尾瀬の朝は早い。
4時半に起き、朝靄に漂う尾瀬を散策に出かけました。
三百六十度の尾瀬が瞬間ごとに姿を変えてゆく雄大な時間の流れ。それは、言葉にはとても表せない経験です。
一年前の朝、尾瀬の大地に立ち、壮大な朝の一部始終に心を震わせた経験は、私の中に鮮やかに残っていました。
今年は、山ノ鼻小屋から尾瀬の湿原に歩き、朝を全身で感じたのですが、正直に言うと昨年を凌駕するほどの感動までには至りませんでした。
今年も十分に素晴らしい朝だったのですが。昨年、尾瀬の朝を感じた初めての経験がそれだけ鮮烈で、得がたいものだったのでしょう。
尾瀬小屋は山ノ鼻よりさらに奥に位置していて、自然相も景色も違うのでしょうし。季節や場所によって自然はかくも違う顔を見せる。そのような当たり前のことを思い出させてくれました。それもまた、尾瀬の魅力の一端なのだと思います。


朝ごはんを食べ、小屋を出発したのは、7時少し前。
目の前にそびえる至仏山に向け、19名のパーティは歩みます(数が減っているのは、昨日のうちに帰られた方がいたので)。
昨日、目に焼きつけておいた至仏山の山容と麓へと至るアプローチ。ところが、行けども行けども麓にたどり着きません。
都会の人工物に慣らされた私たちは、尾瀬の広大な自然の中で距離感を失い、惑わされる。昨年も感じた距離感の喪失は、尾瀬ならではのものかもしれません。嬉しい錯覚といいますか。
そうした日常の汚れを気づかせてくれるのが旅の効能。なかでも尾瀬の効能はてきめんです。


やがて至仏山の登山口に着きました。そこからは登りです。
ところが、登山道には水が流れ落ちていました。数日前まで雨が降っていた名残なのか、それとも雪解け水なのか。
水に気を取られ、思ったよりも負担になる登りでした。


とはいえ、自然の中だと別人のように力が湧き出る私。植物相が変わる高さまではずっと先頭でした。
その後しばらく岩場で後続のみなさんを待った後は、数名でさらに上へと目指します。今度はじっくりと時間をかけながら。


というのも、私たちの背後には尾瀬の大湿原が少しずつその全容を見せてくれていたからです。
少し標高を上げると、その分だけ姿が広がる尾瀬。登るたびに背後を振り返ると、その都度違った顔を見せる尾瀬。
そうやって尾瀬を見下ろす快感を知ってしまうと、一気にてっぺんを目指して登るなどもったいなく思えます。また、登山道の脇には名も知らぬ高山植物のあれこれが姿を見せ始めました。こうした可憐な花々も私の足を引き留めます。
これらの花々は昨日は湿原で見かけませんでした。山に登らなければ出会えなかった尾瀬の魅力がここにも。
一緒に登っていた方が高山植物に詳しく、たくさんの名前を教わりました。


至仏山の山肌を彩る豊かな自然を楽しみつつ、振り返るたびに、広大な姿を横たえる尾瀬に目を奪われる。
私の登山経験などたかが知れていますが、そんな乏しい登山経験の中でも、この時に見下ろした尾瀬のすばらしさは別格で、人生でも屈指の眺めだったと断言できます。
湿原を歩くだけでなく、上からその素晴らしさを堪能する。それこそが登山の喜び。そして魅力。その本質に気づかされた道中でした。


古来から山男を、山ガールや旅人を引き寄せてきた尾瀬の魅力。それは私ごときが語りつくせるものではなく、私の見た尾瀬も、尾瀬が見せる無限の魅力の一つにすぎないはず。

頂上に近づくにつれ、急速に湧いてきた雲が尾瀬を覆い隠します。
まるで私たちの眼下に広がっていた先ほどまでの尾瀬が幻だったかとでもいうように。
その気まぐれなふるまいも、尾瀬の魅力の一つ。そうした振る舞いに出会う度、旅人はまた尾瀬へと足を運ぶのでしょう。


雲が湧き、気温も下がってきました。視界も少し悪くなってきたので、登りの足を早めました。
途中には高天ケ原と名付けられた場所があり、少し休憩もできましたが、この日の高天ケ原は急に湧いてきた雲によって灰色に染まっていました。仏に至る道は容易なものではない、ということを教えるかのように。
山の天気の変わりやすさをつくづく感じつつ、気を引き締めながら最後の登りへ。


9時48分。至仏山の山頂につきました。標高2228m。私にとって日本百名山の登頂は大菩薩嶺に次ぐ二峰目です。
達成感に浸りたいところですが、狭い山頂付近には大勢の登山家がたむろして混雑しており、落ち着くことなどとても無理な状況でした。


そんな混雑の中、後続の皆さんを待っていたのですが、一部の方が登りに難儀されているとの情報が。
なので、まず15名で集合写真を。
この時、晴れ間が広がっていたらとても映えたのでしょうが、先ほどから湧き上がってきた雲が去る様子はなく、写真の背景が少し曇り空だったのが惜しい。
でもみんな、いい顔です。達成感にあふれています。雲を吹き飛ばすほどの晴れやかな姿がうれしいです。


女性の皆さんはお手洗いのこともあるので、皆さん先に出発しました。
で、私はMさんとそこでしばらく後続の方を待つことにしました。体力にはまだ余裕があったので、遅れた方の荷物でも持とうかな、と。
結局、至仏山頂には1時間以上いました。やがて後続の皆さんも合流しました。
なので無事を祝って、そこで5人で再び写真を撮り、山ノ鼻小屋の方が持たせてくださったおむすびをパクパク。

そこから小至仏山へと向かいます。
私が荷物を持つまでもないとのことだったので、私の荷物は増えなかったのですが、ここから小至仏山への道も岩場が続き、油断はできません。
高山植物を愛でながら、帰りのバスの時間もにらみながら、山の景色を堪能しながら進みます。
小至仏山には11時50分に着きました。こちらも小という名が付きますが、標高2162m。私の中では生涯で二番目の高峰です。
雲がまだ辺りを覆っており、そこからの尾瀬の眺望は楽しめませんでしたが、辺りは登頂の達成感を感じるには十分すぎる景色。実にすがすがしい。


そこからは険しく危険な岩場を通りながらの下りでした。途中には雪が溶けきれずに残っている箇所も通り、ここがまぎれもない高山であることを思いださせてくれます。
オヤマ沢田代や原見岩と名付けられた岩に登るなどしながらの道でしたが、登りで遅れた方が下りでも苦戦しており、私とMさんが先に降りては、後続でサポートについてくださったお二方を含めた三名を都度待つ展開に。


途中、大学のパーティをやり過ごしたり、水場で花や草を写真に収めたりしながら、ぎりぎりバスに間に合いそうなタイミングをみて、最後はMさんと二人で鳩待峠へ。
無事に皆さんと合流し、後続の方もあとから合流することができました。無事下山。

来た時と同じく「ゆる歩様」を掲げた「OIGAMI」号に乗りまして、私たちが向かったのは「わたすげの湯」。ゆる歩山登りの会は温泉が付いてくるのがうれしい。
汗を流し、足腰の凝りをほぐす湯けむり時間の心地よさ。
休憩所では皆さんがビールを頼んでいたので、私もついご相伴してしまいました。こういう時間って本当に幸せですよね。


再び「OIGAMI」号に乗って上毛高原駅へ。そこで解散となり、それぞれの思いを載せて帰路へ。
この日の夜、東京駅近辺で打ち上げのお誘いをいただきましたが、私は翌朝早くに車に乗って羽田へ向かわねばならず、無念の辞退。
本当は皆さんと旅の思い出を語らいたかったのですが。
とはいえ、せっかく大宮に来たので、夕飯はなにか珍しいものを食べたい。そう思って駅前をぶらぶらしました。結局、これといったお店が見つからず、丸亀製麺に入ってうどんを。こういう締めもまた私らしいというか。

さらに、新宿では尾瀬のことを無性に知りたくなり、駅前のBOOKOFFに立ち寄って尾瀬の本を買い求めました。

こうして、二日間の尾瀬と至仏山の旅は終わりました。今回、ご一緒した19名の皆さん、「OIGAMI」号のドライバーの方、宿の皆さん、誠にありがとうございました。


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