小栗上野介 忘れられた悲劇の幕臣


歴史が好きな私だが、小栗上野介はあまりマークしていなかった。幕末の日本を動かしたキーマンの一人であるはずなのに。勝てば官軍の逆を行き、負けた幕軍の中で歴史に埋もれてしまった人物。

小栗上野介が世間で脚光をあびる事はなく、せいぜい、赤城山に徳川の埋葬金を埋めた張本人では、と伝説の中で取り上げられるぐらい。あれほどの幕末の激動の中で、幕府側の人物はほとんどが明治になって語られることがなくなった。今も取り沙汰される幕府側の人物といえば、最後の将軍徳川慶喜は別格としても、西郷隆盛と会見し、江戸を無血開城に導いた勝海舟や、五稜郭まで新政府に抵抗したのち、明治政府でも大臣まで歴任した榎本氏ぐらいだろうか。だが、彼らに比べて、幕府のために粉骨砕身した小栗上野介は、今もなおあまりにも過小評価されている人物だといえる。

なぜ私が急に小栗上野介の本書を読もうと思ったか。それは、ある日、家族でこんにゃくパークへ向かう道中で、小栗上野介の隠棲した場所を訪れたからだ。それはまさに偶然のたまものだった。そもそも草津に行くつもりで向かっていたのに、急に草津行を中止し、こんにゃくパークへ行き先を変えたのも偶然ならば、道の駅くらぶちに訪れたのも偶然。道の駅に小栗上野介を顕彰する展示があり、じっくり見られたのも偶然。極めつけはその近辺の地名だ。「長井石器時代住居跡」や「長井の道祖神」、「長井川」。ここまで偶然が続くと、これも何かの縁だと思うしかない。そういうわけで、今まで全く縁のなかったはずの小栗上野介について調べてみようと思い、本書を手に取ってみた。

先に挙げた明治以降も名が伝えられた幕府側の人々。彼らの名前が残ったのは、明治まで生きのびたためだろう。そのため、優れた能力を明治以降でも発揮することができた。ところが、明治維新の前に非業の死に倒れた人物はその事績が正当に伝えられていない。かろうじて安政の大獄で迫害された人々は、弟子たちが明治新政府の要職についたためその人物や事績が後世に伝えられた。だが、幕府側の人物は、正当な立場で論じられていない。安政の大獄の当事者である井伊直弼もそうだし、開国時の老中だった阿部正弘もそう。そして、本書が取り上げる小栗上野介もその一人だ。

本書は小栗上野介の生涯を紹介している。事績の割には、後世にその偉大さが忘れられている小栗上野介。

本書の帯には、小栗上野介の事績の一端を紹介するため、明治の大物である二人が語った言葉が記されている。
「明治の近代化は
  ほとんど小栗上野介の構想の
  模倣に過ぎない」大隈重信

「日本海海戦の勝利は、
  小栗さんが横須賀造船所を
  造っておいてくれたおかげ」東郷平八郎

また、同じ帯には小栗上野介を「明治の父」と評した司馬遼太郎の文章も紹介されている。つまり、小栗上野介とはそれだけのことを成し遂げた人物なのだ。

一八六〇年、日米修好通商条約批准のためアメリカへ旅立った遣米使節団。八十人弱と伝わる一行の中で、正使、副使に次ぐ地位にあったのが目付役の小栗上野介だった。その旅は太平洋からアメリカに向かい、パナマ運河を超えて東海岸に渡りワシントンへ。帰りは船のトラブルがあり、大西洋から喜望峰、香港と巡った一行は世界一周を果たした。その一行の中でもさまざまな文物を吸収し、それを幕政に積極的に取り入れようとしたのが小栗上野介だ。その過程の一部始終が本書には紹介されている。

後年、明治の元勲たちも欧米を視察した。榎本武揚も小栗上野介に遅れること2年でオランダ留学を果たした。だが、彼らと小栗上野介が違うのは、小栗上野介は江戸幕府にあって改革を推進できる立場だったことだ。

当時の幕府には黒船来航から巻き起こった動乱を乗り切るための人材が底をついていた。なので、積極的に小栗上野介を登用し、小栗上野介もそれに応える仕事をする。だが残念ながら、めまぐるしい情勢の変化は、小栗上野介に腰を据えて改革するための時間を与えなかった。

薩長がイギリスと結んだことへ対抗するため、幕府がフランスと結び、軍制改革に当たったことはよく知られている。その推進を担ったのが小栗上野介だ。小栗上野介がなした最大の業績が横須賀造船所の建造であることは先にも東郷平八郎の言葉として出ている。それも小栗上野介が持っていたフランス人とのつながりから生まれたもののようだ。他にも大砲製造所や反射炉の建設など、幕府の改革に取り組んだ小栗上野介。時流に遅れた幕府のため、必死になって幕府を再建しようと努力した跡が感じあっれる。フランス語学校も設立したというから、まさに孤軍奮闘にも似た働きだったのだろう。もし幕末の情勢がどこかで少しでも変わっていたら、日本にはフランスを由来とする文物がもっとあふれていたかもしれない。

また、経済にも明るかった小栗上野介は、日米修好通商条約の際に為替比率を見直そうと旅先で交渉に励んだという。アメリカとの間に結んだ為替比率が、日本の貨幣に含まれる金銀の含有量からして不公平だと、フィラデルフィアの造幣局で貨幣の分析試験を求め、不均衡を証明したという記録も残っている。また、日本最初の株式会社を設立したのも小栗上野介だという。よく坂本龍馬が作った亀山社中こそが株式会社の元祖というが、亀山社中が設立された二年後に小栗上野介の作った兵庫商社のほうが、先に株式会社を名乗っていたらしい。

ところがそれほどの逸材も、交戦派として将軍慶喜からは罷免される。そして上州に引っ込んでしまう。そして薩長軍が上州にやってくる。従容と捕縛された小栗上野介だが、無駄なあがきはせずに潔く斬首されたという。それらの地こそ、私が訪れた倉渕。今もなお小栗上野介が顕彰されていることからも、穏やかに隠棲していたことが伺える。

能力のある官吏であり、新政府でも相当の働きをしたはずの小栗上野介。だが、要領よく立ち回って延命しようとの野心はなかった様子からも、私利私欲の目立つ人物ではなかったようだ。小栗上野介を捕縛した人物の愚かなふるまいがなければ、小栗上野介の名前が忘れられることなかったはずなのが惜しい(捕縛した人物は後に大臣や各県知事を歴任し、昭和十一年まで生きたという)。

この時、立ち寄った倉渕は、のんびりとした感じが良い印象を残している。にもかかわらず、この時はこんにゃくパークへ急ぐため、小栗上野介の墓所や斬首の場をきちんと見ていない。私の名が付くあちこちの史跡も。なるべく早く再訪したいと思っている。

‘2018/09/22-2018/09/23


珠玉


本書は著者にとって絶筆となった作品だ。すでに病に体を蝕まれていた著者。本書は大手術の後、病み上がりの時期に書かれたという。そして本書を脱稿してすぐ、再度の発作で亡くなったという。そんな時期に発表された本書には回想の趣が強い。著者の人生を彩った出来事や体験の数々が、エッセイにも似た不思議な文章のあちこちで顔を出す。

著者の人生をさまざまに彩った出来事や体験。私たちは著者が著した膨大なエッセイから著者の体験を想像し、追っかける。だが、私たちには、著者が経験した体験は文章を通してしか伝わらない。体験とは、本人の記憶にしか残らないからだ。私たちはただ、文章からイメージを膨らませ、著者の体験を推測することしかできない。

著者の体験で有名なものは、釣り師としての冒険だろう。また、ベトナム戦争の前線に飛び込み、死を紙一重で逃れた経験もよく知られている。壽屋の社員として酒と食への造詣を養い、それを数々のエッセイとして発表したことも著者の名を高めた。そうした著者が過ごしてきた多方面の経験が本書には断片的に挟まれる。エッセイなのか、小説なのか判然としない、著者自身が主人公と思われる本書の中で。

著者は作家として名を成した。名を成したばかりか、己の生きた証しをエッセイや小説に刻み、後世に残すことができた。

ところが、本書からはそうした積み上げた名声や実績への誇らしさは微塵もない。むしろ、諦念やむなしさを感じるのは私だけだろうか。それは著者がすでに重い病を患っていたから、という状況にもよるのかもしれない。

本書に満ちているのは、人生そのものへの巨大な悲しみだ。著者ほどの体験を成した方であっても、死を目前にすると悲しみと絶望にくれる。なぜなら未来が残されていないから。全ては過去に属する。現在、病んでいる自分の肉体でさえも。本書からは未来が感じられない。全編に過去を追憶するしかない悲しみが漂っている。

死ぬ瞬間に走馬灯が、という月並みな言葉がある。未来がわずかしか残されていない時、人の心はそうした動きを示す。実際、未来が閉ざされたことを悟ると、人は何をして過ごすのだろう。多分、未来に楽しみがない場合、過去の記憶から楽しみを見いだすのではないか。それがストレスをためないために人の心が本能的に振舞う作用のような気がする。

著者は作家としての名声を持っている。だから、過去の記憶から楽しみを拾い上げる作業が文章に著す作業として置き換えることができた。おそらくは依頼されていた執筆の責任を果たしながら。

輝いていた過去の記憶を原稿に書きつけながら、著者は何を思っていたのだろうか。それを聞き出すことはもはやかなわぬ願いだが、これから死ぬ私としては、そのことが知りたい。かつて茅ケ崎市にある開高健記念館を訪れ、著者が使っていたままの状態で残された書斎を見たことがある。そこでみた空っぽの空間と本書に漂う悲しみのトーンは似通っている。私が死んだ後、絶対的な空虚が続くのだろうか。誰も知らない死後の無に恐れを抱くしかない。

本書は三編から成っている。それらに共通するのは、宝石がモチーフとなっていることだ。言うまでもなく、宝石は未来に残り続ける。人は有限だが、宝石は永遠。著者が宝石をモチーフとしたのもわかる気がする。まさに本書のタイトル「珠玉」である。病の悲しみに沈み、過去の思い出にすがるしかないからこそ、そうした日々を思い出しながら原稿に刻んでゆく営みは著者に救いをもたらしたのではないか。著者は自らの過去の体験が何物にも代えがたい珠玉だったのだ、と深く感じたに違いない。三編に登場する宝石のように。

「掌のなかの海」は、主人公が訪れたバーで知り合った船医との交流を描いた一編だ。世界の海や港の話に花を咲かせる。そこでは著者が培った旅の知識が縦横に披露される。そこで主人公が船医から託されたのがアクアマリン。船乗りにふさわしく青く光るその貴石には”文房清玩”という一人で楽しむための対象として紹介される。息子を亡くしたという船医が感情もあらわに寂しいと泣く姿は、著者の不安の表れに思える。

「玩物喪志」は、主人公が良く訪れる渋谷の裏道にある中華料理店の店主との物語だ。世界の珍味をあれこれと肴にして、食の奥深さを語り合う二人。その店主から受け取ったのがガーネット。深い赤が長方形のシェイプに閉じ込められた貴石だ。主人公の追想は今までの人生で見つめて紅や緋色に関するイメージであふれかえる。サイゴンでみた処刑の血の色、ワインのブドウから絞られた透き通る紅、はるばる海外のまで出かけてみた川を埋めるキング・サーモンの群れの紅。

追憶に満ちたこの一編は、著者の人生のエッセンスが詰め込まれているといえよう。ここに登場する店主の友人が無類のギャンブラーであることも、著者の思想の一端の表れに違いない。

「一滴の光」は、主人公が鉱物の店で手に入れたムーンストーンの白さから始まる。本編では新聞社に勤める記者の阿佐緒とのエロティックな性愛が描かれる。温泉につかり、山々を散策し、温泉宿で抱き合う。ムーンストーンの白さとは、エロスの象徴。著者の人生を通り過ぎて行った女性がどれだけいたのかは知らない。著者は家庭的にはあまり円満でなかったという。だからこうした関係にわが身の癒やしを得ていたのかもしれない。

三編のどこにも家庭の団欒を思わせる記述はない。そんな著者だが、本編には著者が生涯でたどり着いた女性についての感想を思わせる文が記されている。
(・・・女だったのか)(192P)
(女だった・・・)(193P)

後者は本書の締めの一文でもある。この一文を書き記した時、著者の胸中にはどのような思いが沸き上がっていたのだろうか。この一文が著者の絶筆であるとするならば、なおさら気になる。

‘2018/09/20-2018/09/22


時が滲む朝


日本語を母語としない著者が芥川賞を受賞するのは初めてのことらしい。そのためか、本書には「ん?」と感じる表現が散見される。そうした表現は日本語の文章ではあまり見られない。それは中国で生まれ育った著者が、生まれながらにして日本語を使いこなしていないからだろう。でも、それもまた著者の文体だ。そう思えば気にならないし、むしろ独特の色合い、個性だと思えばよい。

それよりも本書で浮いているのは馬先輩が挟む英語だ。著者は馬先輩の凡人ぶりを際立たせるために、このような英語表言を挟み込んだのだろうか。明らかに本書の中では浮いてしまっている。

そうした点を除けば、本書はとても読みやすい。特に、私のような第二次ベビーブーム世代には、尾崎豊の登場だけで共感できると思う。

本書は、理想に燃えた若者が成長し、世間の流れに飲み込まれて行く様子が描かれる。舞台は中国。本書でいう燃える理想とは、中国の民主化だ。理想に燃えた青年たちが、親となって生活に追われ、本書の主人公のように中国を出て、異国で過ごす日々で、世間の中に紛れてゆく姿。そうした姿を著者は同じ時代を生きた人として見つめ、小説に著した。

一方でわが国だ。すでに時代や世代の精神なる言葉は聞かれなくなって久しい。私たちの世代に戦争はすでに遠い。学生運動すら、生まれる前後には下火になっていた。つまり、理想として掲げる対象がなかった。そんな中で青年の前半生を送ったのが私たちだ。

例えば私が第二次ベビーブーム世代を代表する何かを書こうとしたとする。ところが見事なまでに空っぽだ。無理もない。オイルショックがあったとはいえ、日本の経済成長はすでに十分な繁栄を私たちに与えてくれた。泡が弾けるまで好景気を満喫する日々。電化製品が色と音を弾けさせる街中。ゲームはよりどりみどり。いくつもあるテレビチャンネルが、好きなだけただで番組を見せてくれる。食い物や飲み物にも事欠かない。そんな日々のどこに若者が不満を抱えるというのか。せいぜい、オウム真理教で心の充足をうたう組織のおぞましさや、阪神・淡路大震災で世界の不安定さにおののくぐらいが関の山だろう。

ところが著者の世代には、書かねばならないテーマ(国の民主化)と事件(天安門事件)があった。それはある意味ではうらやましい。

少なくとも文学の材料として、日本の若者には共通の理想は掲げにくい。ところが、隣の中国には描くべき現実、掲げるべき理想が山のようにあった。共産党の一党独裁、地方の貧しさ、文化大革命の余韻。キリがない。そんな若者たちが民主化を求める声は、天安門事件において頂点にに達した。

私は当時、高校生になったばかり。どういうきっかけかは忘れたが、天安門事件に強烈な興味を持った。日々の新聞で天安門事件に関する記事を全て切りぬき、スクラップブックに貼り付けた。多分、スクラップブックは今でも実家の部屋に置いてあるはず。私にとって、天安門事件こそが、リアルタイムで最初に興味を持った国際的な事件だった。毎日飛び込んでくる衝撃のニュースに興奮し、新聞を隅から隅まで読み込む。リアルタイムで日々のニュースを熟読したのは、天安門事件が最初で最後だろう。だからこそ、本書で描かれた天安門事件は、私にとって共感の対象となった。

本書でもう一つ、第二次ベビーブーム世代にとって心惹かれる要素がある。それは尾崎豊だ。代表曲「I Love You」が本書ではキーとなる。テレサ・テンの歌声に陶酔し、成長した主人公だが、本書の後半では尾崎豊の「I Love You」に心を鷲掴みにされる。

中国の若者が掲げた理想への思いが、尾崎豊を通して日本で暮らす若者に届く。それは日本からの視点では生まれにくい発想だ。著者ならでは、といえよう。だが、著者が本書で描いたことによって、あらためて尾崎豊の存在とはなんだったのか、という疑問に考えが及ぶ。そこで思うのが、尾崎豊こそは、上にも書いた世代の精神を歌い上げた人ではなかっただろうか。衣食住が満たされ、あり余るモノに囲まれた日本の若者は何に理想を求めたか。それは管理からの脱出だ。退屈な授業と受験勉強。やっとの事でそれを突破したら、待っているのは定年まで続く組織での日々。しかももれなく通勤ラッシュがついてくる。尾崎豊は高度成長期の日本の若者ならではの現実のつまらなさと目指すべき理想を歌に乗せ、カリスマとなった。

主人公とその親友は本書の中で二狼とあだ名をつけられる。つまりオオカミだ。本書にはオオカミと豚の比喩も現れる。豚にはなるな、オオカミであれ、と。そのフレーズは明らかに尾崎豊の『Bow!』からの引用だろう。私が好きな尾崎豊の曲の一つだ。その曲の中で尾崎豊はこう叫んでいる。

鉄を喰え 飢えた狼よ
死んでもブタには 喰いつくな

私は二十三才のある日、一日中、尾崎豊の「シェリー」を聴いて過ごしたことがある。青年が襲われる理想と現実のギャップに、心の底から悩みながら。その時にも、その後にも尾崎豊の詩には何度も奮い立たされてきた。上に引用した「Bow!」もその一つ。どう生きたいのか、どう生きねばならないのか。中年になった今でもその理想は忘れられない。

本書に登場する尾崎豊の歌詞は「I Love  You」だけだ。でも、オオカミと豚のくだりは、私にとっては完全に「Bow!」を連想させる。だからこそ私は本書は本書に共感が持てた。そして、中国の若者が理想を求めた気持ちもわずかながらでも理解できる。天安門事件の当時、私はまだ真面目に授業を受けていた。そして尾崎豊にはそれほど惹かれていなかった。だが、天安門事件に特に興味を惹かれた私には、理想を求める気持ちが少しずつ芽吹きはじめたのだろう。後年、私を助けてくれることになる尾崎豊の掲げた理想。そして中国の若者が抱く理想。それらが本書において時代の精神として結晶し、尾崎豊の歌として提示されている。その結晶の成長は、私自身の精神の成長にリンクしている。だからこそ、三十年近くたった今でも、本書に共感できるのだと思う。当時を思い返しながら。

もちろん、理想とは実現できないからこそ理想だ。本書の登場人物たちもそのことを理解しつつ年を重ねる。主人公は、自分を慕ってくれていた中国残留孤児で日本に戻った女性と結婚する。そして日本で苦労しながらパソコンを覚え、生活の糧を得る。二狼と称されたもう片方は、中国に残ってデザイン会社を立ち上げる。彼も理想や革命を語るよりも、いまや経営のためにはカワイイデザインを手がけることも辞さない。二人の師はフランスに亡命し、理想をともに掲げていた同志もアメリカやフランスに亡命し、それぞれが生きてゆくための糧を稼ぐことに必死だ。私もそう。ようやく40歳を過ぎて独立は果たしたものの、営んでいることは資本主義の一つの歯車に過ぎない。

理想と現実のギャップに苦しんだ今だからこそ言えるが、数年前に若者が立ち上げたSEALDsも、たしかに主張の空虚さはあったにせよ、世の中を変えたいとの熱意は理解できる。むしろ、若者とは理想を求めて当然の存在なのだ。そして現実の手ごわさに悩み、挫折する。だが、現実の高い壁に跳ね返されたのなら、より穏健な方法で少しずつ世の中を変えていけばよいだけのこと。いまの保守系の重鎮たちの昔を見てみるがいい。かつて左向きの主張にのめり込んでいた人間のどれだけ多いことか。

世の中の流れに乗るふりをして、心の中のオオカミを忘れなければいい。私はそうやって中年の今も人生に折り合いをつけている。本書の主人公たちもそう。国が異なろうとも、理想は持ち続ける。それが青年の美しさなのだから。

‘2018/09/17-2018/09/19


水の女


本書の著者である中上健次氏。その中上健次氏を取り上げたのが高山文彦氏の『エレクトラ』だ。中上健次氏の生い立ちから作家としてのデビュー、そして死ぬまでを濃密に描き切った傑作評伝だ。かつて私は、中上健次氏の『枯木灘』を読んだ。だが、それから20年以上、中上健次氏の作品を読むことはなかった。そんな私に『エレクトラ』は著者のすごさと深みをもう一度教えてくれた。(レビュー)

『エレクトラ』に触発され、久々に中上健次氏の作品を読んでみようと思った。だが、どれから手に取ればいいか全くわからない。古本屋に行っても中上健次氏の本は書棚で見かけない。『エレクトラ』の中で高山氏は、初期の重要な作品として『十九歳の地図』『火宅』『蛇淫』『岬』などを取り上げていた。私も本来、その順に読んでいきたかった。だが手に入らず、たまたまブックオフにあった本書を手に取った。

熊野。本州の南端にある交通の不便な地。そして著者が生まれ育った地。著者はそこを舞台に濃密な血縁と暴力、そして性を描いた。本書には全部で5編の物語が収録されている。5編とも熊野地方が舞台となっている。熊野は交通が不便であるため、開かれていない。閉じている。人と人の関係も。

5編に登場する男女も、閉じた熊野の地で限られた関係にからめ取られている。むしろ自ら進んでからめとられようとするかのようだ。男といることを当たり前のように考える女。女を常にそばにおきたがる男。そしてお互いが性で結びつきあい、依存しあっている。出口のない世界の中、愛欲と性の世界に浸っている男女。本書に流れているのはそうした世界観だ。

仕事がなければ、家に二人がいれば、四六時中、乳繰り合い、まぐあって性交にふける。他にやることがないのだろうか、と思いたくもなるほど2人の男女は始終セックスをしている。まるでそれが、2人を結びつける唯一の絆であるかのように。そこには、男が女に、女が男に対する優劣はない。むしろ、依存し、依存しあう男女の平等な関係が見えてくる。

相手に依存するためには、何かを差し出さなければならない。女にとってはそれが自分の体であり、男は自分の体で女を悦ばせる。相手を体で喜ばせることで、依存させてもらっている相手へ無意識に償っている。お互いが性を介して依存しあう。そんな関係が濃密にあらゆる角度で描かれる。

これが都会であればそうはならない。人と人との関係には違う何かが入り込んでくる。例えばビジネス。文化や享楽もある。それらが身の回りにあふれているので、誰かに依存しなくても生きてゆける。それが都会であり、現代の情報の氾濫だ。だが、本書が書かれた当時の熊野には文化や享楽は乏しく、ビジネスも規模が小さい。なので、人が依存する対象は男と女に絞られてゆく。そんな間柄にあって、何を媒介にするか。それは相手を喜ばせることだ。そのような暗黙の了解が男と女にできあがる。それがすなわち性。愛欲。

そんな閉じた関係が濃密に息づいているのが熊野。そして『エレクトラ』にも書かれていたとおり、著者は被差別部落の出身である。そういう土地柄であるため、そうした持ちつ持たれつの関係はさらに濃縮され、しがらみをさらに強固に縛ってゆく。

本書に出てくる5編はその関係性において大きく二つに分けられる。最初の「赫髪」「水の女」「かげろう」の男女はいずれも似たような関係だ。女には名がなく「女」として登場する。一方、男には名前が付けられている。これは男女の関係の重心が男性側にあることを示しているのだろう。男が支配し、女が支配される関係。

ところが「鷹を飼う家」「鬼」の女性にはそれぞれ「シノ」と「キヨ」という名前が付けられている。実際、「シノ」と「キヨ」は、男をあしらい、うまく利用するしたたかさを持つ女として描かれている。男に支配されるどころか、逆に利用するだけの強さをもつ女として。

だが、女たちのあり方に変化があるのに比べると、5編に出てくる男はどれも似たような武骨で不器用な性格の持ち主だ。ところが、あまり変わりばえしない男と違い、女は「女」であっても、登場人物によって個性が描き分けられている。例えば、自らの未来を考えず、ただ、男といる今を生きる女がいる。意思を放棄したようにただ男について行く主体性のない女がいる。自分の行き先に迷い、今の状態をいとう女がいる。かと思えば、男と夫婦となって子をなし、したたかにお互いを抜き差しならない関係に持ちこみながら、他の男にも母性を任せる「シノ」もいる。かと思えば、独立心を持ち、性にすら理由をつけ、自分の性に頼る理由に意味を持たせようとする「キヨ」もいる。

個性を持った女性がいる一方で、本書に出てくる男性がどれも似たように描かれているのは、著者が自分自身を投影したからだろうか。執拗に同じような男を描く。それは、著者が熊野を憎む度合いの強さであり、もしくは地縁に縛られたしがらみの重さの表れなのかもしれない。そして、女に依存しなければならなかった過去から逃れ、東京で小説家になった著者は、あえて過去の自分を投影させた男を執拗に描き、それによって、故郷から決別を図りたいかに思える。

そう考えてみると、著者が各編の女性に個性を与え、男性をステレオタイプに描いたのにも理由があるように思える。

また、著者は5編で男女の違いを際立たせる試みに挑んだのかもしれない。性とは、男女によって受け取り方が違う心理をつかみ取るために。

ただ単に相手を孕ませるため、子孫を作るための本能につき動かされている男性と、それを、生きるための手段であり、自分の中に生命を宿らせる母性から生まれた本能で性をとらえる女性。つまり女性の方がより確信を持ち、しかも性がもたらす結果を本能の奥底で予期しつつ性を受け止めているのかもしれない。

著者がそういう試みをしているのでは、と思うのは、本書の5編には血縁のややこしさがあまり出てこないからだ。あくまでも5編で描かれるのは縁あった男女が性という営みで結びあった姿だ。それは、血縁やしがらみと性を完全に分けようとした著者の意図から出ているのではないだろうか。都会では、男女は性で結びつく。だが、血縁と言う面では結びつきは弱い。それが、逆に有機的で多様な男女の関係を作り出している。都会での作家生活を通してそのことに気づいた著者が、短編として著したのが本書ではないだろうか。

ただ『エレクトラ』でも高山氏が歩いて感じた通り、著者が育った新宮の街は、かつてとは違っている。もう本書に描かれたような閉じた関係はそれほど見られないはずだ。著者は後年、再び熊野の地縁をもとめ、熊野を歩いてルポを著している。それもまた、このような濃密な男女の関係を探し求めていたのかもしれない。

本書の解説は映画「赫い髪の女」を監督した神代辰巳氏が担当している。この映画は本書の第一編「赫髪」を基にしているそうだ。そこで神代氏は「赫髪」では「女」と呼ばれた女性をモチーフに映画を撮ったが、第五編の「鬼」のキヨのしたたかで複雑な描かれ方も踏まえて、映画の脚本に取り入れたかったと言う意味のことを書いている。

本書の内容を基に神代氏はどのような映画に表現したのだろう。とても興味がある。全編がからみ合う日活ロマンポルノとはいえ、お互いを頼るしか生きていけない男女の性の機微を繊細に描いたとすれば、それは立派な映画だ。だが、神代氏が、女性の個性を他の編も踏まえて描くべきだったと反省しているとはいえ、「赫髪」から生まれた作品であるとの基準に考えれば傑作であるはず。機会があれば観てみよう。

‘2018/09/10-2018/09/16


ふくわらい


『サラバ!』が余りにも面白かったので、著者の本をすぐに借りてきた。サラバ! 上 レビューサラバ! 下 レビュー。本書は『サラバ!』で直木賞を受賞する前に、直木賞候補になった作品だ。

『サラバ!』が私とほぼ同じ世代の大阪を描いていたため、本書も同じようなアプローチを期待した。だが違った。当然だ。そもそも作家であるからには同じテーマで書くわけがないのだ。そのかわり、本書には著者の新たな魅力が詰まっていた。それは赤裸々であり、小説から逃げない姿勢だ。

小説から逃げないとは、どういうことか。つまり、耳当たりのよい小説は書かないということだ。小説の表現から逃げない、と言い換えてもいい。あえて、本書では逃げずにさまざまな問題にぶつかっている。それはたとえば、容姿。たとえば、性に関する放送禁止用語。たとえば障がい者。たとえば人肉食。本書はこの四つのタブーを巧みに取り上げている。

そもそも「ふくわらい」というタイトルが、容姿を対象とした言葉だ。、幼少より異常なまでにふくわらいにはまった主人公は、あるべき位置に顔のパーツがないことに喜びを感じる。そして著名な冒険作家である父とともに世界中を巡り、さまざまな価値観を身につける。父が亡くなった後は、有能な編集者として一癖も二癖もある作家を相手に生計を立てている。鳴木戸定という名前もマルキ・ド・サドから拝借したとの設定だ。マルキ・ド・サドといえば、あらゆるタブーを含めたポルノを描き、晩年は精神病院で生涯を終えたとされる。SMのSの語源だ。サドの名前を体で現すかのように、鳴木戸定は少しずれた感覚の持ち主だ。

ふくわらいに並々ならぬ関心を示した幼少期からして、すでに変わっている。その感性は、父と一緒に世界中を旅行したことによりますます強固になった。現地の風習に従い、亡くなった人の肉を食べたこともある。父を目の前でワニにくわれ、葬儀では父の肉を飲み込んだ経歴も持っている。そんな人生を送ってきた彼女には、あらゆる忖度やタブーに対する観念が抜けている。

だからこそ担当する老作家の懇願により、目の前で一糸もまとわぬ姿になれる。放送禁止用語や尾籠な話を平然と人前でしゃべるエッセイストでありボクサーの守口廃尊の話を全く臆すことなく聞ける。ちなみに放送禁止用語は本書の中では伏字にせず、どうどうと文字にしている。(このブログではその言葉を書いて検索エンジンから葬られるのが嫌なので書かない)。盲目の青年、武智次郎の手助けを行い、彼の度重なる懇願にまけ、処女を捧げる。

本書の最後でも、定は日本のタブーに挑戦する。だが、その結末はここでは書かない。ぜひ読んでほしいと思う。

本書を読むと、私が著者に関心を持つきっかけとなった『サラバ!』とはテイストが全く違うことがわかる。だが、両者に通じるのは、日本社会の閉塞を打ち破るべく、違う価値観を持ち込もうとする意思だ。それがあざといなら逆効果だが、本書にまで吹っ切れると、あざといという批判も無くなることだろう。

日本にはたくさんのタブーがある。もはや身の回りにありふれすぎていて、私たちがタブーと気づかないほどのタブー。そして、そのタブーとは、日本が幕末の開国の後に身につけた西洋の文明に由来するものではない。むしろ、日本が明治以降に学ばなかったその他の文化の視点から眺めた時、日本に残る明確なタブーとして映るのだろう。とくに、著者の目には。

私たちは普段、どれだけ定型的な考えに縛られているのだろう。人間の顔には目が二つ、鼻と口がある。だいたい決まった位置に。男女の性器は口に出してもいけないし、その名を人前でいうのもNGだ。ほとんどの人は目が見えるし、何不自由なく歩いている。親の体を食べるなどもってのほかで、汚らわしい。

だが、目鼻口の位置が違う人だっている。男女は必ず性器を持っている。私たちはそこから生まれたのだから。本来は隠すべきではなく、どうどうと口に出してもいいはず。また、目の見えない人は、実際に生活に困難を抱えながら生きている。地球上には、死んだ親の体を食べることではじめて見送ったことにされる風習を持つ部族がいる。そのどれもが日本人として育った固定観念からは生まれない発想だ。それがつまりタブー。

著者はイランやエジプトでの生活経験もあるようだ。そういう幼少期を過ごした著者には、日本社会を覆うタブーの狭苦しさを余計に感じるのだろう。それを少しでも打ち破ろうとしたのが本書だと思う。本書のような野心に満ちた作品が、純文学を指向して書かれるのなら少しは理解できる。だが、そういうアプローチだと、余計に暑苦しくなってしまっていたはずだ。だが、本書からはそうした息苦しさや気負いは感じられない。なぜなら登場する人物たちが饒舌だからだ。鳴木戸定の発する言葉が簡潔でぶっきらぼうに思えるほど短いのに比べ、彼らはとても多弁だ。そのノリが本書から暗さを一掃していると思う。そして、そのことが、本書のテーマが野心的であるにもかかわらず、芥川賞ではなく直木賞候補になった理由ではないかと思う。

そもそも鳴木戸定の職業を編集者としたこと自体も、なにやら今の文壇を覆う閉塞感へのアンチテーゼではないかと思うのはうがった見方だろうか。本来、編集者とは、作家の想像力を最大限にはばたかせ、世に媚びず、へつらわず、顔色を見ない作品を書かせるべきだ。ところがスポンサーやタブーという言葉に負けると、そういう言葉を排除しにかかる。今のテレビのように。そうしたヤバい言葉を作家に軌道修正させるのも編集者なら、あえてタブーに挑戦させることで新しい文化を創造するのも編集者だと思う。それが今の日本を閉鎖的にしたのだとすれば、著者は鳴木戸定の存在を通して、編集者としての在り方すら問題として問うたのだと思う。

‘2018/09/09-2018/09/09


バベル九朔


著者の作品の魅力とは、異世界をうまく日常に溶け込ませることにある。しかも異世界と現実をつなぐ扉を奇想天外で、かつ映像に映えるような形で設定するのがうまい。

関西の三都、そして奈良や滋賀を舞台とした一連の著者の作品は、どこも私の良く知る場所なだけに著者の発想を面白くとらえられた。

本書はそうした場所の縛りがない。おそらく、関東のどこかと思われる。どこかは分からないが、鉄道の駅のすぐそばに建つ古びた雑居ビルが本書の舞台だ。主人公は親族の残した遺産であるこのビルの管理人をしている。20台半ばでサラリーマンを辞め、作家を志望しつつ、日々小説を書く。時間に自由が利くこの仕事にうまい具合にありつき、日々を満喫している。

5階建ての雑居ビルは、祖父が建てたもの。歴史のあるこのビルの歴代のテナントは野心的なコンセプトの店が多い。なぜかは知らないが、祖父はそういうお店を積極的に入れるようにしていたのだとか。なので店子の入れ替わりが激しい。今の店は以下のテナントで構成されている。
地下一階「SNACK ハンター」
一階「レコ一」
二階「清酒会議」・・双見
三階「ギャラリー蜜」・・蜜村
四階「ホーク・アイ・エージェンシー」・・四条

本書の冒頭にはカラスが登場する。カラスといえば雑居ビルにはふさわしい存在だ。そして、カラスが本書の肝となって物語を動かしてゆく。カラスのような面相の女と、謎の男たちがバベル九朔に侵入し、狼藉を働く。やがて管理人である主人公の周りにも、そしてビルのあちこちにも怪しげなきざしが満ち始める。主人公の管理の範囲をはみ出し、ビルに歪みが生じ始める。そして異世界への扉が開く。

本書が描く異世界は、今までの著者の作品の中でも異質だ。今までの著者の作品は、現実の大阪や京都、奈良や滋賀に異質な世界が密かに浸してゆく構成だった。その時、登場人物たちはあくまでも現実側の人間でありつづけた。しかし本書は違う。本書は主人公が異世界の中に入り込む。だから、本書の現実の舞台は、どこかが曖昧に描かれる。どこかの鉄道駅のそばの雑居ビル、という事しかわからぬバベル九朔。現実の世界はそのビルの中に限定される。関西の特徴的な都市に頼っていた今までの作品とは違う。

現実が曖昧に描かれている分、異世界の描写は非現実的な描写が色濃く描かれている。こちらの現実世界の法則や風景は望めない。どうやって異世界の風景や法則を描き出すか。おそらくは著者にとっても難しい挑戦だったと思う。だが、著者は本書において、現実との差異を見事に描いている。メビウスの輪のように堂々巡りする世界。坂を上った先に坂の下の景色がひらけ、坂を下ると坂の上の景色が見える世界。時間と空間が歪み、堂々巡りする光景。

その異世界は、作家を志望する主人公の妄想と願望を結び付けさらには祖父の残した秘密にも関わってくる。そのあたりの描写がうまいと感じる。なお、本作の奥付けで初めて知ったが、著者は作家としてデビューする前、実際に管理人の仕事をしていたという。どうりで管理人のリアルな業務が描けるわけだ。

上にも書いた通り、本書が特徴的なのは、日常の暮らしと奇想の世界の書き分けだ。現実の世界に住む主人公は、リアルな現実感覚の持ち主として描かれる。作家を志望しているが、実直な管理人。だからこそ、主人公の目から見た異世界は異常に映る。そのギャップがいい。

本書の各章のタイトルは、管理人の定例作業からつけられている。
第一章 水道・電気メーター検針、殺鼠剤配置、明細配付
第二章 給水タンク点検、消防点検、蛍光灯取り替え
第三章 階段掃き掃除、水道メーター再検針
第四章 巡回、屋上点検、巡回
第五章 階段点検
第六章 テナント巡回
第七章 避難器具チェック、店内イベント開催
第八章 大きな揺れや停電等、緊急時における救助方法の確認
第九章 バベル退去にともなう清算、その他雑務
終章  バベル管理人
これだけを読むと、本書は何やらつまらなそうな内容に思えてしまう。だが、逆で面白く仕上がっていることは言うまでもない。

むしろ、ここに挙げた管理人の仕事が、異世界が現実を侵食する様子に一致しており、ここでも現実と異世界の描写がうまく書き分けられている事を感じる。どうやって描いているかは、本書を読んでいただくとして、その一致を楽しむと良いだろう。現実の世界の裏側には、常に幻想の世界が控えている。

今までの関西の諸都市を舞台に小説を発表してきた著者が、本書において新たな道を切り開いたことをうれしく思う。それは読書人の特権である、新たな世界への期待であるからだ。

著者はこれからどういう方向に進んでいくのだろう。幻想作家の道を選ぶのだろうか。それとも伝奇小説の分野に新境地を見いだすのだろうか。私にはわからない。だが、本書は著者にとって新たなきっかけとなるように思える。引き続き、新刊が出たら読みたいと思える作家の一人だ。


星籠の海 下


上巻で広げるだけ広げた風呂敷。そもそも本書が追っている謎は何なのか。読者は謎を抱えたまま、下巻へ手を伸ばす。果たして下巻では謎が明かされるカタルシスを得られるのだろうか。下巻ではさすがにこれ以上謎は広がらないはず。と、思いきや、事件はますますよくわからない方向に向かう。

石岡と御手洗のふたりは、星籠が何かという歴史の謎を追いながら、福山で起こる謎の事件にも巻き込まれてゆく。その中で、福山に勢力を伸ばし始めた宗教団体コンフューシャスの存在を知る。しかも、コンフューシャスを裏で操る黒幕は、御手洗が内閣調査室から捜査を依頼されていた国際的なテロリストのネルソン・パク本人である事実をつかむ。どうも福山を舞台とした謎めいた事件の数々は、宗教団体コンフューシャスの暗躍にからんでいるらしい。

ここが唐突なのだ。上巻でたくさん描かれてきた謎とは、御手洗潔とネルソン・パクの宿命の対決に過ぎないのか、という肩透かし。そもそも、宿命の対決、と書いたが、私はネルソン・パクをここで初めて知った。御手洗潔に宿命のライバルがいたなんて!これは『御手洗』シリーズの全て順番に忠実に読んでこなかった私の怠慢なのだろうか。シリーズを読んできた方にはネルソン・パクとは周知の人物なのだろうか。シャーロック・ホームズに対するモリアーティ教授のように。私の混乱は増すばかり。多分、おおかたの読者にとってもそうではないか。

御手洗潔の思わせぶりな秘密主義は毎回のことなのでまあいい。でも、急にネルソン・パクという人物が登場したことで、読者の混乱はますはずだ。それでいながら、辰見洋子が瀕死でテーブルに両手両足を縛り付けられている事件や、赤ん坊が誘拐され、その両親は柱に縛り付けられるという新たな謎が下巻になってから提示される。どこまで謎は提示され続けるのだろうか。それらの謎は、どれも福山を舞台にしていることから、コンフューシャスの暗躍になんらかの繋がりはあるのだろう。でも、読者にはそのつながりは全く読めない。小坂井茂と田丸千早は演劇を諦めて福山に戻ってきた後、どう本筋に絡んでくるのか。鞆で暮らすヒロ少年と忽那青年は本筋で何の役割を果たすのか。そこにタイトルでもある星籠は謎をとく鍵となるのだろうか。

無関係のはずの複数の事件を結びつける予想外のつながり。その意外性は確かに推理小説の醍醐味だ。だが、本書の場合、そのつながりがあまりにも唐突なので少々面食らってしまう。辻褄を無理矢理合わせたような感触すらうける。コンフューシャスという宗教団体に黒幕を登場させ、実は御手洗はその黒幕をずっと追っかけていた、という設定もいかにも唐突だ。

本書が、星籠とは何かと言う謎をひたすらに追っかけていくのであればまだ良かった気がする。それならば純然たる歴史ミステリーとして成立したからだ。ところが、他の複数のエピソードが冗長なあまり、それらが本筋にどう繋がるのかが一向に見えてこない。このところ、著者は伝承や伝説をベースに物語を着想することが多いように思うが、あまりにも付け足しすぎではないだろうか。むしろ、上下で二分冊にする必要はなく、冗長なエピソードは省き、冒険活劇めいた要素もなくしても良かったと思う。

星籠が何を指すのかという謎を追うだけでも、十分に意欲的な内容になったと思う。星籠が何かということについては、本稿では触れない。ただ、それは歴史が好きな向きには魅力的な謎であり、意外な正体に驚くはず。そして、星籠の正体を知ると、なぜ本書が福山を舞台としたのか、という理由に納得するはずだ。また、上巻の冒頭で提示された、瀬戸内海という場を使った壮大な謎が、物語にとって露払いの役割にしかなっていない事を知るはずだ。それは瀬戸内海という海洋文化を語るための導入の役割であり、大きな意味では無駄にはなっていない。

だが、その謎を軸にした物語を展開するため、エピソードを盛り込みすぎたことと、冒険活劇めいた要素を盛り込みすぎたことが、本書をいささか冗長にしてしまったようだ。もちろん、下巻で、上巻から展開してきた多くの謎は収束し、とかれてゆく。だが、謎の畳まれ方がいく分、乱雑に思えてしまうのは私だけだろうか。その豪腕ともいうべき物語のまとめ方はすごいと思うが。

本書を映画化するにあたり、雑誌「ダ・ヴィンチ」で特集があった。著者のインタビューも載っているし、今までの著者の名作の紹介も載っている。その特集をあらためて読むと、著者の偉大さをあらためて思う。上巻のレビューにも書いた通り、私の人生で最もなんども読み返したのは『占星術殺人事件』。私にとって、永遠の名作でもある。その一冊だけでも著者の評価はゆるぐことはないだろう。

本書を『占星術殺人事件』と比べると、私にとってはいささか冗長で、カタルシスを得るには至らなかった。ただし、本書を読んで数カ月後、思いもよらない形で私は本書とご縁ができた。kintoneのユーザー会で訪れた福山、そして鞆。どちらも、本書で描かれたようなおどろおどろしさとは無縁。本書でヒロ少年と忽那青年が暮らす鞆は、豊穣に広がる海が、かつての水軍の栄華を思い起こさせてくれた。街並みもかつての繁栄を今に残しており、歴史を愛する私にとって、素晴らしい体験を与えてくれた。美しく、また、楽しい思い出。

その旅を思い出し、初めて本書の真価が理解できた気がした。本書はいわばトラベルミステリーの一つなのだと。著者は福山の出身であり、本書は映画化されている。つまり、本書は、映画化を前提として描かれたに違いない。そこに著者の得意とする壮大な謎解きと、福山の歴史ロマンをくわえたのが本書なのだ。福山や鞆を訪れた経験の後、本稿を書き始めて、私はそのことに思い至った。

トラベルミステリーと聞くと、手軽なミステリーとの印象がついて回る。だが、本書を仮にトラベルミステリーととらえ直してみると、印象は一変する。福山とその周辺を魅力的に描き、歴史のロマンを取り上げ、さらには大胆なトリックがいくつも。さらには冒険活劇の要素まで加わっているのだ。つまり、本書は上質のトラベルミステリーといえるのではないだろうか。もちろん、そこに悪い意味はない。

本稿を書きながら、また、福山と鞆の浦に行きたくなったのだから。

‘2018/09/05-2018/09/05


星籠の海 上


本書は映画化されるまで存在に気付かなかった。映画の番宣で存在をしったので。かつてのように推理小説の状況をリアルタイムでウォッチする暇もない最近の私。推理小説の状況を知るのは年末恒例の「このミステリがすごい」を待ってからという状態だ。本書が『御手洗』シリーズの一冊だというのに。

御手洗潔といえば、名探偵。私が今までの人生で最も読み返した本は『成吉思汗の秘密』と『占星術殺人事件』。御手洗潔は後者で鮮烈なデビューを果たした主人公だ。御手洗と言えば相棒役の石岡を外すわけにはいかない。御手洗と関わった事件を石岡が小説に著す、というのが今までの『御手洗』シリーズのパターンだ。

本書の中で石岡が述懐した記録によれば、本書は『ロシア幽霊軍艦事件』の後に起こった事件を小説化しているという設定だ。そして本書の後、御手洗潔はスウェーデンに旅立ってゆく。本書は、御手洗潔が最後に国内で活躍した事件という体をとっている。

ではなぜ、著者は御手洗潔を海外に飛び出させてしまったのだろう。それは著者が御手洗潔を持て余してしまったためだと思う。本書の冒頭で描かれるエピソードからもその理由は推察できる。

かのシャーロック・ホームズばりに、相手を一瞥しただけでその素性を見抜いてしまう観察力。『占星術殺人事件』の時に描かれたようなエキセントリックな姿は影を潜め、その代わりに快活で多趣味な御手洗潔が描かれている。つまり、パーフェクト。超人的な観察能力は『占星術殺人事件』の時の御手洗潔には描かれておらず、もっと奇天烈なキャラクターとして登場していた。ところが今の御手洗潔はパーフェクトなスーパーマンになってしまっていた。そのような人間に主人公を勤めさせ続けると、著者としては推理小説が書けなくなってしまう。なぜなら、事件が起こった瞬間に、いや、事件が起こる前に超人的な洞察力で防ぐのがパーフェクトな名探偵だからだ。神がかった人間が秘密をすぐに見破ってしまうとすれば、著者はどうやって一冊の本に仕立て上げられるというのか?

作者としても扱いに困る存在になってしまったのだ。御手洗潔は。だからこのところの『御手洗』シリーズは、御手洗潔の子供時代を描いたり、日本で苦労しながら探偵役を務める石岡からの助けに、簡潔なヒントをスウェーデンからヒントをよこす役になってしまった。

本書はその意味で御手洗潔が日本で最後に手掛けた事件だという。今後御手洗潔が日本で活躍する姿は見られない気がする。本書は石岡のメモによると1993年の夏の終わりに起こった設定となっている。

著者の作品は、壮大な科学的事実を基に着想されていることが多い。死海の水がアトピー治療に効くとか、南半球と北半球では自然現象で渦の向きが逆転するとか。本書もそう。ところが著者は、もはやそうした謎をもとに物語を構築することをやめてしまったようだ。本書はどこからともなく死体が湧いて打ちあがる瀬戸内海の興居島の謎から始まる。ところがそのような魅力的な謎を提示しておきながら、その謎はあっけなく御手洗が解いてしまう。

ただし、そのことによって、著者は瀬戸内海に読者の目を向けさせることに成功する。紀伊水道、豊後水道、関門海峡のみが外海の出入り口であり、潮の満ち引きに応じて同じ動きをする海。それを御手洗潔は時計仕掛けの海と言い表す。

それだけ癖のある海だからこそ、この海は幾多の海戦の舞台にもなってきたのだろう。そして今までの歴史上、たくさんの武将たちがこの海を統べようとしてきた。平清盛、源義経、足利尊氏。そのもっとも成功した集団こそ、村上水軍。本書はもう一つ、村上水軍に関する謎が登場する。戦国の世で織田信長の軍勢に敗れた村上水軍は、信長の鉄甲船に一矢報いた。ところが、本能寺の変のどさくさに紛れ、その時に攻撃した船は歴史の闇に消えたという。

ところが、幕末になり、ペリー率いる四隻の黒船が浦賀沖に姿をあらわす。黒船に対応する危急に迫られた幕府から出船の依頼がひそかに村上水軍の末裔に届いたという。それこそが本書のタイトルでもある星籠。いったい星籠とは何なのか、という謎。つまり本書は歴史ミステリーの趣を濃厚に漂わせた一冊なのだ。

ところが、上巻のかなりの部分で星籠の謎が語られてしまう。しかも本書は、本筋とは違う挿話に多くの紙数が割かれる。これは著者の他の作品でもみられるが、読者は初めのうち、それらの複数のエピソードが本筋にどう絡むのか理解できないはずだ。

本筋は御手洗や石岡が関わる興居島の謎だったはずなのに、そのほかに全く関わりのない三つの話が展開し始める。一つ目は、小坂井茂と田丸千早の挿話だ。福山から東京に出て演劇に打ち込む青春を送る二人。その栄光と挫折の日々が語られてゆく。さらに、福山の街に徐々に不気味な勢力を伸ばし始めるコンフューシャスという宗教が登場し、その謎めいた様子が描かれる。さらに、福山にほど近い鞆を舞台に忽那青年とヒロ少年の交流が挟まれる。ヒロ少年は福島の原発事故の近くの海で育ち、福山に引っ越してきたという設定だ。共通するのは、どの話も福山を共通としていること。そこだけが読者の理性をつなぎとめる。

四つのストーリーが並行してばらばらに物語られ、そこに戦国時代と幕末の歴史までが関わってくる。どこに話が収束していくのか、途方にくれることだろう。そもそも本書でとかれるべき謎が何か。それすらわからなくなってくる。興居島に流れ着く死体の謎は御手洗が解いてしまった。それを流したのは誰か、という謎なのか。それともコンフューシャスの正体は誰か、という謎なのか。それとも星籠の正体は何か、という謎なのか。それとも四つの話はどうつながるのか、という謎なのか。

そもそも本書が追っている謎は何なのか。それこそが本書の謎かもしれない。目的が不明な小説。それを狙って書いたとすれば、著者のミステリー作家としての腕はここに極まったといえよう。

下巻になると、それらの謎が少しずつ明かされてゆくはず。そんな期待を持ちながら上巻を閉じる。そんな読者は多いはずだ。

‘2018/09/04-2018/09/04


手術がわかる本


本書は、紹介してもらわなければ一生読まずに終わったかもしれない。人体に施す代表的な73の手術をイラスト付きで紹介した本。貸してくださったのはマニュアル作りのプロフェッショナル、情報親方ことPolaris Infotech社の東野さんだ。

なぜマニュアル作りのプロがこの本を勧めてくださったのか。それはマニュアル作りの要諦が本書にこめられているからに違いない。手術とは理論と実践が高度に求められる作業だ。症例を理論と経験から判断し、患部に対して的確に術を施す。どちらかが欠ければ手術は成功しないはずだ。そして、手術が成功するためには、医療を施す側の力だけでなく、手術を受ける側の努力も求められる。患者が自らに施される手術を理解し、事前の準備に最大限の協力を行う。それが手術の効果を高めることは素人の私でもわかる。つまり、患者が手術を理解するためのマニュアルが求められているのだ。本書こそは、そのための一冊だ。

本書が想定する読者は医療に携わる人ではない。私のように医学に縁のない者でもわかるように書かれている。医療の初歩的な知識を持っていない、つまり、専門家だから知っているはず、という暗黙の了解が通用しない。また、私のような一般の読者は体の組織を知らない。名前も知らなければ、位置の関係にも無知だ。手術器具もそう。本書に載っている器具のほとんどは、名称どころか機能や形についても本書を読むまで知らなかったものばかり。各病気の症状についての知識はもちろんだ。

手術をきちんと語ろうと思えばどこまでも専門の記述を盛り込める。だが、本書は医療関係者向けではなく、一般向けに書かれた本だ。そのバランスが難しい。だからこそ、本書は手術を受ける患者にとって有益な1冊なのだ。そしてマニュアルとしても手本となる。なぜなら、マニュアルとは本来、お客様のためにあるべきだからだ。

これは、ソフトウエアのマニュアルを考えてみるとわかりやすい。システムソフトウエアを使うのは一般的にユーザー。ところがそのシステムを作るのはシステムエンジニアやプログラマーといった技術者だ。システムの使用マニュアルは普通、ユーザー向けに提供される。もちろん、技術者向けのマニュアルもある。もっとも内部向けには仕様書と呼ばれるが。家電製品も同じ。製品に同梱されるマニュアルは、それを使う購入者のためのものであり、工場の従業員や設計者が見る仕様書は別にある。

そう考えると、本書の持つ特質がよく理解できる。医師や看護師向けのマニュアルとは一線を画し、本書はこれから不安を抱え、手術を受けるための患者のためのもの、と。

だから本書にはイラストがふんだんに使われる。イラストがなければ患者には全く意味が伝わらない。そして、使われるイラストも患者がシンプルに理解できるべき。厳密さも精細さも不要。患者にとって必要なのは、自分の体のどこが切り刻まれ、どこが切り取られ、どこが貼り直され、どこが縫い合わされるかをわかりやすく教えてくれるイラスト。位置と形状と名称。これらが患者の脳にすんなりと飛び込めば、イラストとしては十分なのだ。本書にふんだんに使われているイラストがその目的に沿って描かれていることは明らかだ。体の線が単純な線で表されている。そして平面的だ。

一方で、実際に施術する側にとってみれば、本書のイラストは全く情報量が足りない。手術前に検討すべきことは複雑だ。レントゲンの画像からどこに病巣があるかを読み取らなければならない
。手術前の事前のブリーフィングではどこを切り取り、どうつなぎ合わせるかの施術内容を打ちあわせる。より詳しいCT/MRI画像を解読するスキルや、実際に切開した患部から即座に判断するスキルを磨くには、本書のイラストでは簡潔すぎることは言うまでもない。

イラストだけではない。記述もそうだ。一概に手術を語ることがどれだけ難しいかは、私のような素人でもわかる。病気と言っても人によって症状も違えば、処方される薬も違う。施術の方法も医師によって変わるだろう。

そして、本書に描かれる疾患の要素や、処置の内容、処方される薬などは、さらに詳しい経験や仕様書をもとに判断されるはず。そのような細かく専門的な記述は本書には不要なのだ。本書には代表的な処置と代表的な処方薬だけが描かれる。それで良いのだ。詳しく描くことで、患者は安心するどころか、逆に混乱し不安となるはずだから。

ただ、本書はいわゆるマニュアルではない。一般的な製品のマニュアルには製造物責任法(PL法)の対応が必要だ。裁判で不利な証拠とされないように、やりすぎとも思えるぐらいの冗長で詳細な記載が求められる。本書はあくまでも手術を解説した本なので、そうした冗長な記述はない。

あくまでも本書は患者の不安を取り除くための本であり、わかりやすく記すことに主眼が置かれている。だからこそ、マニュアルのプロがお勧めする本なのだろう。

本書を読むことで読者は代表的な73の手術を詳細に理解できる。私たちの体はどうなっていて、お互いの器官はどう機能しあっているのか。どのような疾患にはどう対処すべきなのか、体の不調はどう処置すれば適切なのか。それらは人類の叡智の結晶だ。本書はマニュアルの見本としても素晴らしいが、人体を理解するためのエッセンスとしても読める。私たちは普段、生き物であるとの忘れがちな事実。本書はそれを思い出すきっかけにもなる。

本書に載っている施術の多さは、人体がそれだ多くのリスクを負っている事の証だ。73種類の中には、副鼻腔の洗浄や抜歯、骨折や虫垂炎、出産に関する手術といったよくある手術も含まれている。かと思えば、堕胎手術や包茎手術、心臓へのペースメーカー埋め込みや四肢切断、性転換手術といったあまり出会う確率が少ないと思われるものもある。ところが、性別の差を除けばどれもが、私たちの身に起こりうる事態だ。

実際、読者のうちの誰が自分の四肢が切断されることを想定しながら生きているだろう。出産という人間にとって欠かせない営みの詳しい処置を、どれだけの男性が詳しく知っているだろう。普段、私たちが目や耳や口や鼻や皮膚を通して頼っている五感もそう。そうした感覚器官を移植したり取り換えたりする施術がどれだけ微妙でセンシティブなのか、実感している人はどれだけいるだろうか。

私たちが実に微妙な身体のバランスで出来上がっているということを、本書ほど思い知らせてくれる書物はないと思う。

人体図鑑は世にたくさんある。私の実家にも家庭の医学があった。ところが本書に載っているような手術の一連の流れを、網羅的に、かつ、簡潔にわかりやすく伝えてくれる本書はなかなかみない。実は本書は、家庭の医学のように一家に一冊、必ず備えるべき書物なのかもしれない。教えてくださった情報親方に感謝しなければ。

‘2018/08/22-2018/09/03


カエルの楽園


40も半ばになって、いまだに理想主義な部分をひきずっている私。そんな私が、SEALD’sや反安倍首相の運動を繰り広げる左派の人々に共感できない理由。それは現実からあまりに遊離した彼らの主張にある。それは、私が大人になり、社会にもまれる中で理想はただ掲げていても何の効力も発揮しないことを知ったからだろう。現実を懸命に生きようと努力している時、見えてくるのは理想の脆さ、そして現実の強靭な強さだ。現実を前にすると、人とは理想だけで動かないことをいやが応にも思い知る。契約をきちんと締結しておかないと、商売相手に裏切られ、損を見てしまう現実。

そもそも、人が生きていくには人間に備わっている欲望を認め、それを清濁併せのむように受け入れる必要がある。私はそうした現実の手強さをこれまでの40数年の人生で思い知らされてきた。

人は思いのほか弱い。一度、自分の思想を宣言してしまうとその過ちを認めづらくなる。右派も左派もそれはおなじ。だから、論壇で非難の応酬がされているのを見るにつけ、どっちもどっちだと思う。

そんな論壇で生き残るには、論者自身がキャラを確立させなければならない。そして自らが確立したキャラに自らが縛られる。そのことに無自覚な人もいれば、あえて自らが確立したキャラに引きずられることも厭わず自覚する人もいる。後者の方の場合、自らのキャラクターの属性として、主張を愚直に繰り返す。

私にとって右だ左だと極論を主張している論者からはそんな感じを受ける。だから私は引いてしまう。そして、簡単に引いてしまうので論壇で生き残れないだろう。柔軟すぎるのは論壇において弱点なのだと思う。そんなシビアな論壇で生き残るには、硬直したキャラ設定のもとで愚直に振舞うか、右や左にとらわれない高い視野から全てを望み、それでいてミクロのレベルでも知識を備える知性が必要だ。私は、右派と左派の喧々諤々とした論争には、いつまでたっても終わりがこないだろう、と半ばあきらめていた。

ところが、本書が登場した。本書はひょっとすると右だ左だの論争に対する一つの答えとなるかもしれない。いや、左派の人々は、本書をそもそも読まないから、本書に込められた痛烈な皮肉を目にすることはないだろう。何しろ著者は右派の論客として名をあげている。そんな本を読むことはないのかもしれない。

私は著者の本を何度か当ブログでも取り上げた。著者の本を読む度に思うことがある。それは、著者はマスコミで発言するほどには、イデオロギーの色が濃くないのではないか、ということだ。少なくとも著作の上では。国粋思想に凝り固まった右向け右の書籍や、革命やブルジョアジーや反乱分子といった古臭い言葉が乱発される左巻き書籍と比べると、著者の作品は一線を画している。それは著者が放送作家として公共の電波に乗る番組を作ってきたことで培われた作家のスキルなのだろう。要するに読みやすい。右だ左だといったイデオロギーの色が薄いのだ。

本書の価値は、著者が作家としてのスキルを発揮し、童話の形でイデオロギーを書いたことにある。いわば、現代版の『動物農場』と言ったところか。本書に登場する個々のカエルや出来事のモデルとなった対象を見つけるのは簡単だ。本書のあちこちにヒントは提示されている。対象とは日本であり、中国であり、北朝鮮であり、韓国だ。在日朝鮮人もいれば、アメリカもいる。著者自身も登場するし、左翼文化人も登場する。自衛隊も出てくるし、尖閣や竹島と思われる場所も登場する。非核三原則や朝日新聞、日本国憲法九条すら本書には登場する。

カエルの暮らしをモデルとし、それを現実の国際政治を思わせるように仕立てる。それだけで著者は日本の置かれた状況や、日本の中で現実を見ずに理想を追い、自滅へ向かう人々を痛烈に皮肉ることに成功している。物事を単純化し、寓話として描くこと。それによって物事の本質をより一層クリアに、そして鮮明に浮かび上がらせる。著者の狙いは寓話化することによって、左派の人々の主張がどのように現実から離れ、それがなぜ危険なのかを雄弁に語っている。

これは、まさにユニークな書である。収拾のつきそうにない右と左の論争に対する、右からの効果的な一撃だ。戦後の日本を束縛してきた平和主義。戦争放棄を日本国憲法がうたったことにより、成し遂げられた平和。だが、それが通用したのは僅かな期間にすぎない。第二次大戦で戦場となり疲弊した中華人民共和国と韓国と北朝鮮。ところが高度経済成長を謳歌した日本のバブルがはじけ、長期間の不況に沈んでいる間に状況は変わった。

中国は社会主義の建前の裏で経済成長を果たした。そしていまや領土拡張の野心を隠そうともしない。韓国と北朝鮮も半島の統一の意志を捨てず、過去の戦争犯罪を持ち出しては日本を踏み台にしようともくろんでいる。世界の警察であり続けることに疲れたアメリカは、少しずつ、かつてのモンロー主義のような内向きの外交策にこもろうと機会をうかがっている。つまり、どう考えても今の国際関係は70年前のそれとは変わっている。

それを著者はアマガエルのソクラテスとロベルトの視点から見たカエルの国として描く。敵のカエルに襲われる日々から脱出するため、長い旅に出たカエルたち。ナパージュに着いた時、たくさんのカエルは、ソクラテスとロベルトの二匹だけになっていた。ナパージュはツチガエルたちの国。そして高い崖の上にあり、外敵がいない。だからツチガエルたちは外敵に襲われることなど絶対にないと信じている。なぜ信じているのか。それは発言者であるデイブレイクが集会でツチガエルたちにくどいほど説いているからだ。さらにデイブレイクは、三戒を説く。三戒があるからこそ私たちツチガエルは平和に暮らせているのだと。三戒がなければツチガエルたちは昔犯した過ちを繰り返してしまうだろうと。ツチガエルは本来は悪の存在であって、三戒があるから平和でいられるのだ。と。

カエルを信じろ
カエルと争うな
争うための力を持つな

三戒が繰り返し唱えられる。それを冷ややかに見る嫌われ者のハンドレッド。そしてかつて三戒を作り、ツチガエルたちに教えたという巨大なワシのスチームボート。ツチガエルによく似た姿かたちだが、ヌマガエルという別の種族のピエール。デイブレイクからは忌み嫌われているが、実は実力者のハンニバルとその弟ワグルラとゴヤスレイ。ナパージュを統治する元老院には三戒に縛られる議員もいれば、プロメテウスのように改革を叫ぶ議員もいる。一方で、子育てのような苦しいことがいやで楽しくいきたいと願うローラのようなメスガエルも。

そんなツチガエルの国ナパージュを、南の沼からウシガエルが伺う。ウシガエルの集団が少しずつナパージュの領土を侵そうとする。元老院は紛糾する。デイブレイクはウシガエルに侵略の意図はなく、反撃してはならないと叫ぶ。あげくにはウシガエルを撃退したワグルラを処刑し、ハンニバルたち兄弟を無力化する。スチームボートはいずこへか去ってしまい、ウシガエルたちに対抗する力はナパージュにはない。ウシガエルたちが侵略の範囲を広げつつある中、議論に明け暮れる元老院。全ツチガエルの投票を行い、投票で決をとるツチガエルたち。ナパージュはどうなってしまうのか。

上に書いた粗筋の中で誰が何を表わしているかおわかりだろうか。この名前の由来がどこから来ているのかにも興味が尽きない。ハンドレッド、などは明らかに著者を指していてわかりやすい。デイブレイクが朝日というのも一目瞭然だ。スチームボートはアメリカ文化の象徴、ミッキーマウスからきているのだろう。だが、ハンニバルとワグルラとゴヤスレイが自衛隊の何を表わしてそのような名前にしたのかがわからなかった。ほかにも私が分からなかった名前がいくつか。

そうしたわかりやすい比喩は、本書の寓話を損なわない。そして、本書の結末はここには書かない。ナパージュがどうなったのか。著者は本書で何を訴えようとしているのか。

私の中の理想主義が訴える。相手を信じなくては何も始まらないと。私の中の現実主義が危ぶむ。備えは必要だと。そして現実では、日韓の関係が壊れかけている。まだまだ東アジアには風雲が起こるだろう。理想主義者ははたして、どういう寓話で本書に応えるのか。

‘2018/08/21-2018/08/21


イカの心を探る 知の世界に生きる海の霊長類


ここ四、五年ほど、イカに魅了されている。イカの泳ぐ姿や水中でホバリングする姿。なんと美しいのだろうか。体の両脇にあるヒレはどこまでも優雅。波打つように動かし、自由自在に海中を動く。その優美な姿や白く輝く体には惚れ惚れするばかりだ。水族館に行くと、イカの水槽の前だけで3、4時間はゆうに過ごすことができる自信がある。

イカの美しさは私にとって魚類どころか生物の最高峰でもある。もちろん、寿司ネタで食べるイカも魅力的だ。だが、それも全て泳ぐ姿の美しさがあってこそ。もちろん、イカの他にも泳ぐ姿が美しい水中生物はたくさんいる。エイやサメやその他の中堅どころの魚も悪くはない。だが、どこか泳ぎに優雅な感じがしない。無理しながら、ゆとりがないように感じるのは私だけだろうか。それは多分、私が水族館の水槽でしか魚を見ていないからだろう。

水族館の大水槽でよく見るのはイワシの大群。だが、そもそも集団行動を好まない私にとって、イワシの群れはあまり魅力的に映らない。その点、イカは優雅だ。優美であり孤高である。私が水族館の生き物でもっとも魅了されたのは、1匹でも生きていくと言う決意がみなぎるそのシルエットだ。イカの気高くもあり、美しさをも備えた姿は、私の心を惹きつけて止まない。

だからこそ、本書のようにイカを愛する研究者がイカを研究する姿にはうらやましさを感じる。そして、つい本を手に取ってしまうのだ。本書は水族館でイカに魅了された後に購入した一冊だ。

著者によると、イカとは実に頭の良い生き物だそうだ。イカと並んで並び称される水中生物にタコがいる。タコの頭の良さはよく取り上げられる。著者によるとイカはタコと同じ位、もしくはそれ以上に頭の良い生物なのだという。

著者は生物学者として琉球大学でイカを研究している方だ。そしてその研究テーマは、イカの知能を明らかにすること。はたしてイカに知能はあるのか。それはどれほど高いのか。その知能は人間の知能と比較できるのか。本書で明かされるイカの知能の世界は、私たちの想像の上をいっている。そもそも私たちはイカをあまりにも過小評価しすぎている。水中でただ泳ぐだけのフォルムのかわいらしい生き物。イカ釣り漁船のあかりにおびき出され、簡単に釣人の手にかかってしまう生き物。そんな風に思っていないだろうか。

私のイカについての貧しい認識を、著者はあらゆる実験で論破してみせる。そもそも、タコの知能を凌駕するイカは、タコに比べるとずっと社会的なのだという。水槽でしかイカを知らない私は、大海原に生きるイカが、群れをなしたり、助け合ったり、個体ごとに相互を認識して、ソーシャルな関係を維持していることを本書で教わるまで知らなかった。イカは種類によっては体色を自由に変えられることは知っていたが、それは敵に対する威嚇ではなく、ソーシャルな関係を結ぶ上でも役に立っていたのだ。それだけ高度なコミュニケーション手段が備わっているイカ。イカに足りないのはストレスへの耐性だけ。それだけはタコの方に分があるらしい。ストレスが募るとすぐに死ぬため、実験や観察がとみに難しいらしい。イカの研究とは大変な仕事なのだ。

イカに群があり、群れを維持するためのソーシャルなコミュニケーションをとっている事実は、イカに知能はどのぐらいあるのか、という次なる興味へと私たちをいざなう。そこで、いわゆる知能テストをイカに試みる著者の研究が始まる。その研究が示唆するのは、イカには確かに一定の知能があるという事実だ。学習し、奥行きを理解して、記憶できる能力。短期記憶だけでなく、長期記憶があること。そうした実験結果は、イカの知能の高さをまぎれもなく証明する。そして驚くべきことに、イカには世代間の教育がないという。つまり、親が子に何かを教えることもなければ、少し上の世代が下の世代に何かを伝える証拠も見つかっていないのだとか。それでいながら知能を発揮する事実に、感嘆の思いしか浮かばない。イカの可能性は無限。

続いて著者が考えるのは、イカのアイデンティティだ。はたしてイカは自我を備えているのか。イカは自分自身を認識できるのか。それが目下、著者の研究の最大のテーマだそうだ。イカが社会性を備えていることは先行する世界中の研究が解き明かしてくれた。あとは社会性がソーシャルな仕組みを作る本能によるのか、それとも自己と他者を認識する自我の高度な働きによるのか。

ところで、イカの自我はどうやって証明するのだろう。何の証拠をもってイカに自我があることが証明できるのか。実は本書で興味深いのは、そうした研究手法のあれこれを惜しげもなく示してくれることだ。イカの自我を証明するための試行錯誤のあれこれが本書には記されている。イカが自分自身を認識することを、どうやって客観的に確認するのか。その証明に至るまでのプロセス自体が、イカに限らず知性の本質に迫る営みでもある。本書はこうした学術的な実験に触れていない私のようなものにとって、実験とは何を確認し、どう仮説を立てるのかについての豊富な実例の山なのだ。

そうした工夫の数々は、私のようなロジックだけが頼りの情報の徒にとってみると、はるかに難易度が高い営みに思える。イカの研究者は、手探りで先達の研究を学び、試行錯誤して改良を重ね、研究してきたのだ。本書はそうした生物学の現場の実際を教えてくれる意味でも素晴らしい内容だ。

もちろん、イカの姿を見て飽きることを知らない私のようなイカモノずきにとって、イカに対する愛着をさらに揺るぎないものにしてくれることも。

‘2018/08/17-2018/08/20


長崎原爆記 被爆医師の証言


夏真っ盛りの時期に戦争や昭和について書かれた本を読む。それが私の恒例行事だ。今まで、さまざまな戦争や歴史に関する本を読んできた。被爆体験も含めて。戦争の悲惨さを反省するのに、被爆体験は欠かせない。何人もの体験が編まれ、そして出版されてきた。それらには被爆のさまざまな実相が告発されている。私は、まだそのうちのほとんどを読んでいない。

被爆体験とは、その瞬間の生々しい記憶を言葉に乗せる作業だ。酸鼻をきわめる街の地獄をどうやって言葉として絞り出すか。被爆者にとってつらい作業だと思う。だが、実際の映像が残っていない以上、後世の私たちは被爆体験から悲惨さを感じ取り、肝に刻むしかない。特に、戦争とは何たるかを知らない私たち戦後の世代にとっては、被爆された方々が身を削るようにして文章で残してくださった被爆の悲惨さを真摯に受け止める必要がある。ビジュアルの資料に慣れてしまった私たちは、文章から被爆の悲惨さを読み解かなければならない。熱風や放射線が人間の尊厳をどのように奪ったか。人が一瞬で変わり果てるにはどこまでの力が必要なのか。

著者は長崎で被爆し、医師として救護活動を行った。著者と同じように長崎の原爆で被爆し、救護活動に奔走した人物としては永井隆博士が有名だ。永井隆博士は有名であり、さらにクリスチャンであるが故に、発言も一般的な被爆者の感情からは超越し、それが逆に誤解を招いているきらいがある。さらに、クリスチャンとして正しくあらねばならないとのくびきが、永井博士の言葉から生々しい人間の感情を締め出したことも考慮せねばなるまい。

それに比べ、著者は被爆者であり医師でもあるが、クリスチャンではない。仏教徒であり、殉じる使命はない。本書での著者の書きっぷりからは、人間的で生々しい思いが見え隠れする。それが本書に被爆のリアルな現場の様子が感じられる理由だろう。そもそも、人類が体験しうる経験を超越した被爆の現実を前にして、聖人であり続けられる人など、そうそういない。おおかたの人々は、著者のように人間の限界に苦しみながら対応するに違いない。不条理な運命の中、精一杯のことをし、全てが日常から外れた現実に苛立ち、悪態もつく。それが実際のところだ。

本書を読んでいると、何も情報がない中で、限られた人員と乏しい物資を総動員し、医療活動に当たった著者の苦労が読み取れる。著者は、被爆者でありながら、一瞬で筆舌に尽くしがたい苦しみに置かれた人々を救う役目を背負わされた。その苦労は並大抵ではなく、むしろ愚痴の一つも言わない方がおかしい。著者が本書の中で本音を吐露すればするほど、本書の信ぴょう性は増す。いくら救いを求める患者が列をなしていようとも、三日三晩、不眠不休で診療し続けるには無理があるのだ。

長崎に玉音放送が流れようとも、著者の浦上第一病院に患者の列は絶えない。それどころか医療の経験からも不思議な症状が著者を悩ませる。放射能が原因の原爆症だ。著者は秋月式治療法と称し、食塩ミネラルの摂取を励行する。玄米とみそ汁。これは著者の独自の考えらしく、著者はその正しさに信念を持っていたようだ。永井博士も他の博士も、他の療法を考え、広めた。だが、著者は食塩ミネラル療法を愚直に信じ、実践する。特筆すべきは、糖が大敵という考えだ。ナガサキの地獄から70数年たった今、糖質オフという言葉が脚光をあびている。その考えに立つと、著者の考えにも一理あるどころか、むしろ先進的であったのかもしれない。

また、本書にはもう一点、興味深い描写がある。それは九月二日から三日にかけての雨と、その後の枕崎台風が放射能を洗い流したという下りだ。雨上がりの翌日の気分の爽やかさを、著者は万感の思いで書いている。著者が被爆し、それ以降医療活動を続けた浦上といえば爆心地。原爆がまき散らした放射能が最も立ち込めていたことだろう。著者の筆致でも放射能にさらされる疲労が限界に来ていた、という。私たちがヒロシマ・ナガサキの歴史を学ぶとき、直後に街を襲った枕崎台風が、被爆地をさらに痛めつけたという印象を受けやすい。だが、著者はこの台風を神風、とまでいう。それもまた、惨事を体験した方だからこそ書ける事実なのかもしれない。

本書には永井博士が登場する。そこで著者は、永井博士の直弟子であったこと、永井博士とは人生観に埋められない部分があることを告白する。
「私の仏教的人生観、浄土真宗の人生観、親鸞の人生観は、どこか私を虚無的・否定的な人格に形づくっているようだった。
永井先生の外向的なカトリック的人類愛と、私の内向的な仏教的人生観は、あまり合わなかったのである。
私は、ただ結核医として、放射線医学を勉強した。むしろ、永井先生の詩情と人類愛、隣人愛を白眼視する傾向さえあった。」(185-186ページ)

ナガサキを語るとき、永井博士の存在は欠かせない。そして、ナガサキを語る時、キリスト教が深く根付いた歴史の事情も忘れてはならない。それらが永井博士に対する評価を複雑なものにしていることはたしかだ。果たして原爆はクリスチャンにとって神の試練だったのか。他の宗徒にとっては断じて否、のはず。宗教を介した考え方の違いに限らず、被爆者の間でも立場が違うと誤解や諍いが生ずる。その内幕は、被爆体験の数々や、「はだしのゲン」でも描かれてきた。本書にもそうした被害者の間に生じた軋轢が描かれている。それが、本書に被爆体験だけでない複雑なアヤを与えている。

昭和25年当時の推計でも、死者と重軽症者を合わせて15万人弱もの人が被爆したナガサキ。それだけの被爆者がいれば、体験を通して得た思いや考えも人それぞれのはず。人々の考え方や信仰の差をあげつらうより、一瞬の間にそれだけ多くの人々に対して惨劇を強いた原爆の、人道に外れた本質を問い続けなければならない。本書を読むことで、私のその思いはさらに強まった。

‘2018/08/17-2018/08/17


ヘンな論文


研究とは本来、何をしても自由な営みのはず。夏休みの自由研究のように。ところが、庶民からみるとそうは思えないフシがある。手続きと形式。前例と引用。それらが積み重なると、おいそれと門外漢が首を突っ込めなくなる世界が出来上がる。そして、本来は自由であるべき研究が権威のベールをまとってゆく。その結果、研究が象牙の塔にこもった者だけに許された高尚な営みになる。それが積み重なり「研究している人=偉い」の図式が完成する。

実際、私もそう思いこんでいた。イグ・ノーベル賞なんてものがあるにも関わらず、私の心は勝手に研究=偉いと権威付けをしていた。それは誰のせいでもなく、私自身の思い込み。だが、本書を読んだ今、私は猛省の必要を感じている。

本書を読むと、研究に対する堅苦しい観念が解けていくようだ。本来、研究とはもっと自由。好奇心の赴くままに、人類の知見の限界をひろげる心の高ぶりに、後ろ向きな要素が紛れ込むはずはない。形式やテーマのに縛りがあってはならないはずなのだ。もちろん、研究の成果を万人に証明するためには綿密な論理に沿うことが求められる。だから形式に縛られることは仕方がない。でも、ユニークで型破りな研究テーマであれ、きちんとした構成に沿った展開がなされていれば研究テーマとして成立することを本書は教えてくれる。それは私のような市井のものが、自分で勝手に研究というものを高みに祭り上げているに過ぎない。

本書に載っている研究を読むと、王道を行く研究や脚光を浴びる研究よりも、私たちの実際の生活に役に立っているのではないか。そう思えてくる。

本書の著者は、漫才コンビ「米粒写経」の一人であり、オフィス北野に所属するサンキュータツオさんだ。そして「珍論文コレクター」でもある。さらには日本語学者として、各大学で講師も担当されているようだ。私はテレビでサンキュータツオさんをみたことがなく、本書ではじめてお会いした次第だ。

本書はサンキュータツオさんのユニークな立場から編まれた一冊。学術の観点から真面目な研究のズレを、笑いのタネとして取り出す。実際、サンキュータツオさんの研究テーマの一つは、笑いの源泉がどこにあるのかを突き止めることにあるそうだ。

以下に、それぞれのタイトルと簡単な紹介を付けてみた。もちろん、本書ではサンキュータツオさんが面白い文章で解説をつけてくれている。私の文章より、サンキュータツオさんのそれの方が面白いことは言うまでもない。

一本目  「世間話」の研究
ヨコハマメリー。河原町のジュリー。かつて横浜の一角で名をはせていたヨコハマメリーの伝説が、どうやって口コミを通して人々に伝わってきたのか。それを追うことで、口伝の伝わり方を社会学の観点から考察する。

二本目  公園の斜面に座る「カップルの観察」
横浜港大さん橋国際客船ターミナル。ここには人工芝の敷き詰められた斜面がある。私も行ったことがあるここは、カップルにとっては格好のデートスポットだ。研究者はこのカップルの姿を観察し、男と女の関係性を考察する。これまた面白い。

三本目  「浮気男」の頭の中
浮気男への真面目な動機と結果の聞き取り。これも奇想天外な研究テーマであり、素人の目にはそもそもどうやってデータを定量化するのか、という疑問が生じるのだが、研究者は情熱を傾けて、浮気男の生態や脳内や考え方を追求する。これも立派な研究テーマと成り得るのだ。

四本目  「あくび」はなぜうつる?
あくび指南、という落語の演目がある。この研究からはそれを思い出した。ところが、読んでみると実に奥が深い。霊長類にみられる共感性が研究結果からはあぶりだされる。あくびとする話を聞くとあくびしたくなるが、その現象がみられるのは6歳からだそうだ。あくびをした映像からあくびが誘発されるのは5歳から。4歳以下はうつらない。霊長類以外の他のほにゅるいにはあくびが移る現象はない。奥が深い。

五本目  「コーヒーカップ」の音の科学
コーヒーカップのインスタントコーヒーの粉末を入れ、スプーンをかき混ぜるとコップとスプーンが当たる音に変化が生じる。何気ない日常の出来事も、観察力のある方がみると立派な研究テーマとなりうるのだ。本編からは物理の奥深さ、かつて寺田寅彦が追い求めた科学の深淵なテーマの継承者の姿が感じられる。

六本目  女子高生と「男子の目」
女子高と共学校で、女子のフルマイの違い。思春期の男子にとってはとても気になるテーマであり、研究者の動機によってはかなりヤバい眼を向けられかねない。研究者は果敢にこのテーマに挑む。でも行動心理学の点からも、人間の性愛の点からすると、絶対に外せないテーマだといえる。

七本目  「猫の癒し」効果
猫Caféに来た方のアンケートから、実際、人が猫にどう癒やされているのかを探る。これもまた、感覚的な現象だと見過ごされがちなテーマだ。が、研究者にとっては興味深いといえる。アニマルセラピーという言葉もある通り。猫が好きな私にとっても興味あるテーマだった。

八本目  「なぞかけ」の法則
なぞかけの種類。その面白さ。面白さへの反応速度。これは著者自身が笑いを追求する観点から、熱の入った内容だ。ところが同じ語彙が持つ二重の意味を追うなぞかけは、言語学の視点からも興味深い営みなのだ。これもまた、立派な研究テーマになりうることに興味は尽きない。

九本目  「元近鉄ファン」の生態を探れ
オリックスと楽天に分かれたプロ野球の再編。近鉄という球団がなくなってかなりの年月がたった今、近鉄ファンは何に心の憂さをぶつけているのか。そもそもどの球団を応援するのか。大阪人の私としてもとても面白く読めた。かつて南海ホークスがあったころ―野球ファンとパ・リーグの文化史
という南海ホークスのファン心理を描いた本に感銘を受けた身としては。

十本目  現役「床山」アンケート
床山とは相撲の関取の髪結いの仕事で生計を立てる方々だ。現役の床山にアンケートをとり、その結果を掲載する。これだけでも研究成果として評価されるその事実が新鮮だ。結局研究とは、ほかの人々が知りえない事実を外部の目から観察することにある、ということなのだろう。

十一本目 「しりとり」はどこまで続く?
しりとりがどこまで続くのかを考察したこちらは、無数にある語彙の先頭の文字と最後の文字を統計的に網羅する研究だ。ただ語彙の文字を網羅するだけなら味気ない研究が、「しりとり」を加えるだけで一気に親しみやすくなる。その着眼点が面白い。

十二本目 「おっぱいの揺れ」とブラのずれ
こちらも色物に思えるかもしれないが、りっぱな研究だ。とくに下着メーカーにとっては欠かせない。というより、下着メーカーは間違いなく内部で研究していたはずのテーマだ。それをこのように外部に公開し、社会の共有財産として発表するところに意義がある。実は企業によっては知られざる研究があるはず。たとえば便器のメーカーとか。

十三本目 「湯たんぽ」異聞
古今東西、あらゆる湯たんぽを収集した伊藤紀之先生がこちらのテーマだ。東芝に就職し、共立女子大学で教職の道につきながら、湯たんぽを集め続けたこの先生のコレクションから、湯たんぽの奥深さを聞き取るのが本編だ。コレクションというものも、それが個人の自己満足ではなく外部に発表されたとたん、りっぱな研究になりうることを示している。

さて、本書はこの十三本の研究が収められているが、合間にも著者によるコラムが挟まれている。

「Column1 論文とはどんなもの?」
紀要。論文誌。そうしたものの違いだ。どれもが研究者ではない一般の人にはなじみのない話だ。だが、無味乾燥の山から、本書に集められたような面白い研究を見いだすことも、りっぱな著者の研究といえるだろう。

「Column2 研究には4種類ある」
この4種類とは、以下の通り。
「人間とはなにか」の「いまどうなのか」
「人間とはなにか」の「いままでどうだったのか」
「この世界とはなにか」の「いまどうなのか」
「この世界とはなにか」の「いままでどうだったのか」
お気づきのとおり、ここには未来が抜け落ちている。本来ならば未来を予想することは実利の面から考えると重要なはず。ただ、未来を予測するには過去と現在を見なければならない、ということなのだろう。そもそも未来には実体がないので、研究の対象にはなりえないのだろう。

「Column3 画像がヘンな論文たち」
ここでは、「力石の画像」という研究例があがっている。ただひたすら、全国の各地にある力石の画像が並べられている。これも先にあった湯たんぽと同じく、個人のコレクションで終わるのではなく、こうして発表されることで研究の成果として成立するのだろう。

「Column4 タイトルの味わい 研究者の矜持」
研究者はタイトル一つにも工夫を重ねる。タイトルが内容を表し、なおかつキャッチーであるべき。読む側も人間なので、無機質なタイトルでは反応も見込めないということだろうか。

こうして一連の研究を読んでいくと、あらためて研究とは本来、自由であるべき営みなのだ。そこに形式というルールを当てはめるのは、不正や読む側への便宜を図っているだけに過ぎない。私が無数の研究論文を読むひまはないだろうが、機会があれば読みたいと思う。研究とは現状維持を嫌い、前向きに何かを探し求める営み。それは私の人生でもあるのだから。


サラバ! 下


1995年1月17日。阪神・淡路大震災の日だ。被災者である私は、この地震のことを何度かブログには書いた。当時、大阪と兵庫で地震の被害に大きな差があった。私が住む兵庫では激甚だった被害も、少し離れた大阪ではさほどの被害を与えなかった。

大阪に暮らす今橋家にとってもそう。地震はさほどの影響を与えなかった。今橋家に影響を与えたのは、地震よりもむしろ、そのすぐ後に起きた3月20日の地下鉄サリン事件と、それに続いて起きたオウム真理教への捜査だ。なぜならそれによって、サトラコヲモンサマを崇める宗教が周りの白い目と糾弾に晒されたからだ。それにより、実質的な教祖である大家の矢田のおばさんにかなり帰依していた姉の貴子の寄る辺がうしなわれる。この時、宗教の本尊であるサトラコヲモンサマの名の由来も明かされる。

宗教をとりあげたこのエピソードによって著者は、宗教や信心がいかに不確かなものを基にしているか、その価値観の根拠がどれだけ曖昧であるかを示す。本書は下巻に至り、終盤になればなるほど、著者が本書に込めた真のテーマが明らかになってくる。それは、信ずる対象とは結局、自分自身だということ。他人の価値観や、社会の価値観はしょせん相対的なもの。だからこそ、自分自身の中に揺らぐことのない価値観を育てなければならない。

宗教という心のよりどころを失い、再び、貴子は部屋にこもりきりになる。そして、自分の部屋の天井や壁にウズマキの貝殻の模様を彫り刻み始める。エジプトを去るに当たり、父と離婚した母は、恋人を作っては別れを繰り返す。デートのたびにおしゃれで凛とした格好で飾り立て、独り身になると自堕落な生活と服装に戻る。父は、会社をやめ、出家を宣言する。いまや、家族はバラバラ。「圷家の、あるいは今橋家の、完全なる崩壊」と名付けられたこの章はタイトルが内容そのままだ。

そんな家族の中の傍観者を貫いていた歩。高校時代の最後の年が地震とオウムで締めくくられ、社会のゆらぎをモロに受ける。高校時代、歩が親友としてつるんでいた須玖は、地震がもたらした被害によって、人間の脆さと自らの無力さに押しつぶされ、引きこもってしまう。そして歩との交遊も絶ってしまう。

須玖の姿は私自身を思い出させる。私と須玖では立場が少し違うが、須玖が無力感にやられてしまった気持ちは理解できる。私の場合は被災者だったので鬱ではなく、躁状態に走った。私が須玖と同じように鬱に陥ったのは地震の一年半後だ。私は今まで、阪神・淡路大地震を直接、そして間接に描いてきた作品をいくつも読んで来た。が、須玖のような生き方そのものにかかわる精神的なダメージを受けた人物には初めて出会った。彼は私にとって、同じようなダメージを受けた同志としてとても共感できる。当時のわたしが陥った穴を違う形で須玖として投影してくれたことによって、私は本書に強い共感を覚えるようになった。私自身の若き日を描いた同時代の作品として。そしてそれを描いた著者自身にも。私より四つ年下の著者が経験した1995年。著者が地震とオウムの年である1995年をどのように受け止めたのかは知らない。だが、それを本書のように著したと考えると興味は尽きない。

もう一つ、本書に共感できたこと。それは一気に自由をあたえられ、羽目を外して行く歩の姿だ。東京の大学に入ったことで、目の前に開けた自由の広がり。そのあまりの自由さに統制が取れなくなり、日々が膨張し、その分、現実感が希薄になって行く歩の様子。それは、私自身にも思い当たる節がある。歩の東京での日々を私の関大前の日々に変えるだけで、歩の日々は私の大学時代のそれに置き換わる。そういえば歩がバイトしていたレンタルレコード屋は、チェーン展開している設定だ。まちがいなく関大前にあったK2レコードがモデルとなっているはずだ。著者も利用したのだろう。K2レコードは今も健在なのだろうか。

大学で歩はサブカルチャー系のサークルに入り、自由な日々と刺激的な情報に囲まれる。女の子は取っ替え引っ替え、ホテルに連れ込み放題。全てが無頼。全てが無双。容姿に自信のあった歩は、東京での一人暮らしをこれ以上望めないほど満喫する。鴻上というサークルの後輩の女の子は、サセ子と言われるほど性に奔放。歩はそんな彼女との間に男女を超えたプラトニックな関係を築く。大学生活の開放感と全能感がこれでもかと書かれるのがこの章だ。

続いての章は「残酷な未来」という題だ。この題が指しているのは歩自身。レンタルレコード店の店内のポップやフリーペーパーの原稿を書き始めた歩。そこから短文を書く楽しさに目覚める。そして大学を出てからもそのままライターとして活動を続ける。次第に周りに認められ、商業雑誌にも寄稿し、執筆の依頼を受けるまで、ライターとしての地位を築いてゆく。海外にも取材に出かけ、著名なミュージシャンとも知り合いになる。

貴子は貴子で、東京で謎のアーチストとして、路上に置いた渦巻きのオブジェにこもる、というパフォーマンスで有名になっていた。ところが歩の彼女がひょんな事でウズマキが歩の姉である事を知る。さらに歩に姉とインタビューをさせてほしいと迫る。渋る歩を出しぬき、強引にインタビューを敢行する彼女。それがもとで歩は彼女を失い、姉はマスメディアでたたかれる。

さらに歩には落とし穴が待ち受ける。それは髪。急激に頭髪が抜け始め、モテまくっていた今までの自分のイメージが急激に崩れた事で、歩は人と会うのを避けるように。すると自然に原稿依頼も減る。ついにはかつての姉のように引きこもってしまう。今まで中学、高校、大学、若手、と人生を謳歌していた自分はどこへ行ったのか。ここで描かれる歩の挫折もまた、大学卒業後にちゅうぶらりんとなった私自身の苦しい日々を思い出させる。

そんな歩はある日、須玖に再会する。高校時代の親友は長い引き込もりの期間をへて、売れないピン芸人になっていた。傷を舐め合うようにかつての交流を取り戻した二人。そこに鴻上も加わり、二人との交流だけが世の中への唯一の縁となり下がった歩。そんな歩に須玖と鴻上が付き合い始める一撃が。さらに歩は付き合っていた相手からも別れを告げられる。とうとう全てを失った歩。

本書はそれ以降もまだまだ続く。本書は、私のように同時代を生き、同じような挫折を経験したものにとっては興味深い。だが、読む人によっては単なる栄光と転落の物語に映るかもしれない。だが、そこから本書は次なる展開にうつる。

今までに本書が描いて来た個人と社会の価値観の相克。それに正面から挑み続け、跳ね返され続けてきたのが貴子であり、うまくよけようと立ち回ってきた結果、孤独に陥ってしまったのが歩。本書とは言ってしまえば、二人の世の中との価値観の折り合いの付け方の物語だ。

「「あなたが信じるものを、誰かに決めさせてはいけないわ。」」という、貴子からの言葉が歩に行動を起こさせる。ようやく自分を理解してくれる伴侶を得た貴子がようやく手に入れた境地。自分の中にある幹を自覚し、それに誠実であること。そのことを歩に伝える貴子の変わりようは、歩に次なる行動を起こさせる。

歩は現状を打破するため、エジプトへと向かう。かつて自分が育ち、圷家がまだ平和だったころを知るエジプト。エジプトで両親に何がおこったのか、自分はエジプトで何を学んだのか。それらを知るため旅に出る。圷家と今橋家の過去の出来事の謎が明かされ、物語はまとまってゆく。読者はその時、著者が本書を通して何を訴えようとしてきたのかを理解できるだろう。

親友のヤコブはコプト教徒だった。イスラム教のイメージが強いエジプトで、コプト教を信じ続けることの困難さ。コプト教とはキリスト教の一派で、コプトとはエジプトを意味する語。マイノリティであり続ける覚悟と、それを引き受けて信仰し続ける人間の強さ。

本書には著者に影響を与えた複数の作品が登場する。ニーナ・シモンのFeeling Goodや、ジョン・アーヴィングの「ホテル・ニューハンプシャー」だ。
前者は、
It’s a new dawn
It’s a new day
It’s a new life
For me
And I’m feeling good の歌詞とともに。全ては受け入れ、全てをよしとすることから始まる。物事はあるがままに無数の可能性とともにある。それをどう感じ、どう生かすかは自分。全ては自分の価値観によって多様な姿を見せる。

育んだ価値観に自信が持てれば、あとはそれを受け入れてくれる誰かを探すのみ。歩は誰かを探す旅に踏みだす。その時、SNSには頼らない。SNSは人との関係を便利にするツールではあるが、自分の中の価値観を強くするためのツールではない。自分の価値観で歩み、SNSに頼らず生身の関係を重んじる。主人公の名のように。

歩も著者も1977年生まれ。私の四つ年下だ。ほぼ同じ年といってよいはず。私も今、自分の人生の幹を確かなものにし、「「自分が信じるものを、誰かに決めさせないため」」に歩み続けている。自らの価値観に忠実であることを肝に銘じつつ。

上巻のレビューで本書が傑作であると書いたのは、本書が読者を励まし、勇気付けてくれるからだ。今どき、教養小説という存在は死に絶えた。だが本書は、奇妙なエピソードを楽しめるエンタメ小説の顔を見せながら、青少年が読んで糧となりうる描写も多い。まさに現代の教養小説といってもよい読むべき一冊だ。

‘2018/08/14-2018/08/16


サラバ! 上


私は本書のことを、電車の扉に貼られたステッカーで知った。そのステッカーに書かれていた、本書が傑作であるとうたうコピー。それが本書を手に取った理由だ。その他の本書についての予備知識は乏しく、それほど過度な期待を持たずに読み始めた。迂闊なことに、帯に書かれていた本書が直木賞受賞作であることも気づかずに。

だが、それが良かったのかもしれない。本書は私にとって予期しない読書の喜びを与えてくれた。上質の物語を読み終えた時の満足感と余韻に浸る。本読みにとっての幸せの一瞬だ。本書はすばらしい余韻を私にもたらしてくれた。

本書の内容は、いわゆる大河小説と言ってもよいだろう。ある家族の歴史と運命を時系列で描いた物語。一般的に大河小説とは、長いがゆえに、読者をひきつけるエピソードが求められる。内容が単調だと冗長に感じ、読者は退屈を催す。だから最近の小説で大河小説を見かける事はあまりない。ところが、本書は大河小説の形式で、読者に楽しみを提供している。本書には読者を退屈させる展開とは無縁だ。奇をてらわずに、読者の印象エピソードを残しつつ、ぐいぐいと読ませる。

本書に登場するのは、ある個性的な家族、圷家。主人公で語り手である歩は、そんな家族の長男として左足からこの世に生まれる。つまり逆子だ。歩が産まれたのはイランのテヘラン。革命前の1977年のことだ。普通の日本人とは違う。生まれが人と違う。ところが本人はいたって普通の人間であろうとする。そればかりか自ら目立たぬように心がけさえする。エキセントリックな姉の陰に隠れるように。

体中で疳の虫が這いずり回っているような姉の貴子。自分が認められたい、注目されたい。そんな姉は産まれてきた唯一の理由が母を困らせること、であるかのように盛大に泣く。欲求が満たされるまで泣く。決して満たされずに泣く。自己主張の権化。ホメイニによるイラン革命の余波を受け、一家が日本に帰国してからも、姉の振る舞いに歯止めはかからない。ますますおさまりがつかなくなる。

よく、次男や次女は要領よく振る舞うという。本書の歩も同じ。長男ではあるが、男勝りの姉の下では次男のようなもの。姉と母の戦いを普段から眺める歩は、自らの身の処し方を幼いうちから会得してしまう。そして要領よく、一歩引いた立場で傍観する術を身につける。

幼稚園にはいった歩は社会を知り、歩なりに社会と折り合いをつけてゆく。ところが、社会よりもやっかいなのが姉の奇矯な言動だ。貴子の扱いに悩む母。「猟奇的な姉と、僕の幼少時代」と名付けられたはじめの章は、まさにタイトル通りの内容だ。猟奇的な姉の陰に隠れ、歩は自らのそんざを慎むことを習い性とする。それに比べて貴子は自らを囲むすべてに敵意と疑いの目を向け続ける。すでにこの時点で本書の大きなテーマが提示されている。人は社会にどう関わってゆくのか、という表向きの大きなテーマとして。

本書は歩の視点で圷家の歴史を語ってゆく。歩の幼稚園時代の記憶も克明に描きつつ。園児の間にクレヨンを交換する習慣。一読するとこのエピソードはさほど重要ではないように思える。だが、このエピソードは本書を通して見逃せない。なぜなら、歩がどういう立場で社会に関わっていくかが記されるからだ。そして、このエピソードは、本書に流れる別のテーマを示唆している。人気がある色を好意を持つ相手にあげるのではなく、自分が好きな色を相手にあげる行い。人気があるから選ぶのではなく、自分の価値観に沿っているから選ぶ。そこには自分しか持ち得ない価値観の芽生えがある。歩がひそかに好意を持つ「みやかわさき」も、皆に人気の色には目もくれず、自分の望む色を集めることに執心する。

続いての章は「エジプト、カイロ、ザマレク」。一家は再びエジプトに旅立つ。歩は7歳。つまり歩は小学校の多感な時期の学びを全てエジプトで得る。日本の教育と違ったエジプトの教育。現地の日本人学校には妙な階級意識やいじめとは無縁だ。なぜならエジプトの中で日本人同士、助け合わなければならないから。そんな学校で歩は親友を作り、その親友と疎遠になる。そして、エジプト人でコプト教徒のヤコブと親友になる。

この章で描かれたエジプトは妙にリアル。これは著者のプロフィールによると実際に住んだことがあるからのようだ。アラブの文化が日本のそれとかなり離れており、幼い時期に異文化をたっぷり浴びた経験が、歩と貴子のそれからに多大な影響を与えたことは想像に難くない。

ダイバーシティや多様性の大切さは最近よく言われるようになって来た。だが、それを言い募る人は、本当の意味の多様性を理解しているのだろうか。少なくともわたしは自信がない。せいぜい数カ所の、それも一、二週間程度、海外に渡航した程度では、何もわからないはず。せいぜいが日本の各地の県民性を多様性というぐらいが精一杯だろう。少なくとも本書で描かれるエジプトの生活は、日本人が知る生活や文化とは大きく違っていて、それが本書に大きな影響を与えているのは明らかだ。

さて、本書の主人公である歩は男性、そして著者は女性だ。ずっとわたしは本書を読む間、著者自身が投影されていたのはどちらだろう、と考えていた。歩なのか、貴子なのか。多分、私が思うに、著者が自身を投影していたのは、貴子であり、歩が幼稚園で気にかけていたミヤガワアイなのだろう。そして、彼女たちの姿が歩の視点から描かれている、ということはつまり、本書は著者が自分自身を歩の視点から客観的に描いたとも取れる。本書がもし、著者の自伝的な要素を濃く含んでいて、それがわたしの推測通り、主人公の周囲の人物に投影されていたとすれば、本書がすごいのは自分自身を徹底して客観化させたことではないか。もちろん、本書で描かれた貴子やミヤガワアイと同じ行いを著者がしたはずはない。だが、彼女たちの奇矯な行動は、著者が自分の中に眠る可能性を最大限に飛躍させた先にある、と考えると、著者のすごさが分かる気がする。

私は下巻まで一気に読み終えた後、著者にとても興味を持った。そして面白い事実を知った。それは著者が1977年生まれで大阪育ち、という事だ。私と4つしか違わない。しかも、出身は私と同じ関西大学。法学部だという。ひょっとしたら私は著者と学内ですれ違っていたかもしれない。それどころか政治学研究部にいた私は、法学部に何人もの後輩がいたので、著者を間接的に知ってい他のかもしれない。そんな妄想まで湧いてしまう。

歩の両親に深刻な亀裂ができ、その結果、両親は離婚する。父を残して圷家は日本に引き上げる。歩はヤコブに「サラバ!」と言い残し、エジプトを離れる。なぜ両親は離婚したのか。その事実は歩に知らされない。そして、垰歩から今橋歩に名が変わり、中学、高校と育ちゆく歩。サッカー部に属し、クールでイケてる男子のイメージを築き上げることに成功する。彼女ができ、初めてのキスと初体験。

そんな今橋家の周りを侵食する宗教団体。いつの間にか発生したが宗教団体は、サトラコヲモンサマなる御神体を崇める。教義もなく、自然に発生し、自然に信者が増えたその宗教団体。人望のあった大家の矢田のおばさんの下、集った人々が中心となったこの奇妙な集まりは、無欲だった事が功を奏したのか、歩の周囲を巻き込み、巨大になってゆく。姉貴子も矢田のおばさんの元に熱心に通い詰め、自然と教祖の側近のような立場で見られるようになる。幼い頃から自分を託せる存在を求め続けた貴子がようやく見つけた存在。それが信心だった事は、本作にも大きな意味を与える。「サトラコヲモンサマ誕生」と名のついたこの章は、本書の大きな転換点となる。

そんな周りの騒がしさをモノともせず、青春を謳歌し続ける歩。一見すると順風満帆に見える日々だが、周りに合わせ、目立たぬような生き方という意味では本質はぶれていない。流れに合わせることで、角を立てずに生きる。そんな歩の生き方は、私自身が中学、高校をやり過ごした方法と通じるところがある。ある意味、思春期をやり過ごす一つのテクニックである事は確かだ。だが、その生き方は大人になってから失敗の原因にもなりかねない。今の私にはそのことがよくわかる。

結局、ここまで書かれてきた歩と貴子の危うさとは、同じ道を通ってきた大人の読者にしかわからないと思う。若い時分の危機を乗り越えてきた大人と、若い読者。ともにやきもきさせながら、歩と貴子の二人の人生は、強い引力と放ち、読者をひきつける。そして結末まで決して読者を離さない。なぜならば、読者の誰もが通って来た道だから。そして、たどろうとする道だから。個性のかたまりに見える歩と貴子だが、誰もが心のどこかに二人のような危うさを抱えていたはず。

‘2018/08/13-2018/08/13


ウイスキー起源への旅


私はウイスキーが好きだ。まだ三級しか取っていないが、ウイスキー検定の資格も得た。ウイスキー検定試験といってもなかなか難しい。事前に出題される問題を予習することが求められる。予習の中でウイスキーの歴史をひもといた時、まずでてくるのがウイスキーがはじめて文献に出てきた年だ。

1494年に出された文書にある「王の命令によりアクア・ヴィテ製造用に8ボルのモルトを修道士ジョン・コーに支給する」という文言。それがウイスキーの名前が文献に出てくる最初だという。

ウイスキーを好きになる時、味や香り、豊富な銘柄の豊富さにまず目がいく。続いて、ウイスキーの歴史にも興味が出てくる。それは、ウイスキーが時を要する飲み物であることが影響しているに違いない。出来上がるまでにぜいたくな時間が欠かせない飲み物。それを古人はどうやって発見し、どのように磨き上げてきたのか。わたしのような歴史が好きな人間はともかく、教科書を暗記するような歴史に興味がない方でも、ウイスキーに魅了された途端、ウイスキーの歴史に興味が出てくるはずだ。

だが、ウイスキーの歴史を把握することは案外と難しい。むしろ難解といっても良いぐらいだ。ウイスキーが史書に現れるのは、先に書いた通り1494年のこと。ただし、それ以降とそれ以前のウイスキーの歴史には謎が多い。それは、民が勝手気ままに醸造と蒸留を営み、時には領主の目を盗み、密造とは切っても切れないウイスキーの性格にも関係がある。つまり、ウイスキーの歴史には、体系だった資料は残されていないのだ。

だから、本当に1494年になるまでウイスキーは作られなかったのか、との問いに対する明快な答えは出しにくい。それが、ウイスキーの歴史に興味を持った者が抱く共通の疑問だ。同時にミステリアスな魅力でもある。

著者はその疑問を、ウイスキーの研修で訪れたスコットランドのエジンバラで強くいだく。というか疑問のありかを教わる。名も知らぬ老人。彼は著者に、ウイスキー作りは、ケルト民族の手によって外からスコットランドにもたらされた、と語る。外とはアイルランドのこと。つまり、アイルランドでは1494年よりもっと以前からウイスキーが作られていたはず。著者はそのような仮説を立てる。本書は、その仮説を立証するため、著者は費やした広大な旅と探求の記録だ。

著者はサントリーの社員だ。そして長年、ウイスキー部門に配属されていた。毎日の業務の中で、ウイスキーに対する見識を鍛えられてきた。本書のプロローグには、著者が農学部の学生の頃からゼミの教授にウイスキーをはじめとした蒸留酒について啓蒙されてきたことも記されている。著者はもともと、酒類全般への造詣が深く、酒つくりの起源を調べるための基本知識は備えていたのだろう。その素養があった上に、旅先での老人からの示唆が著者の好奇心を刺激し、著者のウイスキーの起源の謎を解く旅は始まる。

著者が持つお酒に関する教養のベースは、本書の前半で折々に触れられて行く。教授から教えられたこと。ウイスキーに開眼した時のこと。安ワインで悪酔いした学生時代から、後年、高級ワインのおいしさに魅了され、ワインの奥深さにはまっていったこと。ウイスキー作りに携わりたいとサントリーを志望し、入社したことや、そのあと製造畑で歩んだ日々。ウイスキー作りの研修でスコットランドやアイルランドに訪れた事など。そこには苦労もあったはずだが、酒好きにすればうらやましくなる経歴だ。

まずはエジプト。著者はエジプトを訪れる。なぜならエジプトこそがビールを生み出した地だからだ。ビールが生み出された地である以上、蒸留がなされていてもおかしくない。蒸留が行われていた証拠を探し求めて、著者はカイロ博物館を訪れる。そこで著者が見たのは、ビール作りがエジプトで盛んであった証拠である遺物の数々だ。旧約聖書を読んだことがある方は、モーゼの出エジプト記の中で、空からマナという食物が降ってきて、モーゼに着き従う人々の命を救ったエピソードを知っていることだろう。そのマナこそはビールパン。ビールを作るにあたって作られる麦芽を固めたものがマナである。しかし、イスラエルにたどり着いて以降のモーゼ一行に、マナが与えられることはなかった。なぜなら、イスラエルは麦よりもブドウが生い茂る地だったからだ。エジプトで花開いたビール文化はイスラエルでワイン文化になり替わった。

この事実は後年、アラビアで発達した蒸留技術がウイスキー造りとして花開かなかった理由にも符合する。そもそも蒸留技術それ自体は、イスラム文化よりずっと前から存在していたと著者は説く。エジプトでも紀元前2000年にはすでに蒸留技術が存在したことが遺物から類推できるという。しかし、蒸留技術は記録の上では、ミイラや香油作りにのみ使われたことしか記録に残っていないらしい。酒を作るために蒸留が行われた記録は残っていない。このことが著者の情熱にさらなる火をくべる。

一方、キリスト教の一派であるグノーシス派の洗礼では「生命の水・アクアヴィテ」が使われていたという。それはギリシャ、イタリア、フランスで盛んだったワイン製造が蒸留として転用された成果として納得しうる。ワイン蒸留、つまりブランデーだ。それがローマ帝国の崩壊後、今のヨーロッパ全域に蒸留技術が広まるにつれ、酒として飲まれるようになる。そして、ドイツ・イギリスなどブドウが成らない北の国では穀物を基にした蒸留酒として広まっていった。

著者はウイスキー造りの技術が1494年よりずっと以前に生まれていたはず、との仮説を胸に秘め、調査を進める。ついで著者が着目したのが、アイルランドに伝わったキリスト教だ。アイルランドのセント・パトリックスデーは緑一色の装束でよく知られている。その聖パトリックがアイルランドでキリスト教を布教したのは4~5世紀の事。当時のアイルランドには、ローマ帝国の統治がぎりぎり及んでいなかった。ところが、すでにキリスト教が根付いていた。後にキリスト教がローマ帝国全域で国教とされる前から。そればかりか、土着のドルイド教とも融合し、アイルランドでは独自の文化を築いていた。その時に注目すべきは、当時のブリタニアやアイルランドではブドウが育たなかったことだ。ローマ帝国にあった当時のアイルランドやブリタニアでは、ワイン文化が行き渡っていたと思われる。ところが、ワインが飲めるのは、ローマからの供給があったからこそ。ところが、ローマ帝国の分裂と崩壊による混乱で、ワインが供給されなくなった。それと同時に、混乱の中で再び辺境の島へ戻ったブリタリアとアイルランドには、独自のキリスト教が残された。著者はその特殊な環境下で麦を使ったアクアヴィテ、つまりウイスキーの原型が生まれたのではないかと推測する。

このくだりは本書のクライマックスともいうべき部分。ウイスキー通に限らず、西洋史が好きな方は興奮するはず。ところが、アイルランドのあらゆる遺跡から著者の仮説を裏付ける事物は発掘されていない。全ては著者の想像の産物でしかない。それが残念だ。

本書はそれ以降、アイルランドの歴史、アイルランドでウイスキー造りが盛んになっていたいきさつや、スコットランドでもウイスキー造りが盛んになっていった歴史が描かれる。その中で、著者はアイルランドでなぜウイスキーが衰退したのかについても触れる。アイルランドでの製法にスコッチ・ウイスキーでなされたような革新が生まれなかったこともそう。アイリッシュ・ウイスキーにとって最大の市場だったアメリカで禁酒法が施行されたことなど、理由はいろいろとある。だが、ここ近年はアイルランドにも次々と蒸留所が復活しているという。これはウイスキーブームに感謝すべき点だろう。

本書で著者が試みた探索の旅は、明確な証拠という一点だけが足りない。だが、著者の立てた仮説には歴史のロマンがある。謎めいたウイスキーの起源を解き明かすに足る説得力もある。

何よりも本書からは、ウイスキーのみならず、酒文化そのものへの壮大なロマンが感じられる。酒文化とともに人々は歴史を作り上げ、人々の移動につれ、酒文化は多様な魅力を加えてきた。それは、酒好きにとって、何よりも喜ばしい事実だ。

‘2018/7/29-2018/08/13


臨床家 河合隼雄


私が河合隼雄氏の著作をあれこれと読んでいたのは20代の前半の頃だ。どうやって生きて行くのか、どうやって身を立てるのかもわからずにいた私の迷走の時期。当時の私はそもそも自分の心さえ持て余していた。他人の心を理解する以前に、自分が何を欲しているのかもわからなかった。それでいて、安易に社会の流れに乗ることをかたくなに拒んでいた。そんな私が社会に入れるわけもない。人生の意味を掴みかねていた私は、完全に宙に浮いていた。いつになれば這い上がれるのか、どこに行けばたどり着けるのか。その答えはどこにもなく、救いのかけらも感じられない毎日。私はそれらの答えを純文学の諸作品や心理学に求めようとした。当時は河合氏の著作に限らず心理学関連の書物を手当たり次第に読んでは、自分の心の動きをつかみ、社会にうごめく人々の心のありようをつかみ、どうすれば社会に出られるのかを模索していた。

そんな手負いの私に、河合氏のスタンスは新鮮に映った。「わかりませんなあ」というセリフ。第一人者でありながら無知を恥じることなくそれを認め、己を低くする。本を何冊も著し、高名であったにもかかわらず、無知に関して潔い。河合氏のその姿勢は、当時の私にとても影響を与えた。今の私は仕事で人に教えたりすることも多い。問われることもある。でも、わからない時はわからない、というようにしている。河合氏のように。まだ「わかりませんなあ」という河合氏の口調は真似できないけれども。

悩みの多かった私は、いつしか上京し、職に就き、家族をもち、家の問題で揉まれ、成長していった。それにつれ、私が河合氏の本だけに限らず、心理学の本を読む機会は減っていった。私が河合氏の亡くなったことを知ったのは、氏が亡くなられて翌々年ぐらいのこと。河合氏の死に気づかないほど、上京して以降の私は、心理学に救いを求めることなく。生きていけるようになっていた。多分、私は誰もが青年期にぶつかるであろう危機をいつのまにか克服できていたのだろう。

今、私は年頃の娘を二人養っている。二人とも難しい時期だ。多分、若い私が感じたような世の中の矛盾や人の関係に悩み、この先も苦しんでいくことだろう。人生の意義が何なのかについての疑問にもぶち当たってゆくに違いない。そこで私がどう助言してやれるのか。そのためには再び河合氏の力が必要だ。家族だけではない。仕事で知り合った方、親交を結んだ方に何ができるのか。単なる技術の継承や、世過ぎ身過ぎのノウハウを伝えるほかに何ができるのか。

ここ一年半ほど、私が参加している地元のランチ会がある。ある時、その中で学校のいじめを語り合う機会があった。私はいじめられた経験を持っている。そして、娘たちや妻にも同様の経験がある。自分の力でその時期を耐え抜き、やり過ごした私や妻や娘たちはいい。だが、やり過ごすすべを知らずに自死を遂げる子どもや若者の存在。辛い気持ちになる。大人ですら、油断していると簡単にいじめの対象に祭り上げられる。そんな人々をどうやれば救えるのか。ランチ会でお話を伺ったカウンセラーの方の言葉はとても参考になった。そして、私に再び心理学への興味を呼び起こしてくれた。本書はそれをきっかけに、私が再び河合隼雄氏に触れようとした一冊だ。

河合隼雄という人物は巨大だ。そして「わかりませんなあ」の言葉が表しているように謙虚な巨人でもある。多分、河合氏は苦労も重ね、その過程では悪態や過ちもつくこともあっただろう。だが、それらを乗り越え河合氏は大きな人となった。「無知の知」を本心から理解し、それを正直に語る。それを実践することが大切であることは、頭では理解できる。だが、行うのは簡単ではない。そうした境地に至った河合氏とはいかなる人物なのか。その全貌に、あらためて関心を持った。

本書はさまざまな角度から見た河合隼雄氏についての本だ。臨床家。ユング派精神分析の資格者。文化庁長官。講演が上手。ゼミの教授。フルート奏者。ダジャレが好き。人間だからマイナスの感情も出すし、温和な表情の裏に冷たい視線を覗かせることもある。本書で河合隼雄氏を語るのは、ユング派の分析者であり、同じ精神医学の徒であり、分析を受ける患者であり、高名な指揮者であったり、共著を出したことのある詩人だ。そうした人々が河合氏をさまざまな視点から語り、人物を造形してゆく。それが本書だ。

私は本書を読むまで知らなかったのだが、息子の河合俊雄氏も精神医学の現場で医師として働いているそうだ。序論は河合俊雄氏が筆をとっている。息子からみた父が描き出す序論は、すでに総論として完成している。実に見事な分析だ。肉親であり、同じ分析家からみた父。だからこそここまで書けるのだろう。息子から描かれた河合隼雄氏は序論の短い中でありながら、人物像を簡潔で的確につかんでいるように見える。さすがというべきか。「個人的には、あれほど勝手に生きて、なおかつあれほど人のために生きた人もないと思っている。その矛盾がまさに両立する生き方であった。」(7P)などは、子が親に対して送りうる要約の見本ではないだろうか。また、こんな一文もある。「河合隼雄にとって死者が生きていたように、われわれにとっても河合隼雄は死者として生きているのではないだろうか。そして臨床家として、われわれに出会ってくれるのではないだろうか。」(8P)

肉親がこのように語ることで、なおさらその人物像が鮮やかに浮かび上がる。

本書の出だしは「家を背負うということー無気力の裏に潜むもの」と題し、心理療法の研修会でクライアントの夢の内容を発表した岩宮恵子氏(島根大学教育学部教授)に対する河合隼雄氏の分析が紹介されている。夢の分析は私もかつて自分の夢に対してよく行っていた。一人のクライアントが来院し、治癒していく経過。その一連の出来事が描かれたこの章はとても面白い。河合氏の解釈もユング派分析家の方法論が感じられ、とても興味深く感じた。シャドウや死、イメージの解釈など、連想とイメージの結びつけを厳密にせず、クライアントに作ってもらった箱庭の解釈も含め、人間の内面を掘り下げていく。そんな一連の手続きこそが、悩める若き私が、自分自身に対してしたかったことだ。

続いては「河合隼雄語録ー事例に寄せて」。これは解題によると、京大の研究室で河合氏が折々に語った語録を筆記しておいたた桑原知子氏が、河合氏が京大の教授職を定年で退職するにあたって編集したものだそうだ。桑原知子氏の言葉によると、本来ならば事例あってのコメントなのだが、プライバシーに配慮した結果、事例は割愛したのだとか。はしがきで河合氏自身がこの語録についてのコメントを残されていて、本書にもその全文が転載されている。それによると、当時のことゆえ、必ずしも正しくはないとか。それを裏付けるかのように、本編にはざっくばらんで肩の力の抜けた河合氏の言葉が並ぶ。まさに生の肉声だ。そして、ここからは著書や対談でみられるソフトな河合氏ではなく、内輪に見せる河合氏の様子が垣間見える。もちろん河合氏の言葉に裏表は感じられず、より専門家向けに語っているだけなのだが。

ついで本書は、さらに河合隼雄氏を掘り下げてゆく。[河合隼雄の分析]として、数人の精神分析の専門家による河合隼雄論が並ぶ。

まずは「臨床家 河合隼雄ー私の受けた分析経験から」。山中康裕氏(京都大学名誉教授)によって書かれている。私も山中氏の名前は存じ上げている。同じ分析家が分析家を分析する。その内容は高度で、そもそも山中氏の見る夢からしてとてもリアルで具体的。夢をきちんと記録した山中氏はさすが分析家だ。自分で夢を記録し、分析ができる山中氏のような方であれば、本来は夢分析を受けなくてもよいような気もする。だが、他の分析家からの視点は必要なのだろう。

続いての「分析体験での箱庭」。川戸圓氏(大阪府立大学人間社会学部教授)が河合隼雄氏に分析を受けた際の箱庭療法の経緯が、箱庭の実際の写真とともに載せられている。ここでは厳しい河合氏が登場する。指導を受ける側からすればそう感じて当たり前だ。だが、このような厳しさがあってこそ、あれだけの業績をあげ、慕う門下生も多数いるのだろう。また、クライアントの精神に引きずられないためには、自己を凛とさせておかねばならないのは素人の私でもわかる。

皆藤章(京都大学大学院教育学研究科教授)氏による「河合隼雄という臨床家」は、皆藤氏が河合氏に師事するまでの専攻分野の揺れ(もともと工学部に入学したそう)が、河合氏との出会いでこの分野に定まるまでのいきさつが書かれている。ここでは教育分析という言葉が出てくる。皆藤氏は30歳の時、最初に教育分析を受けたそうだが、河合氏から30歳という年齢は、教育分析を受けるには若いと言われたそうだ。つまり、教育分析とは、精神的な疾患を自覚していない人でも受けられるのだ。山中氏の書かれた文章もそうだが、精神分析家が、自己の心のありようをさらに深めてみつめるため、別の方から精神分析をうける、というのはありなのだろう。私はそのことに気付かされた。そういえば河合氏がアメリカやスイスで学ぶ際も、先輩の分析家から分析を受けた経験を読んだことがあるが、あらためて合点がいった。

角野善宏(京都大学大学院教育学研究科教授)氏は「スーパーヴィジョンの体験から」で、自らが分析している心理療法について、河合氏から指導を受けたときのことを著している。スーパーヴィジョンとは指導を受けることを意味する。スーパーヴァイザーと同じ語源なのだろう。その中で角野氏は、分析には時間がかかることと、本当に患者が自ら分析の必要がないと思うまで、分析家の主観で終了時期を判断する危険性を述べている。他にもこのような記述もある。

「河合先生がもっとも大切にしたことは、心理療法であった。臨床実践であったのである。これがすべてと言ってもよいほど、重要視していた。もちろん研究も大切にされていたが、研究はあくまで臨床実践があってのことで、基本的に心理療法がすべて中心となっていた。」(148p)
「本当に事例において困ったとき、進退窮まったときに、先生が言われていたことは、「もう最後の最後は、クライエントの治癒力を信じることです」であった。」」(148p)

また、角野氏の文章の中で印象に残る記述があった。それは親鸞が師の法然について語った歎異抄の抜粋だ。「たとい、法然上人にすかされまいらせて、念仏して地獄におちたりとも、さらに後悔すべからずそうろう」(150p)。これは角野氏が河合氏を師として信ずるに至った文脈で出てきた言葉だ。明恵を取り上げた論考やユング心理学と仏教を取り上げた論考など、河合氏の著作からは僧侶の面影を感じることが多い。角野氏の記述はまさにそれを裏付ける。

伊藤良子(京都大学名誉教授)氏による「河合隼雄の心理療法」は、河合氏の膨大な論考のうち、イニシエーションとコンステレーションについて解説している。それぞれ通過儀礼と布置という言葉が対応する。通過儀礼の重要性についてはいまさら言うまでもない。日本で行われる卒業式や成人式は、すでにセレモニーですらなくなりつつある。今の日本の若者は、壁にぶち当たる経験が与えられにくい。だから、若者が壁にぶちあたる理由も場所もまちまちになっている。私がまさしくそうであった。そのため、自らの社会的な位置も見つけにくくなっている。リアルの友人、ネットの知り合い。さまざまなチャネルで、無数の集まりで、友人や知り合いの組み合わせは無数に作れる。それだけに、世に出てゆく若者は、自らの確かな立ち位置を見いだしにくい。私は自分の経験からもそう思っている。自由があるがゆえに不自由。外に向けて放たれているがゆえに、自分の心に縛られる。若者にとっては切実な問題だと思う。伊藤氏はそこに目をつけ、河合氏の考えを紹介したのだと思う。

ついで登場するのは、心理療法を専門としていない人々からの寄稿だ。

[河合隼雄という体験]
「対談:河合さんというひと」谷川俊太郎×山田馨
河合氏と毎年遊びのイベントで一緒だったというお二人。谷川氏は高名な詩人。山田氏は岩波書店で河合氏を担当していた編集者。そんな三人の間柄は、もともとは仕事での関係から始まったという。それがある時期を境に、仕事を抜きにした関係を構築したのだとか。仕事をきっかけに始まるプライベートな付き合いは、私もいくつか持っている。それはとても大切なことだと思う。そして、そうした関係を作りあげるのが、日本人はとても苦手なことも。ましてや、そうした関係を長年維持することはさらに難しい。それを長年続けた三人に、私は心からのうらやましさを感じる。そして、私ももう少しそうした付き合いを増やしていきたいと思った。人間関係の難しさと喜びを知っている私は、三人のような関係を構築したいと思う。

ここでは山田氏による編集者としての目から見たエピソードも登場する。河合氏の原稿に話し言葉が多く含まれ、それが編集者泣かせであることも印象的だ。また、涙もろく、講演中に号泣する河合氏のことも触れられていた事も心に刻まれる。本書の何人かの執筆者も、河合氏の涙もろさについては触れられておられた。そういえば私は物語や映画には泣かされるが、人との付き合いの中で涙を見せることはそうそうない。殻をかぶっていて、身構えた部分が残っているからだろうか。

「物語を生きる人間と「生と死」」柳田邦男。
有名なノンフィクション作家の柳田氏の著作を私は多分、まとまった書籍として読んだことがない。「死を日常の中から排除してしまった現代のジレンマという問題意識」(211)ページというとおり、柳田氏は河合氏の物語を重視する姿勢を、人の生き方の問題と捉えている。科学の論理に偏りすぎ、物語を忘れてしまった現代。柳田氏は危機管理という観点から、科学の危うさに警鐘を鳴らし続けてきた作家だと思っている。私も技術者の端くれとして、あらためて柳田氏の著作を読まねばと思った。

「河合先生との対話」佐渡裕
佐渡氏は有名な指揮者だ。そしてその立場から芸術を愛する河合氏の思い出を語っている。ページは三ページに満たない。だが、佐渡氏は貴重なエピソードに筆を割いている。舞台に臨む前、河合氏と撮った写真に触れていたという佐渡氏は、きっと河合氏から安心を受け取っていたのだろう。それは間接的に河合氏の器の広大さをしめしているに違いない。そんなことが読み取れる一編だ。

「私の「河合隼雄」」を寄稿した中鉢良治氏はソニーの副会長だ。ソニーは文化支援にも力を入れている。だから、文化庁長官の河合氏とはご縁も深かったことだろう。本編はソニーの社員研修に来た河合氏の講演から中鉢氏が得た気づきを、経営者の視点から取り上げている。それはもちろん、私にとっても有意だ。河合氏といえば無為の思想の提唱者でもある。中鉢氏もそのことを河合氏から教えられたようだ。
「河合さんはリーダーの本質を「積極的無為」であり「全力を挙げて何もしないこと!と喝破されていた」(224ページ)
こうした文章を読むにつけ、私自身がダメダメな経営者である事を思い知らされる。そもそも、自分で手を動かしてコーディングに励んだり、日々、営業に出かけている事自体、無為とは程遠い。私がその境地に至れる日は、果たして訪れるのだろうか。

[インタビュー]
ユング派河合隼雄の源流を遡る J.M.シュピーゲルマン(聞き手:河合俊雄)。
シュピーゲルマン氏は、河合氏が精神分析の世界に入るにあたり、最初に分析を行った方だという。河合氏の2年年上だというから、もうかなりのお年だ。その方が河合氏との出会いを振り返っている。本編を読むと、見知らぬ世界に飛び込み、そこで鍛えられた河合氏のすごさがわかる。

本書を読んであらためて思うのが、河合氏の人間としての幅だ。人に与えられた360度の可能性を限りなく使った人、と言ってもよい。そして、幅を広げながらも、それぞれの分野の可能性を深く追求した人だったのだなあと、自らの至らなさを比べて慨嘆する思いだ。それこそが河合氏の巨人たるゆえんだ。私が河合氏の域まで達するにはあと何万年、時間が必要なのだろうか。人生の短さと、残り少ない私の余生に暗澹とする。

[資料]河合隼雄年譜が巻末に付されているが、私自身の人生と比べてみても、その質の違いは明らかだ。

‘2018/07/26-2018/07/28


私の家では何も起こらない


本書は一軒の家についての本だ。ただし、家といってもただの家ではない。幽霊の住む家だ。

それぞれの時代に、さまざまな人物が住んでいた家。陰惨な出来事や代々の奇矯な人物がこの家で怪異なエピソードを紡いできた。そうした住人たちが残したエピソードの数々がこの家にさらなる怪異を呼び込み、さらなる伝説を産み出す。

本書は十編からなっている。各編はこの家を共通項として、互いに連関している。それぞれの編の舞台はばらばらだ。時間の流れに沿っていない。あえてバラバラにしている。バラバラにすることでかえって各エピソードの層は厚みを増す。なぜならそれぞれの物語は互いに関連しあっているから。

もちろん、そこには各エピソードの時間軸を把握した上で自在に物語を紡ぐ著者の腕がある。家に残された住人たちの思念は、無念を残したまま、その場をただよう。住人たちによっては無残な死の結果、人体の一部が残されている。人体に宿る思念が無念さを抱けば抱くほど、家には思念として霊が残る。この家の住人は、不慮の事故や、怖気を振るうような所業によって命を落として来た。そうした人々によるさまざまな思念と、そこから見たこの家の姿が、さまざまな角度でこの家を描き出し、読者へイメージとして伝えられる。

世にある幽霊屋敷とは、まさにこのようなエピソードと、残留した想いが作り上げて行くのかもしれない。不幸が不幸を呼び、思念が滞り、屋敷の中をこごってゆく。あまたある心霊スポットや幽霊屋敷とは、こうやって成り立ってきたに違いない。そう、読者に想像させるだけの力が本書にはある。冒頭の一編で、すでにこの家には好事家が集まってきている。彼らは、家主の都合など微塵も考えず、今までにこも屋敷を舞台として起こったあらゆる伝説や事件が本当だったのか、そして、今も誰も知らぬ怪異が起こっているのではないか、と今の持ち主に根掘り葉掘り尋ねる。迷惑な来訪者として、彼らはこの家の今の持ち主である女流作家の時間を容赦なく奪ってゆく。もちろん、こうした無責任な野次馬が幽霊屋敷の伝承にさらなる想像上の怪異を盛り付けてゆくことは当然のこと。彼らが外で尾ひれをつけて広めてゆくことが、屋敷の不気味さをさらに飾り立ててゆくことも間違いない。

たとえ幽霊屋敷といえど、真に恐るべきなのは屋敷でなければ、その中で怪異を起こすものでもない。恐るべきは今を生きている生者であると著者はいう。
「そう、生者の世界は恐ろしい。どんなことでも起きる。どんな悲惨なことでも、どんな狂気も、それは全て生者たちのもの。
それに比べれば、死者たちはなんと優しいことだろう。過去に生き、レースのカーテンの陰や、階段の下の暗がりにひっそりと佇んでいるだけ。だから、私の家では決して何も起こらない。」(26p)

これこそが本書のテーマだ。怪異も歴史も語るのは死者ではなく生者である。生者こそが現在進行形で歴史を作り上げてゆく主役なのだ。死者は、あくまでも過去の題材に過ぎない。物事を陰惨に塗り替えてゆくのは、生者の役割。ブログや小説やエッセイや記事で、できごとを飾り立て、外部に発信する。だから、一人しか生者のいないこの家では決して何も起こらないのだ。なぜなら語るべき相手がいないから。だからエピソードや今までの成り立ちも今後は語られることはないはず。歴史とは語られてはじめて構成へとつながってゆくのだ。

つまり、本書が描いているのは、歴史の成り立ちなのだ。どうやって歴史は作られていくのか。それは、物語られるから。物語るのは一人によってではない。複数の人がさまざまな視点で物語ることにより、歴史には層が生じてゆく。その層が立体的な時間の流れとして積み重なってゆく。

そして、その瞬間の歴史は瞬間が切り取られた層に過ぎない。だが、それが連続した層で積み重なるにつれ、時間軸が生じる。時間の流れに沿って物語が語られはじめてゆく。過ぎていった時間は、複数の別の時代から語られることで、より地固めがされ、歴史は歴史として層をなし、より確かなものになってゆく。もちろん、場合によってはその時代を生きていない人物が語ることで伝説の色合いが濃くなり、虚と実の境目の曖昧になった歴史が織り上げられてゆく。ひどい場合は捏造に満ちた歴史が後世に伝わってしまうこともあるはずだ。

しょせん、歴史とは他の時代の人物によって語り継がれた伝聞にしか過ぎず、その場では成り立ち得ないものなのだろう。

著者は本書を、丘の上に建つ一軒家のみを舞台とした。つまり、他との関係が薄く、家だけで完結する。そのように舞台をシンプルにしたことで、歴史の成り立ちを語る著者の意図はより鮮明になる。本来ならば歴史とは何億もの人々が代々、語り継いでいく壮大な物語だ。しかしそれを書に著すのは容易ではない。だからこそ、単純な一軒家を舞台とし、そこに怪異の色合いをあたえることで、著者は歴史の成り立ちを語ったのだと思う。幽霊こそが語り部であり、語り部によって歴史は作られる。全ての人は時間の流れの中で歴史に埋もれてゆく。それが耐えられずに、過去からさまよい出るのが幽霊ではないだろうか。

‘2018/07/24-2018/07/25


甲子園 歴史を変えた9試合


そろそろ夏の甲子園が始まる。本稿は百回記念大会が始まる前日に書き始め、百一回大会が始まる前日にアップした。

私の実家は甲子園球場に近い。なので、甲子園球場には幼い頃からなじみがある。長い夏休みを持て余す小学生には、高校野球の開催中の外野スタンド席は絶好の暇つぶしの場だった。最近でこそ有料になったと聞くが、私が子供の頃の外野席は無料だった。私の場合、外野スタンド席だけでなく、アルプススタンドにも無料で入ったことがある。長野高校の応援団にスカウトされ、応援団の頭数に入れられたのだ。全く縁のない選手たちに声援を送った経験はいまだに得難い経験だったと思っている。

また、私は甲子園球場のグラウンドにも入った。西宮市の小・中学生は、もれなく甲子園球場のグラウンドに入る機会が与えられるのだ。西宮市小学校連合体育大会、西宮市中学校連合体育大会は毎年行われ、グラウンドで体操やリレーを披露する。いや応なしに。私は都合四回、グラウンドで体操を披露したはずだ。

実際の選手たちが試合を行うグラウンド。そこに入り、広大な甲子園球場を見回す経験は格別だ。西宮市民の特権。私は初めて甲子園球場の中に入った時、高校野球の試合は何試合も見た経験があった。数え切れないほど。その中には球史でたびたび言及される有名な試合もある。

そうした経験は、私に甲子園に対する人一倍強い思いを持たせた。西宮市立図書館には野球史に関する本がたくさん並んでおり、子供の私は球史についての大人向けの本を何冊も読んだ。プロ野球史、高校野球史。だから、大正時代の名選手や昭和初期の名勝負。甲子園の歴史を彩る試合の数々は、私にとって子供の頃からの憧れの対象だ。

本書は、そんな私にとって久々の甲子園に関する本だ。内容はいわゆるスポーツ・ノンフィクション。雑誌の「Sports Graphice Number」で知られるような硬派な筆致で占められている。本書の発行元は小学館。Numberのようなスポーツ・ノンフィクションを出している印象はなかった。だから、こういう書籍が小学館から出されていることに少し意外な思いがあった。

だが、本書の内容はとてもしっかりしている。むしろ素晴らしいと言っても良い。本書は全部で9章からなっている。それぞれの章はそれぞれ違う執筆者によって書かれている。各章の末尾には執筆者の経歴が載っているが、私は誰も知らなかった。だが、誰が執筆しようと、内容が良ければ全く気にしない。

本書の各章で取り上げられる試合は、どれもが球史に残っている。

まず冒頭に取り上げられているのが、ハンカチ王子こと斉藤投手とマー君こと田中投手が決勝でぶつかった名試合。平成18年の夏、決勝。早稲田実業vs駒大苫小牧の試合だ。決勝再試合が行われたことでも知られている。この両試合をハンカチ王子は一人で投げぬいた。マー君は両試合ともリリーフの助けを借りたが、ハンカチ王子は一人でマウンドを守り、優勝を果たした。本編はハンカチ王子の力の源泉があるのかを解き明かしている。

本編にはハンカチ王子が鍼治療を受けていたことが描かれる。私はそのことを本書を読むまで知らなかった。プロに入った後、斎藤投手は今も鍼治療を受けているのだろうか。甲子園で名声を高めた斎藤投手のその後を知っているだけに、そのことが気になる。

本書は2007年に初版が出ている。当然、その後の両投手については何も書かれていない。マー君がニューヨーク・ヤンキースでローテーションの一員として活躍していること、ハンカチ王子が日本ハムに入団するも、芽が出ずに苦しんでいることも。

続いて描かれるのは、平成10年夏の決勝だ。横浜vs京都成章の試合。横浜の松坂投手が決勝でノーヒットノーランを59年ぶりに成し遂げたことで知られる。

本書が出版された後の松坂投手も浮き沈みのある野球人生を歩んでいる。西武ライオンズからレッドソックスに移籍し、ワールドシリーズでも優勝を果たした。ところが、日本に戻ってからはソフトバンクで三年間、一度も一軍で勝ち星を挙げられず、その翌年に拾われた中日ドラゴンズで復活を遂げた。本書ではレッドソックスに入団したところまでが書かれている。松坂投手の選手生活の成功を誰もが疑わなかった時期に描かれているからこそ、今、本編を読むと感慨が増す。

ところが本編の主役は京都成章の選手たちだ。決勝でノーヒットノーランを許してしまった男たちのその後の人生模様。これがまた面白い。それぞれが松坂投手のような有名人はない。だが、有名でなくても、人にはそれぞれドラマがある。どんな人の一生も一冊の小説になり得る。本編はそれをまさに思わせる内容だ。社会人野球、整体師、スポーツ関係のビジネスマン。高校時代の努力と思い出を糧に人生を生き抜く人々の実録。私がついに無縁のまま大人になり、今となっては永遠に得られない高校時代の死に物狂いの努力。だからこそ今、京都成章の選手たちに限らず、全ての球児がうらやましく思える。

続いては昭和59年夏の決勝。取手二vsPL学園。
わたしはこの試合、球場に観に行ったのか、それとも家で観戦したのか覚えていない。記憶はあいまいだ。わたしが最も甲子園観戦に熱中した時期は、この試合も含めたKKコンビの活躍した三年間に重なるというのに。PLがこの試合で負けた事は覚えている。この年の選抜も岩倉高校に負けたPL学園。だが、わたしの中ではこの時期のPL学園こそが歴代の最強チームだ。

それは、自分が最も高校野球にはまっていた時期に強さを見せつけたチームだから、ということもある。私がPL学園の打棒を目の当たりにしたのは、この翌年。昭和60年夏の二回戦の事だ。東海大山形を相手に29-7で打ちまくった試合だ。この試合、私は弟と外野スタンドで観ていた。そしてあまりの暑さに体調を崩しかけ、最後まで観ずに帰った。だが、打ちまくるPL学園の強さは今も私の印象に強く残っている。

その試合から30年ほどたったある日、私は桑田選手の講演を聞く機会があった。娘たちの小学校に桑田投手が講演に来てくれたのだ。巨人と西武に別れたKKコンビ。かたや巨人でケガに苦しんだ後、復活を遂げ、大リーグ挑戦まで果たした。かたや引退後、覚醒剤に手を出し、苦しい日々を送っている。清原選手については以前、ブログにも書いた。29-7で勝った試合では清原選手がマウンドに立つ姿まで見た。PL学園とはそれほどのチームだった。ところが今や野球部は廃部になっている。過ぎ去った月日を感じさせる思いだ。

昭和57年夏の準々決勝。池田vs早稲田実業。
私の中でPL学園がヒーローになった瞬間。それは池田高校を昭和58年夏の準決勝で破った時からだ。その大会でPLが打ち負かした池田高校は、私の中で大いなる悪役だった。なぜ池田高校が悪役になったか。それは、本章に書かれた通り。大ちゃんこと荒木投手を無慈悲なまでに滅多打ちにした打棒。それは、幼い私の心に池田高校=悪役と刻印を押すに十分だった。

アイドルとして甲子園を騒がした荒木投手のことは、幼い私もすでに知っていた。荒木投手のファンではなかったが、あれだけ騒がれれば意識しないほうが変だ。ちなみに私が初めて甲子園を意識したのはその前年のこと。地元の西宮から金村投手を擁して夏を制した報徳学園の活躍だ。この時、すでに荒木投手は二年生。この頃の甲子園は。毎年のように話題となる選手が私を惹きつけた。良き時代だ。

本編では早実と池田の数名の選手のその後も描いている。あの当時の早稲田実業、池田、PLの選手は、九人の皆が有名人だったといえる。だからこそ、その後の人生で良いことも悪いこともあったに違いない。著者は有名だからこそ被ったそれぞれの人生の変転を描く。当時のメンバーが年月をへて、調布で再び縁を結ぶくだりなど、人生の妙味そのものだ。

昭和49年夏の二回戦。東海大相模vs土浦日大。
この試合は私が生まれた翌年に行われた。この試合で対決した両チームの中心選手は、プロ野球の世界でも甲子園を舞台に戦う。原選手と工藤選手のことだ。工藤選手は1980年代の阪神タイガースの主戦投手としておなじみ。原選手はいうまでもなく甲子園でやじられる対象であり、今はジャイアンツの監督だ。

本章は原貢監督を抜きには語れない。この数年前に三池工を率いて夏を制した原監督。その性根には炭鉱町の厳しさが根付いている。この試合でサヨナラのホームを踏んだ村中選手もまた、炭鉱町を転々とした少年期を過ごした方で、今は東海大甲府の監督をされているという。土浦日大の村田選手の人生も野球とは縁が切れない。厳しさが敬遠される昨今、当時は普通に行われていたであろうスパルタ指導は顧みられない。だが、本編を読むとスパルタ指導があっての制覇であることは間違いない。その判断は人によってそれぞれだが、その精神までは否定したくないものだ。

平成8年夏の決勝。松山商業vs熊本工。
この試合が今の世代にとってのレジェンドの試合になるだろうか。ここで戦った二校は大会創成期から古豪の名を確かにしている。そんな二校が60年以上の時をへて決勝で戦う。しかもともに公立校。興奮しない方がおかしい。ところがこの頃の私は、甲子園から関心が離れていた。球児どころか自分の人生の面倒を見られずにさまよっていた時期。

当時の私には今と比べて圧倒的に時間の余裕があり、まだ甲子園の実家に住んでいた。なので、タイミングが許せば生でバックホームを見られたかもしれない。今さらいっても仕方がないが、私の人生自体が、本編で描かれた奇跡のバックホームのようなドラマを求めていた雌伏の時期だったこともあり、この試合は見ておきたかった。

直前のライト守備交代。そして直後の大飛球とバックホームによる捕殺。まさにドラマチック。バックホームの主役である人物は本編ではテレビ業界の営業マン。当時、両校を率いた名監督も既に他界、もしくは引退している。もう本稿を書いている今から数えても22年もの時がたっている。それは伝説にもなるはずだ。

昭和36年夏の準決勝。浪商vs法政二。
そう考えると、本編が取り上げたこの試合は、もはやレジェンドどころか歴史に属するのだろう。長い高校野球の歴史でも速球の速さでは五本の指に入ったと称される尾崎行雄氏。そして私が野球をみ始めた頃には、既に現役を引退する寸前だった柴田選手。両校が三期連続でぶつかり、どの大会も勝った側のチームがその大会を制したというから、並みのライバル関係ではない。

オールドファンにとっては今も高校野球で最強チームというと、この二チームが挙がるという。時代を重ねるにつれ、より強いチームは現れた。だが、屈指の実力を持つ二チームが同時に並び立ち、しのぎを削った時期はこの頃の他にない。この時期を知る人は幸運だと思う。宿命のライバルという言葉は、この二チームにこそふさわしい。二チームに所属するメンバーを見ると、私が名前を知るプロ野球選手が何人もいる。それほどに実力が抜きんでいたのだろう。それにしても、一度は尾崎投手の投げる球を生で見たかったと思う。

平成12年夏の三回戦。智辯和歌山vsPL学園。
これまた有名な対決だ。この時、私は既に東京に出て結婚していた。私が人生で高校野球から最も離れていた頃。だから本編で書かれる試合の内容にはほとんど覚えがない。この試合に出場していた選手たちすら、今や30代後半。この試合の出ていた選手の中でも、後年プロに進んだ選手が数名いるとか。だが、残念なことに彼らの活躍も私の記憶にはほとんどない。

当時の私は一生懸命、東京で社会人になろうとしていた。それを差し引いても、この頃の私が野球観戦から遠ざかっていたことは残念でならない。甲子園歴史館にはよくいくが、展示を見ていても、この頃の高校野球が一番あやふやだ。

昭和44年夏の決勝。松山商vs三沢。
冒頭に書いた通り、子供の頃の私は高校野球史を取り上げた本はよく読んでいた。その中で上の浪商vs法政二と並び、この決勝再試合は必ず取り上げられていたように思う。三沢のエースだった太田幸司氏は、プロ入り後、近鉄で活躍されており、プロを引退した後もよく実家の関西地区のラジオでお声は耳にしていた。無欲でありながらしぶとく勝ち進んだ背景に、基地の街三沢の性格があることを著者は指摘する。今の三沢高校には復活の兆しが芽生えているとか。

この試合は本書の冒頭に描かれたハンカチ王子とマー君による決勝再試合によって、伝説の度合いが薄れた。とはいえ、この試合もやはり伝説であることには変わりない。

本書が取り上げているのはこの9試合のみだ。だが、中等野球から始まる長い大会の歴史には他にもあまたの名勝負があった。春の選抜大会にも。そうした試合は本書には取り上げられていない。たとえば昭和54年の箕島vs星稜。江川投手が涙を飲んだ銚子商との試合。奇跡的な逆転勝利で知られる昭和36年の報徳学園と倉敷商の試合。そうした試合が取り上げられていない理由は分からない。取材がうまくいかなかったのか、その後の人生模様を描くうえで差しさわりがあったのか。ひょっとすると他の書籍でノンフィクションの題材になったからなのか。延長25回の激闘で知られる、昭和8年の中京商vs明石中の試合も本書には登場しない。私の父が明石高の出身なのでなおさら読みたかったと思う。

100回記念大会の開幕日。私は実家に帰った。観戦はできなかったものの、第四試合のどよめきを球場の外から見届けた。そのかわり、甲子園歴史館に入って大会の歴史の重みを再び感じ取った。明日、百一回目の甲子園の夏が始まる。

百回大会は金足農業の快進撃が大会を盛り上げ、今年も地方大会からさまざまなドラマが繰り広げられた。また、素晴らしいドラマが見られればと思う。私も合間をみて観戦したいと思う。

‘2018/07/23-2018/07/24


雀の手帖


著者の父君は明治の文豪、幸田露伴だ。尾崎紅葉と並び称され、当時の文壇を率いた活躍は紅露時代と名付けられ、日本文学史にしっかりと刻まれている。ところが私は幸田露伴の著作を読んだ事がない。何度か『五重塔』は読もうとした。だが、その度に文語調の文体に手を焼き、断念した。

そして本書だ。著者は文豪の娘であるが、その立場に安住しない。自らも作家として大家の中に伍している。父露伴を描いた諸作品を著し、エッセイの名手としても名を高めている。実は私は著者の文章を読むのは初めてだ。著者が書くエッセイの妙味を味わってみたくて本書を手に取った。

エッセイとは簡単なようで難しい。日記だけなら私もこの四、五年ほど、毎日Facebookにアップしている。ところがそれは日記でしかない。私は、たとえ”SNS”であろうとも、自分の書いた物にはエッセイのような一味を加えた味わいを出したい。そして自分がFacebookにアップする文章には過度なビジネス臭を漂わせたくない。そう思っている。普段、ビジネスに忙しくする中、自分の人生にどうやって変化をつけるか。しかも無味乾燥な事実の羅列ではなく、読むに耐える内容をつづれるか。これが難しい。日々の鍛錬を欠かすと、途端に文は乱れる。私が毎日Facebookに文章をアップする理由はこれだ。

さらなる文章の高みに至るにはどうすれば良いか。それは先人の著した文章を参考にすることだ。たとえば本書のような。私が本書を手に取ったのはエッセイの名手である著者の文体に触れるためでもあるし、エッセイを毎日記す営みの一端を知るためでもある。私はその本書によってその極意にほんのわずかだが触れる事ができたと思う。

その極意とは、読者の共通項に訴える事だ。読者といってもさまざまだ。住んでいる場所や性格、人生観が変わる違えば価値観も違う。ただ、読者に共通している事がひとつある。それは時間だ。季節の移りゆく時間。本書はここに焦点をあてている。それがいい。

本書の内容は昭和34年の元旦から100日間、西日本新聞の紙面に連載された文章が元になっているという。日々のよしなし事や作者の目に映る百日間の世間。著者はそれを毎日筆にしたため、本書として成果にした。発表した媒体こそ西日本新聞、つまり九州の読者に向けて書かれているが、著者が住んでいるのは東京。つまり、本書は西日本と東京に共通した歳時記として記されている。

季節の移ろいは、日本の東西南北の各地で多彩で豊かな顔を見せる。だが、極端な違いはない。さらに、季節が見せる変化は、少々の時代が違っても変わりないと言っても良い。例えば本書が書かれた六十年後の今も、本書で描かれた当時の歳時の描写は理解できる。そこに共通しているのは、日本の風土なのだから。日本の東西に共通する季節の様子をおろそかにせず描いたからこそ、本書はエッセイとして成り立ち、六十年後にも生き残っている。ただし、そのためには折々の文化、事物への豊富な知識が必要だ。私にはそれが足りない。普段の生活から季節感を感じ取るにはアンテナの感度も足りない。

また、知識として歳児を知るだけでは足りない。それだけでは弱いのだ。日々の季節の出来事だけなら、私が日々アップする日記にも時々登場させている。それ他に本書をエッセイとして完成させているのは味わいだ。著者の独特の視点が文中に出汁を効かせている。さらに、独特の文体が複雑で深みのある味わいを出している。

本書の解説で作家の出久根達郎氏が書いているが、著者の文体には魅力がある。私もそれに同意する。特に擬態語と擬音語の使いかたに特徴がある。私もさまざまな本を読むが、著者が繰り出す表現は、本書でしか見た事がない。この斬新な言い回しが本書の記述に新しい感覚を与えている。

ただ、正直に言うと、本書には退屈な所もある。それは仕方ない。なにしろエッセイだ。著者の身の回りにそうそう劇的な出来事ばかり起こるわけではない。身の回りのあれこれをしたためている以上、退屈な描写になってしまうこともある。そもそも昭和34の日本の暮らしは、現代から見ると刺激に富んでいるとはいい難い。そんな素朴な描写の中、随所に挟まれる新味の表現が本書のスパイスとなり、読者を引きつける。

日によっては変わり映えのない題材を取り上げているにもかかわらず、そうした日には身の回りの些事を描いているにもかかわらず、著者は百日間、エッセイを書き続ける。それが素晴らしい。

昭和34年の日本。それは今の世から見るとすでに歴史の一部分だ。先日退位された上皇夫妻の結婚式があり、日本経済は来たる東京オリンピックに向けて高度成長のただ中にあった。もはや戦後ではないといわれた日本の成長の中、かろうじて明治大正、戦前の素朴な日本が残っていた時期でもある。そのような時期に著者のエッセイは、父露伴から受け継がれた明治の日本をかろうじて書き残してくれている。実は退屈に思える日々の描写にこそ、本書の資料的な価値はあると思う。

また、著者は当時、徐々に社会に浸透し始めたテレビ文化の発信者でもあった。本書には、当時、テレビに出演する機会があったエピソードにも触れられている。当時にあっては著者の立場は先進的であり、本書が決して懐古的な内容でないことは言っておきたい。徐々に戦後の洋式化しつつある文化を受け入れつつあった日本の世相が存分に記されているのも本書の良さだ。

今の私が日々、SNSにアップする内容は、果たして後世の日本人が平成から令和に切り替わった今の日本を書き残しているだろうか。そうしたことを自問自答しつつ、私は日々のSNSへのアップを書きつづっていきたいと思う。

‘2018/07/20-2018/07/21


ワールドカップ


サッカーのロシア・ワールドカップが終わった。総じてよい大会だったと思う。その事は好意的な世評からも裏付けられているのではないか。私自身、ロシア・ワールドカップは今までのワールドカップで最も多くの試合を観戦した大会だ。全部で十数試合は見たと思う。

私がサッカーのワールドカップを見始めたのは、1990年に開催されたイタリア大会からだ。それ以来、三十年近く、八回のワールドカップを見てきた。その経験からも、ロシア・ワールドカップは見た試合の数、質、そしてわれらが日本代表の成長も含め、一番だと思っている。

総括の意味を込め、大会が終わった今、あらためて本書を読んでみた。本書が上梓されたのは、1998年のフランス大会が始まる直前のことだ。フランス大会といえば、日本が初出場した大会。そして若き日の私が本気で現地に見に行こうと企てた大会でもある。

最近でこそ、ワールドカップに日本が出場するのは当たり前になっている。だが、かつての日本にとって、ワールドカップへの出場は見果てぬ夢だった。1998年のフランス大会で初出場を果たしたとはいえ、当時の日本人の大多数はワールドカップ自体になじみがなかった。2002年には日韓共催のワールドカップも控えていたというのに。本書は当時の日本にワールドカップを紹介するのに大きな役割を果たしたと思う。

本書を発表した時期が時期だけに、本書はブームに乗った薄い内容ではないかと思った方。本書はとても充実している。薄いどころか、サッカーとワールドカップの歴史が濃密に詰まった一冊だ。1930年の第一回ウルグアイ大会から1994年のアメリカ大会までの歴史をたどりながら、それぞれの大会がどのような開催形式で行われたのか、各試合の様子はどうだったのか、各大会を彩ったスター・プレーヤーの活躍はどうだったのかが描かれる。ワールドカップは今も昔もその時代のサッカーの集大成だ。つまり、ワールドカップを取り上げた本書を読むことで、サッカースタイルの変遷も理解できるのだ。本書は、ワールドカップの視点から捉え直したサッカー史の本だといってもよい。

ワールドカップの歴史には、オリンピックと同じような紆余曲折があった。例えば開催権を得るための争いもそう。南米とヨーロッパの間で開催権が揺れるのは今も変わらない。だが、当初は今よりも争いの傾向が強かった。そもそも第一回がウルグアイで開かれ、そして開催国のウルグアイが優勝した事実。その事は開催当時のいびつな状況を表している。当時、参加する各国の選手の滞在費や渡航費用を負担できるのが、好況に沸いていたウルグアイであったこと。費用が掛からないにもかかわらず、船旅を嫌ったヨーロッパの強国は参加しなかったこと。それが元で第二回のイタリア大会は南米の諸国が出なかったこと。特に当時、今よりもはるかに強かったとされるアルゼンチンが、自国開催を何度も企てながら、当初は隣国の大会に参加すらボイコットしていたこと。

他にもまだある。サッカーの母国と言えばイギリス。だが、イギリス連邦の四協会(イングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランド)は母国のプライドからワールドカップへの参加の必要を認めていなかった。実際、開催からしばらくの間、ワールドカップに発祥国イングランドの諸国は参加していない。上記の四協会は、今もフットボールのルール改正に大きな権限を持っている。ところが、当時はそもそもFIFAにすら加入していなかった。それ以後もなんどもFIFAへの脱退と再加入を繰り返し、サッカーの母国としてのプライドを振りかざし続けた。そんな歴史も本書には描かれている。

つまり、ワールドカップの歴史の始まりには、さまざまなプライドや利権が付いて回っていたのだ。世界の主要なサッカー強国が初めてそろったのが1958年のスウェーデン大会まで待たねばならなかった事実は、サッカーの歴史の上で見逃してはならない。

本書の読みどころは他にもある。サッカースタイルの象徴である選手の移り変わり。なぜ、ブラジルのペレが偉大だといわれるのか。それは彼が1958年大会で鮮烈なデビューを飾ったからだ。当時、サッカー界を席巻していたのは1950年初頭に無敵を誇り「マジック・マジャール」と呼ばれたハンガリー代表だ。その中心選手であるフェレンツ・プスカシュ。彼は当時の名選手として君臨していた。しかし、プスカシュはサッカーの王様とは呼ばれない。また、レアル・マドリードの五連覇に貢献したディ・ステファノも当時の名選手だ。ペレやマラドーナ、その他の世界的スターからサッカーのヒーローとして今も名前が挙げられ続けるディ・ステファノ。しかしディ・ステファノもサッカーの王様とは呼ばれない。それだけ、1958年のペレの出現は、当時のサッカー界に衝撃を与えたのだ。ワールドカップが初めて世界的な大会となった1958年の大会。真の世界大会で彗星のように現れたペレが与えた衝撃を超える選手が現れるまで、サッカーの王様の称号はペレに与えられ続けるのだろう。

1958年大会以降、サッカーは世界でますます人気となった。そして、その大会で優勝したブラジルこそがサッカー大国としての不動の地位を築く。しかし、1966年のイングランド大会では地元イングランドが地元の有利を活かして優勝する。1978年のアルゼンチン大会でも開催国アルゼンチンが優勝した。著者はそうした歴史を描きながら、開催国だからと言って、あからさまなひいきや不正があったわけでないこともきちんと記す。

その一方で、著者はつまらない試合や、談合に思えるほどひどい試合があったこときっちりと指摘する。この度のロシア大会でも、ポーランド戦の日本が消極的な戦いに徹し、激しい論議を呼んだのは記憶に新しい。そのままのスコアを維持すると決勝トーナメントに進むことのできる日本が、ラスト8分間で採ったボール回しのことだ。だが、かつての大会では、それよりもひどい戦いが横行していた。予選のリーグ戦ではキックオフに時間差があり、他の会場の試合結果に応じた戦い方が横行していた。特に1982年大会。1982年のスペイン大会といえば、幾多もの名勝負が行われたことでも知られる。だが、その中で西ドイツVSオーストリアの試合は「ヒホンの恥」と呼ばれ、いまだにワールドカップ史上、最低の試合と呼ばれている。

そして1986年のメキシコ大会だ。神の手ゴールや“五人抜き “ ゴールなど、マラドーナの個人技が光った大会だ。当時の私にとっても、クラスメイトの会話から、生まれて初めてサッカーのワールドカップの存在を意識した大会だ。私が実際にワールドカップをリアルタイムで見るようになったのは冒頭にも書いた1990年のイタリア大会だ。だが、本書でも書かれているとおり、守備的なゲームが多かったこの大会は、私の印象にはあまり残っていない。

守備的な試合が多かったことは、1994年のアメリカ大会でも変わらなかった。だが、私にとってはJリーグが開幕した翌年であり、今までの生涯でも、サッカーに最もはまっていたころだ。夜中まで試合を見ていたことを思い出す。

そして1998年だ。この大会は冒頭に書いたとおり、私が現地で観戦しようと企てた大会だ。初出場の日本は悔しいことに一勝もできず敗れ去った。そして、その結果は本書には載っていない。

だが、本書の真価とは、初出場する日本にとって、ワールドカップが何かを詳しく記したことにある。それまでのワールドカップの歴史を詳しく載せてくれた本書によって、いったい何人の日本人サッカーファンが助かったことか。本書はまさに、語り継がれるべき名著だと思う。

本書がよいのは、ワールドカップをゲーム内容だけでなく、運営の仕組みまで含めて詳しく書いていることだ。ワールドカップが今の形に落ち着くまで、どのように公平で中立な大会運営を目指して試行錯誤してきたのか。その過程がわかるのがよい。それは著者が政治学博士号を持っていることに関係していると思う。組織論の視点から大会運営の変遷に触れており、それが本書を通常のサッカー・ジャーナリズムとは一線を画したものにしている。

本書には続編がある。そちらのタイトルは「ワールドカップ 1930-2002」。私はその本を2006年に読んでいる。2002年の日韓ワールドカップの直前に、1998年大会の結果を加えて出されたもののようだ。私はその内容をよく覚えていない。それもあって、2002年の日韓共催大会の結果や、その後に行われたドイツ、南アフリカ、ブラジル、ロシア大会の結果も含めた総括が必要ではないかと思うのだ。参加国が拡大し、サッカーがよりワールドワイドなものになり、日本が出場するのが当たり前のようになった今、本書の改定版が出されてもよいと思うのは私だけだろうか。

‘2018/07/18-2018/07/20


直感に刺さるプレゼンテーション


私が読んできたかぞえきれないほど多くの本。それぞれの本にはきっかけがあり、思い出がある。それが印象的であればあるほど、その本は記憶に残る。本書もそうした本の一冊だ。なにしろ、著者の目の前で入手したのだから。今までにもサイン本を手に入れたことはあるし、私の知り合いには本を書く方も何人かいる。だが、著者自身から本を贈呈されたことはない。ところが本書を手に入れたのはまさに著者の目の前。それは私にとって初めての経験だ。

本書を入手したのは、Prezi Night Tokyo Ⅶにおいてだ。このイベントに、私は登壇者ではなく、一人の観覧者として参加した。Prezi Night Tokyo Ⅶでは三名のプロの方がPreziを使ったプレゼンテーションを披露してくださる他に、参加者有志によるLightning Talkの場が設けられていた。たびたび仕事でプレゼン(テーション)を行う私にとって、そのどれもが参考になった。そうした実例の数々を見られただけでも、Prezi Night Tokyo Ⅶには参加したかいがあったと思う。

Prezi Night Tokyo Ⅶに登壇した三名のプロのうち、著者は二番目に登壇した。「prezendouのプレゼン百鬼夜行」と題されたそのプレゼン。どこかで聞いたことがあると思ったら、トイロハで連載されていた。私も以前、トイロハでは連載していた。私も著者の連載は何度か拝見した覚えがある。今回、著者ご自身によるプレゼンを拝見できたことはとても良い学びとなった。登壇の内容は、プレゼン初心者が陥りやすい罠を百鬼夜行の各妖怪になぞらえたもの。preziの使い方、プレゼンの経験則など、さすがというべきツボを押さえていた。

Prezi Night Tokyo Ⅶの最後を盛り上げたのはじゃんけん大会だ。景品にはTシャツやパーカー、ステッカーの他に、登壇者によって書籍が提供されており、どれもが欲しくなる魅力を持っていた。ところが、こうしたイベントで私は勝ったためしがない。今回も早々に敗退するものと思っていたら、あれよあれよと勝ち残り、景品を選べる立場を得た。景品として出された中の一冊に本書はあり、著者のプレゼンに感銘を受けた私は、Tシャツやパーカーには目もくれず本書を選んだ。

本書は手に入れてすぐ読んだ。大抵の本は積ん読の山に埋もれるが、本書は別。鉄は熱いうちに打て、だ。Prezi Night Tokyo Ⅶの翌日、学んだ知識が熱いうちに本書を手に取った。そして期待に違わず、本書はとても私のためになった。

プレゼンの極意を文章で表すのは容易ではない。なぜならプレゼンとはスキルではなくセンスだからだ。私は本書を読むまでそう信じていた。Prezi Night Tokyo Ⅶに私を誘ってくれた情報親方は、プレゼンとはロジックだと教えてくれた。だが、そう教わってもなお、私は自分がプレゼンに不得手なのを、センスのせいにしていたように思う。ところが、本書はよく読んでみると、いたるところにロジックのかけらが垣間見える。ロジックで何とかなるプレゼンであれば、それはセンスではなくスキルだ。

本書は冒頭で、受け手に理解させるだけでは行動を引き起こせないことを説く。そのため、プレゼンで何をさせたいのかという目的意識をもたねばならない。そして感情を揺り動かすためには、ロジックだけでなく、もう一段上のアプローチがいる。そのためにもプレゼンにはイメージが必要というのが著者のメッセージだ。本書には図版がふんだんに使われている。

ただ、イメージも使い方によっては逆効果にもなる。そして、イメージだけでプレゼンターの意図をそのまま受け手に効果的に伝えることは難しい。ここはまさにセンスの世界だ。そこで、イメージにテキストを加える。そうすることで、プレゼンにロジックが武装される。プレゼンである以上、曖昧なメッセージは逆効果。つまりテキストはロジックに沿ったストレートなメッセージであることが求められる。テキストはロジックの方向性を決める。さらに、テキストのメッセージに沿ったイメージやデザインを組み合わせることは十分にロジックの範疇だといえる。ただ、テキストの色合いやフォントの取り扱いを間違えると、受け手に誤った混乱を招く。これもまた、センスに関係ないロジックで取り扱える範囲だ。本書はそうしたことを豊富なテキストとイメージのサンプルでそのことを解き明かしてゆく。

本書を読んで、自分がまだまだと思ったこと。それはテイストを揃えることの重要性だ。イメージを揃える作業。これは簡単なようでいて、やってみるとなかなか難しい。ついつい多様なイラストレーターが描いたイラストでプレゼンを飾り立ててしまう。その結果、プレゼンからはまとまりが失われ、失注へとつながる。

まとまりのないプレゼンを駆逐するため、本書にはストーリー構造についての章が設けられている。プレゼンである以上、プレゼンを通してどういうアクションが行われるべきかについての一貫したストーリーが求められる。その分析はビジネスフローの分析に通ずるものがある。それはフローチャートであり、まさにロジカルな部分だ。別の章では聴き手との共通点をプレゼンに組み込む方法も解説されており、私はそこからも同じ知見を得た。私がより一層意識していかねば、と思わされた部分だ。

あと、私があっと思ったことがある。それは、スライドの冒頭とラストをおろそかにしていないか、という著者の指摘だ。特にプレゼンの最後によく見かける「ご清聴ありがとうございました」が無駄との指摘は耳が痛い。直近の私がやっていたことだからだ。次から改めなければなるまい。冒頭のスライドにもう一工夫を加える事もあわせ、実践しなければと痛感した。

本書を読んでいくと、センスの問題とあきらめていたことの多くがスキルで置き換えられることに気づく。ところが、スキルとはいえ、習得するのは容易ではない。本書を一度だけ読んだところでなかなか習得できない。センスとは、スキルを習得するためのコツや適正を指すのではないかとさえ思う。著者も本書の末尾では、繰り返す練習することが重要であると述べている。私もそうだと思う。なぜなら本書の極意をまだつかめたとはいえないから。私そして、私がプレゼンを行うようになってから、少しは上達してきているプレゼン技術も、まだ著者には到底及んでいないと思うから。

本書の最後にはMicrosoft Powerpointの使用法についてもテクニック付きで紹介されている。そこも参考になる。だが、私がPreziがきちんと扱えるようになるには、まだ時間が必要だ。ついついslide.comの簡易さに頼ってしまう。Preziはもう少し触ってみたいのに。プレゼンとは、センスだけでなく、スキルでまかなえる部分があると勇気づけられたのだから。

‘2018/07/14-2018/07/17


塚原卜伝


本書は、数年前に入手していた。入手したのは多分神奈川県立文学館でみた大佛次郎展で剣豪小説に興味を持ったからだと思う。わが家の蔵書に加わってから二、三年、本書は積ん読の山の中で出番を待っていた。

なぜこのタイミングで本書を読もうと思ったか。これには説明を加えなければならない。

本書が日の目を浴びたのは、鹿島神宮がきっかけだ。本書の前に読んだ『本当はすごい!東京の歴史』を読み、鹿島神宮の重みに感じ入った。そして、鹿島神宮へ行こうと思い立った。鹿島神宮の周辺で訪れるべき場所を探したところ、目に付いたのが本書の主人公である塚原卜伝だ。当然、墓や生誕地にも訪れたいと思った。となると、塚原卜伝の人となりをもう少し知っておきたい。そこで思い出したのが蔵書の中に埋もれていた本書だ。

本書を読み終えたのは鹿島へ向かう前日。なので、私が鹿島を訪れた時、塚原卜伝の生涯はある程度理解していた。そればかりか、鹿島が武の本拠といってよいことも。

私が鹿島に着いた時、夜はかなり更けていた。さっそく大鳥居から楼門まで歩いてみたが、深閑とした森の奥からは、剣道の稽古と思しき気合いの掛け声が聞こえてくる。鹿島が塚原卜伝を輩出した武の地との本書から得た知見が実感として迫る。鹿島に塚原卜伝あり、を早々に思い知らされた。塚原卜伝を産んだ風土の風がいまだに残されている事も。

翌日、鹿島の周辺を巡った私は、想像した以上に塚原卜伝が鹿島の街で重んじられていることを知った。塚原卜伝のお墓は少し登った高台の崖に面している。そこから見た田園風景がとても心地よかった。お墓の前で手を合わせ、泉下の剣豪にあいさつも済ませた。また、鹿島神宮駅前に立つ銅像にも訪れた。鹿島神宮の境内には剣豪にちなんだ多くの名所があり、そこにも足を運んだ。

鹿島とは日本の東の端にある。そこから世に出た塚原卜伝は、日本の各地を旅と修行の中に歩いた。ちょうど近隣の佐原から出た伊能忠敬のように。藤原氏の祖である藤原鎌足もまた鹿島の出だという。つまり、鹿島とは人を旅立たせる外交の気に満ちているのかもしれない。

塚原卜伝とは、剣の達人であり、流派の創始者でもある。その剣は人を活かす剣ともいわれ、戦わずして勝つことを最善とする。つまり、人を殺めたり、凄惨な争いを避ける剣だ。そればかりでなく、人としての道を説くことに重きが置かれているという。それゆえに今でも鹿島では塚原卜伝が思慕され、顕彰され続けているのかもしれない。

塚原卜伝が生を享けたのは、戦国時代の始まりとも言われる応仁の乱が終わって十数年後だ。その頃はまだ、室町幕府の意向が諸国に行き届いており、諸大名の間で大規模な戦が行われることはなかった。

その後に訪れた桶狭間の戦いから関ヶ原の戦いに至る四十年間。その四十年間は、各国が戦いに明け暮れ、いきをつく暇もなかった。織田信長の動きに日本国が揺り動かされ、その跡を襲った徳川家康によって大勢が定まるまでの時期。国々か富国強兵に努め、雌雄を決する大規模な合戦があちこちで行われた。つまり、大名を頂点とした組織の論理が優先され、個人が自在に自己を研鑽できにくくなった時代だ。

塚原卜伝にしろ、上泉信綱にしろ、宮本武蔵にしろ、当時名前を上げた剣豪たちは、その四十年間の前後に活躍している。逆にいえば、剣豪たちが名を上げられたのは、軍隊という組織の論理に左右されなかったからだといえる。剣豪が剣豪でいられたある意味では幸せな時期。

だから、本書で描かれる卜伝の歩みには組織の論理が希薄だ。殺伐としてはいるが、組織によって行動が左右されない。己の剣を磨き、諸国修行に明け暮れられる。それはまさに私の望む人生観である。読んでいてとても心地よい。

よくよく考えてみると、個人が組織の論理に飲み込まれる前の時期を描いた時代小説は珍しいかもしれない。そうした時期を象徴するのが、本書で描かれる足利将軍家だ。三好軍や細川軍の動向に右往左往し、京を慌ただしく逃げ出し、そして庇護者を見つけてはひそかに舞い戻る。

腰の定まらぬ将軍家に剣の腕を見込まれ、護衛につく卜伝は、将軍家の動きに合わせてあちこちをさすらう。それに合わせて本書の舞台も日本各地を転々とする。

なお、卜伝に関しては、さまざまな伝説が語られている。そうした挿話は本書には登場しない。例えば、宮本武蔵が家に殴り込んできたとき、持っていた鍋の蓋で刃を受け止めたこと。「無手勝流」の由来となった、決闘の場で島に船をつけ、逸って島に降り立った相手を残して悠然と漕ぎ去っていったこと。武者修行と称して総勢数十名のお供のものを引き連れたことなど。最初の挿話はそもそも生年が重なっておらず、本書は取り上げないし、残りの二つも著者は取り上げるまでもないと判断したのだろう。そもそも本書は卜伝の後半生は描いていない。

もちろん、本書は神宮の杜で卜伝が一の太刀を会得する事や、立ち会い試合で一の太刀で池田真龍軒を屠る場面など、武芸者としての卜伝も存分に描かれる。梶原長門との一件も。だが、それと同じぐらい本書には、道を極めんとする卜伝の姿が描かれる。中でも卜伝が詠んだとされる百首の連歌はこの句で締められ興味深い。

学びぬる心にわざの迷いてや
わざの心の又迷うらん(347ページ)

卜伝は諸国修業の末、全てが剣の道に通ずることを悟る。諸国でさまざまな人物と出会う。その中には、己の腕を見込み、頼ってくる若輩もいた。その若輩はのちに川中島合戦で名を轟かせる山本勘助の若き日の姿。また、上泉秀綱との交わりなども描かれる。孤高になりやすい剣の人でありながら、人との縁に恵まれる。それもまた、組織のしがらみの弱い時代のおおらかさ故だろうか。

なかでも、卜伝が若き日に救った玉路が宿す美少女の面影は、とうとう卜伝を剣の魔界から逃れさせた。人の弱さを存分に知り、人の交わりのありがたみを知ったこと。そして、時代が個人の生きる道を用意していたこと。そうした幸運が卜伝を独自の剣の境地に高めたのだろう。

迷いなし。その境地こそ、あらゆる価値観が錯綜する現代に必要なものではないか。私は鹿島への旅でその大切さを知った。

‘2018/07/13-2018/07/14


本当はすごい!東京の歴史


数多くの本を読んでいると、本の内容に感化されて旅に出ることも二度や三度ではない。本書を読んだ際もそう。本書を読んですぐ、私は鹿嶋神宮を訪れた。

結果としては、本書を読んだことでよい気づきが得られた。ところが当初、本書の内容には期待していなかった。本書を読んだ理由はただ単に長年住み、仕事の場としている東京のことをより知ろうと思っただけに過ぎない。それに加えて本書を読み始めたとたん、関東こそが日本の文化や歴史の起源であるという主張が飛び込んできたのでさらに鼻白んでしまった。本書を読み始めた頃、私は本書を眉に唾を付けて読んでいた事を告白する。

私は西日本の生まれだ。両親ともに福井をルーツとしている。福井の病院で産声をあげ、両親が家を構える甲子園に移ってからは、二十数年を過ごした。家のすぐ近くにはタイガースと高校野球の聖地である甲子園球場が控ええ、うどん、タイガース、関西弁、粉モンの文化にどっぷり浸かって育った。そうした文化を生み出した関西が日本文化の揺籃の地と信じて疑わなかった。飛鳥の都からから難波宮、平城京、恭仁京、長岡京、平安京、福原京。歴代の都はすべて関西にあり、そこで栄華を誇って来た。仁徳天皇陵や大阪城は今も雄大な姿を見せ、関西の文化的な豊饒さを象徴しているかのよう。

そうした土壌に育った上、歴史の授業でも日本史の舞台が関西であることを学ぶ。連綿と続いてきた日本の歴史の積み重ね。その地に住んでいると、文化や伝統を日常のものとして無意識に受け取って育つ。そうして、日本の文化や歴史の主流が関西にあるという観念が定着してゆく。

ところが本書は日本の歴史を東国から捉え直す。日本書記に書かれた神々の国産み神話を除けば、そもそも日本の歴史とは高天原から天孫降臨した神々の裔が高千穂から東へ征服に向かったことに端を発する。本書はその高天原こそが鹿嶋にあったという。実際に鹿嶋には今も高天原という地があるという。私も本書を読んですぐ、実際にその地を確認してきた。実際に高天原という地名をみて、思わず感動してしまった。

本書を読むまで、私は鹿嶋に高天原があることを知らなかった。ところが本書からその事実を教えられ、わが目でも目撃した。ということは、高天原が鹿嶋にあった、つまり日本のそもそもが東から興ったと説く本書の記述にも信ぴょう性が感じられる。あながちトンデモ説とはいえないのだ。

そうなると、弥生や縄文といった時代区分の由来が東京にあることも、本書の主張を補強しているように思える。巨大遺跡といえば仁徳天皇陵や羽曳野のあたり、奈良盆地のそれが頭に思い浮かぶ。だが、東京にも遺跡は多く点在している。さいたまの古墳群や大森貝塚に代表されるように。それはすなわち、当時の東国に人口が多かったことの証拠でもある。

人口が多かった事実は、文明の発展にも関係する。その時、富士山の存在が人々の信仰心を向かわせたことも否定する論拠は見当たらない。著者は富士山を天上、つまり高天原と見立てる。富士山が見える範囲で東の端に位置するのが鹿嶋神宮、西の端に位置するのが伊勢神宮という新鮮な論が展開されるが、それにも説得されそうになる。平安時代に編まれた延喜式神名帳では、神宮の名が付く神社は伊勢神宮、鹿嶋神宮、そして香取神宮の三つしかないとか。香取神宮も鹿嶋神宮に近い場所にある。その二つの神宮が鎮座する地こそ常陸の国。つまり常世の国だ。そしてそれらに共通するのは富士山が見える範囲にあるということ。

本書の中心的な論点は、富士山にある。富士山こそは宗教的なシンボルでもあり、古来から高天原に擬せられてきたのではないかと著者はいう。富士山こそは西日本にはない日本のシンボル。著者の論の芯を貫くこの事実は揺るぎない。

ところが、本書で著者が唱える説には2つ大きな難関がある。一つは、なぜ東征軍が出雲を攻め、大和に入るにあたり、鹿嶋から高千穂を経由する道筋をたどったのか、という疑問。もう一つはなぜ古代と中世までの東国は、本邦の歴史では脇役に過ぎなかったのかの理由だ。

最初の点について著者は、当時の出雲に大国主命系の勢力があり、その巨大な勢力を最初に征服するため、九州から上陸したのではないかと説く。そこで重要になるのが鹿嶋と鹿児島の地名の相似だ。鹿島立つという言葉があるように鹿島から出立した東征軍が、高千穂に向かう際にまず上陸したのが鹿児島ではないか。その二つの地名には共通する語源が隠れているのでは、という著者の論にも蒙を拓かれた思いだ。

ただ、もう一つの難関について、著者は説得力のある論点を提示していない。まさにそれこそが重要なのに。この点こそ、私が本書で一番残念に思った点だ。

だが、理由はなんとなく想像がつく。古来から富士山が何度も噴火してきたことは周知の事実だ。地震もそう。つまり、日本のシンボルであるはずの富士山はシンボルでありながら、東国にとっては天変地異の象徴だったのだ。降り積もる火山灰や地震による災害。東国は文化や歴史の伝統となるには、あまりにも天災に苦しめられすぎてきたのだ。それが、東国を文化や歴史の中心から遠ざけたのではないか。ところが本書では関東ローム層の由来には触れていながら、富士の噴火による天災の被害については全く触れていない。なぜ著者がその点に触れなかったのか理解に苦しむ。私のような素人でも簡単に思いつくのに。

関東が東征の出発地だったと言う論点は新鮮。とても勉強になる。なのになぜ富士山の噴火や関東で頻発した地震には触れなかったのか。その理由は全く分からない。本書と著者のためにも惜しいと思う。

本書は、以降の各章でも東国の歴史を描き出す。古墳の時代、中世、武士の活躍した平野の様子。家康によって開発された首都としての江戸と、世界一の規模を誇る都市に繁栄した江戸。幕末の動乱をへて、天子を擁して文字通り日本の首都となった東京から現代の東京の様子までを概観する。

著者は東国を持ち上げながら、今の世界的な大都市となった東京については非常に厳しい。都市計画の失敗や、西洋を真似たような街づくりの思想など、今の東京に対する不満をつらつらと列挙する。都市としての繁栄を極めたかに見える今の東京は、著者にとっては逆に不満の対象であるところが面白い。

つまり、著者にとっては西日本に対する東日本の優位を示すといった瑣末な事はどうでもよいのだ。本書は日本の文化や歴史の発端が東にあったことを主張することに本旨がある。従来の定説とは違い、世間にはまだまだ受け入れられていない著者の説。それを世に問わんとする著者の意志は分かる気がする。そして著者の意志を割り引いても、本書で書かれた内容からは著者が自らの論を主張するための牽強付会の匂いは漂ってこない。それは本書のためにも擁護しておきたい。

だからこそ、藤原氏の初代鎌足が鹿嶋の出身だったことや、平泉で武家の文化が栄えたこと、鎌倉に幕府が開かれたことなど、歴史の所々で東が西を凌駕した理由にも納得がいく。さらに、水戸光圀が大日本史の編纂事業をしじし、それが幕末には尊王攘夷の先鋒としての水戸藩の存在感の発揮につながったことなど、日本の歴史の要所に常陸が登場することに得心がいく。日本の伝統を復興しようするうねりが鹿嶋神宮の近隣から起こったことは、そうした伝統に立脚した故あることなのだろう。鹿嶋の土壌で育った尊王攘夷の思想を薩摩、つまり鹿児島が受けつぐ。そんな著者の指摘する因果すら、こじつけには思えなくなる。

このように、本書が示す気づきは実に豊かだ。私は本書によって鹿嶋神宮を訪れなければならないと思い、すぐに実行した。ただ、本書の内容が実りあればあるほど、東京には根本的な都市としての欠陥があるように思えてならない。その欠陥とは、天災に弱いという一点に尽きる。著者が意図したのかどうか分からないが、その事実が本書からは綺麗に抜けている。ある時期から江戸を中心とした東国は、日本の歴史の中で傍流に置かれる。その理由こそ、度重なる天災にあったことは間違いないはずなのに。

公平を期する上でも、そのことにはぜひとも触れて欲しかったと思う。なぜなら、今の繁栄を謳歌する東京は間もなく潰えようとしているからだ。東海地震、首都圏直下型地震、富士山噴火。リスクは山積みだ。世界の首都の中でも飛び抜けて天災に弱いとされる東京。その事実は、住民の一人として見据えておかねばならないはず。なぜ、東京はこれだけの平野を擁しながら、日本の歴史では長らく坂東の地として辺境扱いされていたのか。その理由を世に知らしめる絶好の本こそ本書なのに。

現代の東京が天災の危険の上に薄皮一枚で乗っている。その事実はいまさら変えようもない。とはいえ、本書が示すように鹿嶋神宮が歴史で演じた重要性はいささかも薄らぐことはないはず。むしろ、鹿嶋神宮はもっともっと世に広く知られなければならない。私はそう思う。実際、鹿嶋神宮や剣術の達人である塚原卜伝のお墓など、鹿嶋を訪れたことはとてもよい経験と知見になった。その際、香取神宮に行かれなかったことが心残り。なので、もう一度行きたいと思っている。本書を携えて。

‘2018/07/09-2018/07/13


かくれスポット大阪


本書は大阪人権博物館ことリバティおおさかで購入した。リバティおおさかを訪れたのは、私の記憶が確かならば二度目のはず。前回の訪問は私がまだ学生の頃だった。あれから二十三年がたち、それなりに社会経験を積んだ私。だが、リバティおおさかとその近辺の風景から受けたこの度の印象は当分消えないだろう。

今回、リバティおおさかを訪れる前に南海汐見橋線の沿線を歩いた。汐見橋駅、芦原橋駅、木津川駅。これらの駅にはだいぶ以前にも訪れたことがある。その時はただひなびた田舎駅、という印象しか受けなかった。だが、久々に訪れた私の目に映ったのはまったく違うイメージだ。特に木津川駅から発せられていた荒廃のメッセージは非日常の極み。その強烈さは私に大いなる印象を刻みこんだ。

今の私は東京で暮らしている。都心も頻繁に訪れる。世界一ともいえる乗降客数を誇る新宿駅を筆頭に活気に満ちた駅の数々。それらの駅は頻繁に改築され、ゴールがないかのように洗練され続けている。私はまた、駅鉄と称して各地の駅をめぐっている。各地の駅を見て来て思うのは、過疎に悩む駅もそれなりの素朴さを身にまとっていることだ。寂れていてもそれが周囲の自然と調和していれば好感はもてる。私にとって駅とはその地の玄関口であり、その地の雰囲気を体現する存在なのだから。

だが、不遜と言ってよいほど見捨てられた木津川駅の風景。それは私の眼には異形の存在と映った。駅前には浮浪者がねぐらを確保しており、がれきが駅の出入り口のすぐ前に積まれている。寂れた工場があたりを覆い、疎外されたような粗末な民家が並ぶ。金網で意味ありげに囲われたスペースが駅前にあり、その空間が無言の圧迫感を与えてくる。乗降客はおらず、駅前には商店が皆無。住民すら通りがからぬ凍った街並み。

その衝撃も覚めやらぬまま、続いて訪れたのが近くの浪速神社。境内に何人もの浮浪者がねぐらを確保していた。ここは果たして神域なのだろうか、という疑問が私の心を通り過ぎる。あるいは神社とは歴史的にそうしたねぐらがない方へ場所を供する役割を果たしていたのかもしれない。私はたかだか四十五年の年齢しか刻んでいないので、神社の歴史には明るくない。だが、一つだけ言えるのは、私は他の神社で同じような光景を目にしたことがないことだ。かつての日本各地のドヤ街が、昨今は訪日外国人の宿として活気を帯びているという。その風潮からも取り残され、その活気から完全に見放されているようにみえる神社。私は続けざまの衝撃から立ち直れないまま、リバティおおさかを訪れた。

リバティおおさかは、二十三年前とは展示を一新していた。もちろん、前もって訪問者がアップしたブログでその事は知っていた。橋下元大阪市長が展示内容の見直しを指示したことも。事前に得た知識のまま、入ってすぐの「いのちを大切に」というメッセージに満ちた展示を見る。その内容が賛否両論の的になるのもわかる気がする。おそらくリバティおおさかの担当者も迷ったことだろう。差別を語るにはまず人は平等という思想を示す意図は分かる。だが、なぜ入ってすぐにあるのかが理解できない。

だが、奥に進むと被差別部落の歴史が豊富な資料やパネルで展示されている。その内容は人権博物館の名に恥じない。事前の情報から懸念していたような、あからさまな反日の精神を感じる事もない。在日朝鮮人や沖縄の人々が受けた差別。ハンセン病患者やいじめの被害者が被った不条理な扱い。館内にあるのは、差別に苦しめられた人々の苦しみの歴史だ。そうした人々は、統治のために設けられた階級という制度の犠牲者でもある。権力の都合によって社会の闇を押しつけられた煩悶の歴史。そこには、人間の闇の側面が反論を許さぬほど立ちこめている。

リバティおおさかの展示には、差別の問題について考えさせられる切実な何かがあると思う。確かに同和利権や逆差別、結果の平等を求めるあまり、行き過ぎてしまった運動はある。それらの団体が声高に訴える主張をうのみにしてはならない。だが、これからの未来に、同じような不幸な歴史を繰り返してはならないこともまた事実。私たちが次代の若者に伝えるべき知識は、リバティおおさかの中に蓄えられている。

知識を身につけるには、膨大なパネルの展示だけでは理解しきれない。さらなる勉強が必要だ。私はそう思い、ミュージアムショップに多数並べられている本を吟味した。そして本書を選んだ。ミュージアムショップにはもっとコアでディープな本も並んでいた。だが、旅行中の身としては、軽めなガイド本の体裁の本書が精いっぱい。

なお、「エレクトラ」のレビューにも書いた通り、私は被差別部落の現状には関心がある。だが、人と部落の関連には興味がない。言い換えれば、個人の出自が被差別部落にあるかどうかは全く興味がない。多分、実力が全てのビジネスの世界に長くいるからだろう。ビジネスの現場に相手の出自など関係ないのだから。

さて、本書は大阪のあちこちをエリア編とトピックス編に分けて取り上げる。エリア編では、大阪のあちこちを地区別に取り上げる。「道頓堀」「千日前」「日本橋筋」「釜ヶ崎」「新世界・飛田」「百済・平野」「北浜・太融寺」「天神橋筋」「舟場・北野」「中津」「京橋・大阪城公園」だ。そしてそれらの地に埋もれつつあるかつての部落の痕跡を紹介するのが本書の主旨だ。

私の大学の卒論は大阪の交通の変遷だった。なので、大阪の歴史には親しんできたつもり。だが、正直に言って本書に挙げられた各地域のうち、被差別部落との連想で覚えていたのは「釜ヶ崎」「新世界・飛田」ぐらいしかない。本書に挙げられた他の場所は私にとってはまったく思いもよらなかった。

だが、よく考えると芸能・興行系のそもそもの起源は河原者が関わっていたという。そう考えれば、道頓堀と千日前といった現代でも芸能・興行のメッカは、部落の痕跡が残されていてもおかしくない。また、千日前といえば私が大学生の頃によく呑み、よく歩き回った地だ。国内でも最悪の犠牲者数を出した千日デパート火災でも知られている。法善寺横丁も近隣の名所としてよく知られているが、そもそも千日前とは法善寺と今はない竹林寺がともに千日回向を行っていたことから名づけられたという。回向が行われたということは、死をつかさどる人々が生活していたことを示している。

あと、本書を読んで最も驚いたこと。それは日本橋筋がかつては大阪随一のスラム街だったことだ。電器店やサブカルショップが立ち並ぶ今の日本橋からはとても想像がつかない。私は日本橋にも大学時代に何度も訪れている。だからこそ、余計に自分の無知を思い知らされた。だが、考えてみるとこのあたりの雑然とした感じは、まさにその名残と言えないだろうか。南海本線と日本橋筋の間には、妙に道幅の広い道路があるが、そこもスラム街の名残なのかもしれない。

それと百済・平野も本書では取り上げている。私はこのあたりについての土地勘は薄い。だが、百済という地名には渡来人の影響がうかがえる。つまり、その後裔となる方々に何らかの関連があるのかもしれない。本書によれば平野川沿いに被差別民が住まわされていたとのことだ。私も車でなんどか通ったことがあるが、歩いたことはまだない。今はずいぶん街並みが観光客を呼んでいるそうだし、一度訪れてみたいと思う。

本書で取り上げられた地の中で、日本橋筋についで意外に思ったのが北浜・太融寺だ。この界隈は船場や大阪城のおひざ元のはず。ところがここにも被差別の傷跡は残っていたのだ。本書によればその遺跡とは、被差別民の住居ではなく、解放運動の本拠がこのあたりに置かれていたということだ。太融寺や愛珠幼稚園なども、解放運動の中で重要な位置を占めているらしい。こういった意外な関連が見つかるのが本書のよいところだ。

天神橋筋が取り上げられているのもまた思いのほかだった。ところが、本書によると被差別部落とは都市の外縁に生まれるもの。南の外縁が釜ヶ崎や西浜部落だとすれば、北の縁が天神橋筋の北端であり、舟場・北野であり中津なのだという。このあたりには霊園や監獄跡、福祉施設などが点在しているのだという。私は本書を読むまでそうしたことをまったく知らなかった。特に、天六といえばわが母校、関西大学の天六校舎があった場所。私もなんどか訪れている。天六といえば日本で一番長い商店街で知られる。華やかな繁華街にも違う側面があったこと。それを本書は教えてくれる。

また、中津が取り上げられているが、あのあたりを歩くと少し場末な雰囲気が街を覆っているのも事実。そういえば本書を読むきっかけとなったリバティおおさかを訪れた翌々日、三宮で飲んだ。その酒の席で、現在の中津がシャッター通りになっていると聞いた。かつての場所の痕跡が払拭しきれていないのだろうか。なお、本書で取り上げられているからといって、今その地で住んでいる方が被差別の民の後裔でないことはもちろんだ。念のため。

京橋・大阪城公園が挙がっているのも想定の外だった。戦中は造兵工廠があった場であり、そもそも大坂の中心であり、部落とはつながりにくい。ところが、本書にも紹介されていたアパッチ族が戦後に暗躍したのはこのあたりのはず。だが、鶴橋や桃谷のいわゆるコリアンタウンが本書に取り上げられず、京橋や大阪城公園が取り上げられたのは意外に感じた。鶴橋や桃谷はいわゆる部落としての性格をもっていないのだろうか。これは少し興味がある。

さて、エリア編で各地の痕跡を取り上げた後、本書はトピックス編にうつる。エリア編にはリバティおおさかがあり、私がうらぶれた様子に衝撃を受けた旧渡辺村、つまり西浜部落は登場しない。だが、トピックス編で取り上げられる5つのトピックスのどれもが西浜部落を舞台としている。5つのトピックスとは「食肉文化と屠場」「有隣小学校と徳風小学校」「四カ所と七墓」「皮革業と銀行」「なにわの塔物語」だ。

食肉文化が部落のなりわいに関連していることはさまざまなルポで知っていた。リバティおおさかのミュージアムショップにも興味深い写真集が売られていた。私も屠場は一度は見ておかなければ、と思っている。生から死の切り替わりが生々しく営まれる場所。普段、肉食を嗜む身としては直面しなければならない現実。私たちは屠場で生から強制的な死を余儀なくされた生き物の肉を美味そうに食う。かつて、木津川や今宮に屠場があったらしい。だが、今はそうした施設は郊外に移ってしまっているらしい。著者は屠場の収入の実態を研究している。屠場の収入は市の財政にも好影響を与えたそうだ。著者の研究は徹底している。その視点で、BSEや食中毒などの食肉をめぐる問題が発生する度、屠場に責任の一端がかぶせられる状況にも苦言を呈する。

「有隣小学校と徳風小学校」では、学校に行けない児童を助けるための福祉施設の歴史が取り上げられている。本書にも何カ所かコラムが載せられている。そのコラムの主旨はかつて大阪で活動した篤志家を顕彰することにある。そうした篤志家の方々の努力が少しずつ大阪を良くしてきたのだ。この項で取り上げられている二つの小学校も彼らの努力の一つ。「四カ所と七墓」のように、大阪市の発展の歴史の中で開発されて消えてゆく存在もある。大阪がよい方向に発展してほしいと思うばかりだ。

「皮革業と銀行」は、かつての大阪が今とは違う発展を遂げていたことを取り上げており、興味深い。かつて西浜地区では皮革業が盛んに営まれていた。そして、その繁栄は、JR芦原橋駅周辺にはかなりの銀行の支店を集めるまでになっていたという。現在のみずほ銀行やりそな銀行の前身の銀行の支店もあったとか。本書には七店舗ほどが紹介されている。ところが、今の芦原橋駅周辺にはゆうちょ銀行が一つある程度で、ほとんどの銀行は撤退してしまったという。その理由は本書には書かれていなかった。だが、なぜいなくなったのかは、今後の大阪の都市計画を考える上で重要な切り口ではないだろうか。

「なにわの塔物語」もそうだ。かつて大阪にはナンバを中心にさまざまな塔が高さを競っていた。通天閣が当時の威容を今に伝え、気を吐いている。被差別の地であったからこそ、思い切った開発もできた。最先端の技術をしがらみなく試すには格好の場所だったのだろう。

だからこそ、冒頭に書いたような木津川駅周辺の状況はなんとかならないものか、と思うのだ。その意味で今後の大阪の都市計画を占う上で重要な「なにわ筋線構想」が南海汐見橋線から新大阪駅に伸びるのではなく、南海の難波駅から伸びる方針に変わってしまったことは痛い。もし汐見橋線が再開発されれば、この辺りの痛々しい風景は一新されるはずなのに。

私は大阪にはあらゆる意味で元気になって欲しいと願っている。だからこそ、このあたりの風景は一新して欲しい。もちろん、過去の歴史をなかったものにすることはできない。過去の悲しい歴史は語り継がなければなるまい。そのためにもリバティおおさかのような施設はある。でも、歴史を語り継ぐのと、今の寂れた状況を放置するのは同じではないはず。今回のリバティおおさかとその周辺の訪問とそこで購入した本書は、私に大阪の都市開発についてのあるべき姿を教えてくれた気がする。

著者は本書の続編も出しているようだ。そこでは本書のトピックス編の続きとしてさまざまな施設への考察を行っているらしい。今度、機会を見つけて読んでみようと思っている。

‘2018/07/09-2018/07/09


火星に住むつもりかい?


平和警察なる、戦前の特高のような部署。その部署が幅を利かせる近々未来の日本。その部署は定期的に各地に出没し、その地の住民を徹底的に監視する。そして、公衆の面前でギロチン処刑を行い、人々を恐怖で縛り付ける。拷問という名のもとに行われる取り調べ。それは、本書内でも言及されるように、小林多喜二が虐殺された特高のそれを思わせる。平和の名が徹底的におとしめられるかのような完全なる悪。それが本書に描かれる平和警察だ。

今までの著者の作品は、悪がきっぱりとした悪として書かれていなかった。憎めない悪役が登場し、悪の側にもどこかでわずかな理を織り交ぜていた。物事を単純に書かず、気の利いたセリフにちょっとしたウンチクを混ぜることで、善と悪の二元論に陥ることを避ける。悪の側の言い分を描き、悪と善の境目を曖昧にする事で、物事を重層的にみる。そうした書き方によってモノの価値とは相対的であるに過ぎない、と主張して来たのが著者の作風だと思っている。

ところが本書は平和警察という絶対的な悪を描いている。それは私が読んできた著者の過去の作品にない新鮮な試みだ。

ただし、著者はここでもバランスを取ろうとする。平和警察の内部に本庁からの変わり者の専門捜査官を配することによって。その人物とは、特別捜査室に属する真壁捜査官だ。真壁は変わり者。平気で身内であるはずの平和警察の取り調べを拷問と言い放つ。平和警察のトップである薬師寺警視長にも平気で楯突く。警視長の神経を逆なでする。真壁を配することで平和警察の体現する悪が複雑な模様を帯びる。著者が描く悪は、やはり本書でもステレオタイプな悪ではなかった。画一で単純な悪を書かないことで、本書はより魅力的に彩られる。

それに対して立ち向かうのは黒いツナギを着た男。彼の行いは結果だけだと正義の味方のように映る。だが、実態は大きく違う。彼が成り行きで手に入れた武器。それを闇雲に取り扱ったらたまたまうまくいっただけ。絶対的な悪に対抗する正義のヒーローは、正義の味方でも何でもなくただの一般人に過ぎない。ここでも著者は徹底して善悪の二元の単純化を避けようとする。

こうなってくると、上に書いた絶対的な悪という見方も怪しくなってくる。むしろ、そう見せかけておいて、今までの著者の作品に見られたような、物事の本質を複雑な視点からみた一冊になっているのではないだろうか。

本書は三部構成になっている。そして、それぞれの部ごとに物語の視点が変わる。その切り替えも本書の視点に多彩さを与えている。真壁捜査官の口から折に触れて飛び出す蘊蓄。これもまたいい。彼は唐突に昆虫の生態を角度を変えて語る。そうすることで、昆虫の多様性を描き出そうとする。絶対的な悪の中にあって、異端児の真壁。組織に属しながら、異端児であっても仲間のいるはずの真壁が多様性をもちだす。それこそが本書の胆ではないだろうか。もはや悪も善も絶対的な価値観ではない、という考え。それが平和警察の形を借りて暗喩となっているのが本書だと思う。

しかも、三部のそれぞれで入れ替わる視点のどれでも絶対的な悪の化身として描かれる薬師寺警視長。そして真壁捜査官も本書の中ではあえて存在感を消して描かれる。真壁捜査官にいたっては、途中で退場してしまう。特定のヒーローもなければ、絶対的な悪役もいない。それこそが著者の狙いであり、人生観なのだろう。

だから、本書の帯に書かれていた文句
「この状況で
生き抜くか、
もしくは、
火星にでも行け。
希望のない、
二択だ。」

このセリフは、善悪の二元を謳う言葉どころか全くの逆なのだ。このセリフは苛烈な平和警察の圧政を批評するとある登場人物のセリフだ。多分編集部が意図して本編から抜き出し、帯に記したに違いない。読者のミスディレクションを狙っての。

そもそも、本書のタイトル「LIFE ON MARS」からして、デヴィッド・ボウイの名曲を意識していることは確か。その歌詞は、荒唐無稽でアヴァンギャルドな内容に満ちている。一切のよって立つ価値観を否定し、貶めている歌詞。そうである以上、その思想を意識した本書が、善悪の二元といった単純な書き方で終わるはずはない。

火星といえば、荒涼とした惑星。地表には複雑さを示すものがなにもない。単純すぎるがゆえに、そこに住まないか?と問いかけ自体がナンセンス。それは単純な地ー火星を単純な見方になぞらえたアンチテーゼ。この価値観こそ、本書の根本にあるのではないだろうか。

むしろ、平和警察という絶対的な悪のような組織を出すことで、読者に絶対的なものへ注目を集めようとしているかにみえる。そして、それを話の中で巧妙に否定しているからこそ、著者の狙いに気づけないだろうか。それはつまり、上にひねり出したような感想のことだ。絶対的なものなど何もないという事実。全ては相対化され、見る視点によっていかようにでも評価できる。

そうした意味で、本書は著者の作品の中でも面白いアプローチを見せている。また一つ著者の引き出しを見せられたようだ。

‘2018/07/09-2018/07/09


マンホール:意匠があらわす日本の文化と歴史


マンホールの写真を撮りためている。地方を旅したり出張することの多い私。訪問先で地面にファインダーを向け、その地域ならではのマンホールを撮っている。

とはいえ、まだ軽い趣味なのでマンホールのために旅行するまでには至っていない。けれども、旅先で見慣れぬ意匠のマンホールを見かけるとテンションも上がるし、それがレアなカラーマンホールならその後の旅路も足取りが軽くなる。

私がマンホールに興味を持ったきっかけは覚えている。寒川神社から茅ヶ崎まで自転車で走った時だ。寒川神社の駐車場に車を停め、そこから茅ヶ崎のいつもお世話になるジーンズショップに注文していたジーンズを取りに行った。相模線に沿って自転車を漕ぎながら、ふと、足元にあるマンホールに目をやった。すると普段、見慣れた町田市や東京都、相模原市のような丸をベースとしたデザインではなく、一つの絵画のようなデザインのマンホールが敷かれていた。それは茅ヶ崎市のマンホールだった。よく見ると数種類あり、それぞれに雨水汚水の表示もある。用途によってデザインも変わっているようだ。そこに興味を惹かれ、写真を撮ったのが始まりだった。

車で行動するとマンホールの魅力に気付きにくい。また、仕事や日常の暮らしの中では、同じ場所の往復に終始しがち。なので、地域色が豊かなマンホールの特色にはますます気づきにくい。私のきっかけも、いつもと違う場所を自転車で走ったことだった。著者も各地のマンホールを撮りためる際、自転車で各地を走っているそうだ。

ウェブを巡ってみると、マンホール愛好家は結構多いらしい。著者はその界隈では有名な方のようだ。有名というだけのことはあり、本書には全国のかなりの地域のマンホールが載っている。

本書はマンホールの意匠ごとにテーマで分けている。テーマごとに各地のマンホールを写真付きで紹介することで、マンホールの魅力を紹介するのが本書の構成だ。ただ漫然とマンホールを紹介するのではなく、意匠に沿ったテーマでマンホールを語っている事が重要だ。

本書は以下の章に分けられている。
1 県庁所在地を訪ねて
2 富士山と山々
3 富岡製糸場と歴史的建造物
4 いつでも見られる日本の祭りや郷土芸能
5 各地の伝統工芸・地場産業
6 地方ならではの特産物
7 地元のスポーツ自慢
8 楽しいのはデザインマンホールだけじゃない

このように、テーマごとに分けることで、読者は各地のバラエティに富んだマンホールの魅力を手軽に鑑賞できる。

私がマンホールに惹かれるのは、意匠がその土地の意外な名物を教えてくれるからだ。普通、土地の名物とは山、川、神社仏閣、スポーツや食べ物などのことを指す。そうした名物は形があり、通年で見ることができる。だからマンホールでアピールするまでもない。だが、無形の祭りや郷土芸能は、特定の時期、場所でしか体験できない。その土地を訪れるだけでは、無形の名物には気づかないものだ。伝統工芸や地場産業もそう。

私は旅先では駅や観光案内所には必ず訪れる。だが、それでもその地に伝わる有形無形のシンボルに気づかないことが往々にしてある。マンホールは、そうした存在を教えてくれるのだ。しかも、それを街中のいたるところで、至近距離で教えてくれる。間近に、頻繁に目に触れられるもの。考えてみるとマンホールの他にそういうものはあまりない。マンホールをデザイン化し、地域ごとに特色を打ち出そうとした発案者の着眼点はすごいと言える。本書には合間にコラムも挟まれているが、その中の一つが「デザインマンホールの仕掛人」として、昭和60年代の建設省公共下水道課建設専門官が提唱したことが始まりと記されている。

その他のコラムは
「マンホールの蓋はなぜ丸い?」
「蓋の模様はなんのため?」
「最古のマンホールの蓋は?」
となっている。どれも基本であるが押さえておくべき知識だ。また、本書の第8章は、蓋に刻まれた市章や町章についての紹介だ。デザインマンホールではなくとも、たいていのマンホールには市章、町章が刻まれている。そこに着目し、デザインの面白さをたのしむのもいい。

著者は東京都下水道局に37年間、定年まで奉職し、主に下水道の水質検査や開発に携わってきたそうだ。著者紹介によると、今までに撮ったマンホールの写真は4000枚にもなるのだとか。はじめにでは、マンホールに惹かれたきっかけが伊勢市のマンホールをみた時であり、定年退職後に各地を折りたたみ自転車で巡ってマンホールの写真を撮っていることなどが書かれていた。

わたしも撮りためたマンホールは多分数百枚、新旧市町村単位で150くらいにはなったと思う。私はまだ現役で仕事をしているので、著書ほどの域に達することはできない。だが、私なりのペースで各地のマンホールを巡ってみようと思う。

なお、本書に載っていないネタとして、各地のマンホールを一堂に見られる場所を知っている。それは、河口湖畔だ。道の駅かつやまの周辺の道には、全国各地のマンホールが敷かれている。どういう理由でなのかは分からない。マンホール趣味の興を削ぐとして、顔をしかめる愛好者もいることだろう。私もそうだった。あと、千代田区麹町のセブンアンドアイホールディングスの本社ビルのそばに、なぜか行田市のマンホールが敷かれている。こういうあってはならない場所に敷かれているマンホールを探すと面白いかもしれない。

あとは、本書では触れられていないが、下水道広報プラットフォームがここ数年で出し始めたマンホールカードは外せないだろう。私も今までに八枚ほど集めた。これもマンホールの魅力を知らしめる意味でも面白い試みだと思う。

デザインマンホールのような試みはもっと広がるべきだ。私が他に思いつけるのは、信号のたもとにある制御盤ぐらいだろうか。制御盤にローカル色溢れる意匠が施されると面白いと思う。もっとも、そうなると私の人生はますます時間が足りなくなるのだが。

‘2018/07/08-2018/07/08


オールド・テロリスト


著者は近年、近未来の日本を描くことで現代に警鐘を鳴らそうとしている。『希望の国のエクゾダス』は、中学生たちが日本に半独立国を作り上げる物語だった。本書はそのシリーズに連なっている。本書の主人公は当時、中学生を取材したジャーナリスト、セキグチ。彼がルポルタージュの執筆依頼を受けた時から本書は始まる。セキグチにルポを依頼した人物は、自らを満州国の人間と名乗り、セキグチをNHKに招く。

その指示に従ってNHKを訪れたセキグチは、若者による自爆テロに遭遇する。九死に一生を得たセキグチは、ルポをウェブマガジンに発表して世間の反応を見る。そこにさらにニュースが飛び込む。自爆犯の仲間達の自殺死体とその傍に置かれていた犯行声明が見つかったのだ。その声明は隷書体で書かれており、セキグチの捜索の糸は、駒込の書道教室へと伸びる。そこには謎めいた女性カツラギと、老人たちのコミュニティが築かれていた。そこでセキグチに託されたのは次なるテロ現場への手がかり。池上の柳橋商店街。そこでセキグチは、植栽を整えるための苅払機の刃が通行人の首を切り裂く瞬間に遭遇する。

セキグチは何かが起ころうとしている事を理解する。老人たちのコミュニティが何か大それたことを計画しているに違いない。希望を持てなくなった若者をそそのかし、自爆テロに向かわせるコミュニティー。その正体は曖昧であり、謎に包まれている。目的を完遂するため、相互の関係がわかりにくい組織を構築した。ちょうどアルカイダのような。

カツラギと親しくなったセキグチは、そのつてで精神科を営むアキヅキの知己を得る。そして老獪なアキヅキとの会話から、オールド・テロリストたちの目指す大義の一端をうかがい知る。

心療医ならではのソフトな口調を操るアキヅキ。彼が発する膨大なセリフの中に本書の肝は含まれている。その中の二つを抜粋してみたい。

「・・・・前略・・・・

老人に関して言うと、弱虫は老人にはなれないんだ。老いるということは、これが、それだけでタフだという証明なんだ。

・・・・後略・・・・」(124P)

「・・・・前略・・・・

 誰もが生き方を選べるわけではない。上位の他人の指示がなければ生きられない若者のほうが圧倒的に多く、それは太古の昔から変わらない。それなのに、現代においては、ほとんどすべての若者が、誰もが人生を選ぶことができるかのような幻想を吹き込まれながら育つ。かといって、人生を選ぶためにはどうすればいいか、誰も教えない。人生は選ぶべきものだと諭す大人たちの大半も、実際は奴隷として他人の指示にしたがって生きてきただけなので、どうすれば人生を選べるのか、何を目指すべきなのか、どんな能力が必要なのか、具体的なことは何も教えることができない。したがって、優れた頭脳を持ち、才能に目覚め、それを活かす教育環境にも恵まれ、訓練を自らに課した数パーセントの若者以外は、生き方を選ぶことなどできるわけがないし、生き方を選ぶということがどういうことなのかさえわからない。そういった若者にとって、人生は苦痛に充ちたものとならざるを得ない。苦痛だと気づいた者は病を引き寄せるし、気づかない者は、苦痛を苦痛と感じないような考え方や行動様式を覚える。同じような境遇の人間たちが作る群れに身を寄せ、真実から目を背けるのだ。

・・・・後略・・・・」(132~133P)

このセリフなど、今の日本の抱える二分化の状況を端的にあらわしている。今の若者に何が起こっているのか。私も含めた若者たちはどういう試練を課せられてきたのか。実に考えさせられる。また、最初のセリフからは、老いているから弱いという思い込みをはねつける強靭なメッセージが伝わってくる。老いるということはそれだけ長く試練に耐えてきた証拠なのだ。今の私たちが生きていること自体が、先祖たちが生き抜いてきた証であるのと同じように。

アキヅキは日本を焼け野原にするという。そして日本の原発の脆弱さを不気味に語る。さらに、謎かけのように歌舞伎町の映画館について言及する。予感を感じたセキグチは、新宿のミラノ座で「AMAOU」なるAKBやSKEの亜流グループが出る映画を見に行く。そして、そこでテロに巻き込まれる。高温で焼き尽くされた劇場からは数百人から千人に迫る規模の死者がでた。イペリットを使ったテロ。セキグチとカツラギ、そしてセキグチが出版社で机を並べていた同僚のマツノはそのテロで危うく死にかける。

そのテロこそ、コミュニティが真に牙を剥いた瞬間。そして遥かな満州国の頃から日本の奥底でうごめく策動が本格的に始動した証だった。そのコミュニティを作り上げ、満州国の生き証人である老人。明日にでも死んでしまいそうなほど衰えたその老人とセキグチは面会を果たす。そして老人から、コミュニティの中で先鋭的な手段に訴えるグループがあること、映画館のテロはそのグループが独断で行ったこと。グループの過激な行動は老人の意図を超えており、そのたくらみを止めて欲しいと頼まれる。老人から託された運動資金は十億。十億など老人にとっては単なる数字。金の流れを把握しきった老人による金の本質を突くセリフも興味深い。

セキグチとカツラギとマツノは、豊富な資金を元手にグループの計画に迫る。565ページある本書はここから、さらに紆余曲折がある。そしてその折々に重要なメッセージが読者に突き付けられる。例えば、

「わたしはあの人に興味がないし、あの人も、もちろんわたしに興味がない。ただし、だからあの人はわたしを信用しているの」

「・・・・前略・・・・

そういう人って、興味を持つ対象がいた場合、まず思うのは、とにかくこいつを殺したいってことです。

・・・・中略・・・・

彼は、どういうわけか、わたしには興味がなかったんですね。わたしのことを、殺したいやつだと思わなかったんです。だから信用されたんだと思う」(289P)

このセリフも、信用や人の関係の本質をナイフのようにえぐっている。

また、こういったセリフも登場する。

「テロの実行犯は、静かな怒りとは無縁です。衝動的に通行人をナイフで刺すような人にあるのは、甘えなんですね。もちろん、彼らにも怒りという感情はあります。ただ、静かな怒りではなく、現実が思うようにならないという幼児的な怒りです。そういう人は、甘えられる対象を常に探しています。自分をコントロールできない、また問題が何かもわかっていないし、見ようとしないし、認めようとしない。だから現実が思い通りにならないのは自分自身のせいではなく社会や他人のせいだと決めつけていて、誰かに、頼りたい、服従したい、命令されたい、そう思っているんです。今、そういう人間は社会にあふれかえっているので、探し出して、洗脳というか、誘導するのは、そうむずかしいことではないでしょう。

・・・・中略・・・・

特攻隊がなぜ美しいか、わかるか。彼らは、二十歳そこそこの若さで、国や、故郷、そして愛する人々を守るために、喜んで犠牲となった、彼らは、七十年後の今でも、尊敬され、英雄として崇められている、崇高で、偉大なものの犠牲になる、それがいかに美しく、素晴らしいかわかるか。

 そういう洗脳をされるのは、気持ちがいいものです。ある種の人たちにとっては、信じられないくらい圧倒的に気持ちがいい。自分で考える必要もないし、自分をコントロールできないと苦しんだり不安になったりする必要もない。

・・・・中略・・・・

その種の洗脳は、甘えることを当然と考える人間が多い社会において、宗教的で、恐ろしい効果を生むんです」(334-335P)

この言葉も読者にはささるはず。

著者の作品を読むといつも思わされるのは危機感の欠如だ。現実の営みがどれだけ緩やかな流れに乗っているか。仕事や家庭で忙しない国民たち。今の我が国にはある程度のセーフティネットが用意されている。それは世のぬるい流れに乗って生きることの快適さを保証してくれている。その流れに乗っていれば楽だ。楽だが、生の証を刻みつけるには、はなはだ心もとない。そもそもその様な生きざまでは、いざ有事が発生した際、まっさきに淘汰される。

むろん、老人たちにしてみても、若い頃は軍国の流れに乗らざるを得なかった。望まぬまま有事に巻き込まれ、その記憶に引きずられている。だが老人たちは今、意図して有事を作り出そうとする。ぬるま湯の日本に刺激を与えるために。

本書はこのあと結末に向かって進んでいく。その結末は書かない。本書の筋書きよりも、あちこちにちりばめられた警句めいた言葉から何かをつかみ取ることが重要だ。本書は著者からの危機感を持つように、というメッセージなのだから。

‘2018/07/07-2018/07/08


ペテロの葬列


豊田商事。天下一家の会。ともに共通するのは、かつて世間を大いに騒がしたことだ。豊田商事に至っては、マスコミが自宅を囲む中で豊田会長が惨殺される強烈な事件が印象を残している。この二つに通ずるのは、ありもしない物を売りつける仕組みだ。会員は多額の金を騙し取られ、大きな社会問題となった。両方に共通するのは、売るべき財もないのに会員を増やす仕組みだ。

豊田商事の場合、顧客が購入した金の現物を渡さず、豊田商事が発行した価値のない契約証券を渡した。いわゆるペーパー商法だ。豊田商事の場合、そもそも証券自体に何も効力がなく、会員が換金を求めてもうまくごまかす。売るべき品物がないのに、証券は次々と発行する。破綻して当然の仕組みだ。

天下一家の会の仕組みは、会員には上位会員への上納金を求め、上位会員は勧誘した会員に応じた配当をもらえる。いわゆるネズミ講。ネズミ算式に会員ネットワークを増やすことからその名が付いた。だが、実際は下位になればなるほど、勧誘できる人はいなくなる。ちなみに一人の会員がそれぞれ二人の会員を獲得するとした場合、28世代のツリーが出来上がれば日本国民は全てカバーできるという。ネズミ講の場合、上納金によって上位会員の懐が潤う。だから有事が発生した際は、そのネットワークで集めた金を使うことが期待される。だが、実際はそのような使い方はされない。原資がないのに、会員には努力に見合った配当を保証し、言葉巧みに騙した。

ネズミ講については無限連鎖講の防止に関する法律という法的な規制が入った。だが、ネズミ講で確立された組織論はまだ残っている。つまり、ツリー状の組織を構成し、階層に応じた報酬を支払う仕組みだ。いわゆるマルチレベルマーケティング。マルチ商法ともいう。マルチレベルマーケティングがネズミ講と違うのは、売るべき商品をきちんと確保していることだ。つまり詐欺ではない。法的な解釈によっては営業形態によって白黒の判断が分かれるらしいが、きちんと払った額に対してサービスが提供されている限りは問題ないという。階層に応じた報酬体系は、年功序列型の組織では当たり前。配当を販売マージンととらえれば、世間にある代理店制度で普通に運用されている。だから、マルチレベルマーケティングだからといって即アウト、ということにはならないと思う。

では、なぜ世間にマルチレベルマーケティングがここまで浸透しないのか。それは、法的な問題以前に、より根本的な原因があるからだと思う。私が思うマルチレベルマーケティングの難点。それは、消費者側にも売り手側の振る舞いが求められることだ。

もちろん、マルチレベルマーケティングの運営元によって違いはある。マルチレベルマーケティングの運営方針によっては、サービスの購入者は消費者の立場にとどまることが認められている。その場合、サービスの買い手は商品だけ購入し、勧誘は一切しなくてもよい。そのような関わり方が認められているのはネズミ講と違う点だ。ネズミ講は会員である以上、下位会員を勧誘することが前提。なぜなら会員それ自体が商品だから。そこに金以外の目的はない。

ただ、マルチレベルマーケティングの運営元によっては、サービスについてのセールストークとともに、あなたも商品を取り扱ってビジネスをしませんか、という勧誘のおまけがついてくることがある。わが国ではここを嫌がる人が多い。なぜなら、前述の豊田商事や天下一家の会をはじめ、多数のペーパー商法やネズミ講の関係者が多大なる迷惑をかけて来たからだ。もはや日本人の大多数に拒否感が蔓延している。

私が思うに、わが国からマルチレベルマーケティングに対する偏見が消え去るまでには、あと一、二世代ほど待たねばならないと思う。通常の商取引に基づいたビジネスの現場でも同じく。マルチレベルマーケティングの用いるチャネル販売は、ビジネスプロセスの一つにすぎないと思う。それでありながら、上記の理由で一般的にはマルチレベルマーケティングだけが強く忌避されているのが現状だ。

そのため、弊社としてもビジネス上でマルチレベルマーケティングの方法論を採り入れるつもりはない。マルチレベルマーケティングにもそれなりの利点や理論があるのも理解するし、やり方によっては今後の有望さが見込める手法だと思う。だが、そのメリットがあるのは理解しつつ、今はまだデメリットのほうが強いとしかいえない。

拒否感が蔓延している人に対し、無理に強いて勧誘すればどうなるか。おそらくビジネス関係だけでなく、友人、肉親との関係にも悪影響が出る。それも長期にわたって。その影響、つまりネズミ講によって生まれた深い傷が本書のモチーフとなっている。豊田商事や天下一家の会、マルチレベルマーケティングについて長々と前口上を書き連ねたのはこのためだ。

「「悪」は伝染する」。本書の帯に書かれている文句だ。「悪」とは何か。「伝染する」とはどういうことか。人は性悪説と性善説のどちらで捉えればよいのか。本書の時間軸で起きる事件はバスジャックくらいだ。しかも犯人の意図が全く分からないバスジャック。だが、本書が語る事件はバスジャックだけではない。過去に起き、関係した人々に取り返しのつかない傷を与えた事件。それが本書の底を濁流となって流れている。

「悪」は伝染するだけではない。「悪」は伝染させることもできる。本書には他のキーワードも登場する。それはST(Sensitivity training=感受性訓練)という言葉だ。実は私はSTという言葉を本書で知った。だが、自己啓発セミナーや洗脳など、それに近い現場は知っている。私自身、かつてブラック企業にいたことがある。本書に描かれるSTの訓練光景のような心理を圧迫される訓練から苦痛も受けた。だから何となくSTの概念も理解できる。そして、STのトレーナーであれば、人を簡単に操縦できるということも理解できる。「悪」を伝染させることも。

本書を読んだのは、オウム真理教の教祖こと麻原彰晃に死刑が執行されたタイミングだ。もちろんこれは単なる偶然。だが、私の人生を一変させた1995年に社会を騒がせた教祖の死と、本書を読んだタイミングが同じだったということは、私に何らかの暗示を与えてはいないだろうか。

私はそれなりに心理学の本を読んできた。NLPなどの技法も学んだことがある。商談の場では無意識にそうしたテクニックを駆使しているはずだ。だが、私は人をだましたくない。うそもつきたくない。人と同じ通勤の苦痛を味わい、右に倣えの人生を歩みたいとは毛頭も思わないが、人を騙してまで楽な人生を歩もうとも思わない。だが、そうした哲学や倫理を持たない輩はいる。そうした輩どもが、ビジネスの名を騙って人を不幸にしてきた。その端的な例が、豊田商事であり天下一家の会であり、昨今のオレオレ詐欺の跳梁だ。

全ての人類が平等に幸せになる日。それが実現することは当分ないだろう。だが、私はせめて、自分の行いによって人を不幸に陥れることなく、死ぬときは正々堂々と胸を張って死にたい。

ここで本書のタイトルであるペテロの葬列の意味を考えねばなるまい。ペテロとはいかなる人物か。ペテロとはイエス・キリストの最初の弟子とされる人物だ。敬虔な弟子でありながら、キリストがローマ兵によって捕縛される前、キリストのことを知らないと三度否認するであろうと当のキリストから予言された人物。そして、キリストが復活した後は熱心な信者として先頭に立った人物。つまり、一度はキリストを知らないとうそをついたが、そのことを恥じ、改心した人物である。本書が示すペテロとはまさにその生きざまを指している。一度は人々をだまし、人々を誤った道へ導いた人物が、果たして人のために何を成しえるのか。それが本書の大きなテーマとなっている。

本書は人を導き、操る手口が描かれる。本来、そうした技は正しい目的のために使われなければならない。正しい目的を見定めることはできないにしても、人を不幸にしないため使わなければよい、といえようか。その原則は、当然ながらビジネスにも適用される。ビジネスとは何のためにあるのか。それは人を不幸にしないためだ。人をだますことはビジネスではない。私もまた、それを肝に銘じつつ、仕事をこなし、人生を生きていかねばならないと考えている。

‘2018/07/05-2018/07/06


ファインダーズ・キーパーズ 下


上巻を使って、ベラミーの凶行の動機がどうやって生まれたのか、そしてベラミーの狂気がピートとアンディにどういう運命をもたらそうとするかを描いた著者。

ピートとその家族に害を成すベラミーに対するは、前作と同じくビル・ホッジズの役目だ。上巻のレビューで、本作を読むまえに前作『ミスター・メルセデス』は読んだほうが良いと書いた。それは『ミスター・メルセデス』で果たしたホッジズの役割が何度も言及されるからだ。本書の肝はベラミーがロススティーンの残した未発表原稿への執着に尽きる。そのため、上巻の多くはロススティーンに対するベラミーの殺害の一部始終と、ピートが未発表原稿を見つけ、なぜそれをアンディーが営む稀覯本の店に持ち込もうとしたかの理由を描くことに費やされている。

そのため、上巻では探偵役であるホッジズは多く登場しない。そのかわり『ミスター・メルセデス』のエピソードを何度もはさむことで、ホッジズの人となりを描いている。著者はホッジズのことは『ミスター・メルセデス』を読んで理解してほしい。あらためて本書で紹介するには及ばない、と考えているのだろう。

下巻では、ホッジズに相談が寄せられるシーンで始まる。相談を持ちかけたのは、ピートの妹ティナ。ティナの友人が『ミスター・メルセデス』で重要な役割を果たし、ホッジズの友人であるジェロームの妹のバーバラだ。兄の不審なふるまいに不安を覚えたティナがバーバラに相談し、二人でホッジズのもとへ訪ねて来る。そこからホッジズはこの事件に関わってゆく。ここにきて『ミスター・メルセデス』で登場した主要な人物が顔をそろえ、物語が動き始める。このあたりの人物描写は『ミスター・メルセデス』を読んでいないと理解できないと思われる。なので、前作は読んでおいた方が良い。

上巻のレビューにも書いた通り、ベラミーの凶行がアンディーの稀覯本屋で繰り広げられる。そこにやってきたのがピート。当初、未発表原稿をアンディーの店に持ち込んだところ、盗んだ品ではないかと逆に脅される。それに対し、精一杯虚勢を張ろうとしていたピートが見たのは酸鼻に満ちた店内。ベラミーに遭遇したピートは、かろうじて惨劇の場から逃げ出すことに成功する。だが、ベラミーはピートがかつて自分が住んでいた住まいの今の住人であることを知る。やがてその家はベラミーに蹂躙される。さらに、万が一に備えてピートが未発表原稿を隠しておいた娯楽センターを舞台に、ベラミーの未発表原稿への執念は燃え盛る。

なお、本書のエピローグでは、『ミスター・メルセデス』その人が登場する。ホリーによってすんでのところで凶行を邪魔され、逆に脳が壊れるほどのダメージを負わされたブレイディ・ハーツフィールド。彼の登場は唐突なので、このエピローグは前作を読んでいないと全く理解できないはずだ。上巻のレビューで本書には細かな傷が見受けられると書いたが、これもその一つ。今までの著者の作品はキャッスル・ロックやデリーといった架空の地を舞台とし、世界はつながっていた。だが、ここまであからさまにシリーズを意識した書き方はしていなかったように思う。本書はシリーズを同士の繋がりが特に強い。だから前作『ミスター・メルセデス』を読まねば本書のいくつものエピソードは理解できないように書かれている。これはささいだが本作の傷だと思う。

だがその傷を含め、著者はどうやったら本書をミステリーとして成り立たせるかについて苦心したようだ。少なくとも私にはそう感じられた。どのようにしてそれぞれの作品のエピソードをつなぐのか。どうやってベラミーやピートの内面をストーリーに添わせるのか。本書ではそういった著者の手腕が堪能できるし、参考にもなる。

もう一つ、本書から感じられることがある。それは、著者が持つ純文学への憧れだ。ここ近年の著者の作品には純文学作家への言及が増えてきたように思う。たとえばサマセット・モーム。ジョン・アーヴィングを意識したと思える描写にも時折出くわす。本書もそうだ。ロススティーンという純文学の大家とその代表作。そしてその遺稿。ロススティーンの代表作とされるジミー・ゴールドの粗筋を本書の随所に挟みこむことによって、著者は読者が真に読みたがる純文学とは何かを問うているように思える。

本書を読んでいて、いつか著者が作家としての集大成として純文学を発表するのではないかと思わされた。今までの著者の作品の中で、私があまり感心しなかったのが『アトランティスの心』だ。これは純文学のアプローチを著者が試し、うまくいかなかった例だと思う。だが、本書を読んだ結果、ホラー、そしてミステリーと範囲を広げてきた著者が、最後に向かうのは純文学ではないかと思うようになった。

著者はきっと成し遂げてくれるはず。読者を感動の渦に巻き込み、人間とは、世界とは何かを十分に感じさせてくれる作品だってものにしてくれるはずだ。ここまで読者を恐怖に叩き込み、読者を寝不足にさせる作家は古今東西を見回してもそうそういない。これだけの筆力を持つ著者であるからには、素晴らしい純文学の作品を発表してくれると信じている。著者は今までの作品でアメリカの人種差別にも触れてきている。その現実と融和も描こうと苦心している。例えば著者が現代アメリカの闇とその融和に苦しむ現実を世界のモデルケースとして描いたら、ノーベル文学賞だって夢ではないと思う。

私はぜひ、著者の純文学作品を読んでみたい。そしてもし、著者の未発表作品が手元に舞い込んできたら何をおいても読みたいと願い、狂奔することだろう。ちょうど本書のベラミーやピートやアンディーのように。本当に優れた本にはそれだけの魔力がある。著者はそれがわかっているし、そういう作品を世に問いたいと願っているはずだ。本書はそうしたことを意識して書かれているように思う。

今まで著者は読者を驚かせ、怖がらせるために読者の視点を大切にしてきたと思う。そして今は、読者の視点から純文学の構想を練っているのではないか。その視点を生かしたまま、著者の熟練のスキルが純文学で発揮されたら果たしてどんな傑作が生まれるのか。期待したい。

‘2018/07/01-2018/07/04