Articles tagged with: 人生

ボヘミアン・ラプソディ


涙こそこぼさなかったけど、泣いてしまった。ここまで再現してくるとは。映像と音楽でクイーンとフレディ・マーキュリーが私の中で蘇った今、彼らの曲の歌詞が私の中で真の意味を持って膨らんでいる。ライブ・エイドに遅れて育った私自身の後悔とともに。

ロック少年としては、私はかなり遅咲きの部類だ。中学三年生の時。1989年の春頃だったと思う。友人に貸してもらった映画のサントラ(オーバー・ザ・トップ、ロッキーⅣ、トップ・ガン)から入った私は、一気に洋楽にはまった。高校の入学祝いにケンウッドのミニコンポを買ってもらってからは、バイト代や小遣いのほとんどをCDに費やしていた。それでもなお、私は時代に遅れたロック少年だと思っている。なぜなら私はライブ・エイドをリアルタイムで経験していない。私が音楽にはまった時、FM雑誌に新譜として特集されていたのはクイーンの「The Miracle」。クイーンの歴史の中では晩年に発売されたアルバムだ。フレディ・マーキュリーが存命の間でいうと最後から二つ目にあたる。だから私は、リアルタイムでクイーンを聞いていた、とはとても言えない。

しかし、私が今までの人生で訃報を聞いて一番衝撃を受けたのはフレディ・マーキュリーのそれだ。エイズ感染というニュースにも驚いたが、翌日、畳み掛ける様に死のニュースが届いた時は言葉を失った。洋楽にどっぷりはまり、当時すでに「A Night At The Opera」がお気に入りだった高校二年生にフレディ・マーキュリーの死は十分な衝撃を与えた。さらに数年後、フレディ・マーキュリーの遺作として出された「Made In Heaven」は、ラストの隠しトラックにトリハダが出るほどの衝撃を受けた。「Made In Heaven」を始めて聴いた時の衝撃を超えるアルバムには、昔も今もまだ出会っていない。それ以来、クイーンは私のお気に入りグループの一つであり続けている。

本作が公開されることを知った時、私は半年以上前から絶対見に行くと決めていた。クイーンというバンドの成り立ちから栄光の日々が描かれる本作。だが、より深みを持って描かれるのが、フレディ・マーキュリーの出自や性的嗜好だ。パールシーの両親のもとに生まれ、インドで教育を受けてイギリスに移り住んだ出自。バイ・セクシャルとしての複雑な性欲の発散の日々。それらは、クイーンの大成功の裏側に、複雑で重層的な深みを与えていたはずだ。その点はロック・バンドの成功という表面だけではなく、もっと深く取り上げられるべきだと思う。クイーンはそうした意味でもいまだに特異なグループであり続けている。本作はまさにクイーンの特異さを描いている。本作は、私の様なアルバムとWikipediaと書籍でしかクイーンをしらない者に、より多面的なクイーンの魅力と闇を伴い、心にせまり来る。

正直、私は本作を見るまで、フレディ・マーキュリーが自身の歯の多さを気にし、常に口元を隠す様な癖を持っていたことや、デビューの頃の彼女だったメアリー・オースティンが本作に描かれる様に公私でフレディ・マーキュリーを支えたほどの存在だったことも知らなかった。また、本作でフレディ・マーキュリーを操ろうとする悪役として描かれるポール・プレンターの存在も知らずにいた。こうした情報は私の様な遅れて来たファンにとって貴重だ。

本作はブライアン・メイとロジャー・テイラーが音楽を監修しているという。だから本作に描かれた内容もおおかた事実に即しているはずだ。内容にも明らかな偏りは感じられなかった。ブライアン・メイとロジャー・テイラーがお互いの歌詞をけなし合ってケンカするシーンなども描かれていたし。ジョン・ディーコンが「Another One Bites The Dust」のベースラインを弾いて三人のケンカを仲裁するシーンとかも描かれていた。フレディ・マーキュリーを表に出しつつも、四人の個性の違いがきちんと書き分けられていたのではないか。もっとも、本作はオープニングとエンディングをライブ・エイドで締める構成にするため、事実とは違う時間軸で描いたシーンが多々あるようだ。フレディ・マーキュリーがエイズ感染をメンバーに伝えたのはライブ・エイドの前だったかのように本作では描かれているが、ライブ・エイドの後だったらしい。フレディ・マーキュリーがポール・プレンターに絶縁を言い渡す時期もライブ・エイドの後だったとか。

ただ、本作は映画であり、そうした脚色は当然あっても仕方ないことだと思う。脚色がありながらも、芯の部分を変えずにいてくれたことが本作をリアルにしていたと思う。何よりも、俳優陣の容姿が実物の四人にそっくりだったこと。それが一番、本作に説得力を与えていたと思う。フレディ・マーキュリーを演じたラミ・マレックは、以前友人から勧められて観ていた「Mr.Robot」の主人公としておなじみだった。また、娘たちが好きな「ナイト・ミュージアム」にも登場していた。確かに顔はフレディ・マーキュリーに似ているとは思ったが、本物より目が少し大きいな、とか。でも演技があまりにも迫真なので、次第に本物とそっくりに思えてくるから不思議だ。また、私の感想だが、ブライアン・メイにふんしたグウィリム・リーがあまりにもそっくり。彼がギターを弾くシーンだけで、事実との些細な違いなどどうでもよくなったぐらいに。「Bohemian Rhapsody」の有名な四人の顔の映像や、「 I Want to Break Free 」の女装プロモーションビデオも本作では四人が再現している。そうしたクイーンのアイコンともいえる映像を俳優たちがそっくりに演じているため、時間がたつにつれ、俳優の容姿が本物に近づいていくような錯覚を覚える。エンド・クレジットに本物の「Don’t Stop Me Now」の映像が使われることで、観客は映画が終わり、今までのドラマを演じていたのが俳優だったことにハッと気づかされる。

そして本作の音楽は、映像と違い、あえてフレディ・マーキュリー本人の声を多くのシーンで使っているそうだ。劇中でフレディ・マーキュリーが歌う、音源として残されていない歌声は、私もYouTubeで映像を観たことがあるカナダ人のマーク・マーテルが担当したそうだ。むしろ、それで良かったのではないかと思う。なぜならフレディ・マーキュリーの声はあまりにも唯一無二だから。マーク・マーテルのような手練れのそっくりさんが吹き替えるぐらいでなければ、いくら実際の俳優がうまく再現したとしても、観客の興を削いでしまう可能性が高い。

それよりも本作は、フレディ・マーキュリーという人物の志と成功、そして死に至るまでの濃縮された生の躍動に注目すべきだ。彼の生はまさに濃縮という言葉がふさわしい。たとえ45年しか生きられなかったとしても。おそらく普通の人の数倍も濃い密度をはらんだ人生だったのではないだろうか。本作にも「退屈などまっぴら」という意味のセリフが三度ほど出てくる。「俺が何者かは俺が決める」というセリフも登場する。一度やったことの繰り返しはしない、カテゴリーにくくられることを拒むクイーンの姿勢が本作の全編に行き渡っている。何気なく流され、生かされているのではなく、自分で選択した人生を自分で生きる。そしてその目標に向かい、時には弱音も吐きながら、理想は捨てぬまま、高らかに生の高みを歌い上げる。本作にはそのスピリットが貫かれていた。彼らの曲の歌詞の意味が真に理解できた、と冒頭にも書いたが、それは本作に一貫するテーマ、生の謳歌に通じる。本作が発するメッセージとは生きる事への賛歌だ。

私が訪れた回が満席で、次の回に回してもすぐに席がいっぱいになり、私が座ったのは前から二列目。とても見にくかったが、その分、迫力ある波動が伝わってきた。曲中で流れる実際の唄声の多くは私が好きな曲。私がクイーンで好きな「The Prophet’s Song」 、「39」や 「Innuendo」が流れなかったのは残念だが、最後に流れた「The Show Must Go On」が私の涙腺を緩めてしまった。人生という面白くも厳しく、愉快で苦しいショー。自分のショーは自分の力で演じてゆかねばならない。生きていく限り。表現者としてこれ以上のメッセージが発せられるだろうか。

‘2018/11/17 TOHOシネマズ六本木ヒルズ


相手に「伝わる」話し方


私が年末と年初に行うことがある。それは一年の反省と抱負だ。数年前から実施を心がけている。2017年の年末は一年を振り返り、2018年の年初には抱負を立てた。

2017年、私が反省すべき最も大きな点は、人前で話す機会がほとんどなかったことだ。2016年はあちこちで話す機会があったのに、2017年はしゃべる機会が作れなかった。これは私にとって大いに反省すべき点だ。なので2018年の抱負には、人前で話す回数を2016年並みに増やす、という目標を加えた。本書はその抱負を踏まえ、話すスキルの参考とするために読んだ。

私は自分の話すスキルに劣等感を持っている。その劣等感の大部分は、活舌の悪さとしゃべっている時にたまに唾が飛ぶことからなっている。その原因も分かっている。矯正歯科医の妻から「オペ症例」と言われる私の受け口だ。それが私にとっての劣等感となり、人前で積極的にしゃべろうとする気持ちにブレーキをかけていた。

しかし、それではだめだ。独立した以上、露出を増やさねばならない。そして誰もが自分の意見をテキストで簡単に世に問える今、文章だけに頼るのでは露出効果が見込めない。本音をいうと、私はあまり自らを露出するのは好きではない。だが露出は独立と自由を得るための代償だと肚を決めている。書きつつしゃべり、人前に己をさらけ出す。そのスキルを磨かないことには私の今後はない。

だが、私には滑舌の悪さという欠点がある。その欠点をカバーできるだけのしゃべる技術。それは何だろう。そう考えた時、思い浮かんだのはアナウンサーの姿だ。彼らはしゃべることで糧を得ている。芸能人もそう。彼らもしゃべることで飯を食っている。だが、テレビで活躍する芸能人のような頭の回転の速さは私にはない。なので、アナウンサーのように話す技術で私の欠点を挽回したい。そう思ったのが本書を手に取った理由だ。

著者はアナウンサー出身でありながら、バラエティ番組でも立ち位置を確立した方だ。バラエティの手法も取り入れ、視聴者の興味を惹きつつ、報道の芯を保った番組作りをしている。その姿にはかねがね良い印象を持っていた。選挙特番のみならず、核実験や仮想通貨など、テレビが今、本当に放送すべき番組を企画し、自ら視聴者の前に立つ。そのような著者のことを今後も応援したいと思っている。

著者は1973年にNHKに入局した。そして、さまざまの部署や職務で仕事に取り組んできた。その経験は話し手として、報道者としての著者を鍛えてきたことだろう。著者は自らの職歴をさかのぼり、仕事の中で著者が学んできた話す技術を惜しみなく披露する。本書は私にとって参考となる気づきがたくさんあった。

参考になったのは、話し方の技術だけではない。職歴の語り方も同じく参考となった。私は2017年の夏から翌春にかけ、ウェブ上の連載で自らの職歴について語った。本音採用で連載しているアクアビット航海記「ある起業物語」がそれだ。本書を読み始めた時、連載はちょうど私が東京に出て仕事を始めたあたりに差し掛かっていた。連載はすでに進んでいたが、その後も私が職に就き、社会で経験を積んでいく様子を書いてゆかねばならない。転職を繰り返していく中で、それぞれの職から何を学んだのか。それを読者にどうやってうまく伝えるか。そのやり方は本書が参考となった。もちろん、それまでの連載でも職歴を伝える事は意識していた。だが、本書を読んだことで、まだ私のやり方に改善の余地はある、と思わされた。

著者がそれぞれの職場で学んだことは私にも参考となった。たとえば著者が研修を終えて最初に配属されたのは松江放送局。そこで著者は警察を担当する記者に任ぜられる。先輩から簡単な引継ぎを受けた後は、一人で取材して回らねばならない。先輩に「後任です」と紹介されたときは型どおりのあいさつを返されるが、先輩がいなくなった後、新米の記者に投げられる視線は冷たい。値踏みされ、信頼できる人間と見定められるまでは話しかけてもらえない。著者はその壁を乗り越えるのに苦労する。著者はその試練を乗り越えるにあたり、セールスマンのような動きをしなければ、と開眼する。商品を売り込む前に自分を売り込め、というわけだ。それは私が普段から励行する、FacebookなどのSNSに投稿する行いに通じている。Facebookへの投稿は、私という人間を知ってもらうためだと思っている。

とはいえ、私のワークスタイルは、著者が例えたようなセールスマンの営業手法に比べると若干の違いがある。私の場合、どちらかというと案件ありきで話をすることが多い。何かを無から売り込むのではなく、まずお客様にニーズがあり、それを受けて私が提案することが多い。だから本書で描かれるような、何度も繰り返し自分を売り込むことで仕事を円滑に回せるようになった、というケースは当てはまらないことも多い。案件ありきで私が呼ばれ、その後、一度か二度の訪問をへて受注が決まることがほとんどだ。ただ、私は一度案件を受注すると、その後も継続して案件をいただくことが多い。それは、仕事そのものもそうだが、私という人間を見てもらえたからではないかと思っている。そのためにはお客様との雑談が重要になる。そのためのネタを事前にSNSに発信しておき、自分がこういう事に関心があるとさりげなく発信する。それが雑談につながり、雑談が信頼を生み、それが仕事につながる。そうした意味で、雑談を大切にするという著者の学び取った極意にはとても共感できるのだ。

あと、共通体験の重要さに著者は触れている。これはわかる。お互いの共通体験を増やすことで、話のタネが増える。これも私がFacebookにいろいろと書き込む理由の一つだ。いわば私から共通体験のネタを提供する。それが商談の場で会話を生み、共通の場を作る。もちろん、それがどこまで効果を上げているのかは分からない。だが、何かしらの効果はあると信じている。

あと、話し上手は聞き上手という言葉も出てくる。これもよくわかる。本書を読む4年前に私が読んだ『最高の仕事と人生を引き出す 「聞き方」の極意』(レビュ-)でも学んだことだ。

著者はその後、広島放送局でも経験を積む。警視庁の担当として夜回りで事件のネタを探す過酷な日々だったようだ。その次に著者が苦労したこと。それは記者レポートを担当したことだ。テレビのニュース画面に登場し、現場の状況をレポートする。この経験は著者を表現者として次のステージに進めた。著者が記者レポートの仕事を通して学んだことの大切さ。まず始めに朗読なのかリポートなのかを意識すること。つまり、書かれた文章を読むだけなら誰にでもできるが、それは単なる朗読に過ぎない。そこでリポートを極めるため、著者はいくつかのメモだけを手元におき、即興で文章を組み立ててしゃべる訓練をしたという。もう一つ著者が説くことがある。それは書き言葉と違い、しゃべり言葉は後から読み返すことができないという真理だ。つまり、話す順序をきちんと考えなければ聞き手には話す内容が伝わらないという気づき。これはとても重要なことだ。この章で著者が訴えることは、私も普段あまり意識できていなかったことだ。ここで学んだことは、私は多分、音読の訓練から行うべき、という反省だ。私には黙読の習慣が身につきすぎてしまっている。黙読ではなく朗読。この習慣が身につけば、書き言葉の文体にも良い影響を与えるに違いない。

ここでは著者の失敗したエピソードが一つ披露される。それは、活舌の悪い著者が、タクシーの運転手に警視庁までと言ったつもりが錦糸町に連れていかれた、というもの。活舌に劣等感を持つ私には勇気づけられるエピソードだ。

あと、つかみの言葉をしっかり考えることの重要性も述べられている。そのために著者は、普段から目の前に広がる光景を即時に描写し、頭の中でしゃべる練習に励んだそうだ。その中で著者が掴んだ極意の中には、「手あかのついた言葉は何も語っていないのと同じ」や、「専門用語を安易に使うな」というのもある。両方ともに私にとっては耳の痛い警句だ。

続いて著者はテレビスタジオでキャスターとして働くようになった経験を語る。ここで得た経験はどちらかといえばテレビ業界で使われるテクニックに偏っている。しかし、フリップ(NHKではパターンと呼ぶらしい)の効用について触れるなど、著者の経験をテレビ寄りだからといって見逃してはならない。例えば私たちがプレゼンテーションを行う際、画面にアニメーションを付けたり、ホワイトボードを併用したりすることがある。まさにその手段にも通じるのがテレビの手法だ。テレビに代表されるようなビジュアルと音声の併用は、プレゼンテーションの上でも役に立つはずだ。動画の利用がは今後のテーマとして重要なので、テレビのみに通じる手法だと捨てておくのはもったいない。

続いて著者が触れるのは、週刊こどもニュースを担当した時の苦労だ。子どもに対しては、大人に対する手法は通用しない。まず、わかってもらうための言葉を吟味しなければならない。著者が本書で一番語りたいと力を入れたのはこの点だ。著者を単なる記者出身のキャスターから、一皮むけさせたのは、週刊こどもニュースでの体験が大きいと著者は言う。子どもに向けた分かりやすい表現を心掛けたことで、著者は表現者として他の人とは違う存在感を身に着けたのだろう。

分かりやすく。難しい内容だからこそ、余計に分かりやすく。このことは私が以前から改めなければ、と自分を戒めつつ、いまだにうまくできていない課題だ。簡単な言葉を使いながら、内容に深みをだす。これこそ私が以前から試行錯誤している部分なのだから。

本書は以下のような構成からなっている。
第1章 はじめはカメラの前で気が遠くなった
第2章 サツ回りで途方に暮れた
第3章 現場に出て考えた
第4章 テレビスタジオでも考えた
第5章 「わかりやすい説明」を考えた
第6章 「自分の言葉」を探した
第7章 「言葉にする」ことから始めよう

1章から5章までは著者の職歴と経験が語られ、6章と7章はまとめに相当する。どこを読んでも本書からは得るものが多い。私も本書を読んだことで、少しずつしゃべる技術に向上がみられた。だが、まだ著者のレベルには程遠い。引き続き精進したいと思う。

‘2018/01/10-2018/01/17


ゲームの名は誘拐


2017年の読書遍歴は、実家にあった本書を読んで締めとした。

私は誘拐物が好きだ。以前に読んだ誘拐のレビューにも書いたが、この分野には秀作が多いからだ。本作もまた、誘拐物として素晴らしく仕上がっている。本作の特色は、犯人側の視点に限定していることだ。

誘拐とは、誘拐した犯人、誘拐された被害者、身代金を要求された家族、そして、捜査する警察の思惑がせめぎ合う一つのイベントだ。それをどう料理し、小説に仕立て上げるか。それが作家にとって腕の見せ所だ。なにしろ組み合わせは幾通りも選べる。例えば本書のように犯人と被害者が一緒になって狂言誘拐を演ずることだってある。本書は誘拐犯である佐久間駿介の視点で一貫して描いているため、捜査側の視点や動きが一切描かれない。犯人側の視点しか描かないことで物語の進め方に無理が出ないか、という懸念もある。それももっともだが、それを逆手にとってうまくどんでん返しにつなげるのが著者の素晴らしいところだ。

誘拐犯の佐久間駿介は、サイバープランの敏腕社員だ。ところが心血を注いだ日星自動車の展示会に関する企画が日星自動車副社長の葛城勝俊によって覆されてしまう。己の立てた企画に絶対の自信をもつ佐久間は、屈辱のあまり葛城家に足を向ける。俺の立てた企画を覆す葛城の住む家を見ておきたいという衝動。ところがそこで佐久間が見たのは塀を乗り越えて逃げ出す娘。声をかけて話を聞くと、葛城勝俊の娘樹理だという。樹理は、父勝俊から見れば愛人の子であり、いろいろと家に居づらいことがあったので家を出たいという。その偶然を好機と見た佐久間から樹理に狂言誘拐を持ちかける、というのが本書のあらすじだ。

本書は上に書いたとおり、一貫して佐久間の視点で進む。犯人の立場で語るということは、全ての手口は読者に向けて開示されなければならない。その制約に沿って、読者に対しては佐久間の行動は全て筒抜けに明かされる。それでいながら本書はどんでん返しを用意しているのだから見事だ。

本書は2002年に刊行された。そして本書の狂言誘拐にあたってはメールや掲示板といった当時は旬だったインターネットの技術が惜しげもなく投入される。だが、さすがに2017年の今からみると手口に古さを感じる。例えばFAXが告知ツールとして使われているとか。Hotmailと思しき無料メールアドレスが登場するとか。飛ばし電話をイラン人から買う描写であるとか。でも、佐久間が日星自動車の展示会用に考えたプランや、佐久間が手掛けた「青春のマスク」というゲームなどは、今でも通用する斬新なコンセプトではないかと思う。

「青春のマスク」とは、人生ゲームのタイトルだ。私たちが知る人生ゲームとは、各コマごとの選択の結果、いくつものイベントが発生するゲームだ。ところが、この「青春のマスク」はその選択の結果によってプレーヤーの顔が変わっていく。スタートからの行いがゲームの終わりまで影響を与え続け、プレーヤーに挽回の機会が与えられなければ興が削がれ。その替わりに救いが与えられている。それがマスクだ。マスクをかぶることで顔を変え、その後の展開が有利になるような設定されている。しょせん人はマスクをかぶって生きてゆく存在。そんな佐久間の人生観が垣間見えるゲームシステムが採用されている。

「青春のマスク」のゲームの哲学を反映するかのように、佐久間と樹理の周囲の誰もが何かのマスクをかぶっている。それもだれがどういうマスクをかぶっているのかが分からない。犯人の佐久間の視点で描かれた本書が、犯人の手口を読者に明かしながら、なおも面白い理由こそが、犯人以外の登場人物もマスクをかぶっているという設定にある。だれが犯人役なのか、だれが被害者なのか。だれが探偵役でだれが警察役なのか。読者は惑わされ、作者の術中にはまる。 それが最後まで本書を読む読者の手を休ませない。そのせめぎあいがとても面白かった。

しょせん人はマスクをかぶって生きてゆく存在という、佐久間の哲学。私たちの生きている世間の中ではあながち的外れな考えではないと思う。何も正体を隠さなくてもよい。正々堂々とあからさまに生きようとしても、大人になれば考えや立場や属する領域が幾重にもその人の本質を覆い隠してしまうのが普通だ。この人は何クラスタに属し、どういう会社に属し、という分かりやすい属性だけで生きている人などそういないのではないだろうか。少なくとも私自身を客観的に外から見るとまさにそう。そもそもどうやって稼いでいるのかわかりづらいと言われたことも何度もあるし。そう考えると私の人生もゲームのようなものなのだろう。

本書はそうした人生観を思い知らせてくれる意味でも、印象に残る一冊である。

‘2017/12/30-2017/12/31



本書を読んでいて、私が台湾を扱った小説をほとんど読んだことがないことに気づいた。本書は私にとって台湾を扱った初めての小説かもしれない。本書を読んで台湾がとても懐かしくなった。

台湾は私にとって思い出の深い島だ。かつて、民国84年の夏に台湾を訪れたことがある。この夏、私は自転車で台湾を一周した。その経験は若い日の私に鮮烈な印象を与えた。あれから年以上たった今もなお、台湾には再訪したいと願っている。なお、民国84年とは台湾で使われている民国歴のことだ。西暦では1995年、和暦では平成七年を指す。

本書は台北に住む葉秋生が主人公だ。時代は民国64年。つまり1975年だ。この年、台湾の蒋介石総統が死去した。本書はその出来事で幕を開ける。その年、葉秋生は17才。まだ世間と自分との折り合いをつけられず、真面目に学業を送っていた秋生が描かれる。

本書はそこからいろいろな出来事が葉秋生に起こる。本書は成長した秋生が民国64年から民国70年代までの自らを振り返り、かつての自分を振り返る文体で描かれている。その中で秋生は人生の現実に振り回されつつ、成長を遂げていく。そのきっかけとなったのは、秋生をかわいがってくれた祖父が殺された現場を目撃したことだ。その経験が秋生の人生を大きく変えてゆく。秋生が成長しつつ、祖父の歴史を探りながら、自分の中にある中華と台湾の血を深めてゆくのが本書の趣向だ。

本書のタイトル「流」とは彼の人生の流れゆくさまを描いた言葉だ。それは国民党と共産党の争い、日本軍との争いに翻弄された人々の運命にも通じている。本書に登場する台湾と中国本土の人々は、大きな意味で中華民族に属している。だが、正確には近代の歴史の変転が中華民族を台湾海峡を隔てた溝を作ってしまった。本書の扉にもそれを思わせる言葉が描かれている。

  魚が言いました・・わたしは水のなかで暮らしているのだから
  あなたにはわたしの涙が見えません
             王璇「魚問」より

ここでいう水とは、中華民族を大きく包む文化を指すのだろう。涙とは同じ中華民族が国民党と共産党に分かれて争うことを余儀なくされた悲しみを指すのだろうか。それとは別の解釈として、海に囲まれた台湾に追いやられた悲しみは中国大陸には理解できないとも読める。また、この一節は別の読み方もできる。それは関係が近ければ近いほど、かえってお互いが抱える苦しみが見えなくなることへの比喩だ。本書は結ばれることのない恋愛も描いている。その恋愛のゆくえに上の一節が投影されているとも取れる。

本書が描こうとしているのは、共通した文化がありながら、台湾と中国本土の間に横たわる微妙な差異だ。だが、その前に台湾の人々の気性をしっかりと書く。台湾の中にも本省人や外省人といった違いはある。例えば本省人が日本人に対して持つ感情と、外省人が日本人に対して持つ感情は当然違う。それは私も訪問して感じたことだ。外省人は、国共内戦で敗れた国民党が台湾に本拠を求めた時期と前後して台湾に住んだ人々の事だ。一方の本省人は、それ以前から台湾に住んでいた人々だ。日清戦争で日本が台湾を領有した時期も知っている。本書の中でも岳さんが日本統治時代のすべてが悪いわけではなかったと述懐するシーンがあり、そこにも本省人と外省人の考え方の違いがにじみ出ている。

著者は台湾で生まれ、五歳までそこで過ごしたという。その経験は、著者にしか書き分けられない台湾と日本と中国の微妙な違いを本書に与えていることだろう。とはいえ、私には本書から台湾人の感性を読み取ることは難しかった。しょせん、二週間訪れただけでは分かるはずがないのだ。だが、本書には細かいエピソードや会話があちこちにちりばめられ、台湾の日常の感性がよく描かれている。また、全編を通して感じられるのは洗練とは遠い台湾の日常だ。それは粗野といってもよいくらいだ。 例えば秋生が軍隊でしごかれるシーンなどはそれに当たるのと思うだろうか。ドラム缶に入れられ、斜面に転がり落とされる軍隊流の仕打ちなどは、常に中国大陸からの侵攻におびえる台湾の現状を端的に表しているといえるのかもしれない。

そうした台湾の日常は、秋生が中国大陸を訪ねるシーンで台湾と大陸の感性の違いとしてクローズアップされる。プロローグで秋生が山東省の沙河庄の碑を訪れるシーンから、その微妙な違いが随所に表現される。その地は秋生の祖父が日中戦争中に馬賊として犯した殺戮の事実を記す碑が建っている。その地を訪れた秋生が野ざらしでトイレを探す秋生に、タクシーの運転手がぽつんと荒野に立つ壁を指さすシーンなどにその広さやゆとりが感じられる。本書の表紙の写真がまさにその地のイメージをよく伝えているが、そこに見える茫洋とした地平は台湾では見られない光景のはず。本書の終盤にも秋生は中国大陸を訪れるが、そのシーンでは大陸と台湾の違いはより色濃く描かれている。

そのような違いにもかかわらず、同じ中華民族として共通する部分もある。例えば秋生が大陸で言葉を交わすシーンなどは、同じ言語を持つ民族の利点だろう。共通する文化があるのに、微妙な細かいところで違う。その文化の距離感が本書は絶妙なのだ。長じた秋生は日本で仕事を得ることになるが、日本という異郷を通すことで中国と台湾の違いを客観的に眺める。そうした設定も本書の文化的な描写の違いを際立たせている。

秋生が結婚することになる夏美玲が秋生にいうセリフ。「わたしたちはみんな、いつでもだれかのかわりなんだもん」。このセリフこそ、悠久の中華の歴史を一言で語っているのではないか。そこにあるのは台湾と中国の間にある共通の文化が培ってきた長い年月の重みだ。その悠長な歴史観は、台湾と中国の溝すらもいつかは埋まると楽観的に構えているに違いない。そうではないか。

私もまた近々、台湾に戻ろうと思う。台湾の今を知るために。悠久の歴史を知るために。私たちに親切にしてくれた人々の思い出に浸るために。これからも親日であり続けてほしいと願うために。そして大陸との統一の可能性を知るために。私にとっての20年の空白など、中国の長い歴史に比べるとちっぽけに過ぎないという卑小さを噛みしめるために。


別れ


フィクションのエルドラードと銘打たれたこのシリーズに収められた作品は結構読んでいる。ラテンアメリカ文学の愛好者としては当然抑えるべきシリーズだと思う。加えて本書の訳者は寺尾隆吉氏。とあらば読むに決まっている。氏の著した『魔術的リアリズム』は、2016年の私にとって重要な一冊となったからだ。

本書は三編からなっている。それぞれが味わい深く、優れた短編の雰囲気を醸し出している。

「別れ」
表題作である。訳者の解説によると、著者は本編を偏愛していたらしい。著者にとって自信作だったのだろう。

海外の小説を読んでいると、描かれる距離感に戸惑うことがある。小説に置かれた視点と人や建物との距離感がつかみにくくなるのだ。日本を舞台にした小説なら生活感がつかめ、違和感なく読めるのだが。その訳は、読者である私が他国の生活にうとく、生活感を体で理解できていないからだろう。だから、生活どころか訪れたことのない地が舞台になると描かれた距離への違和感はさらに増す。それがラテンアメリカのような文化的にも日本と隔たった地を舞台としていればなおさらだ。ラテンアメリカを舞台とした本書も例に漏れず、読んでいて距離がつかみづらかった。描かれた距離の違和感が私の中でずっとついて回り、後に残った。その印象は若干とっつきにくかった一編として私に残り続けている。

本編の舞台はペルー。謎めいた男の元に届く意味ありげな封筒。それを男に届ける主人公はホテルマン。次第に泊まっている男の正体がバスケットボールの元ペルー代表であることが明かされる。そして、男を診断した医師の話によると、男は不治の病にかかっているとか。次第に明らかになってゆく男の素性。だが、男は町の人々と打ち解けようとしない。それどころか部屋に閉じこもるばかり。

ある日、男のもとにサングラスをかけた女が訪れる。すると男はそれまでとは一転、朗らかで明るい人物へと変貌する。そして、女の訪問とともにそれまで定期的に届いていた二種類の封筒が来なくなる。数週間、男の元に逗留した女が去ると、再び二種類の封筒は定期的に届き始める。さらに、男の態度も世捨て人のような以前の姿に戻る。

夏のクリスマスが終わる頃、男の元には別の若い娘がやって来る。男は山のホテルで、若い娘との時間を過ごす。口さがないホテルの人々の好奇の目は強まる。娘が去ってしばらくすると、再びサングラスの女が来る。今度は子供を連れて。さらには若い娘も再び姿をあらわす。男のもとで2組の客人は鉢合わせる。一触即発となるかと思いきや、二組は友情を結ぶかにも見える。

そうした客人の動きを主人公はメッセンジャーとなって観察する。一体この男と二組の訪問者はどういう関係なのか。町の人々の不審は消えない。彼らのそばを送迎者となって動き回る主人公までもが、町の人々の容赦ない好奇の目にさらされる。男が死病によって世を去る直前、主人公は男に渡しそびれていた二通の封筒を見つける。そして中を開いて読む。そこには男と若い娘、そして母子との関係が記されていた。そして自分だけでなく、ホテルの人々がひどい誤解をしていたことに気付くのだ。主人公の胸にはただ苦い思いだけがのこり、物語は幕をとじる。

本編は男と二組の関係が最後まで謎として描かれていたために、あいまいさが際立っていた。そのあいまいさは、それぞれの関係どころか、小説の他の距離感までもぼやけさせていたように思う。本編で距離感をつかめなかった点はいくつかある。例えばホテルと山の家との距離。そして、登場人物たちをつなぐ距離感だ。例え閑散期であっても、一人の男の動向がうわさの的になるほどホテルは暇なものだろうか、という疑問。それほどまでに暇なホテルとはどういう状況なのか。その疑問がついて回る。それほどまでに他人に排他的でいながら、ホテルが営めるほどの需要がある街。そして、繁忙期は逆に人が増えることで男の行方がわからなくなる1950年代のペルー。一体どのような人口密度で、人々のつながりはどこまで密なのか。本編を読みこむにはその距離感が肝心なはずだが、私にはそのあたりの感覚がとうとうつかめずに終わった。

なぜ距離感が求められるのか。それは本編が別れをテーマとするからだ。別れとは人と人とが離れることをいう。つまり距離感が本書を読み解く上で重要になるのだ。それなのに本書で描かれる距離感からは、男と女性たちの、男と町の人々の距離感が測りにくかった。当時のラテンアメリカの街並みを思い浮かべられない私にとって、これはもどかしかった。かつて女にもて、栄誉につつまれた男が、あらゆるものとの別れを余儀なくされる。男の栄光と落魄の日々の落差は、距離感がともなってこそ実感となって読者に迫るはずなのだ。それが私に実感できなかったのは残念でならない。男と女の悲哀。そこに人生の縮図を当てはめるのが著者の狙いだとすればこそ、なおさらそう思う。男は女たちだけでなく、人生からも別れを告げようとするのだから。

本編が人々の口に交わされるうわさとその根源となる男女の関係を描き、その中から別れの姿をあぶりだそうとしていたのなら、そこに生じる微妙な距離感は伝わらねばならない。それなのに本書が描く距離感を想像できないのは残念だった。なお、念のために書くと、著者にも訳者にも非がないのはもちろんだ。

続いての一編「この恐ろしい地獄」は、若い尻軽女を妻に持つ、さえない中年男リッソが主人公だ。リッソが妻グラシア・セサルの所業にやきもきしながら、自暴自棄になってゆく様子が書かれている。訳者によると、本編は実話をもとにしているという。それも、三行ほどの埋め草記事。それを元にここまでの短編に仕立てたらしい。

女優である妻グラシアを愛しつつ、彼女の気まぐれに振り回されるリッソ。みずからに放埒な妻を受け止められるだけの度量があると信じ、辛抱と忍耐でグラシアの気ままを受けいれようとするリッソ。だが、悲しいかな、器を広げようとすればするほど、器はいびつになって行く。浮名を流し、自らの発情した裸の写真を街にばらまくグラシア。リッソが幾たびもの別居の末、グラシアを、そして人生を諦めて行く様子が物悲しい。リッソの諦めは、すべての責任をグラシアではなく自分自身に負わせることでさらに悲劇的なものになる。そしてグラシアの破廉恥さすら、非難のまとにするどころか悲しみの中に包んでいくように。生真面目な新聞の競馬欄を担当するリッソ。真面目に実直であろうとした男が、女の振る舞いを負うてその重みに押しつぶされて行く様子。その様を男の視点だけに一貫して書いているため、とても説得力に満ちている。

「別れ」では距離感の把握に難儀した。逆に本編は、男からの視点で描かれているため距離感がつかみやすい。男と女の関係は、日本だろうとラテンアメリカだろうと変わらないということなのだろう。

最後の一編は「失われた花嫁」だ。

結婚するため、ウェディングドレスを着てヨーロッパに向かった若い娘モンチャ・インサウラルデが、結婚相手から裏切られる。その揚げ句サンタ・マリアへと戻ってくる。そして街の家に閉じこもり、庭を徘徊してすごすようになる。

街にある薬局には薬剤師バルテーが住みついていたが、助手のフンタに経営権を奪われ、店は廃墟へと化してゆく。いつのまにか店に住み着いたモンチャとともに。

本編を彩るのはただ滅び。本編の全体に滅び行くものへの哀惜が強く感じられる。ウェディングドレスを狂った老婦人が着流し、町を彷徨う姿に、美しきもののたどる末路の残酷さを著している。著者はその姿を滅びの象徴とし、本編のもの寂しい狂気を読者に印象付ける。それは、美女が骨に変わり果ててゆく様子を克明に描いた我が国の九相図にも、そして仏教の死生観にもつながっている。

モンチャの死を確認した医師ディアス・グレイは、街ぐるみでモンチャを見て見ぬ振りし続けた芝居、つまりモンチャの狂気を狂気として直視しない振る舞いの理由を理解する。
「彼に与えられた世界、彼が容認し続けている世界は、甘い罠やうそに根差しているわけではないのだ。」154ページ

私にとって著者は初体験だが、後者二つは短編としてとても優れていると思う。ただ、訳者あとがきで寺尾氏が述べているように、なかなかに訳者泣かせの作家のようだ。多分「別れ」にしても距離感をうまく訳出しきれなかったのだろう。だが、他の作品も読んでみたいと思う。

‘2017/12/01-2017/12/07


しろばんば


本書は著者の幼少期が取り上げられている。いわゆる自伝だ。著者は伊豆半島の中央部、天城湯ヶ島で幼少期を過ごしたという。21世紀になった今も、天城湯ケ島は山に囲まれ、緑がまぶしい。百年前はなおのこと、自然の豊かな地だったはずだ。その環境は著者の分身である洪作少年に健やかな影響を与えたはず。本書の読後感をさわやかにする洪作少年のみずみずしく素朴な感性。それが天城湯ヶ島によって培われたことがよく分かる。

小学校二年生から六年生までの四年間。それは人の一生を形作る重要な時期だ。伊豆の山奥で洪作少年の感性は養われ、人として成長して行く。洪作の周囲にいる大人たちは、素朴ではあるが単純ではない。悪口も陰口も言うし、いさかいもある。子どもの目から見て、どうだろう、と思う大人げない姿を見せることもある。大人たちは、少年には決して見せない事情を抱えながら、山奥でせっせと人生を費やしている。

一方で、子供には子供の世界がある。山あいの温泉宿、天城湯ヶ島は大人の目から見れば狭いかもしれない。だが、子供の目には広い。子供の視点から見た視野。十分に広いと思っていた世界が、成長して行くとともにさらに広がってゆく。本書を読んでうならされるのは、洪作の成長と視野の広がりが、見事に結びつけられ、描かれていることだ。

洪作の視野は土蔵に射し込む光で始まる。おぬいばあさんと二人、離れの土蔵に住まう洪作。洪作は本家の跡取りとしてゆくゆくは家を背負うことを期待されている。だが、洪作は母屋では寝起きしない。なぜなら洪作は祖父の妾だったおぬいばあさんに懐いているからだ。洪作の父が豊橋の連隊に勤務しているため、母と妹も豊橋で暮らしている。おぬいばあさんも洪作をかわいがり、手元に置こうとする。そんなわけで、洪作は母屋に住む祖父母や叔母のさき子とではなく、おぬいばあさんと暮らす。洪作の日々は閉ざされた土蔵とともにある。

本書の『しろばんば』という題は、白く浮遊する羽虫のことだ。しろばんばを追いかけ、遊ぶ洪作たち。家の周囲の世界だけで完結する日々。外で遊び、学校に通い、土蔵で暮らす。そんな洪作の世界にも少しずついろいろな出来事が混じってくる。母の妹のさき子とは温泉に通い、汗を流す。父の兄であり、学校の校長である石守森之進宅に呼ばれた時は、見知らぬ場に気後れし、長い距離を家まで逃げ帰ってしまう。おぬいばあさんとは馬車や軽便鉄道に乗って両親のいる豊橋に行く。その途中では、沼津に住む親族たちに会う。

話が進むにつれ、洪作の見聞する場所は広がってゆく。人間としても経験を積んでゆく。

低学年の頃、一緒に風呂に入っていた叔母のさき子が、代用教員として洪作の学校で教壇に立つ。洪作にとって身近な日常が、取り澄ました学校につながってゆく。校長というだけで父の兄のもとから逃げていた洪作も、もはや逃げられなくなる。さきこともお風呂に入れなくなる。一気に大人の雰囲気を帯びたさき子は、別の教師との仲をうわさされる。そしてそれは事実になり、妊娠して学校を辞める。そして、結婚して相手の赴任地へ移ってしまう。それだけでなく、その地で結核にかかり命を落とす。さき子は母や妹と離れて暮らす洪作にとって身近な異性だった。そんなさき子があっという間に遠ざかり、遠くへ去ってしまう。

さき子がいなくなった後、洪作に異性を意識させるのは、帝室林野局出張所長の娘として転校して来たあき子だ。あき子は洪作を動揺させる。その動揺は、少年らしい性の自覚の先駆けであり、洪作の成長にとって大きな一歩となる。

おぬい婆さんとの二人暮らしはなおも続く。が、洪作が成長するにつれ、おぬい婆さんに老いが忍び寄る。おぬい婆さんは下田の出身。そこで、老いを感じたおぬい婆さんは故郷の景色を見たいといい、洪作はついて行く。そこで洪作が見たのは、故郷に身寄りも知り合いもなくし、なすすべもないおぬい婆さんの姿だ。自分には知り合いや知識が広がってゆくのに、老いてゆくおぬい婆さんからは知り合いも知識も奪われてゆく。その残酷な対照は、洪作にも読者にも人生のはかなさ、人の一生の移ろいやすさを教えてくれる。

洪作に人生の何たるかを教えてくれるのはおぬい婆さんだけではない。洪作の家庭教師に雇われた犬飼もそう。教師の仕事が引けた後に洪作に勉強を教えてくれる犬飼は、洪作に親身になって勉強を教えてくれる。だが、犬飼のストイックな気性は、自らの精神を追い詰めて行き、変調をきたしてしまう。気性が強い洪作の母の七重の言動も洪作に人生の複雑さを示すのに十分だ。田舎だからといって朴訥で善良な人だけではない。人によって起伏を持ち、個性をもつ大人たちの生き方は、洪作に人生のなんたるかを指し示す。それは洪作の精神を形作ってゆく。

本書は著者の自伝としてだけでなく、少年の成長を描いた作品としてd語り継がれていくに違いない。そして百年前の伊豆の山間部の様子がどうだったか、という記録として読んでも面白い。

私は伊豆半島に若干の縁を持っている。数年前まで妻の祖父母が所有していた別荘が函南にあり、よく訪れては泊まっていた。ここを拠点に天城や戸田や修善寺や富士や沼津などを訪れたのも懐かしい。その家を処分して数年たち、伊豆のポータルサイトの仕事も手がけることになった。再び伊豆には縁が深まっている。また、機会があれば湯ヶ島温泉をゆっくりと歩き、著者の足跡をたどりたいと思っている。

’2017/10/04-2017/10/08


バナナ剥きには最適の日々


本書の帯には著者の作品中でもわかりやすい部類とうたわれている。だが、やはりとっつきにくさは変わらない。なぜなら全てのお話が観念で占められているから。小説にストーリー性を期待する向きには、本書は相変わらずとっつきにくいはずだ。

著者の作品を初めて読む人には、本書はどう取られるのだろうか。エッセイでなければ哲学の考察でもない。やはり小説だと受け取られるのだろうか。私の感覚では、本書は確かに小説だ。

本書は観念で占められている。観念とは、作家と読者の間に取り交わされる小説の約束事を指す。それは形を取らない。通常、それはわかりやすい小説の形を取る。例えば時間の流れ方だ。全体や各章ごとに時間の流れ方は違ったとしても、それぞれの描写の中で時間は過去から未来に流れる。それもまた約束事だ。他にもある。作家と読者の間には、同じ人間として思惟の基準が成り立っているとの約束事だ。その約束事が成立していることは、通常は作家から読者に向かって事前に了解を取らない。なぜなら、ものの考え方が共通なことは了解が不要だから。読む側と書く側で多少は違えども同じ思考様式を使うとの了解は、人類共通のもの。だから小説の作家と読者の間には了解を取る必要がない
。ところが、本書にはその了解が欠かせない。本書に必要なのは、作家の観念が小説として著されているとの了解だ。

そこを理解しないと、本書はいつまでたっても読者の理解を超えていってしまう。

本書に収められた九編のどれもが、約束事を理解しなければ読み通すのに難儀するだろう。

「パラダイス行」
約束事の一つに、基準がある。作家と読者の間に共通する基準が。それをわかりやすく表すのが単位だ。172cm。cmは長さの単位だ。172という数値がcmという単位に結びつくことで、そのサイズがお互いの共通の尺度になる。これは作家と読者の間で小説が成り立つためには重要だ。

ところが本編はその基準を無視する。基準を無視したところに考えは成り立つのだろうか、という観念。それを著者はあらゆる角度から検証する。

「バナナ剥きには最適の日々」
おおかたの小説には目的がある。それは生きがいであったり、自己実現であったり、社会貢献だったり、世界の平和だったり、世界征服だったりする。表現が何らかの形で発表される時、そこには作家と読者の間に買わされる約束事があるのだ。

話が面白い、という約束事もそう。どこかで話のオチがある、というのもそう。ところが本編は目的を放棄する。目的のない宇宙の深淵に向かって進む探査球。本編の主体である思惟はだ。そもそも宇宙の深淵に向かって進むだけの存在なので、追いつこうにも追いつけない。だから思惟の結果は誰にも読まれない。そして語られない。完璧なる孤独。しかも目的を持たない。そこに何か意味はあるのか、という作家の実験。読者が理解するべき約束事とは、孤独と無目的を追求する著者の問題意識だ。

「祖母の記憶」
本編に登場する約束事は、物語には意識する主体があるということだ。植物状態になった祖父を夜な夜な外に連れ出し、物言わぬビデオの主役に据える兄弟。物言わぬ祖父のさまざまな活躍を日々ビデオに収めては観賞する。そんな闇を抱えた行いは、いったい何を生み出すのか。

著者の実験にもかかわらず、本書に登場する主体はあくまでも兄弟だ。祖父は単なる対象物でしかない。祖父の代わりにマネキン人形でも良いことになる。そして、兄弟の活動に興味を持った娘と同じように物言わぬ祖母が現れると、本書の罪深さは一層濃厚になる。

祖父や祖母のような意思のない物体は、マネキン人形のコマ割りとどう違うのか。それが本編で著者が投げかけた観念だ。祖父を齣撮りする兄弟が、祖母を齣撮りする少女に出会う。そんな話だけなのに、そこには意思に対する問題意識の共有が必要だ。

「AUTOMATICA」
本編が示すのは文章の意味そのものだ。自動生成された文章が成り立つ要件とはそもそも何か。著者の観念が本編では論文体の文章で書き連ねられる。そもそも作家として、何を文章につづるべきなのか。そんなゲシュタルト崩壊したような、作家の存在自体への疑問が本編にはある。

そして、その情報が作家から読者に投げかけられる過程には、たしかに約束事がある。それは語彙のつながりであり、文法であり、情報の伝達である。その約束事を著者はいったん解体し、再構築しようと試みる。そこには作家とはいかなる存在か、という危機感もある。読者は普段おのれが仕事や学校で生み出している文章やウォールやツイートが何のために生み出されているのかも自問しなければならない。無論、私自身もその一人。

「equal」
本編は18の断章からなる。本書の中で唯一横書きで書かれている。内容は取り止めのないイメージだ。本編は小説というより、長編の詩と呼べるのかもしれない。

本編で押さえるべき約束事。それは小説にはストーリーや展開が必要との前提だ。それを著者は本編で軽やかに破り捨てる。だからこそ本編は長編詩なのだ。

詩とは本来、もっと自由なもののはず。詩人はイメージを提示し、読者はそのイメージを好きなように受け取る。そこには約束事など何もない。そもそも文学とはそういう自由な表現だったはず。なぜストーリーがなければならないのか。読者もまた、ストーリーを追い求めすぎてはいなかったか。そこに固定観念はなかったか。

「捧ぐ緑」
人間の生涯とは、つまるところなんの意味があるのか。ゾウリムシの生態を語る本編は、そんな疑問を携えて読者の観念を揺さぶりにかかる。生きるとはゾウリムシの活動となんら変わることはない。思弁する存在が高尚。それは誰が決めたのだろうか。著者の展開する文の内容はかなり辛辣なのに、語り口はあくまでもソフト。

だが、その裏側に潜む命題は、辛辣を通り押して虚無にまで至る。企業や仕事、全ての経済活動を突き放した地平。もしかすると人が生きていくための動機とは本編に書かれたような何も実利を生まない物事への探究心ではないだろうか。そんな気がしてくる。

「Jail Over」
本編は、倫理観の観念を料理する。かつて生命を宿していた肉体を解体する。それが生きていようと死んでいようと。人間だろうと動物だろうと。自分だろうと他人だろうと。果たしてそこに罪はあるのか。幾多の小説で語られてきた主題だ。

本編ではさらにその問いを推し進める。肉体を解体する作業からは何が生み出されるのか。そこにはもはや罪を通り越した境地がある。意識のあるものだから肉体を解体してはならないのか。

jailを超えて、語り手は肉片となった牢屋の中の自分に一瞥をくれる。肉体を破壊するとは、意志する主体が自分の入れ物を分解しただけの話。そうなるとそこには罪どころか意味さえも見いだせなくなる。遠未来の人類のありようすら透けて見える一編だ。

「墓石に、と彼女は言う」
無限と量子力学。この宇宙はひとつだけではない。泡宇宙や並行宇宙といった概念。その観念が作家と読者の間に共有されていなければ本編は理解できない。宇宙の存在をその仕組みや理論で理解する必要はない。あくまでイメージとしての観念を理解することが本編には求められる。

無限の中で、意識とはどういう存在なのか。己と並列する存在が無限にある中、ひとつひとつの存在に意味は持てるのか。その思考を突き詰めていくと強烈な虚無感に捕らえられる。虚無と無限は対の関係なのだから。

「エデン逆行」
本編が提示する観念は時間だ。どうやってわれわれは時間を意識するのか。それは先祖と子孫を頭に思い浮かべれば良い。親がいてその親がいる。それぞれの親はそれぞれの時代を生きる。そこに時間の遡りを実感できる。子孫もそうだ。自分の子があり、その孫や孫。彼らは未来を生きるはずだ。

命が絶たれるのは、未来の時間が絶たれること。だからこそ罪があるのだ。なぜなら時間だけが平等に与えられているから。過去もそう。だから人を殺すことは悪なのだ。なぜ今を生きる人が尊重されなければならないか。それは先祖の先祖から積み重ねられた無限の時間の結果だからだ。あらゆる先祖の記憶。それは今を生きている人だけが受け継いでいる。時間のかけがえのなさを描いた本編。本編が提示する観念は、本書の中でも最もわかりやすい概念ではないか。

本書の9編には、さまざまな約束事がちりばめられている。それぞれの約束事は作家によって選ばれ、読者に提示されている。それをどう受け取るかは読者の自由だ。本来ならば約束事とは、もっと自由だったはず。ところが今の文学もそうだが、ある約束事が作家と読者の間で固定されているように思う。今までも文学の閉塞については論者がさんざん言い募ってきた。そしてその都度、壁をぶち破る作家が読者との間に新たな約束事を作り出してきた。おそらく著者は、私の知る限り、今の文壇にあって新たな約束事を作り上げつつある第一人者ではないだろうか。

‘2017/08/12-2017/08/16


旅猫リポート


久々に著者の本を読んだ。本書は猫が主役だ。

冒頭から「吾輩は猫である」を意識したかのような猫の一人称による語りから始まる。そこで語られるのは、猫の視点による飼い主とのなれ初めだ。猫にとっては自らを養ってくれる主人との出会いであっても、そこに猫によるおもねりはない。飼われてやった、とでもいいたげに。自我と自尊心を持つ猫による、猫ならではのプライド。しょっぱなから、猫の心を再現したような描写が思わず読者の頬を緩めさせる。猫好きならばなおさら本書の出だしにはぐっと心をつかまれることだろう。ああ、猫やったらこんな風に考えそうやな、とか。

ナナ、が本書の語り手だ。旅する猫。ナナは五年前、冒頭でナナによって語られたようななれ初めをへて、優しそうな主人ミヤワキサトルの飼い猫となる。今、サトルにはナナを手放さねばならない理由が生じてしまった。

本書のタイトルにもある「旅」とは、ナナとナナを託せる相手を探すサトルの旅のことだ。サトルの小学校の時の親友コースケ、中学校の時の大切な友達ヨシミネ、高校時代に微妙な三角関係を作ったスギとチカコ。彼らはサトルにとってナナを託すに足る人々だ。彼らを訪問し、ナナを預けられないかをお願いしつつ、サトルの人生を旅する一人と一匹。その旅をナナの視点でリポートするのが本書の内容だ。旅をする猫によるリポートだから「旅猫リポート」。

まず小学校時代。サトルは小学校の修学旅行で京都を訪れている間に両親を交通事故で失う。その時にサトルが飼っていた猫がハチ。両親を失ったことでハチを遠縁の親戚に預けざるを得なくなった。それからのサトルは両親を喪失した心の傷を繕いつつ、離ればなれになったハチを案じつつ生きてきた。コースケこそが、一緒にハチを拾った親友であり、大きくなった今は写真館の店主として切り盛りしている。

中学時代の親友はヨシミネだ。両親のいないサトルにとって、両親からの愛を得られずにいたヨシミネとの絆は大切だった。そんな日々を懐かしむ二人がナナの視点で描かれる。サトルがナナにそそぐ愛情の源が感じられるシーンだ。

高校時代によくつるんでいたのはスギとチカコ。彼らは結婚し、富士山のふもとでペットが泊まれるペンションを営んでいる。結果として結ばれたのはスギとチカコだが、サトルとチカコの間に恋が生まれていたかもしれない。そんな思い出を描くのは著者の得意とするところ。また、ここでは犬と猫どっちが好き?というおなじみのテーマが語られる。なぜならスギは犬派でチカコは猫派だから。

小学校、中学校、高校とサトルは大切な友人との旧交を温める。だが、彼らにはナナを託せない。コースケは家を出た奥さんを呼び戻すためナナを飼いたがるが、それを察したナナがゲージから出てこない。ヨシミネの飼い猫とは相性が悪く、スギとチカコのペンションにいる飼い犬とは相性が合わず、ナナを託せる相手は見つからない。だが、サトルがかつて結んだ人生の絆は再び温められて行く。彼らとのエピソードにはサトルとハチのその後が語られ、その思い出がナナとの旅によって思い出させられる。少しずつ、サトルがどうしてナナを飼えなくなったのかが明かされていく。そのあたりのさじ加減は絶妙。

最後にサトルとナナは北海道へ渡る。ここにサトルの両親は眠っている。墓参りを済ませる二人。墓は人が最後に辿り着く場所だ。北海道もまた、サトルにとって最後の場所となる。そこでサトルは叔母のノリコと最後の日々を過ごす。それはナナにとってもサトルとの最後の日々になる。

サトルとの旅の間、ナナがみたさまざまな景色が記憶に蘇る。ナナはサトルの病院から動かず、ただサトルのそばにいる。犬に比べて薄情と言われることの多い猫に、ナナのような感情はあることを著者は訴えたいかのようだ。とても感動させられる。

本書を読み、一カ月前に亡くなったチワワの風花のことを思った。そして残されたヨーキーの野乃花のことを思った。はじめて私が本格的に飼った犬が風花だ。風花を肩に載せたまま町田の駅前をともに闊歩した日々。北海道の幸福駅で行方不明になりかけて探し回った思い出。今の家に引っ越してすぐに2週間行方不明になり探し回った日々。

風花が亡くなってから、野乃花が私にべったりくっつくようになった。そして本書を読んだ数日後、私は野乃花を連れて八王子の金剛の滝に向かった。ここで野乃花と二人で山を歩き、滝を見た。野乃花に心があれば、滝を見ながら何を思うんやろうかと思った。旅猫リポートならぬ、滝犬リポートやな、とひとりごちた。そして野乃花や風花もナナのようにいろいろな心を持ちながら飼われていたんやろうな、と思った。本書を読むまで、私は本当に犬の立場で考えることがなかった。じっとこちらを見つめてくる時、犬には確かに感情がある。そして心がある。それは多分、猫も。

本書を読むと、犬猫の気持ちが少しは理解できるような気持ちになる。

‘2017/08/07-2017/08/08


人間臨終図鑑Ⅲ


そもそもこのシリーズを読み始めたのは、『人間臨終図鑑Ⅰ』のレビューにも書いた通り、武者小路実篤の最晩年に書かれたエッセイに衝撃を受けてだ。享年が若い順に著名人の生涯を追ってきた『人間臨終図鑑』シリーズも、ようやく本書が最終巻。本書になってようやく武者小路実篤も登場する。

本書に登場するのは享年が73歳以降の人々。73歳といえば、そろそろやるべきことはやり終え、従容として死の床に就く年齢ではないだろうか。と言いたいところだが、本書に登場する人々のほとんどの死にざまからは死に従う姿勢が感じられない。そこに悟りはなく、死を全力で拒みつつ、いやいやながら、しぶしぶと死んでいった印象が強い。

有名なところでは葛飾北斎。90歳近くまで生き、死ぬに当たって後5年絵筆を握れれば、本物の絵師になれるのに、と嘆きつつ死んでいった。その様は従容と死を受け入れる姿からはあまりにかけ離れている。本書に登場する他の方もそう。悟りきって死ぬ人は少数派だ。本書は120歳でなくなった泉重千代さんで締めくくられている(本書の刊行後、120歳に達していなかったことが確認されたようだが)。私が子供の頃になくなった重千代さんは当時、長寿世界一の名声を受けていた方。眠るように死んでいったとの報道を見た記憶がある。例えトリを飾った方が消えるように亡くなっていても、他の方々の死にざまから受ける印象は、死を受け入れ、完全な悟りの中に死んでいった人が少ないということだ。多くの方は、十分に死なず、不十分に死んだという印象を受ける。

わたしは30代の後半になってから、残された人生の時間があまりにも少ない事に恐れおののき、焦りはじめた。そして、常駐などしている暇はないと仕事のスタイルを変えた。私の父方の家系は長命で、祖母は100歳、祖父も95歳まで生きた。今の私は45歳。長命な家計を信じたところで後50年ほどしか生きられないだろう。あるいは来年、不慮の事故で命を落とすかもしれない。そんな限られた人生なのに私のやりたいことは多すぎる。やりたいことを全てやり終えるには、あと数万年は生きなければとても全うできないだろう。歳をとればとるほど、人生の有限性を感じ、意志の力、体力の衰えをいやおうなしに感じる。好きなことは引退してから、という悠長な気分にはとてもなれない。

多分私は、死ぬ間際になっても未練だらけの心境で死んでいくことだろう。そしてそれは多くの人に共通するのではないだろうか。老いた人々の全てが悟って死ねるわけではないと思う。もちろん、恍惚となり、桃源郷に遊んだまま死ねる人もいるだろう。ひょっとしたら武者小路実篤だってそうだったかもしれない。そういう人はある意味で幸せなのかもしれない。ただ、そういう死に方が幸せかどうかは、その人しか決められない。人の死はそれぞれしか体験できないのだから。結局、その人の人生とは、他人には評価できないし、善悪も決められない。だから他人の人生をとやかくいうのは無意味だし、他人から人生をとやかく言われるいわれもない。

今まで何千億人もの人々が人生を生き、死んでいった。無数の人生があり、そこには同じ数だけの後悔と悟りがあったはず。己の人生の外にも、無数の人生があったことに気づくことはなかなかない。身内がなくなり、友人がなくなる経験をし、人の死を味わったつもりでいてもなお、その千億倍の生き方と死にざまがあったことを実感するのは難しい。

私もそう。まだ両親は健在だ。また、母方の祖父は私が生まれる前の年に亡くなった。遠方に住んでいた母方の祖母と父方の祖母がなくなった際は、仕事が重なりお通夜や告別式に参列すらできなかった。結局、私がひつぎの中に眠る死者の顔を見た経験は数えるほどしかない。ひつぎに眠る死者とは、生者にただ見られるだけの存在だ。二度と語ることのない口。開くことのない眼。ぴくりとも動かない顔は、こちらがいくら見つめようとも反応を返すことはない。私がそのような姿を見た経験は数えるほどしかない。父方の祖父。大学時代に亡くなった友人二人。かつての仕事場の同僚。あとは、6,7度お通夜に参列したことがあるぐらい。祖父と友人の場合はお骨拾いもさせていただいた。もう一人の友人はなくなる前夜、体中にチューブがまかれ、生命が維持されていた状態で対面した。私が経験した死の経験とはそれぐらいだ。ただ、その経験の多少に関係なく、私は今までに千億の人々が死んでいったこと、それぞれにそれぞれの人生があったことをまだよく実感できていない。

『人間臨終図鑑』シリーズが素晴らしいこと。それは、これだけ多くの人々が生き死にを繰り返した事実だけで占められていることだ。『人間臨終図鑑』シリーズに登場した多くの人々の生き死にを一気に読むことにより、読み手には人の生き死にには無数の種類があり、読み手もまた確実に死ぬことを教えてくれる。著者による人物評も載せられてはいるが、それよりも人の生き死にの事実が羅列されていることに本書の価値はある。

人生が有限であることを知って初めて、人は時間を大切にし始める。自分に限られた時間しか残されていないことを痛感し、時間の使い道を工夫しはじめる。私もそう。『人間臨終図鑑』シリーズを読んだことがきっかけの一つとなった。自らの人生があとわずかである実感が迫ってからというもの、SNSに使う時間を減らそうと思い、痛勤ラッシュに使う時間を無くそうと躍起になった。それでもまだ、私にとって自分の人生があとわずかしか残されていないとの焦りが去ってゆく気配はない。多分私は、死ぬまで焦り続けるのだろう。

子供の頃の私は、自分が死ねばどうなるのかを突き詰めて考えていた。自分が死んでも世の中は変わらず続いていき、自分の眼からみた世界は二度と見られない。二度と物を考えたりできない。それが永遠に続いていく。死ねば無になるということは本に書かれていても、それは自分の他のあらゆる人々についてのこと。自分という主体が死ねばどうなるのかについて、誰も答えを持っていなかった。それがとても怖く、そして恐ろしかった。だが、成長していくにつれ、世事の忙しさが私からそのような哲学的な思索にふける暇を奪っていった。本書を読んだ今もなお、自我の観点で自分が死ねばどうなるか、というあの頃感じていた恐怖が戻ってくることはない。

だが、死ねば誰もが一緒であり、どういう人生を送ろうと死ねば無になるのだから、人生のんびり行こうぜ、という心境にはとても至れそうにない。だからこそ私は自分がどう生きなければならないか、どう人生を豊かに実りあるものにするかを求めて日々をジタバタしているのだと思う。

あとは世間に自分の人生の成果をどう出せるか。ここに登場した方々は皆、その道で名を成した方々ばかり。世間に成果を問い、それが認められた方だ。私もまた、その中に連なりたい。自分自身を納得させるインプットを溜め込みつつ、万人に認められるアウトプットを発信する。その両立は本当に難しい。引き続き、精進しなければなるまい。できれば毎年、自分の誕生日に自分の享年で亡くなった人の記事を読み、自分を戒めるためにも本書は持っておきたい。

果たして私が死に臨んだ時、自分が永遠の無の中に消えていくことへの恐れは克服できるのだろうか。また、諦めではなく、自分のやりたいことを成し遂げたことを心から信じて死ねるのか。それは、これからの私の生き方にかかっているのかもしれない。

‘2017/07/25-2017/07/26


日本代表はこれからも成長し続ける。


ロシアワールドカップが佳境を迎えています。

今朝未明には、日本がベルギーに対して後一歩まで追い詰める戦いを見せてくれました。私もテレビの前で応援していました。そして感動しました。サッカーの試合をみた後、ここまで放心状態になったのは久しぶりです。多分、ドーハの悲劇以来かも。でも、今は日本代表の選手やスタッフの皆さんに激闘をねぎらいたい気持ちでいっぱいです。特に今回のワールドカップの日本代表は攻める気持ちに満ちていたのでなおさらうれしかった。

もちろん、ポーランド戦の最後の8分+アディショナルタイムは、観ていた私もイライラが募りました。でも、よく考えると当然ありうる批判を承知であういう戦術を取ったのだから、それは逆説的に攻めの姿勢だといえます。ポーランド戦のあの時間の使い方にはさまざまな方から多様な意見がでました。それでいいと思います。いろいろな意見が同居してこそ成熟していけるのですから。さまざまな意見は成長にもつながります。私はあのパス回しは、ドーハの悲劇を経験したからこその成長だと思っています。

私は何よりも今回の戦いで日本の成長が感じられたことがうれしかった。感謝です。私にとって日本代表のあるべき姿とは、奇跡でもジャイアント・キリングを成し遂げることでもなく、着実な成長によって一歩一歩成長していくことなのです。ベスト8に行けなかったとしても、成長の結果があれば胸を張れます。なぜならそれは私自身の生き方にかぶるからです。

1993年のドーハの悲劇も同点シーンの直前までテレビ観戦していました。あの同点ゴールの瞬間、私はやきもきしていたあまりに見ちゃいられないと目を離しました。その悔しさから1997年のジョホールバルの歓喜はテレビで目撃していました。そして1998年、日本が初めて参加するフランス大会を応援に行こうと一念発起しました。スコットランドの蒸留所で働きながら、フランスへ休暇をとって遠征しようと。英文で蒸留所に履歴書を送りもしました。結局、渡英も渡仏もできませんでしたが、そのエネルギーは単身東京に出て一人暮らしする推進力となりました。上京した私は、2002年の日韓ワールドカップをスカパーのカスタマーセンターで体験しました。それはまさにワールドカップ景気の真っただ中でした。以来、2006年、2010年、2014年と毎回テレビで観戦しています。日本代表がワールドカップで戦う日々は、私が勤め人から個人事業主へ独立し、家族や家の問題で悩む私の人生の浮き沈みと軌を一つにしています。だからこそ、今回の日本代表チームがオフェンシブな姿勢を見せてくれたことがうれしいのです。守りではなく攻めの姿勢でいてくれたことが。

私の人生には失敗もたくさんあります。それは全て攻めの姿勢から出た失点です。でも、私は後悔していません。その失敗は私の糧となりました。ちょうど日本代表がドーハの悲劇で攻め続けたことで逆襲を食らい同点にされた経験を、今回のポーランド戦で生かしてくれたように。それが成長の証なのだと思っています。そして、批判されたポーランド戦の振る舞いを倍返しするかのように、ベルギー戦では躍動する姿で見返してくれました。ベルギー戦の最後のカウンターアタックも、性急に攻めたとの批判をあるようですが、私はそれを含めて誉めたいとおもいます。その姿は守りの姿勢では日本代表は強くなれないことの何よりの証明です。そして人生も守りに入るとそこで成長は終わりです。

おそらくファンの方には性急な結果を求める人もいることでしょう。ベスト8に進みたかったと。でも、私には今回の戦いで日本が成長していることを世界の人々に分かってもらったことで十分です。そしてピッチの中だけでなくスタンドでもそう。サポーターの皆さんがスタンドの清掃を率先して行うことで、日本が世界の中で存在感を見せてくれました。ベルギー戦の敗戦後もロッカールームをきちんと清掃した日本代表の姿も称賛されました。

私がサッカーを見始めたころの日本にとって、ワールドカップとは夢の世界でした。三菱ダイヤモンド・サッカー(かつて放映していたテレビ番組)の中で髪を振り乱して疾走するマリオ・ケンペスの姿に印象を受けた頃、私は日本がワールドカップに出られるなんて考えてもいませんでした。それから30何年。いまや日本は世界から称賛される国になりました。これを成長と呼ばずして、何と呼ぶのでしょう。成長を続けていけば、いずれは日本もベスト8に勝ち残り、ゆくゆくは決勝の舞台を戦うことだってあるでしょう。私が存命中に日本のキャプテンがトロフィーを掲げる姿が見られることもあるはず。女子がすでにそれを成し遂げているのですから。

私はサッカーと政治を結び付けることはくだらないと思います。政治とは関係なく、まずサッカーでさらなる成長を遂げること。それが望みです。そして日本サッカーの成長を楽しみながら、これからの人生を歩みたいと思っています。その望みを叶えるためには、もっと関心が高まらないと。日本が敗退したから「はい、ワールドカップみるのやんぴ」というのではなく、引き続きサッカーを見てほしいのです。これから準々決勝、準決勝、決勝と世界の強豪チームによる素晴らしい試合が見られるはず。今回も私が観た中でスペインVSポルトガル、アルゼンチンVSフランス、日本VSセネガル、日本VSベルギーといった名勝負がありました。同じように素晴らしい試合をまだ楽しめるはず。決して一過性のブームでやり過ごすのではなく、サッカーを楽しみ、サッカーに興味を持ってほしい。人々が祭りだけでなく、普段からサッカーに関心を持ってくれれば日本はさらに成長できるはず。

そんな私もここ十年ほどは、J1、J2の試合を年に一度見に行くぐらいの、ワールドカップの時に湧き出るにわかサッカーファンの一人に成り下がっていました。だからこそ私は、今回の日本代表の戦いに感銘を受け、これではいかんと思いました。そんなわけで、弊社にできることといえば地元チームのサポートです。今回、弊社は地元の町田ゼルビアの一口サポーターになりました。まだ弊社には余裕がないので一口しかサポートできませんし、オフィシャルサイトに名前も載りません。そもそも登録してくれたのはうちの妻ですし。ですが、私もこの機会に町田ゼルビアをまた応援しようと思います。町田ゼルビアは娘たちがチアリーディングチームに属し、お世話になったチーム。私もその頃は何度も観戦に行きました。なので、この機会にまず地元から協力しようと思います。そしてここ二年ほど、応援にも行けていないので、サポーターに登録したことを機会にゼルビアの試合から観に行こうと思います。日本がより強くなるためにも。


消えた少年たち<下>


上巻のレビューで本書はSFではないと書いたた。では本書はどういう小説なのか。それは一言では言えない。それほどに本書にはさまざまな要素が複雑に積み重ねられている。しかもそれぞれが深い。あえて言うなら本書はノンジャンルの小説だ。

フレッチャー家の日々が事細かに書かれていることで、本書は1980年代のアメリカを描いた大河小説と読むこともできる。家族の絆が色濃く描かれているから、ハートウォーミングな人情小説と呼ぶこともできる。ゲーム業界やコンピューター業界で自らの信ずる道を進もうと努力するステップの姿に焦点を合わせればビジネス小説として楽しむことだってできる。そして、本書はサスペンス・ミステリー小説と読むこともできる。おそらくどれも正解だ。なぜなら本書はどの要素をも含んでいるから。

サスペンスの要素もそう。上巻の冒頭で犯罪者と思しき男の独白がプロローグとして登場する。その時点で、ほとんどの読者は本書をサスペンス、またはミステリー小説だと受け取ることだろう。その後に描かれるフレッチャー家の日常や家族の絆にどれほどほだされようとも、冒頭に登場する怪しげな男の独白は読者に強烈な印象を残すはず。

そして上巻ではあまり取り上げられなかった子供の連続失踪事件が下巻ではフレッチャー家の話題に上る。その不気味な兆しは、ステップがゲームデザイナーとしての再起の足掛かりをつかもうとする合間に、ディアンヌが隣人のジェニーと交流を結ぶのと並行して、スティーヴィーが学校での生活に苦痛を感じる隙間に、スティーヴィ―が他の人には見えない友人と遊ぶ頻度が高くなるのと時期を合わせ、徐々に見えない霧となって生活に侵食してゆく。

上巻でもそうだが、フレッチャー夫妻には好感が持てる。その奮闘ぶりには感動すら覚える。愛情も交わしつつ、いさかいもする。相手の気持ちを思いやることもあれば、互いが意固地になることもある。そして、家族のために努力をいとわずに仕事をしながら自らの目指す道を信じて進む。フレッチャー夫妻に感じられるのは物語の中の登場人物と思えないリアルさだ。夫妻の会話がとても練り上げられているからこそ、読者は本書に、そしてフレッチャー家に感情移入できる。本書が心温まるストーリーとして成功できている理由もここにあると思う。

私は本書ほど夫婦の会話を徹底的に書いた小説をあまり知らない。会話量が多いだけではない。夫婦のどちらの側の立場にも平等に立っている。フレッチャー夫妻はお互いが考えの基盤を持っている。ディアンヌは神を信じる立場から人はこう生きるべきという考え。ステップは神の教えも敬い、コミュニティにも意義を感じているが、何よりも自らが人生で達成すべき目標が自分自身の中にあることを信じている。そして夫妻に共通しているのは、その生き方を正しいと信じ、それを貫くためには家族が欠かせないとの考えに立っていることだ。

この二つの生き方と考え方はおおかたの日本人になじみの薄いものだ。組織よりも個人を前に据える生き方と、信仰に積極的に携わり神を常に意識しながらの生き方。それは集団の規律を重んじ、宗教を文化や哲学的に受け止めるくせの強い日本人にはピンとこないと思う。少なくとも私にはそうだった。今でこそ組織に属することを潔しとせず個人の生き方を追求しているが、20代の頃の私は組織の中で生きることが当たり前との意識が強かった。

本書の底に流れる人生観は、日本人には違和感を与えることだろう。だからこそ私は本書に対して傑作であることには同意しても、解釈することがなかなかできなかった。多分その思いは日本人の多くに共通すると思う。だからこそ本書は読む価値がある。これが学術的な比較文化論であれば、はなから違う国を取り上げた内容と一歩引いた目線で読み手は読んでいたはず。ところが本書は小説だ。しかも要のコミュニケーションの部分がしっかりと書かれている。ニュースに出るような有名人の演ずるアメリカではなく、一般的な人々が描かれている本書を読み、読者は違和感を感じながらも感情を移入できるのだ。本書から読者が得るものはとても多いはず。

下巻が中盤を過ぎても、本書が何のジャンルに属するのか、おそらく読者には判然としないはずだ。そして著者もおそらく本書のジャンルを特定されることは望んでいないはず。自らがSF作家として認知されているからといって本書をSFの中に区分けされる事は特に嫌がるのではないか。

本書がなぜSFのジャンルに収められているのか。それはSFが未知を読者に提供するジャンルだから。未知とは本書に描かれる文化や人生観が、実感の部分で未知だから。だから本書はSFのジャンルに登録された。私はそう思う。早川文庫はミステリとSFしかなく、著者がSF作家として名高いために、安直に本書をSF文庫に収めたとは思いたくない。

本書の結末は、読者を惑わせ、そして感動させる。著者の仕掛けは周到に周到を重ねている。お見事と言うほかはない。本書は間違いなく傑作だ。このカタルシスだけを取り上げるとするなら、本書をミステリーの分野においてもよいぐらいに。それぐらい、本書から得られるカタルシスは優れたミステリから得られるそれを感じさせた。

本書はSFというジャンルでくくられるには、あまりにもスケールが大きい。だから、もし本書をSFだからと言う理由で読まない方がいればそれは惜しい。ぜひ読んでもらいたいと思える一冊だ。

‘2017/05/19-2017/05/24


消えた少年たち〈上〉


本書は早川SF文庫に収められている。そして著者はSF作家として、特に「エンダーのゲーム」の著者として名が知られている。ここまで条件が整えば本書をSF小説と思いたくもなる。だが、そうではない。

そもそもSFとは何か。一言でいえば「未知」こそがSFの焦点だ。SFに登場するのは登場人物や読者にとって未知の世界、未知の技術、未知の生物。未知の世界に投げこまれた主人公たちがどう考え、どう行動するかがSFの面白さだといってもよい。ところが本書には未知の出来事は登場しない。未知の出来事どころか、フレッチャー家とその周りの人物しか出てこない。

だから著者はフレッチャー家のことをとても丁寧に描く。フレッチャー家は、五人家族だ。家長のステップ、妻のディアンヌ、長男のスティーヴィー、次男のロビー、長女で生まれたばかりのベッツィ。ステップはゲームデザイナーとして生計を立てていたが、手掛けたゲームの売り上げが落ち込む。そして家族を養うために枯葉コンピューターのマニュアル作成の仕事にありつく。そのため、家族総出でノースカロライナに引っ越す。その引っ越しは小学校二年生のスティーヴィーにストレスを与える。スティーヴィーは転校した学校になじめず、他の人には見えない友人を作って遊び始める。ステップも定時勤務になじめず、ゲームデザイナーとしての再起をかける。時代は1980年代初めのアメリカ。

著者はそんな不安定なフレッチャー家の日々を細やかに丁寧に描く。読者は1980年代のアメリカをフレッチャー家の日常からうかがい知ることになる。本書が描く1980年代のアメリカとは、単なる表向きの暮らしや文化で表現できるアメリカではない。本書はよりリアルに、より細やかに1980年代のアメリカを描く。それも平凡な一家を通して。著者はフレッチャー家を通して当時の幸せで強いアメリカを描き出そうと試み、見事それに成功している。私は今までにたくさんの小説を読んできた。本書はその中でも、ずば抜けて異国の生活や文化を活写している。

例えば近所づきあい。フレッチャー家が近隣の住民とどうやって関係を築いて行くのか。その様子を著者は隣人たちとの会話を詳しく、そして適切に切り取る。そして読者に提示する。そこには読者にはわからない設定の飛躍もない。そして、登場人物たちが読者に内緒で話を進めることもない。全ては読者にわかりやすく展開されて行く。なので読者にはその会話が生き生きと感じられる。フレッチャー家と隣人の日々が容易に想像できるのだ。

また学校生活もそう。スティーヴィーがなじめない学校生活と、親に付いて回る学校関連の雑事。それらを丁寧に描くことで、読者にアメリカの学校生活をうまく伝えることに成功し。ている。読者は本書を読み、アメリカの小学校生活とその親が担う雑事が日本のそれと大差ないことを知る。そこから知ることができるのは、人が生きていく上で直面する悩みだ。そこには国や文化の差は関係ない。本書に登場する悩みとは全て自分の身の上に起こり得ることなのだ。読者はそれを実感しながらフレッチャー家の日々に感情を委ね、フレッチャー家の人々の行動に心を揺さぶられる。

さらには宗教をきっちり描いていることも本書の特徴だ。フレッチャー夫妻はモルモン教の敬虔な信者だ。引っ越す前に所属していた協会では役目を持ち、地域活動も行ってきた。ノースカロライナでも、モルモン教会での活動を通して地域に溶け込む。モルモン教の布教活動は日本でもよく見かける。私も自転車に乗った二人組に何度も話しかけられた。ところがモルモン教の信徒の生活となると全く想像がつかない。そもそもおおかたの日本人にとって、定例行事と宗教を結びつけることが難しい。もちろん日本でも宗教は日常に登場する。仏教や神道には慶弔のたびにお世話になる。だが、その程度だ。僧侶や神官でもない限り、毎週毎週、定例の宗教行事に携わる人は少数派だろう。私もそう。ところがフレッチャー夫妻の日常には毎週の教会での活動がきっちりと組み込まれている。そしてそれを本書はきっちりと描いている。先に本書には未知の出来事は出てこないと書いた。だが、この点は違う。日々の中に宗教がどう関わってくるか。それが日本人のわれわれにとっては未知の点だ。そして本書で一番とっつきにくい点でもある。

ところが、そこを理解しないとフレッチャー夫妻の濃密な会話の意味が理解できない。本書はフレッチャー家を通して1980年代のアメリカを描いている。そしてフレッチャー家を切り盛りするのはステップとディアンヌだ。夫妻の考え方と会話こそが本書を押し進める。そして肝として機能する。いうならば、彼らの会話の内容こそが1980年代のアメリカを体現していると言えるのだ。彼らが仲睦まじく、時にはいさかいながら家族を経営していく様子。そして、それが実にリアルに生き生きと描かれているからこそ、読者は本書にのめり込める。

また、本書から感じ取れる1980年代のアメリカとは、ステップのゲームデザイナーとしての望みや、コンピューターのマニュアル製作者としての業務の中からも感じられる。この当時のアメリカのゲームやコンピューター業界が活気にあふれていたことは良く知られている。今でもインターネットがあまねく行き渡り、情報処理に関する言語は英語が支配的だ。それは1980年代のアメリカに遡るとよく理解できる。任天堂やソニーがゲーム業界を席巻する前のアタリがアメリカのゲーム業界を支配していた時代。コモドール64やIBMの時代。IBMがDOS-V機でオープンなパソコンを世に広める時代。本書はその辺りの事情が描かれる。それらの描写が本書にかろうじてSFっぽい味付けをあたえている。

では、本書には娯楽的な要素はないのだろうか。読者の気を惹くような所はないのだろうか。大丈夫、それも用意されている。家族の日々の中に生じるわずかなほころびから。読者はそこに興を持ちつつ、下巻へと進んでいけることだろう。

‘2017/05/13-2017/05/18


The Greatest Showman


私が、同じ作品を映画館で複数回みることは珍しい。というよりも数十年ぶりのことだ。私が子供の頃は上映が終わった後もしばらく客席にいれば次の回を観ることができた。今のように座席指定ではなかったからだ。だが、いまやそんな事はできない。そして私自身、同じ映画を二度も映画館で観る時間のゆとりも持てなくなってきた。

だが、本作は妻がまた観たいというので一緒に観た。妻子は三度目、私は二度目。

一度目に観た時。それは素晴らしい観劇の体験だった。だが、すべてが初めてだったので私の中で吸収しきれなかった。レビューにもしたため、サウンドトラックもヘビーローテーションで聞きまくった。それだけ本作にどっぷりはまったからこそ、二度目の今回は作品に対し十分な余裕をもって臨むことができた。

二回目であっても本作は十分私を楽しませてくれた。むしろ、フィリップとバーナムがバーのカウンターで丁々発止とやりあう場面、アンとフィリップがロープを操りながら飛びまわるシーンは、前回よりも感動したといってよい。この両シーンは数ある映画の中でも私の記憶に刻まれた。

今回、私は主演のヒュー・ジャックマンの表情に注目した。いったいこの映画のどこに惹かれるのか。それは私にとってはヒュー・ジャックマンが扮したP・T・バーナムの生き方に他ならない。リスクをとってチャレンジする生き方。バーナムの人生観は、上にも触れたフィリップをスカウトしようとバーでグラスアクションを交えながらのシーンで存分に味わえる。ただ、私はバーナムについてよく知らない。私が知るバーナムとはあくまでも本作でヒュー・ジャックマンが演じた主人公の姿だ。つまり、私がバーナムに対して魅力を感じたとすれば、それはヒュー・ジャックマンが表現した人物にすぎない。

ということは、私はこの映画でヒュー・ジャックマンの演技と表情に惹かれたのだ。一回目の鑑賞ではそこまで目を遣る余裕がなかった。が、今回はヒュー・ジャックマンの表情に注視した。

するとどうだろう。ヒュー・ジャックマンの表情が本作に力を漲らせていることに気づく。彼の演技がバーナムに魅力を備えさせているのだ。それこそが俳優というものだ。真の俳優にセリフはいらない。真の俳優とはセリフがなくとも表情だけで雄弁に語るのだ。本作のヒュー・ジャックマンのように。

本作で描かれるP・T・バーナムは、飽くなき挑戦心を持つ人物だ。その背景には自らの生まれに対する反骨心がある。それは彼に上流階級に登り詰めようとする覇気をもたらす。

その心のありようが大きく出るのが、バーナムとバーナムの義父が対峙するシーンだ。本作では都度四回、バーナムと義父が相まみえるシーンがある。最初は子供の頃。屋敷を訪れたバーナムが淑女教育を受けているチャリティを笑わせる。父から叱責されるチャリティを見かねたバーナム少年は、笑わせたのは自分だと罪を被り、義父から張り手をくらわされる。このシーンが後々の伏線になっていることは言うまでもないが、このシーンを演じるのはヒュー・ジャックマンではなく子役だ。

次は、大人になったバーナムがチャリティ家を訪れるシーンだ。この時のバーナムは意気揚々。自信満々にチャリティをもらい受けに訪れる。ヒュー・ジャックマンの表情のどこを探しても臆する気持ちや不安はない。顔全体に希望が輝いている。そんな表情を振りまきながら堂々と正面から義父に対し、その場でチャリティを連れて帰る。

三度目は、パーティーの席上だ。ここでのバーナムはサーカスで名を売っただけに飽き足らず、ジェニー・リンドのアメリカ公演の興行主として大成功を収めたパーティーの席上だ。上流階級の人々に自分を認めさせようとしたバーナムは、当然認めてもらえるものと思いチャリティの両親も招く。バーナムは義父母をリンドに紹介しようとする。ところが義父母の言動がまだ自分を見下していることを悟るや否や、一言「出ていけ」と追い出す。この時のヒュー・ジャックマンの表情が見ものだ。バーナムはおもてでは愛嬌を振りまいているが、裏には複雑な劣等感が潜んでいる。そんな複雑な内面をヒュー・ジャックマンの表情はとてもよく表していた。そしてチャリティの両親をパーティーから追い出した直後、乾杯の発声を頼まれたバーナムは、堅い表情を崩せずにいる。さすがにむりやり微笑んで乾杯の発声を務めるが、その自らの中にある屈託を押し殺そうとするヒュー・ジャックマンの表情がとてもよかった。

なぜ私はこれほどまでに彼の義父との対峙に肩入れするのか。それは、私自身にも覚えのある感情だからだ。自らの境遇に甘んじず、さらに上を目指す向上心。その気持ちは周りから見くだされ、軽んじられると発奮して燃え上がる。だが、燃え上がる内面は押し隠し、愛嬌のある自分を振る舞いつづける。この時のヒュー・ジャックマンの顔つきは、バーナムの内面の無念さと焦りと怒りをよく表していたと思う。そして結婚直前の私の心も。

四度目は、再びバーナムが実家に戻ったチャリティを迎えに行くシーンだ。火事で劇場を失い、ジェニー・リンドとのスキャンダル報道でチャリティも失ったバーナム。彼がFrom Now On、今からやり直そうとチャリティの屋敷に妻子を取り戻しに行くシーンだ。ここで彼は、義父に対して気負わず当たり前のように妻を取り戻しに来たと伝える。その表情は若きバーナムが最初にチャリティをもらい受けに乗り込んだ時のよう。ここで義父に対して媚びずに、そして勝ち誇った顔も見せない。これがよかった。そんな見せかけの虚勢ではなく、心から自らを信じる男が醸し出す不動の構え。

よく、悲しい時は無理やり笑えという。顔の表情筋の動きが脳に信号として伝えられ、悲しい気分であるはずの脳がうれしい気分だとだまされてしまう。その生活の知恵はスクリーンの上であっても同じはず。

本作でヒュー・ジャックマンの表情がもっとも起伏に満ちていたのが義父とのシーン。ということは、本作の肝心のところはそこにあるはずなのだ。反骨と情熱。

だが、一つだけ本作の中でヒュー・ジャックマンの表情に精彩が感じられなかったシーンがある。それはジェニー・リンドとのシーンだ。最初にジェニー・リンドと会う時のヒュー・ジャックマンの表情はよかった。ジェニー・リンドの歌声をはじめて舞台袖で聞き、公演の成功を確信したバーナムの顔が破顔し、安堵に満ちてゆく様子も抜群だ。だが、ジェニー・リンドから女の誘いを受けたバーナムが、逡巡した結果、話をはぐらかしてリンドから離れるシーン。ここの表情がいまいち腑に落ちなかった。もちろんバーナムは妻への操を立てるため、リンドからの誘惑を断ったのだろう。だが、それにしてはヒュー・ジャックマンの表情はあまりにも曖昧だ。ぼやけていたといってもよいほどに。もちろんこのシーンではバーナムは妻への操とリンドとの公演、リンド自身の魅力のはざまに揺れていたはずだ。だから表情はどっちつかずなのかもしれない。だが、彼が迷いを断ち切るまでの表情の移り変わりがはっきりと観客に伝わってこなかったと思う。

それはなぜかといえば、このシーン自体が曖昧だったからだと思う。リンドはせっかく秋波を投げたバーナムに振られる。そのことでプライドを傷つけられ公演から降りると啖呵を切る。そして金のために自分を利用したとバーナムを攻め、スキャンダルの火種となりかねない別れのキスを舞台でバーナムにする。ところが、公演を降りるのはいささか唐突のように思える。果たしてプライドを傷つけられただけですぐに公演を降りるのだろうか。おそらくそこには、もっと前からのいきさつが積み重なった結果ではないだろうか。それは、映画の上の演出に違いない。そもそも限られた時間で、リンドは誘惑し、バーナムがリンドから誘惑に初めて気づき、その場でさりげなく身をかわす。そんなことは起こるはずがない。それは映画としての演出上の都合であって、それだけの時間で演出をしようとするから無理が生じるのだ。Wikipediaのジェニー・リンドの項目を信じれば、リンドが公演を降りたのは、バーナムの強引な興業スケジュールに疲れたリンドからの申し出だとか。それがどこまで真実かはわからない。が、本作ではあえて劇的な方法で二人を別れさせ、リンドとバーナムのスキャンダルにつなげたいという脚本上の意図があったのだろう。だが、その意図が練られておらず、かえってヒュー・ジャックマンからも演技の方向性を隠してしまったのではないか。それがあのような曖昧な表情につながってしまったのではないかと思う。

他のシーンで踊り歌うヒュー・ジャックマンの表情に非難をさしはさむ余地はない。だからこそ、上のシーンのほころびが惜しかった。

‘2018/04/02 イオンシネマ多摩センター


モナドの領域


本書の帯にはこう書かれている。「我が最高傑作にしておそらく最後の長編」

本書が著者の最高傑作かどうかは、書き手と読み手の主観の問題だ。私にとって著者の傑作短篇はいくつも脳裏に浮かぶ。が、長編の最高傑作と言われてもすぐには選べない。だが一つだけ確かにいえるのは、本書が著者の思索の到達点であることだ。

作品の舞台を全くの異世界に置き、異世界を訪れた人類が認識のギャップに右往左往する様を描いたSF的手法から始まった著者の作家生活。著者の文学的冒険は、読み手と書き手の世界を客観的に描写するメタ手法へと進む。さらに認識や現象の本質に迫る哲学的な作品まで。著者の扱うテーマはどんどんと進化を遂げてきた。

そして本書だ。

本書で著者は、あらゆる存在の創造主を登場させる。地球や地球の属する宇宙よりもさらに上のレベルの枠組みを創造した存在。人間が思い浮かべる神よりももっと先の超越した「それ」。「それ」が本書に出てくる創造者だ。

ある目的があって人間の体を借りた創造者は、人々の過去や正体をこともなげに当ててゆく。おりしも、街には片腕と片足だけが突如現れる事件が起こり、物騒な雰囲気が漂っている。創造者はあえて自分を公衆の目に晒す。創造主の目的は、本稿では書かない。だが、本書を掌る役目なのは創造者だ。そして創造者は著者の分身となって物語を自在に進行させる。

本書で圧巻なのは創造者と人々の対話シーンだろう。いや、対話とは言いすぎか。人々と創造者が対等なはずがないからだ。そのシーンでは人々が創造者に問い掛け、創造者がそれに答える。その様子は師と弟子の問答のよう。人々が創造者に問いたいことは様々だ。検事が、クリスチャンが、哲学者が、サラリーマンが、弁護士が、科学評論家が、経営者が、政治評論家が、それぞれの悩みを創造者に問う。

彼らの問いは、彼ら自身にとっては切実なものだ。創造者はそれらの問いを造作なくさばいてゆく。創造者にとっては取るに足りない問いといわんばかりに。多分、82歳の著者にとってもそれらの問いの多くは取るに足りないものなのだと思う。そして、本書に登場する問いからは、著者の関心分野も読み取れて興味深い。ちなみに問いの中には宗教間の争いも、科学技術の行く末や、環境問題の解決法についても登場する。ところが、国際政治、特に日中韓の関係について問いかけようとする人物はいるが、その質問者はすぐに退場させられる。本書で取り上げられる他の問題に比べれば、国と国の間の関係はあまり大したことではない、という著者の考えが垣間見える。国際政治に関する著者のスタンスがうかがえて興味深い。

さらに本書を読んで感じたのは集合知の未熟だ。本書を読んでいると、ITがもたらしたはずの集合知が人々の切実な問いに答えられない事実を痛感する。知恵袋やOK waveといったQAサイトはあるが、それらのサイト内で人々の悩みに答えるのは他の回答者。つまり人力だ。哲学的な問題や科学技術の問題もそう。ITがそれらの問題に回答できる日が来るのはいつの日だろうか。今のITに期待される知恵とは、ビッグデータの集積から導き出される人工知能による回答をさす。だが、今のITに蓄積されつつある集合知とは、人間の知恵の延長線上にある。つまり今の段階ではITは神にはなり得ていないのだ。

そして著者はSF的な設定手法を本書に持ち込みつつも、技術論や科学論の袋小路に入り込んむ過ちを犯さない。しかもそれでいて難解な人間存在のあり方について分かりやすく説く。SFにはこういうアプローチもあるのだと感心させられた。

思索の内容といい、アプローチの手法といい、本書は著者の思索の到達点だ。その思索の成果を創造者の口を借りて語ったのが本書だ。だからこそ、著者をして最高傑作と言わせたのだろう。私も本書を著者の代表作の一つに推したい。ただ著者のファンとしては、ここまでの高みに登ってからの作家活動が気になる。可能ならばあと一編は著者の長編を読みたいものだ。そんな願いを抱きつつ、著者のブログ「偽文士日録」をチェックしよう。

‘2017/03/17-2017/03/17


悟浄出立


本書によって著者は正統な作家の仲間入りを果たしたのではないか。

のっけからこう書いたはよいが、正統な作家とは曖昧な呼び方だ。そして誤解を招きかねない。何をもって正統な作家と呼べばよいのか。そもそも正統な作家など存在するのか。正当な作家とは、あえていうなら奇をてらわない小説を書く作家とでもいえばよいかもしれない。では本書はどうなのか、といえばまさに奇をてらわない小説なのだ。そう言って差し支えないほど本書の語り口や筋書きには正統な一本の芯が通っている。

今まで私は著者が世に問うてきた著作のほとんど読んできた。そして作品ごとに凝らされた奇想天外なプロットに親しんできた。その奇想は著者の作風である。そして私が著者の新作に期待する理由でもある。ところが本書の内容はいたって正統だ。それは私を落胆させるどころか驚かせ、そして喜ばせた。

文体には今までの著者の作風がにじんでいる。だが、その文体から紡ぎだされる物語は簡潔であり、起承転結の形を備えている。驚くほど真っ当な内容だ。そして正統な歴史小説や時代小説作家が書くような品格に満ちている。例えば井上靖のような。または中島敦のような。

著者の持ち味を損なわず、本書のような作品を生み出したことを、著者の新たなステージとして喜びたいと思う。

本書に収められた五編は、いずれも中国の古典小説や故事に題材を採っている。「悟浄出立」は西遊記。「趙雲西行」は三国志演義。「虞姫寂静」は史記の項羽伝。「法家孤憤」は史記に収められた荊軻の挿話。「父司馬遷」は司馬遷の挿話。

それぞれは単に有名小説を範としただけの内容ではない。著者による独自の解釈と、そこに由来する独自の翻案が施されている。それらは本書に優れた短編小説から読者が得られる人生の糧を与えている。

「悟浄出立」は沙悟浄の視点で描かれる。沙悟浄は知っての通り河童の妖怪だ。三蔵法師を師父と崇め、孫悟空と猪八戒と共に天竺へと旅している。活発で短気だが滅法強い孫悟空に、対極的な怠け癖を持つ猪八戒。個性的な二人の間で沙悟浄は傍観者の立場を堅持し、目立たぬ従者のように個性の薄い妖怪であることを意識している。ただ従者としてついて歩くだけの存在。そのことを自覚しているがそれを積極的に直そうともしない。

そんな沙悟浄は、怠け癖の極致にある猪八戒がかつて無敵の天蓬元帥として尊敬されていたことを知る。なにが彼をそこまで堕落させたのか。沙悟浄は問わず語りに猪八戒から聞き出してみる。それに対して猪八戒から返ってきた答えが沙悟浄に自覚をもたらす。猪八戒はかつて天蓬元帥だった頃、天神地仙とは完成された存在であることを当たり前と思い込んでいた。ところが過ちがもとで天から追放された人間界では、すでに完成されていることではなく、完成に至るまでの過程に尊さがあることを知る。猪八戒の怠け癖やぐうたらな態度も全ては過程を存分に味わうための姿。

そんな猪八戒の人生観に感化された沙悟浄は、自ら進んで完成までの経過を歩みたいと思う。そして従者であることをやめ、一団を先導する一歩を踏み出す。それはまさに「出立」である。

「趙雲西航」は、趙雲が主人公だ。趙雲といえば三国志の蜀の五虎将軍の一人としてあまりにも有名だ。蜀を建国したのは劉備。だが、劉備率いる軍勢は魏の曹操や呉の孫権と比べて基盤が未熟で国力も定まっていない流浪の時期が長かった。劉備玄徳の人徳の下、関羽や張飛と共に各地を転戦する中、諸葛亮孔明という稀有の人物を軍師に迎え、運が開ける。諸葛亮の献策により、劉備の軍勢は蜀の地に活路を見いだす。本編は蜀へと向かって長江を遡上する舟の上が舞台だ。

慣れぬ舟の上で船酔いに苦しむ趙雲は、自らの心が晴れぬことを気にしていた。それは間も無く50に手が届く自らの年齢によるものか、それとも心が弱くなったからか。冷静沈着を旨とする趙雲子龍の心からは迷いが去らない。

先行していた諸葛亮孔明より招きを受け、陸に上がった趙雲は、陸に上がったにもかかわらず、気が一向に晴れない心をいぶかしく思う。なぜなのか。理由は模糊としてつかみ取れない。

そんな趙雲の心の曇りが晴れるきっかけは、諸葛亮孔明が発した言葉によって得られた。諸葛亮が言外ににおわせたそれは、郷愁。趙雲は中原でも北東にある沛県の出身だ。そこから各地を転戦し、今は中原でも真逆の南西にある蜀へ向かいつつある。名声はそれなりに得てきたが、逐電してきた故郷にはいまだ錦が飾れずにいる。それが今でも残念に思っていた。そしてこのまま蜀の地に向かうことは、故郷の母と永遠に別れることを意味する。天下に轟かせた自らの名声も、親不孝をなした自らの両親に届かなければ何の意味があろうか。そんな真面目な英雄の迷いと孝心からくる悔いが描かれる。これまた味わい深い一篇だ。私のような故郷から出てきた者にとってはなおさら。

「虞姫寂静」は、虞美人草の由来ともなった虞姫と項羽の関係を描いている。虞姫は項羽の寵愛を一身に受けていた。だが項羽は劉邦に敗れて形勢不利となり、ついには垓下において四面楚歌の故事で知られるとおり劉邦軍に包囲されてしまう。

自らの死期を悟った項羽は、虞姫を逃がすために暇を申しつける。項羽と共に最期を遂げたいと泣いて願う虞姫に対し、項羽は虞の名を召し上げる。そうすることで、虞姫を項羽の所有物でなくし、自由にしようとする。意味が解らず呆然とする彼女の前に表れたのは范賈。項羽の軍師として有名な范増の甥に当たる人物だ。そもそも虞姫を項羽に娶わせたのも范増だ。その甥の范賈が虞姫に対し、なぜ項羽がここまで虞姫を寵愛したのか理由を明かす。

その理由とは、虞姫が項羽の殺された正妃に瓜二つだったから。誰よりも項羽に愛されていた自らの驕りに恥じ入り、その愚かさに絶望する虞姫。やがて死地に赴こうとする項羽の前に再び現れた虞姫は渾身の舞を披露し、再び項羽から信頼と虞の名を取り戻すと、その場で自死し果てる。虞美人草の逸話の陰にこのような女の誇りが隠れていたなど、私は著者が詳らかにするまでは想像すらできなかった。これまた愛の業を堪能できる一篇だ。

「法家孤憤」は、荊軻の話だ。荊軻とは秦の始皇帝の暗殺に後一歩のところまで迫った男。燕の高官に短期間で上り詰め、正規の使者として始皇帝の下に近づく機会を得る。だが、後ほんのわずかなところで暗殺に失敗する。

だが、本編が主題とするのは暗殺失敗の様子ではない。しかも主人公は荊軻ですらない。荊軻と同じ読みを持つ京科が主人公だ。同じ読みであるため官吏の試験で一緒になった二人。しかも試験官の間違いから京科だけが官吏に受かってしまう。望みを絶たれた荊軻は京科に法家の竹簡を託すといずこともなく姿を消してしまう。

数年後、暗殺者として姿を現した荊軻は、始皇帝暗殺の挙に出る。そして失敗する。一方、荊軻より劣っていたはずの京科は官吏として実務経験を積み、今や秦が歩もうとする法治国家の担い手の一員だ。京科は、かつて己に法家の竹簡を託した荊軻は法家の徒ではなく、己こそが正統な法家の徒であることを宣言する。

歴史とはその時代を生きた人の織りなすドラマだ。そこに主義を実現するための手段の優劣はなく、個人と組織の相克もない。そこにあるのは、歴史が後世の読者に諭す人として生きる道の複雑さと滋味だけだ。

「父司馬遷」。これは末尾を飾る一編である。そして印象的な一編だ。あえて漢の武帝に逆らい、匈奴に囚われの身となった友人の李陵をかばったことで宮刑に処された司馬遷。宮刑とは、宦官と同じく男を男でなくする刑だ。腐刑ともいわれ、当時の男子にとっては死にも勝る屈辱だった。本編の主人公は司馬遷の娘だ。兄たちや母が宮刑を受けた父から遠ざかる中、彼女は父に近づく。そして生きる意味を失いかけていた父に対して「士は、己を知る者のため、死す」と啖呵を切る。娘から投げられた厳しい言葉は、司馬遷を絶望から救いだす。今なお中国の史書として不朽の名声を得ている史記が知られるようになったきっかけは、司馬遷の娘の子供が当時の帝に祖父の遺した書を伝えてことによるという。

娘が父の心を救う。それは封建的な考えが支配的だった当時では考えにくい。だが、それをあえて成し、父の心を奮い立たせた娘の行いこそ父を思いやる強さがある。そんなことを味わいながら読みたい一編だ。

五編のどれもが正統で味わい深い。まさに本書は著者にとって転機となる一冊だと思う。

‘2017/03/16-2017/03/16


ウィスキー・ドリーム─アイラ島のシングルモルトに賭けた男たち


夢を追う楽しみ。夢に向かって進む喜び。

本書はウイスキー造りの夢を追う人々の物語だ。

ここ10数年ほど、世界的にウイスキーが盛り上がりを見せている。だが、20年ほど前はウイスキーの消費が落ち込み、スコットランドのあちこちで蒸溜所が閉鎖を余儀なくされた。本書の舞台であるBruichladdichもそう。

スコットランド 、アイラ島。そこはモルト好きにとって憧れの地だ。大西洋に面し、荒々しく陰鬱な天気にも翻弄されるこの地は、ウイスキー作りに最適とされている。アイラ島のウイスキーといえば、地の利を生かした個性的な味が世界のウイスキーの中でも異彩を放っている。ボウモア、ラフロイグ、ラガヴーリン、アードベッグ、ブナハーヴン、キルホーマン、カリラなど、世界的に有名なブランドも擁している。Bruichladdichもその一つ。

ウイスキーの製造工程の中で麦を糖化させるため麦芽にする作業がある。麦の発芽を促すことで、でんぷんを糖に変える作業だ。しかしそこから芽が出てしまうと、今度は逆に麦芽の中の糖分が減ってしまう。そのため、ピートを焚いて麦芽をいぶし、発芽を止める。その時に使うピートとは、ヘザー(ヒース)が枯れて堆積し、長い年月をへて泥炭となったものだ。ピートをいぶすことで麦芽にピートの香りがつく。そしてピート自体が、長年大西洋の潮の香りを吸い込んでいる。そのため、ピート自体が独特な香味をウイスキーに与えるのだ。アイラ島のウイスキーにはそのヨード臭とも呼ばれる薬品のような香りが特徴だ。(あえてピートを焚かない蒸留所もあるが。)

80年代のウイスキー不況によって、Bruichladdichは閉じられてしまい、操業再開のめどもないまま大資本の間を転々としていた。それに目をつけたのがロンドンでワインを商っていたMark Reynier。彼はワインで培ったノウハウはウイスキーでも生かせるはずと買収に乗り出す。そしてBruichladdichの所有者に何年ものあいだ働きかけ続ける。難航していた資金調達も劇的なほどに土壇場でめどがつき、蒸留所の買取に成功する。まさに夢を追い、それを努力によって成就させた幸せな人だ。

夢とは単に願うだけでは叶わない。本書は夢を実現するにあたって、全ての人が覚悟しておかねばならない苦難と苦労がつづられた本だ。そして実現したら何物にも勝る喜びが待っていることも記されている。

アイラ島の様子はGoogle マップやストリートビューを使えば、日本にいながら確認できる。私も何度もディスプレイ上で憧れの地を探索している。そこでわかるのはアイラ島が純然たる田舎であることだ。だがMarkはそこも含めて惚れ込んだのだろう。ロンドンの渋滞や都会生活に心底辟易していたMarkが何度も漏らす言葉が本書には紹介されている。その言葉はMarkと同じく都会に疲れている私には同感できるものだ。

本書を読んでいると、人生を何かに賭けることの意味やその尊さが理解できる。都会でしか得られないものは確かにある。だが、都会で失うものの多さもかなりのダメージを人生に与える。

Bruichladdichの場合、幸運もあった。それはJim McEwanをボウモア蒸留所から迎えたことだ。伝説のブレンダーとして知られるJimは15才からボウモア蒸留所で経験を積んでいた。ボウモア蒸留所はサントリーが所有している。Jimはサントリーの下で世界中をマーケティング活動で回る役目もこなさねばならず疲れを感じていた。そんなJimとMarkの夢が交わりあい、JimはBruichladdichでウイスキー造りの陣頭指揮を取る立場に就く。閉鎖前に蒸留所長だった人物や他のメンバーも参加し、蒸留を再開することになる。

本書には、Bruichladdichで蒸留が始まる様子や、最初のテスト蒸留の苦心などウイスキーが好きな読者には感動できる所が多い。Bruichladdichの蒸留工程で使われる施設にはビクトリア時代から使われているというマッシュタン(糖化槽)やウォッシュバック(発酵槽)など。それを使いながら、人力で蒸留してゆくのがウイスキー作りのだいご味。それらの描写はウイスキー党にとっては耐えがたいまでに魅力的だ。

本書で面白いのは、本場のウイスキー造りの野卑な側面も臆せず書いていることだ。日本の蒸留所を訪れるとウイスキー造りに洗練され統制された印象を受ける。だが、ひと昔前のスコットランドのウイスキーの現場は本書で書かれるように荒削りだったのだろう。これは日本の蒸溜所を描いた書籍には見られない。また、何度も日本の蒸留所を訪れた私にもわからない雰囲気だ。本書からは本場のウイスキー造りのライブ感が伺えるのがとてもうれしい。

ここまで苦心して作られたウイスキー。それがアクアマリン色の目立つボトルでバーに置かれれば、呑助にとって飲まずにはいられない。あえてアクアマリン色のボトルにするなどの、マーケティング面の努力が功を奏し、Bruichladdich三年目ぐらいで黒字を達成する。

Markの想いは尽きない。彼の想いは全ての原料をアイラ島で供給したウイスキー造りにも向く。その製品は私も以前バーで見かけたことがある。まだ飲んだことはないが、こだわりの逸品と呼んでよいだろう。さらにはフェノール値(ピートを燻して得られる煙香の成分)が200PPMを超えたというOCTOMOREへの挑戦も本書にかかれている。また、Bruichladdichの近所にありながら1983年に閉鎖されたままとなっているポート・エレン蒸溜所の復活にまでMarkの想いは向かう。さらにはジンの蒸留に乗り出したりと、その展開は留まるところを知らない。

本書はポート・エレン蒸溜所を復活させる夢に向けて奔走する描写で本書はおわる。

だが、本書が刊行された後のBruichladdichにはいくつか状況の変化があったようだ。それは大手資本の導入。Markとその仲間による買収は全くの自己資本によるものだった。それは彼らの理想が大手資本の論理から独立した真のウイスキー造りにこだわることにあったからだ。その熱き想いは本書のあちこちに引用される。だが、これを書いている今、Bruichladdichの所有者はフランスのレミー・コアントローだ。本書には、彼らの理想に反し、レミー社の資本を受け入れるに至った経緯は書かれていない。それはぜひ知りたかったのだが。それともう一つの出来事はポート・エレン蒸溜所の復活を断念したニュースだ。これもまた残念なニュースだ。ポート・エレン蒸留所については、本書を読んで半年ほどたった頃、ウイスキー業界の大手であるディアジオ社が復活させるニュースが飛び込んできた。それはそれで喜ばしいニュースだが、私としては個人の力の限界を思い知らされるようで複雑な気分だ。

だが、Bruichladdichのウイスキー造りの夢は潰えたわけではない。それを確かめるために本書を読んだ数日後、新宿のバーhermitを訪れた。そこで飲んだのがアクアマリン色のボトルでおなじみのBruichladdich12年と、OCTOMOREだ。実は両者を飲むのは私にとっては初めてかもしれない。特にOCTOMOREは全くの初めて。ともにおいしかったのはもちろんだがOCTOMOREには強烈な衝撃を受けた。これは癖になりそう。そして、これだからウイスキー飲みはやめられないのだ。

20年ほど前、私は本場でウイスキーを知りたいとMcCallan蒸溜所に手紙を送ったことがある。雇ってほしいと。また、私が大阪の梅田でよく訪れるBar Harbour Innのオーナーさんや常連客の皆さんで催すボウモア蒸溜所訪問ツアーに誘われたこともある。しかし、私はともに実現できていない。本書を読み、Bruichladdichを味わった事でますます行きたくなった。それは今や私の夢となって膨らんでいる。

もちろん、私の夢など本書で紹介された夢よりはずいぶんと小粒だ。だが、まずは夢を願うだけでなく、実現させなければ。スコットランドに行きたいという思い、アイラ島やスカイ島の蒸留所を巡りたいとの思いが、本書を読んで燃え盛っている。かならずや実現させる。

‘2017/02/18-2017/02/20


The Greatest Showman


私は劇場で舞台や映画を観る前にあまりパンフレットを読まない。だが、本作は珍しいことに見る前にパンフレットを読んでいた。なぜなら妻と長女が先に観ていて、パンフレットを購入していたからだ。だから軽くストーリーの概要だけは知った上でスクリーンの前に臨んだ。家族四人で観たのだが、妻と長女は二回目の鑑賞となる。妻子にとっては何度も観たいというほど、本作に惚れ込んでいるようだ。

妻子の言う通り、確かに本作は素晴らしい。何がいいって、とにかく曲がいい。本作にはとてもキャッチーで耳に残る楽曲が多い。ミュージカルが好きな妻子にとってはミュージカル映画の王道を行く本作はたまらないと思う。私もミュージカルの舞台や映画はよく見るのだが、本作に流れる曲の水準の高さは他の名作と呼ばれるミュージカル舞台や映画に比べても引けを取らないと思う。かなりお勧めだ。妻が最初の鑑賞でサウンドトラックを買った気持ちもわかる。

妻から事前に聞いていたのは、本作が多彩な切り口から楽しめること。だが、その切り口が何なのかは観るまでは分からなかった。そして観終わった今は分かる。それは例えば家族の愛だったり、ハンディキャップを持って生まれた方への真の意味の配慮だったり、挑戦する人生への賛歌だったり、19世紀には厳然とあった差別の現実だったり、夫と妻の間の視点の違いだったり、身分を超えた愛だったり、演劇史からみたサーカスの役割だったり、米国のエンターテイナーの実力の高さだったり、あまりCGを感じさせない本作の撮影技術だったり、いつのまにか日本のテレビから消えた障がい者だったり、本作の場面展開の鮮やかさだったり、事実を脚色する脚本の効果だったり、SING/シングのシナリオと本作のシナリオが似ていることだったり、YouTubeで流れるメイキングシーンを観たくなるほどの本作の魅力だったり、さまざまだ。

そのすべての切り口から、本作は語れると思う。なぜなら本作は、限られた尺の中で視点のヴァリエーションを持たせることに成功しているからだ。メリハリを持たせているといってもよい。本作の尺は105分とそれほど長くない。そんな短い時間の中であっても構成と映像に工夫を凝らし、これだけたくさんの切り口で語れるような物語を仕上げている。その演出手法は見事だ。

本作はどちらかといえば物語の展開を楽しむ類の作品ではない。19世紀のアメリカで異彩を放ったP・T・バーナムの生涯をモチーフとしているが、彼の生涯は詳細に語らず、端折るところは大胆に端折っている。特に、バーナムと妻のチャリティの出会いから子を持つまでの流れを「A Million Dreams」の曲に合わせて一気に描いているシーンがそうだ。曲の一番を子役の二人に歌わせ、そのあと、ヒュー・ジャックマンがふんする青年バーナムとミシェル・ウィリアムズの演ずるチャリティの声が二番を引き継ぐことで、観客は視覚と聴覚で二人の成長を知る。しかも、この流れの中で挟まれるシーンは、チャリティが身分の違うバーナムに一生をかけて添い遂げようとする意志の強さと、バーナムの上流階級を見返したいとの反骨の心を観客に伝えている。

本作には上に挙げたシーンのように、登場人物の視点や心の揺れを画面の動きだけで表す演出が目立つ。それによって映像の中に多種多様な物語をイメージとして詰め込んでいるのだ。だからこそ、上に挙げたようなさまざまな切り口を本作の中に描写できるのだろう。

私は先に挙げた切り口のうち、三つほどが特に印象に残った。それを書いてみたい。

まずは、障がい者の取り上げ方だ。かつてドリフターズがやっていた「8時だョ!全員集合」では何度か小人のレスラーがでていた。ところが、最近はそういった障がいのある方を笑うような番組は全く見かけなくなった。障がいのある方を笑うなどもってのほか、というわけだ。だが、もともとエンターテインメントとは、本作でもバーナムが語っていたように猥雑で日常には出会えない出来事を楽しめるイベントだったのではないか。障がいのあった方でも、喝采と拍手でたたえられるような場。観客が彼らを笑うのではなく、彼らが観客を笑わせる。それこそがエンターテインメントの存在意義ではないかと思うのだ。だからこそ、彼らが一団となって自分が自分であることを高らかに歌い上げる「This is me」がこれだけの感動を呼ぶのだ。

本作には大勢のフリークスと呼ばれる人々が登場する。体の一部に障がいをもち、普段は日陰に追いやられていた方々だ。本作に登場する障がい者のうち、犬男やヒゲ女、入れ墨男などは、特殊メイクだろう。だが、当時人気を博した親指トム将軍を演ずる方と巨人を演ずる方は、実際に小人症と巨人症を患いつつ俳優として糧を得ている方だと思われる。かつて「ウィロー」という、小人の俳優がたくさん出演する映画を劇場で観た。今の日本に、こういうハンディキャップを持った方々の活躍する場があり、エンターテインメントとして成立っていることを私は寡聞にして知らない。スポンサーに配慮しての、リスクを考えてのことなのかどうかも知らない。もしそうだとすれば、もし日本の一般的な娯楽であるテレビに昔日の勢いが失われているとすれば、そういう見せ物的な要素が今のテレビから失われたからではないだろうか。

もちろん、障がい者もさまざまな人がいる。人によっては表に出たくないと思う人もいるだろう。だが逆に、人前に出て自分を表現し、賞賛を受けたいと思う障がい者だっているはず。障がい者だからといって十把一絡げにあつかうのはどうだろう。本作にも、彼らのようなフリークスたちが、バーナムサーカスに入って初めて本当の家族を得たというセリフがある。とすれば、そういう場をもっと作っても良いと思うのだ。エンターテインメントとはお高くとまった娯楽であっても良いが、同時に猥雑で珍しいものという側面もなくてはならないはず。アンダーグラウンドで後ろ暗い要素は全て排除され、インターネットに逃げてしまった。それが今のテレビがオワコン扱いを受ける原因だと思う。本作は、今の我が国のエンターテインメントに足りないものを思い出させてくれる。

続いては、バーナムがパートナーのフィリップをバーでスカウトするシーンだ。「The Other Side」のナンバーに乗って二人が丁々発止のやりとりを繰り広げる。本作には記憶に残るシーンが数多くあるが、このシーンもその一つ。ミュージカルの楽しさがこれでもかと堪能できる。カクテルバーのフレアショーを思わせるようにグラスとボトルが飛び交う。今の地位を捨てて冒険しようぜと誘うバーナムと、上流階級に属する劇作家の地位を盾に拒むフィリップ。スリリングなグラスのやりとりに対応して、「The Other Side」の歌詞は男の人生観の対決そのものだ。もちろん人によって価値観はさまざま。どう受け取るかも自由だ。私の場合は言うまでもなくバーナムのリスクをとる生き方を選ぶ。バーナムが今もなお名を残す成功者であり、彼の後ろには何百人もの失敗者がいることは承知の上で。それは本作が多面的な視点で楽しむことができるのと同じだ。全ては人生観の問題に帰着する。でも、それを差し置いてもこのバーで二人が掛け合いを演ずるシーンは心が躍る。すてきな場面だと思う。

あと一つは、結婚とは夫婦の感じ方の違いであることだ。バーナムは先に書いたとおり、成功に前のめりになる人物だ。リスクをとらない人生などつまらないと豪語し、フィリップを自らの生き方に巻き込む。だが、奥さんのチャリティはバーナムとは少し違う。彼女にとって成功はどうでもいいのだ。彼女は夫のバーナムが夢を追う姿に惹かれるのだから。そのため、バーナムが成功に浮かれ、夢を忘れた姿は見たくない。フリークスの仲間や家族を置いたまま、欧州から招いたジェニー・リンドとの興行に出かけるバーナムには夢を忘れて成功に溺れる姿しか感じない。そして、リンドとバーナムにスキャンダルの報道がでるに及んでチャリティは家を出てしまう。チャリティにとってみれば成功とはあくまでも結果に過ぎない。結果ではなく、経過。理想を見る男と現実を見る女の違いと言っても良いかもしれない。

つまり、本作はただ無責任にバーナムのような投機的な生き方をよしとする作品ではない。それとは逆のチャリティの価値観を置くことでバランスをとっている。それに応えるかのようにバーナムは最後までジェニー・リンドからの誘惑に揺るがず、妻子に操を立て続ける。彼が娘たちと妻を慈しむ心のなんと尊いことか。本作、そして主演のバーナムに魅力があるとすれば、この点だろう。山師の側面と家族に誠実な側面の釣り合いがとれていること。自らペテン師と大書されたシルクハットをかぶる姿も彼からうさん臭さを払拭している。

不具のフリークスたちをたくさん抱えてはいても、根本的に彼の側の人物で悪く書かれる人は登場しない。外見は中身の醜さに比例しないからだ。むしろ、つまらぬ差別意識で垣根を築こうとする上流階級の心の狭さこそが本作においては醜さの表れなのだ。本作は、一見するといびつな人物が多数登場するキワモノだ。だが、実は本作はあらゆるところでバランスをとっているのだ。それこそが本作を支える本質なのだと思う。

バーナムとチャリティは、身分の差を乗り越えて結ばれる。もう一組、身分の差を乗り越えて結ばれるカップルがいる。フィリップとアンだ。見た目や身分の壁を取っ払おうとする本作の試みがより強調されるのが、ザック・エフロンが演ずるフィリップとサーカスの空中ブランコ乗りアンにふんするゼンデイヤが夜の舞台で掛け合うシーンだ。演目に使うロープを使って二人が演ずるダイナミックな掛け合いは「Rewrite The Stars」のメロディに合わせ、サーカスを扱う本作にふさわしい見せ場を作る。ここも本作で見逃せないシーンの一つ。バーナムがとうとう義父と分かり合えなかったように、フィリップもアンとの恋を成就させるため両親と縁を切ってしまう。このシーンは、私が妻と結婚した頃のさまざまなことを思い出させる。立場は逆の。それもあって本作は私を魅了する。

本作はとにかく歌がよいと冒頭に書いた。それらの歌は、歌い手の姿が映えていればなおさら輝く。挿入歌が良い映画はたくさんある。だが、それらはあくまでも映像の後ろに流れる曲にすぎない。本作は演者がこれらの曲を歌いながら演ずる。曲はBGMではなく、作品そのものなのだ。全ての歌い手が輝いている。(ジェニー・リンドがステージで歌うシーンはさすがに吹き替えだったが。ミッション・インポッシブルであれだけのアクションをこなしていた彼女がこれだけ歌ったとすれば、それこそ感嘆する)。特にタイトルソングと上に書いた「This is me」はフリークスが勢ぞろいして見事なダンスを見せながら歌われるのだからたまらない。

欧米はミュージカルが芸術として欠かせない。我が国も宝塚や劇団四季、その他の劇団が頑張っているとはいえ、まだまだ主流にはなっていない。それは、テレビであまりミュージカルが流れてこないためもあると思う。たぶん、ミュージカルの魅力に気付いていない日本人はまだまだ多いはず。

今の私はジャニーズ事務所に何も含むところはない。秋元康さんにも。なので、ジャニーズ事務所や秋元康さんに逆にお願いしたいのだが、所属のアイドルの皆さんにはミュージカルで遜色なく歌い踊り演じられるぐらいのレベルになってほしいと思う。そうすれば、本作のようなレベルの作品が日本から生まれることだって夢ではなくなるのだから。

それこそ、何度でも本作をリピートしてみて欲しいと思う。

‘2018/03/10 イオンシネマ新百合ヶ丘


本音採用にブログを連載しています


なんどかFacebookやTwitterでは告知していますが、
昨年八月よりCarry Meさんの運用されている「本音採用」というWebメディアにおいて、ブログを連載しています。

「アクアビット航海記「ある起業物語」」と題して。

連載も長期にわたると、そろそろ一覧で記事を管理したいと思います。

本日4/19、第三十七回をアップしました。

第三十九回 新しい会社で技術力が向上する
第三十八回 転職と新たな会社での洗礼
第三十七回 新たな会社からのお誘い
第三十六回 仕事のピークとその後の反動
第三十五回 正社員として得た経験
第三十四回 家の処分に本腰を入れ始める
第三十三回 途方に暮れる家の処分
第三十二回 家の重荷
第三十一回 はじめて作ったホームぺージ
第三十回 子を持つ責任の芽生え
第二十九回 流れにまかせ正社員へ
第二十八回 Excelマクロ使いから正社員へ
第二十七回 僕が僕であるために
第二十六回 機会を逃さず飛び込む
第二十五回 自立の願いに暗雲が
第二十四回 自立した自分を悟る
第二十三回 スーパーバイザーとして働く
第二十二回 上京してまもなく
第二十一回 前半生のまとめ
第二十回 単身上京に踏み切る
第十九回 ブラック企業でしごかれる
第十八回 社会に出るために足掛かりをつかもうとする
第十七回 社会に出て自らの無力さを感じる
第十六回 社会に出て、プログラミングに触れる
第十五回 大学を出た後
第十四回 大学での生活が私の起業に与えた影響(後編)
第十三回 大学での生活が私の起業に与えた影響(前編)
第十二回 航海記
第十一回 起業のデメリットを考える その5
第十回 起業のデメリットを考える その4
第九回 起業のデメリットを考える その3
第八回 起業のデメリットを考える その2
第七回 起業のデメリットを考える その1
第六回 起業のメリットを考える その5
第五回 起業のメリットを考える その4
第四回 起業のメリットを考える その3
第三回 起業のメリットを考える その2
第二回 起業のメリットを考える その1
第一回 まずはじめのご挨拶

これからも連載はつづく予定ですが、連載の度に追加していきます。


ペドロ・パラモ


本書の存在は、昨年読んだ『魔術的リアリズム』によって教えられた。『魔術的リアリズム』の中で著者の寺尾隆吉氏は本書の紹介にかなりのページを割き、ラテンアメリカ文学の歴史においてなぜ本書が重要かを力説していた。それだけ本書がラテンアメリカ文学を語る上で外せない作品なのだろう。それまで私は本書の存在すら知らなかった。なので、本書の和訳があればぜひ読みたいと思っていた。そこまで激賞される本書とはいかなる本なのか。そんな私の願いはすぐに叶うことになる。多摩センターの丸善で本書を見つけたのだ。しかも岩波文庫の棚だから値段も控えめ。その場で購入したことは言うまでもない。

そして本書は、2017年の冒頭を飾る一冊として私の読書履歴に加わることになった。ここ数年、新年の最初に読む本は世界文学全集が続いていた。ゆっくりと読書の時間がとれるのは新年しかないので。ところが2017年は年頭から忙しくなりそうな感じ。そのため比較的ページ数が少ない本書を選んだ。

本書は、ラテンアメリカ文学史に残る傑作とされている。だが、一度読んで理解できる小説ではない。二度、三度と読まねば理解はおぼつかないはずだ。すくなくとも私には一度目の読破では理解できなかった。

なぜなら、本書は場所と時代が頻繁に入れ替わるからだ。本書はたくさんの断章の積み重ねでできあがっている。訳者によるあとがきの解説によると七十の断章からなっているとか。そして各章のそれぞれで時代と場所を変えている。さらには話者も変わるのだ。各章が続けて同じ時代、同じ場所を語ることもあれば、ばらばらになることもある。それらは、章の冒頭で断られる事なく切り替わる。そもそも章番号すら振られていない。つまり、それぞれの章の内容や登場人物を丹念に把握しないとその断章がどの時代と場所を語っているのか迷ってしまうのだ。そのため本書を読み通すだけでも少し苦労が求められる。

読者は本書の冒頭の文で本書のタイトル『ペドロ・パラモ』の意味を知る。それはフアン・プレシアドが会おうとする自らの父の名前である。ところがすぐに読者は「ペドロ・パラモはとっくの昔に死んでるのさ」というセリフがファン・プレシアドに投げかけられる(14P)ことで困惑する。タイトルになった人物が死んでいるとはどういうことだろう、と。さらには、冒頭の断章がフアン・プレシアドの視点になっているはずなのに、フアン・プレシアドと会話している相手が、たった数ページの間に二転三転するのだ。そもそもフアン・プレシアドは誰と話しているのか。フアン・プレシアドに話しかけているのは誰なのか。読者は見失うことになる。そしてファン・プレシアドはいくつかの断章でいなくなり、別の人物の視点に物語は切り替わる。さらに、主人公であるはずのペドロ・パラモは死んでいる。その時点で誰が本書の主人公なのかわからなくなる。多分、死んでいるペドロ・パラモは主人公ではなりえない。と思ったら終盤では過去の世界の住人としてペドロ・パラモが登場する。そして、それまでの断章でも語り手が次々と切り替わるのだ。どの時代、どの場所の人物の視点で物語が語られているのか、わからなくなる。もはや誰が主人公なのか、読者は著者の仕掛けた世界に惑わされてゆくばかりだ。

本書が読みにくい理由はその外にもある。それぞれの場所や時代ごとに目を引くような比喩や表現による書き分けがないのだ。印象に残るエピソードが現れないので、記憶に残りにくい。それぞれの場所と時間ごとのエピソードに関係が付けにくいのだ。そして、全体的なトーンは暗めだ。前向きな展開でもない。その上、登場人物たちの発するセリフは微妙に食い違う。それらは読者に釈然としない感じを抱かせる。誰が誰に語っているのかもはっきりしないセリフが次々と積み重なり、読者の脳に処理されずに溜まってゆく。明らかに過去からの亡霊と思われるセリフが違う書体で随所に挟まれる。セリフとセリフの間には、話者の間にコミュニケーションがなりたっている。が、それはある瞬間でブツリと途切れてしまうのだ。そして何事もなかったかのように次の断章に繋がってゆく。本書を読むだけでもとても難儀するはずだ。

だが、そういったもやもやは、本書を読み終えた時点でかなり解消されるだろう。なぜこれほどまでに曖昧な印象を受けるのか。その理由を読者が知るのは、本書を読み終え、本書の構造を理解してからとなる。その時、読者は知る。なぜ、本書の登場人物の話す言葉や視線がぼやけているのか。なぜ、頻繁に死を示すことばや比喩が登場するのかを。

本書が込み入っているのは時間と場所だけではない。生者と死者の関係も同じように込み入っているのだ。普通に話している相手が実は死者であり、さらには断章の主人公さえも死者である物語。死者と生者が混在する世界。死者ゆえに時間を超越する。死者故に空間を飛び越えて遍在できる。そのため、本書は複雑なのだ。何次元もの層が複雑に折り重なっている。そしてわかりにくい。

また、もう一つ。本書を分かりにくくしている要素がある。それは構造だ。本書が70の断章で成り立っていることは上に書いたが、全体の行動がループしているのだ。それも本書をわかりにくくしている。本書の終わりが本書のはじまりにつながるのだ。つまり、終わりまで読んでようやく本書の始まりの意味に気づく仕掛けになっている。上に書いたとおり本書を2度、3度読まねば理解したといえない理由はここにある。

『魔術的リアリズム』の中で著者の寺尾氏は本書の円環構造を、このように書いている。
「円環構造の真の意義は作品の基調となる非日常的視点を内部に自己生産するところにある」(92P)、と。

ここでいう自己生産とは登場人物による会話が、次の展開を呼ぶことを意味する。先にも書いたとおり、本書は断章のセリフが次の断章を呼び出している。だから本書の主人公は誰でもよいのだ。死者でもよいし、過去の住人でもよい。会話だけが主人公のいない本書に一貫して流れ続ける。そう考えると『ペドロ・パラモ』とは主人公をさすタイトルではない。どんな呼び方でも構わないと思える。ところが本書のあとがきの訳者の解説ではペドロ・パラモにも意味があることを教えられるのだ。ペドロが石、パラモは荒れ地。ということはペドロ・パラモを求める意図とは、「荒れ地の石」をもとめる旅にもつながる。だからこそ本書はつかみどころがない。登場する人々は死に、あらゆるものが読者にあいまいな世界。目的が荒れ地の石なのだから当然だ。その意味ではペドロ・パラモは主人公ではなく、本書の存在そのものかもしれない。

本書が荒れ地の石なのであれば、読者はそもそも何を求めて本書を読めばよいのだろう。それは読者もまた死ぬという絶対的な真実を突きつけるためなのか。もしそうだとすれば、個人にとって救いがない。だが、本書はもう一つ世のならいとは堂々めぐりにあることも示している。それは種族としての希望として考えられないだろうか。たとえ個人の営みはむなしく虚になることがわかっていても、種族は未来に向けて延々と円を描き続けていく。そこに読者は希望を見いだせないだろうか。本書を読む意味とは円環の仕組みにこそあるのかもしれない。

訳者はこう書いている。「断片と断片をつなぐ伏線の中に、うっかりして見落としてしまいそうなものもたくさんある。読み返して、ふと気づいたりするのだが、こんな目立たぬところにもこういう仕掛けがあったのかと驚くと同時に、作品の隅々にいたるまでの精緻な構築にあらためて感嘆の声をあげてしまいそうになる。」(217P)

原書と日本語訳を何度も読み返したはずの訳者にしてこのような感慨を持つぐらいだ。私など本書の仕掛けのほんの一部しか知らないに違いない。なにしろまだ一度しか読んでいないのだから。だからこそ必ずや本書は読み直し、理解できるように努めたいと思う。

‘2017/01/01-2017/01/09


晩鐘


私が2015年に読んだ95冊の本。その中で著者の『血脈』を外す訳にはいかない。佐藤一族の放蕩の血を鎮めるために書かれたような『血脈』。佐藤一族の生き残りである著者にとって畢生の大作と呼んでいいのではないだろうか。佐藤一族を描いた大河小説として圧巻の読み応えだった。私が『血脈』を読もうと思ったのは、私の実家の甲子園が主要な舞台の一つになっているからだ。懐かしのわがふるさとを知りたいと思って読んだ『血脈』。ところが、読み始めると甲子園のことよりも佐藤一族に流れる闇の濃さに完全に魅入られてしまった。膨大なページ数の『血脈』を一気に読んでしまうくらいに。

『血脈』には膨大な人物が登場する。とくに主役と言えるのは、佐藤紅録、シナの夫妻。それにサトウハチロー、そして著者。それ以外にも、佐藤一族の人々や佐藤一族と血は繋がっていない登場人物が多数登場する。それにしても面白いのは、佐藤一族の血が流れていないにもかかわらず、佐藤一族と縁ができるとその放蕩の血に感化されてしまったかのように軌道から外れていく人物の多いこと。類は友を呼ぶとでもいえばよいか。そんな個性的な人物が多数登場するのが『血脈』の魅力の一つだ。

だが、かつて著者の夫であった二人は、他の人物たちに比べると『血脈』の中では控えめに描かれている。とくに一人目の夫については最低限にしか触れていない。そもそも実名の多い『血脈』の中では珍しく仮名になっている。私の推測だが、書いてくれるなという遺族の拒否があったのかもしれない。

不思議なのが、二人目の夫もあっさりと書かれていることだ。なぜ不思議かというと、二人目の夫についてはすでに著者が何度も小説やエッセイに登場させているからだ。なにせ、著者の直木賞受賞作『戦いすんで日が暮れて』からして、二番目の夫の会社倒産と、その負債を背負わされた著者の奮闘がテーマになっているというのだから。二人目の夫の事を何度も書いておいて、今さら『血脈』で遠慮することはないはずなのに。ちなみに私は『戦いすんで日が暮れて』は未読だ。

本書は、あらためて二番目の夫「田畑麦彦」と著者「佐藤愛子」をモデルとし、『血脈』で書き切れなかった鬱憤を晴らすかのように二人の関係が書かれている。

本書の二人はモデルがはっきりしているのに仮名だ。著者の名は本書では「藤田杉」、田畑氏の名は「畑中辰彦」となっている。『血脈』ではあれほどまで実名で身内の恥をさらしまくったのに、どうして本書では仮名なのだろう。私の推測では、本書で実名にしなかったのは、田畑氏でなくその周辺に理由がありそうだ。周辺とは、二人が出会った文芸サークル「文藝首都」(本書内では文芸キャピタル)の関係者に迷惑をかけないためではないか。

というのも「文藝首都」には名だたる作家が参加していたからだ。どくとるマンボウでお馴染みの北杜夫氏や、精神科医の傍ら幾多の著作を発表したなだいなだ氏、あと、官能小説家として稼ぎまくった川上宗薫氏など。

本書には同人仲間が多数登場する。文学への思い叶わず市民の生活に戻るもの。あくまでも筆で身をたてようとあがくもの。本書に出てくる人物の中で川上宗薫氏をモデルとした人物は見当がついたが、あとはさっぱりわからなかった。さらに、本書の各章はどれも「梅津玄へ藤田杉の手紙」となっているが、この梅津玄という人物も誰をモデルとした人物なのかよくわからない。文藝首都の主宰だった保高徳蔵氏のことなのだろうか。こちらのリンクによると、全ての章を手紙形式にしたのは、小説を必要以上に重くしないためらしいのだが。

文芸キャピタルの名だたる同人の中で資産家の息子として何不自由ない生活を送っていたのが畑中辰彦だ。彼は超然とした態度と生活に困らぬゆとりでサークル内の地位を築いていた。

文学仲間とつるむことに熱中する杉に苦言を呈した母にちゃぶ台を返しで啖呵を切り出て行くエピソード。そして、伊那の某所にある旅館にこもるエピソード。そこにふらりと訪れたのが畑中辰彦で、それをきっかけに結婚という流れ。それらは『血脈』にも書かれていた通りだ。『血脈』ではこの辺りのなれそめはあまり深く書かれていなかった。が、本書ではその内幕をより深く語っていく。

そして、畑中辰彦が徐々に壊れた本性を表わしてゆく過程は、『血脈』には書かれていない本書の真骨頂だ。生活力の無い田畑氏、いや畑中のもとから金が湯水のように流れ出てゆく様が本書には生々しい。本書の杉もモデルとなった著者と同じく文豪を父としている。だから、金にはどちらかといえば鷹揚だ。しかし鷹揚な杉も追いつけないほどの、畑中の人の良さが畑中本人だけでなく杉の人生をも蝕んでゆく様子。そこには当事者にしか書きえない迫真さがある。先に書いたとおり、私は著者の『戦い済んで日が暮れて』を読んでいない。そちらにはこういった田畑氏の行いがどこまで書かれていたのだろう。是非とも読んでみたいと思う。

そもそも、なぜ著者は何度も田畑氏を題材にするのか。474ページのあとがきで著者は語っている。
「今までに私は何度も何度もかつての夫であった男(この小説では畑中辰彦)を小説に書いてきました。「また同じことを・・・」と苦々しく思われるであろうことを承知の上でです。しかしそれは私にとっての必然で、くり返し同じようなことを書きながら、私の中にはその都度、違う根っ子がありました。ある時は容認(愛)であり歎きであり、ある時は愚痴、ある時は憤怒、そしてある時は面白がるという、変化がありました。それは私にしかわからない推移です。今思うと彼を語ることは、そのときどきの私の吐物のようなものだったと思います。」

実際その通りなのだろうな、と思う。それが著者の実感であり、だからこそ書かねばならないのだろう。続けて475ページで著者はこうも語っている。
「畑中辰彦というこの非現実的な不可解な男は、書いても書いても、いや、書けば書くほどわからない男なのでした。刀折れ矢尽きた思いの中で、漸く「わからなくてもいい」「不可能だ」という思いに到達しました。」

ここまで不可解な存在であり著者を振り回し続けた田畑氏に著者がこだわる理由も455ページに書かれている。
「心配するな、大丈夫。
 いつもそういった。どん底をどん底と思わなかった。彼の思うことは常に「可能性の追求」だったから。彼は「30パーセントの成功」というその可能性に賭けた。」
答えはこの前向きなエネルギーにあるのだろう。そこに著者は佐藤家の血につながるものを感じたのではないだろうか。

著者は『血脈』で描いたとおり、自らに流れる佐藤家の荒ぶる血を持て余しつつ、なぜ佐藤家に群がる人々は血脈を共有していないのに不可解きわまりないのか、という疑問を持ち続けていたのだろう。思うに著者にとっては小説を書く作業とは、その疑問を解き明かすために不可欠な営みだったのではないだろうか。そんな著者にとって、血のつながらない不可解の人間の代表がすなわち田畑麦彦氏であったに違いない。『血脈』を書き上げてもなお、容易に解き明かすことを許さない田畑氏の人生の不可解。本書でついに著者がたどり着いた結論が「わからなくてもいい」「不可能だ」というのも面白い。 人はしょせん人からの理解を拒む生き物なのだろうか。頭ではわかったつもりでも、実は人が人を理解することなど、どだい無理なのだ。

著者は90年を超える人生を生き、作家として佐藤家の血を飼いならすことに血道を上げてきた。それでもなお、人を理解しきれなかった。だからこそ、90を超えても作家としてやっていけるのかもしれない。もっとはやく人生を達観していれば、ここまで長きに渡って第一線で活躍できたのかどうか。2017年に著者が発表したベストセラー『九十歳。何がめでたい』も、著者のこの達観が書かせたのではないかと思う。これらのエッセイも、『血脈』『戦いすんで日が暮れて』そして本作を読んで初めて背景を含めて味わえるのではないかと思っている。

‘2016/12/24-2016/12/25


売文生活


興味を惹かれるタイトルだ。

本書を一言でいえば、著述活動で稼ぐ人々の実態紹介だ。明治以降、文士と呼ばれる業種が登場した。文士という職業は、時代を経るにつれ名を変えた。たとえば作家やエッセイスト、著述業などなど。

彼らが実際のところ、どうやって稼いでいるのか、これを読んでくださっている方は気にならないだろうか。私は気になる。私は勤め人ではないので、月々のサラリーはもらっていない。自分で営業してサービスを提供して生計を立てている。そういった意味では文士とそう変わらないかも。ただ、著述業には印税という誰もが憧れる収入源がある。IT業界でも保守という定期収入はある。だが、保守という名のもと、さまざまな作業が付いて回る。それに比べれば印税は下記の自分の労働対価よりもよりも上回る額を不労所得としてもらえる。私も細々とではあるが、ウェブ媒体で原稿料をいただいている。つまり著述業者でござい、といえる立場なのだ。ただ印税はまだもらったことがない。そうとなれば、著述業の実態を知り、私の身の丈にあった職業かどうか知りたくなるというもの。

といっても本書は、下世話なルポルタージュでもなければ、軽いノリで著述業の生態を暴く類いの本でもない。本書はいたって真面目だ。本書で著者は、著述業の人々が原稿料や印税について書き残した文章を丹念に拾い、文士の生計の立て方が時代に応じてどう移り変わってきたかを検証している。

著述を生業にしている人々は、収入の手段や額の移り変わりについて生々しい文章をたくさん残している。文士という職が世に登場してから、物価と原稿料、物価と印税の関係は切っても切れないらしい。

だが、かの夏目漱石にしても、『我輩は猫である』で名を高めたにも関わらず、専属作家にはなっていない。五高教師から帝大講師の職を得た漱石。のちに講師の立場で受けた教授への誘いと朝日新聞社の専属作家を天秤にかけている。そればかりか、朝日新聞社への入社に当たっては条件面を事細かに接触しているようだ。著者は漱石が朝日新聞社に出した文面を本書で逐一紹介する。そして漱石を日本初のフリーエージェント実施者と持ち上げている。ようするに、漱石ですら、筆一本ではやっていけなかった当時の文士事情が見てとれるのだ。

そんな状況が一変したのは、大正デモクラシーと円本の大ヒットだ。それが文士から作家への転換点となる。「作家」という言葉は、字の通り家を作ると書く。著者は「作家」の言葉が生まれた背景に、文士達が筆一本で家を建てられる身分になった時代の移り変わりを見てとる。

文士、転じて作家たちの急に豊かになった境遇が、はにかみや恥じらいや開き直りの文章の数々となって書かれているのを著者はいたるところから集め、紹介する。

そこには、夏目漱石が文士から文豪へ、日本初のフリーエージェントとして、文士の待遇改善を働きかけた努力の結果だと著者はいう。さらにその背景には漱石が英国留学で学んだ契約社会の実態があったことを喝破する。これはとても重要な指摘だと思う。

続いて著者が取り上げるのは、筒井康隆氏だ。氏は今までに何度も日記調のエッセイを出版している。そのあからさまな生活暴露や、摩擦も辞さない日記スタイルは、私にも大きく影響を与えている。筒井氏は、日記の中で原稿料についても何度も言及している。本書で著者が引用した箇所も私に見覚えがある文章だ。

筒井氏は、長らくベストセラーとは無縁の作家だった。けれども、才能と着想の技術で優れた作品を産み出してきた。筒井氏のブログ「偽文士日録」は私が読んでいる数少ないブログの一つだが、その中でも昨今の出版長期不況で部数が低下していることは何度も登場する。

著者は、フィクション作家として筒井康隆氏を取り上げるが、ノンフィクション作家もまな板にのせる。立花隆氏だ。多くのベストセラーを持つ立花氏だが、経営感覚はお粗末だったらしい。その辺りの事情も著者の遠慮ない筆は暴いていく。立花氏と言えば書斎を丸ごとビルとした通称「猫ビル」が有名だ。私も本書を読むまで知らなかったのだが、あのビルは経営が立ちいかなくなり売却したそうだ。私にとって憧れのビルだったのに。

著者はこの辺りから、現代の原稿料事情をつらつらと述べていく。エピソードが細かく分けられていて、ともすれば著者の論点を見失いそうになる。だが、著者はこういったエピソードの積み重ねから、「文学や文士の変遷そのものではなく、それらを踏まえた「ビジネスモデルとしての売文生活」(229p)」を考察しようとしているのだ。

サラリーマンをやめて、自由な立場から筆で身をたてる。独立した今、私は思う。それはとても厳しい道だと。

著者はいう。「明治から昭和に至るまで、文士が生きてゆくためには、給与生活者を兼ねるのがむしろ主流でした。しかし、家計のやりくりにエネルギーを削がれず、文士が思うまま執筆に専念できるための処方としては、スポンサーを見つけるか、恒常的に印税収入が原稿料を上回るようになるかしかありませんでした。(233p)」。著者の考えはまっとう至極に思える。本書の全体に通じるのは、幻想を振りまくことを自重するトーンだ。「それだけの原稿料を払ってでも載せたい、という原稿を書いていくほかないのではないでしょうか。あるいは、採用される質を前提として量をこなすか、単行本にして印税を上乗せし実質的単価を上昇させてゆく(237p)」。著者の結論はここでもただ努力あるのみ。

本書は作家への道ノウハウ本でもなければ、印税生活マンセー本でもなく、ビジネスモデルとしての売文生活を考える本だ。となれば、著者がそう結論を出すのは当然だと思う。

お金か自由か。本書が前提とする問いかけだ。そして、著者はその前提に立って本音をいう。お金も自由も。両方が欲しいのは全ての人々に共通する本音のはず。無論私にとっても。

だからこそ、努力する他はないのだ。お金も自由も楽して得られはしない。それが本書の結論だ。当たり前のことだ。そしてその実現に当たって著者が余計な煽りも幻想も与えないことに誠実さを感じた。

あと一つ、著者は意識していないと思うが、とてもためになる箇所がある。それは著者が自分がなぜ何十年も著述業を続けられているのか、についてさらっと書いている箇所だ。私はそこから大切な示唆を得た。そこで著者は、自身が初めて原稿料をもらった文章を紹介している。そして、自ら添削し批評を加えている。「今の時点で読み返してみると、紋切り型の筆運びに赤面するほかありません」(14p)と手厳しい。その教訓を自ら実践するかのように、本書の筆致には硬と軟が入り交じっている。その箇所を読んで思った。私も紋切り型の文章になっていないだろうか、と。見直さないと。堅っくるしい言葉ばっか並べとるばかりやあらへん。

私もさらに努力を重ねんとな。そう思った。

‘2016/12/15-2016/12/16


海賊と呼ばれた男(下)


下巻では、苦難の数々を乗り切った國岡商店の飛躍の様が描かれる。大体、こういった伝記ものが面白いのは創業、成長時につきものの苦難であり、功成り名遂げた後は、起伏に欠けることが多く、自然と著者の筆も駆け足になってしまうものだ。上巻では敗戦によって一気に海外資産を失ったピンチがあった。そのピンチを國岡商店はラジオ修理の仕事を請け負ったり、海軍が遺した石油廃油をタンクの底から浚って燃料確保したりと、懸命に働いて社員の首を切ることなく乗り切った。

果たして、安定期に入り苦難の時期を過ぎた國岡商店の姿は読むに値するのだろうか。そんな心配は本書に限っては無用。面白いのだ、これが。

なぜ面白いかというと、本書では日章丸事件が取り上げられているからだ。國岡商店、つまり出光興産が世界を驚かせた事件。それが日章丸事件。むしろ、この事件こそが、著者に本書を書かせた理由ではないかと思う。 日本の一企業が石油メジャーに堂々とけんかを売り、英海軍も手玉にとって、イランから石油を持ち帰ったのだから。

日章丸事件を一文で書くとすればこうなる。日本から派遣された一隻のタンカーがイランから買い取った石油を日本に持ち帰った。それだけなのだ。だが、その背景には複雑な背景がある。まず、産油国でありながら石油利権を英国に牛耳られていたイラン国民の思いを忘れるわけにはいかない。長年の鬱屈が石油国有化法案の可決と石油の国有化宣言へとつながった。宣言を実行に移し、国内の全油田をイラン国営にした。それはイランにとってはよいが、英国石油メジャーにとっては死活問題となることは必然だ。石油メジャーの背後には、第二次大戦後、国力衰退の著しい英国の意向が働いていることはもちろん。イランの石油国有化は英国が世界中に石油不買の圧力を掛ける事態に発展した。 つまり、國岡商店が喧嘩を売ったのは、世界でも指折りの資源強国、そして海軍国家の英国なのだ。

本書ではそのあたりの背景やイランとの交渉の様子、その他、準備の進捗が細かく描かれる。いよいよの出航では、船を見送る國岡鐵三の姿が描き出される。日章丸に自社と日本のこれからを託す鐵三は、日章丸に何かあった場合、会社だけでなく自分の人生も終わることを覚悟している。まさに命を懸けたイラン派遣だったわけだ。そんな鐵三が日章丸を託したのは新田船長。海の男の気概を持つ新田船長が、海洋国家日本の誇りを掲げ、冷静かつ大胆な操艦でイランまで行き、石油を積んで帰ってくる。その姿は、8年前の敗戦の悔しさの一部を晴らすに足りる。かつて石油が足りず戦争に惨敗した日本が、英国を相手に石油で煮え湯を飲ませるのだから。しかも今回はイランを救う大義名分もある。日本は戦争に負けたが、経済で世界の強国に上りつめていく。その象徴的な事件こそが、日章丸事件ではないだろうか。

残念なことに、日章丸事件から数年後、モサデク政権は米英の倒閣工作によって瓦解し、イランの石油を國岡商店が独占輸入することはできなくなった。でも、それによって國岡商店は敗戦以来の危機を脱する。日章丸事件以降の國岡商店の社史は、さまざまなできごとで彩られていく。そこには栄光と困難、成功と挫折があった。自社で製油所を構えることは國岡商店の悲願だったが、10カ月という短期で製油所を竣工させたこと。製油所の沖合にシーバースを建設したこと。第二、第三の日章丸を建造したこと。宗像海運の船舶事故で犠牲者が出たこと。石油の価格統制に反対し、石油連盟を脱退したこと。「五十年は長い時間であるが、私自身は自分の五十年を一言で言いあらわせる。すなわち、誘惑に迷わず、妥協を排し、人間尊重の信念を貫きとおした五十年であった。と」(291ページ)。これの言葉は創業五十年の式典における店主の言葉だ。

店主としても経営者としても、見事な生涯だったと思う。私にはおよびもつかない境地だ。だが、やはり家庭面では完全とは行かなかった。とくに、先妻ユキとの間に子供ができず、ユキから離縁を申し出る形で離縁する部分は、複雑な気分にさせられる。また、本書には家庭のぬくもりを思わせる描写も少ない。國岡鐵三や、モデルとなった出光佐三の家庭のことは分からない。だが、長男を立派な後継者としたことは、家族に対しても、きちんと目を配っていたことの表れなのだろう。

ただ、それを置いても、本書には女性の登場する余地が極めて少ない。本書には男女差別を思わせる表現はないし、ユキが鐵三と別れる場面でも双方の視点を尊重した書きかたになっている。だが、女性が登場することが少ないのも確かだ。ユキ以外に登場する女性は、右翼に絡まれた受付嬢ぐらいではないか。しかも鐵三が右翼を 気迫で 追っ払うエピソードの登場人物として。ただ、本書に女性が出てこないのも、本書の性格や時代背景からすると仕方ないと思える。

女性があまり登場しないとはいえ、本書からは人間を尊重する精神が感じられる。それは國岡鐵三、いや、出光佐三の信念ともいえる。一代の英傑でありながら、彼の人間を尊重する精神は気高い。その高みは20代の私には理想に映ったし、40台となった今でも目標であり続けている。

ただ、佐三の掲げた理想も、佐三亡き後、薄らいでいるような気がしてならない。佐三の最晩年に起きた廃油海上投棄や、公害対応の不備などがそうだ。本書に登場しないそれらの事件は、佐三が作り上げた企業があまりに大きくなりすぎ、制御しきれなくなったためだろう。しかも今、佐三が一生の間戦い続けた外資の手が出光興産に伸びている。最近話題となった昭和シェル石油との合併問題は、佐三の理念が浸食されかけていることの象徴ともいえる。出光一族が合併に反対しているというが、本書を読めばそのことに賛同したくなる。

日本が世界に誇る企業の一社として、これからも出光興産には理想の火を消さずに守り続けて欲しいと思う。海賊と呼ばれたのも、既定概念を打ち破った義賊としての意味が込められていたはずだから。

‘2016/10/09-2016/10/09


海賊と呼ばれた男(上)


20年ほど前に出光佐三の伝記を読んだ事がある。記録を確認したところ、1996年5月のことだ。

なぜその時期に出光佐三の評伝を読んだのか。その動機はもはや記憶の彼方に飛んでしまった。だが、なんとなく想像できる。それは、当時の私が出光佐三の経営哲学に自分の理想の場を求めていたからだ。救いを求めていたと言って良いかもしれない。働くとは何か。企業とは何か。利潤や収奪とは何か。当時の私は理想論に縛られ完全に生きる目的を見失っていた。利益や利潤を軽蔑し、そのために働くことを良しとしていなかった。そんな悩みに落ち込んだ当時の私は、新卒就職せずに母校の大学の図書館で悶々と読書に励んでいた。読書の日々において、利潤を追わず、社員をクビにしない経営哲学を標榜していた出光佐三に惹かれたのはうなずける。

あれから20年の時をへて、自分も少しは大人になった。だが、あの頃に掲げた理想が誤っていたとは思っていない。要はあの頃の自分が世の中を知らなさすぎ、自分自身を知らなさすぎたのだと思っている。20年の月日は私にITの知識と経験値を授けてくれた。今は、あの時に掲げた理想を実現するには、自分が率先して働かねばならないという事を知っているし、自分が人々の役に立てるだけのIT技術を身につけたことも、これから次々に登場するIT技術を追える気概を持っていることも知っている。

そんな自分だからこそ、興味があった。本書を読んで何を思うか。本書で描かれる出光佐三の経営哲学から何を感じるか。私自身が本書を読んだ結果にとても興味を持っていた。

本書は出光佐三をモデルにした国岡鐵造が主人公だ。彼は国を思い、自らの信ずる経営哲学を全うした人物として書かれている。彼の人生は国家による経済統制やメジャー石油会社からの妨害や干渉と戦って来た歴史でもある。本書はそれらが描かれる。

本書は上下巻に分かれたうちの上巻だ。本書はそこからさらに大きく二部に分かれる。まず描かれるのは、敗戦から独立までの数年間、次いで国岡商会創立から太平洋戦争開戦までの日々。本書は、廃墟となった東京の描写で幕をあける。

なぜ、廃墟から筆を起こしたか。それには著者なりの理由があるに違いない。廃墟からもう一度不屈の心で立ち上がろうとする出光佐三の姿に、戦後復興の日本を重ねるのは容易だ。だが、著者はそれ以上に喝を入れたかったのだろう。世界を相手に戦う主人公の姿に、著者の理想とする日本人像を投影して。著者は右寄りの論客として最近目立っている。だが、私が思うに著者は右だ左だという以前にこの国が好きなんだろうと思う。この国の伝統と文化が。そして、著者は今の日本人を歯がゆく思っているのだろう。この国をもう一度輝かせるためにどうすれば良いか。その答えを国岡鐵造、いや、出光佐三の生涯に見いだしたように思える。だからこそ、本書は廃墟になった日本から物語を始めたのだと思う。

私が本書から考えたのは、人徳やオーラといった目に見えないモノが与える人生への影響だ。国岡鐵造は、創業期から幾度ものピンチに立たされて来た。そして絶体絶命のピンチの度に人から手を差し伸べられ、事業を継続することができた。例えば日田重太郎。彼は六千円の大金を返却無用と鐡造に差し出す。六千円とは当時の金銭価値なら大金に相当する。それは創作ではなく、出光商会の歴史にも刻まれることらしい。つまり、鐵三にとって無二の恩人こそが日田重太郎なのだ。投資が無駄になればなったでともに乞食になればいい。そんな日田重太郎の言葉はそうそう出るもんじゃない。そして、それを言わせた鐵三もただの人ではない。だからこそ並ならぬ興味が湧くのだ。鐵三を救うのは日田重太郎だけではない。大分銀行の支店長に、GHQの高官。並ならぬ人物が鐡三に手を差しのべる。

なぜ、皆は鐡三に手を差し伸べようと思うのか。なぜ、ここまで鐵三は人を引き寄せるのか。私はそれを人徳という言葉一つでは片付けたくない。人徳ももちろんあるだろうが、鐵三にあるのは、無私の信念だと思う。私利を求めず、社会のために還元する信念が、鐵三をここまでの高みにあげたのだと思う。

出光興産と云えば 、社員を馘首しない事で知られている。創業以来、幾度となく経営上の危機はあった。それらの危機は本書にも書かれている。社員を大切にするという社風は創業者の信念に基づくものだ。「店員は家族と同然である。社歴の浅い深いは関係ない。君たちは家が苦しくなったら、幼い家族を切り捨てるのか」(22ページ)。これは本書冒頭、鐡三が役員たちを叱った言葉だ。敗戦で海外資産が全てうしなわれ、会社の存続自体が危うい時期。そのような時期に社員を整理したいという役員たちの意見はもっともだが、鐡さんは断固拒否し、叱りつける。その上で、日本の復興に向けて壮烈な決意を述べる。

鐡三の信念は、教育者や宗教家の道に進んでいてもひとかどの人物となりえたことだろう。だが彼は商売の道を選んだ。それは多分、日本の戦後にとって幸いだったのだろう。どういうきっかけが彼を商人の道に進ませたのか。それは、彼が学んだ神戸高商の内池教授の言葉だろう。「経済や産業はこれからますます発展していく。消費は非常な勢いで伸びていく。需要は多様化し、従来の問屋がいくつも介在するシステムでは追いつかなくなる。今後は生産者と消費者を結びつける役割を持つ商人の存在がいっそう大きくなる」(170ページ)。

だがそれから120年。まだ我が国から問屋は無くなっていない。オンラインショッピングの進展は問屋の勢力を削ぎつつあるが、仕組みは今も健在だ。今の、そして将来の出光興産が果たしてどうなるのか。それはわからない。が、われわれは本書で國岡商会の歩みを通して、出光興産の動きも知ることになる。戦後の混乱期を乗り越えつつある國岡商会を目撃したところで本書は幕を閉じる。残りは下巻で。

なお、一箇所だけ著者による読者へのサービスがある。作中に永遠の0に登場する彼が一瞬姿をみせるのだ。それは戦前、昭和十五年の話。私はそのページも名前もメモっているが、ここでそれを明かすのは野暮の極みだろう。何にせよ嬉しいサプライズだ。

‘2016/10/08-2016/10/09


色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年


読読と名付けたこのブログをはじめてからというもの、真の意味で本を読むようになったと自負している。もちろん、今までもたくさんの本を自分なりに楽しみ、夢中になって読んできた。だが、今から思うと、本から得られたはずのものはもっと多かったのではないかと思っている。

本は読んだ後の振り返りが重要なのだ。それを著者の「1Q84」の三冊を読み、レビューを書くことで痛感した。著者の小説は言い方は悪いが読み流す事ができる。それは著者の文体が読みやすいからだ。読みやすく、すらすらと筋を追えてしまう。なので、読み終えた後に消化する作業がなければ内容を忘れてしまう。

著者の作品を例にあげると、「ノルウェーの森」と「ダンス・ダンス・ダンス」はあら筋すら覚えていない。今から28、9年前、中学生の時分に友人に借りて読んだのだが、そのことしか記憶にない。「羊を巡る冒険」や「ハードボイルドワンダーランド」も高校の頃に読んだ記憶はあるが、ほとんど記憶にない。ようやく「海辺のカフカ」あたりから筋を覚えている程度だ。上記にあげる各作品は、何を得られたかを問われると覚束ない。

「1Q84」を読んだとき、すでに読読ブログを始めていたので、自分の中でレビューとして文章に起こすことで反芻できた。その結果、共同体なるものの連帯感とはそもそも幻想でしかなく、生命同士の結び付きこそが共同体に他ならないとの知見を得た。つまり、規則や規約といった約束事のあいまいさだ。

こういった知見は本を読んだ後自分で意識しないと忘れてしまう。それでは本を読んだことにならない。本を読んだとは、読み返したあとに感想を文としてまとめて初めて言えるのかもしれない。そう言い切ってよいと思う。

多分、本書もレビューに落とさぬままだと、現実の忙しさに忘れてしまいかねない。だが、本作は読みやすい文体の隙間に人生への識見が織り込まれている。そこをレビューとしてまとめておきたいと思う。本書もまた、著者の傑作の一つだと思えるから。

本書の題名は長い。長いがその分だけ情報が豊富に含まれている。その中でも「色」「つくる」「巡礼」の三つは重要なキーワードではないか。以下、それによってレビューを進めようと思う。

その前に、本書のあらすじを一文で表してみる。個性を持たないことで共同体を放逐されたことに傷付いた人はいかに己を再生すべきか。という感じだろうか。

ここでいう個性とは、すなわち「色」だ。主人公多崎つくるは、自分の個性の欠如に劣等感を抱いている。名古屋で過ごした彼の高校時代。そこで固い絆で結ばれた五人の仲間。つくる以外の四人の名字には色を表す文字が含まれている。黒白青赤。そしてつくるの名には色が含まれていない。

一人だけ東京の大学に入ったつくるはある日、名古屋に帰る。が、彼はいきなり理由も告げられぬまま四人の仲間から遠ざけられた自分に気づく。そして死を思うまでに傷つく。つくるはその理由れを自分に「色」つまり個性がないせいだと思い悩む。おそらくつくるが持つ悩みとは今の若者の多くが抱えている悩みなのだろう。私自身はおなじ悩みを持っていなかったが、個性を持たねば、という自覚はあったように思う。

だが個性とは、身に付けるものでも後からそなわるものでもない。さらにいうと産まれた瞬間にもたらされるのでも、卵子に受精した瞬間に定まるのでもない。そんなものとは無関係に、存在することがすなわち個性ということだ。

よく、人生を勝ち組負け組という。それに対してよく言われるのは、そもそも何億も放たれた精子との争いに勝った時点で勝者なのだという。でも、そんなことを持ち出すまでもない。存在自体がすでに個性なのだ。

なので、個性をうんぬんするのはあまり意味のないことだと思う。多崎つくるは、本書の終盤になり、かつての仲間に逢う。そこで彼は自ら感じていた劣等感が仲間からは違う見方でとらえられていたことに気づく。自分が内側からみた個性と人からみた個性が全く別物であること。彼が学んだのはそれだ。

だが、個性がないと悩んでいる当の本人には、こんな客観的な言葉は響かないのだろう。

では、個性がないことに悩んでいる人は何に救いを求めるのか。それを多崎つくるは「つくる」ことに求める。多崎つくるはどうやって喪失感を克服したか。それは彼が駅をつくるという生きがいを得たからだ。それを人は天職と呼ぶ。

主人公の名前を「つくる」としたのは、著者なりの考えがあったからだろう。個性を持たない主人公が、生きるために「つくる」ことに慰めを求める。それは、人の営みにとって必要な栄養なのだろう。

生をこの世に受けた人は、作ることに生を費やす。自分をつくり、家族をつくり、サービスをつくり、後継者をつくる。そして死んで行く。個性を出そうと躍起になったり、組織で自分を目立たせようと足掻いたり。結局のところそれらは「つくる」ための副産物にすぎない。やりがいだ自分探しだと人は奔走する。でもそれは「つくる」という行いがあってのことなのだ。

五人の仲間の一人にクロがいる。彼女の生き方はそれを実践している。日本から遠く離れた国に住み、家族を暮らし、陶芸をつくる。つくる事に没頭できる日々をとても大切にする彼女の日々は単調だがとても充実している。

その姿は、車のセールスマンとして優秀なアオや、自己啓発セミナーで有数の会社を起こしたアカをかすませる。彼らも確かに組織をつくり、部下を作っている。だが、クロのように後に何も残さない。他人が作った車を売り、人の練り上げたノウハウを提供するだけ。そこには「つくる」喜びが見えない。

しかし、つくるやクロの人生は「つくる」営みだ。「つくる」ことで人生に立ち向かえている。著者が言いたいのは「つくる」ことが人生の意義であり目的であることのようだ。私は、著者の言いたいこととはこれではないかと思う。情報があふれ、得たいものが容易に得られる今、何を人生のよりどころとするか。張り合いも生き甲斐も感じられないまま自殺に走る。そんな若者たちに、著者は「つくる」ことに人生を見出だせないか、と問いかけている。

では、最後の「巡礼」とは何か。それを著者は、救い、と同じ意味で取り扱っていると思う。

個性のなさに悩むことの無意味さ。それに気付き「つくる」ことで人生の目的を見いだす。では次に人は何をたよりに人生にたち向かうのか。それを著者は「巡礼」という言葉で表したのだと思う。

本書で多崎つくるは、かつて自分を死を思うまでに苦しめた過去に向き合おうとする。その過程とは、四人から突然拒絶された理由を探る旅だ。その旅は、つくるにとってかつての自分に向き合うための「巡礼」に他ならない。その旅によってつくるは四人から遠ざけられた理由を知ることになる。そればかりではなく、色を持たない自分自身への劣等感を払拭する。そして「つくる」という行いが、人生に与えるはかり知れぬ重み。つくるは巡礼の旅によって、得難いものを手に入れることになる。

人は存在することで、その時代に応じた個性を身につける。何かをつくることで人生への手応えを手に入れる。だが、そのことにはなかなか気づけないもの。気付くには、切っ掛けが必要なのだ。著者に云わせると、きっかけこそが巡礼の旅なのだろう。

もしかするとその事に気づかぬまま、死を迎える人もいるだろう。本書でいうシロのように。巡礼どころか、何も思い返す間もなくやって来る突然の死。そうかと思えば自らに与えられた生を静かに充実させようとするクロのような人生もある。はたまた、消息も不明のまま物語の途中で退場してしまう灰田のように黒白はっきり付けられない人生もある。

われわれは、どういった人生の幕引きをしたいだろうか。色を持たない多崎つくるのような?それともは白紙のまま突然世を去るシロのような?または人知れず退場する灰田のような曖昧な?または原色のまま現代を生きるアカやアオのような?

人によって価値観はさまざまだろう。だが、色彩を持たない多崎つくるは、巡礼によってそれぞれの人の持つ色合いを感じることができた。それこそが巡礼の持つ意味ではないだろうか。

人は生まれ、老い、死んでゆく。死ぬまでの間に巡礼できる域まで達せられる人はどれぐらいいるのだろう。自分の色を知り、作ることで人生を豊かにし、巡礼で人生の意味を知る。せめて、生きているからには、そこまで達成して死にたいではいではないか。

‘2016/09/11-2016/09/12


嫌われ松子の一生(下)


上巻の最後で故郷から今生の別れを告げようと実家に戻り、そして出奔した松子。馴染み客が一緒に雄琴に移ろうと誘ってきたのだ。雄琴とは滋賀の琵琶湖畔にある日本でも有数の風俗街のこと。しかし、マネジャーになってやるからと誘ってきたこの小野寺という男、たちの悪いヒモでしかなかった。ヤクの売人はやるわ、他の女に手は出すわ。痴話げんかの果てに、松子は小野寺を包丁で刺し殺してしまう。

無我夢中で東京へと向かった松子。そこで出会ったのが島津。妻子をなくし、つつましく理容店を経営する男の元で居候として暮らしはじめる。となれば自然と男女の関係になろうというもの。しかし、そんな松子がつかんだかに見える平穏は、逮捕によって終わりを告げる。全国指名手配されていたとも知らず、のうのうと暮らしていた松子を警察が見逃すはずもなく。ついに松子は刑務所に収監されることになる。

笙も別ルートから松子が刑務所にいたことを突き止め、公判記録からその凄絶な生涯を知ることになる。

本書に通して読者が追体験する松子の人生は、すさまじいの一言だ。一人の女性が味わう経験として無類のもの。それでいて、少しも無理やりな展開になっていない。本書はフィクションを描いているはずだが、実は松子のような人生を歩んだモデルがいたのではないかとも思わせる。長年、風俗業で生き抜いて来た女性の中には、松子と同じような辛酸を舐めてきた方もいるのではないか。そう思わせるリアルさが本書には息づいている。

松子の人生は、まるで奔流のように読者を運んでいく。立ち止まって考える暇すら与えてくれない。本書は一気に読めてしまう。だが、あらためて本書を読んでじっくり考えてみたい。すると、松子の生き方にも人の縁が絡み合っていることが見えてくる。松子の人生は一匹オオカミの孤独に満ちているわけではない。人生のそれぞれの局面で、ごく少数の人と太い絆を結ぶ。その絆が松子の前に次々と新しい人生の扉を用意するのだ。それが結果として悪い方向だったとしても、人の縁が人生を作ってゆく。

属する組織の中で、少数の方と縁をつないでゆく生き方。それは、私自身にもなじみがある。というよりも私の生き方そのものかもしれない。私はたまたま破滅せずに、今なお表通りを大手を振って歩けている。だが、それは結果論でしかなく、実は私の人生とは、選択する度に間一髪奈落のそばを避けてきたのかもしれない。自らの経験から振り返ってみると、生きることの難しさが見えてくる。生きるとは、これほどまでに人との縁や、その時々の判断によって左右されるものか。一方通行のやり直しのきかない人生では、選択もその時々の一回勝負。

とはいえ、本書を読んで人生を後ろ向きに考えるのはどうかと思う。殻にとじこもり、リスクを避ける人生を選び続けてはならない。松子にはたまたま不運がつづいてしまっただけとも言える。最後は酔った若者たちの憂さばらしのの対象となり、殺されてしまった。だが、逆もまたあり得るはず。幸運の続く人生も。

そもそも運で自分の人生を決めつけることを私は良しとしない。運などすべて結果論でしかない。松子の場合、旅館での盗難騒ぎを、自分の力でうまく収めてしまおうと独断に走った判断のまずさがあった。彼女の人生を追っていくと、明らかな判断ミスはそう多くはない。多くは他の人物による行いを被っていることが多い。松子の場合、安定した教職をまずい判断で台無しにしてしまったスタートが決定的だったと思う。つまり、選択さえうまくできていれば、彼女の人生は逆に向いていた可能性が高い。

そんなわけで、松子の裏目続きの人生を見せつけられてもなお、私には人生を後ろ向きにとらえようと思わないのだ。

根拠なき運命論も、人生なんてこんなもんという悲観論も、私にはなんの影響も与えない。むしろ、本書とは巨大な一冊の反面教師ともいえる。こうすれば人生を踏み外すという。でも、そこだけが本書から得られる教訓であるとは思えない。本書から得られる彼女のしぶとさことを賞賛したい。一度の選択は人生の軌道を全く違う向きに変えてしまう。しかし、悪いなりに松子は人生を懸命に生きる。そこがいい。失敗を失敗のまま引きずらず、生きようとした彼女が。

笙は公判で松子を死に至らしめた男たちの態度に激昂して吏員に連れ出される。笙には分かっていたのだろう。叔母の一生とは決して救いようのない愚かなものではなかったことを。刑務所から出所した後の松子の人生も、紆余曲折の山と谷が交互に訪れる激しい日々だった。最後は荒川のアパートで身なりを構わぬ格好で独り暮らし、嫌われ松子と呼ばれていた。それはいかにも身をやつした者の末路のよう。でも、かつて松子がつちかってきた縁は、松子を真っ当な道に戻そうとしていた。それを永遠に閉ざしたのが浅はかな若者たちの気まぐれだった。松子と比べると人生の密度に明白な差がある若者たち。そんな若者たちに断ち切られてしまった松子の報われたはずの未来。それを思うと笙には彼らの反省のなさに我慢がならなかったのだろう。

私はつねづね、人の一生とは死ぬ直前に自分自身がどう省みたか、によって左右されると思っている。本書はその瞬間の松子の感情は描いていない。果たして松子はどう感じたのだろうか。多分、晩年の松子には今までの自分の人生を思い返すこともあっただろう。でも普通、人は生きている間、無我夢中で生きるものだ。他人からの視線も気にするひまなどない。憂さ晴らしの連中に襲われた際、松子には後悔する暇も与えられなかったことだろう。だが、本人に人生を思い返す暇がなかったとしても、他人からその生きざまに敬意が払われ、記憶されたとすれば、その人の人生はまだ恵まれていたといえないだろうか。

‘2016/08/08-2016/08/09


嫌われ松子の一生(上)


本書もレビューを書くのに手間取った一冊だ。

本書では、転落し続ける一女性の一生が容赦なく描かれる。これが自業自得の結果だったり、身から出た錆であればまだいい。そうとばかりは言えないから厄介だ。そして重い。その重さを受け止めかねているうちにレビューを書くまで一年近くかけてしまった。

女性であることは、これほどまでに厳しいのか。女性でいることは、これほどまでに痛々しいのか。女性として生まれた宿命を背負って生きようとする松子の姿。それは男の私にとって安易に触れることを躊躇させた。そして、感想を書くことをためらわせた。

松子の生き方に、人の生きることの尊さとかけがえのなさは感じられる。しかし、それ以上に、生きることが一方通行の綱渡りに近しい行いであり、やり直しのきかない営みであることを痛切に感じた。

本書は松子の死後から幕を開ける。笙は、福岡から出て来た父から松子という伯母の存在を知らされ、30年前に蒸発して行方不明だった松子が殺されたこと、遺品の整理をしてほしいと頼まれる。そのような親族がいたことを知らなかった笙は、ただ面食らうのみ。

本書は一転、昭和45年に場面を移す。 国立大を出て中学校に赴任した川尻松子は、修学旅行の下見に校長と二人、別府へ向かう。旅行会社の手違いで校長と同室で泊まる羽目になった松子は、夜、校長に強引に犯される。いうまでもなく校長と旅行会社社員による卑劣な結託だった。ここでまず、松子の運命に一つ目の傷がつく。

本書はまた現代へと戻る。以後、松子の運命と笙の探索が交互に描かれていく。松子の遺品整理に気乗りしない笙は、初めは片手間に、恋人の明日香と松子が住んでいたアパートに向かい、作業を始める。大家や隣人、訪ねてきた刑事などから松子の人となりを聞いた笙は、松子の生涯にふと興味を抱く。隣人より松子が荒川の土手で人知れず泣いていたことを聞き、荒川へと向かう。そこで見た男の面相は、18年前に松子と同棲していたという 刑事から見せられた写真に写っている男だった。男が殺人犯と勘違いした笙と明日香の二人が、荒川の土手に戻ると、男のいた場所には新約聖書が落ちていた。

昭和46年の春。修学旅行先で事件は起きる。泊まっていた旅館の金庫から金が盗まれたのだ。担任の松子は、生徒を疑ってはいけないと知りながらも、問題児の龍洋一に金の行方を問い質す。そして龍洋一は、尋問に傷つき出て行ってしまう。窮した松子は生徒が盗ったことにして、お金を内々に宿に返せば丸く収まるのではと考える。しかも、自分の手持ちのお金だと足りないので、たまたま目に入った同僚教師の財布の中身も拝借して穏便に済ませようとする。だが、そんな浅知恵がうまくいくはずはない。結果、自宅謹慎の処分が下る。なおも諦められない松子は龍洋一の家を訪れる。そして本当の事を白状するように懇願するぬれぎぬまで着せられ、退職願を出すよう申しつけられる。全てが暗転していく絶望に、学校からも家からも泣き笑いで飛び出す松子。

場面は再び現代へ。男が置いていった新約聖書には府中市にある教会の名前が刷ってあった。そこを訪れた二人は、男が逆に松子を探していたのではないかと思い至る。笙の中で、松子の人生にあらためて興味が沸く。

教師を放り投げてからの松子の人生は、世間体からみれば転落の一言だ。ウェートレス、文学青年のヒモ、妻ある人との不倫。そして風俗嬢へ。風俗嬢でのし上がった松子は金を稼ぎ、同僚やマネジャーと絆を結ぶ。

一方、松子を探し訪ねる 笙の 旅は、荒川にいた男が松子の教え子だったことで次の展開に向かう。男の名は龍洋一。

過去と現在が交互に入れ替わる本書は、一人の女性が人生の荒波に揉まれ、懸命に生き抜こうとする物語だ。いちど世間というレールを外れると、あと頼れるのは己のみ。生きることへの執着としぶとさが本書にはある。

故郷をついに離れた松子の、一生故郷には帰らないとの決意で上巻は終わる。

‘2016/09/06-2016/09/08


ルーズヴェルト・ゲーム


アメリカのルーズベルト大統領は、 野球の試合で一番面白いスコアは8対7だ、という言葉を残したという。本書のタイトルの由来はそこから来ている。私は本書を読むまでこの挿話を知らなかった。

本書で著者が取り上げたのは社会人野球だ。青島製作所という中堅機械メーカーを舞台に、社会人野球に賭ける男たちを主人公としている。

社会人野球とは、面白い切り口だ。やっていることはプロ野球と同じ。それなのにアマチュアとして一段低く見られがち。選手たちはその企業の正社員または契約社員の身分として大会を戦う。正社員ならまだいい。その企業と終身雇用のプロ契約を結んでいるようなものだから。しかし、本書に登場する青島製作所野球部の選手たちはほとんどが契約社員だ。アマチュア扱いを受ける社会人野球のなかでも、より低いアマチュア扱いに甘んじているのが野球部の契約社員なのだ。契約社員は、雇用が保証された正社員とは違う。業務の繁閑に合わせて首にされても文句がいえない身分だ。ましてや、企業の福利厚生の延長である野球専業の契約社員であるなら、その立場はさらに弱い。私も本書を読むまでは勘違いしていたが、社会人野球を雇用が保証された身分で行う企業庇護の余技と見ると大きな誤りをおかす。

青島製作所野球部は創業者の青島が立ち上げた。その青島も年齢から会長にしりぞき、営業出身の細川に社長を譲る。その折り、日本を不況の波が洗う。青島製作所もその波をモロにかぶり、大手からの受注が減ってしまう。さらにはライバル社からは熾烈な価格攻勢を受ける。

業績が悪化すると銀行からの融資も渋り気味となる。その結果、コスト圧縮が全社的な掛け声としてまかり通る。そうなると真っ先に槍玉に挙げられるのは野球部のような福利厚生。個々の社員に直接恩恵のある福利厚生ならまだいい。しかし、野球部のような企業チームはどう評価すべきか。本書にも総務部長がチーム存続を社内に説得するための根拠として、野球部の経済効果を試算するシーンがある。だが、結果は芳しくない。企業の広告塔としての効果は、プロ野球ならまだしも社会人野球だと低く見積もらざるを得ないのだろう。

前監督はチームを去り、ライバルチームの監督に収まる。ついでに主力選手も引き抜いてゆく。そのライバルチームこそは、青島製作所にとっては本業の競業相手でもあるミツワ電機。営業力に定評のあるミツワ電機は、青島製作所の主力分野にも参入してしのぎを削る関係だ。ただでさえ不況で売上が減っているところ、どうやって青島製作所は生き残るのか。野球部は廃部への圧力をはね除けられるのか、という筋書きでグイグイと読者を読ませる。

正直なところを言えば、本書の筋書きは著者の代表作である『下町ロケット』に似ている。会社の危機にめげそうになった経営者が、社員の頑張りに勇気をもらい、災い転じて会社を飛躍させる粗筋は同じだ。

だから本レビューでは『下町ロケット』と筋書きが似かよっている事にはこれ以上触れないことにする。しかし、本書が 『下町ロケット』 よりもさらに深みを増した物語になっていることは言っておきたい。それは、会社にとって遊び場は必要か、という観点を掘り下げていることにある。半沢直樹にせよ、『鉄の骨』にせよ、著者の小説にはビジネスや資本の論理が太い芯として貫かれている。その論理の檻の中で、精一杯我欲を満たしたり意地を張る人々の姿を描くのが著者の得意とする作風だ。作中に登場するゴルフや呑みのレクリエーションは、すべてはビジネスの論理のため。今までの著者の作品には、そういう思想が透けて見えていたように思う。社業の隆盛に向け、社員一丸となって努力する姿は一見すると麗しい。でも、企業とはそんなに一面だけの切り口でとらえられるものなのだろうか。社員の全てが小賢しく立ち回る大人だけではないはず。平日は業務をきっちりとこなす。でもら、休みには童心に帰り、羽目を外して英気を養う。そういう社員がいてこそ、会社とは伸びてゆくのではないか。

悩める細川が、廃部の瀬戸際に揺れる野球部の試合を観戦に来て、応援に童心に帰る社員たちの業務とは違う一面に触れる。同じく観戦に来ていた青島から、8対7で終わる試合が一番面白いという言葉を聞き、目をひらかされるシーンもそう。窮地に落ちていても、4対7の劣勢から、逆転満塁ホームランで勝ち越せるのが野球の魅力の一つだ。言ってしまえば経営も野球もゲームにすぎない。ビジネスライクな論理だけでは人は動かないし、会社も続かない。それは、仕事も遊びも百パーセントでやることをよしとする私にとって、大きく頷ける考えだ。

本稿を書くにあたってあらためてそのエピソードの由来を調べてみたところ、このようなページがあった。この中でドラマ版のあらすじが記されているが、本書とは細かい部分で少々違っている。だが、ルーズベルト大統領の言葉が、このように裏付けられたのはとても意義深いことだ。

こういった努力が満塁ホームランで報われることもあれば、そうでないこともあるだろう。だが、たゆまぬ努力が全くの無駄には終わらない可能性だってある。読者としては、前向きに受け取りたいものだ。著者も努力を続けてきた結果、ベストセラー作家の仲間入りをした。企業論理を追求してきた著者の作風も、本書によって一段と深い風味をかもすことになるはず。今後とも楽しみに読ませてもらえればと思う。

‘2016/08/09-2016/08/09


澄みわたる大地


魔術的リアリズムの定義を語れ、と問われて、いったい何人が答えられるだろう。ほとんどの方には無理難題に違いない。ラテンアメリカ文学に惹かれ、数十冊は読んできだ私にも同じこと。魔術的リアリズムという言葉は当ブログでも幾度か使ってきたが、しょせんは知ったかぶりにすぎない。だが、寺尾氏による『魔術的リアリズム』は、その定義を明らかにした好著であった。

その中で寺尾氏は、魔術的リアリズムに親しい小説や評論をかなり紹介してくださっている。その中には私の知らない、そもそも和訳がまだで読むことすらままならない作品がいくつも含まれていた。

著者略歴には寺尾氏が訳したラテンアメリカの作家の著作も数冊載っている。それによって知ったのは、寺尾氏が、理論だけでなく実践「翻訳」もする方であること。私は寺尾氏がまだ知らぬラテンアメリカ文学を翻訳してくれることを願う。

そんなところに、本書を見掛けた。著者はラテンアメリカ文学を語る上で必ず名の挙がる作家だ。だが、上述の寺尾氏の著作の中では、著者の作品はあまり取り上げられていない。作風が魔術的リアリズムとは少し違うため、寺尾氏の論旨には必要なかったのだろう。だが、著者の名は幾度も登場する。メキシコの文学シーンを庇護し、魔術的リアリズムを世界的なムーブメントへと育てるのに大きな役割を果たした立役者として。その様な著者の作品を訳したのが寺尾氏であれば、読むしかない。

本書はセルバンテス文化センター鯵書の一冊に連なっている。セルバンテス文化センターとは、麹町にあってスペイン語圏の文化を発信している。私も二度ほど訪れたことがある。セルバンテス文化センターでは、スペイン本国だけでなくスペイン語圏を包括している。つまり、本書のようなメキシコを舞台とした文学も網羅するわけだ。

そういったバックがあるからかは知らないが、本書の内容には気合いが入っている。小説の内容はもちろんだが、内容を補足するための資料が充実しているのだ。

脇役に至るまで登場するあらゆる人物の一覧。メキシコシティの地図。本書に登場したり、名前が言及されるあらゆる人物の略歴。さらには年表。この年表もすごい。本書の舞台である1950年代初頭までさかのぼったメキシコの近代史だけでなく、そこには本書の登場人物たちの人物史も載っている。

なぜここまで丁寧な付録があるかというと、本書を理解するためには少々の知識を必要とするからだ。革命をへて都市化されつつあるメキシコ。農地を手広く経営する土地持ちが没落する一方で、資本家が勃興してマネーゲームに狂奔するメキシコ。そのようなメキシコの昔と今、地方と都市が本書の中で目まぐるしく交錯する。なので、本書を真に理解しようと思えば、付録は欠かせない。もっとも、私は付録をあまり参照しなかった。それは私がメキシコ史を知悉していたから、ではもちろんない。一回目はまず筋を読むことに専念したからだ。なので登場人物達の会話に登場する土地や人物について、理解せぬままに読み進めたことを告白する。

筋書きそのものも、はじめは取っ付きにくい思いように思える。私も物語世界になかなか入り込めないもどかしさを感じながら読み進めた。それは、訳者の訳がまずいからではない。そもそも原書自体がやさしく書かれているわけではないから。

冒頭のイスカ・シエンフエゴスによる、メキシコを総括するかのような壮大な独白から場面は一転、どこかのサロンに集う人々の様子が書かれる。紹介もそこそこに大勢の人物が現れては人となりや地位を仄めかすようなせりふを吐いて去ってゆく。読者はいきなり大勢の登場人物に向き合わされることになる。やわな読者であればここで本書を放り投げてしまいそうだ。本書に付されている付録は、ここで役に立つはずだ。

前半のこのシーンで読者の多くをふるいにかけたあと、著者はそれぞれの登場人物を個別に語り始める。それぞれの個人史は、すなわちメキシコの各地の歴史が語られることに等しい。メキシコの地理や歴史を知らない読者は、物語に置いていかれそうになる。またまた付録と本編を行きつ戻りつするのが望ましい。

実のところ、中盤までの本書は導入部だ。読者にとっては退屈さとの戦いになるかもしれない。

しかし中盤以降、本書はがぜん魅力を放ち始める。本書は、文章の表現や比喩の一つ一つが意表をついた技巧で飾られている。それは、著者と訳者による共作の芸術とさえ言える。前半にも技巧が凝らされた文章でつづられているのだが、いかんせん世界に入り込めない以上は、飾りがかえって邪魔になるだけだ。だが、一度本書の世界観に入り込むことに成功すると、それらの文章が生き生きとし始めるのだ。

文章が輝きを放つにつれ、本書内での登場人物達の立ち位置もあらわになって行く。ここに至ってようやく冒頭のサロンで人々が交わす言葉の意味が明らかになっていく。本書はそのような趣向からなっている。

登場人物たちが迎える運命の流れは、読者にページをめくる手を速めさせる。本書を読み進めていくうちに読者は理解するはずだ。本書がメキシコを時間の流れから書き出そうとする壮大な試みであることに。

革命とその後に続く試行錯誤の日々に翻弄される人々。その変わりゆく営みのあり方はさまざまだ。成り上がり階級の人々が謳歌していた栄華は、恥辱に塗れ、廃虚となる。没落地主の雌伏の日々は、名声の中に迎えられる。人々の境遇や立場は、時代の渦にはもろい。本書の中でもそれらは不安定に乱れ舞う。吉事に一喜し、凶事に一憂する人々。著者のレトリックはそんな様子を余すところなく自在に書いてゆく。閃きが縦横に走り、メキシコの混乱した世相が映像的に描き尽くされる。

だが、それらの描写はあくまでも比喩として多彩なのだ。非現実的な出来事は本書には起こらない。つまり、本書は魔術的リアリズムの系譜に連なる作品ではないのだ。それでいて、本書の構成、描写など、間違いなくラテンアメリカ文学の代表として堂々たるものだと思う。おそらくは、寺尾氏もそれを考えて『魔術的リアリズム』に本書を取り上げなかったと思われる。だが、魔術的リアリズムを抜きにしても、本書はラテンアメリカ文学史に残るべき一冊だ。寺尾氏も我が意を得たりと、本書の翻訳を引き受けたのだと思う。

‘2016/07/17-2016/08/05


人間臨終図鑑II


本書では享年五十六歳から七十二歳までの間に亡くなった人々の死にざまが並べられる。五十六歳から七十二歳まで生きたとなれば、織田信長の時代であれば長生きの部類だ。当時にあっては長寿を全うしたともいえる。

人生の黄昏を意識し始めた人々は、死に際して諦めがいい。とはかぎらない。

本書に収められている以上は、それぞれがその世界で名を成した人々だ。努力に研鑽を重ね、なにがしかの実績を重ねて来た人々でもある。が、そういった人々こそ、まだまだ道なかば、と思いながら日々を生きているのではないか。死を前にして、自分はまだ若いと考えたことだろう。

人の死にざまを描くことで、その人の一生を総括できるのか。著者がこの図巻で試みようとするのは難儀な試みだ。その人の一生を知りたければ葬儀の参列者を観察すればいい。誰が言ったかは知らないが、一面の真理をついている。では、その人の死に方を観察すれば、その人の一生は理解できるのか。悟ったように従容と死に臨むことができれば、その人は生涯を悔いなく過ごせたといえるのか。これまた難しい問いだ。

私自身、齢四十三を数えた自らの人生を振り返ると、道半ばどころか、ひよっこもいいところだと思っている。まだまだ知りたいことやりたいことが無数に残っている。仮に今、死期を知らされたところで、きっと未練で取り乱すに違いない。

産まれた瞬間に死刑宣告を受けるのが生きとし生けるものの定め。それは頭ではわかっていても、悟りを開くにはやるべきことがまだまだ残っている。そう思っている。もちろん、一生を悟りの中に生きることもありだろう。だが、そこに諦めは持ち込みたくない。死に臨むなら、諦めの中でなく、やり切った満足の中に臨みたい。最後に一念発起し、盛大に花火を打ち上げるのも良いが、生半可な花火ではかえって悔いが残るかもしれない。それであれば体力のある今のうちにやりたいことをやっておきたい。

本書を読むと、否応なしに死に方について思いを致したくなる。日々を生きるのに精一杯な状態では、死に方について考える暇もないだろう。であれば、せめて他人が死に臨んでどのように納得したのか。どのように折り合いをつけたのか。その様を知り、自らの死生観を養うのがよい。いまだかつて、死で自らの生を終わらせなかった人間はいない。これを書いている私にもやがて死は訪れる。これを読んでくださっているあなたにも。死は等しくやってくる。

そして、死ぬ事を、頭のなかでわかったような気になっているのも私も含めて皆一緒だ。それであれば、少しでも自分の死に際して、慌てず騒がず、悔いなくその時を迎えるにはどうすればいいか。本書は、やがて訪れる死を前に、読んでおくべき一冊だと思う。

’2016/07/08-2016/07/10


人間臨終図鑑I


伝奇作家として知られる著者だが、有名な諸作品を読む前に著者の書いた伝記を読むことになってしまった。何を隠そう、私は著者の作品を今まで読んだことがなかったのだ。雑誌ではなく、書物で読むのは初めて。

本書は、古今東西の有名人の死に様を集めている。取り上げられているのは、享年が若い順だ。

冒頭をかざるのは、八百屋お七。想い人に逢いたいあまり放火をしでかした江戸の女性。享年十五歳。次は大石主税。忠臣蔵で知られる内蔵助の息子だ。父と共に吉良邸に討ち入りを果たし、切腹で生涯を終えた。享年十五歳。その次に登場するのは、ナチの強制収容所で命を落としたアンネ・フランク十六歳だ。

冒頭の若くして亡くなった三人は、どれも我が国では知られた存在だ。だが、人類の歴史を振り返れば享年十五歳未満で亡くなった人は他にもたくさんいるはずだ。だが、本書には登場しない。恐らくは本書に取り上げられるに足る業績がないためだろう。(放火を業績というのは憚られるが。)

なぜ、十五歳未満の人物が登場しないのか。それは、人生で成果を出し始める時期が十五歳以降であることを示す証拠だと思う。

本書は以降、十代から二十代、三十代と取り上げられる享年が上がってゆく。それに従い、紹介される死に様が変わっていくのが興味深い。

若いうちに亡くなる原因とは、不慮の事故であることがほとんどだ。もしくは若さ故の勇み足か。だが、将来を嘱望されながら、若くして病に世を去った方もいる。彼ら彼女らの無念も本書には取り上げられている。

三十代にもそれぞれの一生の締めくくりがあり、四十代にも死に至るまでの事情がある。著者がとりあげるのは、聖人君子だけではない。鬼畜な犯罪者だって革命家だって等しく取り上げる。いかに死んだのかを書く本書だが、何かを成し遂げないと本書には取り上げられないのだ。ただ死んだだけなら他にも該当者は沢山いる。諸外国にはその地で有名な若くして亡くなった人もいるだろうが、つまりは著者が取り上げるかどうかだ。やはり何をなしたか、が重要になるのかもしれない。

ただ、生前の業績が取り上げられる理由になるとはいえ、やはり本書は死に様を描く本だ。本書は享年五十五歳でなくなった大川橋蔵までが取り上げられている。人生五十年の信長の時代ならともかく、今から見ると五十代で死ぬのは若死にを意味する。

そのためだろうか、著者が書く若い人々の死に様には、どことなく哀惜の色が漂う。本書には32歳で暗殺された坂本竜馬も取り上げられているが、著者は以下のような言葉をはなむけに添えている。「もう少し生かしておきたかった、と思われる人間は史上そう多くないが、坂本竜馬はたしかにその一人である」。他に著者が本書内で同様に評価しているのは大杉栄、小栗虫太郎、島津斉彬などだ。

また、著者が作家なだけに、作家の訃報には紙数が割かれている。石川啄木や夏目漱石など。

本書は日本人の著者によって書かれただけに、日本人の割合が非常に高い。だからこそ、我々にとっては思い入れもあるし、日本人の死生観について興味深い例を教えてくれる。

自分がどうやって死ぬか。死ぬときには後世に恥じぬ死に様でありたい。そう思うのだが、まだまだそう思うには時間が掛かるのだろうな。

‘2016/07/06-2016/07/08