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神の子 下


上巻を通して少しずつまわりに心を開きはじめた町田。下巻では町田が社会に関わるに連れ、町田をめぐる人々の思惑がより活発になってゆく。

町田に執着するのはムロイの率いる犯罪組織だけではない。それ以外にも謎の組織が暗躍する。町田の過去に何があったのか。それを探るのは少年院の看守内藤。そして、ムロイの密命を帯び、少年院から町田につきまとう雨宮。二人の動きは、町田の周囲にうごめく組織を明るみに出して行く。

町田の周囲に暗躍する人々の思惑は混戦してゆく。そんな中、町田たちが興した企業STNがヒット商品を生み出し一躍時の企業となる。ところが謎の不審火が前原製作所を全焼させ、しかもSTNにも風評被害の魔の手が及ぶのだ。そんな状況に、町田は自らの過去と、それにまつわる犯罪組織が仲間に迷惑をかけることを恐れ、身を隠す。

ここで“仲間”という言葉が出てきた。本書下巻はこの“仲間”がキーワードとなる。

町田は相変わらず孤高の雰囲気をまとわせている。だが、上巻ではヤサグレていた姿の多かった町田に変化の兆しが表れる。本書は上下巻のどちらも会話文がとても多い。中でも町田が登場するシーンに会話が目立つ。町田はしゃべらないのに、周りがにぎやかに会話が交わされるため、町田の周りに仲間がいるかのように思えてくるのだ。下巻で町田から孤独な雰囲気が薄れたのにはもう一つわけがある。それは前原楓の存在が大きい。同居する町田を最初は疎んじたが、表向きの狷介さの裏に潜む優しさに気づいた楓はミステリアスな町田に惹かれて行く。町田がたとえ孤高のマントを身にまとっていても、気に掛けてくれる楓がいる限り、孤独ではない。

町田のような知能指数の高い人間が、社会に適応していくためには何が必要なのだろう。本書では犯罪組織の頭目ムロイの過去も暴かれて行く。ムロイも町田と同じく高い知能指数の持ち主。だが、町田とムロイには違いがある。ムロイは全てを自分で決め、部下に指示する。独りでも何でもできてしまう人間であるが故に、トップに君臨し、手足のように部下を使いこなす。だがそこには上下関係しかない。部下とは相互の信頼よりも利害と主従で結びついている。一方の町田は信頼と平等で仲間と交わる。トップダウンではなく、仲間と同じ視点で物事にあたってゆくのだ。本書に登場する二人の天才。ムロイと町田が周囲にどう関わるのか。それは一つの組織論として興味深く読める。

内藤による捜査は、ムロイの過去と町田の過去を交錯させてゆく。その過程でムロイの犯罪組織の全貌が暴かれてゆく。それにつれ、ムロイがなぜそれほどまでに町田に執着するのかが解き明かされてゆく。同じ知能を持つ同士ゆえ、ムロイは町田を諦められない。にもかかわらず、組織を束ねる上で二人の考え方の溝は容易には狭まらない。

上巻では社会の仕組みが人をどう守るのかというテーマが提示された。下巻では組織をどう構築するかがテーマとなるのだ。一人ではやれることに限度がある。そのため組織は欠かせない。その組織をトップダウンのピラミッド型で作るのか、それともフラット型の組織を構築するのか。

本書で町田は仲間という結びつきに自分と世間をつなぎとめる絆を求める。それは一つの選択だ。そして、私が目指す方向でもある。本書にはストーリーの行く末に一喜一憂しても楽しめるが、組織論や社会システム論から読んでも楽しめる。

上巻のレビューで本書は期待以上だったと書いた。それは、本書が単なる娯楽小説の枠に収まらず、考えさせられる視点も含んでいるからなのだ。

‘2017/01/19-2017/01/20


神の子 上


著者の作品を読むのは、久しぶりだ。江戸川乱歩賞を獲った『天使のナイフ』以来となる。

久々に著者の作品を読んでみようと思ったことに特に理由はない。図書館で見かけてたまたま手に取った。だが、本書は期待以上に一気に読ませてくれた。

まず、設定がいい。本書の主人公町田博史には戸籍がない。問題のある母に育てられ、出生届も出されずに育ったのだ。当然義務教育は受けていない。それなのに知能指数が非常に高い。そのような生い立ちに置かれた主人公の小説は読んだことがない。新鮮だ。

やがて町田は母に見切りを付けて家を出る。教育を受けたことのない町田少年が生きて行くには犯罪に手を染めるしかない。モラルを学ぶきっかけも受けられず、母からの情操教育もないのだから当たり前だ。

やがて町田は犯罪組織に拾われる。そこで町田は持って生まれた知能によって新しい犯罪の手口を生み出し、犯罪組織に巨額の利益をもたらす。道徳観念を持たないのだから弱者からはむしれるだけむしる。そこに良心の呵責はない。犯罪組織を束ねるムロイにとってはそんな町田が得がたい。だから厚遇する。ところが、それが面白くない人間もいる。伊達がそうだ。組織で頭角を現す伊達にとっては町田が目障りで仕方がない。その軋轢は町田が伊達を刺し殺す結果で終わる。町田は少年院に入ることと引き換えに組織から離れる。ここまでが本書のプロローグといってよい。

本書を読んでいると考えさせられることがたくさんある。それは今の日本の社会の仕組みについてだ。今の社会が完璧ではないことは誰もが知っている。たとえば多様な生き方への支援が足りないとか、弱者への福祉が不足しているとか。さまざまな不備が指摘される今の日本の社会制度。だが本書を読んでいるとまだまだとはいえ日本の社会制度も悪くないのではと思う。

今の日本の社会制度に人々が不安を抱くのは何についてだろう。それは、われわれの情報を国が握ることだ。例えば住基カードについて語られた議論などがそう。確かにそれは嫌だ。だが、それがなければ何も手当てがもらえない。それだけではなく教育や医療すらろくに受けられないのだ。町田には戸籍がなく、教育も福祉も受けられない状態で己の才覚だけで生き抜いてきた。それができるのは知能指数が160以上ある彼だからこそ。普通の人間は親から見捨てられ、戸籍がもらえない時点で社会から落ちこぼれる宿命を背負う。

町田には知能指数があったからまだいい。持って生まれた能力だけで世をしのいで行けるから。では、能力のない者が町田と同じ状況に置かれたらどうなる事か。そんな想像がはたらく。町田が異能を発揮すればするほど、彼のような才能を持たない者にとって、社会制度はありがたく思えるのではないだろうか。本書を読んでいると、この社会とは戸籍さえ持っていれば機能するセーフティネットなのでは、とすら思える。

町田のような戸籍を持たない人間には、犯罪に手を染めるか、施設の厄介になるほかない。しかし戸籍さえ持ってさえいればかろうじて教育や福祉は受けられる。町田は少年院の看守の内藤に出会う。内藤は自分の息子を非行に追いやったあげく、息子を事故死で失った傷を持つ。町田から何かを感じ取った内藤は、町田を気にかけるようになる。そして、保護司を通じて町田の社会復帰に力を尽くす。町田のようなケアが施される戸籍不所持の人はどれぐらいいるのだろうか。

他人に対して心を開かず、少年院の作文でもただ三つの単語で自分を表した町田。
「集団生活で大切なこと-」
-『猜疑』
「わたしの長所と短所-」
-『頭脳』
「わたしの家族について-」
-『売女』
という言葉で武装していた町田。はたして彼はどう変わってゆくのか。

そんな町田の周りには町田を見出したムロイの束ねる犯罪組織の手のものが暗躍する。その手は町田が収容された少年院にも及ぶ。そして町田の身元引受人となった前原悦子の製作所にも。町田は前原家の庇護を得て、大学に通わせてもらう。しかしムロイの息のかかったものは、大学にも、そしてそこで知り合った仲間たちで作った会社STNにも及ぼうとする。

本書は上巻として日本の社会制度の状況を説明しつつ、小説の展開を広げている。

‘2017/01/18-2017/01/19