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球界消滅


私の蔵書を数えたことはここ何年もないが、多分五千冊から一万冊の間だろう。30年以上に亘って蓄え続けてきたのだから、それぐらいにはなるだろう。しかし、その中で署名本となると、多分本書以外にはないかもしれない。

本書は署名本だ。扉に著者のサインが記されている。とはいえ、著者と面識はない。本書は新百合ヶ丘駅ビルの本屋で購入した。著者サイン本と書かれたポップの下、平積みで残っていた一冊が本書だ。ひょっとするとサイン会か何かの残りかもしれない。しかし、サイン本とのポップに惹かれたのもまた事実。著者のことも本書のことも知らないままに本書を購入したのだから。だが、サインだけなら買わなかったことは言うまでもない。題名に惹かれたからこそ本書を手に取った。というよりも、「球界消滅」という題名に興味を惹かれない野球ファンはそうそういないだろう。

惹かれないファンがいたとすれば、それは本書の題名にアンチプロ野球の匂いをかぎ付けたからかも知れない。そう思わせるような題名だ。しかし、本書はアンチプロ野球本ではない。アンチどころか、プロ野球を愛するあまり大胆に未来を提言しているのが本書だ。

本書の主人公は横浜ベイズの副GM大野。彼はチーム改革にセイバーメトリクスの手法を使い、データに基づいたチーム力の強化と効果的な補強に成功する。

しかし、そんな大野の知らぬ間に、球界再編の話が進行する。プロ野球の盟主として自他共に認める東都ジェッツとの合併。東都ジェッツの親会社は東都新聞社。社主の京極四郎の意を受けたのは国際事業室室長の牛島。横浜ベイズの選手やファンの気持ちは無視されたまま、東都ジェッツへの吸収合併は着々と進んでゆく。

降ってわいた合併話に横浜ベイズの選手の士気は落ちる一方。そして東都新聞社による巧みな世論形成により、他のセ・リーグの球団オーナーにとっても合併やむなしの雰囲気が醸成されてゆく。しかし、東都新聞社京極と牛島の描く青写真はさらに上をいく。なんと、12球団を4球団に減らし、メジャーリーグに合流させるというのだからスケールがでかい。

各社の思惑が交わる中、球界はどうなってしまうのかというのが筋だ。

横浜ベイズや東都ジェッツという名前からわかる通り、本書は限りなくモデルに近いチームや個人が想像できる。東都新聞社社主の京極四郎など、まんまナベツネその人だ。他にも楽天監督時代の星野さんを思わせる人物が東北イグレッツ監督として登場する。

ここまで書くならいっそ実名で、と思ってしまいたくもなる。が、それもできないのだろう。だが、モデルが明確なことで、読者は本書のキャラクターたちの容姿を脳裏に描きながら読み進められる。それが本書のキャラクター造形に寄与していることは確かだ。

だが、脇役は誰がモデルでもそれほど問題ない。問題なのは、主人公大野だ。大野のモデルはDeNAの球団社長のあの方に違いない。そんな気がするのは私だけだろうか。今も横浜DeNAベイスターズの球団社長である池田純氏に。

大野はデータ重視野球を進めてチームを改革する一方で、自分の副GMとしてのあり方に飽き足らないものを感じている。それは人情味。彼は合併騒ぎにゆれるチームにあって、能率のデータと人情のプレイの狭間に揺れる。

それは日本プロ野球をどうするかという選択にも通じる。データ重視のアメリカ式ベースボールか、精神論に頼った日本野球か。でも実はその二択すら違っているのではないか。昔と違い盲目的にアメリカ野球の背中を追う時期はとうに終わっている。だからといってアメリカに学ぶものは何もないというほど卓越しているわけでもない。今の日本野球は微妙なバランスの上に立っているともいえる。

一つ、本書から日本プロ野球が学ぶべきものがあるとすれば、企業をバックに付けた球団経営には限界があるということだ。アメリカはオーナーがいるとはいえ、企業色は限りなく薄い。それでいて単一経営で黒字を達成している球団が多い。それは、コミッショナー以下、大リーグ機構自体の努力でもある。大リーグは、少なくとも建前としては日本プロ野球における読売巨人軍のような存在はない。巨人一強で興行が成り立った時代はもう過去の話。本書に出てくる東都ジェッツや東都新聞社の人気に他の球団がぶら下がるような構造にはもはや先行きがない。それは明らかに改めなければならない。

そして著者の視点はより先を見据えている。本書には合併にともなう日本の企業都合のフランチャイズ集約のシミュレーションが登場する。それなど見事なものだ。また、労せずしてメジャーリーガーになれる選手の思惑、家庭の事情など選手それぞれの描きかたもよく取材している。

中でも、本書の結末までの筋運びには唸らされる。一筋縄ではいかないというか。それは果たして著者が実際の日本プロ野球に対して望む未来なのか、またはそうでないか。とても気になるところだ。次回、どこかのサイン会で著者にお見かけすることがあれあ、サイン本はよいので直にお伺いしてみたい。

‘2015/09/18-2015/09/21