本書を読むのはニ回目だ。
私は以前から井上成美と言う人物にとても興味を惹かれてきた。本書も含め、数冊の井上氏についての本を読んだ私の井上氏への思いは尊敬の一言に尽きる。

井上氏の経歴を概して書くと、以下のようになるだろうか。
海軍の中で曲がったことが嫌いな剛直な人物として著名で、日独伊三国同盟の締結には山本五十六元帥や米内光政大将・首相とともに猛烈に反対した。が、陸軍や海軍内の強硬派に押しきられた。最後の海軍大将として海軍の解体を見届けた後は、横須賀の長井に逼塞し、清貧の余生を過ごした。
どれだけ窮乏に苦しもうと、海軍の部下や校長時代の教え子たちが援助をしようと、首を縦に振らなかったと言う。世に再び出ることを潔しとせず、信念を貫き通した人物。

井上氏が余生を過ごし、亡くなった地は長井。私の名字と同じだ。
また、井上氏は自らを教育者と任じていたようだ。私の二人の祖父は、ともに大学で教えていた教職者だった点でも同じ。
そうした共通点があるためか、私は、井上氏になにかの縁を感じていた。

横須賀の長井にある井上邸には三回訪れた。最初に訪れた際は、すぐ近くまで行ったものの、場所を見つけられずに断念した。が、それから数年後、ようやく見つけた。それが本書を読む二カ月前のこと。
その時の印象が消えないうちに本書をもう一度手に取った次第だ。

本書を通して井上氏の人生を振り返って思うこと。それは、組織の中で個人が生きていくことの難しさだ。
組織と言う巨大な怪物の中にあって、人はどのように生きていくべきか。これは、私たちすべての人間が突き付けられる問いだ。

井上氏もまた、海軍の組織の中で自らの信念を通そうとした。そして時流に呑まれ、挫折した。
本書は、井上氏が組織の中で戦い抜き、それでも敗れ去った記録だ。その姿から著者が書き表そうとしたのは、組織の中で信念を貫く方の難しさと尊さだ。

軍隊の中にあって自らの筋を通すこと。ほとんどの人は長いものに巻かれてしまう。そして組織の論理に組み込まれていく。だが、井上氏は節を曲げずに頑張り通した。
山本・米内の両氏と組み、アメリカと戦争すれば絶対に負けると主張した。
その正しさは、日本の敗戦という形で証明された。それは、井上氏の望んだ形ではなかったことだろう。
ドイツやイタリアの初期の目も眩むような戦果に目を奪われた推進者に対して、自らの信念が遠ざけられた無念さは推察できる。

組織とは手ごわい。
だが、組織の手ごわさは、井上氏のように徹底的に組織と戦った人物だからこそ言える。
その点、私には資格がない。
私は組織と徹底的に戦う前に、個人事業の世界に独立してしまった。だから、私が言えるのは、せいぜい本書のような組織と戦った人物の評伝を通して自らの考えを述べる位だ。

井上氏の経歴から私たちはなにを学べば良いだろうか。
私が思うに、それは軍人とは戦が上手くなければならないとの通念を疑うことだ。本人も認めている通り、井上氏は決して戦が上手ではなかった。赫赫たる戦果を上げたわけでもなく、着実な実績を積んだわけでもない。だが、それでも井上氏は軍人として無能ではなかったと思える。
なぜなら、軍隊とは戦だけしていれば良いものではないからだ。戦略・戦術の立案もそう、兵站の確保や組織の編成もそう。そして、井上氏自身が最も性に合っているとした教育もそう。次を担う軍人の教育は、軍隊にとって必要だからだ。

当時の海軍軍人が海軍での生活を始めるにあたり、自らの向き不向きを考える間もなく海軍兵学校に入学する。その中でもまれながら、そして学校を出た後も組織の中で自らの向き不向きを考えていく。
今の人間社会や組織の複雑さは、若いうちから自らの生きる未来を見つけるには難しい。だからこそ、若者は生きづらく、人生は大変なのだ。多分それは当時の海軍でも同じだったはずだ。
不運な人の場合、自分が本当に向いている職に巡りあえぬままに人生を終えていく。
だが、本人が自らを見つめる努力をしていれば、やがて道は見つかる。井上氏の場合、それこそが教育者として適性だった。

そうした意味で、井上氏が戦後の自らの生き方を英語塾での教育に賭けようとした気持ちは理解できる。
自らの本分を教育にあると見いだし、子女の教育に力を注いだ井上氏。だが残念なことに井上氏の体調の悪化や、井上氏が柔軟に戦後の世の中に合わせようとしなかったこともあり、英語塾は数年で閉じてしまう。かえすがえすも残念なことだ。

不運が重ならず、井上氏がもう少し柔軟に生きていれば英語塾も隆盛になったかもしれない。それもまた仕方のないことだが。

だが、私はそもそも聖人君子と言われるような人はあまり魅力を感じない。むしろ、聖人君子とあろうとしながら、その所々に覗く人間的な弱さにこそ惹かれる。
井上氏は、確かに堅物だったかもしれない。自らの信念と筋を通す剛直さもあった。周囲との軋轢にも戦い抜いた。一見すると強そうに思える。
だが、そんな井上氏にも弱さがあった。組織の中で生きられない不器用なところや、組織の中で自らを処する術を持たなかったところ。若くして海軍軍人に嫁がせたが夫が戦死し、本人も結核で亡くなってしまった娘のこともそうだ。そして、そうした時流に振り回された不運すらも井上氏の人間的な魅力に映る。
さらにギターを弾き、パズルを考案するなど、本人なりに人としてのゆとりを持とうとした努力も感じられる。

本書を読んだ半年ほど後、もう一度井上氏の旧宅を訪れた。
また、府中市にある多磨霊園の中にある井上氏の墓には、免許更新の帰りに立ち寄って手を合わせた。

私にもこれからまだまだ苦難が訪れるだろう。不運にもぶつかるだろう。だからこそ、清貧で生き抜いた井上氏の強さにあやかりたいと思う。

‘2020/01/11-2020/01/14


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