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直感に刺さるプレゼンテーション


私が読んできたかぞえきれないほど多くの本。それぞれの本にはきっかけがあり、思い出がある。それが印象的であればあるほど、その本は記憶に残る。本書もそうした本の一冊だ。なにしろ、著者の目の前で入手したのだから。今までにもサイン本を手に入れたことはあるし、私の知り合いには本を書く方も何人かいる。だが、著者自身から本を贈呈されたことはない。ところが本書を手に入れたのはまさに著者の目の前。それは私にとって初めての経験だ。

本書を入手したのは、Prezi Night Tokyo Ⅶにおいてだ。このイベントに、私は登壇者ではなく、一人の観覧者として参加した。Prezi Night Tokyo Ⅶでは三名のプロの方がPreziを使ったプレゼンテーションを披露してくださる他に、参加者有志によるLightning Talkの場が設けられていた。たびたび仕事でプレゼン(テーション)を行う私にとって、そのどれもが参考になった。そうした実例の数々を見られただけでも、Prezi Night Tokyo Ⅶには参加したかいがあったと思う。

Prezi Night Tokyo Ⅶに登壇した三名のプロのうち、著者は二番目に登壇した。「prezendouのプレゼン百鬼夜行」と題されたそのプレゼン。どこかで聞いたことがあると思ったら、トイロハで連載されていた。私も以前、トイロハでは連載していた。私も著者の連載は何度か拝見した覚えがある。今回、著者ご自身によるプレゼンを拝見できたことはとても良い学びとなった。登壇の内容は、プレゼン初心者が陥りやすい罠を百鬼夜行の各妖怪になぞらえたもの。preziの使い方、プレゼンの経験則など、さすがというべきツボを押さえていた。

Prezi Night Tokyo Ⅶの最後を盛り上げたのはじゃんけん大会だ。景品にはTシャツやパーカー、ステッカーの他に、登壇者によって書籍が提供されており、どれもが欲しくなる魅力を持っていた。ところが、こうしたイベントで私は勝ったためしがない。今回も早々に敗退するものと思っていたら、あれよあれよと勝ち残り、景品を選べる立場を得た。景品として出された中の一冊に本書はあり、著者のプレゼンに感銘を受けた私は、Tシャツやパーカーには目もくれず本書を選んだ。

本書は手に入れてすぐ読んだ。大抵の本は積ん読の山に埋もれるが、本書は別。鉄は熱いうちに打て、だ。Prezi Night Tokyo Ⅶの翌日、学んだ知識が熱いうちに本書を手に取った。そして期待に違わず、本書はとても私のためになった。

プレゼンの極意を文章で表すのは容易ではない。なぜならプレゼンとはスキルではなくセンスだからだ。私は本書を読むまでそう信じていた。Prezi Night Tokyo Ⅶに私を誘ってくれた情報親方は、プレゼンとはロジックだと教えてくれた。だが、そう教わってもなお、私は自分がプレゼンに不得手なのを、センスのせいにしていたように思う。ところが、本書はよく読んでみると、いたるところにロジックのかけらが垣間見える。ロジックで何とかなるプレゼンであれば、それはセンスではなくスキルだ。

本書は冒頭で、受け手に理解させるだけでは行動を引き起こせないことを説く。そのため、プレゼンで何をさせたいのかという目的意識をもたねばならない。そして感情を揺り動かすためには、ロジックだけでなく、もう一段上のアプローチがいる。そのためにもプレゼンにはイメージが必要というのが著者のメッセージだ。本書には図版がふんだんに使われている。

ただ、イメージも使い方によっては逆効果にもなる。そして、イメージだけでプレゼンターの意図をそのまま受け手に効果的に伝えることは難しい。ここはまさにセンスの世界だ。そこで、イメージにテキストを加える。そうすることで、プレゼンにロジックが武装される。プレゼンである以上、曖昧なメッセージは逆効果。つまりテキストはロジックに沿ったストレートなメッセージであることが求められる。テキストはロジックの方向性を決める。さらに、テキストのメッセージに沿ったイメージやデザインを組み合わせることは十分にロジックの範疇だといえる。ただ、テキストの色合いやフォントの取り扱いを間違えると、受け手に誤った混乱を招く。これもまた、センスに関係ないロジックで取り扱える範囲だ。本書はそうしたことを豊富なテキストとイメージのサンプルでそのことを解き明かしてゆく。

本書を読んで、自分がまだまだと思ったこと。それはテイストを揃えることの重要性だ。イメージを揃える作業。これは簡単なようでいて、やってみるとなかなか難しい。ついつい多様なイラストレーターが描いたイラストでプレゼンを飾り立ててしまう。その結果、プレゼンからはまとまりが失われ、失注へとつながる。

まとまりのないプレゼンを駆逐するため、本書にはストーリー構造についての章が設けられている。プレゼンである以上、プレゼンを通してどういうアクションが行われるべきかについての一貫したストーリーが求められる。その分析はビジネスフローの分析に通ずるものがある。それはフローチャートであり、まさにロジカルな部分だ。別の章では聴き手との共通点をプレゼンに組み込む方法も解説されており、私はそこからも同じ知見を得た。私がより一層意識していかねば、と思わされた部分だ。

あと、私があっと思ったことがある。それは、スライドの冒頭とラストをおろそかにしていないか、という著者の指摘だ。特にプレゼンの最後によく見かける「ご清聴ありがとうございました」が無駄との指摘は耳が痛い。直近の私がやっていたことだからだ。次から改めなければなるまい。冒頭のスライドにもう一工夫を加える事もあわせ、実践しなければと痛感した。

本書を読んでいくと、センスの問題とあきらめていたことの多くがスキルで置き換えられることに気づく。ところが、スキルとはいえ、習得するのは容易ではない。本書を一度だけ読んだところでなかなか習得できない。センスとは、スキルを習得するためのコツや適正を指すのではないかとさえ思う。著者も本書の末尾では、繰り返す練習することが重要であると述べている。私もそうだと思う。なぜなら本書の極意をまだつかめたとはいえないから。私そして、私がプレゼンを行うようになってから、少しは上達してきているプレゼン技術も、まだ著者には到底及んでいないと思うから。

本書の最後にはMicrosoft Powerpointの使用法についてもテクニック付きで紹介されている。そこも参考になる。だが、私がPreziがきちんと扱えるようになるには、まだ時間が必要だ。ついついslide.comの簡易さに頼ってしまう。Preziはもう少し触ってみたいのに。プレゼンとは、センスだけでなく、スキルでまかなえる部分があると勇気づけられたのだから。

‘2018/07/14-2018/07/17


DevRelConに参加して思った技術者のこれから


3/9にサイボウズ社で開催されたDevRelCon Tokyo 2019に参加しました。
この参加は代表である私のキャリアパスにとって得難い経験となりました。なのでレポートとして報告いたします。

昨年の秋からお誘いを受け、私はDevRelJpに参加させていただいております。DevRelのサイトに載っている定義によれば、「DevRelとはDeveloper Relationsの略で、自社製品/サービスと外部開発者とのつながりを作り上げる活動になります。 一般的にエバンジェリストまたはアドボケイターと呼ばれる人たちが活動します。」とのこと。つまりkintoneのエバンジェリストである私にとっては参加するしかないのです。

DevRelのイベントには二度ほど参加しました。そこで感銘を受けたのは、プログラムの内容や設計よりも、いかにして自社またはイチオシのサービスを広めるかに注力していることです。その内容は私の思いにもマッチしました。なぜなら、私は昨年あたりから自分のなかで力を入れるべき重点を変えようとしていたからです。開発者から伝道者へ。技術者から経営者へ。そうしたキャリアパスの移行を検討し始めていた私にとって、DevRelJpへの参加は必然だったといえます。

さて、今回のDevRelConは私ともう一人で参加しました。もう一人とは、とあるイベントで知り合った若い女性。大手企業の安定を捨て、新たな分野に飛び込む志を持った方です。その志に感じ入った私は、ちょくちょくこうしたイベントにお誘いしています。

今回も「こうしたイベントがあるよ」とその方をお誘いしました。ところが当の私がDevRelConのサイトを熟読せずに申し込んだのだから始末が悪い。もちろん、英語のスピーカーが多いなどの断片的な情報は頭の片隅にありました。ハードルがちょっと高いかもしれないというほんのわずかな懸念も。ところがそれぐらいの情報しか持たず、聴きたいセッションも選ばず、ただ申し込むだけというノーガード戦法。

今回の会場は私も何度も訪れているおなじみのサイボウズ社。いつもの動物達がお出迎えしてくれ、ボウズマンもサイボウ樹も健在。日本人の姿も結構見うけられます。自分のホームに帰ってきたような安心感。それもあって甘く見ていたのかもしれません。

そんな私の思いは開催とともに打ち砕かれます。司会進行は中津川さん。DevRelJpでもおなじみです。ところが喋っている言葉は全て英語。ほかの日本人スピーカーも流暢な英語を操っているではありませんか。普段、日本語で喋っているのに、今日に限ってどうしたことでしょう。さらに驚くべきことに、その状況におののいているのはどうやら私たちだけらしいという事実。英語で威勢よく進行する状況を周りは当然のこととして受け入れているのに、私たちだけ蚊帳の外。

普段、こうした技術系イベントでは同時通訳の副音声が流れるイヤホンが貸し出されます。ところがDevRelConにそうした甘えは許されず、全てを自分の耳で聞き取らねばなりません。と、横のサイボウ樹のディスプレイに日英の両方の文章が流れていることに気づきました。どうやらスマートスピーカーが言葉を聞き取り、通訳して文章を吐き出してくれている様子。普段、サイボウ樹のディスプレイは沈黙しています。今回、初めて大活躍の場を見ることができました。ですが、何か様子がおかしい。精度が悪く、ディスプレイにはほとんど意味をなさない文章が流れているのです。たまに口にするのもためらうような言葉も混じったり。話者によってはある程度の長さの文章を拾ってくれますが、流暢なネイティブスピーカーの言葉はほぼ支離滅裂。私たちの目を疑わせます。その内容にはあぜんとしました。流暢な人の言葉こそ、いちばん通訳を求められるのに。

つまりDevRelConとは、英語ヒアリング能力がなければ、まったく理解がおぼつかないイベントだったのです。

うかつにも私はイベントが始まってからその残酷な事実に気づきました。そして心の底からヤバいと思いました。こんな体たらくで10時間以上の長丁場に耐えられるのか、と。一緒に来た方も英語力は私とそう変わらない様子。全く聞き取れない英語の流れる会場で、絶望に満ちた顔を見合わせながら、日本語でヒソヒソと言葉を交わす二人。しかも私はまだ技術的な単語に免疫がありますが、この方は技術者ではありません。なので私など比べ物にならないほどの苦痛を感じていたはず。お誘いして申し訳ない、と思いました。

ところが、そんな私たちは結局最後まで会場に残り、懇親会にまで出席したのです。それはなぜかというと、会場のスピリットが伝わったからです。そのスピリットとは、上にも書いたDevRelの定義「自社製品/サービスと外部開発者とのつながりを作り上げる活動」です。スピーカーのおっしゃる内容は正確な意味は分かりません。ですがニュアンスは伝わってきます。つながりを作る活動。その思いが会場に満ち、私たちの心に何らかの作用を及ぼします。

全てのスピーカーの方々が訴えるメッセージとは、好きなサービスをテーマとしたコミュニティを作り上げ、そこからより活発な発信を行う。それだけのことなのです。それはそうです。DevRelConである以上、DevRelの理念が話されるのですから。そして私たちはまさにそうした内容が知りたくてこのイベントに参加したのです。

そのことに気づいてからは、気持ちが楽になりました。三つ用意された部屋を移り、それぞれでヴァラエティにあふれたスピーカーの皆様のプレゼンを聞きながら、プレゼンの仕方や、画像の挟み方を学びます。そしてプレゼンのエッセンスを必死に吸収しようと集中します。実際、勉強になることは多い。だてに英語の千本ノックを浴びていただけではないのです。絶え間ない英語のシャワーに耳を洗われ、洗練されたスピーカーのプレゼン技術に見ほれながら、私は受け取るべきメッセージは受け取り、自分の中に知見を吸収していきました。

私が得た気づき。それは、日本の技術者が陥っている閉塞感と終末感です。そして切迫した危機感。私にとって英語だけが交わされるこの空間は、余計な雑念を排してくれました。それほどまでに英語だけの環境は新鮮でした。

私も単身でイベントに参加することはよくあります。何十人も集まるイベントで私が知っているのは招待してくださった方のみ。なんて経験はザラです。そこで一分間しゃべる事を求められても動じなくなりました。そのようなイベントに積極的に出るようになったのは法人化したここ三年ぐらいのこと。そんな孤独感に満ちたイベント参加に慣れた私ですら、DevRelConの英語の飛び交う会場からは強烈な新鮮さを受け取りました。強烈な危機感とともに。その危機感は今までも感じていましたが、しょせんそれは頭の中だけの話。上辺だけの危機感です。ところがいざ、英語に満ちたフィールドに身を置いてみると、その危機感がより切実に私に迫ってきました。

Rubyの創始者として著名なまつもと氏も登壇されておりましたが、内容はごく当たり前に英語。本邦で生まれたプログラム言語が世界で使われるすごさ。それは、技術の世界に身を置いていると痛切に感じます。そこにはまつもと氏による地道な発信があったのです。最初は小規模なコミュニティからスタートし、英語で発信を行う。それがある日、拡大局面をむかえる。そこまでの日々にあるのはただ地道な努力のみ。近道はありません。

もしRubyのコミュニティが日本語だけに閉じていたとしたら、当然、今の繁栄もなかったはずです。情報技術が英語を母語として発展したことに疑いをはさむ人はよもやいないでしょう。英語が母語の状況がこれからも覆りようがないことも。例えばExcelやWordのマクロをいじろうとしてちょっと検索すれば、すぐに英語のドキュメントがしゃしゃり出てきます。クラウドサービスのドキュメントも英語まみれ。プログラム言語のドキュメントとなればあたり一面に技術的な英語がバシバシ現れます。それらのドキュメントは日本語に翻訳されていますが、ほとんどは自動翻訳によってズタズタにされ、いたいけな技術者をさらに惑わしにかかります。これからの技術者にとって英語はさらに必須となる事実は、今でも簡単に証明できます。

また、これからの日本には移民がさらに増えてくるはずです。国際的な取引にもますます英語が絡んでくることは疑いのないところ。英語を読み書きする能力もそうですが、会話する能力を磨かないと、これからのビジネスでは通用しなくなると言い切ってよいはず。正直、今までの私はたかをくくっていました。じきにドラえもんの「翻訳こんにゃく」が実用化され、英語を学ぶ必要はなくなるだろう、と。ですがサイボウ樹のディスプレイに流れる意味の分からぬ日英の文章の羅列は、私の甘い見通しを打ち砕きました。「翻訳こんにゃく」の実現にはあと10年はかかりそうです。

もう一つ、このイベントに出て思ったこと。それは日本人の閉鎖性です。異文化にさらされるようになってきた最近のわが国。ですが、しょせんは日本語で囲まれています。コンビニエンスストアで店員をしている諸外国の方も、たどたどしい日本語で頑張って対応してくれています。今はまだ。日本人が日本で暮らす分にはなんの脅威もなく、治安もある程度保たれています。ですが、その状況はこのまま移民が増えても大丈夫なのか、という危機感が私の脳裏から拭えません。その危機感とは治安に対してではなく、日本にいながら日本語が使えなくなることに対してです。すでに、クラウドや技術界隈の奔流が非日本語圏から流れてきています。その現状は、日本語文化への危機感をさらに煽り立てます。

日本人が大勢を占める職場で日本語だけを喋っていれば事足りる日々。実はその状態はものすごく恵まれており、極上のぬるま湯につかったような環境なのではないか。そして、その状況が取っ払われた時、日本人は果たして生き残っていけるのか。日本をめぐる危機がさまざまに叫ばれる今ですが、これから数十年の日本人が直面する危機とは、財政や年金や自然災害によるものではなく、実は文化や言語をめぐる根本的な変化が原因となるのではないか。その時、今の状況に甘んじている日本人はその変化に対応できず、没落するほかないのでは。そんな危機感に襲われました。かつて、新渡戸稲造が英語で武士道を書き、世界に向けて日本のすばらしさを啓蒙しました。英語を自在に操れるようになったからといって、日本の心は消えないはず。むしろより英語が必要になるこれからだからこそ、英語で日本文化を守っていかねば。日本語のみにしがみついていたらマズいことになる。そんな風に思いました。

DevRelConにいるのなら、コミュニケーションを取らねば。まつもと氏とは会話し、握手もさせてもらいました。TwitterブースにいたDanielさんとは英語で会話もし、Twitterのやりとりもしました。夜の懇親会でもさまざまな方と会話を交わしました。ですが、私の英語コミュニケーション能力は絶望的なままです。去年断念したサンノゼのGoogleイベントに今年もご招待されました。ですが今のままでは会話がおぼつかない。それ以前に異文化に飛び込む勇気が私には欠けています。日本のイベントに単身で飛び込むのとはレベルが違う恐怖。まず私が克服しなければならないのはこの恐怖です。

そうした強烈な気づきが得られたこと。それが今回DevRelConに出た最大の収穫だったと思います。まとめサイトもアップされており、私がイベント中に発信したつぶやきもいくつも収められています。

折しも、複雑なアルゴリズムの開発で苦しみ、私自身が技術者としての賞味期限を意識した途端、同学年のイチロー選手の引退のニュースが飛び込んで来ました。その翌日、EBISU Tech Nightというシステム開発会社のイベントで登壇依頼を受け、優秀な技術者の方々へ話す機会をいただきました。スライド

そこで話したのはDevRelConの経験です。簡潔に私の得た気づきを語りました。技術者だからこそこれからの時代でコミュニケーションを身につけねばならない。それにはDevRelConのようなイベントに飛び込んで行くだけの気概を持たないと。そんな内容です。冒頭の自己紹介を英語でしゃべり、盛大に自爆したのは御愛嬌。終わった後の懇親会でも私の趣旨に賛同してくださる方がいました。その方からは殻に閉じこもる技術者がいかに多いかという嘆きも伺いました。どうすればザ・グレート・シタウケから日本の技術者は脱却できるのか。それを追い求めるためにも、私も引き続き精進し、全編フルのスペクタクルに満ちた英語のプレゼンテーションができるようになりたい。ならねばならないのです。


2016年の抱負


晦日にアップした投稿にも書かせて頂きましたが、昨年度は皆さま色々と有難うございました。
今年も引き続き、よろしくお願いいたします。昨年の流れをさらに加速するべく、努力を惜しまず進みたいと思っております。

今年の抱負としては、胸の中で様々に温めているところです。自分という器の容積を広げるためにも、目標は高く持ちたいと考えております。私的な抱負については、家族とともに考え、家族の前で披露するつもりですが、こちらでは、公的な抱負を書きます。

1.法人化2年目にあたって
昨年は法人化を達成しましたが、あえて背伸びせずに基盤作りの一年としました。今年も実現不可能な目標は立てません。しかし現状維持に落ち着くつもりもありません。今年は常駐に頼らずに前年と同じ収入を得ることに注力しようと思います。個人事業主時代、最高収入を得た2010年度すらも、日中は常駐現場に縛られていました。常駐をこなしながら、深夜まで仕事することには限界があります。昨年も平日の睡眠時間は3〜5時間しか取れていませんでした。しかし、そろそろ脳への負担も考えながら仕事を進めなければなりません。また、日中に営業に回れないことがどれだけ商機を逃していたか考えると、改めるべきなのは明らかです。

と言うわけで、4月以降、常駐作業からの収入は多くとも今年の半分に抑える予定です。大口の安定収入を半分にしても、小口の不定収入だけで昨年と同じだけの収入を得られるか。困難ではありますが無茶な目標ではありません。やるしかありません。昨年末に楽天ビジネスがサービスを終了しました。楽天ビジネス経由でかなりのご縁も収入も頂いていただけにダメージはあります。また、CloudWorksやLancersには登録しているものの、そちら経由での受注には至れていません。まずはこの二つのサービスからの受注を目指します。

さらには昨年、かなりの数参加させて頂いた交流会。それぞれの交流会経由でも直接間接に受注に結び付けられています。交流会経由でのご縁をいかにしてさらに増やすか。こちらも参加頻度を去年並みにするか、検討の上正式加入するなどして重視したいと思います。
そして既存のお客様からのご紹介も疎かにしてはなりません。実はこの大晦日間際になって、ご紹介経由でお見積りのお話を頂きました。ありがたいことです。私の提供したサービスの質を評価していただいたと自負しています。しかし、一方では常駐で多忙になる前と後では私の提供するサービスの質が落ちたとの苦言も頂きました。頂いた言葉を肝に銘じ、常駐の仕事量を減らしたからには、その分お客様にもご納得頂けるサービスを心掛けねばなりません。

2.エキスパート化
昨年読んだいくつかの本からはジェネラリストよりもエキスパートたれ、という示唆を受け取りました。仕事上ではこのことを念頭において自己研鑽やブログに反映させていくつもりです。例えばハードウェア手配、凝ったデザインや動画編集、ネットワーク設定や私の不慣れな言語については積極的に協力会社に協力をお願いしていくつもりです。

一方では、私の価格設定が安すぎるという忠告も何度か頂いていました。それは常駐作業が足かせとなってお客様に100%向き合えないための価格設定でした。しかしこれは改めようと思います。そのためにはジェネラリストとして接するのではなくエキスパートとして振る舞わねばなりません。エキスパートとしてどうやって売り込むか。これについてはすでに腹案があります。昨年12月からkintoneのエバンジェリストとして、ようやく活動を活発化させ始めています。トイロハさんへの連載やAdventカレンダーへの参加など。今年はこの流れをより太くすることが大切です。また、Excel、Access、WordのVBAについてはかなりのレベルに達しているとの自負があります。これをOffice 365やGoogle Appsなどと絡めて究めて行こうと考えています。また、CMSについては各種の開発運用実績も持っていますし、一からCMSを作ったこともあります。これらは引き続き大切なノウハウとして活かします。

3.話す技術
昨年は妻のココデンタルクリニックで二回にわたってセミナーを開催しました。そのうちの一回は私もプロジェクターを使って話す機会を頂きました。その直後にアンケートを通して皆さまの意見を募りましたが、辛い意見も頂きました。まさに私自身が求めていたのが辛い意見でして、自分でも話した内容に満足がいきませんでした。おそらく今のようにブログが氾濫している状態では、文字を通しての自己表現は、よほどの内容でないと埋もれてしまうことでしょう。

では何をもって自己表現をするか。それは喋ることです。各種交流会やセミナーにも出させて頂きましたが、必ず1分程度出席者の前でしゃべることが求められます。しかし今の私の話術では10分以上のプレゼンテーションを行えるだけのレベルに達していないと考えています。そのための訓練は欠かせません。今年早々に口にとある処置をしますので、滑舌もそれに合わせてよくなるようにしたいと考えています。

4.ブログ
活動のベースは今まではFacebookを主とし、Twitter、Tumblr、ホームページのブログを従として進めていました。昨年はブログ経由での情報発信をかなり増やしました。今年はその流れをさらに強め、全面に公的な色を濃くしたいと思っています。
Facebookでは、個人的な日記に近い形の投稿を日々欠かさず続けてきました。これは引き続き行う予定です。仕事とプライベートの割合を適度に混ぜながら。しかし、仕事用のFacebookページもより前面に出す予定です。しかし昨年、仕事用のFacebookページやブログの宣伝効果はまだまだだったと反省しています。実は今までは私が積極的にブログの内容を宣伝することはしていませんでした。今年は書いたブログの内容がより流布されるように、私自身のブロックを外すつもりです。具体的にはマルチポストだからといって他の媒体への投稿を避けるということを止めます。リンクによるシェアでよいので、あちこちにブログの内容を書き込んでいこうと考えています。エキスパートに徹する仕事上の技術系のブログは対象を絞って。ジェネラリストとしての自分を書評や時事ブログで表現していきたいのであればふさわしい掲示板に。人間的に狭くなることは避けたいので、仕事だけでなく、書評、劇評、映画評をはじめとし、視野を広く、折々に様々なことについて興味を持ち、世間にも自分の考えを積極的に問うていこうと考えています。

昨年の12月からは対価を頂いた上でトイロハさんへの文章アップも初めています。これら技術エキスパートとしてのブログはAdvent Calendarも含めて引き続きエキスパートとして執筆していくつもりです。しかし技術系ブログ以外のブログも、機会があればどんどん対価を頂いてもなお読まれるような文章を中心に、他のブログとは一線を画したようなブログとして育てて行きたいと意気込んでいます。

なお、私が私的な内容の日記を書く際のスタンスは、小説家の筒井康隆さんのそれに影響を受けています。実名で、個人的な内容を書きつつ、その内容が商売ベースとしても成り立つだけの質の高い日記。実名でも批判を恐れずに書き、匿名に逃げることは避け、同じ内容のものは書かず、日々違う内容の出来事を紹介できるようなもの。それを目指したいと思っています。そのためには私自身の生活も単調にならぬように気を付けねばなりません。また、家族や友人、取引先のプライバシーを侵害するような内容は避けなければなりません。これらのことは引き続き気を付けるつもりです。無断タグ付けを避けることはもちろん、文章に登場させることも極力避ける。などなど。

5.体力と魅力増強
仕事と家庭と自分の夢の三つを両立させることは当然です。また、それらの両立は困難です。ただ、今年は常駐という足かせもなくなる予定ですから、少しは時間的な制約が外れるはずです。それでもこれらを両立させるためには体力の増強は昨年に引き続いて必須でしょう。昨年も親子マラソンや自転車での中距離旅行、フットサルやテニス、ローラースケートに参加させてもらいましたが、今年も引き続きそういった機会を頂ければ参加していこうと思っています。とくに自転車で遠距離に行き、名所旧跡に訪れることは体力的にも精神的にも知識的にも私を成長させてくれるはずです。そういう機会を増やそうと考えています。

引き続き本年度もよろしくお願いいたします。