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やぶれかぶれ青春記


本書も小松左京展をきっかけに読んだ一冊だ。

小松左京展では、著者の生い立ちから死去までが、いくつかの写真や資料とあわせて詳しい年表として紹介されていた。
著者の精力的な活動の数々は、小松左京展でも紹介されていた。あらためて圧倒された。だが、若い時期は苦しみと挫折に満ちた青春時代を送ったそうだ。小松左京展では、それらの若い頃の雌伏についても紹介していた。
だが、業績や著作があまりにも膨大な著者故、著者の若い頃については存分に紹介されていたとはいいがたい。少なくともその時期に焦点を当てた本書に比べれば。

本書は、著者のファンではなくても、自伝としてもと読まれるべきだと思う。それほど素晴らしい。そして勉強になる。何よりも励まされる。

やぶれかぶれ、というのはまさに文字通りだ。
本書の性格や意図については、本書のまえがきで著者自身が書いている。少しだけ長いが引用したい。

「編集部の注文は、大学受験期を中心とした、「明朗な青春小説」というものだった。ーそして、それは私自身の自伝風のものであること、という条件がついている。」(7P)

「まして、私の場合など、この時期と、戦争、戦後という日本の社会の、歴史的異常状況とが重なってしまったから、とても「明朗な青春」などというものではなかった。なにしろ妙な時代に生まれたものである。私の生まれた昭和六年には、満州事変がおっぱじまり、小学校へ上がった十二年には日中戦争がはじまった。五年生の時太平洋戦争がはじまり、中学校にはいった年に学徒動員計画がはじまった。徴兵年齢が一年ひきさげられて、学徒兵の入隊がはじまった。中学二年の時にサイパン玉砕、中学生の工場勤労動員がはじまり、B29の大空襲がはじまる。中学三年の時には大阪、神戸が焼野が原となって終戦、あとは占領下の闇市、食料欠乏の大インフレ、預金凍結、新円切りかえ、中学五年で旧制三高にはいったと思ったら、その年から学制が現在の六三制にかわり、旧制一年だけで新制大学第一期生に入学、その年日本は、大労働攻勢と、大レッドパージの開始で、下山、三鷹、松川事件と国鉄中心に会事件が続発し、翌年朝鮮戦争勃発…。政治、思想、人生などの諸問題、そして何よりも飢餓と貧困にクタクタになって、やっと昭和二十九年、一年おくれで卒業した時、世の中は「もはや戦後でない」という合い言葉とともに「神武景気」「技術革新」の時代に突入しつつあった。その年、家は完全に倒産した。」(12P)

小松左京展でも、著者の戦時体験については一区画が設けられていた。著者の諸作のあちこちに反戦の思いが散見され、著者が心から戦争を嫌っていたことが感じられる。
実際、右傾化した世の中で、著者は相当ひどい目に遭わされたそうだ。そのことが本書にも紹介されている。

鉄拳制裁や教師の無定見からくる差別。理不尽な扱いはしょっちゅう。
何のためにやっているのかわからない勤労奉仕。無意味な作業。
そして戦後になったとたん、戦時中に放っていた勇ましい言葉をすっかり忘れたかのような大人たちの変節。

中学生の時に著者が受けた扱いの数々は、当時の世相や暮らしの実態を知る上でとても興味深い。

戦後、人々がなぜあれほどに左翼思想へと走ったのか。それは戦時中の反動からという説はよく目にする。
実際、著者も大学の頃に共産主義の運動に足を突っ込んだことがあるという。
それもわかるほど、軍国主義に嫌気がさすだけの理由の数々が本書には書かれている。

戦後になって一念発起し、旧制高校にはいった時の著者の喜び。それは本書からもよく感じ取れる。
その無軌道な生活の楽しさと、それが学制改革によって一年で奪われてしまった著者の無念。それも本書からはよく理解できる。

よく昭和一桁世代という。だがその中でも昭和六年生まれの著者が受けた運命の運転や、その不条理な経験は本書を読んでもうんざりさせられる。人を嫌いにさせるには充分だ。
著者の計り知れない執筆量。さらには文壇や論壇の枠からはみ出し、万博への関与や政財界にまで進んだエネルギーが、全てこの時期に培った反発をエネルギーと変えて噴出させたことも本書を読むとよく理解できる。

大学に進んだ著者は、完全に自由なその生活を謳歌する。そしてやぶれかぶれのやりたい放題をする。
その辺の出来事も面白おかしく描かれている。

自伝によくあるのは、ドラマチックなところだけ取れば面白いが、その他の経歴は淡々と読み進める類のものだ。だが、本書は、エピソードの一つ一つが破天荒だ。そしてどれもがとても面白い。そのため、どんな人にとってもスイスイと読めるはずだ。

本書で描かれる大学時代の日々はとても面白い。だが、ある日になって浮かれている著者を置き去りにして周りがフッと醒めていく。周囲の空気の変化を感じた著者が、モラトリアムの終わりを予感するくだり。本書は私にとっても身につまされる描写が多い。

本書に描かれていない出来事は他にもある。そうした情報は小松左京展でも展示されていた。
実家の工場の倒産と、工場長として後始末に駆けずり回る毎日。残された借金を返済するために大量に書きまくる日々。そうした苦しみの数々を小説へのエネルギーに変えたところなど、とても面白い。
おそらくこの時期の著者には面白い出来事をもっと持っていることだろう。そうした体験は著者が別の場所に発表しているはずなので探してみたい。

そして、私にとっては、もう二度と戻ることのない青春時代に、もっとはちゃめちゃな毎日を過ごしておけばよかった、と思うのだ。
私の場合はそれを取り戻そうと、中年になった今でも自由で気ままに生きようと日々を生きているつもりだ。だが、著者のやぶれかぶれで破天荒な青春にはとてもかなわない。

末尾には著者のこの時期を物語る四つの短編が納められている。
「わが青春の野蛮人たち」「わが青春」「わが読書歴」「気ちがい旅行」

これらもあわせて読んでいくと、巨大な著者の存在がより近づく。またはより遠くなってしまう。だが、より親しみを感じられるはずだ。

冒頭にも書いた通り、本書は自伝としてとても推薦できる一冊だ。

‘2019/12/30-2019/12/31


日本一の桜


30台後半になってから、今までさほど興味を持たなかったさくらを愛でるようになった自分がいる。日々の仕事に追われ、あっという間に過ぎて行く忙しい日々、季節を感じることで自分の歩みを確かめようとしているからだろうか。私がさくらに興味を持ったもう一つの理由は、もう一つの理由は、30台半ばにひょんなことで西宮の偉人である笹部新太郎氏のことを知ったことだ。西宮市民文化賞を受賞した氏が生涯をかけて収集したさくらに関する資料の一端を白鹿記念酒造博物館で知った。それをきっかけに水上勉氏が笹部氏をモデルに書いた『櫻守』も読んだ。その中でさくらに対する氏の情熱にあてられた。

ただ、私は混雑している場所を訪れるのが好きではない。普通の街中のさくらであれば、ふっと訪れられるから気が楽だ。だが、いわゆる名桜となると一本のさくらを目当てにたくさんの人々が集う。その混雑に巻き込まれることに気が重い。だから名桜の類を見に行ったことがない。本書の第1章では、人手の多いさくらまつりの上位10カ所が表に掲示される。その中で私が行ったことがあるのは千鳥ヶ淵公園のさくら祭りだけ。それも仕事のお昼休みの限られた時間に訪れたことがあるぐらいだ。今、上位10カ所の他に私が訪れたさくらの名所で思い出せるのは、東郷元帥記念公園(東京都千代田区)、夙川公園(兵庫県西宮市)、大阪造幣局(大阪府大阪市)、尾根緑道(東京都町田市)だろうか。

混雑が嫌いな私。とはいえ、一度は各地のさくらまつりや名桜を訪れたいと思っている。平成29年のさくらの季節を終え、あらためて本書を購入し、想像上のさくらを楽しんだ。

本書はカラー写真による名桜の紹介で始まる。有名なさくらの数々がカラーでみられるのは眼福だ。とくにさくらは満開の様子をカメラで一望に収めるのは難しい。写真で見たさくらと目で見るさくらでは印象が全く違う。だから、さくらの魅力をカメラに収めようとすれば、どうしても接写してそれぞれの花を撮るしかない。だが、できることなら木の全体を収めたいと思うのが人の情。もっとも難しい被写体とはさくらではないだろうか、と思ってしまう。本書の冒頭ではそんな見事なさくらがカラー写真で楽しめる。さくらへの感情は高まり、読者はその興奮のまま本編に入り込める。

第一章は「さくらまつり」
弘前のさくらといえば有名だ。日本にさくらの名所は数あれど、さくらを見に来る観客の数でいえば弘前城が日本一だという。ところが、弘前城のさくらが日本一を誇るまでには苦労があったという。そのことを紹介するのが一章だ。なお、著者は弘前の出身だという。だからというわけでもないが、弘前城が日本一のさくらの名所になるまでの事例を紹介する文章は熱い。そして専門的にならぬ程度で樹の手入れ方法をふくめたいくつものイラストが載せられている。

ここまで繊細で丁寧な作業の手間をかけないと、さくらは維持できないものなのだろう。ここまでの手間が掛けられているからこそ、日本一の座を揺るぎなくしているのだと思う。私も一度は行ってみなければ。

第二章は「さくらもり」
本章では、我が国がさくらを愛でてきた歴史をざっとたどる。そして近世では先に書いた笹部氏をはじめ、桜に人生を捧げた数名の業績が紹介される。十五代・佐野藤右衛門、小林義雄、佐藤良二の三氏だ。どの方の生涯も桜と切っても切れない業績に輝いている。

また、さくらの種類もこの章でさまざまに紹介されている。育成方法などの説明とともに、さくらの育成方法の独特さなども説明がありわかりやすい。特に染井吉野は今の現存樹で種子から育ったものは一本もなく、全てが接木などの方法で育った、いわばクローンであるという。それでいながら、自然の受粉で既存種と遺伝子が混じりつつある様子などがある紹介される。純潔なさくらを維持するのは難しいなのだ。

それを維持するため、著名な桜守だけではなく、市民団体や行政のさまざまな取り組みがここでは紹介される。こうした活動があってこその全国のさくら祭りなのだ。

第三章は「一本桜伝説」
ここでは全国のあちこちに生えている一本桜の名木が紹介される。北は岩手、南は鹿児島まで。私はここで挙げられているさくらを開花の季節に関係なく、一度も見た事がない。緑の季節に観に行ってもいいが、やはり一度は華やかな状態のうちにすぐそばに立ちたいものだ。こうして並べられてみると、さくらの生命力の強さにはおどろくしかない。筆頭に挙げられる山高神代桜に至っては、樹齢1800-2000年と言うから驚く。幾たびも再生し、傷だらけになりながら、毎年見事な咲きっぷりを見せているのだから。また、この木は地元の方が良かれと思って付けた石塀が樹勢を弱めたと言う。つまり、長年生き続ける樹とはこれほどにデリケートな存在なのだろう。天災や人災に巻き込まれず長寿を全うすることは。

歴史が好きな私にとっては、歴史の生き証人と言うだけで、これらの長寿のさくらには興味を惹かれる。また、本章には広島に残る被曝桜も興味深い。これもまた長寿の一種なのだ。未曽有の惨劇を前に、なおも生きつづけるその力。季節を問わず、訪れてみたいと思う。

第四章は「日本一の名所」
ここの章ではいろいろな切り口で日本一のさくらが紹介される。樹齢や人出の日本一はすでに紹介された。他は開催が日本で最も早い沖縄のさくらまつり。大村桜の名所である大村公園。そして、日本のさくらを語るのに欠かせない、京都の各地のさくらが語られる。さらには、笹部氏が残した亦楽山荘や旧笹部邸跡の岡本南公園も。さらに、大阪造幣局、奈良、吉野、東京のさくらが紹介される。豊田、高遠、さらに北海道。

ここに出ているさくらの名所だけではない。他にもまだ、さくらの名所は無数にある。本書は私にとって、まだ見ぬさくらの名所を訪れるための格好のガイドになりそうだ。そして、それ以上に本書に登場しないさくらの名所を訪れる楽しみをも与えてくれた。そのためにも、さくらの基本的な知識が満遍なく載っている本書は大事にしたい。

そう思って本書を持ち歩いていたら背表紙を中心に雨で汚してしまった。だが、ボロボロになっても本書は持っておきたい。私にとって訪れたい地。訪れるべき地は多い。そこに本書で知ったさくらの名所も加え、人生を楽しみたいと思う。しょせん、一度きりの人生。さくらと同じくはかないもの。だからこそ、自分の納得できるような形で花を咲かせたいし、散り様も潔くありたい。本書に登場するさくらの名所やさくらについての知識は、私の人生を彩ってくれるはず。私が死ぬとき、蔵書の中には汚れた本書が大切に残されているはずだ。

‘2017/06/10-2017/06/12


美女と竹林


滝が好きな長井氏は竹林は好きじゃない。けれども、竹林の幽玄な感じには惹かれる。竹それ自体にはそれほど惹かれないのに。でも、滝を好む長井氏は「たけ」と「たき」という一文字の違いに親近感を感じる。気がつけばいつの間にやら滝から竹の愛好家に宗旨替えし、何食わぬ顔で竹林の魅力を語り始めるかもしれない。

きっと長井氏は本書の中で登美彦氏が幾度も訪れる洛西、桂の竹林には行ったことがないはずだ。でも、嵯峨野々宮神社の竹の小径などには惹かれるらしい。同じ京都だから、野々宮神社の竹も本書に登場する鍵屋家の竹も似たようなものだろう。で、行ったら行ったでコロっとその魅力にとり付かれるのだ。そして竹林に分け入っては本書の登美彦氏や明石氏のようにあり余る余暇をのこぎりを振り回すことで費やすに違いない。なんといっても長井氏の良いところは常にアンテナ全開、他人からの感化も辞さないことにあるのだから。

長井氏はいわゆる雇われ人ではない。零細ながらも会社を持っているし、法人化する前は個人で事業を9年の長きにわたり営んでいる。仕事をよそ様から恵んでいただく立場だ。そしていったん仕事を請けるとそちらを優先するしかない。そんなところも登美彦氏のなりわいに相通ずるものがある。なので、長井氏には登美彦氏が竹に惹かれる気持ちがとてもよくわかる。そして登美彦氏が竹伐採をしたくてもできない多忙の理由も理解できるのだ。要するに長井氏は、本書に書かれた登美彦氏の竹をめぐる日々を読み、とても共感してしまったのだ。

登美彦氏は作家としての己に限界を予感し、作家も多角化経営すべし、と竹林経営に舵を切る。多角化経営。それは、若者を惑わす危険なまたたび。

登美彦氏がその誘惑にふらふらと揺られたように、長井氏も若かりしころ、その陥穽に落ちた。だが違うのは職種だ。登美彦氏は竹林経営を文章に起こせばそれが日々の糧として報われる。長井氏の場合、いくら滝で己を清冽に磨きたてようが何もない。成果をブログを書いたところで登美彦氏のように報われない。登美彦氏がモリミ・バンブー・カンパニーを立ち上げたように、竹をネタに商いを営めないのが情報屋の宿命だ。長井氏の営みの中で滝や竹のビッグデータを集めてみても、誰も見向きもしないだろう。せいぜいがオ「タク」的な感性と「タカ」望みの欲望と満たすため、指にキーボード「タコ」を作るくらいが関の山。無理やり結びつけてみても「タキ」にも「タケ」にも無縁なのがつらい。

長井氏は悟る。そしてうらやむ。登美彦氏の作家としての宇宙の広がりを。竹への探究心を竹林経営に結びつけられるだけのことはある、農学部で竹を研究したその素養を。何よりも無理やり文章を紡ぎだせる文才を。日々の営みを客観的に登美彦氏の営みとして書きかえられる視野の広さを。それらは長井氏にとってとうてい及ばぬ高みだ。

長井氏も本稿のようなレビューをあれこれ書いている。が、まだまだだ。でも長井氏は思うのだ。己が登美彦氏にたどり着けるとすれば、己の好奇心と無鉄砲さではないか。それを突破口とすれば、なんとかなるのではないか、と。竹林で薮蚊と戦い、竹をぶった切り、たけのこを掘る行いに楽しみを見いだせる心のありよう。それは長井氏だって似たり寄ったりなのでは。そんなかすかな望みを頼りに、長井氏は今日も仕事と文章を書くことに精を出す。いつの日か桂の竹林を訪れんと決意しつつ。

‘2017/04/03-2017/04/03


人斬り半次郎 賊将編


中村半次郎として意気も溌剌とした幕末編から一転、桐野利秋として戦塵の中に倒れるまで、あと十年と少し。

本書は、維新の激動が半次郎の心に生じさせた変化を露にしつつ始まる。維新に向け、半次郎の命運は下るどころか、はた目にはますます盛んだ。上巻の終盤では、薩摩に残した恋人幸江に去られる。さらには半次郎が恋心を抱いていたおたみも同輩の佐土原英助とくっついてしまう。そればかりか肉欲だけでなく、書や本の師弟として結びついていた法秀尼も何かと騒がしい京から去ってしまう。尊王攘夷も佳境にきて、半次郎の周りから女の気配がふっと消えてゆく。一方で半次郎の武名はますます鳴り渡り、薩摩になくてはならぬ人材として自他ともに認める存在になっている。もはや半次郎は恋に心をやつしている場合ではなくなっているのだ。ここまでがむしゃらに立身出世を願い、男ぶりを鍛えることに没頭してきた半次郎。維新の結実を前にして彼は自らの中で整理をつけたようだ。半次郎が切り捨てた自身の一面とは、彼の素朴な部分だったのかもしれない。あるいは愛嬌とでもいおうか。非情な世を渡るため、弱さと取られかねない部分を切り捨てる。それはやむを得ない行動だったかもしれないが、そんな半次郎のもとから女性たちは去ってゆく。

薩長の同盟はいまやほころびようもなく盤石だ。幕府の棟梁たる将軍家茂は若くして死に、もはや公武合体どころではない。跡を継いだ将軍慶喜は大坂から敵前逃亡して江戸に帰ってしまう。もはや幕府の劣勢は明らか。将軍慶喜が決断した大政奉還だけでは倒幕の炎は鎮まりそうにない。起死回生の妙案が幕府から生まれない状況の中、鳥羽・伏見の戦いは始まる。勢いに乗った官軍は、そのまま連戦連勝で五稜郭までを席巻する。

会津藩降伏の場において新政府軍の軍監として臨む半次郎に、唐芋侍とさげすまされた面影はない。どっかり座る半次郎の姿は、今なお錦絵の中の偉丈夫として残されている。だが、本書を読んだのちに見る絵の中の半次郎は、孤独を感じさせる。勝てば官軍、負ければ賊軍、という言葉はこの時期の新政府軍が基になっているという。危うく、己を非情に持ちあげねば生き抜けなかった頃の姿に、弱さが同居するはずはない。

明治になってしばらくたった頃、中村半次郎は桐野利秋と名を改める。さらには初代陸軍少将に任命される。陸軍中将は当時はまだ将官の階級として設置されておらず、初代陸軍大将の西郷隆盛に次いで桐野利秋が任じられたことになる。名実ともに西郷隆盛の腹心として認められた瞬間だ。

倒幕が成った今、武よりも文が必要となる。維新の志士たちもまた同じ。刀を差して歩いていては、国造りはおぼつかない。長らく続いた武力による争いは終わり、新たな国を作って行かねばならない。髷を落とし、洋装に着替え、西洋文明の摂取に奔走する。それは桐野利秋も同じ。法秀尼から書を教わり、その集中力をもってすれば、文でも新政府の中心として遜色なく働けたはず。だが、武名が目立ちすぎたためか、初代陸軍少将に収まってしまう。ここで桐野利秋が内政に携わり、海外や国内に広く目を向けていれば、後年、不平士族に焚き付けられる脇の甘さは露呈しなかったかもしれない。

だが、いまや桐野利秋のそばに彼を言い諭せる女性はいない。幕末の日々の中で去って行ってしまった女性たち。彼女たちだけが、一気呵成や猪突猛進といった心持ちとは逆の教えを 桐野利秋に与えられたはずだ。唯一桐野利秋に諭せる人がいるとすれば、それは心服する西郷隆盛のはず。だが、西郷もまた、国づくりの進め方において新政府とは相いれない不満を持っていた。西郷には次第に達観の気持ちが募ってゆく。桐野利秋に対しても諦めたかのように何も言わず、したいようにさせる。最後に西郷が国を思って奔走した征韓論さえ、政府に受け入れられることはなかった。

西洋になびくか、それとも、アジアの国に進出して西洋に対抗できる基盤を作るか。西洋に右向け右でならおうとする風潮を苦々しく思っていた西郷の哲学は、当時の新政府の首脳には理解されなかったのだろう。今となっては、どちらが正しかったか誰にもわからない。西洋の先進的な文化に触れた遣欧使節からみると、西郷の唱える征韓論はあまりにも視点が狭く映ったかもしれない。が、いたずらに西洋をまねることは長期的にみて日本の国勢を左右しかねない、という西郷の考えも理解できる。ただ、本書の桐野利秋は、西郷に心酔するあまり、西郷の思想を理解せず、ただ単に敵対するもの全てを敵視していたようだ。征韓論や日本のこれからに考えをめぐらさず、西郷の考えこそが正義という考えに凝り固まる。西郷と政策で対立する大久保利通を暗殺せんと訪問するくらいに。ここに桐野利秋のいちずさがあり、限界があった。倒幕へと猛進する時は示現流の流儀のごとく無類に強い。だが、平時にあっても生き方を変えられないのは、強さではなく愚かさだ。引き際の潔さも、相手によって柔軟に相対する世慣れたふるまいは、平時にあって国を動かすものには欠かせない。自らを教え諭す女性たちが去って行った桐野利秋に、そこまで求めるのは酷なのかもしれないが、著者は暗にそのあたりも描いているように思える。

本書を読んでいると、満州事変から第二次大戦に至るまでの日本陸軍が浮かんでくる。一度決めた計画を撤回することは面目に関わるので是が非でも決行。そんな陸軍の欠点とされる部分が、桐野利秋の生き方に見え隠れする。直接関係があるかはわからないが、陸軍の基礎が固められるにあたっては、初代陸軍少将である桐野利秋も多少は関わっているはずだ。桐野利秋の生きざま、示現流イズムが、その後の陸軍に影響を与えていないとは誰にもいえないはずだ。一方、初代陸軍大将でありながら、西郷の陸軍への関与は鈍く思える。もし西郷の鷹揚な器の広さが揺籃期の陸軍に影響を与えていたならば。もしドイツ陸軍を手本とするのではなく、薩摩が影響を受けた英国流に陸軍の風潮が染まっていたならば。ここまで陸軍の悪評も定着しなかったのではないだろうか。そう思えてならない。

西南戦争における薩摩軍の動きは今更言うまでもない。すでに何かを悟ったかのような西郷を祭り上げ、不平士族の意見に乗って日頃の不満を晴らそうとする桐野利秋の行動については、もはや何もいうことはない。維新の上げ潮にあっては桐野利秋と西郷をつなぐ絆はますます強固なものとなった。しかし、平時にあって器の広さを見せた西郷に比べ、勢いのまま平時にあっても突っ走った桐野利秋の間には、隙間がぐいぐいと開きつつあったのだろう。その流れのまま西南戦争に突入したことが、意思疎通の齟齬をますます開かせたのだと思う。

結局、二人は主従として心中する他はなかったのだろう。時代の移り変わりにあたって、大勢の不満のはけ口を作るために、いや、日本が士農工商の封建時代から立憲君主制に移行するにあたって道を開くために、最後の生贄となったのではないか。

上巻の素朴さと違い、香水を漂わせつつ最後まで戦って死んでいった桐野利秋は、ただただ痛々しい。その痛々しさに哀しみを覚える。

桐野利秋を演じた北翔海莉さんは、桐野利秋を演じる上でどう解釈したのだろう。百周年を迎えた宝塚の伝統の部分は、いったん自らをもって終わりとし、次代に新たな宝塚歌劇を託そうとしたのではないだろうか。時代が変わろうとする時、旧世代の人間は、旧世代なりに幕を引いて去ってゆく。百年の伝統を次代に引き継ぐ北翔海莉さん、封建から立憲の世へと引き継ぐ西郷と桐野利秋。いずれも歴史の流れには欠かせない人物だと思う。

‘2016/08/08-2016/08/09


人斬り半次郎 幕末編


本書を手に取ったのは、「桜華に舞え」という舞台がきっかけだ。宝塚歌劇団星組のトップ退団公演。その公演で退団する北翔海莉さんが扮したのが、人斬り半次郎こと桐野利秋である。

「桜華に舞え」は劇団の演出家によるオリジナル脚本であり、本書は原作としてクレジットされていない。でも本書が全くの無縁だったとは思えない。脚本には間違いなく何らかの影響を与えているはずだ。

そんなわけで人斬り半次郎とはいかなる人物かを、舞台を観る前に本書で知っておこうと思った。

薩摩示現流と名乗る剣術の流派がある。映像で稽古風景を見た事があるが、撃ち込み一筋の気迫のこもった稽古だった。ただひたすらに攻めに徹する。そして気迫で相手を圧倒する。そこには守りや間合いといった静はなく、ただただ動の一点張り。人斬り半次郎こと中村半次郎も、示現流の達人である。

だが、彼は途中で示現流の道場を辞めてしまう。それは道場で不和が起こったからだ。半次郎のあまりの強さに、他の門下生が太刀打ちできなくなったのだ。しかもその多くは藩の上士。一方で半次郎は下士であり、本来ならば上士を手合わせすることすらはばかられる立場なのだ。そこでいざこざが生じたため、半次郎は道場を辞め、稽古を自己流で行うことになる。

普通の人であればここで剣術を諦めてしまい、後の世に名を残すことはない。だが、彼が普通の人々と違ったのは、自己流であっても鍛錬を惜しまなかったことだ。なにがそこまで彼を駆り立てたのか。それは己に打ち勝つため。己の置かれた状況に打ち克つためだ。

唐芋侍。半次郎が属する郷士の事を薩摩ではさげすんでこう呼んだという。幕末の薩摩藩といえば開明の印象が強い。だが実は藩内には歴然とした階級があり、半次郎が属する郷士は下級武士、つまり下士として下に見られている。下士が藩主直参の上級武士として取り立てられることはほぼなかったという。半次郎の場合、父が公金横領の罪で訴えられたこともあり、ほぼ上士になる見込みはない。それもあって半次郎は上士に対する対抗意識が強く、道場でも世渡り下手の自分を押し通してしまったのだろう。

だが、半次郎は腕力に訴える粗暴なだけの男ではない。本書で描かれる半次郎は人間的にとても魅力的な男だ。美男子で女にはめっぽう優しく、そして惚れやすい。つまり男にはめっぽう強くて女には弱いのだ。一人の人間の中に強さと弱さが同居している。複雑ではなくむしろ単純。半次郎は決して粗暴なだけの男ではなかったが、彼の生きざまは示現流の影響を受けたのか、守りや間合いを知らなかった。おそらく世が世なら世事に疎く不器用な男として薩摩の吉野郷で生を終えていただろう。要領よく頭角を現すといった形では世に出られなかったに違いない。

彼の境遇を変えたのは黒船来航をきっかけとした国内情勢の変化と、藩主斉彬による登用策だ。それによって西郷隆盛が取り立てられる。郷士の中の暴れものとして城下の若手武士たちから恐れられ遠ざけられていた半次郎は、西郷の訪問を受ける。そして、半次郎が武芸を鍛錬する気迫と開墾に一心不乱に取り組む姿、弁の立つ様子は西郷を感心させる。

西郷にとって、小賢しいだけの男は不要だ。己の地位に満足せず、さわやかな男ぶりをみせる半次郎は、これからの薩摩に必要な人材と映ったのだろう。西郷の上士や下士といった身分にとらわれぬスケールの大きさは、本書を通じてさまざまなエピソードによって明らかにされてゆく。

半次郎が後日、西郷のもとにあいさつに訪れたときのこと。土産にと大きな唐芋を三本持ってきたのだが、それを見た西郷の弟小兵衛が笑う。それを見咎めた西郷が、小兵衛を叱る。この唐芋は半次郎の厚志であり、それを笑うとは何事であるか、というわけだ。情に厚く理想家肌だったと伝えられる西郷の人柄がしのばれるエピソードだ。この出来事によって半次郎は西郷に心酔し、この人のためなら、と一生を賭けることになる。

ここに、西郷に目を掛けられた半次郎の立身出世の物語が始まる。ただ、西郷の立場も弱い。薩摩の実権は前藩主斉彬公の急死によって久光公に移っている。そして斉彬公によって取り立てられた西郷と久光公はそりが合わない。先日も、島流しの憂き目にあったばかりだ。同士である大久保市蔵にとりなされ、罪を許されて戻ってきたとはいえ、まだのびのびと藩政を切り回すまでの力はない。しかし緊迫する情勢は久光公に上京を迫っていた。そのお供として半次郎を推す西郷。大久保市蔵に半次郎の腕の冴えを実検させ、大久保に認められた半次郎は出世への足がかりをつかむことになる。

彼の強さは、攻めの局面であれば、より強さを引き寄せる。だが、半次郎はすでにこの時気づいていない。攻めの局面に夢中になっていると、背後で失われてゆくものもあるということに。半次郎は女性を引き寄せる魅力的な男だ。夜這いの風習のある吉野では年上の幸江と恋仲になっていた。だが、立身出世に逸るあまり、半次郎は幸江を忘れて上京してしまう。幸江が実在の人物かどうかは知らないが、このくだりは、本書において半次郎の負い目となってずっとついて回る。

上京した久光公に随行して京に出た半次郎。だが、この時期の薩摩藩が置かれていた情勢は薄氷の上を歩むようなものだ。西郷もそれを見越した上で薩摩藩に良かれと思い、久光公の命令に反して自己判断で動く。それが久光公の逆鱗に触れ、また島流しにあってしまう。それと前後して寺田屋では薩摩藩士同士による刀傷沙汰も起こっている。世にいう寺田屋騒動だ。

めまぐるしく薩摩藩を巡る情勢は変化する。そんな中にあって、もくもくと勤めを全うする半次郎。が、彼の剣術の腕は少しずつ京の街中に知られてゆく。青蓮院宮の衛士として幾度も宮の危機を救う。そして、扇子問屋を営む松屋の娘おたみを救う。おたみを救ったことで、彼女が気になってしまう半次郎。武士が女に惚れることは弱点につながる。しかも、勤務の最中に知り合った法秀尼とは、性の愉楽に身をゆだねる仲となる。

この謎めいた法秀尼が、西郷のいない京において半次郎の成長に大きな役割を果たすことになる。前に半次郎を攻める一方で守りを知らないと書いた。だが、半次郎とて愚かではない。剣術以外に自分の身を立てる武器が必要であることを悟り、法秀尼に書を習うのだ。さらには本も読みふける。仕事も剣術も手習いも含めて強靭な体力でそれらをこなして行く。人斬り半次郎が後年、桐野利秋となったのは、この時期の精進のたまものだろう。

著者は幕末の情勢と半次郎の日々を鮮やかに書き分けていく。天下の情勢と薩摩藩の置かれた立場が複雑に変動する中、任務と自己鍛錬を怠らぬ半次郎の日々。堅苦しいだけでなく、法秀尼と肉欲に溺れるゆとりも見せる。そんな日々にあって、長州藩との抗争に目覚しい活躍を見せる半次郎は、薩摩藩にあって伍長としてそれなりの地位を固めたといえる。幸吉という自分を慕う少年も手元におき、一見すると半次郎の日々は順風満帆に思える。だが、半次郎が抱くおたみへの少年のような恋心は募るばかり。おたみもまた、自らを救ってくれた半次郎を慕うのだが、それに半次郎は気づかない。殺伐とした幕末の京にあって、すれ違う二人の心がもどかしくも、とても新鮮だ。多情多彩な半次郎の日々を、彼は要領は悪いなりに、全力でこなしてゆく。こういう不器用なところが半次郎の魅力なのだ。

そんな中、二年ぶりに許された西郷が京に来る。そして土産話として吉野の幸江が嫁に行ったことを半次郎に知らせる。そのことを聞かされた半次郎はうろたえる。法秀尼との情事やおたみへの思慕など、多情な半次郎だが、幸江のことに衝撃を受け、苦しむ。この多情さが彼の魅力であり、煩悶する彼はとても人間くさく、好感がもてる。

そんな忙しい中でありながら剣術の鍛錬は怠らないので、半次郎の剣術の冴えは人々のますます知るところとなる。法秀尼からもらった和泉守兼定を懐に差し、西郷の遣いとして長州を視察して回り、半次郎は忙しい。京を覆う物騒な世相は池田屋事件を起こし、半次郎が長州から戻ってきた直後には禁門の変がおきる。それによって長州と薩摩の対立は決定的なものとなる。そして薩摩に中村半次郎あり、という武名は京や江戸、そして長州にも達する。

そんな日々が半次郎を変えていったのだろう。久々に薩摩に帰った半次郎は、あまりにも立場が上がったことで吉野の人々から仰ぎ見られる存在となる。一方で、自信に満ちた半次郎に眉をひそめる人々もいる。守りも間合いも知らない半次郎がいちずであればあるほど、人々との差は開いてしまう。そんな不器用で直情な半次郎の悲しい性が少しずつあらわになってゆく。吉野でかたくなに半次郎に合うのを避ける幸江の態度は、そんな半次郎の後年の孤独を予見するかのようだ。人は栄達してもなお、少年の頃と同じような心でいられるか、という問題がある。成長は自信へと変わるが、その自信は人々の目に尊大に映る。私自身も気をつけねばならない点だと思っている。

半次郎の肥大しつつある自信は、淀川の決闘であわや命を落としかけることによって足元をすくわれる。同郷の大山格之助によって助けられたことは、天狗になりかけた自らを諫める機会になったはずだ。だが、徳川幕府の命運もわずかな今、半次郎に自らを省みる時間が与えられることはない。そして倒幕の勢いはいっそう増してゆくばかり。時代に翻弄される半次郎の悲劇が、ほのめかされるかのように上巻は終わる。

‘2016/08/06-2016/08/08


とっぴんぱらりの風太郎


関西人である私にとって、万城目ワールドはとてもなじみがある。デビュー作から本書までの7作は全て読んでいる。特に長編だ。京都、奈良、大阪、長浜。それら関西の町を舞台として繰り広げられる物語はとても面白い。古い伝承が現代に甦り、波乱を巻き起こす。関西の言葉や文化で育った私にはたまらない。物語の構成は、古き伝承をモチーフとし、現代を舞台に進行する。伝承を題材にしつつ、現代を舞台に奇想天外な物語を産み出す著者の作品は、読者をわくわくさせてくれる。

そして本書だ。

本書は著者の新境地ともいえる一冊に仕上がっている。本書の舞台は過去。現代は全く出てこない。つまり、著者にとっては初の時代小説となる。

本書の主役は抜け忍の風太郎。伊賀の衆だ。伊賀は言うまでもなく忍びの里だ。山間の小国は忍びの技を研ぎ澄まし、動乱の戦国の世を生き延びてきた。天正伊賀の乱など周辺国からの弾圧を跳ね除け、忍びの国として生き残る。それを可能としたのは苛烈な忍びの掟。弱者は容赦なく切り捨てられ、一人前の忍びとして生き残るのは一握り。幼い頃から風太郎を縛り付けてきたのは、ただ冷徹な忍びの掟だった。そんな過酷な環境で生き残びた風太郎の周りには一癖ある連中ばかりが残っている。子供時代からともに切磋琢磨し、生き延びた仲間達をも瞬時に裏切り、相闘うことも辞さない。そこにあるのは非情な関係。

そんな日々の中、伊賀上野城を舞台とした密命を帯びた風太郎は、侵入にあたって石垣を傷つけてしまう。伊賀の殿様は、築城の名手として知られる藤堂高虎。本書では異常なほど城に偏愛をもつ人物として語られる。

城を傷つけた下手人には死あるのみ。風太郎は死をもって失敗を償わされそうになる。それを救い、死んだことにしてくれたのは、忍びを統べる采女様。

忍び失格として伊賀を放逐された風太郎は、当てもなく京にでる。太閤秀吉亡き後、風太郎が棲みつく京は徳川家の威風に服している。天下分け目の関ヶ原の戦いに勝利し、徳川家にとって残る仮想敵は大坂城だけ。大坂城の秀頼・淀殿と徳川家の間に張り詰めた緊張は、京の街にも及んでいる。そんな大坂冬の陣を間近にして、風太郎は京でその日暮らしを送る。

風太郎は、劣等感に塗れている。忍びを逐われ、根なし草となった自らの境遇に。だが、江戸と大坂の間に張り巡らされた陰謀の糸は、風太郎の人生を変えて行く。

今までの著者の作風とは違い、本書は時代小説の骨格をがっちり備えている。では、時代小説に手を染めるにあたって著者は作風を変えたのか。今までの著者の作品の底に流れていた大真面目に奇想天外を語る魅力。その魅力はうれしいことに本書でも健在だ。

本書では、瓢箪に宿る因心居士が物語のトリックスターのような役割を果たす。ところどころでひょいと風太郎の前に現れては、風太郎の生きざまを導いていく。

また、風太郎の周囲には個性的な人物達が登場し、風雲があわただしさを増す京の町に暗躍する。風太郎とともに伊賀で忍びの掟を生き抜いた忍び、黒弓、蝉、百市。さらには故太閤秀吉の奥方である北政所。京都所司代の隠密として風太郎を付け狙う残菊。産寧坂で瓢箪を商う飄六で働く芥下。さらには、大坂城にいるはずのあのお方。風太郎を取り巻く登場人物は一癖も二癖もある連中だ。

本書は全編が極上の伝奇時代小説の趣に満ちている。本書は娯楽として読んでも無論面白い。特にラストなど、大団円に相応しい派手な幕切れである。しかし、本書には娯楽小説としてで片付けるにはもったいない深みがある。

大坂の陣といえば、応仁の乱に端を発した戦国時代を締めくくる出来事として知られる。戦国の世の終わり。それは忍び達が要らなくなる時代の到来でもある。徳川の世になって、もはや忍びの技能は滅び行くしかなく、種族としても時代の流れに取り残されてゆく宿命を背負う。そんな時代の変わり目にあって、忍び一族の哀しみが書かれているのが本書だ。そもそも風太郎からして、伊賀に戻りたくても戻れない忍びの成れの果て。戦国の殺伐とした世にあっては忍びの世界では抜忍成敗。使えない忍びは死ぬ他ない。風太郎のような立場で生きていけることがすでに時代の移り変わりを表している。黒弓、蝉、百市といった忍びもまた同じ。忍び以外の職に身をやつしながら密命を帯びて行動している。

つまり、時代の変わり目にあって人はいかに生きるのか。そこに本書のテーマが見え隠れする。

そして、大坂の陣を目前にして、感慨にふけるのは忍びだけではない。

豊臣家の人々の上にも滅びの予感が濃い影を落としている。豊臣家もまた、戦乱から平和への時代の変わり目に取り残されようとする一族だ。そして本書に登場する主な豊臣方の人物は、そのことを自覚し覚悟を決めている。それは北政所のねねと秀頼公だ。それとは逆に、滅び行く豊臣家に与して戦国の仇花を散らそうとする武将たちはほぼ登場しない。大坂の陣に登場する著名な大坂方の人々は本書にはほぼ出てこない。例えば、真田幸村や毛利勝永、後藤又兵衛といった人々。大野治房は一瞬だけ登場するが、淀殿はほぼ
登場しない。

豊臣家の滅亡を予感した人々、忍びが要らざる世を感じ取った人々。本書は時代の変わり目にあって、去り行く人々の潔さ、または美学を書いた小説なのかもしれない。

その象徴こそが、本書の幕切れを飾る大坂城が倒壊する様子だ。むしろ小気味良いといっても良いほどに、戦国の世の終焉を知らしめる爆発や火災は、本書のテーマに相応しい。

‘2016/02/10-2016/02/15


きつねのはなし


京の都には、怪しの影が似合う。本書は全編、怪しく魑魅魍魎がうごめく闇の都が描かれている。

著者の京を舞台にした諸作の中で、著名なものは四条河原町や先斗町界隈を乱痴気騒ぎで走り回る内容が目立つ。しかし、本書は地味ではあるけれど、光の差さない京都を描いた作品として評価したい。

本書には分かりやすい”もののけ”、妖魅の類いはおいそれとは出てこない。そやつらが、軽々しく登場するには、京都の歴史はあまりに濃密で重い。しかし、彼らはそこらに潜んでいる。古道具屋に秘蔵されたモノと化して。旧家の土蔵に秘匿されたモノに憑いて。彼はチロチロと怪しの気配を醸し出し、隙あらば人を迷わせ、破滅へと誘う。

陽気で賑やかな”もののけ一座”の大立ち回りもよいのだが、京都にはこういった描写こそ相応しい。1100年もの間、都であり続け、日本の象徴を戴き続けた京。神道や仏教の大伽藍を擁した宗教の街。それでいて、陰謀渦巻く権力闘争の渦の中心となり、幾度もの兵火に焼かれた街。なおかつ、異国の軍隊や、米軍の空襲にほとんど遭わず、暗黒ともいわれる中世を今に遺す街。

ほんに、こないな街はそうあらしまへん。

今まで、京を書いた小説は数万巻にもなり、私が読んだ書などその一部でしかない。しかし、本書には京都の一面が正確に描かれていると感じた。抑えた筆致も、私の書く文体に近く、親しみを感じる。

‘2015/4/23-2015/4/25


有頂天家族


京都には、あやかしのモノが似合う。

江戸にみやこの座を貸し出したとはいえ、千年以上みやことして栄えた京都。平安の御代から偸盗が跳梁し、あやしのモノどもが跋扈した街。あまたの戦乱に耐え、今に碁盤の目を伝える街。今に至ってもなお、愛想良い笑顔の陰で一見さんを排除する街。

日本の歴史を見続けてきたその懐は、果てしなく深く、そして暗い。

科学万能の今でも、この街にはあやしの類いがよく似合う。狐狸や天狗、蛙の類いが。

本書には、そのいずれもが登場する。普段は人間の振りをしながら京都の街に長らくのさばり、世の移り変わりを眺めてきた人外のモノ共。

しかし人外と云っても、本書に登場する彼ら彼女らは陰惨で残忍なモノノケではない。逆。長い間、人に化けることを営んできたからか、その言動には果てしなく 愛嬌が付きまとう。人並みの感情を持ち、人情の機微を解し、悩みもすれば有頂天にもなる。実に愛すべき「もののけ」たちである。読者は本書を読み進めるにつれ、もののけの彼ら彼女らに強く惹かれるに違いない。

本書は、奇妙奇天烈な能力の持ち主である登場魔物たちが、京の街を縦横無尽に駆け巡る物語である。

若いおなごに耽溺し、落ちぶれた天狗はただ情けなく。狸一族を統べる頭領一家も兄弟は仲が良かったり喧嘩したり、はたまた世をはかなんで井の中の蛙に化けたりと忙しなく。頭領の母は宝塚ミーハーとして夜な夜な男装の麗人に成りすまし。

そんな愛すべき狸達と老いぼれ天狗が、賑やかに、猥雑になった京の街に自分達の居場所を求め、懸命に生き、そして戦う。戦いと云っても、ただただ野放図な能力をばらまき、当り構わず好き放題で、読んでいて喝采を叫ぶこと間違いなしである。

たまに萎れたり、舞い上がったり、水面に映る自分に涙したりしながら、彼ら一家の表情はどこまでも明るい。有頂天一家の題に恥じない楽天家ぶりである。そのパワーには、怪しげで暗いはずの京の町を陽気なエネルギーに溢れたるつぼへと返る。

楽しく、明るく、充実した狸一家は、どこまでも人間臭く、モノノケにもケモノにも思えなくなる。人間がしかめ面して悩むのと、彼らの切実な悩みとどちらが高尚か。そんな問いなどどうでもよくなるほど、笑い飛ばしたくなる。そんな快活な作品が本書である。

‘2014/09/08-‘2014/09/12


鹿男あをによし


デビュー二作目にして、この世界観の飛躍もさることながら、この筆力の充実ぶりといったら。

発想も大枠自体はそれほど突飛でもないのだけれど、細かい部分での描写や動きが自由な発想で楽しめる。それは終盤で明かされるとあるアイテムの正体や、それぞれの登場人物の役割などに代表される発想の飛躍に代表される。拡げた大風呂敷の空間を精いっぱい使い切っているだけに、設定に無理があると思わせないところがすばらしい。

そして著者が、設定のユニークさだけの作家でないことを見せてくれたのが、本書の剣道のシーン。胸が熱くなる。ここまで臨場感あふれる剣道の試合風景を描いた小説はまだ読んだことがない。飛び散る汗や竹刀の音、刻々と押し寄せる疲労の波。それらを操ってここまで熱く読ませるシーンが描けるからこそ、壮大な世界観と細かなディテールが相乗効果を生み、流れるように奔放に、破綻を全く感じさせることなく作品世界を完結させられるのだということを、思い知らされた。

それにしても鴨川ホルモーといい、本書といい、プリンセス・トヨトミといい、私の読んだ三冊は、どれも地理的な感覚が豊かな人にしか書けない設定になっている。おそらく著者は地図を眺めるのが好きな方ではないかと思う。 

’12/1/26-’12/1/26


鴨川ホルモー


関西人として、京都には何度か行っているわけだけれど、大学の配置からこのような物語が紡ぎ出されようとは・・脱帽である。

私は大学生活を描いた小説には弱く、読むたびにかつての自分を思い出してしまう訳だけど、この小説も大学生活を描いている割にはそういう感傷を覚えることはなかった。なんたって設定や展開が想像の埒外だから。でもこんな大学生活も送りたかったなぁ・・・と青春の感傷に浸りそうになる。

設定もさることながら、展開の読めなさも絶妙。別に意表を突く展開ではなく、想定できる展開の一つのはずが、やられたと思わされるのも筆運びのうまさの為せる業なのだろうか。

本書は壮大な世界観の構築という点ではデビュー作ゆえに物足りない点もあるけれど、世界観は弱くともこれだけの面白い本が書けるだけで凄いと思う。

実は著者の本を初めて読んだのは昨秋の「プリンセス・トヨトミ」が初めてだったのだけれど、それまで著者の本を知らなかった不明を今回も痛感させられた。

年末のミステリ総括本に頼らざるを得ない今の自分の本情報アンテナの貧弱さを何とかしないと。

’12/1/18-’12/1/19