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CLS道東 2023 (極寒編)に参加しました


2/4に釧路で催されたコミュニティリーダーズサミット in 道東 2023 (極寒編)に参加してきました。

公式告知サイト
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昨年九月に催された第一回CLS道東にも参加し、ワーケーションを実践されておられる皆さんからの貴重な知見を学びました。
ワーケーションの意味をcls道東で教わりました

そこで学んだのは、アウトプットの質量にこだわらない姿勢です。
アウトプットにおいてワーケーションはリアルに劣る。それを率直に認め、ワーケーションで得られるインプットにこだわる。また、ワーケーションは地元でもできるとの気づき。
前後の懇親会や知床の旅や出会いなど、とても得難い経験でした。

前回の参加では大いなる知見を得た私。今回、私はアウトプットが必要な案件を多く抱えていました。そのため、釧路までの渡航自体が危ぶまれていました。正直参加は無理かなと。

ですが、行くと宣言していた以上は初志貫徹したい。そう思い、知床の流氷から海に飛び込むつもりで参加しました。
すると、参加したことで自分が次のステージに進めたのです。本稿ではそれを書きます。


今回のCLS道東のセッションで得た知見は、幾つもありました。

コミュニティの世代間格差の問題は、私も自分の課題として受け止めています。
私がサイボウズさんのエコシステムの世界に加わらせてもらったことで、人生も仕事も次の地平が拓けたことは、今までにあちこちで書き、話した通りです。
が、それはあくまでも私の経験からの話。私がそうだからといって、それは万人に共通のメソッドではありません。
私の経験を安易に若い技術者に勧める事について慎重にならなければ。世代間格差とは若い人の問題ではなく、むしろ年長者側に理由がある。
コミュニティ界隈の先達者たちが多く参加されたこのセッションは、私を諫めてくれました。そして、これからのコミュニティ運営についての大いなるヒントを与えてくれました。
得た気づきについては、下のnote
にも記しています。

もう一つ、得た知見は、会場の熱気です。
参加された方々はなぜ現地に行くのか。しかも忙しい仕事の合間を縫って。現地に行くことによって得られるものとは何か。
これも下のnoteに書いています。

上に書いた通り、今回の私はCLS道東に参加できるかすら危ぶまれる状態でした。ですが、現地に足を運んだことで次のステップに進めました。
躊躇した時はとどまらずに前に踏み出す。すると、必ず何かが得られる。
これは、今までの人生で得た私の人生観です。私の人生観は今回のCLS道東でより強化されました。

投資も同じ。投資や支出について人は慎重になるあまり、往々にして及び腰です。かつての私もずっと投資や支出には臆病でした。ただイベントに出るためだけに多額のお金を使うなどもってのほか。それが私でした。
支出が固定されており、それに対するリターンがあらかじめ見えている状態では、改善する理由を見いだすことはなかなか難しいもの。
が、お金や時間を使うとその元を取るために人は必死さを発揮します。取り組み方にも熱がこもります。工夫を凝らし、変化も生じます。

お金は使ったらその隙間を埋めようとかならず戻ってくる、という言葉は、私が法人を設立した頃に参加していた交流会でもよく聞きました。
が、当時の私はその言葉の中にわずかな胡散臭さも感じていました。
が、今はその言葉が一面の真理を示していると言えます。
問題は、この学びをどうすれば説教臭を抑えつつ次代に伝えていくか。これは引き続き試行錯誤します。

あと一つ、得た成果は肌感覚の大切さです。
今回のCLS道東は冬の北海道で行われました。
私が冬の北海道に向かうのは、プライベートを含めても初めてのことです。
(極寒編)と銘打たれた今回のCLS道東。私のような虚弱な体には耐えられないのでは、と行く前から戦々恐々としていました。

が、結論からするとそれは杞憂でした。むしろ快適でした。

確かに道東の冬は過酷です。軽視してはならないのは当然です。
今回も釧路の夕焼けをご案内いただいた際、その極寒を体感しました。短時間で釧路川の川面が蓮の葉を思わせる形に凍っていく光景は、関西や首都圏、私のルーツである福井ですらも味わえないでしょう。
雪が積もる屋外を歩いていると、その過酷な自然は随所に罠を仕掛けています。鋭く光るつららは剣呑。路面のあちこちには油断すると転倒するトリックが。

そうした過酷な寒気を長きにわたってしのぎ、暮らすための工夫を重ねてきた先人の知恵。
街を歩くと凍結防止剤や砂やロードヒーターのおかげか、あたり一面の積雪にもかかわらず交通は麻痺していませんでした。
おかげで大喜湯春採店から武佐駅へも歩いて移動できました。大喜湯春採店から釧路駅まではトランクを引きずって歩けました。
歩きながら、冬の道東の現実と生活の工夫の数々を体感できたのは今回の収穫です。
屋内では半袖でアイスを食べる、という話は冬の北海道を語る際の常套句です。この言葉、頭では理解していても、関西で育った私には都市伝説にしか思えませんでした。が、よもや今回の旅で自分がアイスを食べることになろうとは。

冬の道東は、過酷ではありますが、決して人が住めない場所ではないのです。
CLS道東に参加された皆さんがアップされたワーケーションレポートからも冬のアクティビティの豊富さとして、それは感じられました。
その事実を私が理屈ではなく、自分の五感で体感できた。これもまた、今回の旅の気づきでした。この気づきは、どれだけ動画サイトや人様のブログを見聞きしてもわからない感覚です。実際に参加したからこそ得た体験といえます。

釧路から帰京して一日空け、私は山形の米沢や仙台を訪問しました。そこでも雪国の厳しい自然と対峙しました。釧路だけでなく他の地域の冬と比較できたことは、私の中に道東の冬をより多面的な経験として蓄積しました。

最後に、ワーケーションの可能性です。

今回は、前回参加した昨年の9月に比べて、私の忙しさが一層増していました。
その様な状態だったので、今回はアクティビティにはほぼ参加していません。
前日は早朝の便で釧路に到着してから、夕方まで946BANYAで仕事や打ち合わせをしていました。CLS道東の開催当日の午前は作業をずっと946BANYAで。
翌日も春採湖や武佐駅まで歩いて散歩した以外は、大喜湯春採店さんにこもって作業や打ち合わせに集中していました。その翌日も大喜湯春採店さんやくしろフィスさんでの作業や打ち合わせに没頭していました。

今までも私は多くのワーケーションツアーに参加してきました。そして、その中で必ず一日は観光の日を設けていました。
ところが今回は観光の日は設けていません。
普通だと、私のような小市民はこう考えます。「せっかく旅に来たのに、仕事ばっかりやった」と悲嘆に暮れます。
ところが、今回は不思議なことに仕事をしていても、充実感が残ったのです。

それはなぜでしょうか。CLS道東の前日にジョイゾー社の皆さんとお風呂に浸かり、夕焼けツアーに同行させてもらったからでしょうか。また、前夜と当日にたくさんお酒を飲み、参加者の皆さんと豊かな会話が楽しめたからでしょうか。
確かにそれもあるでしょう。
が、私は充実感の理由を、異世界の光景にあると考えます。
946BANYAでは仕事をしながら、目の前を流れる釧路川の川面が凍る様子に歓声を上げました。大喜湯春採店さんでは一面の雪景色を眺めながらの仕事ができました。
これが山や海ではこうはいきません。私が住む町田からは、少し足を伸ばせば山や海を見ながらの仕事ができます。が、今回の様な極寒ならではの景色だけは得ようと思っても得られません。
これこそ、普段の仕事とは違う環境です。違う環境に身を置きながらの仕事。

これこそが、ワーケーションなのだ、とようやく眼が開かれた思いです。
今回のCLS道東の参加で得た最大の成果こそ、この開眼なのかもしれません。


最後になりましたが、CLS道東に参加された皆さま、ありがとうございました。登壇者の皆さま、貴重な知見をありがとうございました。前夜祭と懇親会でお話した皆さん、ありがとうございました。武市さん、いつもお写真ありがとうございます。今回も使わせていただきます。
釧路夕焼け倶楽部の芳賀さん、夕焼けのことや釧路のことなど教えてくださってありがとうございました。大喜湯の皆さん、延泊また延泊の私にいろいろとご配慮くださってありがとうございます。
Hokkaido Design Code社の皆さん、一新したすてきな946BANYAを使わせていただきありがとうございました。
最後にJOYZO社の皆さん、聖地巡礼への同行ばかりか、お風呂や夕焼けなどご一緒させていただきありがとうございました。他にも今回の旅で御縁のあった全ての方々に心から感謝します。

また、次回も参加させていただければと思います。もちろん、高知にも。



私の中でも読み通すのに苦戦した本の一つとして思い出されるであろう本書。あまりこういう言い方はしたくないけれど、訳に問題があるように思えてならない。

最初はこういう特異な文体を持つ著者なのかとも思ったが、どうにも読み進めにくい。設定や話の進め方にかなりのわざとらしさと不自然さが目立つのは元々の原書からしてそうなのか、それとも訳に問題があるのか。トルコ語訳者に競争はないのかもしれないけれど、せめて英訳版を参考にして頂きたかった。

読みにくさについての苦言はこれぐらいにして、本編に触れると、トルコの北東部カルス(Kars)という実在の街を舞台に、イスラムと西洋文明の相克を描き出した小説だ。主人公の名前を縮めてKaと記され、トルコ語では雪をKarというらしい。訳者あとがきによれば、そのあたりには特に意味はないとのことだが、そういう韻や言葉遊びが随所に散りばめられていると思われ、それが訳者や読者の苦労に繋がっていると思えてならない。

主人公のKaはドイツに政治亡命をして、10数年ぶりに帰省した詩人。西洋文明の空気を十分に吸った彼から見た、半分西洋で半分中近東というトルコ独自の文化がKaとその遺稿を呼んだ友人こと私の視点を交えて語られる。

イスラム原理主義者と西洋との折衷主義者などの争いが、雪に閉ざされたKarsで繰り広げられる中、登場人物が幾分芝居がかった口調で、トルコの国の抱える矛盾に苦しみつつ、クーデター騒ぎで騒然とする町の中で、愛や憎しみ、国家や民族へのそれぞれの思いをぶつけ合う、というのが本書のあらすじとなる。

本書の真骨頂は、トルコという国の抱える問題点を上記のような形で鋭く描きだし、熱く炙り出したところにあると思う。東洋と西洋の交差点として栄光と挫折の歴史を持つ同国、最近ではドイツへの移民に活路を見出そうとするも迫害にあい、かたや国内ではクルド人問題など自らも民族問題を内包した国であり、イスラム教国でありながらヨーロッパの一員として振る舞ったりと、国として民族としてのアイデンティティ確立に苦しんでいるような印象がある。東洋と西洋のはざまでアイデンティティ確立に苦しむ我が国に対しても他人事とは思えないところが、親日国として知られる所以ではあるまいか。

本書を読んでいる中、年末に読んだ養老氏内田氏の対談で出てきたユダヤ人とは何か、という問題を思い出さざるを得なかったけれど、本書でもトルコ人とは何か、というテーマが底流に流れていると思われる。

冒頭に訳者から登場人物や単語、そしてトルコの背景について解説がなされていることからも、トルコのそういった事情を知らずに本書を読むとなると相当読みづらいと思われる。

特に、詩人であるから本書中で19編の氏が重要なキーワードとして登場し、19編を雪の結晶のごとく図示化までしていながら、肝心の詩の中身については殆ど出てこないなど、文学研究家の研究対象となりそうな要素もあるだけに。

’12/1/3-’12/1/17