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銀行総務特命


タイトルだけみると、駅のキオスクに売られている廉価な文庫本が想像できてしまう。お色気満載の。しかし、タイトルだけ見て判断するのは早計だ。著者が量産型作家に堕したと考えることもあわせて慎みたい。

本書は短編集である。どれも主人公は指宿。彼の肩書きは帝都銀行総務部特命担当。タイトル通り、特命部署に任じられた指宿の活躍を描いている。

金を扱う銀行はその裏に隠す顔がなんであれ、公正で清潔な印象を保たねばならない。一方で銀行は、おおぜいの行員の働く組織だ。多様な考えを持つさまざまな立場の人々が集って仕事をするわけだから過ちも悪行も起きる。しかし、銀行にとって信用こそが全て。過ちを人間のやることだからと看過するのはご法度。過ちは二度と起きないように原因から断つ。悪行は早めに芽をつむ。そのままにしておけば、やがては組織をむしばみ取り返しのつかない事態につながる。指宿の役目とは、そのような銀行内のスキャンダルを未然に防ぐことにある。

スキャンダルにもいろいろある。顧客情報の漏洩。裏金の処理。行員のAV出演。行員家族の誘拐・脅迫。行員によるストーキング行為。行内の権力争い。パワハラ。他行の不正指摘。これらスキャンダルはなにも銀行だけの問題ではない。どの組織にも起こりうる話だ。しかしそれらはどれも組織に深刻なダメージを与えかねないもの。ましてやそれが銀行であればなおさら。

本書は8章からなっている。そして各章は、それぞれがテーマに沿って書かれている。上に挙げたスキャンダルのあれこれが、各章のテーマとして取り上げられている。

本書の強みは、著者が銀行出身者であることだ。そのため、短編でありながら、各編で書かれる内容は深い知識の裏打ちに基づいている。行内の組織、情報伝達経路、用語など、本書に登場する専門用語は少なくない。おそらくは著者が銀行在職中に日常的に使っていた用語なのだろう。それらを自由に使いこなし、本書にさりげなく組み込めるのは著者ならではといえる。私にとってはむしろ、著者がここまで書いても許されるということが興味深い。機密保持契約には通常、在職中に知った情報は退職後も開示できないとの条項があり、銀行退職後も有効であるはずだから。

実在する特定顧客を連想させなければよいのだろうか。また、本書で書かれた行内の情報もこの程度であれば公知の情報と見なされるのだろうか。

例えば指宿の役職は調査役と設定されている。私は以前、某銀行本店で働いていたことがある。その際、調査役という役職名はよく耳にしていた。なお、私がいた銀行は著者の出身行ではないのだが、調査役という役職名が登場したことにちょっとした驚きをもった。つまり調査役とは銀行業界に共通する役職ということなのだろうか。私は他業界で調査役という役職があることは聞いたことがない。特命という役職もそう。これは私も聞いたことがない。だがいかにもありそうな名前にも思える。こういった役職名は公知情報という認識でよいのだろうか。とても興味がある。

著者の作品は今までにも何冊か読んできた。それで思ったのが、著者は銀行という組織に対して問題意識を持ち続けていたのだろうな、ということ。多分変えられるものなら変えたかったのかもしれない。著者は本書で総務という視点から銀行を見つめ直したいと試みたのだろう。

そこから見えたものとは、銀行もまた組織のひとつにすぎないこと。銀行だからといって組織的に他の企業と違うことはない。ただ、銀行は業務上、多額の金を扱う。つまり欲望が増幅されやすい現場なのかもしれない。そういった現場に身を置きながら、信用が全てという建前を貫かねばならないのが銀行だ。行員によっては表に見せる顔の裏側で欲望を沈殿させ、蓄えてゆく。そして奇妙にねじれた形で噴出させてしまう。

噴出した欲望の形を、読みやすい短編の形で提示したのが本書なのだろう。短編形態であるためそれぞれの話はさらっと終わる。しかし、銀行のような多忙な職場を舞台にすると、むしろこれぐらいで終わるのが実情に合っていると思う。著者の銀行観や組織観が伺える本書は、銀行を知る上で一つの参考になると思われる。

‘2015/12/09-2015/12/11