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空の中


本書、そして「塩の街」「海の底」を称して自衛隊三部作というらしい。著者にとっての出世作が図書館戦争シリーズであるとするならば、この3部作は助走に値する作品たちといえようか。いずれも自衛隊が登場し、人類を脅かす未知の現象に対峙する話である。もっとも「塩の街」は未だに読んでいないのだが・・・

本書の構成は実に分かりやすい。航空立国日本の復活の望みを託した最新鋭機が空中で突如爆発する事故が立て続けに2件起こる。突然のアクシデントに色を失う関係者たち。いったい何がこの空域に存在するのか。

実はその空域には、太古から意識ある生物が人との交流を避け、生き続けていた。人類の発する電波を解析し得る知能を持つそれは、爆発事故をきっかけに人類と交流を持つようになる。人類によって【白鯨】と呼ばれたそれは、共存を望み、人類と対話を重ねようとする。が、その存在を脅威に思った愚かな為政者によってミサイルを浴びた【白鯨】は・・・バラバラに引き裂かれ、分裂した意思を持ち人類を敵として襲い掛かる。

本書は異生命とのコミュニケーションがテーマだ。事故によって人生に影響を蒙った人々が、それぞれのやり方で【白鯨】と向き合っていく姿が描かれている。少年「瞬」はパイロットの父を衝突事故によって失うも、事故時に衝撃で剥落した【白鯨】の一部をフェイクと名付け手なづける。かたや、少女「白川真帆」は父を衝突事故で奪われ、その憎しみを【白鯨】を対決することで晴らそうとする。そして航空自衛隊内に設けられた対策本部では、事故機の開発会社員「春名高巳」と事故時に辛くも生き延びたパイロット「武田光稀」が中心となって【白鯨】と意思疎通を図り共存への道を探ってゆく。

はたして【白鯨】と人類の間には、異なる生命体としての壁を越えて交流が成立するのか。ばらばらにされた【白鯨】は単一の個体として永劫の時を過ごしてきたため、ばらばらになった各個体を各個体として認識できず、人類側からの提案で解離性同一性障害(多重人格)の治療法と同様の方法で再統一を図る。このあたりのアプローチはSF的であり、とても興味深い。私が知る限り、精神分析の手法で異生命体との接触を試みた筋書きは他に知らない。人類と異なるアイデンティティとの接触は、作家としては話の作り甲斐があるのではないだろうか。もちろん、SFの世界でも異生命とのコンタクトを題材とした思索は多数試みられてきた。そして、こういった未知との遭遇については、SETIの成果がいつになれば達成されるかはさておき、我々にとっても他人事ではないところだ。

ただ本書は、【白鯨】を挟んで共存か敵対か、の二元的な構成に陥ってしまい、少し単調になってしまったのが惜しまれる。が、宮田喜三郎という「瞬」の保護者であり、高知県仁淀川で漁師として生を営む老人がいい役割を担っている。喜三郎老人は、瞬の幼馴染である佳江とともに対策本部に合流する。そして二元論に陥りそうになる本書をきりっと締める。

悠久の時を生きた生物と、悠久の進化を遂げてきた人類。彼らを軸とした物語を老人の叡智がさらりと収めるのが、なんともいえず痛快である。

‘2015/7/8-2015/7/10