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星籠の海 下


上巻で広げるだけ広げた風呂敷。そもそも本書が追っている謎は何なのか。読者は謎を抱えたまま、下巻へ手を伸ばす。果たして下巻では謎が明かされるカタルシスを得られるのだろうか。下巻ではさすがにこれ以上謎は広がらないはず。と、思いきや、事件はますますよくわからない方向に向かう。

石岡と御手洗のふたりは、星籠が何かという歴史の謎を追いながら、福山で起こる謎の事件にも巻き込まれてゆく。その中で、福山に勢力を伸ばし始めた宗教団体コンフューシャスの存在を知る。しかも、コンフューシャスを裏で操る黒幕は、御手洗が内閣調査室から捜査を依頼されていた国際的なテロリストのネルソン・パク本人である事実をつかむ。どうも福山を舞台とした謎めいた事件の数々は、宗教団体コンフューシャスの暗躍にからんでいるらしい。

ここが唐突なのだ。上巻でたくさん描かれてきた謎とは、御手洗潔とネルソン・パクの宿命の対決に過ぎないのか、という肩透かし。そもそも、宿命の対決、と書いたが、私はネルソン・パクをここで初めて知った。御手洗潔に宿命のライバルがいたなんて!これは『御手洗』シリーズの全て順番に忠実に読んでこなかった私の怠慢なのだろうか。シリーズを読んできた方にはネルソン・パクとは周知の人物なのだろうか。シャーロック・ホームズに対するモリアーティ教授のように。私の混乱は増すばかり。多分、おおかたの読者にとってもそうではないか。

御手洗潔の思わせぶりな秘密主義は毎回のことなのでまあいい。でも、急にネルソン・パクという人物が登場したことで、読者の混乱はますはずだ。それでいながら、辰見洋子が瀕死でテーブルに両手両足を縛り付けられている事件や、赤ん坊が誘拐され、その両親は柱に縛り付けられるという新たな謎が下巻になってから提示される。どこまで謎は提示され続けるのだろうか。それらの謎は、どれも福山を舞台にしていることから、コンフューシャスの暗躍になんらかの繋がりはあるのだろう。でも、読者にはそのつながりは全く読めない。小坂井茂と田丸千早は演劇を諦めて福山に戻ってきた後、どう本筋に絡んでくるのか。鞆で暮らすヒロ少年と忽那青年は本筋で何の役割を果たすのか。そこにタイトルでもある星籠は謎をとく鍵となるのだろうか。

無関係のはずの複数の事件を結びつける予想外のつながり。その意外性は確かに推理小説の醍醐味だ。だが、本書の場合、そのつながりがあまりにも唐突なので少々面食らってしまう。辻褄を無理矢理合わせたような感触すらうける。コンフューシャスという宗教団体に黒幕を登場させ、実は御手洗はその黒幕をずっと追っかけていた、という設定もいかにも唐突だ。

本書が、星籠とは何かと言う謎をひたすらに追っかけていくのであればまだ良かった気がする。それならば純然たる歴史ミステリーとして成立したからだ。ところが、他の複数のエピソードが冗長なあまり、それらが本筋にどう繋がるのかが一向に見えてこない。このところ、著者は伝承や伝説をベースに物語を着想することが多いように思うが、あまりにも付け足しすぎではないだろうか。むしろ、上下で二分冊にする必要はなく、冗長なエピソードは省き、冒険活劇めいた要素もなくしても良かったと思う。

星籠が何を指すのかという謎を追うだけでも、十分に意欲的な内容になったと思う。星籠が何かということについては、本稿では触れない。ただ、それは歴史が好きな向きには魅力的な謎であり、意外な正体に驚くはず。そして、星籠の正体を知ると、なぜ本書が福山を舞台としたのか、という理由に納得するはずだ。また、上巻の冒頭で提示された、瀬戸内海という場を使った壮大な謎が、物語にとって露払いの役割にしかなっていない事を知るはずだ。それは瀬戸内海という海洋文化を語るための導入の役割であり、大きな意味では無駄にはなっていない。

だが、その謎を軸にした物語を展開するため、エピソードを盛り込みすぎたことと、冒険活劇めいた要素を盛り込みすぎたことが、本書をいささか冗長にしてしまったようだ。もちろん、下巻で、上巻から展開してきた多くの謎は収束し、とかれてゆく。だが、謎の畳まれ方がいく分、乱雑に思えてしまうのは私だけだろうか。その豪腕ともいうべき物語のまとめ方はすごいと思うが。

本書を映画化するにあたり、雑誌「ダ・ヴィンチ」で特集があった。著者のインタビューも載っているし、今までの著者の名作の紹介も載っている。その特集をあらためて読むと、著者の偉大さをあらためて思う。上巻のレビューにも書いた通り、私の人生で最もなんども読み返したのは『占星術殺人事件』。私にとって、永遠の名作でもある。その一冊だけでも著者の評価はゆるぐことはないだろう。

本書を『占星術殺人事件』と比べると、私にとってはいささか冗長で、カタルシスを得るには至らなかった。ただし、本書を読んで数カ月後、思いもよらない形で私は本書とご縁ができた。kintoneのユーザー会で訪れた福山、そして鞆。どちらも、本書で描かれたようなおどろおどろしさとは無縁。本書でヒロ少年と忽那青年が暮らす鞆は、豊穣に広がる海が、かつての水軍の栄華を思い起こさせてくれた。街並みもかつての繁栄を今に残しており、歴史を愛する私にとって、素晴らしい体験を与えてくれた。美しく、また、楽しい思い出。

その旅を思い出し、初めて本書の真価が理解できた気がした。本書はいわばトラベルミステリーの一つなのだと。著者は福山の出身であり、本書は映画化されている。つまり、本書は、映画化を前提として描かれたに違いない。そこに著者の得意とする壮大な謎解きと、福山の歴史ロマンをくわえたのが本書なのだ。福山や鞆を訪れた経験の後、本稿を書き始めて、私はそのことに思い至った。

トラベルミステリーと聞くと、手軽なミステリーとの印象がついて回る。だが、本書を仮にトラベルミステリーととらえ直してみると、印象は一変する。福山とその周辺を魅力的に描き、歴史のロマンを取り上げ、さらには大胆なトリックがいくつも。さらには冒険活劇の要素まで加わっているのだ。つまり、本書は上質のトラベルミステリーといえるのではないだろうか。もちろん、そこに悪い意味はない。

本稿を書きながら、また、福山と鞆の浦に行きたくなったのだから。

‘2018/09/05-2018/09/05


星籠の海 上


本書は映画化されるまで存在に気付かなかった。映画の番宣で存在をしったので。かつてのように推理小説の状況をリアルタイムでウォッチする暇もない最近の私。推理小説の状況を知るのは年末恒例の「このミステリがすごい」を待ってからという状態だ。本書が『御手洗』シリーズの一冊だというのに。

御手洗潔といえば、名探偵。私が今までの人生で最も読み返した本は『成吉思汗の秘密』と『占星術殺人事件』。御手洗潔は後者で鮮烈なデビューを果たした主人公だ。御手洗と言えば相棒役の石岡を外すわけにはいかない。御手洗と関わった事件を石岡が小説に著す、というのが今までの『御手洗』シリーズのパターンだ。

本書の中で石岡が述懐した記録によれば、本書は『ロシア幽霊軍艦事件』の後に起こった事件を小説化しているという設定だ。そして本書の後、御手洗潔はスウェーデンに旅立ってゆく。本書は、御手洗潔が最後に国内で活躍した事件という体をとっている。

ではなぜ、著者は御手洗潔を海外に飛び出させてしまったのだろう。それは著者が御手洗潔を持て余してしまったためだと思う。本書の冒頭で描かれるエピソードからもその理由は推察できる。

かのシャーロック・ホームズばりに、相手を一瞥しただけでその素性を見抜いてしまう観察力。『占星術殺人事件』の時に描かれたようなエキセントリックな姿は影を潜め、その代わりに快活で多趣味な御手洗潔が描かれている。つまり、パーフェクト。超人的な観察能力は『占星術殺人事件』の時の御手洗潔には描かれておらず、もっと奇天烈なキャラクターとして登場していた。ところが今の御手洗潔はパーフェクトなスーパーマンになってしまっていた。そのような人間に主人公を勤めさせ続けると、著者としては推理小説が書けなくなってしまう。なぜなら、事件が起こった瞬間に、いや、事件が起こる前に超人的な洞察力で防ぐのがパーフェクトな名探偵だからだ。神がかった人間が秘密をすぐに見破ってしまうとすれば、著者はどうやって一冊の本に仕立て上げられるというのか?

作者としても扱いに困る存在になってしまったのだ。御手洗潔は。だからこのところの『御手洗』シリーズは、御手洗潔の子供時代を描いたり、日本で苦労しながら探偵役を務める石岡からの助けに、簡潔なヒントをスウェーデンからヒントをよこす役になってしまった。

本書はその意味で御手洗潔が日本で最後に手掛けた事件だという。今後御手洗潔が日本で活躍する姿は見られない気がする。本書は石岡のメモによると1993年の夏の終わりに起こった設定となっている。

著者の作品は、壮大な科学的事実を基に着想されていることが多い。死海の水がアトピー治療に効くとか、南半球と北半球では自然現象で渦の向きが逆転するとか。本書もそう。ところが著者は、もはやそうした謎をもとに物語を構築することをやめてしまったようだ。本書はどこからともなく死体が湧いて打ちあがる瀬戸内海の興居島の謎から始まる。ところがそのような魅力的な謎を提示しておきながら、その謎はあっけなく御手洗が解いてしまう。

ただし、そのことによって、著者は瀬戸内海に読者の目を向けさせることに成功する。紀伊水道、豊後水道、関門海峡のみが外海の出入り口であり、潮の満ち引きに応じて同じ動きをする海。それを御手洗潔は時計仕掛けの海と言い表す。

それだけ癖のある海だからこそ、この海は幾多の海戦の舞台にもなってきたのだろう。そして今までの歴史上、たくさんの武将たちがこの海を統べようとしてきた。平清盛、源義経、足利尊氏。そのもっとも成功した集団こそ、村上水軍。本書はもう一つ、村上水軍に関する謎が登場する。戦国の世で織田信長の軍勢に敗れた村上水軍は、信長の鉄甲船に一矢報いた。ところが、本能寺の変のどさくさに紛れ、その時に攻撃した船は歴史の闇に消えたという。

ところが、幕末になり、ペリー率いる四隻の黒船が浦賀沖に姿をあらわす。黒船に対応する危急に迫られた幕府から出船の依頼がひそかに村上水軍の末裔に届いたという。それこそが本書のタイトルでもある星籠。いったい星籠とは何なのか、という謎。つまり本書は歴史ミステリーの趣を濃厚に漂わせた一冊なのだ。

ところが、上巻のかなりの部分で星籠の謎が語られてしまう。しかも本書は、本筋とは違う挿話に多くの紙数が割かれる。これは著者の他の作品でもみられるが、読者は初めのうち、それらの複数のエピソードが本筋にどう絡むのか理解できないはずだ。

本筋は御手洗や石岡が関わる興居島の謎だったはずなのに、そのほかに全く関わりのない三つの話が展開し始める。一つ目は、小坂井茂と田丸千早の挿話だ。福山から東京に出て演劇に打ち込む青春を送る二人。その栄光と挫折の日々が語られてゆく。さらに、福山の街に徐々に不気味な勢力を伸ばし始めるコンフューシャスという宗教が登場し、その謎めいた様子が描かれる。さらに、福山にほど近い鞆を舞台に忽那青年とヒロ少年の交流が挟まれる。ヒロ少年は福島の原発事故の近くの海で育ち、福山に引っ越してきたという設定だ。共通するのは、どの話も福山を共通としていること。そこだけが読者の理性をつなぎとめる。

四つのストーリーが並行してばらばらに物語られ、そこに戦国時代と幕末の歴史までが関わってくる。どこに話が収束していくのか、途方にくれることだろう。そもそも本書でとかれるべき謎が何か。それすらわからなくなってくる。興居島に流れ着く死体の謎は御手洗が解いてしまった。それを流したのは誰か、という謎なのか。それともコンフューシャスの正体は誰か、という謎なのか。それとも星籠の正体は何か、という謎なのか。それとも四つの話はどうつながるのか、という謎なのか。

そもそも本書が追っている謎は何なのか。それこそが本書の謎かもしれない。目的が不明な小説。それを狙って書いたとすれば、著者のミステリー作家としての腕はここに極まったといえよう。

下巻になると、それらの謎が少しずつ明かされてゆくはず。そんな期待を持ちながら上巻を閉じる。そんな読者は多いはずだ。

‘2018/09/04-2018/09/04


東京オリンピック 文学者の見た世紀の祭典


二〇二〇年は東京オリンピックの年だ。だが、私はもともと東京オリンピックには反対だった。

日本でオリンピックが開かれるのはいい。だが、なんで東京やねん。一度やったからもうええやないか。また東京でやったら、ますます東京にあらゆるものが集中してまう。地方創生も何もあったもんやない。なんで大阪、名古屋、仙台、福岡、広島あたりに誘致せえへんねん。それが私の思いだ。今もその思いは変わらないし、間違っていないと思っている。

とはいえ、すでに誘致はなった。今さら私が吠え猛ったところで東京で二度目のオリンピックが開催される事実は覆らない。ならば成功を願うのみ。協力できればしたい。開催が衰退する日本が最後に見せた輝きではなく、世界における日本の地位を確たるものにした証であることを願っている。

そのためには前回、一九六四年の大会を振り返りたい。市川昆監督による記録映画もみるべきだが(私は抜粋でしか見ていない)、本書も参考になるはずだ。

本書の表紙に執筆者のリストが載っている。東京オリンピックが行われた当時の一流作家のほとんどが出ていると言って良い。当時の一流の作家による、さまざまな媒体に発表された随筆。本書に収められているのはそうした文章だ。当時発表された全てのオリンピックに関する文章が本書に網羅されているかどうかは知らない。だが、本書に登場する作家がそうそうたる顔ぶれであることは間違いない。

本書が面白いのは、イデオロギーの違いを超えて収録されていることだ。右や左といった区分けが雑なことを承知でいうと、本書において右寄りの思想を持つ作家として知られるのは、石原慎太郎氏と三島由紀夫氏と曾野綾子氏だ。左寄りだと大江健三郎氏と小田実氏が挙げられるだろう。それぞれが各自の考えを記していてとても興味深い。

本書は、大きく四つの章にわけられている。その四つとは「開会式」「競技」「閉会式」「随想」だ。それぞれの文章は書かれた時期によって章に振り分けられたのではなく、取り扱う内容によって編者が分類し、編んでいるようだ。

「開会式」の項に書かれた内容で目立つのは、日本がここまでの大会を開けるようになった事への賛嘆だ。執筆者の多くは戦争を戦地、または銃後で体験している。だから戦争の悲惨さや敗戦後の廃虚を肌で感じている。そうした方々は、再建された日本に世界の人々が集ってくれた事実を素直に喜び、感動を表している。

中でも印象に残ったのは杉本苑子氏の文章だ。東京オリンピックから遡ること二十一年前、開会式が催された同じ場所で学徒出陣壮行会が行われた。雨の中、戦地に送られる学徒が陸上競技場を更新する写真は私にも記憶がある。東條首相が訓示を述べる写真とともに。杉本氏はその現場の寒々とした記憶と、この度の晴れやかな開会式を比べている。そこには戦時とその後の復興を知る方の思いがあふれている。現代の私たちには学徒出陣壮行会など、教科書の中の一ページ。だが、当時を知る方にはまぎれもない体験の一コマなのだ。

他の方の文章でも開会式のプログラムが逐一紹介されている。事細かにそれぞれの国の行進の様子を報告してくれる方の多いこと。行進の態度から、お国柄を類推したいかのように。日本にこれだけの地域、民族、国の人々が集まることだけで感無量であり、世界の国に日本が晴れがましい姿を示すことへの素朴な感嘆なのだろう。戦争中は国際社会から村八分に近い扱いを受けていた。その時期の日本を知っていればいるほど、これほど大勢の人々が日本に集まる事だけで、日本が再び世界に受け入れられたと喜べる。それはすなわち、日本の復興の証でもあるのだから。そうした喜びは戦時中を知らない私にんも理解できる。

ただ、文学者のさがなのか、批評精神は忘れていない。例えば直前で大会への参加を拒否された北朝鮮とインドネシアへの同情。南北ベトナムの両チームが参加しない件。台湾が参加し、中華人民共和国が不参加なことなど。世界がまだ一つになりきれていない現状を憂う指摘が散見される。まさに時代を映していて興味深い。

ここで私が違和感を覚えたのは、先に左寄りだと指摘した大江健三郎氏と小田実氏の文章だ。小田氏の論調は、前日まで降っていた雨が開会式当日に晴れ渡った事について、複雑な思いを隠していない。それは、政治のイデオロギーを持ち出すことで、開会式当日の晴れ姿を打ち消そうとする思惑にも感じる。大江氏の文章にも歯にものが挟まったような印象を受けた。あと、開会式で一番最後に聖火を受け取り、聖火台へ向かう最終聖火ランナーの方は、昭和二十年の八月六日に産まれた方だった。そのことに象徴的な意味を感じ、文に著したのは数いる著者の中で大江氏のみであり、「ヒロシマ・ノート」を書いた大江氏がゆえの視点として貴重だったと思う。

開会式については総勢14名の作家の著した文が収められていた。この時点ですでに多種多様な視点と論点が混じっていて面白かった。

もう一つ、私が印象を受けたのは三島由紀夫氏の文章だ。引用してみる。
「ここには、日本の青春の簡素なさわやかさが結晶し、彼の肢体には、権力のほてい腹や、金権のはげ頭が、どんなに逆立ちしても及ばぬところの、みずみずしい若さによる日本支配の威が見られた。この数分間だけでも、全日本は青春によって代表されたのだった。そしてそれは数分間がいいところであり、三十分もつづけば、すでにその支配は汚れる。青春というのは、まったく瞬間のこういう無垢の勝利にかかっていることを、ギリシャ人は知っていたのである。」(32ページ)。
「そこは人間世界で一番高い場所で、ヒマラヤよりもっと高いのだ。」(32ページ)。
「彼が右手に聖火を高くかかげたとき、その白煙に巻かれた胸の日の丸は、おそらくだれの目にもしみたと思うが、こういう感情は誇張せずに、そのままそっとしておけばいいことだ。日の丸とその色と形が、なにかある特別な瞬間に、われわれの心になにかを呼びさましても、それについて叫びだしたり、演説したりする必要はなにもない。」(32-33ページ)。

続いては「競技」だ。東京オリンピックについて私たちの記憶に残されているのは、重量上げの三宅選手の勝利であり、アベベ選手の独走であり、円谷船主の健闘であり、東洋の魔女の活躍であり、柔道無差別級の敗北だ。もちろん、他にも競技はたくさん行われていた。本書にもボクシング、レスリング、陸上、水泳、体操が採り上げられている。

意外なことに、論調の多くは日本の健闘ではなく不振を指摘している。後世の私たちから見れば、東京オリンピックとは日本が大量のメダルを獲得した最初の大会として記憶に残っている。だが、当時の方々の目からみれば、自国開催なのに選手が負けることを歯がゆく思ったのではないか。特に、水泳と陸上の不振を嘆く声が目立った。それは、かつて両競技が日本のお家芸だったこととも無関係ではない。

そうした不振を嘆く論調が石原慎太郎氏の文から色濃く出ていたのが面白かった。

そして、ここでも三島由紀夫氏の文章がもっとも印象に残る。あの流麗な比喩と、修辞の限りを尽くした文体は本書の中でも一頭抜け出ている。本書を通した全体で、小説家の余技ではなく本気で書いていると思えたのは三島氏の文章のみだった。「競技」の章ではのべ四十一編が掲載されているのだが、そのうち九編が三島氏によるものだ。

やはり、競技こそが東京オリンピックの本分。そんな訳で「競技」の章には多くの作家が文章をしたためている。

続いての「閉会式」では、六編の文章が載っている。著者たちは総じて、東京オリンピックには成功や感動を素直に表明されていた。むしろ、オリンピックの外に漂っていた国際政治のきな臭い空気と、オリンピック精神の矛盾を指摘する方が多いように思えた。

興味深く読んだのは石原慎太郎氏の文だ。後の世の私たちは知っている。石原氏が後年、東京都知事になり、二度目の東京オリンピック招致に大きな役割を果たすことを。だが、ここではそんな思いはみじんも書かれていない。そのかわり、日本がもっと強くあらねばならないことを氏は訴えている。石原氏の脳裏にはこの時に受けた感動がずっと残り続けていたのだろう。だから二〇二〇年のオリンピック招致活動に乗り出した。もし石原氏が福岡県知事になっていたら福岡にオリンピックを持ってきてくれたのだろうか。これは興味深い。

続いては「随想」だ。この章ではオリンピック全体に対しての随想が三〇編収められている。

それぞれの論者がさまざまな視点からオリンピックに対する思いを吐露している。オリンピック一つに対しても多様な切り口で描けることに感心する。例えば曽野綾子氏は選手村の女子の宿舎に潜入し、ルポルタージュを書いている。とりたてて何かを訴える意図もなさそうなのんびりした論調。だが、各国から来た女性の選手たちの自由で溌溂とした様子が、まだ発展途上にあった我が国の女性解放を暗に訴えているように思えた。

また、ナショナリズムからの自由を訴えている文章も散見された。代表的なのは奥野健男氏の文章だ。引用してみる。
「だがオリンピックの開会式の入場行進が始まると、ぼくたちの心は素直に感動した。それは日本人だけ立派であれと言うのではなく、かつてない豊かさ、たのしさを持って、各民族よ立派であれという気持ちであった。インターナショナリズムの中で、ナショナリズムを公平に客観的に感じうる場所に、いつのまにか日本人は達していたらしい。それはゆえない民族的人種的劣等感からの、そして逆投影からの解放である。
 ぼくはこれだけが敗戦そして戦後の体験を経て、日本民族が獲得し得た最大のチエではないかと思う。負けることに平気になった民族、自分の民族を世界の中で客観的にひとつの単位として見ることができるようになった民族は立派である。いつもなら大勢に異をたてるヘソ曲がりの文学者たちが、意外に素直に今度のオリンピックを肯定し、たたえているのも、そういう日本人に対する安心感からであろうか。」(262-263ページ)
この文章は本書の要約にもなりえると思う。

あと目についたのは、アマチュアリズムとオリンピックを絡めた考察だ。村松剛氏の文章が代表的だった。すでにこの時期からオリンピックに対してアマチュアリズムの危機が指摘されていたとは。当時はまだ商業主義との批判もなければ、プロの選手のオリンピック参加などの問題が起きていなかった時期だったように思うが、それは私の勉強が足りていないのだろう。不明を恥じたい。

また、日本の生活にオリンピックがもたらした影響を指摘する声も目立った。オリンピックの前に間に合わせるように首都高速や新幹線が開通したことはよく知られている。おそらくその過程では日に夜を継いでのモーレツな工事が行われたはずだ。そして国民の生活にも多大な影響があたえたことだろう。それゆえ、オリンピックに対する批判も多かった。そのことは本書の多くの文章から感じられた。中でも中野好夫氏は、オリンピック期間中、郊外に脱出する決断を下した。そして連日のオリンピックをテレビ観戦のみで済ませたという。それもまた、一つの考え方だし実践だろう。中野氏はスポーツそのものは称賛するが、その周囲にあるものが我慢できなかったのだとか。中野氏のように徹底した傍観の立場でオリンピックに携わった方がいた事実も、本書から学ぶことができる。オリンピックに対して疑問の声が上がっていたことも、オリンピックが成功裏に終わり、日本の誉めたたえられるべき歴史に加えられている今ではなかなかお目にかかれない意見だ。

私も二〇二〇年のオリンピック期間中は協力したいと書いたものの、中野氏のような衝動に駆られないとも限らない。

私が本章でもっとも印象に残ったのは石原慎太郎氏による文だ。石原氏の文は「随想」の章には三編が収められている。引用してみる。
「参加することに意味があるのは、開会式においてのみである。翌日から始まる勝負には勝たねばならぬ。償いを求めてではない。ただ敗れぬために勝たねばならぬ。
 人生もまた同じではないか。われわれがこの世にある限り、われわれはすでに参加しているのだ。あとはただ、勝つこと。何の栄誉のためにではなく、おのれ自身を証し、とらえ直すためにわれわれは、それぞれの「個性的人生」という競技に努力し、ぜひとも勝たねばならぬのである。」10/25 読売新聞 ( 320-321ページ )

この文には感銘を受けた。オリンピックに限らず人生を生きる上で名言と言える。

二〇二〇年の東京オリンピックを迎えた私たちが本書を読み、じかに役立てられるかはわからない。だが、当時の日本の考えを知る上ではとても参考になると思う。また、当時の生活感覚を知る上では役に立たないが、日本人として過ごす心構えはえられると思う。それは私たちが二〇〇二年の日韓ワールドカップを経験したとき、世界中から観光客を迎えた時の感覚を思い出せばよい。本書に収められた文章を読んでいて、二〇〇二年当時の生活感覚を思い出した。当時はまだSNSも黎明期で、人々はあまりデータを公共の場にアップしていない。二〇〇二年の感覚を思い出すためには、こうした文書からそれぞれが体験を書いてみるのも一興だと思う。

それよりもむしろ、本書は日本人としての歴史観を養う上で第一級の資料ではないかと思う。二〇二〇年の大会では、一九六四年の時とは比べ物にならないほど大量の文章がネット上に発表されるはず。その時、どういう考察が発表されるのか。しかも素人の作家による文章が。それらを本書と比べ、六〇年近い時の変化が日本をどう変えたか眺めてみるのも面白いかもしれない。

‘2018/04/27-2018/04/29


戦いすんで 日が暮れて


『血脈』を読んで以来、今さらながらに著者に注目している。『血脈』に描かれた佐藤一族の放蕩に満ちた逸話はとても面白い。一気に読んでしまった。もともとは甲子園にある私の実家と著者が幼少期を過ごした家がすぐ近く。そんな縁から『血脈』を読み始めたのだが、期待を遥かに超える面白さを発見したのは読書人として幸せなことだと思っている。

『血脈』には印象的な人物が多く登場する。著者の二度目の結婚相手である田畑麦彦氏もその一人。田畑氏は、著者が文藝首都という文学の同人誌で知り合った人物だ。『血脈』に登場する田畑氏は誠二という仮名で登場する(文庫版の下巻、348p、349p、399pでは意図的か、うっかりか分からないが「田畑」と「麦彦」の表記が見られるが)。そこでの彼はペダンティックな態度で世間を高みから見下ろし、超越した境地から言説を述べる人物として描かれている。それでいながら生活力のなさと人の良さで会社をつぶし、著者に多大な迷惑をかけた人物としても。著者がその時の体験をもとに小説にし、直木賞を受賞したのが本書だ。

『血脈』は佐藤一族の奔放な血を描き切った大河小説だ。そのため、著者と田畑氏のいざこざの他にも筆を割くべき事は多い。『血脈』では田畑氏との別れや田畑氏の死まで描いている。だが、それらは膨大な大河の中の一部でしかない。そのため著者は、田畑氏との因縁はまだ書き切れていないと思ったのだろう。『血脈』の後、著者は最後の長編と銘打って『晩鐘』を上梓する。『晩鐘』は著者と田畑氏の出来事だけに焦点を当てた小説で、二人は仮名で登場する。そこで著者は「田畑氏とは何だったのか」をつかみ取ろうと苦闘する。その結果、著者がたどりついた結論。それは「田畑氏はわかりようもない」ということだ。『晩鐘』のあとがきにおいて、著者はこう書いている。
「畑中辰彦というこの非現実的な不可解な男は、書いても書いても、いや、書けば書くほどわからない男なのでした。刀折れ矢尽きた思いの中で、漸く「わからなくてもいい」「不可能だ」という思いに到達しました。」(475p)
レビュー(http://www.akvabit.jp/%E6%99%A9%E9%90%98/)。

それほどまでに著者の人生に影響を与えた田畑氏との一件。なので、田畑氏との日々が生々しい時期に書かれた本書は一度読みたいと思っていた。『血脈』や『晩鐘』は田畑氏との結婚生活から30年ほどたって描かれた。『晩鐘』に至っては田畑氏がなくなった後に書かれた。しかし本書が書かれたのは、田畑氏の倒産や夫妻の離婚からほんの1、2年後のことだ。面白いに決まっている。そんな期待を持って読み始めたが思った通りだった。

「戦いすんで日が暮れて」は表題作。倒産の知らせを受け、その現実に対して獅子吼する著者の面目が弾けている。少女向けユーモア小説を書き、座談会に出演し、人を笑わせ、愛娘を笑わせる。その一方ではふがいない夫に吠え、無情な借金取りに激高し、同業の作家に激情もあらわな捨てぜりふをはく。そんな著者の八面六臂の活躍にも関わらず、夫は観念の高みから論をぶつ。著者に「あなたは人間じゃないわね。観念の紙魚だわ。」(55P)という言葉を吐かせるほどの。ところが著者は悪態をつきつつも夫のそうしたところに密かな安堵を覚えるのだ。本編はそうした静と動、俗と超俗、喜怒哀楽がメリハリを持って、しかも読者には傍観者の笑いを与えるように書かれている。

同業作家の川田俊吉とは作家の川上宗薫氏のことらしいし、著者の名はアキ子だし、娘は響子ではなく桃子で登場し、夫の名は麦彦ではなく作三と書かれる。それにしても、関係者の間に生々しい記憶が残る中、よくここまで書けるな、と感心する。文庫版のあとがきによると、本編が発表される半年前に田畑氏の会社は倒産したらしい。『血脈』であれほど赤裸々に書いたのも、本編を読めばなるほどと思える。

「ひとりぼっちの女史」もおなじ時期を描いた一編。女史とはもちろん著者自身がモデルだ。カリカリイライラしている日々の中、孤立感を深めつつ、激情をほとばしらせることに余念のない女史。しかし夫に背負わされた借金の債権者は家に来る。そして夫はいない。そんな女史のお金をめぐる戦いは孤独だ。それなのに、頭を下げて泣かれる債権者を前にすると女史の心はもろい。他に影響があると知りつつ、投げつけるように金を返す。もろいだけかと思えば、あやしげな張型のセールス電話など、女史を怒らせる出来事にも出くわす。電話越しのセールスマンと女史のやりとりは笑えること間違いなし。セールスマンから慰められてふと涙する女史の姿に、著者の正直な気持ちの揺れが描かれていて、笑える中にも心が動く一編だ。

「敗残の春」も同じ時期を題材にしている。著者をモデルとした宮本勝世は男性評論家の肩書で紹介される人物だ。目前の金のためなら仕事を選ばず、会社をつぶした夫の宮本達三から身を守るため、日々憤怒する人だ。お人よしで他人から金を巻き上げられるためにいるような夫。自分はそうではないとわが身を語りつつ、不動明王のような炎を噴き上げ日々奔走する。債権者の対応をしながらやけになって叫ぶ。別の男性から好意を寄せられ戸惑う。そんな45歳の女。複雑な日々と感情の揺れを描いているのが本書だ。

「佐倉夫人の憂鬱」もまた、頼りない夫をもった夫人の憂いの物語だ。著者の体験を再現していないようにも読めるが、著者に言い寄る童貞男子の存在に、まんざらでもない期待を寄せてしまう夫人。だが、全ては幻と消え去る。そんな女としての無常を感じさせる一編だ。

「結婚夜曲」はかなり色合いの異なる一編だ。証券会社に勤める夫を持つ主人公。だが、夫の営業成績は振るわず、家庭でも顔色が冴えない。そんな中、主人公は旧友に再会する。その旧友はかつてのくすんだ印象とは一変して裕福な暮らしに身を置いている。その旧友を夫に紹介したところ、夫は営業をかけ、それが基で信頼される。証券を売りまくり、お互いが成功に浮かれ、夫は輝く。ところが、ある日それがはじけ、全ては無にもどる。旧友から金を返して欲しいとの懇願と夫の情けない姿に、どうにか夫を奮起させようとする主人公。だが、夫は再び死んだように無気力となる。そこに息子の結婚だけは考えたほうがよいなぁとのつぶやきが重なる。その言葉が、著者の心のうちを反映するような一編。

「マメ勝ち信吉」は、著者の無頼の兄貴たちの生態を参考にしたと思える一編。『血脈』でも著者の四人の兄貴がそろいもそろって不良揃いであることが書かれている。詩人として成功したサトーハチローの他は皆、非業の死を遂げる。そんな兄貴たちを間近で見てきた著者の観察が本編に表れている。風采は悪くとも、女を口説くことは得意の信吉。映画のプロデューサーの地位を利用し、新進女優とも浮名を流す。が、ある日彼が心から惹かれる女性が現れる。その女をモノにしようと信吉は奮闘するが、軽くいなされてしまう。その一方で、信吉は華のない女とくっつき、結婚することになってしまう。まじめに生きれば外れくじを引く。無頼に生きれば身をもち崩す。そんな矛盾した著者の人生観が垣間見える一編だ。

「ああ 男!」は脚本家の剛平の付き人でもあり監視役でもある忠治が主人公だ。無頼な剛平にくっついて方々に顔を出すうち、忠治も場数を踏んだ男だと勘違いされる。だが実はウブで童貞。そんな忠治が剛平に忠義を尽くし、慕ってついていく様子が描かれる。そんな無頼な日々は、狙っていた女優にあっけらかんとした裏表を見せられ、意気消沈する。本編もまた、著者の兄貴たちの生態が下敷きになっていることだろう。

「田所女史の悲恋」は著者自身を描いている。男勝りのファッションデザイナーで、周囲からはやり手と思われている独身。45歳でありながら恋には見向きもせず仕事に猛進する強い女性。だが、そんな彼女はある会社の若い男に恋をする。しかし素直になれない。それがゆえ、打った手は全て裏目に出る。勇気をふり絞って生涯唯一の告白を敢行するも、相手に伝わらず空回り。それをドタバタ調に書かず、世間では強き女とみられる女性の内面の弱さとして描く。著者がまさにそうであるかのように。

本書の最後には文庫版あとがきと新装版のあとがきが付されている。後者では93歳になった著者が自分の旧作を振り返っている。そこでは五十年近く前に書かれた旧作など今さら見たくもない、と言うかのような複雑な思いが表れている。二つのあとがきに共通するのは、表題作に対してしっかりした長編に仕上げたかったという事だ。それが生活の都合で中編になってしまった無念とともに。著者のその願いは『血脈』と『晩鐘』によって果たして叶えられたのだろうか。気になる。

‘2018/04/18-2018/04/21


憂鬱でなければ、仕事じゃない


本好きにとって幻冬舎は気になる出版社だ。後発でありながら、右肩下がりの出版業界で唯一気を吐いている印象がある。その幻冬舎を設立し、今も率いる社長の見城氏は気になる人物の一人だ。また、サイバーエージェントといえば、ITバブルの弾ける前から確かな存在感を発揮していた会社。同じ業界の端くれで中途半端な立ち位置に居続けた私にとっては仰ぎ見る存在だった。しかも、本作を読んで気づいたのだが、サイバーエージェントを創立し、今も率いる藤田氏は私と同い年。今の私と藤田氏を比べると実績や名声、財産にはかなりの開きがある。もとより私がそういう類いの物に価値を見いださないのは承知の通り。だが、それをさておいても、私と藤田氏の経験の差は歴然としている。本書を読んだ私が思うことはたくさんある。

その二人によって編まれた本作は、とても刺激的だ。タイトルからしてただならぬ雰囲気を漂わせている。

だが本書を読む前の数日間、関西でリフレッシュした私にとっては、本書でどう厳しいことを言われようとも糧にできる。そんな私の期待に本書は応えてくれた。そして、本書は私の甘えにガツンと来る手応えがある。

本書をカテゴリーにくくるとすればビジネス書の類いだ。だが、ビジネス書として片付けるには本書はもったいない。本書は人生論でもあり、分かりやすい哲学書でもある。いかに生き、いかに死を迎えるか。それが二人の話者によって縦横に語られる。

二人の語りを収めるにあたり、本書には工夫が成されている。その工夫とは、あえて対談形式を捨て、二人のそれぞれがエッセイ形式で書き上げていることだ。本書が世に出るまでに、二人は何度も対談を重ねたのだろう。前書きで藤田氏が語っているように、2010年後半から2011/3/11まで二人で何度も会ったそうだ。何度も話し合ったあった結果、本書のような形に落ち着いたのだろう。それが肯ける。

ただ、対談形式にしただけではライブ感は出ても論点がぼやけやすい。そこで二人の対談の結果をいくつかの論点に分けたのだと思う。論点を分けた上でそれぞれの論点に合わせて二人がエッセイのような文章を書く。それを章ごとのフォーマットとして一貫させる。そのフォーマットとは以下の感じだ。まずは見城氏がラジカルな挑発で読者の感性やプライドをかき回す。それで読者の血圧を少し上げたところで、藤田氏の冷静な筆致がそれを補強する。

各章のタイトルは、見城氏の文章のフレーズが当てられている。そのフレーズはさすが編集者と言うべき。キャッチーなコピーが見城氏の文からは飛び出してくる。本書のタイトルもその一つ。だが他にも、魅力的なタイトルがずらりと並んでいる。

たとえば
・自己顕示と自己嫌悪は「双子の兄弟」
・努力は自分、評価は他人
・スムーズに進んだ仕事は疑え
・パーティには出るな
・「極端」こそわが命
・これほどの努力を、人は運という
・ふもとの太った豚になるな。頂上で凍え死ぬ豹になれ
・良薬になるな。劇薬になれ
・顰蹙は金を出してでも買え
などなど。

私の場合は、「自己顕示と自己嫌悪は「双子の兄弟」」がもっともピンと来た。私自身、おのれの能力の足りなさ加減に時々いらつくことがある。特に記憶力。識りたいことがたくさんあるのに一度では覚えられない記憶力の悪さ。しかもそれが近ごろ低下していることを自覚する。私の中にもある自己顕示は、私の中にある自己嫌悪を備えてようやく両立するのだと。

また、私が一番耳が痛かったのは「 スムーズに進んだ仕事は疑え 」だ。弊社のような原価がすなわち人件費となる業界は、工数が少なく済めばその分、利益率の増加につながる。しかし見城氏の文をよく読むと、「大事なのは、費やした時間ではない。仕事の質である。(49P)」が主旨であることがわかる。つまりこれは困難に立ち向かいつつ、ただ時間を掛ければ評価される風潮へのアンチテーゼなのだ。であるならば見城氏の言葉は、スムーズに進んだ仕事は質に見落としがないか疑い、問題なければ間髪入れずに次の仕事に取り掛かれ、と読み取れる。

あと「パーティには出るな」の下りもそう。ここ半年ほど、交流会やSNSなど広く浅くの付き合いを見直そうとしている私を後押ししてくれる章だった。

「これほどの努力を、人は運という」の章もそう。努力のアピールが全く無駄なことはよく分かっている。経営者の立場では結果でしか評価されないことも。

あと「ふもとの太った豚になるな。頂上で凍え死ぬ豹になれ」の章もそう。独立にあたって私が自分に何度も言い聞かせたのが、「鶏口となるも牛後となるなかれ」の言葉。史記に原典のあるこの言葉を何回私は念じたことか。見城氏がいう凍え死んだ豹とはヘミングウェイの短編に登場する一文のようだ。私もまさに凍え死んだ豹でありたいものだ。

本書には他にも刺激的な言葉が並ぶ。だが、見城氏ほどの実績を残した方の口が語ると説得力がある。そしてこれらの言葉からは、私もまだまだ人付き合いにおいて甘いな、と思える。本書は私が関西への旅から戻って読み始めた。関西の旅では何回も飲み会や面会を持ち、旧交を温めた。この旅は私がSNSに費やす時間を減らし、表面だけでなく深い関係を持ちたい。それも少人数の会合で、という意図で行った旅だった。その旅から帰ってきてすぐ、本書を読み始めた。そして、付き合いの質を変えようとする私の決断が本書によって後押しされたと同時に、まだまだ私の仕事の仕方や商談に臨む場の覚悟に足りない点があったと反省した。

そして、どんな小さなことでも頼まれごとは忘れないという見城氏の言葉にも、私もわが身を省みて汗顔の至りだ。この関西の旅で、私は一つの約束事をした。それは「アクアビット航海記」のブログを印刷し、郵送することだ。戻って一年近くたつが、まだできていない。早くやらねば。

なお、本稿のように本書を紹介することで、本書が根性論や精神論に満ちた一冊と思われるかもしれない。でも本書はモーレツ社員の養成書ではないのだ。きちんと余暇やスポーツの効用も謳っている。見城氏は週六日ジムに通うそうだ。それに刺激を受けた藤田氏もジムに通う日数を増やしたとか。私は本音ではジムで機械的に体を鍛えるより、山や地方を歩き回って体を鍛えたい。だが、仕事だけが人生でないことを本書が語っていることは言い添えておかないと。もちろん、本書に充ちている気づきのヒントは生かさねばならないのだが。

あと、それに対する藤田氏のコメントで、寝ないと能率が落ちるというのがあった。それは同い年代として安心した。結局、寝不足の自慢も結果が伴わなければなんの意味もないのだから。

本書を読んでいると、熱い見城氏のコメントに対する一見、冷静に思える藤田氏のコメントがじわじわ効いてくる。実は私は藤田氏が述べていることのほとんどに頷けた。それはもちろん、見城氏の刺激的な言葉を読み、私の心の風通しが良くなったからなのだが。

もう一つ、書いておかねばならない。それは本書が講談社から出されたことだ。見城氏は自社の幻冬舎で本書を企画してもよかったはず。なのに、ライバル社の企画にも全力で取り組んだ。そしてこうして素晴らしい本を作った。本書の冒頭の章のタイトルは「小さなことにくよくよしろよ」だが、おそらく出版社の垣根などということは、見城氏にとっては小さなことですらなく、本質的なことでもないのだろう。そこに見城氏のスケールを感じる。

本書によって私はお二人にとても興味を抱いた。もし私が今のまま頑張ったとして、遥か先を歩くお二人は遠い。早く追いつけるよう精進したい。

‘2018/03/08-2018/03/09