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終の住処


サラリーマン作家の芥川賞受賞として話題になったこの本。

読後の印象は、その前に読んだ「ガラパゴス化する日本」の余韻が残っていたためか、非常に寒々としたものだった。

有能で真面目なサラリーマンが、外見では華やかに昇進していく一方、内側では怪異現象に遭遇したり、妻と11年も話をしなかったりと、波乱に満ちているにも関わらず、それは公的な場での彼の評価にはまったく影響を与えない。

アメリカへ乗り込んで重要な商談を片付けた後に残っていたのは、ろくろく登場しなかった娘の親離れ。そして待っているのは心が通ったとはとてもいえない妻との今後の生活。

日本という国家の戦後史が一人の男性に凝縮されたように感じたのは私だけだろうか。そしてこれからの日本は・・・・?活気をなくした老人だちだけが旧来のものを守りつつ余生を過すものになってしまうのか?

この本ではそのような問題提起がなされているように読んでしまった。

’11/11/10-’11/11/11


武揚伝〈下〉


著者の本は第二次大戦下のエピソードを重厚に取り上げた諸作や、警官シリーズなど、比較的よく読んでいる。

エンターテインメントの骨法が分かっている人だけに、下巻は江戸開城から官軍に反旗を翻すまでの逡巡、函館への航行と圧倒的な劣勢の中の苦闘と、時代に翻弄される主人公の姿を一気に読ませてくれる。

勝海舟や徳川慶喜の出番はがくんと減り、代わりに函館まで転戦した人々の群像劇が中心となっている。中でも土方歳三がクローズアップされている。

土方歳三はじめ徳川家に恩を奉ずる人々は、死場所を求めてあるいは新勢力への本能的な反感など、総じて革新を拒否する保守の人といった位置づけにされ、主人公は過去を守るために奮戦する人物としての描写が多い。上巻が西洋文明を進取する未来に向けて戦う人であったのに、下巻では逆の立場となっているのが面白い。

榎本武揚という大人物ですら翻弄される歴史の荒波。その荒波も隠れたテーマとなっている。オランダへの航海では難破させられながらも乗り越えられた荒波に、江戸から函館、そして松前への航海ではついに屈服してしまうところに、歴史の波に抗うことの厳しさを感じた。

榎本武揚の生涯を概観するに、逆賊の汚名を着つつも明治政府に重用された部分が取り上げられがちなのだが、この小説では終わりの2、3ページに一夜の夢として、さらにはエピローグとして簡潔に明治政府での功績を2ページだけ取り上げただけで、あえて描くのを避けている。小説の終わらせ方としてはいさぎよいし、読後感も良かったのだけれども、一方ではその見えない葛藤を書ききるのも小説の役割ではないかとも思った。

’11/11/06-’11/11/07


武揚伝〈上〉


最近のTPP論議について、これは日本国の開国であるという論調を目にすることが多い。ここ200年でいうと、幕末、第二次大戦に続く3回目の開国であるという。

今のtppがどのような開国になるのか皆目わからないけれど、封建体制を終わらせ日本を変えたという意味では最も重要な開国が幕末のそれであることは言うまでもないと思う。

幕末から明治にかけては、有名無名問わず公私の情を超えて、日本のために精魂尽した人が幾百もいたけれど、榎本武揚については、Wikipedia程度の知識しか持っていなかった。

逆賊の汚名を着せられた旧弊の徒として人生を終えておかしくないのに、明治政府でも重用されたその人物とは・・・

気になって読んでみた。彼の生き様から、今の閉塞しつつある日本を考えるヒントが得られないかと思って。

上巻は15代将軍慶喜が大阪城を脱出するところまで。榎本少年が親の幕臣技官であった父の薫陶を受け、葛藤しつつも幕府の留学生としてオランダに赴き男を磨く箇所など、私にとって新たな知識を得るとともに、その進取の気質と意思の強さこそが、逆賊でありつつ明治政府に取り立てられた強みであることをしった。実は幕末明治にかけて、立場が違えば国を率いていくことのできた人であったのだなぁ・・・・と今まであまり知らずにいたことを恥じる思い。

それにしても気になったのは、小説ゆえに主人公を引き立てるためなのか、徳川慶喜や勝海舟が低く、それも貶められるまで描かれているところ。慶喜については私もいろいろ読んだりして知識はあったのだけれど、勝海舟までもがこういう評価のされ方をするとは・・・・氷川清話とか子供向けの伝記を読んだだけではわからない陰影のある人だったんだなぁということも得た知識の一つ。

’11/11/04-’11/11/06


夢奇譚


今、この入力ページの表紙画像にアイズワイドシャットの原典とあるのをみて、初めてそのことに気付く。なるほど、そう言われればそうだわ。かつて妻と映画館に見に行ったことを思い出す。

物語の進み方や主人公の独白などが19世紀の小説っぽい感じで、今の小説を読み慣れている人には少々まどろっこしいけれど、ふとした諍いからどんどん異常な状況へと自ら足を進めていく主人公の描写が妙に真に迫るところがある。

主人公の奥方の見る夢と主人公がすごした現実とを対立させ、それを今後の生活に活かすという流れ、いかにも分かり易い止揚の構図。哲学が盛んなりし時代の賜物だなぁと思った。

’11/10/29-’11/10/29


きのうの世界


夜のピクニックの印象が深く、新たに手に取ってみた。

最初のほうの人称が独特で、数々の細かい謎を積み重ねていくところ、だんだんどこに連れて行かれるのかわからない筋道を追っていくことになる。

そもそも何が謎なのかすら、どこに向かっているのかも分からなくなるなど、幻想小説のような感じ。

なかなかに読後感も不思議なものがある。

’11/10/25-’11/10/28


死ねばいいのに


京極氏の本は出版された単行本はほぼすべて読んでいるけれど、この本は優れものの部類だ。

このところの氏の作品は巷説百物語シリーズに見られるように、百鬼夜行シリーズにない丁寧すぎる心理描写が目立つようになってきた。その路線の終着点が、先年著者が世に問うた「厭な小説」だと思っていたけれども、それよりも数段、本作のほうが厭な気持にさせられた。

読んでいる人の弱さやいやらしさが存分に暴かれていくような前半は厭な気持ちにさせられっぱなし。ところがパタンと衝撃の事実が明かされて以降は打って変わってその厭らしさが人のこころの不思議さへの驚きへとかわっていくからすごい。

構成といい、厭な気分にさせる筆致といい、文句なし。

’11/10/23-’11/10/25


神器〈下〉―軍艦「橿原」殺人事件


上巻の感想では書かなかったけれど、この本、実は太平洋戦争論、日本人論としてかなり突っ込んだところまで書いている。

平和ボケの私には分かり様のない戦争の理不尽さや、戦争に行った人間が今の平和な世に対して頂く複雑な思いなどを含め、皇室や戦後の日本人に対して辛辣なまでに筆が走っている。

戦争に赴く人間の滑稽さや理不尽さとともに、敗戦をへた日本人は日本人なのか?という極端な問いが発せられているこの小説からは、単純に戦前の日本が悪かった、いや良かったなどといった立場を超えて、ただ日本人として在っていくこと、戦後の繁栄する世間が美徳を忘れていようといまいと、それを受け入れていくという姿勢を問われているように思えた。

ここまで皇室や戦後日本人を辛辣に書いてこそ、逆に肯定するという考えもあるのだろうなと。

’11/10/22-’11/10/22


神器〈上〉―軍艦「橿原」殺人事件


著者の作品、芥川賞受賞という背景があるためかどうかはわからないけれど、推理小説の分野にもここ数年進出しているけれど、ただの推理小説にとどまらない、メタミステリ的な感じがあり、よく読んでいる。

こちらの作品もミステリの定石を突き崩すような仕掛けだらけで、そういう読み方をすると?になってしまうけれど、あえてそういう定石をとっぱらって読むと縦横無尽。

語彙も豊富で文体だけでもうならされるところあり。

’11/10/16-’11/10/22


顔のない敵


著者の作品は、奇をてらわずに正統な堅実な筆致なんだけど、見事な本格推理を書きつつ、推理小説の中にも主張をこめている作品もありどちらも好きです。

ただ、本格に徹したときの動機などは弱い部分があるなぁと感じていて、それがこの作品のように著者の意見が入ってくるとトリックに関係ない部分までいきいきしてくるから面白い。

地雷という兵器をテーマにした小説って私はまだ読んだことがなく、それを推理小説でとりあげたという着眼点はいいなぁと思う。被害者、作る人、埋める人、取材する人、そういう人間関係が生じるところって他になさそうなので、骨太な小説なんかものにできそうなテーマだと思う。

’11/10/15-’11/10/15


重力ピエロ


著者の小説の登場人物は、とかく魅力的に思える。世の中に迎合も白けもしない替わり、エピソードの隙間から色んな教訓を引っ張り出してくる。

遺伝子を扱う本書では、生を司る相手だからか死生観について機転の効いた言動が次々飛び出してくるのが印象的。

’11/9/18-’11/9/22


BG、あるいは死せるカイニス


SF的な設定のもと、その設定をひっくりかえすようなラストが印象的。新世界より、や、ルグィンの闇の左手のような設定は、それだけで性に縛られがちな小説世界の境界を広げることができる。

このような世界は作家としても書いていて面白いのではないだろうかと思える。

’11/8/28-’11/8/28