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ベーシック・インカム入門 無条件給付の基本所得を考える


若い時には理想主義にふけっていた私。利潤の追求は間違っている、とかたくなに信じていた。人々が利潤を独占せず、広く人々に共有できれば、世の名はもっと良くなる。半ば本気でそんなことを考えていた。

経営者になった今、さすがに利潤を無視するわけにはいかない。それは利潤が利潤を呼び、いつまでも成長することが経済のあり方だから、と無邪気に信じているからではない。有限の資源しかない地球でそんなことは不可能だ。利潤を追い求める営みを認めるのは、私の中に飢えへの恐怖があるからでもない。

今、私は経営者として順調に売り上げを上げ続けている。だが、それは私が健康だからできること。何かの理由で仕事ができなくなったとたん、収入は途絶える。そうなったら飢えの恐怖が私の心身をむしばむに違いない。その恐れは常に心のどこかに居座っている。私の心身に異常が生じた時、どこからともなく助けが得られる。などと虫のいいことは考えていない。よしんば助けが得られたとしても、それは最低限の生活を送るための資金がせいぜいだろう。だから私は、利潤を追い求めるだけが人生ではない、という理想は捨てていないが、経済の論理は無視できないと思っている。

そこで、ベーシック・インカムだ。生きていくのに必要な金額が国から支給される。しかも無条件に。助成金や補助金のような複雑な申請はいらない。ただ、もらえる。魅力でしかない制度だ。

だが、経営者になった今、私はこの制度に無条件に賛成できないでいる。それは、私が経営者になった事で、勤しんだ努力だけ見返りがあるやりがいを知ってしまったからだ。勤め人だった頃のように失敗や逆境を周囲のせいにする必要はない。失敗は全て己のせい。逆に努力や頑張りが見返りとして帰ってくる。全ての因果が明確なのだ。見返りがあるということは人を前向きにする。それは人間に備わった本能からの欲求だ。楽になりたいとか、利潤が欲しいという理由ではなく、自分の生き方を自分で管理できる喜び。

だから、私はベーシック・インカムの思想にある「無条件に」という言葉には引っかかりを感じる。「無条件に」という言葉には、努力や責任が一切無視されている。もちろん、弱い立場の方に対してベーシック・インカムが適用されることは否定しない。私がもし、体を壊して仕事ができなくなった時、ベーシック・インカムから無条件に給付を受けられればどれだけ助かるか。それを考えた時、弱い方へのセーフティとしてのベーシック・インカムは必要だと思う。だが、それでは今の福祉制度と変わらなくなってしまう。

私が抱えるベーシック・インカムへの矛盾した思い。その疑問を解決するには勉強しなければ。本書はそうした動機で手に取った。

本書は全6章からなっている。ベーシック・インカムの理念や仕組みだけでなく、古くから検討されてきたベーシック・インカムの歴史が紹介されている。民主主義の勃興に時期を合わせるようにベーシック・インカムは提唱されてきた。その歴史は意外と古い。今までの人類の歴史で、幾人もの哲学者や経済学者、また、マーティン・ルーサー・キングの様な著名な運動家がベーシック・インカムの考えを提唱してきた。ベーシック・インカムはにわかに現れた概念ではないのだ。私は本書を読むまでベーシック・インカムの長い歴史を全く知らなかった。

第1章 働かざる者、食うべからずー福祉国家の理念と現実

この章ではベーシック・インカムの要諦が語られる。著者はその定義をアイルランド政府がベーシック・インカム白書の中で示した定義から引用する。
・個人に対して、どのような状況におかれているかに関わりなく無条件に給付される。
・ベーシック・インカム給付は課税されず、それ以外の所得は全て課税される。
・給付水準は、尊厳をもって生きること、生活上の真の選択を行使することを保障するものであることが望ましい。その水準は貧困線と同じかそれ以上として表すことができるかもしれないし、「適切な」生活保護基準と同等、あるいは平均賃金の何割、といった表現となるかもしれない。

より詳しい特徴として、本書はさらに同白書の内容から引用する。
(1)現物(サービスやクーポン)ではなく金銭で給付される。それゆえ、いつどのように使うかに制約はない。
(2)人生のある時点で一括で給付されるのではなく、毎月ないし毎週といった定期的な支払いの形をとる。
(3)公的に管理される資源のなかから、国家または他の政治的共同体(地方自治体など)によって支払われる。
(4)世帯や世帯主にではなく、個々人に支払われる。
(5)資力調査なしに支払われる。それゆえ一連の行政管理やそれに掛かる費用、現存する労働へのインセンティブを阻害する要因がなくなる。
(6)稼働能力調査なしに支払われる。それゆえ雇用の柔軟性や個人の選択を最大化し、また社会的に有益でありながら低賃金の仕事に人々がつくインセンティブを高める。

この章では他にもベーシック・インカムのメリットが紹介される。その中で、社会保険や公的扶助の現状もおおまかに紹介される。そうした制度が対象とする貧困層に対し、国家はどう認識し、どう対処してきたのか。それは国が行うべき機能の一つと挙げられている。だが、かつて貧困層とは国から完全に見捨てられた層だった。

貧困層とは、雇用されず、生計が成り立たない人々をさす。国としてみれば完全雇用が達成されれば社会保障は不要。だが、現実にはそうはいかない。しかも日本の場合、生活保護対象世帯のうち、実際に保護を受けているのは二割程度だという。これは捕捉率というそうだが、先進国の中でも日本の捕捉率は際立って低いそうだ。

そもそも生活保護とは、貧困者を選別する制度につながる。他にも公的な社会システムはある。そのうち、生活保護制度だけが対象を選別するそうだ。選別という行為は、為政者にとって避けたい。ならば、誰に対しても等しく適用されるベーシック・インカムの制度のほうが政策にも取り入れやすい。そうした観点を著者は説く。

日本ではそのため、完全雇用に近づけるようなワーク・フェアの施策がとられていると著者は指摘する。完全雇用が達成できれば、民間に福祉を完全に委ねられる。そのような発想だろう。だが、諸外国のワーク・フェアと比べ、日本のワーク・フェアには公の補助が欠けているという。

第2章 家事労働に賃金を!ー女たちのベーシック・インカム

本章では、アメリカやイタリア、イギリスで繰り広げられたここ数十年のベーシック・インカムの運動をおさらいする。女性がベーシック・インカムを主張する場合、通常の値上げ運動とは性格が異なる。というのも、通常の値上げ運動は失業時や低所得者の救済を主な目的とする。だが、そうした運動には女性の家事労働に視点が向いていない。そもそも女性が家事労働に従事する場合、それ自体に報酬が支払われることはない。一般的な家庭では、夫たる男性が外で稼ぎ、収入を持ち帰る。妻たる女性は、それを受け取り、家庭のために使う。つまり、夫から受け取る金額の中に、家事労働の報酬も暗黙のうちに含まれている。そのような解釈だ。

だが、報酬を暗黙でなく、家事労働それ自体に報酬を与えよ、というのが彼女たちの主張だ。だが、家事労働の労力など測れるはずもない。なので、女性に対するベーシック・インカムを要求するのが、本章で取り上げる運動の趣旨だ。

アメリカでの運動にはマーティン・ルーサー・キング牧師が関わっていた。そこには公民権運動の一環としての性格もあったのだろう。当時、黒人の女性は弱い立場にあった。それを救済するための手段の一つとして検討されたのがベーシック・インカムだった。イタリアではその運動がもう少し趣を変え、家事労働自体が他の賃金労働と等しく労働だ、という主張がなされた。ただ、ここで誤解してはならないのが、主婦業への賃金を求める運動ではなかったということだ。

イギリスでは要求者組合という形をとり、弱者への福祉も含めた運動に広がってゆく。その中で、受給資格をめぐる議論もより深まっていったという。例えばベーシック・インカムを受ける資格がある女性は、一人暮らしなのか、男性と同居しているか、結婚しているか、など。要は生計を男性に援助してもらっているかどうかによって、ベーシック・インカムの受給資格は変動する。

第3章 生きていることは労働だー現代思想のなかのベーシック・インカム

本章では、アメリカやイギリスでは女性によるベーシック・インカムの運動が衰退したが、イタリアでは発展して長く続いた理由を考察する。そこには賃労働の拒否、そして家事労働の拒否、という二重の拒否があった。ベーシック・インカムはその主張の解決策でもあった。それは、労働の価値化をどう捉えるか、という次の考察につながってゆく。労働とは通常、何か基となるものから付加価値を生み出す営みを指す。生み出された付加価値のうち、労賃が労働者に支払われるというのが古典的な経済の考えだ。そして、今までは家事労働には付加価値が発生しないと考えられていた。発生したとしてもそれは家庭内で消費されてしまうと。もし家事労働に付加価値が発生するとすれば、それは夫である労働者が外で付加価値を生み出すための労働であり、子供という次代の労働力を社会に生み出すための労働であり、それ自体に価値を見いだす考えがなかった。

本章では、行きていること自体が労働という観念が紹介される。生きているだけで労働と認められるなら、その労働には賃金が支払わねばならない。それこそがベーシック・インカムという論法だ。その考えは斬新にも思えるし、突飛にも思える。もちろん、その考えが認められれば、ベーシック・インカムの論理はこれ以上なく確かなものだろう。なにしろ、仕事内容や性別、資産に応じた額の増減を考えずに済むからだ。

日本でも青い芝の会という障害者の権利向上を求める集まりがあるそうだ。青い芝の会では、障害者は生きている、すなわち労働だとの考えに基づいているという。著者はそれもベーシック・インカムに近いと考えているようだ。

後に触れるように原資をどうするか、という問題を脇に置くとすれば、私もこうした考えをベーシック・インカムの一つとみなすことに賛成したい。

間奏 「全ての人に本当の自由を」ー哲学者たちのベーシック・インカム

ここでは哲学者たちがベーシック・インカムをどう考えてきたかについて触れられる。ベーシック・インカムは社会主義や無政府主義に比べ、人類にとって適正な制度であるというバートランド・ラッセルの説や、真の自由を人類が得るためには、必要だとするフィリップ・ヴァン=パレイスの考えが紹介される。苦痛からの逃れる意味での自由ではなく、より真の意味での自由。ベーシック・インカムが給付された場合、生存のために働く必要はなくなる。だが、それでも働きたい人が働く自由も保証されるべき。そうした選択の幅が拡充されるのがベーシック・インカムの根本思想だという。

第4章 土地や過去の遺産は誰のものか?ー歴史のなかのベーシック・インカム

ベーシック・インカムの考え方は、社会制度が封建主義から次の民主主義に移ってしばらくしてから生まれた。それは同時に経済制度が資本主義に変わったとみなしても良い。要するに近代の社会制度が生まれ、ベーシック・インカムの考え方も芽生えた。本書はそれらの紹介を順に進めてゆく。現代の資本主義国家では、土地の私有が認められている。だが、資本主義が勃興した当初、土地は共有という考えがまだ支配的だった。つまり誰にでも土地の権利があり、その土地から収入を得られる権利があったということだ。その考えを敷延すると、まさにベーシック・インカムの考え方そのものとなる。無条件で収入を得る権利というベーシック・インカムの考え方が、土地の扱いという観点で資本主義の発生時からあったことを著者は指摘する。

その考えは、経済学の中でも代々受け継がれてきたという。弱者を救済するための社会制度という性格は同じだが、保険や保護を社会が担うのではなく、無条件に給付するベーシック・インカムのほうが、制度として有効だとの考えも一定数で唱えられていたそうだ。それは、社会主義が見事に失敗した今でも変わらない。

著者はここで、経済制度の分析にまで踏み込んでいない。だが、現行の資本主義の制度の中でも、土地が共有である考えは受け継がれていて、ベーシック・インカムの根拠となる考えは有効であるとの立場のようだ。それはもちろん、人は生きているだけで労働だからベーシック・インカムの権利がある、という考えにも照応する。

第5章 人は働かなくなるか?ー経済学のなかのベーシック・インカム

ここが今の私には関心の高い点だ。

今の社会福祉は、労働を前提としている。だが、社会からは明らかに人間が必要な労働量が減ってきている。それは、技術革新の恩恵にあずかるところが大きい。つまり、労働がないのに報酬を払わねばならない未来が近づいている。もしそうなったら、労働を基に付加価値をつける営利組織はたちまち立ちいかなくなる。だからこそ国や団体による報酬の支給が必要というわけだ。こうした課題を経済学者は今までさんざん議論してきた。

本書に紹介されるのは、どちらかというとベーシック・インカムに賛成の立場の論考だ。だから反対の意見はあまり登場しない。それを差し置いても、今の社会制度で福祉を継続するためには、保険や保護に頼るのは困難になりつつある。そのような意見が優勢になりつつあると著者は指摘する。

ただ、本書の全体を通し、説得力のあるベーシック・インカムの財源が登場しない。これは考えものだ。たぶん現実問題として、財源の不足こそがベーシック・インカムが普及しない最大の理由だと思うからだ。私としては、ベーシック・インカムの普及には技術の力が欠かせないと思っている。資本からではなく、技術の力で全く違う資源からベーシック・インカムとして支給する何かを生み出す。それが実現するまで、私はベーシック・インカムの実現は難しいと思う。

もう一つ、日本においてそれほどベーシック・インカムの議論が熱中しないのは、わが国には自治体による道路、水道、ガス、電気といったインフラが整備されているからだ。現時点で民営化されているとはいえ、こうしたインフラはもともと国家による国民へのサービスだった。だから現状で十分なサービスを享受できているわが国民にさらにベーシック・インカムの恩恵を施す必要はあるのか、という疑問が生じる。

インフラも整っておらず、実際に生活を送るには収入が欠かせない国の場合、ベーシック・インカムの必要性はある。ただ、生活必需品をそれほど労せずに享受できるわが国では、ベーシック・インカムの普及についての議論が深まらない。もちろん、より多様性のあるサービスを受けられる選択の幅があっても良いと思う。だからこそサービスではなく財で等しく受給できるベーシック・インカムは、国民がサービスを自由に選ぶために必要なのかもしれない。原資の安定供給を技術の進化に頼らねばならない現状は変わらないにせよ。

今、年金制度の崩壊が叫ばれている。年金は、その支給の資金を原資をもとに投資した利子でまかない、支給額を安定確保するために努力していると聞く。つまり、既存の旧来の拡大成長を前提とした経済論理に年金制度は完全に組み込まれている。有限の地球に無限の拡大成長は考えにくいとすれば、それをベースに考えられた福祉にどれほどの期待が持てるのだろう。

もちろん、福祉サービスとベーシック・インカムは別ということは理解している。ただ、本章でも提示されているように、何らかの社会的な貢献活動の代償は制度として設けられているべきだと思う。つまり、働いてこそ代償は受け取れる、という考えだ。

第6章 〈南〉・〈緑〉・プレカリティーベーシック・インカム運動の現在

だからこそ、本章で取り上げられる現在のベーシック・インカムを分析する視野が必要だと思う。章のタイトルにある<南>とは既存の資本主義の熟練国ではなく、新興の国々を指す。要はいまだ発展途上にある国々の事だ。<緑>というのは緑の党のような、持続が可能な社会を目指す人々を言う。

ここで著者はエーリッヒ・フロムを登場させる。フロムもまたベーシック・インカムの提唱者だったそうだ。彼は著書『自由からの逃走』で著名だ。その中で彼が唱えたのは自由を持て余した人々がナチスを生んだという理論だ。だが、それとは別に、ベーシック・インカムこそが人々をより自由にするとの考えも持っていたらしい。そして、彼は財ではなく生活必需品の提供でならばベーシック・インカムが成り立つのではないか、と考えていたそうだ。上にも書いたとおり、私はすでに物資が充実している日本では、生活必需品の提供というベーシック・インカムは成り立たないと思う。著者も同じ考えをもっているようだ。

プレカリティという言葉の意味は本章には出てこない。調べたところ、不安定とか予測できないという意味のようだ。第二章で登場した各国のベーシック・インカム運動のその後が本章では紹介される。どうすれば人々がひとしく恩恵を受けられるのか。それはかつての私がまさに目指そうとした社会でもある。そのような社会の実現が経営者としての立場では難しいことも理解している。まさに今の経済制度では現実は不安定で将来は予測できない。だが、これからも理想の実現に向けた努力は注視していきたいと思っている。

本書は各章ごとにまとめが設けられたり、巻末でもあらためてベーシック・インカムのQ&Aの場が設けられたり、各章のあとにはコラムが設けられたり、なるべく読者への理解を進めるような工夫がちりばめられている。何が人類にとって最適な福祉なのか、本書は一つの参考資料となるはずだ。私も自分の理想がどこにあるのか、さらなる勉強を重ねたいと思う。

‘2018/10/17-2018/10/23


ドクトル・ジバゴ


「国が生まれ変わるというなら、新たな生き方を見つけるまでだ!」

本作は、私にとって初めて観るロシアを舞台とした作品だ。ロシア文学といえば、人類の文学史で高峰の一つとして挙げられる。ロシア文学から生み出された諸作品の高みは、今もなお名声を保ち続けている。トルストイやドストエフスキー、チェーホフやゴーゴリなど巨匠の名前も幾人も数えられる。私も若い頃、それらの作家の有名どころの作品はほぼ読んだ。ところが、ロシア文学の名作として挙げられる作品のほとんどはロシア革命の前に生み出されている。ロシア革命やその後のソ連の統治を扱った作品となると邦訳される作品はぐっと減ってしまう。少なくとも文庫に収められている作品となると。私が読んだことのあるロシア革命後のロシアを扱った作品もぐっと減る。せいぜい、ソルジェニーツィンの『イワン・デニソーヴィチの一日』と本作の原作である『ドクトル・ジバゴ』ぐらいだ。

本作の原作を読んだとはいえ、それは十数年前のこと。正直なところ、あまり内容を覚えていない。だが、本作を観たことで、私の中では原作の価値をようやく見直すことができた。その価値は、社会主義という制度の中だからこそ浮き彫りになるということ。そして私があらためて感じたこととは、社会主義とは人類を救いうる制度ではない、ということだ。

『ドクトル・ジバゴ』がノーベル文学賞を受賞した際、ソ連共産党は作者ソルジェニーツィンに授賞式に出ないよう圧力をかけたという。なぜなら、 『ドクトル・ジバゴ』 は社会主義を否定する作品だから。

知られているとおり、社会主義とは建前では階級の上下を否定する。そして平等を旨とする。そんな思想だ。社会主義の目標は平等を達成することにおかれるはず。だが、その目的は組織の統制を維持することに汲々となりやすい。つまり、理想が目的であるはずが、手段が目的になるのだ。それが社会主義の致命的な弱点だ。また、その過程では、組織の意思は個人の意思に優先される。個人の生きざま、希望、愛、はないがしろにされ、組織への忠誠が個人を圧殺する。

そこにドラマが産まれる。なぜ 『ドクトル・ジバゴ』 が名作とされているのか。それは、組織に押しつぶされようとする個人の意思と尊厳を描いたからだろう。その題材にロシア革命が選ばれたのも、人類初の社会主義革命だったからにほかならない。組織が個人をどこまでも統制する。ロシア革命とは壮大かつ未曽有の社会実験だったのだ。実験でありながら、建前に労働者や農奴の解放が置かれていたため、人々はその理想に狂奔したのだ。彼らの掲げた理想にとって敵とはロシア帝国の支配者階級。本作の主人公ユーリ・ジバゴも属していた貴族階級は、ロシア革命が打倒すべき対象である。

ところが、ジバゴは貴族の生まれでありながら、個人の意思を持った人間だ。幼い頃に両親と死に別れ、叔父の養子となった。その生まれの苦労ゆえか貴族の立場に安住しない。そして自分の信念に基づいた生き方を追求する。そんなジバゴに襲い来る革命の嵐。その嵐は彼の運命を大きく揺さぶる。そして、革命の前に出会ったラーラとジバゴは不思議な縁で何度も巡り合う。ジバゴの発表のパーティーの場で。そして、第一次大戦の戦場の野戦病院で。

ラーラもまた、運命に翻弄された女性。そして革命によっても翻弄される。労働者階級だった彼女は、特権階級の弁護士コマロフスキーから辱めをうける。そして、それがもとで恋人のパーシャを失ってしまう。パーシャは、革命を目指すナロードニキ。高潔な理想家の彼にとって、ラーラの裏切りはたとえ彼女自身に責任がなくても耐えがたいものだった。彼は軍に身を投じ、ラーラの元を去ってしまう。

やがて第一次大戦はロシア革命の勃発もあって終戦へと至る。ここまでが第一幕だ。ここまでですでに見応えは十分。

本作の見応え。それは演出の妙にあること、役者の演技にあることはいうまでもない。ただ、本作の舞台装置はシンプルにまとめられていた。これが宝塚大劇場だと奈落から競りあがる仕掛けや、銀橋のような変形された舞台装置が使える。ところが本作は赤坂ACTシアターで演じられる。舞台の制限なのかどうかはわからないが、本作ではいたってシンプルでオーソドックスな舞台装置を使っていた。演出といっても音響や照明を除けばそれほど凝った作りになっていない。舞台の吊り書き割りを入れ替えたり、薄幕で舞台を左右に分割し、それぞれの時間と空間に隔たりがあることを観客に伝えるような演出が施される程度。その分、本作は俳優陣の演技に多くを頼っているということだ。

ラーラはコマロフスキーに強引に接吻され、その後犯される。また、ある場面ではジバゴとベッドで朝を迎える。本作におけるラーラとは悲劇のヒロインではあるが、情欲の強い女性としても描かれている。そしてそれはジバゴも同じ。つまり本作は男女の情欲が濃く描かれている。艶やかなシーンの割合が本作には多いように思えた。そんな男女の艶やかさを女性ばかりの宝塚歌劇が果たして演じきれるのか。そんな私の先入観を本作の俳優陣は見事に覆してくれた。とくに、主演の轟悠さんはさすがというべきか。

ジバゴは原作の設定では20-30代の男性だと思われる。一方、ジバゴにふんする轟さんの年齢は、失礼かもしれないがジバゴよりもさらに年齢を重ねている。ところが風邪を引いたのか、本作の轟さんの声は少々ハスキーに聞こえた。しかしその声がかえって主人公の若さを際立たせていたように思う。女性である轟さんが長年にわたる訓練から発する男性の声。そこにハスキーな風味が加わっていたため、本作で聞えたジバゴの声は年齢を感じさせない若々しさをみなぎらせていた。鍛え抜かれた男役の声。そこには女性らしさがほとんど感じられない。それでいてもともとの声の高さがあるため、若さを失っていないのだ。それはまさに芸の到達点。理事の矜持をまじまじと見せつけられた思いだ。お見事。他の宝塚の舞台を見ていると、男役から発せられる声に女性の響きが混じっていることに気づいてしまうだけに、轟さんの声の鍛え方に感銘を受けた。

また、コマロフスキーを演ずる天寿光希さんも素晴らしい。彼女が発する声。これまた地の底をはうように抑えられていた。その抑えつけたような声が、コマロフスキーの狡猾さや一筋縄では行かないしたたかさを見事に表現していた。コマロフスキーは革命前は鬼畜のような男として登場するが、革命後、本作の第二幕ではラーラとジバゴを救い出そうともする。単なる悪役にとどまらぬ二面性を持つ男。そんなコマロフスキーを豊かに演じていた天寿さんの所作もまた見事だった。さすがに時折押し殺した声音から女性の声らしさが垣間見えてしまっていたけれど。それでも、この二人の男役からは女性が演じている印象がほとんど感じられなかった。それゆえに彼らの、男としてラーラに寄せる情欲の生々しさがにじみ出ていた。それでこそ、人間の本能と組織の規律の対立がテーマとなる本作にふさわしい。

ジバゴには貴族でありながら理想に燃える若々しさが求められる。同時に、革命の中で個人の尊厳を捨てまいとする強靭さも欠かせない。それらを見事に演じていた轟さんの演技こそが本作の肝だといえる。本稿冒頭に掲げたセリフは、第一幕から二幕のつなぎとなるセリフだ。このセリフには国がどうあろうとも、個人として人生を全うせん、という意思が表れている。

それはもちろん、宝塚という劇団の中で、個人として演技を極めようとする轟さんの意思の表れでもある。実に見ごたえのある舞台だったと思う。二幕物が好きな私にとってはなおさら。

第二幕は、すでに革命政府が樹立されたロシアが舞台だ。そこでは個人の意思はさらに圧殺される。その象徴こそが、モスクワから都落ちしウラルへ向かうジバゴ一家の乗る列車だ。第二幕は列車を輪切りにしたセットから始まる。過ぎ行く街々がプロジェクションマッピングで背景に映し出される。車内に閉じ込められているのに、回りの景色は次々と移り変わってゆく。それはまさに車両という組織に閉じ込められた個人の生の象徴だろう。

第二幕ではパーシャあらため赤軍の冷酷な将軍ストレリニコフがジバゴの対称として配される。彼はラーラに裏切られた思いが高じて人間の愛や意思すらも信じられなくなった人物だ。もはやナロードニキではなく、革命の思想に狂信する人物にまで堕ちてしまう。歯向かうものは家族や肉親のことを省みず殺戮する。まさに革命の負の側面を一身に体現したような人物だ。ストレリニコフは革命がなった後、用済みとして革命政府から更迭され、挙句の果てには銃殺される。その哀れな死にざまは、革命の冷酷な側面をそのままに表している。そして、個人の信念に殉じたいとするジバゴにも、同様の事態は迫る。妻子はパリに亡命するのに、たまたま往診先でラーラを見かけたジバゴは、そこにとどまってしまうのだ。さらにはパルチザンの医療要員として徴兵され、シベリアにまで連れていかれる。

彼は、命からがらラーラの下へ戻るが、ストレリニコフの妻であるラーラもまた、革命政府から目を付けられ、逮捕される日が近い。コマロフスキーはそんな二人を助けようとするのだが、ジバゴはラーラを落ち延びさせるために自らは犠牲となる道を選ぶ。そうして、彼もまた野垂れ死んでゆくのだ。組織の論理に殉じたストレリニコフも、個人の信念に殉じたジバゴも、ともに死んでゆく。そこに進みゆく時代に巻き込まれた人のはかなさが表現されている。

組織も個人もしょせんは時代のそれぞれで一瞬だけ咲き乱れ、散ってゆく存在にすぎない。その間に時代は前へと進み、人々が生きた歴史は忘れ去られてゆく。それはおそらく舞台の演者たちも観客も同じ。それでも人は舞台という刹那の芸術をつかの間堪能するのだろう。それでいい。それこそが人生というものの本質なのだから。

‘2018/02/22 赤坂ACTシアター 開演 15:00~

http://kageki.hankyu.co.jp/revue/2018/doctorzhivago/index.html


チェ・ゲバラ伝 増補版


彼ほどに、その肖像が世界に知られている人物はいるだろうか。本書で取り上げられているチェ・ゲバラである。彼の肖像はアイコンとなって世界中に流布されている。そして、遠く離れた日本の私の机の脇でも眼光鋭くにらみを利かせている。その油彩の肖像画は、数年前にキューバ旅行のお土産として頂いたものだ。

だが、チェ・ゲバラが日本に来たのは、肖像画としてだけではない。私の部屋で飾られる遥か前にチェ・ゲバラは来日していた。私は恥ずかしながらそのことを本書で知ることとなった。いや、正確にいえば微かには知っていた。しかし、後の首相である池田通産相と正式なキューバの使節として会談したことや、広島の原爆慰霊碑へ献花を行ったことなどは本書で知ったことだ。

机の脇に肖像画を飾っていながら、チェ・ゲバラとは私にとって歴史上の人物でしかなかった。しかし、本書を通じ、初めてチェ・ゲバラが残した足跡の鮮やかさを知ることができた。そしてなぜ彼の肖像がこの地上の至る所でアイコン化されるに至ったのかが理解できたように思う。私にとってチェ・ゲバラの認識がアイコン化された伝説の人物から、血の通った人間へと改まったのは、本書による。

本書が素晴らしいのは、相当早い時期に書かれ始めたということだ。チェ・ゲバラがボリビアのジャングルで刀折れ矢尽きて土と化したのは1967年の10月のこと。本書の母体となる「チェ・ゲバラ日本を行く」が雑誌に発表されたのは、1969年のことという。世界はおろか、キューバでさえも、チェ・ゲバラが死んだ事実をうまく消化できていない時期。そのような早い時期から、著者は精力的に生前のチェを知る関係者に取材している。つまり本書が軽々しくブームを後追いしたものではない、ということだ。

著者の足跡は、チェの生国アルゼンチン、生まれながらのキューバ市民の称号を得たキューバ、キューバに続いての革命の夢潰えたボリビアにまで至る。取材対象も、チェ・ゲバラの両親や、奥さん、幼少期の友人、戦友など多岐にわたっている。また、著者は本書を書くにあたり、取材だけでなく他にもチェの書いた日記や自伝、演説のたぐいまで読み込んだと思われる。

その労あってか、本書の内容は実に濃厚。チェ・ゲバラという稀有な人物の幼少期から死ぬまでの生涯が描かれている。ただ、本書で描かれたチェに批判的な記述がほとんど見当たらないことは言っておかねばならない。その筆致はチェ礼賛の域に近付いていると言っても過言ではない。おそらく著者は、チェ・ゲバラの取材を進める中でチェの思想や人格に心底心酔したのではないだろうか。しかし、本書で著者が描き出すチェに虚飾の影や空々しい賛辞は感じられない。左翼の文献に出てきがちな「細胞」とか「オルグ」とか「ブルジョア」といった上っ面の記号的な語句も登場しない。ただ、「革命」や「帝国主義」という語句は散見される。それらから分かるのは、チェの生涯がマルクス主義の理念よりも愚直な実践を軸に彩られていたことだろう。チェが単なる頭でっかちのマルクス理論家であれば、歴史的にマルクス経済学が否定された今、世界中でアイコン化されているはずがないからだ。地に足の付いた実践家だったからこそ、彼は伝説化されたのだ。

そもそも、著者がいかにチェを礼賛しようにも、史実がそれを許さない。というのもチェの後半生は、挫折また挫折の日々であったからだ。

そもそもキューバ革命自体が、アメリカ資本による搾取からの解放を旗印にしていた。当然、革命の結果としてアメリカとの外交関係は当然悪化する。となるとキューバの外交関係の活路をアメリカと対立関係にある国に求めなければならない。

本書を読む限り、カストロ・ゲバラの二人は元々マルクス主義者ではなかったのではないか。彼らの目的は、時のキューバを牛耳っていたアメリカ資本の走狗であるバチスタ政権打倒でしかなかったように思える。しかし、幸か不幸か革命が成ってしまったがために、革命家は統治者へと変わることを余儀なくされる。そこにチェの悲劇の一つ目はあった。チェはその統治責任を引き受け、誠心誠意粉骨砕身働く。しかし、アメリカと対立した以上、アメリカの息が掛かった国には行きづらい。つまりアメリカに対立する国、即ち社会主義国に近付かざるを得なくなった。反階級主義を理想に掲げたにも関わらず、階級闘争を運動のエネルギーとするマルクス主義の仮面を被らなければならない。そこにチェの悲劇の二つ目はあったのではないか。しかも、労働の過程ではなく結果の平等を問うマルクス経済学は、ラテンアメリカの人々の気質に合わなかった。そう思う。本書には、チェの並外れた克己心や自制心が何度か紹介される。チェが自らに課した努力は、当時のラテンアメリカの人々には到底真似の出来ないものだった。それがチェの悲劇の三つ目だったと思う。キューバの頭脳と称されるまでになった数年にわたるチェの努力も空しく、チェは手紙を残してキューバを、そしてカストロの元を去る。三つの悲劇はとうとう克服できないままに。

その手紙の全文は、もちろん本書でも紹介されている。カストロに宛てた感動的な内容だ。しかし、その内容が感動的であればあるほど、その行間に強靭な自制力によって隠されたチェの失望を見るのは私だけだろうか。本書で著者は、チェがキューバを去った理由を不明としながらも答えは手紙の中にあるのではないか、と書く。革命を求め続け、キューバ革命の元勲としての地位に甘んじないチェの高潔さこそが理由である、と。しかし、チェがキューバを去ったのはやはり挫折であったというしかないだろう。キューバ使節として世界中を飛び回るも、その訪問先のほとんどは社会主義国である。むしろ日本だけが例外といえる。カストロが親日家という背景もあったようだが、チェもわざわざ広島に訪れて原爆慰霊碑に献花し、平和資料館では日本人に向けアメリカへの怒りを抱かないのか、という痛烈な言葉を残したという。その言葉の底にはアメリカ一辺倒の世界への怒りが滲む。

キューバを去ったチェは、コンゴで革命を成就すべく奔走する。しかし、よそ者のキューバ人たちにコンゴでの活躍の場はなかった。そもそも、キューバでも成功することがなかった革命後の統治をどうするかという課題。革命は成り、帝国主義を追い払った。では、何をして民を養うか。この答えには、結局チェをもってしてもたどり着けなかったと思われる。

マルクス経済が歴史上衰退したのは、人間の克己心や欲望に対する自制心を過大に見積ったからだと思う。それが、統制経済の下の停滞を産み出し、人々からマルクス主義を捨てさせるに至った。それはまた、人一倍自己を律することが出来たチェが、同じくキューバ、コンゴ、ボリビアの人々に自らと同じレベルを求めた過ちとおなじであった。

だが、皮肉なことに人一倍自己を律することが出来たチェは、そのストイックさと純真さ故にアイコン化された。

一体いつチェの抱いた理想は実現されるのか。おそらくは世の中に彼の求めた理想が実現されない間はチェ・ゲバラのアイコンはアイコンであり続けるのだろう。そして、それとともに本書もロングセラーとしてあり続けるに違いない。

‘2015/11/09-2015/11/18


考えるヒント3


時代の転換点。むやみに使う言葉ではない。しかし、今の日本を取り巻く状況をみていると、そのような言葉を使いたくなる気持ちもわかる。中でもよく目にするのが、今の日本と昭和前期の日本を比較する論調である。戦争へと突き進んでいった昭和前期の世相、それが今の世相に似ていると。

もちろん、そういった言説を鵜呑みにする必要はない。今と比べ物にならぬほど言論統制がしかれ、窮屈な時代。情報が溢れる今を生きる我々は、かの時代に対し、そのような印象を持っている。情報量の増大は、政府が情報統制に躍起になったところで止めようがない流れであり、昭和前期の水準に戻ることはありえない。

そのような今の視点から見ると、情報が乏しい時代に活躍した言論人にとっては、受難の年月だっただろうと想像するしかない。破滅へ向かう国を止められなかった言論人による自責や悔恨の言葉が、戦後になって文章として多数発表されている。自分の思想と異なる論を述べざるを得なかった、自分の思いを発表する場がなかった、自分の論を捻じ曲げられた、等々。その想いが余り、反動となって戦前の大日本帝国の事績を全て否定するような論調が産まれた、とも推測できる。

著者はその時代第一級の言論人であり、戦前戦中は雌伏の年月を強いられたと思われる。本書の随所をみても、著者の屈託の想いが見え隠れしている。だが、窮屈な時代に在って、その制約の中で様々な工夫を凝らし、思想の突破点を見出そうと努力したからこそ、著者の思想が戦後に花開いたともいえよう。

本書は随筆集であり、講演録を集めたものである。収録されたのは、昭和15年から昭和49年までに発表された文章。戦時翼賛体制真っただ中に発表されたものから、高度成長期爛熟の平和な日本の下で発表されたものまで、その範囲は幅広い。本書の章題を見ると、○○と○○といったものがやたら目につく。挙げてみると「信ずることと知ること」「生と死」「喋ることと書くこと」「政治と文学」「歴史と文学」「文学と自分」。全12章のうち、半分にこのような章題が付いている。

上に挙げた○○と○○からは、ヘーゲルで知られる弁証法でいう命題と反対命題が連想できる。そして弁証法では、その二つの命題を止揚した統合命題を導くことが主眼である。つまり、統合命題を導くための著者の苦闘の跡が見えるのが本書である。暗い世相と自らの思想を対峙させ、思想を産み出す営み自体も弁証法といえるだろう。本書には人生を賭けた著者の思想の成果が凝縮されている。

本書の題名は考えるヒント3となっている。その前の1と2は比較的分かりやすい主題に沿って論が進められたように記憶している。しかし、本書は一転して難解さを増した内容となっている。統合した思想を産み出そうとする著者の苦闘。これが本書の大部分を占めているからである。著者の苦闘に沿って読み進めるのは、読み手にとってもかなり苦しい体験であった。

本書の中でも「ドストエフスキイ七十五年祭に於ける講演」は特に難しい。ボルシェビキ出現以前のロシアの状況から論を進め、フルシチョフによるスターリン批判までのロシア史の中で、ドストエフスキイを始めとしたロシアの知識階級の闘争がいかになされたかを概観する内容である。しかし教科書レベルの知識しか持たない私のような者にとり、読み通すのは相当の苦行であった。日本国内では一時期、ロシア社会主義への理解が知識人の間で必須となった感がある。しかし中学の頃、ソ連邦解体をニュースで知った私にとり、ロシア社会主義とはすでに滅び去ったイデオロギーである。左翼系の本も若干読みかじったこともあるが、突っ込んだ理解には到底至れていない。加えてロシア文学は登場人物の名が覚えにくいことは知られている。本講演に登場する人物の名前も初めて聞く名が多く、それに気を取られて講演の概略とそこで著者が訴える主題が理解できたかどうかも覚束ない。

今と比べて情報量が乏しく、自ら求めなくては情報を手に入れられなかったこの頃。知識を深め、それを学ぶ苦しみと喜びは深かったに違いない。翻って、今の情報化社会に生きる私が、その苦しみと喜びの境地に達しえたか、著者の識見、知恵に少しでも及び得たか。答えは問うまでもなく明らかである。努力も覚悟もまだまだ足りない。本書を読み、そんなことを思わされた。

’14/08/16-‘14/08/28