Articles tagged with: Twitter

SNSはライフログツール

portrait

はじめに

今回、kintone advent calendarで記事「ライフログのkintone 盛り alasqlとGoogle chartを添えて」を書きました。記事の中では私はライフログをこう表しました。「システムが行った作業の結果がログ。ウェブ上にログを残すからウェブログ。略してブログ。そして、人生のイベントを記録するのがライフログ。」

記事を書いている私の心に居座っていたのは「私にとってライフログとは何か」です。いったい、ライフログの本質ってなんだろう。私にとってのライフログは実践可能なものだろうか、と。その結果、私にとってSNS「ソーシャル・ネットワーク・サービス」がすなわちライフログにほかならないことに気づきました。

人生の意味とライフログ

人は何のために生きるべきか。これは古来から延々と考え続けられてきたテーマです。人は誰もが死にます。一個人としての意識は死んだ瞬間、消え去る。後には何も残らない。貧富の差も、宗教の違いも、身分の差も関係なく平等に死は訪れる。これは霊界通信を読むまでもなく、生きている人にとって疑いのない真理です。ただ、それをもって人生をむなしいと捉えるのは間違い。一人一人の個人は、人類という種を構成する一部であると考えれば、私という個人の意識は絶たれても、人類としての存続は続く。そう考えれば死のむなしさの恐怖から逃れられるのではないでしょうか。そして生の意義とは、人類という種の存続になにがしかの寄与をすることにあると思います。それは子を作り育てるだけではありません。子を養わなくても、人類が存続するため、社会に貢献することだって立派な行いです。そして私はもう一つ寄与できる事があるのではないかと思います。それは時代の集合意識をのちの世に残すことです。

人類の集合意識。それは各時代、各地域によってさまざまな形を持ちます。かつての常識は今の非常識。東のしきたりは西のタブー。だからこそ、古人によって描かれた日記の類が、将来の歴史家にとってその地その時代を映し出す第一級の資料とされるのです。ただ一方で現代とは日ごとに膨大な写真や文章が生み出される時代。だから今の時代をトータルで捉える場合、それらをビッグデータとして解析することで事足りるかもしれません。ですが、そうしたとらえ方では時代の全体としてしか精神をとらえきれないような気がしています。一個人としての連続した言動、意識の断片が残される時、そこには一貫した意識があるのではないかと思うのです。私はそれこそがライフログの意味だと思います。だから私自身のライフログが重要なのは私自身よりも、むしろ未来の人々が参照する時代意識の資料としてではないかと思っています。むしろ私は、ライフログを日々の膨大なイベントを忘れるために使っています。いったんSNSにあげてしまえば、速やかに忘れ去る。必要があれば取り出す。そして一人の個人の生きた歴史として のちの世 に委ねる。個人史のサンプルとして。ライフログとはそういう営みだと思っています。

今回の記事をキッカケとして、私にとってSNSとはすなわちライフログの手段、と肚に落ちました。

SNSとライフログ

そもそも人はなぜこれほどSNSにハマるのでしょうか?自己表現、自己顕示、承認欲求、つながりの明示化、人脈作り、商機の拡大。その動機は人によってさまざまです。利用者の抱える多様なニーズに合わせ、いかようにも使える可能性があったからこそ、SNSはここまで支持されたはず。では私にとってのニーズは何か。SNSを通して、発信し続ける理由はなんなのか。それを自らに問うた時、出てきた答えがライフログだったのです。今回の記事をキッカケに、SNSの意味がやっと見えたように思います。

ここでSNSの一般的な意味を考えてみます。SNSは古くはfriendsterやmixi、LinkedInから、今のFacebook、Twitter、Instagramなどに至るまで多くのサービスが産まれては消えて行きました。いまもまだいくつものサービスがしのぎを削っています。全てを合わせるとかなりの利用者数を誇り、ハマる人は1日何時間もSNSに浸っていると聞きます。SNSはそんなところから企業の生産性悪化の元凶として、また鬱などの元凶として槍玉にあげられる一方、イベント集客やつながりの構築が便利になり、遠方の友人の消息を知るのにも使われています。

さらに考えを進めると、SNSによって特性が違うことにも気づきました。例えばFacebookです。最近、Facebookばなれがよく言われます。当のFacebookから、よくアンケートを求められ、Facebook自身も危機感をもっている事を感じます。若年層がFacebookから離れている原因として、中高年のキラキラ成功体験がFacebookに埋め尽くされているのがウザい、という声もよく聞きます。多分私の書いている内容もその一つなのでしょう。

それは、Facebookに書かれる内容の多くが過ぎ去った事という実情に関係しそうです。そう思いませんか?今日のイベントの結果。こんな食事を食べた。こんな景色を見てきた。こんな内容で登壇した。こんな記事を読んだ。エトセトラエトセトラ。もちろん私自身が書く内容もそう。そこには実名主義であるFacebookの特質が潜んでいそうです。実名であるがゆえに、未来の展望も控えめにしか書けない。なぜなら書いたことに責任が生ずるから。大風呂敷は広げた以上、きちんと畳まねばなりません。そして未確定な予言である以上、必要最小限のことしか書けない。

それに対し、Twitterはない実名と仮名が許されています。そして140字という制限があるため、そもそも込み入ったことが書けない。つまり理屈や自慢が入りにくい。我が国のTwitter利用率は諸国の中でも高いと聞きますが、それはおそらくFacebookの実名主義や人との距離感が日本人には合わないからだと思います。むしろ最近の技術者界隈ではTwitterの方が情報発信ツールとして重視されているような感触も持っています。それもまた、未来志向であるTwitterの特性なのかもしれません。

ただ、過去志向であれ、未来志向であれ、個人を発信することに違いありません。記事のシェアや他人のつぶやきをRetweetすることだって個人の意見の発信です。つまりはその時々の関心事であり、全てはその人の生きた証です。よく言われるのが、発信する内容がプライベート寄りだと避けられてしまうということ。ですが私に言わせると、そもそも対象が公共だろうが閉じたサークル内だろうが、内容が仕事のことだろうがプライベートのことだろうが、発信すること自体がすでに自分の顕示だと思っています。全ては「自分語り」。SNSとは結局、自分を顕示し、語ると同時に、記録してくれるツールなのです。でもそれを認めると、かえってスッキリしませんか?。そして最後に書いた「記録する」という点こそ、SNSがライフログツールである理由だと思うのです。

SNSとは発信する人がその時々で生きる証(行動、言葉、考え)を記録するツールだと考えられないでしょうか。つまりライフログ。今日何を食べた。こんなキレイな景色をみた。セミナーで登壇した、私はこういう意見がある、他人はこう言っていると紹介する。全てはその人の人生のログです。こう考えが至ると、私がなぜ今までSNSへの書き込みを続けているのかが腑に落ちました。

もちろん、SNSの重要な機能としてネットワーキングは外せません。ですがネットワークを構築するには、まずあなた自身がどういう人間か開示しないことには、相手もトモダチにはなってくれません。その意味でもSNSのベースとは自己顕示のツールと考えてあながち的外れとはいえますまい。

一方でプライバシーの問題もあります。自分の行動を開示することによる不利益をおそれる。もっともです。死んだあとにまで自分の行動を詮索されるのはいやだと思う人もいます。当然です。自分が死んだらライフロフもまとめて闇に葬って欲しいと思う。当たり前です。SNSなどしょせんビジネスのつながりが構築できて、その場の承認欲求が満たせればいい、そう思う人もいるのも無理はありません。だからこそプライベートな内容はSNOWやSnapchatやInstagramのStoriesのような一定時間で投稿が消えるSNSにも利用者が流出しているのでしょう。

そもそも、若い頃はだれもライフログなど興味を持ちません。未来が輝いて見える以上、過去には興味をもたないものです。私もそうでした。私の20代のころの記録などほとんど残っていません。なので今になって過去のことをブログに書く度に苦労しています。そもそも40半ばになった今ですら、過去の記録を覚えていようとも、しがみつこうとも思いませんし。

だからこそ、SNSをライフログツールととらえるとよいのではないかと思うのです。目的は完全にプライベート。将来の自分のために記録するための、今の行動の詳細な情報を忘れてしまうためのツール。老年に入って死が近づけば「終活」の一環で過去のアカウントを消してしまってもよいし、先に述べた通り時代精神の資料として のちの世 に委ねるのもあり。当初からSNSをビジネス目的で考えず、ライフログの副産物として何かしらの反応があったらそれはありがたく利用させていただく。こう考えるとSNSへの付き合い方がずっと楽になるのではないでしょうか。少なくとも私はSNSを巡回して「いいね」を押して回るのをやめてから時間もできたし、ずいぶんと楽になりました。

今回の記事を書いてみて、ライフログとSNSの関係がはっきりするとともに、SNSへの付き合い方への指針のようなものが自分にたったのではないかと思います。結局のところ、日々の人生は「どう幸せに生き、どう悔いなく死ぬか」にかかっているのですから。


この六年を契機にSNSの過去投稿について思ったこと


今日で東日本大震災が発生して六年が経ちました。テレビやブログでも六年の日々が取り上げられているようですね。

今日の14:46を私は家で仕事しながら迎えました。六年前のその瞬間も同じ。あの時も家で仕事していました。違う事といえば、今日は直前に町田市の広域放送で黙祷を促されたことでしょうか。よい機会をもらえたと思い、しばし目を閉じ自分なりに物思いにふけります。

この六年を自分なりに振り返ろうかと思ったのですが、やめておきます。昨年秋に二回ほど郡山に仕事でお呼ばれしました。郡山の素敵な方々や産物や美しい風景の数々。地震が起きてから東北の方々に何も貢献できていなかった自分に少しは区切りはつけられました。でも私はいまだに浜通りや三陸を訪問できていません。私が東日本大地震を語るには時期が早いようです。
弊社は、福島を応援します。(まとめ版)
弊社は、福島を応援します。(9/30版)
弊社は、福島を応援します。(10/1版)
弊社は、福島を応援します。(10/2版)

ふと、3.11前後の日記を覗いてみたくなりました。その頃の日記には一体何を書いていたのか。そして何を思ったのか。当時の私はまだmixiを利用していました。今や全くログインすることのないmixi。今回の機会に久々に当時のmixi日記を覗いてみることにしました。

久々に訪れるmixiはユーザーインターフェースが刷新された以外は案外同じでした。六年前の3.11の前後に書いた日記にもすぐアクセスできました。時間軸ではなく、年と月でカテゴライズされたmixi日記へのアクセスはFacebookに慣れた身には逆に新鮮です。日記ごとにタイトルが付けられるのも、後から日記を見たいニーズには適しています。私のようにSNS利用のモチベーションが自己ログ保存にあるような人にはうってつけですね。

最近のSNSはタイムライン表示が全盛です。Facebook、Twitter、Instagram、Snapchat。どれもがタイムライン表示を採用しています。mixiも過去日記の閲覧が容易とはいえ、基本はタイムライン表示です。多分、膨大に飛び込んでくる情報量をさばくには、タイムライン表示が適しているのでしょう。Snapchatに至っては投稿してもすぐ自動消去され、それが絶大な支持を得ているのですから。

mixiのように後から投稿を容易に閲覧できる機能はもはや流行から外れているのでしょう。今を生きる若者にはそもそも、後日のために投稿を取っておくという発想すらないのかもしれません。私も二十歳前後の記録は友達と撮りまくった写真以外はほとんど残っていないし。

でも、3.11の時のような天災では、アーカイブされた記録が後になって大きな意味を持つと思うのです。つい先日にも膨大にアップされたYouTube動画を場所や時間でアーカイブし、検索できる仕組みが東北大学によって公開されたとか。動画でふりかえる3.11ー東日本大震災公開動画ファインダーー

各種SNSでは、システムAPIなどを使って一括アーカイブはできるはずですし、Facebookでは一般アカウント設定から過去投稿の一括ダウンロードもできます。ただ、それだけでは足りません。mixiのように、容易に利用者が過去のウォール投稿やツイートにカテゴリーツリー経由でアクセスできるようにしても良いと思うのですよ。システム実装はあまり難しくないと思いますし。学術的な投稿アーカイブだけでなく、利用者にとっても過去日記を閲覧できる機能はあってもよいと思うのですが。

今回、過去の日記を久々に読み返して、過去の自分に向き合うのも悪くないと思いました。仕事を多数抱え、過去の日記を読み返す暇などほとんど無い今だからこそなおさらに。

とはいえ、気恥ずかしい記述があるのも事実。地震前最後に書いた日記は2011/3/8のこと。長女と二人で風呂に入ったこと。学校で性教育の授業を受けたと教えてもらったことが書かれてました。うーむ、、、これは気恥ずかしい。さらに、実名が求められないmixiでは私の書く筆致が全体的にのびのびしている気がしました。これは今の自分の書きっぷりについて反省しないと。


つぶやきはビジネスになり得ないのか


文字制限を140字から10000文字へ。Twitter社がこのような仕様変更を計画していることが各種ニュースサイトで報じられています。

それについては、すでに反対意見もいくつか挙がっているようです。私の意見も反対です。

もし文字制限撤廃が事実とすれば、株価低迷を打開するためのてこ入れ策であることは明らかです。

これら報道の真偽はともかくとして、よい機会なので改めてTwitterの140字制限について考えてみました。

140字という制限。制限というと何やら短所のように聞こえますが、これは紛れもなくTwitterを特色づける長所です。すでにブログも乱立していた2006年の時点で140字という制限を敢えて設けたTwitterは画期的でした。

その手軽さは人々を惹き付けました。人々はこぞってつぶやき、好きなだけさえずりました。私もまた、その一人。

リツイートやハッシュタグなどの機能は、拡散させるという新たな情報流通の手法を産み出しました。また、しがらみの緩やかなフォロー・フォロワーの仕掛けは気軽なつぶやきを促す助けとなりました。

しかし、ここに来て、Twitterの限界が見えてきたことも事実です。それは、Twitterの最大の特徴である140字の制限によるものです。一言でまとめると、140字ではビジネスを消費者に訴えられない。これに尽きます。そのため、企業が自社サービスをツイートする場合、告知サイトのURLを記載し誘導することが主になりました。企業アカウント上で敢えて軽いノリでつぶやくことで、企業の柔軟さをアピールするための企業ブランディングツールとする試みもありましたが、これはつぶやき担当者にセンスが求められることから主流とはなりませんでした。

また、意見を述べる場としても140字の制限では短く、まとまった意見を述べるには外部ブログへと誘導する他に手はありません。中には複数のツイートを跨いで長文の意見を書き込む方もいらっしゃいますが、各ツイートが下から上に配置されているにも関わらず、ツイート内の文章は上から下に読むというヘンテコなことになっています。

こういったTwitterを特徴付ける仕様が、逆にTwitterをビジネスユースとして若干使いづらいツールにさせているようです。

ビジネスとして使いづらいこと。それは、Twitter社の今後の成長を阻みます。阻むどころか売上減へとつながりかねません。売上減は同社への投資の打ち止めを招き、企業価値の低下に直結します。その危機感が今回の判断に繋がったのではないでしょうか。

危機感の打開策として140字から10000文字に増やすという判断は解らなくもありません。しかし、それはもはやTwitterではなく、別サービスとすべきでしょう。そして、それはMediumというサービスとしてすでにリリースされています。しかもTwitter創業者Evan Williams氏の手によって。今さらTwitterの文字制限を10000文字に増やしたところで、Twitter創業者がTwitterの短所を補うために作ったMediumを上回るとは思えません。下手をすれば二番煎じとの汚名を被るだけで終わり、何も得るものがない気がします。

では、Twitterは今後どこに向かうべきなのでしょうか。

私は、今の140文字制限というTwitterの特徴は変えるべきでないと思います。その上で、短文発信ツールとして唯一無二の存在であり続けるのが得策ではないかと思います。世界中の人々によって発信された短文ツイートは、今も今後も世論やトレンド分析にとって役立つことでしょう。それは、検索ワード分析やブログ文脈、SNSの投稿分析とは違った切り口を提示してくれるはずです。

その上で、ツイートをより気軽に行えるような改修を掛けるのがよいでしょう。それには最近のアップル社のSiriやマイクロソフト社のCortanaといった音声認識アシスタントの出現がヒントになるのではないでしょうか。SiriやCortanaの出現は、Twitter社にとって真の追い風となるはずです。今や、人前で端末に向かって語りかけることは普通の光景となりつつあります。つまり、端末に向かって語った言葉をそのままツイートとしてアップする仕組み。起承転結が求められる長文ブログでは、音声入力は不向きです。短文のTwitterこそ、音声認識の仕組みを正しく活用できるサービスだと思います。もちろん、この仕組みをうまく運用するためには、Twitterのインターフェース改良が求められます。例えば語った内容が140字を越えた場合、同一の連続ツイートとして分割しつつアップするような仕様が不可欠です。また、Twitterアプリも、最新ツイートが一番上に来るのではなく、一番下に来るような仕様変更を検討してもよいでしょう。

140文字の制限を撤廃してTwitterのアイデンティティーを捨てる前に、140字にしか表現しえないTwitterの唯一無二の切り札を活かすべき。今回の報道を目にして、そう思いました。


2016年の抱負


晦日にアップした投稿にも書かせて頂きましたが、昨年度は皆さま色々と有難うございました。
今年も引き続き、よろしくお願いいたします。昨年の流れをさらに加速するべく、努力を惜しまず進みたいと思っております。

今年の抱負としては、胸の中で様々に温めているところです。自分という器の容積を広げるためにも、目標は高く持ちたいと考えております。私的な抱負については、家族とともに考え、家族の前で披露するつもりですが、こちらでは、公的な抱負を書きます。

1.法人化2年目にあたって
昨年は法人化を達成しましたが、あえて背伸びせずに基盤作りの一年としました。今年も実現不可能な目標は立てません。しかし現状維持に落ち着くつもりもありません。今年は常駐に頼らずに前年と同じ収入を得ることに注力しようと思います。個人事業主時代、最高収入を得た2010年度すらも、日中は常駐現場に縛られていました。常駐をこなしながら、深夜まで仕事することには限界があります。昨年も平日の睡眠時間は3〜5時間しか取れていませんでした。しかし、そろそろ脳への負担も考えながら仕事を進めなければなりません。また、日中に営業に回れないことがどれだけ商機を逃していたか考えると、改めるべきなのは明らかです。

と言うわけで、4月以降、常駐作業からの収入は多くとも今年の半分に抑える予定です。大口の安定収入を半分にしても、小口の不定収入だけで昨年と同じだけの収入を得られるか。困難ではありますが無茶な目標ではありません。やるしかありません。昨年末に楽天ビジネスがサービスを終了しました。楽天ビジネス経由でかなりのご縁も収入も頂いていただけにダメージはあります。また、CloudWorksやLancersには登録しているものの、そちら経由での受注には至れていません。まずはこの二つのサービスからの受注を目指します。

さらには昨年、かなりの数参加させて頂いた交流会。それぞれの交流会経由でも直接間接に受注に結び付けられています。交流会経由でのご縁をいかにしてさらに増やすか。こちらも参加頻度を去年並みにするか、検討の上正式加入するなどして重視したいと思います。
そして既存のお客様からのご紹介も疎かにしてはなりません。実はこの大晦日間際になって、ご紹介経由でお見積りのお話を頂きました。ありがたいことです。私の提供したサービスの質を評価していただいたと自負しています。しかし、一方では常駐で多忙になる前と後では私の提供するサービスの質が落ちたとの苦言も頂きました。頂いた言葉を肝に銘じ、常駐の仕事量を減らしたからには、その分お客様にもご納得頂けるサービスを心掛けねばなりません。

2.エキスパート化
昨年読んだいくつかの本からはジェネラリストよりもエキスパートたれ、という示唆を受け取りました。仕事上ではこのことを念頭において自己研鑽やブログに反映させていくつもりです。例えばハードウェア手配、凝ったデザインや動画編集、ネットワーク設定や私の不慣れな言語については積極的に協力会社に協力をお願いしていくつもりです。

一方では、私の価格設定が安すぎるという忠告も何度か頂いていました。それは常駐作業が足かせとなってお客様に100%向き合えないための価格設定でした。しかしこれは改めようと思います。そのためにはジェネラリストとして接するのではなくエキスパートとして振る舞わねばなりません。エキスパートとしてどうやって売り込むか。これについてはすでに腹案があります。昨年12月からkintoneのエバンジェリストとして、ようやく活動を活発化させ始めています。トイロハさんへの連載やAdventカレンダーへの参加など。今年はこの流れをより太くすることが大切です。また、Excel、Access、WordのVBAについてはかなりのレベルに達しているとの自負があります。これをOffice 365やGoogle Appsなどと絡めて究めて行こうと考えています。また、CMSについては各種の開発運用実績も持っていますし、一からCMSを作ったこともあります。これらは引き続き大切なノウハウとして活かします。

3.話す技術
昨年は妻のココデンタルクリニックで二回にわたってセミナーを開催しました。そのうちの一回は私もプロジェクターを使って話す機会を頂きました。その直後にアンケートを通して皆さまの意見を募りましたが、辛い意見も頂きました。まさに私自身が求めていたのが辛い意見でして、自分でも話した内容に満足がいきませんでした。おそらく今のようにブログが氾濫している状態では、文字を通しての自己表現は、よほどの内容でないと埋もれてしまうことでしょう。

では何をもって自己表現をするか。それは喋ることです。各種交流会やセミナーにも出させて頂きましたが、必ず1分程度出席者の前でしゃべることが求められます。しかし今の私の話術では10分以上のプレゼンテーションを行えるだけのレベルに達していないと考えています。そのための訓練は欠かせません。今年早々に口にとある処置をしますので、滑舌もそれに合わせてよくなるようにしたいと考えています。

4.ブログ
活動のベースは今まではFacebookを主とし、Twitter、Tumblr、ホームページのブログを従として進めていました。昨年はブログ経由での情報発信をかなり増やしました。今年はその流れをさらに強め、全面に公的な色を濃くしたいと思っています。
Facebookでは、個人的な日記に近い形の投稿を日々欠かさず続けてきました。これは引き続き行う予定です。仕事とプライベートの割合を適度に混ぜながら。しかし、仕事用のFacebookページもより前面に出す予定です。しかし昨年、仕事用のFacebookページやブログの宣伝効果はまだまだだったと反省しています。実は今までは私が積極的にブログの内容を宣伝することはしていませんでした。今年は書いたブログの内容がより流布されるように、私自身のブロックを外すつもりです。具体的にはマルチポストだからといって他の媒体への投稿を避けるということを止めます。リンクによるシェアでよいので、あちこちにブログの内容を書き込んでいこうと考えています。エキスパートに徹する仕事上の技術系のブログは対象を絞って。ジェネラリストとしての自分を書評や時事ブログで表現していきたいのであればふさわしい掲示板に。人間的に狭くなることは避けたいので、仕事だけでなく、書評、劇評、映画評をはじめとし、視野を広く、折々に様々なことについて興味を持ち、世間にも自分の考えを積極的に問うていこうと考えています。

昨年の12月からは対価を頂いた上でトイロハさんへの文章アップも初めています。これら技術エキスパートとしてのブログはAdvent Calendarも含めて引き続きエキスパートとして執筆していくつもりです。しかし技術系ブログ以外のブログも、機会があればどんどん対価を頂いてもなお読まれるような文章を中心に、他のブログとは一線を画したようなブログとして育てて行きたいと意気込んでいます。

なお、私が私的な内容の日記を書く際のスタンスは、小説家の筒井康隆さんのそれに影響を受けています。実名で、個人的な内容を書きつつ、その内容が商売ベースとしても成り立つだけの質の高い日記。実名でも批判を恐れずに書き、匿名に逃げることは避け、同じ内容のものは書かず、日々違う内容の出来事を紹介できるようなもの。それを目指したいと思っています。そのためには私自身の生活も単調にならぬように気を付けねばなりません。また、家族や友人、取引先のプライバシーを侵害するような内容は避けなければなりません。これらのことは引き続き気を付けるつもりです。無断タグ付けを避けることはもちろん、文章に登場させることも極力避ける。などなど。

5.体力と魅力増強
仕事と家庭と自分の夢の三つを両立させることは当然です。また、それらの両立は困難です。ただ、今年は常駐という足かせもなくなる予定ですから、少しは時間的な制約が外れるはずです。それでもこれらを両立させるためには体力の増強は昨年に引き続いて必須でしょう。昨年も親子マラソンや自転車での中距離旅行、フットサルやテニス、ローラースケートに参加させてもらいましたが、今年も引き続きそういった機会を頂ければ参加していこうと思っています。とくに自転車で遠距離に行き、名所旧跡に訪れることは体力的にも精神的にも知識的にも私を成長させてくれるはずです。そういう機会を増やそうと考えています。

引き続き本年度もよろしくお願いいたします。


合同会社アクアビットと社員の情報発信について


個人事業主から合同会社へと法人化してはや3ヶ月が過ぎました。個人事業主時代から、ITを通じて人と人とのつながりを助けたい、という思いをもってやってきました。その想いにブレはありません。引き続き、人と人とのつながりの手助けを行えるよう、事業に邁進していきたいと思っています。

それとは別に、社会人として世の中にもっとコミットしていかねば、という想いも持っています。ここ10年のSNSの普及は、我々にジャーナリストの肩書不要で意見を発信できる場を与えてくれました。私もその機会を逃すつもりはありませんし、今後とも個人として発信は続けて行きたいと思っています。しかし、今回の法人化によって個人としての発信と法人としてそれは整理する必要を感じていました。法人としての情報発信が個人の考えにリンクし、個人としての情報発信が法人としての経営戦略に効果を与える。このようなお互いの発信が相乗的に発信する情報の効果を高め合い、法人としての価値、個人としての生き様をも高める。これが理想的なあり方です。本来ならばもっと早い時期、法人化直後に情報発信の有り方をまとめたかったのですが、色々と立て込んでいたため、少し遅れてしまいました。

のっけから合同会社アクアビット並びに私長井祥和の情報発信における基本的なポリシーについて述べたいと思います。

・匿名での発信は行わない。常に実名での発信を。
・実名で発信することすなわち、己の発言内容に責任を持つということ。
・悪口や解決策なき批判、愚痴の類は発信しない。常に建設的な対案を。
・投稿から他の人や団体へのプライバシーが冒されないよう、万全の考慮を払う。

これです。

その他細かい部分は、法人と個人に分けて記載します。なお、本内容はおいおい追記や修正などでアップデートしていき、私個人の生涯および法人としての経営にも反映させていく予定です。今後ともよろしくお願いいたします。

平成27年7月12日
合同会社アクアビット
代表社員 長井 祥和

 

合同会社アクアビットの情報発信について

目的・・合同会社アクアビットの約款に記載した業務や目的にそった情報発信を行います。発信内容は自社の業務内容、業務トピックが主ですが、まれに代表社員の私も含めた、社員のブログも紹介します。また、業界トピックや取引社の投稿もシェアします。目的としては、弊社を支援して頂いている皆様や業界の話題を通じて、コミュニケーションを円滑に進めること、業界および弊社の業績の向上です。

投稿内容・・合法的に社会常識に沿った内容とします。投稿に登場する方や会社のプライバシーには十分に配慮します。万が一投稿内容に誤りがあった場合は、責任の所在を弊社に帰した上で、迅速に謝罪文を載せたメディアと同じ場所に掲載します。交流についてはビジネス目的を前面に出し、積極的に法人ページへの「いいね」等の依頼も行っていきます。また、マルチポスト(異なるメディアに同一内容の投稿を異なるメディアにアップすること)は行いません。

投稿場所・・情報発信の集約場所は原則としてホームページhttp://www.akvabit.jp上で行います。さらに補助的に以下のSNSやアプリのサービスを使用します。

1.ホームページ http://www.akvabit.jp

 ホームページの静的なお知らせにも適宜アップしますが、技術紹介情報や体制変更といった業務に多大な影響があるお知らせ、プレスリリースも合わせてブログの形態でアップします。

2. Facebookページ https://www.facebook.com/akvabit 情報のシェアおよびブログにするまでもない原稿用紙1枚未満のお知らせを記載します。

3. Twitter https://twitter.com/akvabit_llc ツイートできる範囲のお知らせやブログアップの告知などに使用する予定です。

4. LINE@ @Akvabit 今のところ事務所開設がまだなので非公認アカウントとなっており、公認アカウントとしての条件が整えば改めて利用法を模索します。

5. Instagram 未取得ですが試す予定です。 ただし、原則としてマルチポストは行わないので、Instagramでしかできない投稿内容が見いだせない場合は、使用しない可能性もあります。

ここでは5種類のメディアを挙げましたが、さらに魅力的なSNSが社業の情報発信に相応しいと判断すれば、適宜加えていく予定です。

また、この機会にホームページのレイアウトや記事の位置づけを見直します。2015/7/11時点では、ホームページ上には代表社員のブログのエントリー、Facebookの法人ページのウォール、Twitterの個人用ツイートが記載されています。個人事業主時代の名残です。

これを改めます。社の業務紹介の色合いを強め、個人のブログは同一ドメイン内に引き続き掲載しますが、場所をもう少し後ろにおきます。TOPページには今回新たに設置した法人用Twitterアカウント、Facebookの法人ページを置き、業務関連を前面に打ち出したページに変える予定です。とはいえ、個人のページも蔑ろにはしません。ただ、法人と個人は別という考えの下、一線を引いたレイアウトにするつもりで検討しています。

また、将来的には社員のブログもホームページに設けたいと考えています。

 

個人としての情報発信について

目的・・合同会社アクアビットの代表社員としての枠にとらわれない、長井祥和個人の発信とします。私個人の生涯を記録するためのオウンド・ライフ・メディアといってもよいでしょう。無味乾燥なライフログではなく、個人の思想や生きざまを練り上げていく場として、又、皆様との交流の場として利用していきたいとも考えています。私の人生像として、仕事など公的な姿だけではなく、私的な日常も全て合わせてこそ、全き円として完結すると考えています。そのため仕事だけ、プライベートだけといった投稿内容の偏りがないようにします。また、投稿を行うことで私自身にとっても毎日が単調になっていないか、を検証できる効果もあります。ですから毎日、違った分野の投稿とすることが目標です。例えば食事だけの写真を続けたり、といった場合は私にとって注意信号となります。

なお、SNSは利用者一人一人の考えの下、自由に活用できることが長所です。こちらに書いた内容はあくまでも私個人としての利用法の紹介でしかなく、唯一の正しい利用法ではないのはもちろんです。こちらに紹介した利用法を強制したり薦めたりする意図はありません。そのことは断っておきたいです。

投稿内容・・合法的に社会常識に沿った内容とします。投稿に登場する方や会社のプライバシーには十分に配慮します。万が一投稿内容に誤りがあった場合は、責任を個人で引き受け、適切な対応を取ります。また、仕事と違ってプライベートな内容も含まれるため、積極的に交流をつなげません。(例えばFacebookを例に挙げると、ここ数年、私から友達申請は送っていません。これは引き続きそうします。もっともご縁のある方であれば頂いた友達申請は承認しますので、ご遠慮なさらなくても結構です)。なお、マルチポスト(異なるメディアに同一内容の投稿を異なるメディアにアップすること)は行いません。

投稿場所・・情報発信の集約場所は原則としてFacebook 上で行います。さらに補助的に以下のSNSやアプリのサービスを使用します。

1. ブログ http://www.akvabit.jp           個人としての意見発信、趣味的(音楽、映画、読書、旅行、俳句)なブログの発信としても利用します。こちらに書いた内容は上記FacebookやTwitterで、必要に応じて他のメディアでもシェアします。

2. Facebookページ https://www.facebook.com/YoshikazuNagai.akvabit 毎日一枚、何らかの写真をアップすることを原則とします。その日の出来事や思ったことなどをつれづれに綴ります。多趣味な私ですが、投稿内容をカテゴライズできないようなブログに投稿した以外の趣味に関する投稿もこちらに行います。また、私の予定を事前に公開することは好まないので、そういった投稿はなるべく避けます。(Facebookのイベント参加情報が公開されてしまうことに忸怩たる思いです)。また、私と友だちになっている方自身の体験としてアップされているウォールには気付き次第原則「いいね」をさせて頂いています。ただし、診断系アプリやバイラルメディアの投稿については反応しません。また、ゲームアプリについてもあまり反応しません。あまり私の顔を出すことは好みませんが、私に事前に顔出しの許可(タグ付の許可)を頂いた場合は、拒否しないようにしています。

3. Twitter https://twitter.com/akvabit 俳句の投稿を始め、日常のふとした気づきや時事ネタの個人メモ替わりとして利用します。またブログアップの告知などにも使用する予定です。従来は個人事業主として全般に使用していましたが、この度、法人用にアカウントを追加したので、こちらはもう少し個人としてのつぶやきに使用します。

4. LINE 連絡などに頻繁に利用していますが、私から積極的に繋がりを求めないのは他と同様です。こちらは純然たる連絡用として友人達や地元のグループで利用しています。公開はしていませんが、リクエストを頂ければお教えします。

5. Instagram 未取得ですが試す予定です。 ただし、原則としてマルチポストは行わないので、InstagramはInstagramでしかできない投稿内容にする予定です。しかし写真と文章という組み合わせはFacebookで行っており、Instagram独自のコンテンツが投稿できない場合は、使用しない可能性もあります。

6. LinkedIn http://www.linkedin.com/in/yoshkazunagai ビジネスに特化したSNSであるため、個人としてのビジネス経歴や資格などを集約させるのに使用しています。日々何かを書くための機能が切り詰められているため、頻繁には更新していませんが、ビジネスキャリアとしての集約には適したSNSとして利用しています。

7. Google+ http://gplus.to/Nagai 最近ではすっかり影が薄くなってしまったSNS。私も一時期は活用を試したのですが、最近は利用頻度が減っています。ただしGoogleですからまだまだ侮れません。Google Photoは写真のバックアップツールとしては大変便利で重宝しています。写真と出来事をつなげるツールとして革新的な機能追加があれば、再び利用することも考えています。

8. mixi http://mixi.jp/show_profile.pl?id=16826001 最近ではゲーム以外では見る影もなくなってしまったSNS。匿名という性格上、私の考えと相いれなくなり、また、匿名ゆえに新たな繋がりが作れなくなってしまったことも私がmixiから離れてしまった原因でしょう。とはいえ、過去の匿名時代の日記が多数保存されているため、折をみて利用したいと考えています。

9. FourSquare + Swarm ライフログの一環としての場所記憶アプリです。原則として私の将来予定やリアルタイムの行動はどこにも開示する意思はありません。とはいえライフログの取得は必要なので、引き続き使い続けると思います。

10. Tumblr+Flickr  撮りためた写真のうち、特定ジャンル(駅やマンホール)の写真をFlickr上に保存しています。Flickr上の膨大な容量とブックマークレットを使った一括リンク作成によりTumblr上に写真ブログとして開設しています。ただし同様の内容はホームページでも可能であるため、Tumblr独自のコンテンツとして写真ブログを継続するかどうかは引き続き検討中です。とはいえ駅やマンホール以外にも写真ブログとして載せたい趣味(撮影対象)はまだまだあります。こちらはアップの都度Facebook上にシェアして公開しています。

11. Medium  Twitter創業者がブログとつぶやきとの中間として開設したサービス。今のところ他のブログとのマルチポストにならないよう、技術が既存の仕事を置き換えていくといった事例を紹介するために用いたいと考えています。

12. Pinterest 写真をアップするサービスとして知られています。どちらかというと他の方の写真を収集するための用途に用いられることが多いようです。しかし、私自身としては写真は自分がファインダー越しに撮ったものが全てです。なのであまり積極的に活用する動機が持てず、単なる写真のアップだと既存のメディアとのマルチポストになってしまうため、ほとんど利用していません。        

ここでは12種類のメディアを挙げましたが、さらに魅力的なSNSが個人の情報発信に相応しいと判断すれば、適宜加えていく予定です。

以上よろしくお願いいたします。