエーションは好きな考え方だなあと思いました。龍太さん、ありがとうございました。

龍太さんが話している間にも着々と人数が増えていき、既に参加者の数は70人を超えました。80人を越えるのは間近です。

今回、第1回甲府ちいクラにあたっては、たくさんの方が多くの地域から来てくださいました。私が把握している範囲では、北海道、福島、千葉、東京、神奈川、埼玉、長野、静岡。もちろん山梨も。ある神奈川在住の方は、前日の名古屋のイベントに参加した後、塩尻経由で甲府に駆けつけてくださいました。湘南からスーパーカブに二人乗りで来られた猛者もいます。たまたま、アメリカから数日間、山梨に来られていた方にも参加してもらいました。その方は甲府ちいクラの翌々日にはアメリカに帰られたとか。

本当に皆様には感謝です。

さて、中村龍太さんによる45分間の講演の後は、15分の休憩を挟んでいよいよちいクラ本編が始まります。


まずは、ちいクラ本編にあたってオーガナイザーの妻からの挨拶。
今までに全国のちいクラは(25都道府県・70市町村)で185回開催されたそうです。累計参加者数24,983名様!
ということで、今回の甲府ちいクラをもって、参加者が25,000名を突破しました。パチパチパチ。


妻からの開会の挨拶とちいクラの説明に続いては、今回の山梨でのちいクラ開催にあたり、多大な貢献をしてくださった共催の株式会社Goodwayの藤野さんからの応援メッセージです。
金融機関に長年勤めておられ、新興企業が融資を受ける必要性とその審査の厳しさを知る藤野さんだからこそ、お話しくださる内容に重みがあります。

その後は、アイスブレイクとして、ちいクラ恒例の大人の本気のラジオ体操が始まります。



ここで登場したのは、山梨県のゆるキャラとして人気の「とりもっちゃん」です。さらに皆さんの前に立って、ラジオ体操はこう舞え!という見本を見せてくださるのは、先日まで星組のタカラジェンヌで活躍されていた大輝真琴さんです。そして、ラジオ体操の音源は、なんと矢地さんによる電子ピアノの生演奏。私、今まで生きてきて、ラジオ体操をあの音源以外で踊るのは初めてです。もちろんタカラヅカ仕込み(?)のラジオ体操を見るのも。
何と言う素晴らしい布陣でしょう。手前味噌ながら、この取り合わせは他のイベントでもなかなか見られない組み合わせですよ、と自画自賛してしまいます。


そして、いよいよ、5名の登壇者によるプレゼンタイムが始まりました。
準備編にも書いた通り、6月9日になってようやく最後の1人のプレゼンターが決まりました。今回も出場する順番は登壇が決まった順になります。


MIZUNONEプロジェクトを主宰する「水素のお兄さん とびchan.」こと飛田仰喜さん、

一般社団法人「ヒトナリ」代表の上田潤さん、

家守家山梨代表家守の酒井大介さん、

任意団体トップファンの山口泰暉さん、

NPO法人「まちづくり法人山梨タンク」代表理事の河西和奈さん

皆さん、山梨で志をもって活動していらっしゃる方です。
それぞれの思いをこの3分間にぶつけ、来場者からの共感の声をいかにして集めるか。
ちいクラの3分間は短いという声も受けました。が、逆に言うと、この3分間で来場者に印象を残せるような事業計画やプレゼンであることが重要なのです。

こういう場を活かし、どんどんと登壇の回数を重ねていくと、より魅力的なプレゼンが届けられるようになるはずです。
ちいクラはそうした意味でも、どんどん地域の方がステップアップするための登竜門としての役割も担っているはずです。そうなることを願っています。
ちなみに偉そうにいっていますが、私はちいクラをはじめ、事業計画のプレゼンテーションは未経験です。成り行きで今までやってきましたので。

そして、プレゼンターの方々の熱意に、参加者による投票で応えるのがちいクラのしきたりです。その投票にはkintoneを使います。皆さんからの清き一票を確実に結果に反映するためには、kintoneの操作に熟達している方が必要です。


妻から依頼した方はこちらの六名です。


皆さん、本当にありがとうございました。

続いては交流&投票タイムです。
投票所で投票したり、来られている方同士で交流や名刺交換を行ったりの時間です。
私はあつかましくも、この時間のBGMも矢地さんにお願いしてしまいました。すると快く引き受けてくださった矢地さんは、即興でジブリなどの曲で会場内を快適にしてくださいました。
本当に感謝しきれないほど感謝しています。

私はこの時、独りぼっちで所在なさげに立っている方を見つけては、積極的に挨拶しに行きました。が、それでも何人か、独りぼっちだったと思われる方がアンケートにもっと交流したかったと書いているのをみて反省しました。これは弊社内でも作ったGood & Badという振り返りにも書きました。

そして、プレゼンターからの登壇時点で、会場の人数は100名にほぼ近づいていました。もう集計外の人を含めれば100名超えができたかもしれません!

皆さんもまちまちに交流を深めてくれているようで何よりです。









続いては応援し隊の皆さんによる一人1分の自己紹介です。








こうやって、甲府の方々がたくさん応援し隊に手を挙げてくださった様子をみると、本当にありがたいなと思います。山梨の今後は大丈夫ではないかと。

応援し隊の皆さんは、応援のためだけに来てくださった方々で、当日の参加も可能です。そのため、こちらには名前は挙げません。でも、皆さん、本当にありがたいです。
さらに妻が何度も通って仲良くさせてもらっているcafé terroirの飯島さんやそしてトップファンの高村さんも応援し隊に名を連ねていただきました。併せて大感謝です。

続いて挨拶してくださったオーガナイザーの皆さんにも本当に感謝です。
三部さんは、私がkintone エバンジェリストとして初めて首都圏の外で登壇した時から郡山でお世話になっています。私のkintone エバンジェリストの節目に現れる方です。今回もまさに。また9月には郡山で全国グランプリを開催されるとか。お伺いします。
そして琴絵さんは準備編でも書いた通り、妻をオーガナイザーに導いてくださった立役者です。超多忙な日々の中、甲府にまで駆けつけてくださったことに感謝です。今後もジョイゾーさんとともにいろいろとお世話になります。よろしくお願します。
瀬川さんは札幌から来てくださった妻のオーガナイザー同期。私も釧路と千葉でお会いしましたが、これからのオーガナイザーを背負って立つ好青年。本稿をアップする直前に札幌ちいクラでオーガナイザーの大役を担って見事に成功させました。素晴らしい。
新田さんは、先日の千葉ちいクラで頑張っている姿を拝見しました。妻のオーガナイザーとしての同期でもあり、すでにもう二回もちいクラを実現されているすごい方です。妻にとってよい仲間になってくださるようです。今後ともよろしくお願いいたします。また千葉も行きます。
小渡さんは、釧路、東陽町、高知、鎌倉と今までお世話になりすぎた方。もう頭が上がりません。今回のちいクラにおいても、矢地さんが持参したピアノのセッティングから、プレゼン資料投影の制御、そして弊社メンバーへのご教授など、八面六臂の活躍でした。もう本当に大感謝です。

そして、いよいよ結果発表です。若干、発表のタイミングがずれてしまいましたが、飛田さんに決定しました。


飛田さんには水素のお兄さんというキャラづくりに磨きをかけ、9月に郡山で行われる全国グランプリにも飛田さんに出場してもらいます。おめでとうございます。ほかのプレゼンターの皆さんもありがとうございました。


そして、そのまま大輝真琴さんから副賞として1年分のkintoneの利用ライセンスをプレゼント。
いやぁ、ほんまにおめでとうございます。

あれ?事前の準備では、これって俺が渡す役ではなかったっけ?そしてそのまま講評をやるって話では?
頭の中に?が並び、あれ?俺、喋らなくてもよいのかな?と私の中でスピーカーモードが解けていきました。

そして、そのまま飛田さんの挨拶とプレゼンターの皆さんからの一言ずつ挨拶があり、ちいクラは大団円に向かいつつあります。
いやぁ、よかった。
これで集合写真を撮って、撤収したら夜の街に繰り出すんや!と私の脳内は早くも愉快な時間へと跳躍。
と思っていましたが、まだちいクラにはやることがありました。


アンケートです。来場者からのアンケートで8割を超えないと、ちいクラオーガナイザーとしては一人前ではないのでした。
そして出されたアンケートの結果は、見事に98%超え。


すると、そこで、サイボウズの永岡さんからサプライズが。なんと、妻がサイボウズ社から地域クラウド交流会の認定オーガナイザーとして認定されることが。この結果を受けて決まり、その証明書授与が行われたのです。


思わぬタイミングで重圧から解き放たれ、涙する妻。感動ですね。
準備編に書いた通り、私にとっては、今までの妻がもやもやから解かれ、ようやく妻が認められた瞬間だったのですから。


妻の挨拶をカメラに収めようと撮影していた私。すると急に不穏な空気が。
永岡さんのマイクがこうささやくのです。「そしてあづささんを二人三脚で・・・」
ン?俺?みんな俺見てるの?


ということで私も壇上に。


完全にスピーカーモードが解けていた私。油断していました。
あまつさえ、私に話せとおっしゃるのです。いやいや、もう頭は飲み会モードが発動してるから。

請われれば、ということで即興で話しましたが、プレゼンターへの講評なのか、山梨県へのエールなのかよくわからない内容を話したような気がします。

でも、こうやって最後にオーガナイザーの妻を立ててくださり、ついでに相方の私までも立ててくださるのが永岡さんの素晴らしさ。
本当に今回、最後まで導いてくださってありがとうございました!

さて、そんなわけでちいクラも終わりました。
最後に全員で集合写真の撮影です。


後で集計した結果、おしくも98人でした。確実に超えられると思っていた100名には届きませんでした。
あの方が来ていたら。うちの娘がシフトを入れてしまわなければ・・と届かなかった100名を悔いても申し方ありません。これは次回への反省です。

ですが、私がスピーチで話したとおり、うちの会社主催のイベントでここまでの人数を集めたのは初めてなのです。しかもkintoneを題材としたイベントではないにも関わらず。
私にも弊社にも一つのマイルストーンになったイベントになりました。何よりも妻がいろんなブロックや呪縛から解き放たれた記念すべき一日になったように思います。
本当に皆さま、お集まりいただきましてありがとうございました。

続いて撤収作業です。
開催地にお金を落としてもらうこともちいクラの内容の一つです。なので、各自でグループを引率していただき、皆さんには夜の甲府に繰り出してもらいました。
私達は撤収作業の後、車に荷物を詰め込み、それを宿に持ち帰らねばなりません。さらにうちのメンバーにも宿をとっていて、彼も送りつつチェックインしてもらい、どこかで合流する必要がありました。





そのため、皆さんにはだいぶ合流が遅れました。それでも、café terroir、FOUR HEARTS CAFE、炙と顔を出すことができました。炙の皆さんが九十九に移動するというので、café terroirに向かった妻とは別にメンバーを連れてそこでがっつりと飲んで語って。さらには河西さんからお誘いが来たので、そこにいたメンバーを誘って味魅へと移動し、そこでも夜中まで。

楽しい夜の時間を過ごしました。

これで準備編、当日編と二つに分けた第1回甲府地域クラウド交流会のレポートは終わりです。

まずは皆さん、本当にありがとうございました。

なお、参加された皆さんからのブログを以下に列挙しておきます。
甲府経済新聞様:県立図書館で「地域クラウド交流会」 起業家応援で地域活性化
甲府経済新聞様:県立図書館で「甲府地域クラウド交流会」 とりもっちゃんも起業家を応援
ノベルワークス社上村様:【イベント参加レポ】第1回甲府『地域クラウド交流会』
まちづくり法人山梨タンク様:「第1回 甲府 地域クラウド交流会」に代表河西が登壇いたします
サイボウズ様:第1回 甲府 地域クラウド交流会 開催報告


第1回甲府地域クラウド交流会を主催しました(準備編)。


2024/6/29に甲府駅北口の山梨県立図書館にて、第1回甲府地域クラウド交流会(ちいクラ)を主催しました。

満を持してという表現がふさわしいほどの時間をかけましたが、ようやく実現できました。
まずは皆様に感謝です。なお、レポートを書き始めたら長くなってしまいましたので、準備編と当日編に分けます。準備編だけでも長い内容になったので、先に謝っておきます。

地域クラウド交流会オーガナイザー研修

思えば1年2カ月前、ジョイゾー社の四宮琴絵さんから頂いた以下のメッセージがちいクラへの道の第一歩でした。

私はこの時点でちいクラに3回参加していました。
 ・2018/10/19に「第5回墨田区地域クラウド交流会」にリアルで。
 ・2021/6/26に「第3回郡山地域クラウド交流会@オンライン」にZoomで。
 ・2022/9/17に「第4回 郡山 地域クラウド交流会@メタバース」にOculus Questで。

これらは全て一参加者としての関わりでした。そのため、ちいクラの準備から当日の運営全般を仕切るオーガナイザーの制度についてはほとんど知りませんでした。
<ドS研修>というそれはそれは辛い試練があることも。

「オーガナイザー何するものぞ?」とよく知らなかった私ですが、琴絵さんからのお誘いを受け、私はすぐにオーガナイザーの候補が思い浮かびました。琴絵さんが誰を念頭に置いてお誘いいただいたのかも。
それは弊社の役員である妻でした。
琴絵さんからのメッセージにあった44万という金額も、私のひらめきと着想の実現には何の妨げにもなりませんでした。

そのひらめきと着想とは、「妻をkintoneエコシステムの世界に巻き込むチャンス」でした。

先日のブログ(リンク)にも書きましたが、ジョイゾーさんにおける琴絵さんの役割を妻が担ってくれれば、弊社は壁を越えられるはずです。

私には、今まで様々なコミュニティに関わりながら、とうとう報われなかった妻の能力を活かしたいとの思いがありました。もう、黒子として鬱々とする姿は見たくありません。

ちいクラであれば、私よりはるかに高いコミュニケーション能力を活かせるはず。やり遂げて、しかもより成長してくれるはずとの期待がありました。
それに加えてサイボウズさんが協賛するちいクラであれば、妻の活動がすなわち弊社の成長と認知度に直結するとの目論見もありました。

このひらめきを実現させるため、まず妻に働きかけ、説得しました。論破するのは厳禁です。無理強いもしてはなりません。逆ギレして意固地になってしますから。そうせず、ちいクラに興味を持ってもらえるように良き夫を演じつつ。
首尾よく、琴絵さんからサイボウズの永岡さんへ。さらに私を交えて永岡さんとの三者ミーティング(2023/5/23)へ。そこまで行けば、私の役目は一旦終わりです。あとは妻の自走を永岡さんが伴走して下さいます。

妻も上に書いたようなモヤモヤを何年も抱えていたはずです。
参加費や商品代だけとられて、いいように使われるコミュニティ。妻がその当時務めていたタカラヅカ歌劇団のジェンヌさんのファンクラブ代表(付き人)では、無償労働で相当の負担を強いられたばかりか、その活動自体を外に公言できませんでした。

そうした背景があったからか、妻は私の期待以上にちいクラの理念に共感し、やりがいを感じるようになりました。いやあ、めっちゃよかった!

2023/6/8-9の研修を経て、妻にはオーガナイザーとしての同期もできました(お二人とも北海道と千葉から甲府ちいクラの当日に駆けつけてくださいました。感謝!)。
さらに妻は宇治(2023/7/15)や札幌(2023/9/7)でのちいクラにも参加し、着々とちいクラ執行人としてのスキルを貯めていきます。
私は研修や他のちいクラには参加できませんでしたが、妻からの報告を聞いていると、妻は新たに舞い込んできたちいクラオーガナイザーとしての活動に本気で取り組んでいる様子が見え、とてもうれしかったです。
それらは全て、サイボウズ社の永岡さんのメンターコーチとしての導きによるものです。とても私には務まらないと思いました。素晴らしいです。

山梨でちいクラを開いた理由

妻はちいクラオーガナイザーとしてどこで開催したいかを問われ、研修を受ける前から山梨の甲府でやると決めていました。
それと同時に妻の中では、山梨に弊社の拠点を拡張したい。また、住居も山梨に構えたいという希望が芽生えました。目指せ!セカンドライフ!

なぜ山梨でやるのか。縁があったのか。当日も準備段階でも終わった後でも、何人もの方にそのことを聞かれました。
理由は、私と妻が結婚当初から休日に山梨に出かける頻度が多かったからです。私はウイスキーが好き。また滝や山が好き。妻はウイスキーだけでなく、山梨のワインやぶどう、中でも石の街と言う点が個人嗜好にハマっていました。
次のセカンドライフを山梨で選ぶとしても、おそらく東京や神奈川にはお客様も歯科診療所も仕事も残されています。山梨であれば中央線を使っての交通の便が良いです。すぐに東京に帰れる事は必須でした。
先日、リニアの開通時期は延期が決定してしまいましたが、中央道も小仏トンネルの拡幅が控えています。休日の悩みであった帰りの大渋滞もまもなく解消されることでしょう。山梨であれば首都圏にいながらの二拠点生活は可能だと考えました。
それに加えて富士山が噴火した際にも、偏西風の影響で甲府は火山灰の影響を多摩や神奈川に比べて受けにくいということも想定しています。これが私たちが山梨を選んだ理由です。

私による山梨つながり創出への取り組み

それを受け、私も山梨で人脈を作らなければと思いました。
以下の画像は、私が琴絵さんからオーガナイザーの話をいただく少し前、家族で山梨のいちご農園で胃拡張の訓練をしていた中、akaneさんから頂いたメンションから始まったX上のやりとりです。


このやりとりの中にも出ていますが、妻からのkintone Café 山梨やらないの?という問いかけが二ヶ月後の2023/6/3のkintone Café 山梨に結実しました(補足するとすでにakaneさんと小林さんがkintone Café開催の企画を始めていたところに、私が乗っかった感じです)。
kintone Café 山梨 Vol.1に運営参加しました

さらに、kintone Café 山梨からは、山梨県内のkintoneユーザーだけが参加できる「よっちゃばれっ kintone 無尽」というコミュニティが派生しました。(甲府ちいクラ開催までの間にkintone Café 山梨は二回。よっちゃばれっ kintone 無尽は五回実施しました)。
それらの活動は全てakaneさんと小林さんが中心となって活動してくださっています(akaneさんには甲府ちいクラ当日の投票所の仕切りをお願いしました。また、小林さんは、甲府ちいクラ当日にカメラマンとして活動してくださいました。「よっちゃばれっ kintone 無尽」の皆さんには投票所の3箇所をお願いしたり、富士吉田市からのプレゼンターのご紹介もいただきました。みなさん愛してる!)。



他にも私は「よっちゃばれっ kintone 無尽」のご縁から山梨DXエンジンと言う山梨県内の企業向けのDXコミュニティーでkintoneを題材にした登壇も行っています(2024/1/24)。斉藤さん、ありがとうございます。

他にもやまなしワーケーションツアーにも2024/2/28-3/1にかけて参加し、山梨県庁や山梨県内の有力プレーヤーの皆さんと綱がることもできました。

日時と場所決定までのバタバタ

それらが全て相乗効果を生んで、一気に甲府ちいクラまで至った、わけではありません。


実は当初の甲府ちいクラの開催予定日は、2024/6/29ではなく、その半年前の2023/12/2でした。会場は甲府の繁華街にある歴史を感じさせるジャズライブハウス「コットンクラブ」さん。


ジャズライブハウスでちいクラ開催とは、手前味噌ながらユニークな着想でした。
手元の記録によると、初めてこちらを訪れたのは妻とでした。日付は2023/6/23。つまりkintone Café 山梨 Vol.1の当日です。コットンクラブのすぐそばにある澤田屋さんは、くろ玉で知られる菓子の銘店です。澤田屋さんにも今回の準備で足繁く通い、季節ごとの限定玉を食べに来る食いしん坊家族として顔馴染みとなりましたが、この時も澤田屋さんを訪れた後、ランチを食べないか、とふらりと立ち寄りました(スイーツの後にランチを食するあたりが食いしん坊です)。
次にコットンクラブを訪れたのは2023/7/16。多分この日にちいクラの予約をしたはずです。12月2日には、たくさん人を呼ぶからねぇと。

今から思えば、妻も少し勇み足だったのでしょう。結論から言うと、2023/12/2のイベントはちいクラではなく「おいでなって! ビルド山梨」という名前のちいクラプレイベントとして行いました。この時に集まってくださった人数は15名。
そして、この時来てくださった方のほとんどが、甲府ちいクラの当日にも駆けつけてくださいました。

ではなぜ12月2日に甲府ちいクラができなかったのでしょうか。それには複数の理由があります。

一つ目は、妻が当時務めていた宝塚のファンクラブ代表の状況です。
妻は一度引き受けたからには、妻が担当するジェンヌさんの退団まではやり遂げると決めていました。そのジェンヌさんの退団時期が決まらぬままに何年も過ぎていたのですが、ようやく退団日が決まりました。2024年4月上旬。
宝塚の世界を知らない人にはわからない話ですが、ジェンヌさんが退団するにあたってはたくさんの準備が要ります。挨拶用封筒や当日のグッズ、フェアウェルパーティー、etc.。それらの準備は、全て代表の妻の仕事です。無償の。
その影響はあまりにも甚大なので、12月2日のちいクラの準備は不可能という結論が出ました。退団公演の一つ前の公演が夏にあり、その準備で忙殺されます。それも含めて、12月2日にちいクラを実施するのは無理だろうと。

2つ目は、コットンクラブの広さです。各地のちいクラに出るにつれ、妻の中ではコットンクラブでは80人の入場が厳しいかもしれないと思うようになりました。
大人の本気のラジオ体操と言うアイスブレイクのコンテンツがあります。80人がラジオ体操するにはコットンクラブの会場ではちょっと厳しい。他にも投票所の設置や演壇、甲府のゆるキャラの着替え場所は?などなど。


妻が当初の希望通りである山梨県立図書館の申し込みを済ませ、6月29日に開催日時をを決めたたのは、2023/11/3に訪れた際でした。

その時点で12月2日のコットンクラブの予約が完全に宙に浮いてしまいました。が、予約は取り消さず、何かで活かそうと考えました。それが「おいでなって! ビルド山梨」です。
ところが、妻がまったく準備をしている様子が見えません。さすがに十日前に何も準備できていない状況にたまりかね、私が声をかけて登壇者を募り、皆さんにいろいろ喋ってもらう体裁をとりました。
そのため、「おいでなって! ビルド山梨」も何とかイベントとしては最低限成り立ちましたが、ちいクラ本編に向けて、私の中には不安が残りました。このペースでちいクラの準備は大丈夫か?このままいけばまずいかも、という不安が。それとも、タカラヅカが終わればすべてはうまくいくのだろうか、と。結果として私の不安は的中します。
「おいでなって! ビルド山梨」についての詳細は以下の記事に書いています。「おいでなって! ビルド山梨」に運営・参加してきました

妻による山梨つながり創出への取り組み

さて、いかにして全くご縁のない場所で、妻が新たなつながりを作り上げたのかについて書きます。読んでくださっているみなさんも気になることでしょう。
今回、私から見て妻が最もよくやり切ったと思えるのはここです。
今までのちいクラの歴史でも、縁もゆかりもない地域で開催したオーガナイザーはいなかったと聞いています。

山梨県は周囲を山に囲まれた盆地であり、大規模イベントの開催が難しい土地である事は、今回の準備の中でいろんな方から聞きました。30人集められたらイベントとして成功だとも。

上にも書いた通り、私にはkintoneと言う共通言語と武器がありました。
ところが妻にはそれすらありません。
全く知り合いのいない中から、いかにして甲府ちいクラに98人の参加者を呼べるまでに人脈を広げていったのか。

私の方ではkintoneコミュニティを軸に山梨での人脈を増やしていきましたが、それだけでは到底、甲府ちいクラの開催には足りません。


妻が山梨県活性化プロジェクトの54回目の月例会に参加したのは2023/6/21のことです。
今回、共催として甲府ちいクラの当日にも応援メッセージをくださった株式会社Goodwayの藤野さんよりお招きいただいてです。
翌月の55回目の月例会には私も遅れてですが参加しました。
ここでは、大学生や大学を卒業して数年以内の若い人たちが山梨をよりよくしようと取り組んでおられました。この熱気こそがちいクラには必要です。
そして、妻がいくら外からちいクラの主催を言ったとしても、地元に住む人がの賛同を得られないと、イベント自体が成り立たないはずです。妻が熱意を込めて、皆さんにちいクラのプレゼンをし、それがちいクラの成功につながったのではないかと思っています。
もちろん、それまでに妻がちいクラの理念に共感し、研修の成果を頭に叩き込んでおいたことも良かったのでしょう


妻が藤野さんとどのようにして縁をつなぎ、当初はちいクラの理念に若干懐疑的だった藤野さんの心をいかにして動かしたのか。
まず、ちいクラオーガナイザーとして先輩の福井瞳さんから、もと日銀にお勤めされていた山口省蔵さんを紹介いただきました。そして、山口さんから金融関連のつながりで藤野さんを紹介していただきました。
各地のちいクラの参加者や主催者も金融機関の割合が高いです。ところが、妻や私には金融機関への伝手がありませんでした。ここで福井さんからとっかかりをいただいたことが助かりました。ありがとうございました。

ちいくらは、5名のプレゼンターなしでは成り立ちません。藤野さんにお招きいただいた山梨県活性化プロジェクトからは、三名のプレゼンターが妻からの声掛けによって登壇を快諾していただきました。
また、甲府ちいクラ本編では全部で六名の投票所の方に活躍していただきましたが、三名はこの山梨県活性化プロジェクトからのご参加です。感謝です。
4Uというスペースの良さは、妻にとっての山梨県内の拠点となったことです。山梨県活性化プロジェクトが開かれる4Uを拠点に、妻が足掛かりを作っていきました。それがすばらしかった。


そして山梨県活性化プロジェクトの例会は毎月一度、夜の18時半からです。そして終わるのは22時過ぎ。22時をだいぶ過ぎてから、甲府を車で出発し、夜中に町田に到着する。
タカラヅカの代表や歯科医としての勤務の合間を縫って、妻は足しげく山梨に通いました。
山梨の皆さんが妻のやるちいクラに協力しようと思ってくださったのは、そうした妻の一生懸命さに心を打たれたからと、何人もの方から聞きました。
オンライン越しだけのやりとりだけでは決して人の心は動きません。
私が素晴らしいと思ったのは、このリアルでの妻の努力です。これこそが甲府ちいクラの成功の最大の理由だと思います。

福井さん、山口さん、藤野さんにはご縁を繋いでいただき感謝です。

また、妻は甲府で足掛かりを作ろうとまずお馴染みのお店を作りました。
甲州夢小路にあるCafé terroirさん、澤田屋さんです。武田神社も併せて、この3か所はほぼ毎回甲府を訪れるたびに足を延ばしていました。(20号沿いのかつ玄さんが最近の妻のヘビロテです。)

人のサガとして、何度も足を運んでくれる方には心を許します。
そして、何かと便宜を図ってくださいます。
妻もその大切さを知っているからこそ、まずコミュニティとなじみのお店を作ったのです。これは新たな場所でイベントを行う上で大切なことだと思います。

参加表明者を増やさないと!

2023/10/21の時点では、ちいクラの開催時期は延期せざるを得ないと考えていました。
それでも、私と妻で「第4回地域クラウド交流会全国グランプリ in 釧路」に参加しました(2023/10/21)。
参加レポート

私にとっては、ちいクラ本編とは別の全国グランプリは初参加です。
妻もオーガナイザーとしてはちいクラ開催未経験ながら、一緒に大人の本気のラジオ体操のお手本役として壇上に立ちました。




ただ、私にとっては、全国グランプリは普段のちいクラとはやり方が違うと思っていました。
そこで、私も参加者として通常のちいクラに参加するつもりでした。それが第四回千葉地域クラウド交流会です(2024/5/19)。

そこで私は受付やその他の準備も手伝いましたが、主に全体の動きをよく見るようにしていました。
その結果、甲府ちいクラの本番でも準備不足を補うだけの臨機応変な対応ができるかな、という希望を持つことができました。

ところが、肝心の準備は補っても足りないほど、全く進んでいませんでした。
私は5/31〜6/6まで名古屋から西日本に出張に行っていました。そして、戻ってきた時点でやばそうなら、本格的に手伝おうと思っていました。「ビルド山梨」の時と同じ轍を踏むわけにはいきませんから。
6/6に東京に戻ってきた時点で、Facebook上での参加表明者は50数名。しかも、プレゼンターは4名しか決まっていません。
山梨県活性化プロジェクトのご縁で地元のゆるキャラ「とりもっちゃん」の参戦は早い時期からご参加の確約をいただいていたものの、甲府市からの後援は2024/2/9に申請した後、甲府市役所内で妻が通い詰めて仲良くなっていた方が春の人事異動で別部署に異動したことなどもあって、2024/5/21になるまで決まりませんでした。当然、市長のご登壇も断念しました。
山梨県庁には私が掛け合い、後援の申請を直接県庁にまで提出しに行きましたが、ちいクラが公益性に欠けるとの判断でいただけませんでした。

上に書いた通り、ちいクラオーガナイザーには身の毛もよだつ<ドS研修>というものがあるそうです。
妻はタカラヅカの代表の仕事に比べたら<ドS研修>も楽、と楽観視していました。ところが、準備の遅れに加え、デジタル難民ぎりぎりの妻のkintone操作のもたつきが永岡さんをいらだたせたのでしょうか。お叱りを受けてしまいました。「今なら開催も辞められますよ?」という沸点ギリギリの言葉を添えて。
ちいクラは、開催時に最低80名の参加者を集め、しかもその参加者からのアンケート結果で満足度が80%を下回れば、再研修を受ける必要があります。オーガナイザー界隈では「おしおき部屋」と呼ばれる恐怖の再研修が。もちろん、その研修を受けなければ次回以降のちいクラ開催はできません。弊社にとって44万円は決して安くない金額。再研修?なにそれ?です。

妻にも言い分はあって、4/6のタカラヅカの退団公演の後も残務処理が相当あり、しかも疲弊しきっている心身を癒やし、潔斎して禊を済ませるには1カ月半ほどかかりました。
ようやくまともにちいクラの準備に取り掛かれたのは5月末ごろだったのです。でも、そんなものはなんの免罪符にもなりません。やるか、やられるか?

果たして残り3週間で50数名の参加表明者から、確実に80名来てもらうだけの人数に増やせるのか?
また、残り1人のプレゼンターは決められるのか?

タイミングが悪かったのが、2024/6/29は前日から当日に掛けて名古屋でイベントが相次いでいたことです。
CHALLenGERS、CMC_Central、kintone Café 名古屋。
私は5月末に名古屋で参加した「kintone NIGHT NAGOYA」でちいクラを宣伝しましたが、ものの見事に空振りしました。それもバッターボックスで尻もちをつくほどの大空振りです。なぜなら私が宣伝した後で上の諸イベントの告知がなされたから。
そこで、そのイベントに参加するであろう界隈の方々はあきらめ、他のFacebook上の知り合いに声をかけまくりました。当日来れなくなることも見込んでも参加表明をお願いします!と。参加依頼の乱射です。普段あまりFacebookにログインせず、他の方の投稿に反応することもない私の依頼に、どれだけの方がご快諾いただけるか。


その結果、以下のように参加表明者が増えました。
 2024/6/6・・・50前半
 2024/6/7・・・62
 2024/6/9・・・78
 2024/6/18・・・99
その後も徐々に参加表明者は増え、ちいクラ当日の時点では参加表明者は119名に増えました。興味ありは71名に。皆さん本当にありがとうございました。

当日まで参加表明者が倍近くに増えたのには理由があります。一つは、妻がオーガナイザーとしてイベントサイトから定期的に発信を始めたためです。プレゼンターや勉強会の登壇者の紹介なども含め、当日のイベントの予定を徐々に紹介していったから増えたのです。また、当日に大人の本気のラジオ体操のお手本として妻が代表としてついていた大輝真琴さんが来てくださることもアップしました。
これらの発信は、オーガナイザーの運営マニュアルにも書かれているそうですが、大切なことです。

頑張ったラストスパート

ただ、この発信もかなりの綱渡りを強いられました。
というのも、肝心のプレゼンターが5人そろわないと、5人のプレゼンターから一日一人ずつ発信してもらえないからです。それができるのは5人そろってから。
5人そろわないとそもそもイベントが成り立ちません。2024/6/9の昼の時点では、まだ4人のプレゼンターしか決まっていませんでした。

ここで2024/6/9-10にかけ、妻とサイボウズの永岡さんと私で甲府に滞在し、集中的にあいさつ回りをしました。
そして、ここで巻き返すことに成功しました。

特に初日。私たち夫婦は早朝に町田を出発し、武田神社で成功祈願の参拝を。その後、永岡さんと甲府駅で落ちあい行動開始。



この日だけで何件の場所に立ち寄ったか。
Starbucks/山梨県立図書館/Cross Be/生涯学習推進センター/ファミリーマート/澤田屋 本店/印傳屋/山梨県ボランティアセンター/丸十山梨製パン 本店/Chami Sandwich/九十九/Cafe&Dining Cu-Suke/ワインズ 新富屋/甲府市観光案内所/café terroir/葡萄屋kofu 甲州夢小路店/WOODSHED
これらのお店のすべてでチラシを置かせてもらうようにお願いし、一軒一軒でちいクラの説明をしていきます。
妻も必死ですが、永岡さんも全て付き添ってくださっていました。まさにメンターコーチとしてこうあるべき鑑です。
そして私はそんな二人をパパラッチしていました。まさに足を棒にして歩くとはこの日のお二人のことでしょう。

そして、最後に訪れたWOODSHEDにおいて、この日のクライマックスが待っていました。

実はこの日の朝、甲府までの中央道の車内で、私から提案しました。甲府経済新聞にアポ取ったほうがいいよって。
甲府経済新聞が入っているWOODSHEDは、よっちゃばれっ kintone 無尽で2回ほど訪れたことがあります。そして雰囲気がよかったので、妻も連れてきていました(2023/9/24)。その後、まさか甲府経済新聞が立ち上がり、しかもWOODSHEDを拠点にされるとは想像もしていませんでした。
甲府経済新聞さんとは夕方に訪問するアポが取れました。私の中ではひょっとしたら甲府経済新聞さんにはちいクラの取材や5人目のプレゼンターのご紹介もお願いできるかもしれないと思って妻に提案しました。
そんな思いで最後に訪れたWOODSHED。この時、紹介ではなく、甲府経済新聞さんご自身にプレゼンターとして登壇してもらえないかとの妻と永岡さんからの熱いお願いが通じ、5人目をご快諾いただきました。
この瞬間、ようやく甲府ちいクラが開催できることが確定しました。

それだけではありません。ここでは、もう一つ妻にとって運命的な出会いがありました。

妻は毎回、甲府に来るたびに武田神社に参拝に行っていました。そして何度目かの参拝の中で、富士山をかたどり、20個限定のCrossfor NewYorkとコラボした目標達成お守り(10,000円)を購入していました。そして、WOODSHEDに訪れた時、襟元にそれをつけていました。たまたま。

すると、後からやってきた親子連れとお話をする中で、そのお子さんが妻が襟元につけていたそのお守りを見つけました。
なんと、そのお守りはそのお子さんが武田神社に奉納したものだったのです。キリマンジャロに登頂した記念に。
そのお子さんはあちこちの山を登るすごい人でした。伴野嶺さん。日本の山だけではなく、キリマンジャロまで登ってしまうような。そして、そのお守りこそ、キリマンジャロに登った記念で奉納したものだったそうなのです。
なんと言うご縁。嶺さんには甲府ちいクラの「応援し隊」に参加してもらいました。本番で、嶺さんからの1分間の発表でキリマンジャロを登頂したと話をした時の皆さんからの反響と言ったら!

それにしても、土壇場になってなんという引きの強さか。この時の訪問によって、甲府経済新聞さんからはちいクラ紹介の取材も行っていただき、その記事がアップされたことで参加予定者の人数がさらに増えました。

Yahoo!ニュースの記事
甲府経済新聞の記事

翌日の6/10にも夫婦でいろんなお店を回り、甲府市役所や山梨県庁にもあいさつ回りをしました。



最大の危機を乗り越えられたので、残りは準備だけです。初めてのちいクラ開催なので、当日使用するさまざまの切り物・貼り物・ラミネート加工が必要です。SNSの発信や当日投票で使用するkintoneの準備や招待。それ以外にもスタッフが動くためのタイムラインの作成や、オーガナイザーが進行するためのトークスクリプトの作成、それらのすべてを永岡さんにチェックしてもらう時間。ほんとうにたくさんの準備が必要でした。そんな合間には妻がスタッフが着用するTシャツのデザインから発注を山梨県活性化プロジェクトの皆さんと決めて行うなど。

さらには、当日投影するスライドの資料は前々日から作り始め、当日に間に合わせました。
また、当日の投票で使用するkintoneは、アプリの構成としてはシンプルなので、当日教えれば間に合うと判断し、ゲストスペースへの招待だけ、10日ほど前から行いました。

この状態で、前日を迎えました。あとはもう、当日に乗り切るのみ。

さて、これが地域クラウド交流会の準備のあらましです。

これからちいクラのオーガナイザーになろうと言う方にも、そして、これから新たな地域でコミュニティーを立ち上げたいと言う方にも、この記事が役に立てば幸いです。