カフカ式練習帳


エッセイと小説の違い。いったいそれはどこにあるのか。本書を読みながらそんなことを思った。

かつて、私小説という小説の一ジャンルがあった。作家の生活そのものを描写し、小説に仕立てる。明治、大正の文学史をひもとくと必ず出てくる小説の一ジャンルだ。

では私小説とは、作家の身の回りをつれづれに記すエッセイと何が違うのだろう。

私は平たく言えばこういうことだと思っている。私小説とは作家が身の回りのあれこれを小説的技巧を駆使して描いたもの。それに対してエッセイは技巧を凝らさず、肩の力を抜いて読めるもの。もうひとつの違いは、小説としての筋のあるなしではないだろうか。起承転結らしきものが作家の日常を通して描かれるのが私小説。一方、エッセイは構成が曖昧でも構わない。

こんな風にエッセイと小説の違いを振り返ったところで、本書の内容に踏み込みたいと思う。まず本書には、筋がない。書かれる内容は多種多様だ。著者の子供時代を回想するかと思えば、宇宙の深淵を覗き込み、科学する文章も出て来る。一文だけの短い内容もあれば、数ページに章もある。著者の周りに出没する猫をつぶさに観察した猫を愛でているかと思えば、歴史書の古めかしい文章が引用される。

本書に書かれているのは、エッセイとも私小説とも言えない内容だ。両方の内容を備えているが、それだけではない。ジャンルに括るにはあまりにも雑多な内容。しかし、本書はやはり小説なのだ。小説としか言い様のない世界観をもっている。その世界観は雑多であり、しかも唐突。

著者は実にさまざまな内容を本書に詰めている。一人の作家の発想の総量を棚卸しするかのように。実際、著者にとっての本書は苦痛だったのだろうか、それとも病み付きになる作業だったのか。まるで本書の一節のようなあとがきもそう。著者の淡々とした筆致からは著者の思いは読み取れない。

だが、著者は案外、飽きを感じずに楽しんでいたのではないか。そして、編集者によって編まれ本になった成果を見て自らの作家としての癖を再認したのではないか。もしくは、発想の方向性を。

これだけ雑多な文章が詰められた本書にも、著者の癖というか傾向が感じられる。文体も発想も原風景も。

実をいうと、著者の本を読むのは初めてだ。それでいながらこんな不遜なことをいうのは気が引けるが、本書の内容は、著者の発想の表面を薄く広くすくい取った内容に思えた。その面積は作家だけあって広く、文章も達者。けれども、一つのテーマを深く掘り下げたような感じは受けなかった。

言うなれば、パッと目の前にひらめいた発想や思考の流れを封じ込め、文章に濾し出した感じ。たぶん、その辺りの新鮮な感覚を新鮮なうちに文章に表現するのが本書の狙いなのだろう。

本書には、そのアイデアを延長させていけば面白い長編になりそうなものがたくさんあった。私もまずは著者の他の長編を読みたいと思う。そして、著者の発想や書きっぷりが本書のそれとどれくらい違うのか確かめねば、と思った。

‘2016/09/13-2016/09/26


色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年


読読と名付けたこのブログをはじめてからというもの、真の意味で本を読むようになったと自負している。もちろん、今までもたくさんの本を自分なりに楽しみ、夢中になって読んできた。だが、今から思うと、本から得られたはずのものはもっと多かったのではないかと思っている。

本は読んだ後の振り返りが重要なのだ。それを著者の「1Q84」の三冊を読み、レビューを書くことで痛感した。著者の小説は言い方は悪いが読み流す事ができる。それは著者の文体が読みやすいからだ。読みやすく、すらすらと筋を追えてしまう。なので、読み終えた後に消化する作業がなければ内容を忘れてしまう。

著者の作品を例にあげると、「ノルウェーの森」と「ダンス・ダンス・ダンス」はあら筋すら覚えていない。今から28、9年前、中学生の時分に友人に借りて読んだのだが、そのことしか記憶にない。「羊を巡る冒険」や「ハードボイルドワンダーランド」も高校の頃に読んだ記憶はあるが、ほとんど記憶にない。ようやく「海辺のカフカ」あたりから筋を覚えている程度だ。上記にあげる各作品は、何を得られたかを問われると覚束ない。

「1Q84」を読んだとき、すでに読読ブログを始めていたので、自分の中でレビューとして文章に起こすことで反芻できた。その結果、共同体なるものの連帯感とはそもそも幻想でしかなく、生命同士の結び付きこそが共同体に他ならないとの知見を得た。つまり、規則や規約といった約束事のあいまいさだ。

こういった知見は本を読んだ後自分で意識しないと忘れてしまう。それでは本を読んだことにならない。本を読んだとは、読み返したあとに感想を文としてまとめて初めて言えるのかもしれない。そう言い切ってよいと思う。

多分、本書もレビューに落とさぬままだと、現実の忙しさに忘れてしまいかねない。だが、本作は読みやすい文体の隙間に人生への識見が織り込まれている。そこをレビューとしてまとめておきたいと思う。本書もまた、著者の傑作の一つだと思えるから。

本書の題名は長い。長いがその分だけ情報が豊富に含まれている。その中でも「色」「つくる」「巡礼」の三つは重要なキーワードではないか。以下、それによってレビューを進めようと思う。

その前に、本書のあらすじを一文で表してみる。個性を持たないことで共同体を放逐されたことに傷付いた人はいかに己を再生すべきか。という感じだろうか。

ここでいう個性とは、すなわち「色」だ。主人公多崎つくるは、自分の個性の欠如に劣等感を抱いている。名古屋で過ごした彼の高校時代。そこで固い絆で結ばれた五人の仲間。つくる以外の四人の名字には色を表す文字が含まれている。黒白青赤。そしてつくるの名には色が含まれていない。

一人だけ東京の大学に入ったつくるはある日、名古屋に帰る。が、彼はいきなり理由も告げられぬまま四人の仲間から遠ざけられた自分に気づく。そして死を思うまでに傷つく。つくるはその理由れを自分に「色」つまり個性がないせいだと思い悩む。おそらくつくるが持つ悩みとは今の若者の多くが抱えている悩みなのだろう。私自身はおなじ悩みを持っていなかったが、個性を持たねば、という自覚はあったように思う。

だが個性とは、身に付けるものでも後からそなわるものでもない。さらにいうと産まれた瞬間にもたらされるのでも、卵子に受精した瞬間に定まるのでもない。そんなものとは無関係に、存在することがすなわち個性ということだ。

よく、人生を勝ち組負け組という。それに対してよく言われるのは、そもそも何億も放たれた精子との争いに勝った時点で勝者なのだという。でも、そんなことを持ち出すまでもない。存在自体がすでに個性なのだ。

なので、個性をうんぬんするのはあまり意味のないことだと思う。多崎つくるは、本書の終盤になり、かつての仲間に逢う。そこで彼は自ら感じていた劣等感が仲間からは違う見方でとらえられていたことに気づく。自分が内側からみた個性と人からみた個性が全く別物であること。彼が学んだのはそれだ。

だが、個性がないと悩んでいる当の本人には、こんな客観的な言葉は響かないのだろう。

では、個性がないことに悩んでいる人は何に救いを求めるのか。それを多崎つくるは「つくる」ことに求める。多崎つくるはどうやって喪失感を克服したか。それは彼が駅をつくるという生きがいを得たからだ。それを人は天職と呼ぶ。

主人公の名前を「つくる」としたのは、著者なりの考えがあったからだろう。個性を持たない主人公が、生きるために「つくる」ことに慰めを求める。それは、人の営みにとって必要な栄養なのだろう。

生をこの世に受けた人は、作ることに生を費やす。自分をつくり、家族をつくり、サービスをつくり、後継者をつくる。そして死んで行く。個性を出そうと躍起になったり、組織で自分を目立たせようと足掻いたり。結局のところそれらは「つくる」ための副産物にすぎない。やりがいだ自分探しだと人は奔走する。でもそれは「つくる」という行いがあってのことなのだ。

五人の仲間の一人にクロがいる。彼女の生き方はそれを実践している。日本から遠く離れた国に住み、家族を暮らし、陶芸をつくる。つくる事に没頭できる日々をとても大切にする彼女の日々は単調だがとても充実している。

その姿は、車のセールスマンとして優秀なアオや、自己啓発セミナーで有数の会社を起こしたアカをかすませる。彼らも確かに組織をつくり、部下を作っている。だが、クロのように後に何も残さない。他人が作った車を売り、人の練り上げたノウハウを提供するだけ。そこには「つくる」喜びが見えない。

しかし、つくるやクロの人生は「つくる」営みだ。「つくる」ことで人生に立ち向かえている。著者が言いたいのは「つくる」ことが人生の意義であり目的であることのようだ。私は、著者の言いたいこととはこれではないかと思う。情報があふれ、得たいものが容易に得られる今、何を人生のよりどころとするか。張り合いも生き甲斐も感じられないまま自殺に走る。そんな若者たちに、著者は「つくる」ことに人生を見出だせないか、と問いかけている。

では、最後の「巡礼」とは何か。それを著者は、救い、と同じ意味で取り扱っていると思う。

個性のなさに悩むことの無意味さ。それに気付き「つくる」ことで人生の目的を見いだす。では次に人は何をたよりに人生にたち向かうのか。それを著者は「巡礼」という言葉で表したのだと思う。

本書で多崎つくるは、かつて自分を死を思うまでに苦しめた過去に向き合おうとする。その過程とは、四人から突然拒絶された理由を探る旅だ。その旅は、つくるにとってかつての自分に向き合うための「巡礼」に他ならない。その旅によってつくるは四人から遠ざけられた理由を知ることになる。そればかりではなく、色を持たない自分自身への劣等感を払拭する。そして「つくる」という行いが、人生に与えるはかり知れぬ重み。つくるは巡礼の旅によって、得難いものを手に入れることになる。

人は存在することで、その時代に応じた個性を身につける。何かをつくることで人生への手応えを手に入れる。だが、そのことにはなかなか気づけないもの。気付くには、切っ掛けが必要なのだ。著者に云わせると、きっかけこそが巡礼の旅なのだろう。

もしかするとその事に気づかぬまま、死を迎える人もいるだろう。本書でいうシロのように。巡礼どころか、何も思い返す間もなくやって来る突然の死。そうかと思えば自らに与えられた生を静かに充実させようとするクロのような人生もある。はたまた、消息も不明のまま物語の途中で退場してしまう灰田のように黒白はっきり付けられない人生もある。

われわれは、どういった人生の幕引きをしたいだろうか。色を持たない多崎つくるのような?それともは白紙のまま突然世を去るシロのような?または人知れず退場する灰田のような曖昧な?または原色のまま現代を生きるアカやアオのような?

人によって価値観はさまざまだろう。だが、色彩を持たない多崎つくるは、巡礼によってそれぞれの人の持つ色合いを感じることができた。それこそが巡礼の持つ意味ではないだろうか。

人は生まれ、老い、死んでゆく。死ぬまでの間に巡礼できる域まで達せられる人はどれぐらいいるのだろう。自分の色を知り、作ることで人生を豊かにし、巡礼で人生の意味を知る。せめて、生きているからには、そこまで達成して死にたいではいではないか。

‘2016/09/11-2016/09/12


帝の毒薬


戦後まだ間もない日本を戦慄させた数々の事件。下山事件、松川事件、三鷹事件。これらの事件は、少年の頃から私を惹き付けて離さなかった。本を読むだけではない。下山事件は慰霊碑にも二度訪れた。それら事件は、価値観の転換に揺れる当時の世相を象徴していた。当時の混乱ぶりを示す事件は他にも起きている。その一つが帝銀事件だ。

帝銀事件とは、帝国銀行椎名町支店が惨劇の舞台だったため、そう呼ばれている。厚生省技官を騙り、毒を飲ませて行員たちを死に至らしめた事件。窓口業務を終えた直後の時間とはいえ、白昼に12人が毒殺された事は人々に衝撃を与えた。戦後史を扱った書籍の多くで帝銀事件は取り沙汰されている。犯人は?動機は?生存者によって手口が証言されているにも関わらず、依然として謎の多い事件だ。

先に挙げた三つの事件に比べると、帝銀事件は少し性格を異にしている。それらに共通する定説とは、共産党の勢力伸長を阻むGHQの謀略。大体はこの線で定まりつつあるようだ。だが異説も乱立しており、手口から動機、実行犯や黒幕に至るまで自称識者によって諸説が打ち立てられている。帝銀事件はそれらと違う。まず、犯行の手口がかなり明らかになっている。また、諸説の乱立を許さないだけの定説があることも帝銀事件の特徴だ。旧関東軍の防疫給水部、いわゆる731部隊の関係者による犯罪、という説が。

だが定説とはいえ、証拠はない。なぜなら731部隊を束ねた石井中将による箝口令やその研究成果を独占せんとしたGHQの介入により、その実行犯は歴史の闇に消えたままだからだ。

戦後の混乱期に暗躍したとされる陰謀史観は今までに数多く発表された。私は読み物としてそれらを読むのは好きだ。でも、それら陰謀があたかも隠された真実であり、通史として知られる事実は嘘っぱち、という主張には安易に与しないことにしている。もはや、それら事件が陰謀であったことの立証が不可能だからだ。帝銀事件も、表向きは最高裁の判決によって法的にも史的にも平沢貞道氏による実行犯と決着している。それは平沢氏が亡き今となっては覆りそうにない。

だが、判決が覆らないことを前提としてもなお、帝銀事件に陰謀説が通じる余地はあると思う。帝銀事件の周囲に漂うオーラは、限りなく陰謀色に染まっている。それは、平沢氏に対する判決が最高裁で確定したにも関わらず、歴代法務大臣35人の誰一人として死刑執行の署名をしなかったことにも表れていると思う。

本書はフィクションの形式で、限りなく帝銀事件の謎に肉薄せんとした小説である

本書は敗戦の気配が濃厚なハルピンで幕を開ける。主人公羽生誠一は、ハルピン郊外の関東軍防疫給水部に勤務している。いわゆる731部隊だ。731部隊は、いわゆる人体実験を繰り返した部隊として悪名高い。森村誠一氏の著した「悪魔の飽食」はよく知られている。731部隊の帯びる任務の性質から、医療関係者を除いた部隊のメンバーには石井部隊長の郷里の人間が抜擢されたという。このエピソードは部隊を描いた文章では必ずといってよいほど出てくる。主人公の羽生もまた、千葉の部隊長の郷里の出という設定になっている。

史実によると731部隊の存続期間の大半で、石井四郎中将が部隊長の任にあった。が、本書では部隊長の名は倉田中将となっている。石井中将であることが明らかな部隊長の名を変えたことに意味はあるのだろうか。私は大いにあると思う。

なぜなら、本書では帝銀事件の実行犯を名指しで指定しているからだ。室伏孝男。しかも731部隊内の部署や役職まで指定して。当然、室伏孝男という人物は731部隊に実在しないだろう。しかし、それに対応する実在の人物はいたのではないだろうか。つまり、石井中将でない別の倉田という人物を部隊長に擬したことは、室伏という人物に対応する別の実在人物がいることを示唆しているのではないのか。それはすなわち、本書で室伏が行った帝銀事件の犯行が、731部隊に属していた実在の人物によって行われた事を意味してはいないか。さらにいうと、そのことは死刑囚として95歳まで獄中にあった平沢氏が無実の罪であったことを意味しないか。

本書は一貫して平沢氏を無辜の死刑囚として書いている。戦後の国際政治の都合に翻弄されたスケープゴートとして。だが、本書の視点は平沢氏からのものではない。平沢氏が持ち続けていたはずの怯え、絶望、無常感は、本書にはほとんど出てこない。それよりも、誰がそれをやったのか、を小説の形で仮名にして糾弾するのが本旨なのだろう。

本書は三部で構成されている。第一部は満州を舞台とし、1944年から敗戦直後の慌てふためく撤退までを。第二部は、帝銀事件発生からその謎に迫ろうとする二人の刑事の努力と挫折が描かれている。第三部は血のメーデー事件が題材となっている。

第二部で主人公羽生は刑事になっている。戦後復員してから警視庁に奉職したという設定だ。そして731部隊出身者として帝銀事件の捜査に投入される。コンビを組んだ先輩の刑事は731部隊出身者が帝銀事件の実行犯であると確信し、羽生とともに捜査にあたる。が、妻子を盾にGHQから脅され、骨抜きにされる。

主人公もまた、真相究明に奔走する。しかし、後一歩で室伏を殺され、事件は闇に消える。

本書の筆致は一貫して軍国主義に反発している。憎悪しているといってもよいほどだ。人体実験という蛮行を通し、戦争の非人間性を弾劾する。さらには、国際政治のためなら人体実験を行った医師たちを戦犯とせず、かばい通すことも辞さない悪と裏返しの正義を糾弾する。返す刀で著者はそういった悪の反動が戦後の共産主義の伸長を呼びこんだと書く。

それが、第三部の背景だ。第二部で警察に絶望した羽生は、第三部では共産党のシンパないしは善意の協力者として登場する。731部隊で世話になった部隊仲間が共産党のシンパとして活動しており、警察を辞めた羽生がそこでお世話になったのがきっかけだ。

確かに、731部隊の残虐な所業に幻滅し、反動で共産主義に走った人は戦後多数いただろう。

だが、本書の締め括りとして、警察から狙われ、血のメーデー事件の混乱のなか、幕を閉じさせる構成は果たしてどうだろう。私は余分だと思った。731部隊の非道を撃ち、帝銀事件の真相に迫らんとする本書にあって、血のメーデー事件を取り上げた第三部は、本書の主張を散らし、弱めたように思う。

私としては血のメーデー事件の概要が分かり、それはよかったのだが。本書のために惜しまれる。

‘2016/09/09-2016/09/10


嫌われ松子の一生(下)


上巻の最後で故郷から今生の別れを告げようと実家に戻り、そして出奔した松子。馴染み客が一緒に雄琴に移ろうと誘ってきたのだ。雄琴とは滋賀の琵琶湖畔にある日本でも有数の風俗街のこと。しかし、マネジャーになってやるからと誘ってきたこの小野寺という男、たちの悪いヒモでしかなかった。ヤクの売人はやるわ、他の女に手は出すわ。痴話げんかの果てに、松子は小野寺を包丁で刺し殺してしまう。

無我夢中で東京へと向かった松子。そこで出会ったのが島津。妻子をなくし、つつましく理容店を経営する男の元で居候として暮らしはじめる。となれば自然と男女の関係になろうというもの。しかし、そんな松子がつかんだかに見える平穏は、逮捕によって終わりを告げる。全国指名手配されていたとも知らず、のうのうと暮らしていた松子を警察が見逃すはずもなく。ついに松子は刑務所に収監されることになる。

笙も別ルートから松子が刑務所にいたことを突き止め、公判記録からその凄絶な生涯を知ることになる。

本書に通して読者が追体験する松子の人生は、すさまじいの一言だ。一人の女性が味わう経験として無類のもの。それでいて、少しも無理やりな展開になっていない。本書はフィクションを描いているはずだが、実は松子のような人生を歩んだモデルがいたのではないかとも思わせる。長年、風俗業で生き抜いて来た女性の中には、松子と同じような辛酸を舐めてきた方もいるのではないか。そう思わせるリアルさが本書には息づいている。

松子の人生は、まるで奔流のように読者を運んでいく。立ち止まって考える暇すら与えてくれない。本書は一気に読めてしまう。だが、あらためて本書を読んでじっくり考えてみたい。すると、松子の生き方にも人の縁が絡み合っていることが見えてくる。松子の人生は一匹オオカミの孤独に満ちているわけではない。人生のそれぞれの局面で、ごく少数の人と太い絆を結ぶ。その絆が松子の前に次々と新しい人生の扉を用意するのだ。それが結果として悪い方向だったとしても、人の縁が人生を作ってゆく。

属する組織の中で、少数の方と縁をつないでゆく生き方。それは、私自身にもなじみがある。というよりも私の生き方そのものかもしれない。私はたまたま破滅せずに、今なお表通りを大手を振って歩けている。だが、それは結果論でしかなく、実は私の人生とは、選択する度に間一髪奈落のそばを避けてきたのかもしれない。自らの経験から振り返ってみると、生きることの難しさが見えてくる。生きるとは、これほどまでに人との縁や、その時々の判断によって左右されるものか。一方通行のやり直しのきかない人生では、選択もその時々の一回勝負。

とはいえ、本書を読んで人生を後ろ向きに考えるのはどうかと思う。殻にとじこもり、リスクを避ける人生を選び続けてはならない。松子にはたまたま不運がつづいてしまっただけとも言える。最後は酔った若者たちの憂さばらしのの対象となり、殺されてしまった。だが、逆もまたあり得るはず。幸運の続く人生も。

そもそも運で自分の人生を決めつけることを私は良しとしない。運などすべて結果論でしかない。松子の場合、旅館での盗難騒ぎを、自分の力でうまく収めてしまおうと独断に走った判断のまずさがあった。彼女の人生を追っていくと、明らかな判断ミスはそう多くはない。多くは他の人物による行いを被っていることが多い。松子の場合、安定した教職をまずい判断で台無しにしてしまったスタートが決定的だったと思う。つまり、選択さえうまくできていれば、彼女の人生は逆に向いていた可能性が高い。

そんなわけで、松子の裏目続きの人生を見せつけられてもなお、私には人生を後ろ向きにとらえようと思わないのだ。

根拠なき運命論も、人生なんてこんなもんという悲観論も、私にはなんの影響も与えない。むしろ、本書とは巨大な一冊の反面教師ともいえる。こうすれば人生を踏み外すという。でも、そこだけが本書から得られる教訓であるとは思えない。本書から得られる彼女のしぶとさことを賞賛したい。一度の選択は人生の軌道を全く違う向きに変えてしまう。しかし、悪いなりに松子は人生を懸命に生きる。そこがいい。失敗を失敗のまま引きずらず、生きようとした彼女が。

笙は公判で松子を死に至らしめた男たちの態度に激昂して吏員に連れ出される。笙には分かっていたのだろう。叔母の一生とは決して救いようのない愚かなものではなかったことを。刑務所から出所した後の松子の人生も、紆余曲折の山と谷が交互に訪れる激しい日々だった。最後は荒川のアパートで身なりを構わぬ格好で独り暮らし、嫌われ松子と呼ばれていた。それはいかにも身をやつした者の末路のよう。でも、かつて松子がつちかってきた縁は、松子を真っ当な道に戻そうとしていた。それを永遠に閉ざしたのが浅はかな若者たちの気まぐれだった。松子と比べると人生の密度に明白な差がある若者たち。そんな若者たちに断ち切られてしまった松子の報われたはずの未来。それを思うと笙には彼らの反省のなさに我慢がならなかったのだろう。

私はつねづね、人の一生とは死ぬ直前に自分自身がどう省みたか、によって左右されると思っている。本書はその瞬間の松子の感情は描いていない。果たして松子はどう感じたのだろうか。多分、晩年の松子には今までの自分の人生を思い返すこともあっただろう。でも普通、人は生きている間、無我夢中で生きるものだ。他人からの視線も気にするひまなどない。憂さ晴らしの連中に襲われた際、松子には後悔する暇も与えられなかったことだろう。だが、本人に人生を思い返す暇がなかったとしても、他人からその生きざまに敬意が払われ、記憶されたとすれば、その人の人生はまだ恵まれていたといえないだろうか。

‘2016/08/08-2016/08/09


嫌われ松子の一生(上)


本書もレビューを書くのに手間取った一冊だ。

本書では、転落し続ける一女性の一生が容赦なく描かれる。これが自業自得の結果だったり、身から出た錆であればまだいい。そうとばかりは言えないから厄介だ。そして重い。その重さを受け止めかねているうちにレビューを書くまで一年近くかけてしまった。

女性であることは、これほどまでに厳しいのか。女性でいることは、これほどまでに痛々しいのか。女性として生まれた宿命を背負って生きようとする松子の姿。それは男の私にとって安易に触れることを躊躇させた。そして、感想を書くことをためらわせた。

松子の生き方に、人の生きることの尊さとかけがえのなさは感じられる。しかし、それ以上に、生きることが一方通行の綱渡りに近しい行いであり、やり直しのきかない営みであることを痛切に感じた。

本書は松子の死後から幕を開ける。笙は、福岡から出て来た父から松子という伯母の存在を知らされ、30年前に蒸発して行方不明だった松子が殺されたこと、遺品の整理をしてほしいと頼まれる。そのような親族がいたことを知らなかった笙は、ただ面食らうのみ。

本書は一転、昭和45年に場面を移す。 国立大を出て中学校に赴任した川尻松子は、修学旅行の下見に校長と二人、別府へ向かう。旅行会社の手違いで校長と同室で泊まる羽目になった松子は、夜、校長に強引に犯される。いうまでもなく校長と旅行会社社員による卑劣な結託だった。ここでまず、松子の運命に一つ目の傷がつく。

本書はまた現代へと戻る。以後、松子の運命と笙の探索が交互に描かれていく。松子の遺品整理に気乗りしない笙は、初めは片手間に、恋人の明日香と松子が住んでいたアパートに向かい、作業を始める。大家や隣人、訪ねてきた刑事などから松子の人となりを聞いた笙は、松子の生涯にふと興味を抱く。隣人より松子が荒川の土手で人知れず泣いていたことを聞き、荒川へと向かう。そこで見た男の面相は、18年前に松子と同棲していたという 刑事から見せられた写真に写っている男だった。男が殺人犯と勘違いした笙と明日香の二人が、荒川の土手に戻ると、男のいた場所には新約聖書が落ちていた。

昭和46年の春。修学旅行先で事件は起きる。泊まっていた旅館の金庫から金が盗まれたのだ。担任の松子は、生徒を疑ってはいけないと知りながらも、問題児の龍洋一に金の行方を問い質す。そして龍洋一は、尋問に傷つき出て行ってしまう。窮した松子は生徒が盗ったことにして、お金を内々に宿に返せば丸く収まるのではと考える。しかも、自分の手持ちのお金だと足りないので、たまたま目に入った同僚教師の財布の中身も拝借して穏便に済ませようとする。だが、そんな浅知恵がうまくいくはずはない。結果、自宅謹慎の処分が下る。なおも諦められない松子は龍洋一の家を訪れる。そして本当の事を白状するように懇願するぬれぎぬまで着せられ、退職願を出すよう申しつけられる。全てが暗転していく絶望に、学校からも家からも泣き笑いで飛び出す松子。

場面は再び現代へ。男が置いていった新約聖書には府中市にある教会の名前が刷ってあった。そこを訪れた二人は、男が逆に松子を探していたのではないかと思い至る。笙の中で、松子の人生にあらためて興味が沸く。

教師を放り投げてからの松子の人生は、世間体からみれば転落の一言だ。ウェートレス、文学青年のヒモ、妻ある人との不倫。そして風俗嬢へ。風俗嬢でのし上がった松子は金を稼ぎ、同僚やマネジャーと絆を結ぶ。

一方、松子を探し訪ねる 笙の 旅は、荒川にいた男が松子の教え子だったことで次の展開に向かう。男の名は龍洋一。

過去と現在が交互に入れ替わる本書は、一人の女性が人生の荒波に揉まれ、懸命に生き抜こうとする物語だ。いちど世間というレールを外れると、あと頼れるのは己のみ。生きることへの執着としぶとさが本書にはある。

故郷をついに離れた松子の、一生故郷には帰らないとの決意で上巻は終わる。

‘2016/09/06-2016/09/08


望郷


NHK朝の連続ドラマ「マッサン」は、私のようなウイスキー愛好家に大きな影響を与えた。ウイスキーがブームとなり、酒屋の店頭からウイスキーが売り切れていった。原酒は不足し、製品のラインアップは変わった。それを差し置いても、ウイスキーが人々の身近な酒となったことはとても素晴らしいことだ。何よりも素晴らしいのは、我が国で造られたウイスキーの品質の優秀さを日本人自身に知らしめたことだ。そこには「マッサン」のモデルとなった竹鶴政孝氏の努力と情熱もさることながら、妻として支え続けたリタさんの献身が欠かせなかったと思う。竹鶴リタこそは、日本のウイスキーを語る際に欠かせない人物であり、「マッサン」によってその生涯に脚光が当たったことはとてもうれしい。20年ほど前に初めて訪れた余市蒸留所。そこには夫妻の自宅を再現したリタハウスが建っていた。そこで飲んだアールグレイの味は忘れてしまったが、おいしかったことと、リタハウスの落ち着いた雰囲気はとても印象に残っている。

私は夫妻に関する関連書籍は何冊か読んできた。そのうちの2冊「竹鶴政孝とウイスキー」と「マッサンとリタ ジャパニーズ・ウイスキーの誕生」は当ブログでレビューにも書いた。しかし、それらの本は二人のロマンスよりもウイスキー造りやニッカウヰスキーの歩みを記すことに焦点が当てられていたように思う。

しかも、上に書いたその二冊はノンフィクションに属する内容だ。「 竹鶴政孝とウイスキー 」はウイスキー評論家として著名な土屋守氏によるもので、「 マッサンとリタ ジャパニーズ・ウイスキーの誕生」は、日英関係を研究する英国女性の著者の視点から書かれている。前者はウイスキー作りを学ぶ政孝の努力や当時のウイスキー作りの比較や分析に力が置かれているし、後者においては、異邦の日本で住まう英国女性の苦労を描くことに重心が置かれている。 後者には、リタと故郷のカウン家で交わされた往復書簡もたくさん紹介されている。英国に残されたリタの手紙には、日本にいては言いづらいリタの望郷の思いや、異国にきて竹鶴政孝の妻として最善を尽くそうとするリタの意地もにじみ出ていたようだ。リタは政孝の妻として精一杯生きたが、そこには異郷に住む女性として、後悔や弱音を吐きたくない矜持があったはずだ、と著者は英国女性の立場からリタの肩を持っていた。

私は「マッサン」はいまだに見ていない。なので、二人のスコットランドでのロマンチックな出会いやその後の苦労は知識としてしか知らない。ウイスキーを日本で造ることに情熱を燃やす竹鶴青年とスコットランドのおとなしい少女であったリタが出会い、結婚するまでにどのようなことがあったのか。特にリタは、おとなしい少女だったという描写が多い。だが、日本の青年について異国へ向かう度胸を見せるリタの心をおとなしい、だけで片付けるのは物足りなさを感じていた。政孝と出会う前のリタに何があったのか。リタの心のうちに焦点を当て、リタを日本に赴かせた背景に何があったのか。 日本人にとって国際結婚がとても珍しい当時の事情にも興味があるが、リタの心の動きにはとても興味があった。リタの心を描く作業は小説家の独擅場だ。 そして私は、リタの生涯を取り上げ、蘇らせた本書の存在をつい最近まで知らなかった。

本書は森瑤子氏による作品だが、女性的な視点でどこまでリタの内面に踏み込んでいるかを期待しながら読み進めた。じつは著者の作品を読むのは本書が初めて。だから、小説家としての技巧はよく知らなかった。しかし、本書で書かれるリタは丁寧に描写されており、同じ女性からの感性で書かれた感情の揺れには説得力があった。リタの生涯がまざまざと読者の前に蘇るようだ。

本書は、リタのスコットランド、カーカンテロフでの少女時代を丹念に書いている。今までの夫妻の出会いを描いた文章はどちらかといえば政孝の視点で描かれることが多い。政孝に出会う前のリタの少女時代は省かれているように思う。でも本書はその部分を重点的に書いている。なぜなら本書の主人公はリタだから。リタの少女時代について、われわれはあまり知ることがない。たとえばリタが政孝と出会う前、婚約者を第一次世界大戦で亡くしていたことや、リタに妹や弟がいたことなど。それは、政孝のウイスキー修行とニッカウヰスキーの歩みにとってはあまり重要なことではないのだろう。でも、リタがなぜ政孝からのプロポーズを受け入れ、遠い日本へ渡る決断を下したか。それを推し量る上で婚約者ジョンの戦死とその後に続いた父サミュエル・カウンの死は忘れるわけにはいかないのだ。また、日本に渡った後のリタは、一度だけ政孝のスコットランド視察に付き添って母国に帰ったものの、それ以外はとうとう64歳で亡くなるまで日本を離れることはなかった。その理由は、リタが夫に従い夫の夢を支えようと決意したことだけでない。スコットランドを離れる際にカウン家の妹エラや弟ラムゼイとこじれてしまったことも原因としてあったのだろう。

リタを主人公とした本書は、リタがイギリスを離れるまでの日々に全体の半分以上を費やしている。ページ数にして252ページ。リタが日本で異邦人として生き、日本婦人以上に日本を大切にした背景を描くためにはそれだけの紙数が必要だったのだ。婚約者ジョン、父サミュエル・カウン、母アイダ・カウン、妹エラ、ルーシー、弟ラムゼイ。彼らとの満ち足りた日々。出会った当初は反発しあう仲だったジョンとの恋愛、そして婚約。引っ込み思案な少女に訪れた幸せは、シリアの戦場から届いたジョンの戦死の知らせによって打ち砕かれる。ジョンの命はイギリスに捧げられ、同時にリタの心もイギリスから、日常から、そして神からも離れてしまう。

そんなところにやってきたのが竹鶴政孝だった。快活な青年タケツルは、カウン家にやって来たリビングルームで、ラムゼイに語る。「男が命をかける場所は戦場じゃないよ」「男が命をかけるのは、自分の夢に対してなのだ、と思うな。夢を実現させるために、命がけで闘うのさ」(142ページ)。鮮烈な出会い。タケツルの存在はカウン家に新風を吹き込む。しかし、父サミュエルも老い、タケツルとの出会いを警告するかのように娘たちに告げる。「良かった。それで安心したよ。人間というものはな、自分の国の言葉が通じるところで生き続けるのが一番幸せなことなのだ。いいかね、人間の感情の中で何よりもつらいのは、望郷の念なのだ」(149ページ)。

自分の余命を知った上で警句のように言葉を掛ける父サミュエル。しかし、若い二人が惹かれることは最初から定められていたかのように、二人の距離は迫る。そしてサミュエルは世を去ってしまう。政孝の夢を支えようと決意したリタは、婚姻届を出す。幸せをふっと掴んでは行ってしまうリタに、ジョンの時もマサタカのときもそうだったと憎しみをぶつける妹エラ。妹ルーシー以外の誰にも理解されぬまま、スコットランドをたつリタの姿は決意に満ちている。ルーシー以外の家族の誰にも見送られなかったにもかかわらず。

日本に着いてからも、夫婦の前途は多難だ。摂津酒造は不景気でウイスキー作りどころではなくなり、自らの志と違った状態に退社を決意する政孝。そして桃山中学での教師時代と雌伏の時を過ごす。後日、鳥井 信治郎から誘われ壽屋に入社し、山崎蒸留所の建設に取り組む政孝。政孝のウイスキー造りの仕事に従ってリタの生活も変化する。だが、リタも必死に日本に溶け込もうとする。そんな日々を著者は丹念に追う。そして、不慮の事故からの流産や孤児院から養子沙羅を貰い受ける経緯など、本書はあくまでもリタの視点から物語をつむいでゆく。

そんなリタの懸命の努力にもかかわらず、日本には戦時の空気が満ち、敵性外人であるリタへの風当たりは厳しさをまして行く。さらに、完璧な日本人であろうとするリタの姿勢は娘沙羅にも疎まれ、出奔される。父サミュエル・カウンから言われた警句である望郷の念がリタをさいなむ。だが、リタの真面目さは日本婦人になり切らないと、と自分を甘えさせない。そしてそんな日々はリタの身体を知らぬ間にむしばんで行くことになる。

だが、竹鶴夫妻が新たに広島の竹鶴本家から迎えた威が、リタの心のこわばりをほぐす。リタが威の胸で泣き崩れ、神が自分から奪って行った人々を威という形で返してくれたことに感謝するシーンは感動的だ。本書はリタの死の前年、仲たがいしていた妹エラからの手紙で幕を閉じる。望郷の念を忘れ去ろうとするあまり、リタが自分で凍り付かせていた故郷とのつながりが現れた瞬間だ。エラとの確執と和解こそが、本書のテーマなのだと思う。本書はウイスキー作りの物語ではない。 望郷の思いを押し殺 した一人の女性の物語なのだから。ならばこそ、故郷からの和解の手紙はリタだけでなくわれわれをも感動させるのだ。

残念なことにリタは、夫政孝が一生を掛けて作り上げたウイスキーが本場スコットランドから高い評価を受けることを知らずに死んだ。だが、望郷の念に打ちのめされたまま死なず、最後にエラとの和解がなったことは彼女のためにも祝福したいと思う。それにしても「マッサンとリタ ジャパニーズ・ウイスキーの誕生」ではこの和解の手紙には触れていなかった。この和解は事実なのだろうか、それとも著者による脚色なのだろうか。とても気になる。

私が最後に余市を訪れてからもはや12年以上の日々が過ぎてしまった。そして私はまだお二人の眠る墓地を訪れたことがない。「マッサンとリタ ジャパニーズ・ウイスキーの誕生」のレビューにも書いたが、竹鶴家による墓参り自粛のお願いがあったという。そのお願いは解けたのだろうか。そろそろマッサンブームも落ち着いたころだと思うので、余市を訪れた際は墓参したいと思う。そして、リタという一人の女性が過ごした数奇な一生に思いをはせたいと思う。

‘2016/09/05-2016/09/06


解錠師


本書はMWA(アメリカ探偵作家クラブ)のエドガー賞(最優秀長編賞)とCWA(英国推理作家協会)のイアン・フレミング・スティール・ダガー賞を受賞している。受賞作品という冠は、本書の場合、本物だ。だてに受賞したわけではない。登場人物の造形、事件、謎、スリリングな展開、それらが本書にはそろっている。傑作というしかない。

本書には設定からしてユニークな点が多い。まず、本書の主人公はしゃべれない。八歳の時に起こった事件がもとで言葉を失ってしまったのだ。だから主人公は言葉を発しないけれど、主人公の心の動きは理解ができる。それは、主人公の視点で描かれているからだ。口に出して意志は伝えられないが、独白の形で主人公の心が読者には伝えられる。ているの動き、感情、そして読者は口がきけないことが思考にどう影響を与えるかを想いながら本書を読むことになる。マイク、またの名を奇跡の少年、ミルフォードの声なし、金の卵、若きゴースト、小僧、金庫破り、解錠師と呼ばれた男の物語を。

本書は、刑務所にいるマイクの独白で展開する。そのため、複数の時代が交互に登場する。最初は分かりにくいかもしれないが、著者も訳者も細心の注意を払ってくれているので、まず戸惑うことはないはずだ。それぞれの章の頭にはその時代が年月で書かれているし。

しゃべれなくなったマイクは、叔父リートの店を手伝いながら、店の古い錠前で錠前破りに興味を持ちつつ、コミュニケーション障害を持つ子供たちの学校に通う。進学した健常者の高校では絵の才能が開花する。そして親友のグリフィンと会う。しかしその出会いから、マイクの運命は変転を加えていくことになる。

卒業記念に強盗という無法を働こうとしたグループにグリフィンと巻き込まれたマイクは、押し入ったマーシュ家で独り捕まる。そこからマイクの運命はさらに変転を重ねる。マーシュ家で保護観察期間のプログラムとしてプール作りの労働に励むことになったマイク。そこでマイクは錠前破りの弟子としての道を示され、さらにマーシュの娘アメリアに出会う。マイクは錠前破りのプロとして独り立ちし、たくさんの犯罪現場の場数を踏む。その後もマイクの独房での独白は進んでゆくのだが、それ以上は語らないでおきたい。

本書のユニークな点は、錠前破りの論理的な部分を図解なしで紹介することにある。金庫の錠前を破るにはロジックの理解と指先の微妙な感覚を検知する能力が求められる。シリンダーの細かい組み合わせと、そのわずかなひっかかりを基に正しい組み合わせを逆算出するのだから当然だ。もちろん、本書を読んだだけで誰でも錠前破りになれるわけではない。だが、図解なしにそういったセンシティブな部分を書き込むにはかなりの労力を要したことだろう。著者略歴によれば著者はIBM出身だそうだ。本書のロジカルな部分にIBMのセンスが現れている。

だが、本書で見逃せないユニークな点は、マイクとアメリアの間に交わされる絵によるコミュニケーションだ。最初はマイクからアメリアへのポートレイトのプレゼントから始まる。夜間にマーシュ家に忍び込み、寝ているアメリアの横にポートレイトを置いて帰るという向こう見ずな行い。それに気づいたアメリカからの返信の絵。寝室で合った二人は、声を交わす前からすでに恋人同士のコミュニケーションが成り立っている。

むしろ本書は、マイクとアメリアの若い恋人によるラブストーリーと読んでもよいかもしれない。声が出せなくても、マイクには絵という感情と、表情と身ぶりでを想いを伝える手段がある。声を出さないことでアメリアへの思いが発散し、薄れてしまわないように。マイクの内に秘めた熱い感情は声なしでアメリアに伝わってゆく。声というのはもっとも簡単な伝達手段だ。だが、たとえ声が出せなくても絶望することはないのだ。マイクからは口がきけないことを後ろ向きに感じさせない強さがある。

先に、著者がIBM出身であることを書いた。IBMは声を使わない情報伝達を本業としている。そんなIBM出身の著者だからこそ、口がきけないマイクとアメリアの交流を考え付いたのだろうか。多分、ヒントにはなったかもしれないが、それ以上に著者は考えたはずだ。口を使わない情報伝達の限界を。それは単にロジックを考えればよい問題ではない。心と感情について、著者は深く考えぬいたのだろう。心の描写をゆるがせにしなかったことが本書を優れた作品に持ち上げたのだと思う。

マイクから言葉を奪った事件も本書の終わりのほうで語られる。それは、八歳の少年から声を奪うに十分な出来事だ。そんな出来事があったにも関わらず、マイクは強い。芯から強い。アクの強い犯罪者たちの間に伍して冷静に錠前破りができるほどに強い。声を出せないことがマイクをそのように強くしたのか。それとも、そのような試練に打ち勝てるだけの素質がもともとあったのか。マイクの強さと心のまっすぐさは、犯罪を扱っている本書であるがゆえに、かえって強く印象付けられた。

おそらく本書の魅力とは、マイクのひたむきな前向きさにあると思う。

‘2016/08/29-2016/09/05


犯罪小説家


本書はタイトルの通り、小説家が主人公だ。

小説家、待居涼司は「凍て鶴」によって作家として日の目を浴びたばかり。「凍て鶴」は評価され、映画化の話も持ちこまれる。受賞作家のもとには、さまざまな人物があいさつに訪れるが、映画化で監督・脚本・主演に名乗りを挙げた小野川充もその一人。

小野川の軽さに自分と相いれない性格を感じた待居。さらに小野川の脚本案は、独自の解釈が施されている。その解釈は、原作者待居の思惑を超えている。小野川に反りの合わなさを感じる待居はその脚本案を素直に受け入れられない。原作では憎悪をこめた殺害で終わるラストを心中と読み替えた小野川の案は、小野川の個人的な思いに影響されすぎていやしないか。しかも、小野川は「凍て鶴」の舞台を勝手に待居の住む多摩沢だと決めつける。多摩沢公園に脚本のインスピレーションを求めるため、あろうことか多摩沢に住居まで移してしまう。

小野川のペースに翻弄されいらだつ待居。そんな待居の気持ちをさらに逆なでするように、小野川は脚本に現実に起こった事件をモチーフとして持ち込もうとする。その事件とは、木ノ瀬蓮美が主催する落花の会によって引き起こされた。落花の会とは、自殺サークルのことだ。周到に準備を重ね、会員の自殺を成就させるのが目的の会は、多摩沢公園で主催の木ノ瀬蓮美が水死体で浮かぶことで終息を迎える。

小野川は、「凍て鶴」脚本のラストを心中で終わらせるのが最善と確信する。そしてそのためには落花の会について詳しく調べなければならないと待居や編集担当の三宅に力説する。小野川の想いは口だけにとどまらず、ライターの今泉知里に落花の会を調べさせるまでに至る。

そして本書は、今泉知里の調査によって自殺ほう助サイトの実態に入り込む。落花の会は木ノ瀬蓮美の死によって活動を停止した。だが、当時を知る幹部が何人か詳しい事情を知っているはず。ネット上に残されたログを追いながら、今泉知里は少しずつ落花の会の暗部に迫ってゆく。

本書は、犯人側の視点で語りを進める倒叙型でもなく、捜査側から語りを進める叙述型でもない。それが本書全体にどことなく曖昧さを与えている。そのあいまいさは一読すると本書の抱える欠点と思ってしまう。だが、そうではない。実際、本書の犯人像は早い時点で読者には見当がついてしまうだろう。しかし、ある程度読み進めても最後まで著者はそのあいまいさを崩さない。そしてそのあいまいさとは、犯人側ではなく捜査側にも当てはまるのだ。終わり近くになって明かされる捜査側の意図の意外さにきっと驚くことだろう。

そしてそこに、芸術という表現形式がはらむ狂気が顔を見せるのだ。小説と映画。二つの表現形式のはざまにあるものの違いといってもよいかもしれない。多分、それは本書は一度読んだだけでは気付かないと思う。二度読まないと。

‘2016/08/25-2016/08/29


そして、メディアは日本を戦争に導いた


私が近代史家として信頼し、その見解に全面的に賛同する方が幾人かいる。本書の著者である半藤氏と保坂氏はその中の二人だ。

本書はそのお二人の対談をまとめたものだ。内容は題名の通り。第二次世界大戦での敗戦に至る日本の破滅に当時のマスコミが果たした役割を追究している。

お二方とも今なお言論人として論壇で活発に発言されている。だが、半藤氏は文藝春秋の編集長として、発行側の立場も経験している。マスコミが戦前の世論形成に果たした役割を、執筆者としてだけでなく編集者としての立場から語ることのできる方だ。

言うまでもなく、お二人が昭和史を語れば立て板に水だ。一家言を持つ立場から紹介される、戦前の本邦マスコミに関するエピソードは私の知らないものがほとんどだった。それらのエピソードは昭和初期のマスコミの姿勢を物語るものだ。軍部に国民に迎合し、世論を戦争へと導いていった責任。お二方は当時のマスコミを糾弾する。おそらくその真意とは、今の安倍政権に警鐘を鳴らすことにある。言論統制と取られかねない動きを見せる安倍政権。お二方の発する言葉の端々に、言論統制を憂う言葉が感じられる。おそらく、政権の目指す方向が昭和初期のそれに重なるのではないか。

私は安倍政権の改憲への動き自体には賛成だ。今の憲法をそのまま墨守すべきだとは思わない。だが、昭和初期の日本のあり方が正しかったとも思わない。そして、我が国が急速に国粋主義に偏った責任を軍部のみに負わせようとは思わない。当時のマスコミにも相応の責任があると思っている。

本書は、昭和初期のマスメディアが右傾化していった経緯が詳細に解き明かされてゆく。中でも見逃せないのが、新聞の売れ行きと記事の反戦度合いの相関性を分析する箇所だ。万朝報と言えば反戦で知られる明治時代を代表する新聞だ。だが、日露戦争の時期、同紙の反戦記事は発行部数の低下を招いたという。経営的に追い詰められた主筆の黒岩涙香が、論調を戦争推進に転向した途端、発行部数は劇的に回復した。そして、報道転向を不服として著名な記者が何人も同紙を去った。

つまり、新聞は第四の権力でも社会の木擇でもなんでもなく、読者からの収入に支えられる媒体に過ぎないということだ。万朝報をはじめとした反戦論調が経営に与える影響。それを間近で見て骨身に刻んだ経営者たち。彼らが、昭和の軍部の専横に唯々諾々と従ったというのが、二人ともに一致した意見だ。軍の圧力で偏向報道に至ったのではなく、売上を優先して国威発揚の論調を率先して発信した。つまり、当時の国民に迎合したという事だ。それはまた、日本の破滅の要因として、軍部、マスコミ、に加えて当時の付和雷同した日本国民が含まれることも示す。それは重要な指摘だと言える。なぜなら、今の日本についても同じことが言えるからだ。これからの我が国の行く末が国民の民度にもよることが示唆されている。日本の行く末は、安倍政権や自衛隊、マスコミだけの肩に掛かっているのではない。国民が安易に多勢に流されず、きちんと勉強して対処することが求められる。

選挙の度に叫ばれる投票率向上の声。ヘイトスピーチを初めとしたウェブ上での右極化。シールズに代表される戦争に反対するデモの波。右も左も含め、かつてよりも日本国民が声を挙げやすくなっていることは確かだ。楽天的に考えると、かつてのように情報統制によって国の未来が危機に瀕することはないように思う。

だが、だからこそ二人の論者は警告を発する。むしろ、今のように誰でも情報を発信し、情報を受け取れる環境ゆえに、人々は簡単に流れに巻き込まれてしまうのだ。マスメディア以外にもネットからの膨大な情報が流れて来る昨今。著者はともに、同調しやすい日本人の国民性を冷静に指摘する。そして戦前の日本の過ちを繰り返しかねない現代を憂えている。

それを避けるには、国民のひとりひとりが過去から学ばねばならない。そして簡単に周囲と同調しないだけの矜持が求められる。本書では、気概のジャーナリストとして信濃毎日新聞の桐生悠々氏が再三取り上げられている。桐生悠々とは、戦前の言論統制にあって抗議の声をあげ続けた気骨のあるジャーナリストだ。著者たちは、現代の桐生悠々を待ち望んでいる。ジャーナリストの中に、国民の中に。

本書は共著者による遺言のようにも読める。実際に本書の中で、これからの日本にいない身として責任は負えない、との気弱な発言すら吐いている。半藤氏は齢80を越え、保坂氏も70代後半に差し掛かっている。既に先の永くない二人の論者を前にして私に何ができるか。聞くところによれば、二人の著者を左寄りと指弾するネット上の書き込みもあるとか。なにをかいわんや、である。私はお二方の著作を多数読んできた。その上で、お二方が特定のイデオロギーによらず、歴史の本筋を歩まんとする姿勢に共感している。

結局、歴史とは軽々しく断罪も賞賛もできないものだ。立場によってその目に映る歴史の色合いは違う。解釈もさまざまに変わってゆく。多分、お二方にとってそんなことは自明のはず。そして、それゆえに軽々しく当時の人々を断罪できないことも感じているのだろう。碩学にしてそうなのだから、われわれには一層努力が求められる。そのためには、本書内でも二人の著者が度々ジャーナリストの不勉強を嘆いているように、中途半端な知識はもっての他。もっともっと勉強して、軽々しい言説を一笑に付すくらいの見識を身に付けなければ。

‘2016/08/21-2016/08/24


禁断の魔術


著者の作風に変化を感じたのは「夢幻花」だったと思う。その変化についてはレビューにも書いた。私が感じた変化をまとめると、謎や解決のプロセスを本筋できちっと書き込み、なおかつ、それとは並行する別の筋に作者の想いや主張を込める離れ業を見せるようになったことだ。作風の変化というより作家として新たなレベルへ進化したというべきか。

「夢幻花」はシリーズものではなく単発作品だった。普通は安定のシリーズものではなく単発作品で実験的な手法を試すのが常道だと思う。

だが、著者はガリレオシリーズの一冊である本書で新たな手法を試す。今までガリレオの活躍を読まれてきた方にはお分かりだが、ガリレオシリーズは新しい科学的知見がトリックに惜しみ無く投入される。ガリレオこと湯川学が物理学者としての知見で謎を解くのがお決まりの構成だ。決して理論だけに凝り固まらず、謎や犯人との対峙の中で、ガリレオの人としての温かみが垣間見える。そんなところがガリレオシリーズの魅力である。

本書でもガリレオの前に科学的な装置を駆使した犯罪が立ちふさがる。その装置を使って一線を越えようとする人物の素性も序盤で読者に明かされる。それはガリレオのかつてのまな弟子。師は果たして不肖の弟子の暴走を止められるのか。それがあらすじだ。

もちろん著者は本筋をおろそかにしない。読者は、著者が安定のレベルで紡ぎだす謎解きの醍醐味を味わうことになる。いまや熟練の推理作家である著者にとって、謎の提示と解決までの筋書きを用意するのはさほど難しくないのだろう。

著者が用意した本書の裏の筋は、ここでは書かない。本筋にも関係のあることだからだ。表の謎が解かれた後に明かされる裏の事情。それは正直にいうと「夢幻花」で受けたインパクトよりも弱い。

でも、それはガリレオというキャラクターを語る上では欠かせないピースである。それをあえて本筋の後に持ってきたことにより、著者の新たな挑戦のあとがみえるのである。

あえて難癖をつけるとすれば、犯人の意図を挫くためにガリレオがとった行動にある。うーむ、さすがにそれは間抜けすぎでは、と思った。

‘2016/08/20-2016/08/20


天上の青 下


上巻を通して宇野富士男の性格は充分すぎるほど読者に披露された。一見すると穏やかそうに見えて話も達者。だが、一度、自分に都合の悪いことが起こると気の短さが爆発し、見境のない行動に走る。そういう性格の持ち主は、権威にも激しい敵意を示す傾向にあると思う。

富士男の悪い面は、偶然の出会いで車に乗せた少年に対して顕著に現れる。11歳のひどく大人びた、生意気な口調で話す少年。気圧された富士男は不機嫌が募ってゆく。少年は父が検事であることを誇示し、悪いヤツは罰せられるべきだと持論を振るう。少年との会話は富士男の衝動に火をつける。そして、「僕を殺したりすると、国家的損失だよ」の言葉に富士男の理性は吹き飛ぶ。自分よりもかなり年下の少年との会話にむきになり、自制のできない富士男の幼さが出てしまう瞬間だ。少年の死と家への帰りに引き起こした交通事故が富士男の命取りとなる。

逮捕と勾留。富士男を取り調べるのは、財部警部補と檜垣巡査部長のコンビだ。取調室で取り調べと韜晦のせめぎ合いが始まる。富士男がのらりくらりと尋問をかわしても警察の組織力が次々と矛盾を暴いてゆく。富士男視点で尋問は進むので、いわゆる犯人からの視点で物語が進む倒叙型のミステリーとでもいおうか。読者は富士男がいかにして尋問を切り抜けるのか、または、彼の狡知を警察がいかに破ってゆくかに興味を惹かれるはずだ。会話の巧みさを自負していた富士男をあざ笑うかのように、証拠が次々と富士男を打ちのめしにかかる。富士男と警察の駆け引きがとてもスリリングでリアルだ。私は著者の作品をあまり読んでいないが、推理小説作家としては認知されていないように思う。だが、取り調べのシーンは間違いなくミステリを読んでいるようだった。著者の作家としての筆力を見せられたように思う。

でも、いくら著者が達者に尋問経過を書き込もうと、本書は事件の意外な真相を描くのではなく、罪と罰、そして救いを描く小説だ。そのため、土壇場で予期せぬ事実が判明することはないし、富士男の替わりに真犯人が現れることもなく、まだ見ぬ共犯者が現れることもない。著者は富士男の罪の意外な事実を暴くよりも、波多雪子の無垢な視点で富士男の罪を考えさせる。それによって読者は波多雪子に興味の視点を注ぐのだ。波多雪子の心がどのように揺れ動き、富士男の罪とどう折り合いをつけてゆくのか。

波多雪子は獄中の富士男に向って手紙を書く。手紙の中で波多雪子が書いた一文にこのようなくだりがある。「お互いに小細工はよしましょう。生きることは小細工では追いつかない、骨太なシナリオを持っているように私は思うのです」。さらに、富士男がレイプした女性の家族がたまたま波多雪子の知り合いだったことから、一つの家族が富士男の行いによって崩壊しつつあることを非難し突き放す。一方で、富士男がたまたま車に乗せ、殺さずに会話を交わして送り出した女性は富士男との会話によって自殺を思いとどまる。その女性も波多雪子の知り合いだった。波多雪子は、富士男が一人の少年や家族を壊しただけでなく、一人の女性を救ったことも思い返す。波多雪子は、投函せずに手元に置いておくつもりだった手紙にお礼と続きを加え、手伝えることがあれば手伝うと申し出る。

取調室で自分だけが被害者だと世をひがんで見せる富士男。そんな富士男に、檜垣巡査部長が自分は捨て子だと明かし、富士男の甘ったれた根性にぐさりと切り込む。檜垣巡査部長は、取り調べに当たった刑事の中でも富士男の心情を見抜き、富士男の心を融かす波長をもつ人物だ。ちょうど大久保清にとっての落合刑事のように。そんな檜垣巡査部長は、富士男の人物を理解するための糸口を求めて波多雪子のもとを訪ねる。そこで波多雪子が語る「どなたにせよ、この世で私のことを思い出して訪ねて来てくださる方がいらっしゃるなんて、私、光栄だと思っていますから」という言葉は檜垣巡査部長を圧倒する。檜垣巡査部長は、この言葉だけで富士男と波多雪子の関係にただれた部分がなかったことを確信させたことだろう。そして檜垣巡査部長は、富士男が弁護士を紹介してくれるよう頼んでいることを波多雪子に伝える。富士男は、義兄の三郎がよこした国選弁護士の話を蹴ったのだ。波多雪子の紹介してくれた弁護士なら、という富士男。それを聞いた波多雪子は、自分こそが富士男にとって唯一残された蜘蛛の糸であることを自覚する。蜘蛛の糸とは、仏が地獄に垂らした一本の糸をさしているのだろう。罪人たちが我先にと糸にとりついたために、切れてしまった仏教説話は有名だ。波多雪子は富士男のこころを罪からすくい上げられるのだろうか。

知り合いに弁護士のいない波多雪子は、偶然、風見渚という弁護士と知り合う。宇野富士男の弁護を引き受けられないか、とおずおずと切り出す波多雪子に、風見渚はこう答える。「私、結婚するとき、主人に言われたんです。弁護士をやるなら、一生、道楽でやれ、って。最低食うだけは僕が引き受けてやる。だからお金になるかならないか、ということじゃなくて、この事件の弁護に自分が関わることが、自分にも相手にも意味がある、と思うものだけやれ、って言われたんです」。宇野富士男から波多雪子、そして風見渚へと弁護の糸は流れるようにつながってゆく。ここまでの流れに著者のご都合主義は感じられない。

今となってはもはや、宇野富士夫と大久保清の事件を比べることに意味は薄れつつある。なぜなら、波多雪子の視点が中心となった本書は、大久保清をモデルとしただけの小説ではなくなってきているから。それでもあえて私は大久保清の事件をベースに本書を読んでみたいと思う。私は大久保清の弁護人に選任された方の名前を知らない。その方が弁護人としての本書の風見渚のように高邁な哲学を持っていたのかも知らない。もし、大久保清に波多雪子や風見渚のような精神的な支柱があれば、さぞ心強かっただろうと思う。

波多雪子から宇野富士男にあてた手紙には、風見渚に弁護を頼んだことと、「人間は自分のことを人に語らせてはいけません。それは、第一自分に対して失礼です。」というくだりがある。大久保清は「訣別の章 死刑囚・大久保清獄中手記」と題された手記を発表している。大久保清はそういう形で世間に対して自分を語ろうとした。この書を発行したのはアナーキストの肩書を持つ大島英三郎氏となっている。大島氏がどういう経歴の方かは知らないが、波多雪子が宇野富士男と書簡を交わしたように、大久保清も大島英三郎氏と書簡を交わしたのだろう。本書では以降、宇野富士男の心のうちが書簡の形で表現される。

宇野富士男が、現場検証で連れていかれた海を見て、感慨にふけるシーンがある。少し長いが引用してみる。
「富士男は静かに海の香りを鼻の穴に通した。そして眼をつぶった。その頬は微笑していた。その瞬間、彼は自分がどこに、どんな人生を背負って生きているかを忘れることができた。富士男は自分が小さな気泡になって海へ溶け込む実感を味わった。それは自分が無限に小さくなり、何者かに抱かれる感覚であった。小さくなると、自分の中に内包されていた悪も小さくなるのか。そうは行かない、と人々は言うであろう。しかし偉大になることに血道を上げる奴もいるとすれば、自分が小さくなることに安らぎを見出す人間もいる。それは、常に大きなものになろうと背伸びし、大きなものがいいものだと信じ、大きなものにしか存在の価値はないと思い込んできた常識に対する不遜な反抗の開館であった。」
「富士男は一瞬海に向かって頭を垂れた。富士男は海を見ることはこれが最後だろう、と予感した。だから富士男は海に訣別の挨拶を送り、もう一度しみじみとその無垢な喜びの色を見つめたのだった。」
このシーンは、多分、大久保清が生前出版した「訣別の章 死刑囚・大久保清獄中手記」を意識しているのだろう。私はその手記は読んだことがない。だが、この手記には詩も載っており、その中で大久保清はこのようなことを書いている。
「父母よ!私の骨と灰は
 あなたがたにお願いしました
 その梓川の清き流れに
 私の全部を託して、長い旅に出ます
 そして何日かかるかわからねど
 きっとナホトカの港までゆくでしょう」

私はここにきて、著者が本書の舞台を三浦半島にした理由をおぼろげながら理解した。天上の青はアサガオの花弁の青。そして湘南の海の青、空の青。そして、自らの罪を清める清浄さの象徴としての青。罪は川となって流れ、海へと至る。そこに人の貴賤はない。人の裁きではなく、自然の、神の摂理によって罪は海へと流れゆく。その海の色はどこまでも青い。

富士男への書簡で、波多雪子はクリスチャンとしてキリスト教の話題を持ち出しては、富士男の心を少しでも改悛に導こうとする。だが、富士男は神だけは受け入れられないと拒絶する。波多雪子はそんな富士男のかたくなさに、少しも逆らわず、諭すように言葉をつむいでゆく。もともと自然の摂理に従い、自分に大いなる意志や役割を求めない姿勢で生きている波多雪子。人間の社会では全ては法廷という人による裁きの場で決着がつけられる。だが、波多雪子にとってはそうではない。キリスト教の教えでは、道徳については「裁くなかれ」と神がおっしゃったので人が人を裁くべきではないという。

そんな富士男に極刑の判決が下る。それにたいし、富士男は短く、
「たった一言、答えを聞かせてほしい。
 愛していてくれるなら、控訴はしない」
と。

波多雪子はそれに対し、
「同じ時に生まれ合わせて、偶然あなたを知り、私はあなたの存在を悲しみつつ、深く愛しました。
 この一言を書くのに、この二日を、苦しみ抜きました」
と返す。

波多雪子はこの一言が宇野富士男の刑を確定させ、死に追いやったと深く思い悩む。富士男は欲望の赴くままに残虐に人を殺したが、自分もまた、同じ殺人の罪を犯したのではないか、と。

しかし、著者はそれとは逆のことを言いたかったのではないか。愛するという言葉は、富士男に控訴という自我を捨てさせた。富士男はとうとう改悛の情を示さなかったかもしれないが、彼は法廷で自らの自白をひるがえさず罪を認めた。それは罪を自覚したからの態度ではなかったか。そして、波多雪子からの愛しました、との言葉を受けて控訴せず罪に服した。これは一つの罪を悔いた態度とみてよいのではないか。著者は暗にこう問うているのではないか。波多雪子の愛は、ついに一人の殺人犯に自らの犯した罪を心の底から自覚させたと。

大久保清がここまでの境地に至ったのか、それは知らない。だが宇野富士夫は、波多雪子によって一つの境地に至ったのだと思う。シリアルキラーだったかもしれないが、一人の罪人として死ぬことができたに違いない。

‘2016/08/17-2016/08/19


天上の青 上


映画『羊たちの沈黙』で一躍有名になったのが、プロファイリングという言葉だ。犯罪現場を詳細に分析することで犯行の手口や犯人像を類推し、捜査にいかす手法。シャーロック・ホームズの捜査手法を現代風に置き換えたと言えば乱暴か。残虐な連続殺人犯をシリアルキラーと呼ぶことを知ったのもこの頃だ。

海外では、アンドレイ・チカチーロやテッド・バンディといった人物がシリアルキラーとして知られている。では、我が国ではそれに相当する人物はいるのだろうか。私の知る限り、和製シリアルキラーとして著名なのが大久保清だ。大久保清とは、若い女性八人の連続強姦殺人犯である。昭和40年代半ばの群馬県を舞台とした一連の事件で名を轟かせた。

本書は、その大久保清をモデルにした小説だ。大久保清の犯罪で注目を浴びたのは犯行にいたるまでの手口だ。その手口とは、女性に声をかける誘い方の洗練さに特徴があった。ベレー帽にルパシカを着た知的な自由人、つまり画家として振る舞った大久保清は、自家用車に乗って女性に声をかけていたという。そのような出で立ちの人物は当時の群馬では珍しかったのかもしれない。モデルにならないか、という彼の言葉は信ぴょう性を帯び、被害者はやすやすと誘いに乗ってしまったのだろう。

大久保清について書かれた文章の多くは、表面に現れた事実を詳しく述べている。だが、大久保清の内面を掘り下げ、何が彼を犯行に至らせたのか、について納得のいく文章には巡り合ったことがない。おそらくは私が知らないだけなのだと思う。刑務所で大久保清を担当した教誨師や取り調べにあたった刑事が、大久保清を語った文章はどこかにあるのかもしれない。ただ、それらの文章もどこまで大久保清の内面に迫れたのかは、誰にも分らない。他人の心のうちを知ることなど、しょせん今の科学では不可能なのかもしれない。

著者は小説という手段で大久保清の心にアプローチを試みる。大久保清の心に迫れないにしろ、小説家の創作力によって架空の人物を作り上げられる。著者が本書を執筆しようとしたきっかけはよく知らない。だが、本書では大久保清をモデルとした宇野富士男の造形に成功している。本書の主人公、宇野富士男がどこまで大久保清の忠実な模倣かどうか、それはもはや誰にも分からない。大切なのは、宇野富士男が犯した罪や彼の内面を描くことで、犯罪に深く迫ることだ。

大久保清の事件は群馬を舞台とした連続殺人だった。群馬といえば赤城、榛名、草津といった山国のイメージが思い浮かぶ。平野もあるが、海とは無縁。一方、本書は三浦半島を舞台としている。三浦半島といえば海のイメージが強い。そのため、どことなく作品全体にすがすがしさが感じられる。タイトルの天上の青とは、波多雪子が育てている朝顔の品種名を指している。青、とは花弁の青を差すが、湘南の海の青、空の青も含めているはずだ。その青は波多雪子の心のありようを映しだしている。波多雪子は、本書では宇野富士男と同じくらい重要だ登場人物だ。波多雪子こそが、本書に大久保清事件と違う色合いを与えている。そのことが青の色合いで引き立っているかのようだ。

群馬の緑や土色の中では、大久保清の外観がより洗練さを目立たせた。一方の本書では、青色が外見の洗練さを目立たなくさせ、逆に心のいびつさを浮き彫りにしている。

私は大久保清事件の全経過を詳しく知らない。私の情報ソースとは、いくつかのウェブ記事ぐらいが関の山。なので、波多雪子に相当する人物が実在したのかは定かではない。私の予感では、波多雪子のモデルはいなかったのではないか。なぜならば、波多雪子とは著者の宗教観を投影した人物だから。

著者はクリスチャンとして知られている。私はあまり著者の作品は読んでいないが、カトリックの洗礼を受けた立場からの著作を出している。キリスト教の神とは父性が強調されがちだ。牧師や司祭など聖職者にも男性が多い。だが、キリスト教は父性だけではない。聖母マリアに代表されるように母なる者も教義に取り入れられている。宇野富士男の罪に対しておかれたのが、母性の象徴である波多雪子なのだと思う。

宇野富士男の犯罪に、波多雪子の存在はどう影響を与えるのか。冒頭で富士男は、朝顔の色に惹かれて立ち寄ったといって波多雪子に声をかける。そして後日、種を取りに再びやってくる。その時点では富士男とは、波多雪子にはなにげなく気になる人物として映るだけだ。そんな波多雪子の視点は、富士男に渡したはずの朝顔の種が捨てられているのに気づいた時点でにわかに曇る。

つづいて物語は富士男の視点に替わる。富士男の視点からみた世界とは、不満の対象でしかない日常を指す。富士男は離婚して実家が営む青果店の上にある住居のさらに屋上に住まっている。両親と同居しているとはいえ、富士男にとっての両親は存在感が薄い。姉の夫、富士男にとっては義兄にあたる三郎が青果店を実質切り盛りしていて、遊び暮らす富士男とは犬猿の仲だ。両親は富士男をかばうが、さりとて三郎に気兼ねしている。そんな状況に富士男のストレスは募るばかりだ。鬱憤のはけ口を街での女漁りに見いだすしかない。あてもなく車を走らせては行きずりの女に近づき、ホテルに誘い込む毎日。話術が達者なので会話には事欠かない。そんな富士男の気楽な日々は、女を誘うためについたうそがばれてしまい、行きずりのよう子に危険を感じさせてしまう。車から逃げようとしたよう子を、動転した富士男は殺めてしまう。

ここで重要なのが、波多雪子の視点で富士男からかけられる言葉と、富士男の視点で女たちに発する言葉に差がないことだ。波多雪子も富士男にドライブに度々誘われるが、雪子は他の女たちと違って一線を越えさせることがない。ここで波多雪子が対応を誤れば、他の女たちと同じレベルの女になってしまう。富士男にとって波多雪子とは、他の女たちと同じではない。波多雪子がまとう節度、そして他の存在の意志に自分の存在を預けているかのような波多雪子のふるまいは、富士男に単なる女とは違う何かを感じさせる。明らかに著者は、波多雪子を富士男の聖母として描いている。

富士男は波多雪子の家に入り浸り、それでいて清い関係を続ける。その一方で女漁りに精を出し、文字通り精を出しては、逃げられたり、殺めたり、強姦したり、気まぐれに裸で逃がしたり、何もせず放り出したり、ちょっかいを出さずに送り出したり、と次第に節操を失ってゆく。

大久保清の犯行と本書で描かれる富士男の犯行は違う。だが、本質的には同じなのだろう。大久保清も母親に溺愛され、両親に繰り返し庇ってもらい育ったという。確かに、本書で三郎に相当する人物は大久保清の場合次兄だった。そして、大久保清は最初の殺人に手を染める前に二度も逮捕収監を繰り返している。そんな経歴も富士男にはない。あくまでも本書は大久保清をモデルとした小説でしかないのだから。

だからこそ、著者は自由に富士男を創造する。考え方が幼く短絡的な富士男を。口は達者で、聞きかじった知識だけは豊かな富士男を。自分にとって物事がうまくいくときは、いたって紳士的に振る舞える富士男を。ひとたび気にくわないことや反抗的な態度をとられると、途端に衝動に任せて凶暴な男に豹変する富士男を。

著者はそんな富士男の対極として波多雪子を創造した。慎ましく、控えめで、それでいて芯を持つ女性として。上巻の最後には腕枕をしあう仲となる二人だが、それでも一線は越えない。そんな清い関係を続けながらも、他方で富士男は五人を死に至らしめ、幾人をもレイプする。富士男という一人の人格の中で極端な行為が両立すること。そこに、大久保清の事件ではない著者が創作したエッセンスがあると思う。だが、下巻ではさらに著者が本書で訴えたい点が描かれていく。

‘2016/08/12-2016/08/17


戦士の遺書-太平洋戦争に散った勇者たちの叫び


太平洋戦争を戦った軍人。その数は尉官以上の階級に限っても相当の数になるはずだ。軍人もまた人である。人である以上、それぞれに違う人格と人生がある。しかし敗戦は将官も尉官も関係なく、軍人を十把一絡げにして責任を負わせた。

もちろん負けた以上は軍人が責任をとらねばならない。だが、個人で取り得る責任範囲には限度があるはずだ。あれだけの戦争である以上、一人の軍人が戦争の帰趨を決めたはずはない。責任を負わせるに値するとすれば、大本営参謀とそこから上がった情報を基に判断を下した大将や元帥だろうか。しかし山本五十六海軍元帥自身が、日独伊三国同盟には大反対の立場だったことは有名だ。反対の立場でありながら、山本元帥はいったん国の方針が開戦に決まった後は腹をくくり、早期終戦を企図して真珠湾攻撃を成功に導いた。単に真珠湾攻撃がアメリカの反攻と日本の破滅を招いたという浅い見方をするならば、山本元帥などさしずめ国賊に値する。山本元帥がもともと開戦に反対していたにもかかわらず。

元帥ですらそういう複雑な思いを抱えていたのだから、中将以下の軍人を一括りとするのはなおさら雑に過ぎる。軍人のすべてを等しく断罪するのはいかがなものかと思う。将官によっては個人の思惑の中では平和を希求していたのかもしれないのだ。ただ、自らが秘めた思いに反した道を日本が歩んだとしても、彼らは自らの職務に忠実に励み、目の前に起こる戦争を戦っていったに違いない。

だが敗戦から70年をへて見直し作業が進んでいるとはいえ、今も中将以下の軍人の全員が等しく軍人としてまとめて扱われ、敗戦の責任を負わされているように思う。繰り返すが軍人である以上、日本の敗戦に全く責任のない軍人はいるはずがない。だが、人としての人格を無視して、全ての軍人を同格に日本を破滅へと追いやった悪人と決めつけることには抵抗がある。

太平洋戦争期の軍人の中で、一個人として生涯が知られている人物といえば、せいぜいが山本元帥、米内大将、井上大将の三人と東条元首相、最近では阿南陸軍大臣ぐらいではないだろうか。だが、本来ならば軍人たちにもそれぞれの人生があったはず。もっと生涯が紹介されてもよいのではないか。

著者は言うまでもなく「日本のいちばん長い日」を著した方である。阿南陸軍大臣の綱渡りともいえるポツダム宣言受諾前の数日間を詳細に描き、阿南大臣が愚直なだけの戦争継続者ではなかったことを後世に伝えている。著者が日本のいちばん長い日を詳細に描いたことで、阿南大臣の評価は、命を懸けた腹芸によって陸軍の暴発を防ぎ、日本を救った人物として定まろうとしている。阿南大臣と同様に、軍人の一人と扱わず、死にざまや生い立ちを詳しく描くことで、人間として評価すべき人物は多数いるはずだ。となると、著者が他の軍人を取り上げるのは当然ともいえる。

本書は総勢28名の軍人が取り上げられている。陸軍が15名、海軍が13名。将官が17名、尉官が4名、佐官が7名。バランスの取れた取り上げられ方だ。本書にはA級戦犯に問われた人物は一人も登場しないが、山下奉文陸軍大将や本間雅晴陸軍中将のように現地の裁判で死刑を宣告・執行された軍人も混じっている。本間中将は、マニラ戦後のバターン死の行進の責任者として死刑となった。が、本間中将はバターン死の行進の実情を知らず、行進自体も現地の事情からやむを得なかったという評価もあるため、本間中将の評価はいまだに定まっていない。あと、大西瀧治郎海軍中将も本書に収められている。大西中将はいわゆる特攻の生みの親とされている人物だ。しかし、本書でも紹介されているとおり、大西中将が本当に特攻作戦を発案したのかについてはまだ検証の余地がある。むしろ大西中将の遺書を読む限りでは限りなく人間としての情に溢れた人物ではないかとすら思えるのだ。

他にも「沖縄県民カク戦ヘリ」の電文で知られた太田海軍中将や、クリント・イーストウッド監督によって取り上げられた硫黄島の戦いを指揮した栗林陸軍中将もいる。全ての責任を負って戦後処理を終えてから自死を果たした杉山陸軍元帥や田中陸軍大将、安達陸軍中将も取り上げられている。開明的で人道的な人物だけでなく、あくまでも戦争続行を唱え、ポツダム宣言受諾後に自決した宇垣海軍中将や国定海軍少佐もいる。

本書に出てくる28人のほとんどに共通なのが、畳で死んだ人物がいないことだ。唯一の例外が井上海軍大将だ。だが、井上大将にしても、戦後は横須賀の長井に隠棲し、自らを語ることをよしとしなかった。やはり戦争責任を自分なりに取った人物の一人に違いない。そう、本書に登場するのは、何らかの形であれ、戦争の責任をきちんと受け止め、死んでいった人たちなのだ。

戦後、長きにわたって余命を永らえた軍人はたくさんいる。中には小沢治三郎海軍中将のようにアメリカの提督や戦史家からも認められた軍人もいた。だが、いわゆる責任を取っていないと著者は判断したのだろうか、小沢中将は本書に取り上げられていない。井上大将を除いて、戦後を生きた軍人で本書に取り上げられた人物はいない。ユダヤ人を逃がしたことでイスラエルのゴールデン・ブックに載っている樋口陸軍中将や、軍事と軍政の名将として知られる今村陸軍大将ですら本書には取り上げられていない。

本稿を書くにあたり、一年ぶりに本書をざっと読み返してみた。すると解説で阿川弘之氏が本書で取り上げられた軍人に共通する点を指摘されておられる。さらに、阿川氏はマッカーサー米国元帥の言葉をモジって文章を記している。それが印象に残ったのでここに引用したい。

「自国の軍隊と自軍の戦死者とをこれほど完膚なきまでに忘れ去った国は、史上その例をみない」

なんのことはない。阿川氏が私の言いたいことを先取りしていたのだ。でも、私はそのことにとても満足している。

‘2016/08/10-2016/08/11


ルーズヴェルト・ゲーム


アメリカのルーズベルト大統領は、 野球の試合で一番面白いスコアは8対7だ、という言葉を残したという。本書のタイトルの由来はそこから来ている。私は本書を読むまでこの挿話を知らなかった。

本書で著者が取り上げたのは社会人野球だ。青島製作所という中堅機械メーカーを舞台に、社会人野球に賭ける男たちを主人公としている。

社会人野球とは、面白い切り口だ。やっていることはプロ野球と同じ。それなのにアマチュアとして一段低く見られがち。選手たちはその企業の正社員または契約社員の身分として大会を戦う。正社員ならまだいい。その企業と終身雇用のプロ契約を結んでいるようなものだから。しかし、本書に登場する青島製作所野球部の選手たちはほとんどが契約社員だ。アマチュア扱いを受ける社会人野球のなかでも、より低いアマチュア扱いに甘んじているのが野球部の契約社員なのだ。契約社員は、雇用が保証された正社員とは違う。業務の繁閑に合わせて首にされても文句がいえない身分だ。ましてや、企業の福利厚生の延長である野球専業の契約社員であるなら、その立場はさらに弱い。私も本書を読むまでは勘違いしていたが、社会人野球を雇用が保証された身分で行う企業庇護の余技と見ると大きな誤りをおかす。

青島製作所野球部は創業者の青島が立ち上げた。その青島も年齢から会長にしりぞき、営業出身の細川に社長を譲る。その折り、日本を不況の波が洗う。青島製作所もその波をモロにかぶり、大手からの受注が減ってしまう。さらにはライバル社からは熾烈な価格攻勢を受ける。

業績が悪化すると銀行からの融資も渋り気味となる。その結果、コスト圧縮が全社的な掛け声としてまかり通る。そうなると真っ先に槍玉に挙げられるのは野球部のような福利厚生。個々の社員に直接恩恵のある福利厚生ならまだいい。しかし、野球部のような企業チームはどう評価すべきか。本書にも総務部長がチーム存続を社内に説得するための根拠として、野球部の経済効果を試算するシーンがある。だが、結果は芳しくない。企業の広告塔としての効果は、プロ野球ならまだしも社会人野球だと低く見積もらざるを得ないのだろう。

前監督はチームを去り、ライバルチームの監督に収まる。ついでに主力選手も引き抜いてゆく。そのライバルチームこそは、青島製作所にとっては本業の競業相手でもあるミツワ電機。営業力に定評のあるミツワ電機は、青島製作所の主力分野にも参入してしのぎを削る関係だ。ただでさえ不況で売上が減っているところ、どうやって青島製作所は生き残るのか。野球部は廃部への圧力をはね除けられるのか、という筋書きでグイグイと読者を読ませる。

正直なところを言えば、本書の筋書きは著者の代表作である『下町ロケット』に似ている。会社の危機にめげそうになった経営者が、社員の頑張りに勇気をもらい、災い転じて会社を飛躍させる粗筋は同じだ。

だから本レビューでは『下町ロケット』と筋書きが似かよっている事にはこれ以上触れないことにする。しかし、本書が 『下町ロケット』 よりもさらに深みを増した物語になっていることは言っておきたい。それは、会社にとって遊び場は必要か、という観点を掘り下げていることにある。半沢直樹にせよ、『鉄の骨』にせよ、著者の小説にはビジネスや資本の論理が太い芯として貫かれている。その論理の檻の中で、精一杯我欲を満たしたり意地を張る人々の姿を描くのが著者の得意とする作風だ。作中に登場するゴルフや呑みのレクリエーションは、すべてはビジネスの論理のため。今までの著者の作品には、そういう思想が透けて見えていたように思う。社業の隆盛に向け、社員一丸となって努力する姿は一見すると麗しい。でも、企業とはそんなに一面だけの切り口でとらえられるものなのだろうか。社員の全てが小賢しく立ち回る大人だけではないはず。平日は業務をきっちりとこなす。でもら、休みには童心に帰り、羽目を外して英気を養う。そういう社員がいてこそ、会社とは伸びてゆくのではないか。

悩める細川が、廃部の瀬戸際に揺れる野球部の試合を観戦に来て、応援に童心に帰る社員たちの業務とは違う一面に触れる。同じく観戦に来ていた青島から、8対7で終わる試合が一番面白いという言葉を聞き、目をひらかされるシーンもそう。窮地に落ちていても、4対7の劣勢から、逆転満塁ホームランで勝ち越せるのが野球の魅力の一つだ。言ってしまえば経営も野球もゲームにすぎない。ビジネスライクな論理だけでは人は動かないし、会社も続かない。それは、仕事も遊びも百パーセントでやることをよしとする私にとって、大きく頷ける考えだ。

本稿を書くにあたってあらためてそのエピソードの由来を調べてみたところ、このようなページがあった。この中でドラマ版のあらすじが記されているが、本書とは細かい部分で少々違っている。だが、ルーズベルト大統領の言葉が、このように裏付けられたのはとても意義深いことだ。

こういった努力が満塁ホームランで報われることもあれば、そうでないこともあるだろう。だが、たゆまぬ努力が全くの無駄には終わらない可能性だってある。読者としては、前向きに受け取りたいものだ。著者も努力を続けてきた結果、ベストセラー作家の仲間入りをした。企業論理を追求してきた著者の作風も、本書によって一段と深い風味をかもすことになるはず。今後とも楽しみに読ませてもらえればと思う。

‘2016/08/09-2016/08/09


人斬り半次郎 賊将編


中村半次郎として意気も溌剌とした幕末編から一転、桐野利秋として戦塵の中に倒れるまで、あと十年と少し。

本書は、維新の激動が半次郎の心に生じさせた変化を露にしつつ始まる。維新に向け、半次郎の命運は下るどころか、はた目にはますます盛んだ。上巻の終盤では、薩摩に残した恋人幸江に去られる。さらには半次郎が恋心を抱いていたおたみも同輩の佐土原英助とくっついてしまう。そればかりか肉欲だけでなく、書や本の師弟として結びついていた法秀尼も何かと騒がしい京から去ってしまう。尊王攘夷も佳境にきて、半次郎の周りから女の気配がふっと消えてゆく。一方で半次郎の武名はますます鳴り渡り、薩摩になくてはならぬ人材として自他ともに認める存在になっている。もはや半次郎は恋に心をやつしている場合ではなくなっているのだ。ここまでがむしゃらに立身出世を願い、男ぶりを鍛えることに没頭してきた半次郎。維新の結実を前にして彼は自らの中で整理をつけたようだ。半次郎が切り捨てた自身の一面とは、彼の素朴な部分だったのかもしれない。あるいは愛嬌とでもいおうか。非情な世を渡るため、弱さと取られかねない部分を切り捨てる。それはやむを得ない行動だったかもしれないが、そんな半次郎のもとから女性たちは去ってゆく。

薩長の同盟はいまやほころびようもなく盤石だ。幕府の棟梁たる将軍家茂は若くして死に、もはや公武合体どころではない。跡を継いだ将軍慶喜は大坂から敵前逃亡して江戸に帰ってしまう。もはや幕府の劣勢は明らか。将軍慶喜が決断した大政奉還だけでは倒幕の炎は鎮まりそうにない。起死回生の妙案が幕府から生まれない状況の中、鳥羽・伏見の戦いは始まる。勢いに乗った官軍は、そのまま連戦連勝で五稜郭までを席巻する。

会津藩降伏の場において新政府軍の軍監として臨む半次郎に、唐芋侍とさげすまされた面影はない。どっかり座る半次郎の姿は、今なお錦絵の中の偉丈夫として残されている。だが、本書を読んだのちに見る絵の中の半次郎は、孤独を感じさせる。勝てば官軍、負ければ賊軍、という言葉はこの時期の新政府軍が基になっているという。危うく、己を非情に持ちあげねば生き抜けなかった頃の姿に、弱さが同居するはずはない。

明治になってしばらくたった頃、中村半次郎は桐野利秋と名を改める。さらには初代陸軍少将に任命される。陸軍中将は当時はまだ将官の階級として設置されておらず、初代陸軍大将の西郷隆盛に次いで桐野利秋が任じられたことになる。名実ともに西郷隆盛の腹心として認められた瞬間だ。

倒幕が成った今、武よりも文が必要となる。維新の志士たちもまた同じ。刀を差して歩いていては、国造りはおぼつかない。長らく続いた武力による争いは終わり、新たな国を作って行かねばならない。髷を落とし、洋装に着替え、西洋文明の摂取に奔走する。それは桐野利秋も同じ。法秀尼から書を教わり、その集中力をもってすれば、文でも新政府の中心として遜色なく働けたはず。だが、武名が目立ちすぎたためか、初代陸軍少将に収まってしまう。ここで桐野利秋が内政に携わり、海外や国内に広く目を向けていれば、後年、不平士族に焚き付けられる脇の甘さは露呈しなかったかもしれない。

だが、いまや桐野利秋のそばに彼を言い諭せる女性はいない。幕末の日々の中で去って行ってしまった女性たち。彼女たちだけが、一気呵成や猪突猛進といった心持ちとは逆の教えを 桐野利秋に与えられたはずだ。唯一桐野利秋に諭せる人がいるとすれば、それは心服する西郷隆盛のはず。だが、西郷もまた、国づくりの進め方において新政府とは相いれない不満を持っていた。西郷には次第に達観の気持ちが募ってゆく。桐野利秋に対しても諦めたかのように何も言わず、したいようにさせる。最後に西郷が国を思って奔走した征韓論さえ、政府に受け入れられることはなかった。

西洋になびくか、それとも、アジアの国に進出して西洋に対抗できる基盤を作るか。西洋に右向け右でならおうとする風潮を苦々しく思っていた西郷の哲学は、当時の新政府の首脳には理解されなかったのだろう。今となっては、どちらが正しかったか誰にもわからない。西洋の先進的な文化に触れた遣欧使節からみると、西郷の唱える征韓論はあまりにも視点が狭く映ったかもしれない。が、いたずらに西洋をまねることは長期的にみて日本の国勢を左右しかねない、という西郷の考えも理解できる。ただ、本書の桐野利秋は、西郷に心酔するあまり、西郷の思想を理解せず、ただ単に敵対するもの全てを敵視していたようだ。征韓論や日本のこれからに考えをめぐらさず、西郷の考えこそが正義という考えに凝り固まる。西郷と政策で対立する大久保利通を暗殺せんと訪問するくらいに。ここに桐野利秋のいちずさがあり、限界があった。倒幕へと猛進する時は示現流の流儀のごとく無類に強い。だが、平時にあっても生き方を変えられないのは、強さではなく愚かさだ。引き際の潔さも、相手によって柔軟に相対する世慣れたふるまいは、平時にあって国を動かすものには欠かせない。自らを教え諭す女性たちが去って行った桐野利秋に、そこまで求めるのは酷なのかもしれないが、著者は暗にそのあたりも描いているように思える。

本書を読んでいると、満州事変から第二次大戦に至るまでの日本陸軍が浮かんでくる。一度決めた計画を撤回することは面目に関わるので是が非でも決行。そんな陸軍の欠点とされる部分が、桐野利秋の生き方に見え隠れする。直接関係があるかはわからないが、陸軍の基礎が固められるにあたっては、初代陸軍少将である桐野利秋も多少は関わっているはずだ。桐野利秋の生きざま、示現流イズムが、その後の陸軍に影響を与えていないとは誰にもいえないはずだ。一方、初代陸軍大将でありながら、西郷の陸軍への関与は鈍く思える。もし西郷の鷹揚な器の広さが揺籃期の陸軍に影響を与えていたならば。もしドイツ陸軍を手本とするのではなく、薩摩が影響を受けた英国流に陸軍の風潮が染まっていたならば。ここまで陸軍の悪評も定着しなかったのではないだろうか。そう思えてならない。

西南戦争における薩摩軍の動きは今更言うまでもない。すでに何かを悟ったかのような西郷を祭り上げ、不平士族の意見に乗って日頃の不満を晴らそうとする桐野利秋の行動については、もはや何もいうことはない。維新の上げ潮にあっては桐野利秋と西郷をつなぐ絆はますます強固なものとなった。しかし、平時にあって器の広さを見せた西郷に比べ、勢いのまま平時にあっても突っ走った桐野利秋の間には、隙間がぐいぐいと開きつつあったのだろう。その流れのまま西南戦争に突入したことが、意思疎通の齟齬をますます開かせたのだと思う。

結局、二人は主従として心中する他はなかったのだろう。時代の移り変わりにあたって、大勢の不満のはけ口を作るために、いや、日本が士農工商の封建時代から立憲君主制に移行するにあたって道を開くために、最後の生贄となったのではないか。

上巻の素朴さと違い、香水を漂わせつつ最後まで戦って死んでいった桐野利秋は、ただただ痛々しい。その痛々しさに哀しみを覚える。

桐野利秋を演じた北翔海莉さんは、桐野利秋を演じる上でどう解釈したのだろう。百周年を迎えた宝塚の伝統の部分は、いったん自らをもって終わりとし、次代に新たな宝塚歌劇を託そうとしたのではないだろうか。時代が変わろうとする時、旧世代の人間は、旧世代なりに幕を引いて去ってゆく。百年の伝統を次代に引き継ぐ北翔海莉さん、封建から立憲の世へと引き継ぐ西郷と桐野利秋。いずれも歴史の流れには欠かせない人物だと思う。

‘2016/08/08-2016/08/09


人斬り半次郎 幕末編


本書を手に取ったのは、「桜華に舞え」という舞台がきっかけだ。宝塚歌劇団星組のトップ退団公演。その公演で退団する北翔海莉さんが扮したのが、人斬り半次郎こと桐野利秋である。

「桜華に舞え」は劇団の演出家によるオリジナル脚本であり、本書は原作としてクレジットされていない。でも本書が全くの無縁だったとは思えない。脚本には間違いなく何らかの影響を与えているはずだ。

そんなわけで人斬り半次郎とはいかなる人物かを、舞台を観る前に本書で知っておこうと思った。

薩摩示現流と名乗る剣術の流派がある。映像で稽古風景を見た事があるが、撃ち込み一筋の気迫のこもった稽古だった。ただひたすらに攻めに徹する。そして気迫で相手を圧倒する。そこには守りや間合いといった静はなく、ただただ動の一点張り。人斬り半次郎こと中村半次郎も、示現流の達人である。

だが、彼は途中で示現流の道場を辞めてしまう。それは道場で不和が起こったからだ。半次郎のあまりの強さに、他の門下生が太刀打ちできなくなったのだ。しかもその多くは藩の上士。一方で半次郎は下士であり、本来ならば上士を手合わせすることすらはばかられる立場なのだ。そこでいざこざが生じたため、半次郎は道場を辞め、稽古を自己流で行うことになる。

普通の人であればここで剣術を諦めてしまい、後の世に名を残すことはない。だが、彼が普通の人々と違ったのは、自己流であっても鍛錬を惜しまなかったことだ。なにがそこまで彼を駆り立てたのか。それは己に打ち勝つため。己の置かれた状況に打ち克つためだ。

唐芋侍。半次郎が属する郷士の事を薩摩ではさげすんでこう呼んだという。幕末の薩摩藩といえば開明の印象が強い。だが実は藩内には歴然とした階級があり、半次郎が属する郷士は下級武士、つまり下士として下に見られている。下士が藩主直参の上級武士として取り立てられることはほぼなかったという。半次郎の場合、父が公金横領の罪で訴えられたこともあり、ほぼ上士になる見込みはない。それもあって半次郎は上士に対する対抗意識が強く、道場でも世渡り下手の自分を押し通してしまったのだろう。

だが、半次郎は腕力に訴える粗暴なだけの男ではない。本書で描かれる半次郎は人間的にとても魅力的な男だ。美男子で女にはめっぽう優しく、そして惚れやすい。つまり男にはめっぽう強くて女には弱いのだ。一人の人間の中に強さと弱さが同居している。複雑ではなくむしろ単純。半次郎は決して粗暴なだけの男ではなかったが、彼の生きざまは示現流の影響を受けたのか、守りや間合いを知らなかった。おそらく世が世なら世事に疎く不器用な男として薩摩の吉野郷で生を終えていただろう。要領よく頭角を現すといった形では世に出られなかったに違いない。

彼の境遇を変えたのは黒船来航をきっかけとした国内情勢の変化と、藩主斉彬による登用策だ。それによって西郷隆盛が取り立てられる。郷士の中の暴れものとして城下の若手武士たちから恐れられ遠ざけられていた半次郎は、西郷の訪問を受ける。そして、半次郎が武芸を鍛錬する気迫と開墾に一心不乱に取り組む姿、弁の立つ様子は西郷を感心させる。

西郷にとって、小賢しいだけの男は不要だ。己の地位に満足せず、さわやかな男ぶりをみせる半次郎は、これからの薩摩に必要な人材と映ったのだろう。西郷の上士や下士といった身分にとらわれぬスケールの大きさは、本書を通じてさまざまなエピソードによって明らかにされてゆく。

半次郎が後日、西郷のもとにあいさつに訪れたときのこと。土産にと大きな唐芋を三本持ってきたのだが、それを見た西郷の弟小兵衛が笑う。それを見咎めた西郷が、小兵衛を叱る。この唐芋は半次郎の厚志であり、それを笑うとは何事であるか、というわけだ。情に厚く理想家肌だったと伝えられる西郷の人柄がしのばれるエピソードだ。この出来事によって半次郎は西郷に心酔し、この人のためなら、と一生を賭けることになる。

ここに、西郷に目を掛けられた半次郎の立身出世の物語が始まる。ただ、西郷の立場も弱い。薩摩の実権は前藩主斉彬公の急死によって久光公に移っている。そして斉彬公によって取り立てられた西郷と久光公はそりが合わない。先日も、島流しの憂き目にあったばかりだ。同士である大久保市蔵にとりなされ、罪を許されて戻ってきたとはいえ、まだのびのびと藩政を切り回すまでの力はない。しかし緊迫する情勢は久光公に上京を迫っていた。そのお供として半次郎を推す西郷。大久保市蔵に半次郎の腕の冴えを実検させ、大久保に認められた半次郎は出世への足がかりをつかむことになる。

彼の強さは、攻めの局面であれば、より強さを引き寄せる。だが、半次郎はすでにこの時気づいていない。攻めの局面に夢中になっていると、背後で失われてゆくものもあるということに。半次郎は女性を引き寄せる魅力的な男だ。夜這いの風習のある吉野では年上の幸江と恋仲になっていた。だが、立身出世に逸るあまり、半次郎は幸江を忘れて上京してしまう。幸江が実在の人物かどうかは知らないが、このくだりは、本書において半次郎の負い目となってずっとついて回る。

上京した久光公に随行して京に出た半次郎。だが、この時期の薩摩藩が置かれていた情勢は薄氷の上を歩むようなものだ。西郷もそれを見越した上で薩摩藩に良かれと思い、久光公の命令に反して自己判断で動く。それが久光公の逆鱗に触れ、また島流しにあってしまう。それと前後して寺田屋では薩摩藩士同士による刀傷沙汰も起こっている。世にいう寺田屋騒動だ。

めまぐるしく薩摩藩を巡る情勢は変化する。そんな中にあって、もくもくと勤めを全うする半次郎。が、彼の剣術の腕は少しずつ京の街中に知られてゆく。青蓮院宮の衛士として幾度も宮の危機を救う。そして、扇子問屋を営む松屋の娘おたみを救う。おたみを救ったことで、彼女が気になってしまう半次郎。武士が女に惚れることは弱点につながる。しかも、勤務の最中に知り合った法秀尼とは、性の愉楽に身をゆだねる仲となる。

この謎めいた法秀尼が、西郷のいない京において半次郎の成長に大きな役割を果たすことになる。前に半次郎を攻める一方で守りを知らないと書いた。だが、半次郎とて愚かではない。剣術以外に自分の身を立てる武器が必要であることを悟り、法秀尼に書を習うのだ。さらには本も読みふける。仕事も剣術も手習いも含めて強靭な体力でそれらをこなして行く。人斬り半次郎が後年、桐野利秋となったのは、この時期の精進のたまものだろう。

著者は幕末の情勢と半次郎の日々を鮮やかに書き分けていく。天下の情勢と薩摩藩の置かれた立場が複雑に変動する中、任務と自己鍛錬を怠らぬ半次郎の日々。堅苦しいだけでなく、法秀尼と肉欲に溺れるゆとりも見せる。そんな日々にあって、長州藩との抗争に目覚しい活躍を見せる半次郎は、薩摩藩にあって伍長としてそれなりの地位を固めたといえる。幸吉という自分を慕う少年も手元におき、一見すると半次郎の日々は順風満帆に思える。だが、半次郎が抱くおたみへの少年のような恋心は募るばかり。おたみもまた、自らを救ってくれた半次郎を慕うのだが、それに半次郎は気づかない。殺伐とした幕末の京にあって、すれ違う二人の心がもどかしくも、とても新鮮だ。多情多彩な半次郎の日々を、彼は要領は悪いなりに、全力でこなしてゆく。こういう不器用なところが半次郎の魅力なのだ。

そんな中、二年ぶりに許された西郷が京に来る。そして土産話として吉野の幸江が嫁に行ったことを半次郎に知らせる。そのことを聞かされた半次郎はうろたえる。法秀尼との情事やおたみへの思慕など、多情な半次郎だが、幸江のことに衝撃を受け、苦しむ。この多情さが彼の魅力であり、煩悶する彼はとても人間くさく、好感がもてる。

そんな忙しい中でありながら剣術の鍛錬は怠らないので、半次郎の剣術の冴えは人々のますます知るところとなる。法秀尼からもらった和泉守兼定を懐に差し、西郷の遣いとして長州を視察して回り、半次郎は忙しい。京を覆う物騒な世相は池田屋事件を起こし、半次郎が長州から戻ってきた直後には禁門の変がおきる。それによって長州と薩摩の対立は決定的なものとなる。そして薩摩に中村半次郎あり、という武名は京や江戸、そして長州にも達する。

そんな日々が半次郎を変えていったのだろう。久々に薩摩に帰った半次郎は、あまりにも立場が上がったことで吉野の人々から仰ぎ見られる存在となる。一方で、自信に満ちた半次郎に眉をひそめる人々もいる。守りも間合いも知らない半次郎がいちずであればあるほど、人々との差は開いてしまう。そんな不器用で直情な半次郎の悲しい性が少しずつあらわになってゆく。吉野でかたくなに半次郎に合うのを避ける幸江の態度は、そんな半次郎の後年の孤独を予見するかのようだ。人は栄達してもなお、少年の頃と同じような心でいられるか、という問題がある。成長は自信へと変わるが、その自信は人々の目に尊大に映る。私自身も気をつけねばならない点だと思っている。

半次郎の肥大しつつある自信は、淀川の決闘であわや命を落としかけることによって足元をすくわれる。同郷の大山格之助によって助けられたことは、天狗になりかけた自らを諫める機会になったはずだ。だが、徳川幕府の命運もわずかな今、半次郎に自らを省みる時間が与えられることはない。そして倒幕の勢いはいっそう増してゆくばかり。時代に翻弄される半次郎の悲劇が、ほのめかされるかのように上巻は終わる。

‘2016/08/06-2016/08/08


澄みわたる大地


魔術的リアリズムの定義を語れ、と問われて、いったい何人が答えられるだろう。ほとんどの方には無理難題に違いない。ラテンアメリカ文学に惹かれ、数十冊は読んできだ私にも同じこと。魔術的リアリズムという言葉は当ブログでも幾度か使ってきたが、しょせんは知ったかぶりにすぎない。だが、寺尾氏による『魔術的リアリズム』は、その定義を明らかにした好著であった。

その中で寺尾氏は、魔術的リアリズムに親しい小説や評論をかなり紹介してくださっている。その中には私の知らない、そもそも和訳がまだで読むことすらままならない作品がいくつも含まれていた。

著者略歴には寺尾氏が訳したラテンアメリカの作家の著作も数冊載っている。それによって知ったのは、寺尾氏が、理論だけでなく実践「翻訳」もする方であること。私は寺尾氏がまだ知らぬラテンアメリカ文学を翻訳してくれることを願う。

そんなところに、本書を見掛けた。著者はラテンアメリカ文学を語る上で必ず名の挙がる作家だ。だが、上述の寺尾氏の著作の中では、著者の作品はあまり取り上げられていない。作風が魔術的リアリズムとは少し違うため、寺尾氏の論旨には必要なかったのだろう。だが、著者の名は幾度も登場する。メキシコの文学シーンを庇護し、魔術的リアリズムを世界的なムーブメントへと育てるのに大きな役割を果たした立役者として。その様な著者の作品を訳したのが寺尾氏であれば、読むしかない。

本書はセルバンテス文化センター鯵書の一冊に連なっている。セルバンテス文化センターとは、麹町にあってスペイン語圏の文化を発信している。私も二度ほど訪れたことがある。セルバンテス文化センターでは、スペイン本国だけでなくスペイン語圏を包括している。つまり、本書のようなメキシコを舞台とした文学も網羅するわけだ。

そういったバックがあるからかは知らないが、本書の内容には気合いが入っている。小説の内容はもちろんだが、内容を補足するための資料が充実しているのだ。

脇役に至るまで登場するあらゆる人物の一覧。メキシコシティの地図。本書に登場したり、名前が言及されるあらゆる人物の略歴。さらには年表。この年表もすごい。本書の舞台である1950年代初頭までさかのぼったメキシコの近代史だけでなく、そこには本書の登場人物たちの人物史も載っている。

なぜここまで丁寧な付録があるかというと、本書を理解するためには少々の知識を必要とするからだ。革命をへて都市化されつつあるメキシコ。農地を手広く経営する土地持ちが没落する一方で、資本家が勃興してマネーゲームに狂奔するメキシコ。そのようなメキシコの昔と今、地方と都市が本書の中で目まぐるしく交錯する。なので、本書を真に理解しようと思えば、付録は欠かせない。もっとも、私は付録をあまり参照しなかった。それは私がメキシコ史を知悉していたから、ではもちろんない。一回目はまず筋を読むことに専念したからだ。なので登場人物達の会話に登場する土地や人物について、理解せぬままに読み進めたことを告白する。

筋書きそのものも、はじめは取っ付きにくい思いように思える。私も物語世界になかなか入り込めないもどかしさを感じながら読み進めた。それは、訳者の訳がまずいからではない。そもそも原書自体がやさしく書かれているわけではないから。

冒頭のイスカ・シエンフエゴスによる、メキシコを総括するかのような壮大な独白から場面は一転、どこかのサロンに集う人々の様子が書かれる。紹介もそこそこに大勢の人物が現れては人となりや地位を仄めかすようなせりふを吐いて去ってゆく。読者はいきなり大勢の登場人物に向き合わされることになる。やわな読者であればここで本書を放り投げてしまいそうだ。本書に付されている付録は、ここで役に立つはずだ。

前半のこのシーンで読者の多くをふるいにかけたあと、著者はそれぞれの登場人物を個別に語り始める。それぞれの個人史は、すなわちメキシコの各地の歴史が語られることに等しい。メキシコの地理や歴史を知らない読者は、物語に置いていかれそうになる。またまた付録と本編を行きつ戻りつするのが望ましい。

実のところ、中盤までの本書は導入部だ。読者にとっては退屈さとの戦いになるかもしれない。

しかし中盤以降、本書はがぜん魅力を放ち始める。本書は、文章の表現や比喩の一つ一つが意表をついた技巧で飾られている。それは、著者と訳者による共作の芸術とさえ言える。前半にも技巧が凝らされた文章でつづられているのだが、いかんせん世界に入り込めない以上は、飾りがかえって邪魔になるだけだ。だが、一度本書の世界観に入り込むことに成功すると、それらの文章が生き生きとし始めるのだ。

文章が輝きを放つにつれ、本書内での登場人物達の立ち位置もあらわになって行く。ここに至ってようやく冒頭のサロンで人々が交わす言葉の意味が明らかになっていく。本書はそのような趣向からなっている。

登場人物たちが迎える運命の流れは、読者にページをめくる手を速めさせる。本書を読み進めていくうちに読者は理解するはずだ。本書がメキシコを時間の流れから書き出そうとする壮大な試みであることに。

革命とその後に続く試行錯誤の日々に翻弄される人々。その変わりゆく営みのあり方はさまざまだ。成り上がり階級の人々が謳歌していた栄華は、恥辱に塗れ、廃虚となる。没落地主の雌伏の日々は、名声の中に迎えられる。人々の境遇や立場は、時代の渦にはもろい。本書の中でもそれらは不安定に乱れ舞う。吉事に一喜し、凶事に一憂する人々。著者のレトリックはそんな様子を余すところなく自在に書いてゆく。閃きが縦横に走り、メキシコの混乱した世相が映像的に描き尽くされる。

だが、それらの描写はあくまでも比喩として多彩なのだ。非現実的な出来事は本書には起こらない。つまり、本書は魔術的リアリズムの系譜に連なる作品ではないのだ。それでいて、本書の構成、描写など、間違いなくラテンアメリカ文学の代表として堂々たるものだと思う。おそらくは、寺尾氏もそれを考えて『魔術的リアリズム』に本書を取り上げなかったと思われる。だが、魔術的リアリズムを抜きにしても、本書はラテンアメリカ文学史に残るべき一冊だ。寺尾氏も我が意を得たりと、本書の翻訳を引き受けたのだと思う。

‘2016/07/17-2016/08/05


喜嶋先生の静かな世界


著者の本は一時期よく読んでいた。よく、と言っても犀川シリーズだけだったけど。犀川シリーズとは、那古野大学の犀川助教授とゼミ生である西之園萌絵が主役のシリーズ。本稿を書くにあたり、著者のWikipediaを拝見したところ、犀川シリーズをS&Mシリーズと呼ぶことを知った。S&Mシリーズはとにかく読みやすい。読みやすさのあまり、内容をほとんど忘れてしまう事が逆に欠点となるほどに。私がS&Mシリーズを読むのを途中でやめてしまったのは、その読みやすさが災いしてのことに違いない。そのため、S&Mシリーズの結末は知らない。結局のところ、西之園萌絵は犀川先生を射止めたのかどうかも。

本稿を書くにあたり、私が最後に読んだS&Mシリーズ及び著者の作品を調べてみた。その作品とは「今はもうない」だ。S&Mシリーズの最後から数えて三つ目の作品だ。しかも私は「今はもうない」を二回読んでいる。1998年の11月と2001年の4月に。おそらくはこのときも一回目に読んだ内容を忘れてしまっていたのだろう。私は、これを最後に著者の作品から遠ざかることになる。

そういうわけで本書は、十数年ぶりに読む著者作品となる。

長音を避ける理系色の豊かな文体は相変わらず。ドクターはドクタ。スーパーはスーパ。エネルギーはエネルギィだ。久々に読んでもやはり個性的だ。懐かしさを感じた。

水のようにすっと心に染み入る読みやすさも健在。小説家として稀有な文章力の持ち主なのだろう。文章がうますぎるのだ。そういえば、本書に載っていた著者の略歴を見ると、元名古屋大学助教授となっている。私が著者の作品を読んでいた頃は、まだ現役の名古屋大助教授だった気がする。いつの間に研究職をやめて作家専業になったのだろうか。そう言えばその頃に比べて作品リストも大分層が厚くなったようだ。国立大助教授の職をなげうっても作家として専念できるだけの手ごたえを著者は感じたのだろうか。

だが、国立大助教授まで登り詰めるのもおいそれとできることではない。それができたのは、著者が学究生活に魅力を感じていたからに他ならないと思う。雑務に追われず、自らのピュアな探求心に身を委ねられる日々。充実と成果が相和して得られた研究生活。研究職を辞す決心をした著者には、小説家としての今後の希望と同じくらい、研究者としての日々に後ろ髪を引かれたのではないか。

本書を読むと、学究生活への愛着を感じる。主人公や主人公の師である喜嶋先生の描き方は、著者がかつて持っていたはずの志を体現した人物そのものだ。

本書にはここに書くほどの特別なあら筋はない。あるとすれば、主人公の幼時から大学入学、そして修士課程、博士課程への道筋がそうだ。取り立ててドラマチックな出来事は起こらないし、登場人物の間の関係も単純だ。著者の文体のように、スッと読める筋書きになっている。

本書は筋のない分、主人公の心の軌跡が明るみになっている。読み書きの苦手な少年が宇宙を志す。文系科目は避け、理系科目にのみ興味を寄せる。大学もやすやすと理系学部に入学する。大学の享楽的な雰囲気に失望するも、大学院の求道的な姿勢を目にし、そこに自らの居場所を定める。己の信ずるままに学問に邁進する主人公の人生は、雑味がなく読んでいてとても小気味良い。

院での生活と、そこでの喜嶋先生との出会いが本書の肝となる部分だ。筋といった筋もない本書だが、著者は先生や先輩の院生の異動をうまくからめながら、話が停滞しないように読者を引っ張ってゆく。うまいなあ、と思う。著者の筆達者な筋運びには一分の乱れもない。

一分の乱れもないのは、主人公が師と仰ぐ喜嶋先生も同じ。雑務を排し、学究のみに向かいたいがために講師以上の職を望まない喜嶋先生。その学究者として筋の通った姿に主人公は感銘を受ける。

本書には俗世の安易な快楽は登場しない。学生ノリの飲み会すらほぼ登場しない。本書はむさ苦しい男だけの小説と思いきや、女性も数人出てくる。しかし、本書では恋愛さえ、浮世離れした高尚な営みとして描かれる。院生となった主人公に、大学入学当初から主人公に想いを寄せていた清水スピカが告白する。そんな主人公の人生にとってエポックな出来事さえ、著者は繊細に取り扱う。キスしか描写されないまま、研究者となった主人公はスピカと結婚するのだ。果たして婚前交渉かあったのかどうか、本書からは全く伺うことはできない。プラトニックとでも言いたくなるような、清らかな男女関係だ。

喜嶋先生と計算センタのマドンナ沢村さんの関係も高尚かつ純そのもの。しかし本書には主人公や喜嶋先生を笑う無粋な輩は登場しない。学究の高みを目指して研究にうちこむ本書のテーマにとって、二人の間のロマンスをどうこういう余地はない。本書の純粋さは、登場人物だけでなく読者からの下世話な突っ込みすらも跳ね返す。本書からは世のあらゆるもの、人の営みそのものすら、徹底して水や空気のように透明で通り過ぎていくものとして扱おうとする著者の意思が感じられる。本書は、水のようにしみこむ文体と、水のように薄い俗世の味わいと、水のように純粋な学問への思いから成っている。森の奥に静かにたたえられた湖のように。

主人公が助手から他大学の助教授へと招聘されるにつれ、つまり研究以外のものが生活に混じるに従い、喜嶋先生の口調に丁寧さが混じってゆき、自然と疎遠になってゆく。人は成長するにつれ、世の中と折り合ってゆくために、世俗のものと妥協し、それらを身につけてゆく。それゆえ、世俗に染まった者にとっては、喜嶋先生の孤高を貫こうとする姿が淡々としているように見えるほど、逆に痛々しさを感じる。そしてある種の悔しさすらも感じる。さらには哀しみの感情も抱く。俗なものに流されるとは、長いものに巻かれることは、これほどにも楽なことなのか。そして、自己を貫いて生きるとは、これほどまでに苦しいものなのか。そんなことまで思わせる哀切さにみちた結末だ。

本書の帯には、こう書かれている。
学問の深遠さ、研究の純粋さ、大学の意義を語る自伝的小説

私はこう付け加えたい。
学問の深遠さ、研究の純粋さ、孤高の困難さ、大学の意義を語る自伝的小説、と。

‘2016/07/15-2016/07/16


黙示録


著者の作品を読むのは『テンペスト』以来久しぶりとなる。
テンペスト 上 レビュー
テンペスト 下 レビュー

なぜ4年も遠ざかっていた著者の作品を読もうと思ったか。それは、著者の作品に魔術的リアリズムがあるとの評を見掛けたためだ。先日、寺尾氏の『魔術的リアリズム』を読み、深い感銘を受けた (レビュー)。それを契機に改めて魔術的リアリズムの系譜に連なる我が国の作品を探してみた。すると、著者の作品が引っかかって来た。

そう言われて初めて『テンペスト』にも魔術的リアリズムを思わせる描写があった事を思い出した。 ただ、初めて触れた著者作品 『テンペスト』 の全てに好印象を抱いた訳ではない。沖縄の歴史を細かく、そして大胆に描く構成は良かった。だが、地の文と遊離したせりふのわざとらしいポップさはいささか鼻に付いた。『テンペスト』には今から思うと魔術的リアリズムの魅力が詰まっていたように思う。だが、不自然さを感じさせる文体を欠点として目をやってしまい、そういった作品の魅力的な側面を見逃していた。それもあって、著者の他の作品に食指が動かなかった。

本書は4年ぶりに読む著者作品となる。本書を読むにあたっては、魔術的リアリズムの描写に注目しながら読み進めた。

本書は琉球舞踊の組踊を取り上げている。玉城朝薫によって創始された琉球舞踊。芸術としての琉球舞踊が真に成立したのは、玉城朝薫の才能によるところが多いという。そして朝薫が活躍した時期、琉球王朝には蔡温という名宰相が、琉球国の基盤を作ろうとしていた。18世紀の頃だ。

清の朝貢国でありながら薩摩藩に侵略された琉球国。それによって清と徳川幕府の二重属国の立場に甘んじていた。そんな祖国を真に独立した国として、さらには世界の中心として輝かせたい。蔡温の野望は大きい。蔡温、朝薫の二人とも、目指すのは琉球の存在意義を周辺国に向け打ち立てることだ。それには清にも大和にも負けない琉球国の威厳を豊饒な文化によって示す。豊饒な文化とは、歌舞音曲によって評価されることが多い。つまり、琉球に独自の歌舞音曲である、組踊を創始すればよい。玉城朝薫は、組踊を創始した偉大な才能である。だが、いくら歌と踊りが創作されても、それらは演者がいてこそ。その踊りの体現者こそが、本書の主人公である蘇了泉であり、そのライバル雲胡である。本書では了泉と雲胡が切磋琢磨しながら踊りの粋を極めていく姿が描かれる。

本書にも『テンペスト』で鼻に付いた誇張されたせりふ回しは健在だった。このせりふ回しによって、主人公が発するせりふが地の文の流れから浮いてしまう。その浮き加減をコミカルで漫画的な読みやすさとして評価する方もいるだろう。が、やはり私にとっては気になった。

とはいえ、本書からは『テンペスト』で感じたようなセリフと血の文の浮き沈みが感じられなかった。本書において、蘇了泉の心は静から動へ幾度も浮き沈みを繰り返す。それは躁鬱とすら思わせるほどの起伏だ。確かに、躁状態の蘇了泉が発するせりふは地の文から浮いて走り回っていた。だが、低いテンションの時のせりふ回しは地の文に足が着いていたといえる。その時、物語のテンポと主人公の心の動きは見事に一致していた。テンションが高い時は、主人公の高揚や躁的な気分を表していると思えば納得して読み進められた。

一方、本書にちりばめられた魔術的リアリズムの手法も確かめた。まだ幾分、躁状態のせりふ回しには 落ち着かなさを感じた。とはいえ、 全体的にはとても効果的に魔術的リアリズムの手法が使われていたと思う。了泉の跳躍が少しずつ空へと飛翔するかのような描写。江戸への琉球使節団団長の御歳130歳の妖怪のような姿。彼の部屋はカビが覆い、床は腐って抜け落ち、少年を歪んだ性の欲望として漁る。そして全く気配を悟らせぬ江戸の瓦版屋の銀次。彼はどこでも神出鬼没に現れる特技の持ち主。彼らの描かれ方は、誇張が与える劇的な効果を確実に本書にもたらしていたと思う。そして本書でもっとも魔術的リアリズムが感じられた描写といえば、了泉と雲胡の踊りだ。二人が舞台で演ずる舞踊は人々を観客席から違う世界へといざなってゆく。 彼らの踊りが人に与える様の描写は、魔術的リアリズムの本分を発揮していたといえるだろう。

寺尾隆吉氏の著書によれば、魔術的リアリズムの定義とは「 非日常的視点を基盤に一つの共同体を作り上げ、そこから現実世界を新たな目で捉え直す」ことだという。ここでいう共同体を本書に移し替えれば琉球の人々が該当するはずだ。また、リアリズムとは、江戸幕府と清の間で二重朝貢を余儀なくされる琉球の現実のこととらえてよいだろう。琉球の存在意義を、独自の文化、特に独自の舞踊に託そうとする思い。琉球が背負う地政の宿命と、そこから次の世界へと琉球を導こうとする朝薫や蔡温の生き方は、リアリズムと呼ぶに値する。そんなリアリズムをしっかりと描きながら、真摯な舞踊が与える感動を、現実から逸脱した描写で描き出す手法は、確かに本書に効果を与えていた。

本書の中には人々のつづる漢文詩や、ウチナーンチュ(琉球語)による美しい歌詞が随所に登場する。それらは、大陸文化と大和文化が交わり、独自の進化を遂げた琉球文化の豊かさを存分に意識させる。そんな文化的土壌をしっかりと描きつつ、その成果として、組踊の持つ果てしない可能性をしっかりと語っているのが本書の魅力なのだ。

本書を読み終えて一年後、私は沖縄の地を22年ぶりに訪れた。その際、沖縄第一の聖地として知る人ぞ知る斎場御嶽にも訪れた。なぜ私が斎場御嶽を訪れようと思ったか。その答えの一端は本書の中にある。

踊りの魅力を文章で現す。それは実際のところ、至難の業ではないだろうか。音楽と動きの融合芸術である舞踊は、単に文章に落とし込むだけではその魅力は伝わらない。しかし、本書はそんな難問の答えに限りなく近づいているように思える。本書で描かれた組踊の奥深さや魅力は、私のような踊りの門外漢にもしっかりと伝わった。そればかりか、踊りを描くには魔術的リアリズムの描写こそ最適であることも知った。芸術や芸能を描いた作品として、本書の名前は忘れないだろう。私の中でしっかりと刻み付けられたのだから。

琉球の地理的な位置。華やかな宮廷生活とさげすまれるニンブチャーという身分の人々の現実。そういった琉球の光と影を描き出し、そこに踊りのあでやかな描写で彩った本書は、沖縄を描いた傑作といえる。私は著者が『テンペスト』に描いた沖縄よりも、本書で描かれた沖縄にこそ惹かれる。22年ぶりの沖縄訪問にあたっては、本書で知った組踊にも少しは触れたかった。だが、時間がそれを許さなかった。次回の訪問時にはぜひ組踊を鑑賞してみようと思う。

‘2016/07/11-2016/07/15


人間臨終図鑑II


本書では享年五十六歳から七十二歳までの間に亡くなった人々の死にざまが並べられる。五十六歳から七十二歳まで生きたとなれば、織田信長の時代であれば長生きの部類だ。当時にあっては長寿を全うしたともいえる。

人生の黄昏を意識し始めた人々は、死に際して諦めがいい。とはかぎらない。

本書に収められている以上は、それぞれがその世界で名を成した人々だ。努力に研鑽を重ね、なにがしかの実績を重ねて来た人々でもある。が、そういった人々こそ、まだまだ道なかば、と思いながら日々を生きているのではないか。死を前にして、自分はまだ若いと考えたことだろう。

人の死にざまを描くことで、その人の一生を総括できるのか。著者がこの図巻で試みようとするのは難儀な試みだ。その人の一生を知りたければ葬儀の参列者を観察すればいい。誰が言ったかは知らないが、一面の真理をついている。では、その人の死に方を観察すれば、その人の一生は理解できるのか。悟ったように従容と死に臨むことができれば、その人は生涯を悔いなく過ごせたといえるのか。これまた難しい問いだ。

私自身、齢四十三を数えた自らの人生を振り返ると、道半ばどころか、ひよっこもいいところだと思っている。まだまだ知りたいことやりたいことが無数に残っている。仮に今、死期を知らされたところで、きっと未練で取り乱すに違いない。

産まれた瞬間に死刑宣告を受けるのが生きとし生けるものの定め。それは頭ではわかっていても、悟りを開くにはやるべきことがまだまだ残っている。そう思っている。もちろん、一生を悟りの中に生きることもありだろう。だが、そこに諦めは持ち込みたくない。死に臨むなら、諦めの中でなく、やり切った満足の中に臨みたい。最後に一念発起し、盛大に花火を打ち上げるのも良いが、生半可な花火ではかえって悔いが残るかもしれない。それであれば体力のある今のうちにやりたいことをやっておきたい。

本書を読むと、否応なしに死に方について思いを致したくなる。日々を生きるのに精一杯な状態では、死に方について考える暇もないだろう。であれば、せめて他人が死に臨んでどのように納得したのか。どのように折り合いをつけたのか。その様を知り、自らの死生観を養うのがよい。いまだかつて、死で自らの生を終わらせなかった人間はいない。これを書いている私にもやがて死は訪れる。これを読んでくださっているあなたにも。死は等しくやってくる。

そして、死ぬ事を、頭のなかでわかったような気になっているのも私も含めて皆一緒だ。それであれば、少しでも自分の死に際して、慌てず騒がず、悔いなくその時を迎えるにはどうすればいいか。本書は、やがて訪れる死を前に、読んでおくべき一冊だと思う。

’2016/07/08-2016/07/10


人間臨終図鑑I


伝奇作家として知られる著者だが、有名な諸作品を読む前に著者の書いた伝記を読むことになってしまった。何を隠そう、私は著者の作品を今まで読んだことがなかったのだ。雑誌ではなく、書物で読むのは初めて。

本書は、古今東西の有名人の死に様を集めている。取り上げられているのは、享年が若い順だ。

冒頭をかざるのは、八百屋お七。想い人に逢いたいあまり放火をしでかした江戸の女性。享年十五歳。次は大石主税。忠臣蔵で知られる内蔵助の息子だ。父と共に吉良邸に討ち入りを果たし、切腹で生涯を終えた。享年十五歳。その次に登場するのは、ナチの強制収容所で命を落としたアンネ・フランク十六歳だ。

冒頭の若くして亡くなった三人は、どれも我が国では知られた存在だ。だが、人類の歴史を振り返れば享年十五歳未満で亡くなった人は他にもたくさんいるはずだ。だが、本書には登場しない。恐らくは本書に取り上げられるに足る業績がないためだろう。(放火を業績というのは憚られるが。)

なぜ、十五歳未満の人物が登場しないのか。それは、人生で成果を出し始める時期が十五歳以降であることを示す証拠だと思う。

本書は以降、十代から二十代、三十代と取り上げられる享年が上がってゆく。それに従い、紹介される死に様が変わっていくのが興味深い。

若いうちに亡くなる原因とは、不慮の事故であることがほとんどだ。もしくは若さ故の勇み足か。だが、将来を嘱望されながら、若くして病に世を去った方もいる。彼ら彼女らの無念も本書には取り上げられている。

三十代にもそれぞれの一生の締めくくりがあり、四十代にも死に至るまでの事情がある。著者がとりあげるのは、聖人君子だけではない。鬼畜な犯罪者だって革命家だって等しく取り上げる。いかに死んだのかを書く本書だが、何かを成し遂げないと本書には取り上げられないのだ。ただ死んだだけなら他にも該当者は沢山いる。諸外国にはその地で有名な若くして亡くなった人もいるだろうが、つまりは著者が取り上げるかどうかだ。やはり何をなしたか、が重要になるのかもしれない。

ただ、生前の業績が取り上げられる理由になるとはいえ、やはり本書は死に様を描く本だ。本書は享年五十五歳でなくなった大川橋蔵までが取り上げられている。人生五十年の信長の時代ならともかく、今から見ると五十代で死ぬのは若死にを意味する。

そのためだろうか、著者が書く若い人々の死に様には、どことなく哀惜の色が漂う。本書には32歳で暗殺された坂本竜馬も取り上げられているが、著者は以下のような言葉をはなむけに添えている。「もう少し生かしておきたかった、と思われる人間は史上そう多くないが、坂本竜馬はたしかにその一人である」。他に著者が本書内で同様に評価しているのは大杉栄、小栗虫太郎、島津斉彬などだ。

また、著者が作家なだけに、作家の訃報には紙数が割かれている。石川啄木や夏目漱石など。

本書は日本人の著者によって書かれただけに、日本人の割合が非常に高い。だからこそ、我々にとっては思い入れもあるし、日本人の死生観について興味深い例を教えてくれる。

自分がどうやって死ぬか。死ぬときには後世に恥じぬ死に様でありたい。そう思うのだが、まだまだそう思うには時間が掛かるのだろうな。

‘2016/07/06-2016/07/08


忍びの国


本書を読み終えて一年たったが、全くレビューが書けていなかった。そうこうしているうちに、本書が映画化され封切りされた。本書のレビューもアップしなければならない。そんなわけであわててレビューに取り掛かった。

私が本書のレビューを書かなかったのは、面白くなかったからではない。むしろ逆だ。面白いからこそ、いつでもレビューが書けるとの油断があった。

なんといっても忍者だ。そして本書で扱われているのは天正伊賀の乱だ。つまり織田信長と伊賀者の国をかけた戦いが描かれるのだ。面白くないわけがない。痛快無比な忍術小説というのは、本書のような小説を指すのだろう。実際、さまざまな時代小説を読んできた中で、本書ほど忍術が魅力的に書かれた本は読んだことがない。

火遁や土遁、水遁の術は有名だ。ほかにも本書には多彩な忍びの術が描かれる。たとえば水面に土器を浮かせ、それを足場に水をわたる術。密かな会話を行うための葉擦れの術。人の通らぬ道を選んで這い進むため土の塩味を察する鶉隠れの術。縄抜けのため、全身の骨を変形させる術。ほかにも身代わりの術や手裏剣など、忍術の魅力的な部分がこれでもかと登場する。とても面白い。本書の忍術に関する記載の前後には「正忍記」「万川集海」から参照された旨が載っている。これらは江戸時代に書かれた忍術をまとめた本だ。本書はこれらの忍術本を縦横に活用して描かれている。忍術だけではない。本書が引用する書籍はそれ以外にも多数ある。天正伊賀の乱を描いた「伊乱記」「信長公記」「甲子夜話」など多数の書籍が引用されている。本書巻末には参考文献のリストが載っているのだが、感心するのはそれらがすべて一次資料であることだ。孫引きではなく、一次資料をあたって書かれた本書は、当時の伊賀者が生き抜いた非情な世界と、そこで生き抜くために鍛錬を重ねた伊賀者を生き生きと描く。

伊賀とは古来から土壌が農業に向かず、山あいという地勢もあって複数の小領主に治められていた地。それでいて周辺諸国からは自衛する必要に迫られていた。そんな土地柄は、伊賀者の独特の文化や死生観を育んできた。伊賀者が宿命として背負った戦の世に生きる背景を、本書はきっちりと書いている。それでいて、本書はステレオタイプな伊賀忍者を描くのではなく、魅力的に忍びの者を描いているのがいい。

主人公の無門は伊賀一を自負する忍びの達人だ。だが、安芸からさらってきたお国には全く頭が上がらない。稼ぎが少ないと詰られては、家を乗っ取られる始末。夫婦の契りすら結ばせてもらえない状態だ。めっぽう強い忍びの達人が、家では妻に尻に敷かれているという設定がとてもいい。組織に頼らない一匹狼で、自分の技には自信を持っていて、金稼ぎには興味がない、それでいて妻を思う気持ちが強いところ。人物が深く彫りこまれ、魅力的に描かれているのだ。

門の尻をひっぱたくお国もまたいい。武家の娘でありながら金にがめつい性格として描かれている。が、本書の肝心なところでは、肝の据わったところを見せ、金よりも男の誇りを選ぶよう無門を導く。金と美貌だけで結びついていたように見えるこの夫婦が、戦乱の中で互いの魅力に気づきあうのも本書の魅力といえよう。

本書には猿飛佐助のモデルともいわれる下柘植の木猿、後年石川五右衛門として名を世に知らしめる文吾、武の大義を信じそれに従う日置大膳、伊賀に生まれながら、人を人と思わぬ伊賀の酷薄さに嫌気が差す下山平兵衛、伊賀棟梁として信雄軍に対峙する百地三太夫、本書の敵役であり、伊賀者の反撃に敗戦の責を受ける織田信雄などが登場する。それぞれの人物がとても魅力的に描かれている。

史実では天正伊賀の乱は一次と二次があったという。一次では伊賀が勝ち、二次は織田信長自らの軍勢に伊賀は殲滅される。一次の戦いはなぜ起こり、いかにして伊賀軍は信雄軍を退けたのか。二次ではなぜあっさりと負けてしまったのか。一次の戦いで無双の戦いぶりを魅せた無門は、二次の戦いでは何をしていたのか。

そういった込み入った事情が、著者の鮮やかな筆さばきによって明らかにされる。もちろんそれは史実そのものではなく、著者の脚色や解釈が加えられたものだ。だが、歴史とは、史実に表れていない人々が織りあげる微妙な綾が作り上げていくものではないか。多分、無門は史実には残っていない著者の創造した人物だろう。だからこそ、説得力があるのだ。なぜなら忍びとは世を忍んでこそなんぼ。棟梁でもない限り、後世に名を遺す忍びとは、真の忍びではないからだ。

今のところ、映画版を見に行く予定はない。嵐の大野君が主演するというから、多分無門役を演ずるのは大野君なのだろう。このような無門が映画版ではどう演じられるのか。それはそれで興味はある。

‘2016/07/04-2016/07/06


共喰い


「もらっといてやる」発言で有名になった著者。「もらっといてやる」とは、芥川賞受賞の記者会見で著者が語った言葉だ。候補に挙がって5度目にしての受賞。聞くところによれば候補に選ばれた作家は、編集者とともにどこかで当選落選の知らせを待機して待つそうだ。多分、著者の発言の背景には今までの落選の経緯も含めたいろんな思いがあるのだろう。Wikipediaの著者のにも発言についての章が設けられ、経緯が紹介されている。

私はもともと、作品を理解する上でクリエイター自身の情報は重要と考えない。そうではなく、作品自体が全てだと考えている。なので、作家であれ音楽家であれクリエーターその人には興味を持たないのだ。上記の発言によってクローズアップされてしまった著者の記者会見の様子も、本稿を書くにあたって初めて見たくらいだ。世間に慣れていない感じは、一見するとリアルな引きこもりにも見える。だが、ただの緊張から漏れ出た言葉ではないかとも思う。

でも、結果を出したのだから引きこもりだっていいじゃないの。そう思う。厳しいようだが、結果を出せないのなら引きこもりは同情に値しない。でも、著者は聞くところでは一切の職業を経験していないという。それなのに、ここまで濃密な物語や世界観を構築できるのはすごいことだ。本書の末尾には瀬戸内寂聴さんとの対談が収められている。対談では源氏物語の世界で盛り上がっていた。そこでの著者はいたって普通の人だ。極論を言えば、著者のように一切就職しないくらいの覚悟を秘め、とんがった生き方をしなければ受賞などおぼつかないのだろう。著者の受賞は、就職したくなかったかつての私にとって勇気づけられるし、うらやましい。

さて、本書だ。芥川賞受賞作の常として、本書にも二作が収められている。

まずは表題作であり受賞作である「共喰い」。

主人公は17歳の篠垣遠馬だ。時は1988年というから、著者と同年代の人物を描いている。すべての17歳がそうではないのはもちろんだが、性に渇望する年代だ。もっとも、遠馬の場合は会田千種というセックスの相手がいる。若く性急で、相手を思いやれない動物的な交接。遠馬は、そんな自分の飢えに気づく。というのも、父の円の姿を見ているからだ。円は仁子さんに遠馬を生ませると、セックスの時に暴力をふるうという悪癖が甚だしくなった。仁子さんはそんな円に愛想を尽かし、川向うへ移って魚屋を営んでいる。そして円はあらたに琴子さんという愛人を家に入れ、遠馬は父と愛人との三人で住んでいる。

そんな性と血に彩られた川沿いの田舎町の情景は、下水の匂いが立ち込めている。魚屋の仁子さんの店には鰻が売られていて、仁子さんの右手首は義手だ。鰻と義手は、いうまでもなくペニスのメタファーだろう。下水が垂れ流される川も、どこか排泄行為や射精を思わせる。

本書は遠馬の暴力衝動がいつ発動するか、という着地点に向けて読者を連れていく。発動をもっとも恐れているのは遠馬自身で、実際に千種に暴力衝動の片りんを見せつけてしまう。それがもとで千種に会うのを避けられる遠馬は、性のはけ口を見失う。そんな17歳の目には、町のあらゆるものが性のはけ口に見えてゆく。例えば頭のつぶれた鰻であり、仁子さんの右腕であり、下水の汚れであり。

本書の結末はそんな予想を覆すものだ。仁子さんが円を右義手で刺し殺すという結末。それは、女性による暴力の発動という点で意表をつく。それだけではない。その殺人がペニスのメタファーである義手で行われたことに意味がある。多分、暴力の円環を閉じるには円自身ではいかんともできず、仁子が手を下さなければならないということなのだろう。そしてその代償は、円自身の暴力性の象徴であるペニスのメタファーでなくてはならなかったはず。

暴力の輪廻が閉じたことを悟った遠馬は、自らの中にある暴力衝動をはっきり自覚する。そして、それを一生かけて封印せねばならないとの決意を抱く。そのあたりの彼の心の動きが最後の2ページに凝縮されている。遠馬の封印への決意は、下水設置工事が裏付けている。川に直接流れ込んでいた下水が、下水整備によって処置されて海に流される。その様は、暴力衝動によって知らぬ間に傷ついていた遠馬のこころの癒しにもつながる。

そこに本書の希望がある。 「共喰い」の円環は閉じ、17歳の少年が健やかに成長していく希望が。

もう一作は「第三紀層の魚」。

第三紀層とは、本作にも説明が書かれているが、6500万年前から180万年前の日本列島が出来上がる時期の地層を指す。その時期に堆積した植物が今、石炭として利用されているのだ。そして、石炭はいまや斜陽産業。

主人公信道の住む町は、かつて石炭産業で栄えていた。だが、石炭産業の斜陽化は、街に閉塞感をもたらしている。加えて信道の家は、母と祖母と曽祖父の4世代がすみ、それぞれの世代が1人ずつという珍しい構成だ。曽祖父の回顧話を聞かされる役回りの信道にとっては、現代とは全てが過去に押しつぶされているようにも思える。だが、チヌ釣りの師匠としての曽祖父が持つ知恵は、信道に恩恵も与えてくれる。

釣りとは水の下に沈む魚を海面の上へと引き上げる作業だ。日の当たる場所への上昇。過去のしがらみに押しつぶされそうになっている信道の家にも、上に引き上げられるチャンスはある。そのチャンスが母の身に訪れる。東京への栄転だ。

本作は、地元を離れる信道の葛藤と、曽祖父の死で東京に行く決心をつける経緯が描かれる。地方から東京へ。それは、一昔前の日本にとっては紛れもなく立身出世への道だったと思う。本作は、そのような地方の閉塞感を、第三紀層という途方もない深さの地層に見立てた作品だ。地方創生が叫ばれる今だが、その創生とは、第三紀層を掘りつくさないと実現しないのか。それとも第三紀層の上に立派な地面を敷き詰めるところにあるのか。そんなところも考えながら、本作を読んだ。

最後に本書には、瀬戸内寂聴さんと著者の対話が収められている。源氏物語についての話題が中心だが、それだけではない。対談では、寂聴さんから著者への作家としての生き方の励ましでもある。小説を書くことでしか証が立てられない生き方とは、一見すると不器用に思える。でもその生き方はありだと思う。そして、とてもうらやましい。著者だけでなく読者をも励ます対談。実は私は瀬戸内寂聴さんの著作は一冊も読んだことがない。だが、この対談であらためて寂聴さんに興味を持った。作家としての覚悟というか、生きることの多様性をこの対談で示してくれたように思う。ビジネスの世界に住んでいると、目の前の課題に集中してどうしても視野が狭くなってしまう。その意味でも、この対談は読んでいて自分の視野狭窄を思い知らされた。また、対談では著者はとても素直に受け答えをしている。そこにはコミュニケーション障害などという言葉は断じて感じられない。この対談は、冒頭に書いた受賞会見で妙な印象がついてしまった著者の人物像を正しく見直すために、とてもよいと思う。

‘2016/07/01-2016/07/03


思いつくものではない。考えるものである。言葉の技術


言葉を操る。今、誰もがこなせるスキルだ。そしてそれ故にもっとも軽んじられたスキルでもある。

多くのブログやツイートやウォールが溢れるネットの中。そこでは、編集者や読者がいようがいまいがお構いなしに、毎日大量の文章がアップされている。ページに表れては底へと沈んでいく文字の群れ。私の書く文章もその中に紛れ、底に向かって忘れられていく。そんな言葉で液晶画面は飽和している。だが、液晶画面の外でも脚光を浴びる文字はほんのわずかだ。電子世界ではいくら威勢がよくても、リアルな社会では本当にちっぽけな存在でしかない。それがあまたのブログやツイートの実情だろう。

リアルな社会では、いまなおテレビ番組が健在だ。ネット住民からみると完全なオワコンでしかないテレビ番組。だが、リアルな社会ではまだまだ影響力を持っている。テレビのCMが世相に浸透する力は依然として侮れない。一方通行である分、大量に流され、拡散力を持つ。一方、ネットはそれぞれの閲覧者にカスタマイズされた情報が届けられることが基本だ。なので、同時に拡散する力は弱い。ネットの中を飛び交う言葉は、リアルな社会での影響力はまだ鈍いといわざるをえない。ネットに流れる文章でリアルな社会にかろうじて顔を見せる文章といえば、ツイートぐらいだろうか。それすらも、フォロワーが何百万人、何千万人いるような選ばれたインフルエンサーのツイートに限られる。例えばトランプ大統領や著名人のアカウントのような。一般人のツイートで取り上げられるとすれば、テレビ番組の中ぐらいか。 リアルタイムでインタラクティブな視聴者の声として、テレビ局が最近意識して取り入れるような。

それ以外の言葉は、残念ながら、CMにしろ番組にしろ、ネット社会で飛び交う言葉がリアルに登場することはあまりない。ネット上で産まれた言葉がリアルを侵食することはない。そこまでは至っていないのが現状だ。

それがおそらく、一人ひとりにカスタマイズされるネットのコンテンツと、一斉配信を前提とするマスメディアの差なのだろう。だが、あえていうならば、読む人見る人の感性に訴えるだけの力がネット上の文章にはないとから、ともいえる。私も含めた発信者が、ネット上にアップする文章に、世論を動かすだけの力がないのだ。

では、どういう言葉がリアルな言葉でもてはやされるのか。それは、コピーライターによるコピー文句だ。

作家による小説やエッセイ、または新聞記事。確かにこれらはリアルな社会に似つかわしい文章だ。だが、それはリアルな社会の共通項ではない。それらは著者から読者へとストレートに届けられるものであり、社会に浸透することはあまりない。若干閉じた文章とすらいえる。これはネット上のニュース文章にもいえることだ。先にも書いたが拡散力の差、といえる。それに比べて、コピーライターの生み出す文章は、拡散力がある。それは文章を見た瞬間に、人の感性にするりと入り込む。そして記憶の奥底にがっちりと食い込む。これはが、ネットの世界に飛び交う文章にはない、職人的な経験値の力なのだろう。

本書は、リアルな世界で通用する文章の紡ぎ方のノウハウが記されている。著者は文章の専門家ではない。修辞学の教授でも文学部の講師でも、ましてや作家ですらない。著者は電通でコピーライターとして活躍している方だ。だが、上にも書いたとおり、リアルな社会で人々の目や耳に飛び込む文章とは、コピーライターから発信された言葉が多いのではないか。

本書で著者は、すぐれたコピーを生み出す秘訣を、端的にいう。それは、考えることであるという。コピーライターが生み出す言葉とは考えに考えぬいた結果でしかないのだ。決して才能や感性でパッと生まれでたものではない。本書で著者が語る秘訣とは、当たり前といえば当たり前なのだ。だが、すべての仕事に共通することだが、実のところ近道はない。どんな仕事であれ、練習や努力の積み重ねでしかない。本書の結論も同じ。優れたCMコピーの裏側には膨大な試作があり、廃案があり、考え抜いた努力の跡がある。その訓練が人に訴えるコピー文句を生み出すのだ。

商品・企業
ターゲット
競合
時代・社会
この4つのキーワードは、著者がコピーを考える上で四つの扉として挙げる切り口だ。

つまり、これらは徹底した消費者目線で、売り手の訴えたいココロを文章に乗せるための観点だ。

本書はとても腰が低い。本書のあちこちに著者が腰を低く、自らを卑下するようなスミマセンが登場する。これは、本書を読むとすぐに気づく特徴だ。腰が低いとは、読み手であるわれわれとの壁をなくすこと。つまり大上段に構えて落としこむように語っても本書の内容は伝わらないということなのだろう。そこで、上にあげた四つの扉の切り口から徹底的に消費者の視線と売り手の視線に降りて言葉を考える。ひたすらに考える。その愚直な作業の繰り返しから生まれるのがコピー文句なのだろう。

では、われわれ読者も、ありがたく頂くのではなく、その姿勢を学ばねばならない。学んで、同じように低い姿勢で読み手に文書を届けなければならない。

本書は最後に、二つの文章で、文章を著す者の姿勢が載っている。

感情的な言葉より、正確な言葉
人に訴える言葉より、自分を律する言葉

これはブログを書く上でも、仕事上でやり取りをする上でも、とても重要な言葉だと思う。ことに最近、そういう感情的な文章に触れる機会があった。それを反面教師として、自分でも自分でも律していきたいと思う。私は、いろいろなブログを書いている。その中で、読読ブログと映画・観劇ブログは、あえて文体を変えている。デスマス調ではなく、デアル調の文体。それがどういう効果を与えているのか、今一度深く考えてみなければならないのだろう。

‘2016/06/30-2016/06/30


三陸海岸大津波


3.11の津波は、日本人に津波の恐ろしさをあまねく知らしめた。ネット上に投稿された数々の津波動画によって。

私自身、それらの動画をみるまでは津波とは文字どおり巨大な波だと勘違いしていた。嬉々としたサーファーたちがパドリングして向かう巨大なパイプラインを指すのだと。しかし3.11で沿岸を襲った津波とは、海が底上げされる津波だ。見るからに狂暴な、ロールを巻いた波ではない。海上は一見すると穏やか。だが、実はもっとも危険なのはこのような津波なのかもしれない。

本書は、3.11が起きるまでに、三陸海岸を襲った代表的な津波三つを取り上げている。すなわち明治29年(1894年)の明治三陸地震の津波、昭和8年(1933年)の昭和三陸地震の津波、最後に昭和35年(1960年)のチリ地震津波である。

著者の記録文学はとても好きだ。時の流れに埋もれそうなエピソードを丹念に拾い、歴史家ではなく小説家視点でわれわれ読者に分かりやすく届けてくれる。記録文学の役割が過小に評価されているように思うのは私だけではあるまい。

だが、著者の筆力をもっても、津波とは難しい題材ではなかったか。

なぜか。それは、時間と時刻だ。

時間とは、過ぎ去った時間のこと。本書が書かれたのは1970年だという。明治三陸津波からは76年の月日がたっている。もはや経験者が存命かどうかすら危ぶまれる年月だ。では、昭和三陸津波はどうだろう。こちらは被害に遭ってから38年。まだ体験談が期待できるはず。

だが、ここで時刻という壁が立ちはだかる。明治も昭和も地震発生時刻は夜中である。津波が三陸沿岸を総ざらいしたのは暗闇の中。つまり、目撃者からは行動の体験は引き出せても、視覚に映った記憶は期待できないのだ。

二階の屋根の向こうに波濤が見えた、海の底が引き潮で数百メートルも現れた、という目撃談は本書に載っている。だが、断片的で迫力にかける。そもそも夜分遅くに津波に襲われた被災者の方々が克明に状況を目撃しているほうがおかしいのだ。

被災者に立ちはだかるのは暗闇だけではない。津波とは一切を非情に流し去る。朝があたりを照らしても、元の風景を思い出すよすがは失われてどこにもない。そして、その思い出すらも時の経過が消し去って行く。荒れ狂う波が残した景色を前に、被災者はただ立ち竦むしかない。後世に残すに値する冷静緻密な絵や文章による描写を求めるのは被災者には酷な話だ。写真があればまだよい。だが、写真撮影すら一般的でない時代だ。

そんなわけで、著者の取材活動にも関わらず、本書は全般的に資料不足が否めない。でも著者は明治、昭和の津波体験者から可能な限り聞き取りを行っている。

視覚情報に期待できない以上、著者は他の感覚からの情報を集める。それが聴覚だ。本書には音についての情報が目立つ。地震発生時に二発響いたとされる砲声とも雷鳴とも聞こえる謎の音。海水が家屋を破壊する音や家にいて聞こえるはずのない水音。目には映らない津波の記憶も、耳の奥にはしっかりと残されている。そういった情報は聞き取りでも残された文献からも拾うことができる。

地震の記録としてよく知られるのは、宏観現象だ。宏観現象とは、前兆として現れた現象のことだ。本書は宏観現象も網羅している。

なかでも秀逸なのは、ヨダという東北弁の語彙の考察だ。ある人は揺れがないのに襲いかかる津波をヨダといい、ある人は揺れの後の津波をヨダという。著者が出した結論は後者である。その様な誤解が生じたのは、本書で三番目に取り上げるチリ地震津波の経験が影響しているのだろう。地球の裏側で起こった地震の津波が2日後に死者を出すほどの津波になるとは誰も思うまい。

そして、そういった波にも甚大な被害を受けること。それこそがリアス式地形を抱える三陸の宿命なのだろう。

だが、宿命を負っているにも関わらず、三陸の人々の全員に防災意識が備わっているかと言えばそうでもない。

著者の聞き取りは、三陸の人々が地震にたいして備えを怠っていたことを暴く。津波を過小評価し過去の地震の被害を軽くみた人や、誤った経験則を当てはめようとして逃げなかった人が津波にはやられている。

今の時代、昔から受け継がれてきた知恵が忘れられているのはよく言われる。しかし、昔の人たちも忘れることについては同じだったのかもしれない。

明治の地震でも更地と化した海沿いから、高台に家屋を移す試みはなされた。しかし、漁師は不便だからという理由でほどなく海沿いに転居する家が後を絶たなかったとか。そしてそれらの家は、後年、沿岸を襲った津波の被害に遭う。

結局、人とは喉元を過ぎれば熱さを忘れる生き物かもしれない。その意味でも著者の記録文学は残っていくべきなのである。

‘2016/6/29-2016/6/29


フランス人は10着しか服を持たない パリで学んだ“暮らしの質”を高める秘訣


本書もまた、曰く付きの一冊だ。妻から勧められ、次に読もうと鞄に入れていた。そしてすぐ、出来事は起きた。仕事をしていた私の机の横で雪崩が起きたのだ。机の脇に積み上げられ、立派なタワーとして成長を続ける観光パンフレットの倒壊。

それらは決して無価値なパンフではない。思い入れもある。しかし、目前に起きた惨事を前に、意を決して処分を始める。その後、妻と庭園美術館に出かけた私は、本書を携えていた。

大量のパンフを処分する決意に燃える私には、著者の言う意味がよく沁みた。タイミングと読書がぴったりはまった好例だ。

本書は、南カリフォルニアガールだった著者が半年のフランス留学で得た暮らしの極意が書かれている。極意とはフランス流のシンプルライフの勧め。本書の原題はLessons from Madame Chic。訳すとマダムシックから学んだこと、の意味か。

マダムシックとは、著者が半年間の留学でホストマザーとしてお世話になった方のことだ。実名は憚られるので、仮名でシックと呼んでいるのだろう。

シックとはフランス語だが、日本語に訳しにくい言葉だ。侘び寂びとでもいえばよいか。英語ではクレバーでクールといえばしっくりくるか。

要はつつましく、シンプルに、ということだ。それは、アメリカ式の大量生産、大量消費の思想とは対極にある。邦題となっている「服を10着しか持たない」とは本書のある章の題である。ある章のタイトルを本全体のタイトルとした訳である。充分インパクトのある邦題だと思う。お洒落なイメージの強いフランス人があまり服を持たない、という逆説は読者の目を惹く。だが、目を惹くだけではない。この邦題は、本書で著者が言いたいことの本質を言い表している。大量消費、大量購入とは反対に、服を持たないことを推奨するのだから。

南カリフォルニアといえば、明るく開放的な印象を受ける。何の疑いも持たずに消費文化を受け入れ、謳歌する。倹約や節約など一瞬たりとも考えないライフスタイル。著者は南カリフォルニア出身者であり、大量消費のライフスタイルにはまっていた一人。それゆえに、フランスでマダムシックのライフスタイルに触れて衝撃を受けたのだろう。

たとえば、リビングで食事をしない。それだけでなくそもそも食事時間以外に間食をしない。カウチポテトの文化とは正反対だ。服もみだりに持たず、少ない持ち服をパリエーションで着こなす。クローゼットにぶら下がる様子とは無縁の。テレビをめったにみない、という習慣も大量購入、大量消費に毒されないためにはかかせない。

実は私はこういった思想には全く抵抗がない。抵抗がないばかりか、20代前半には実践していたからだ。

ただ、私ができなかったのがものを持たないことだ。買い物には興味がなかったが、自分の興味分野については収集癖が昔から強いのだ。冒頭に書いたパンフレット雪崩はまさにその一例。わかっちゃいるのに止められない、と歌わずにはいられない程に。

本書でハリウッド大作主義を嫌い、フランス映画のもつ深みとゆとりを勧める。私もミニシアターにはまりたかった時期があるが、そもそもそのようなゆとりからは遠かったこの十数年だ。

パンフ雪崩と本書の読書をきっかけに、私もライフスタイルを見直してみようと思う。

‘2017/06/27-2016/06/28


夏の災厄


本書の巻末には瀬名秀明氏による解説が付されている。残念ながら私にはそれに勝る水準のレビューは書けそうにない。その解説に全ては書かれている。だが、及ばぬことは分かっていても書きたいのがレビュー。二番煎じを承知で書いてみたいと思う。

本書は、日常に潜む恐怖を描いた小説だ。なので、しょせんは作り事だ。いくら感じても、どれだけ心動かされても、読者はどこかひとごととして物語を読む。

そこには、どこかしら油断がある。作り話とたかをくくり、自分には降りかからないという油断が。小説とは日常と異なる日常の描かれる場。とはいえその日常は、決して自分に降りかかるはずのない作り話の出来事。のはず。

だから、本書のようなリアリティーに満ちた小説を前にすると、不安に苛まれる。こんなはずではなかった、と。本書のリアルとは、誰かが生きた過去のリアルではなく、自分に迫ることもありえる未来のリアルだ。読者は自分の未来を本書の中に見る。それが読者を不安に陥れる。

本書で起こる疫病の蔓延は、人類の歴史に起きた悲劇をなぞっている。ペスト、天然痘、スペイン風邪、AIDS、エボラ出血熱、SARS。歴史に刻まれたパンデミックであり、誰かの生涯を悲嘆に暮れさせたリアル。だが、それらは医療が未開だったころの災厄だ。通常ならば、こういった疫病がわれわれを襲う物語に作り話感は拭えない。

人類の未来に起こりうるリアルとは、そのような疾病ではないように思える。では、どういう疾病なら、未来のリアルとして受け止められるか。それは、新型インフルエンザ、MRSA、未知の感染症である。医学を嘲笑うかのように着々と抗生物質への耐性を身にまとい、牙を研ぐウイルスたち。ある日、油断したわれわれを一斉に襲い、猖獗を極める。そんなリアルであれば、未来に待っているような気がする。

本書に登場するのは日本脳炎だ。私も子供の頃、予防接種を受けさせられた。しかも、この疾病の名前には日本が付く。ということは、日本にまだ潜んでいておかしくないのだ。かつてこの国で幾人もの患者を死に追いやった病。過去のリアルとして、この設定は十分説得力を持っている。では未来のリアルはなんだろうか。それは、日本脳炎がほぼ根絶されたという油断にある。つまり、警戒態勢が解かれ、弛緩している現状をついて、再び日本脳炎が猖獗を極めるところにある。

いま、仮に大流行したとすればどうなるだろう。接種されてない人にはもちろん、新種のウィルスであれば接種済みの人にも甚大な被害が及ぶ可能性は高い。

週刊誌の下世話な煽り記事に過剰反応することは禁物。それは確かだ。でも、気温の上昇気配は皆が等しく実感しているはずだ。南方でもらってくる病気だったはずのマラリアが日本で猛威を奮う日はすぐそこに来ているように思える。では日本脳炎はどうか。マラリアだけでなく、日本脳炎にその可能性はないのか。その不気味な切迫感は、首都圏直下型地震や東南海地震の切迫感に匹敵するかもしれない。これが、著者が取り上げた日本脳炎というリアルだ。

一方、著者が描く埼玉県昭川市はどうか。本書巻頭に地図が掲載されている。昭川市の地図だ。これがまた、絶妙にリアルなのだ。関東以外の方にはわかりにくいと思われるが、昭川市という自治体はない。しかし、地図にのっている鉄道はには至池袋や至国分寺という記載がある。これは西武線を指しているに違いない。線路の組み合わせ的には本書の舞台は所沢あたりを指しているように思える。また、昭川市という名からは東京都昭島市や旧秋川市を連想させる。現実の自治体やそこの住民には迷惑を掛けずに、本書の舞台設定はぎりぎりまでリアルな地理を志向している。

著者は作家になる前は公務員だったという。つまり公務員の仕事への熱量を熟知しているはずだ。公務員だから仕事は適当、というステレオタイプな考えが当てはまらないのは当然だ。自分から決して仕事は作りに行かないかもしれないが、受け持った職掌に含まれる仕事はおろそかにしない。公務員に特有の温度感が、本書ではうまく書かれている。

ここで下手に昭川市の職員をヒロイックに書いてしまうと、途端に物語からリアルさが失われる。著者は本書で読者を突き放したかのように書く。メリハリの聞いた展開よりは実直な展開を。本書の筆致で長編を書き上げるのは至難の技ではないかと思う。だが、一読してドラマ性をあえて放棄したかにみえる本書の文体こそが、本書にリアルさを与えている。

ただ、それだからこそ一点だけ不満がある。ここまでリアルを追求した本書だからこそ、プロローグや動機で登場した某国を持ち出す必要はなかったのではないか。それが唯一本書からリアルさを失わせ、作り物めいた感じになっているように思う。ウィルスは自然に発生にしたほうが、偶然であったとしてもリアルさが担保できていたように思うのだ。

‘2016/06/26-2016/06/26


脱獄歴六回の記録保持者 五寸釘寅吉の生涯


網走刑務所には二回訪れている。一回目は大学時代に友人と。二回目はまだ小さい長女やワンちゃんもつれて家族で。二度も私に足を向けさせた網走刑務所は実に興味深い場所だ。多分、次に道東を訪れた際にも博物館網走監獄は訪れることと思う。見学が終わった後は売店がある。二回目に訪れた時だったか、見学の記念に売店で売っていた本を購入した。その時に購入したのは、昭和の脱獄王として知られる白鳥由栄氏の伝記だ。白鳥由栄氏といえば、吉村昭氏による「破獄」のモデルにもなっている。とても面白く、劇的な生涯を送った方だと思う。

今回、ブックオフで偶然見つけたのが本書。本書で取り上げられている五寸釘寅吉は、昭和の脱獄王ではなく明治の脱獄王だ。本書の記載によると、白鳥由栄氏とともに網走刑務所の名を世に知らしめた二大人物として知られているらしい。

ただ、私にとって五寸釘寅吉はほとんど未知の人物である。辛うじて二度の網走訪問で名前を記憶に残しているぐらい。五寸釘寅吉とは、足を貫いた五寸釘をものともせずに十二キロの道を逃げたところから名づけられたようだ。

明治のことゆえ、白鳥由栄氏の時代より警備も緩かっただろう。上に挙げた書籍で取り上げられた白鳥由栄氏の脱獄に比べると、派手さや話のネタとしては弱いかもしれない。でも、生涯で6度の脱獄はやはりすごいと思える。

また、本書に紹介されている五寸釘寅吉の逸話には、網走監獄の草創期に関係するものが多い。それがとても興味深い。博物館網走監獄で教えられる知識はたくさんあるが、今の北海道の道路網のかなりを囚人たちが作り上げたこともその一つだ。労役として北海道の荒涼とした原野に道を拓く。そこには想像を絶する過酷さがあったことだろう。実際に過酷さの一端は、博物館で知ることができる。展示されている監獄の足錠や重しのインパクトはとても大きい。だが、私は道路労役の過酷さからも重い印象を受けた。

本書には、釧路から網走への道路開削にも、囚人たちの労力の貢献が多大だったことが紹介されている。五寸釘寅吉もそのうちの一人だった。本書によれば網走監獄ができるにあたり、釧路集治監から囚人が移動された。五寸釘寅吉は、その際に囚人たちの取りまとめ役となったらしい。つまり、五寸釘寅吉は網走刑務所の草創期を知るばかりか、立ち上げに関わった一人でもあるのだ。

また、五寸釘寅吉は網走で一度は脱走したものの、後年は模範囚としてどこでも自由に行ける立場だったらしい。若き日こそ、血の猛るままに脱走を繰り返したものの、ひとたび自分を理解する人物に恵まれると、その牙を収める性質だったようだ。怒りが人間の能力を拡げることを示す実例であるとともに、心理学の観点からも興味深い事例だ。

寅吉は彫り物の達人であり、刑務所の歴代の正門看板には、寅吉が書いたものもあったらしい。また、73歳で出所した後は、五寸釘寅吉自身を出し物とした一座に加わり、 防犯の心得を説くなどしていたらしい。また寅吉の肉体は痛覚のない特異体質だったことも紹介されている。

全般に本書は構成が散漫な印象がある。それもそのはず、著者は長年網走信用金庫で勤めた人物だ。地元の網走の郷土史、中でも網走刑務所の歴史に興味を持ち著作を世に問うているそうだ。たとえば本書のような。いわば在野の郷土史家といってもよいだろう。そのため、構成に難があるのは目をつぶりたいと思う。でも、地方史とはこういう在野の有志によって支えられていることは間違いない。今後も著者の著作が博物館網走監獄で扱われ続ける事を望みたいと思う。

‘2016/06/25-2016/06/26


百年法 下


上巻では、百年法を成立させる過程で笹原が自死を遂げる。その志を継いだのが内務省で笹原の部下であった遊佐。

遊佐は百年法を国民にあまねく浸透させるためには民主主義では生ぬるいと考える人物だ。権限を持った施政者による強力な指導がこれからの日本共和国には必要との持論を持っている。その持論にのっとり、遊佐は首相の座に就く。そして大統領に野党党首だった牛島を擁立する。大統領といっても、現代フランスやアメリカのような任期制の大統領ではない。内政にも強大な権限を持つ終身大統領だ。遊佐は自らの信ずる政治体制を実現するため、合法的に大統領へ無限の権力を集中させる。上巻は、自らが擁立した牛島大統領により、足を掬われる遊佐の狼狽で幕を閉じる。

下巻では政治と国民の断裂は深刻になる。百年法は施行されたが、その徹底はおざなりになる。百年たったにも関わらず当局に出頭しない者は増加し、彼ら逃亡者は各地でコミュニティを作って自活の道を選ぶ。闇IDカードが横行し、政府が派遣した軍隊が逃亡者コミュニティを掃討することが頻発する。生存権の制限を徹底したい政府と生存本能に忠実な国民の間の争い。それが描かれるのが下巻だ。

下巻では、政府内部の権力闘争も執拗に描かれる。それは牛島大統領と遊佐首相による暗闘だ。著者は本書のサブテーマにマキャベリズムのあり方も取り上げる。為政者とは国民に対してどうあるべきなのか。権力を得る前と得た後で人はどう変わりうるか。人は権力を手にした時、どう振る舞うべきか。そして、権力闘争を勝ち抜くために求められる資質とは何か。

マキャベリズムとは、ルネサンス期の政治思想家マキャベリが唱えた思想のことだ。ウィキペディアの定義を引用すると、どんな手段や非道な行為も、国家の利益を増進させるのであれば肯定されるという思想だ。だが、マキャベリズムが生まれでたのは、かつてマキャベリが活躍したフィレンツェやその周辺の都市国家が群雄割拠した中世の時代背景があってこそ。いまや覇道が大義として通用した中世ではない。21世紀半ばの情報技術の豊かな日本共和国を舞台として、いかにマキャベリズムを具体化するか。著者の思考実験には、生死という人間にとっての究極の選択が欠かせなかったのだろう。

上巻のレビューで、著者は本書において主張したかったことが多数あるはずと書いた。その一つは家族のあり方だ。不老が実現した社会では、子が親を養う事が不要となる。つまり親子の縁はもはや足枷でしかなくなるということだ。

著者は本書で様々な社会実験を行う。そのうち、私が被験者に置かれたくない実験。それこそが家庭の意味が崩壊した社会に生きることだ。こと家庭に関しては私は保守的な考えを持っている。多分、不老が実現した社会では本書の予言通り家族制度は溶解することだろう。だが、仮にそうだとして、それを今の日々にどう活かすのか。家庭だけでなく、労働のあり方にも相当な変化が起きるはずだ。社会構造が変わることで、子を持つ意味も根底から覆る。本書はそういった思考訓練にも使えるかもしれない。

本書下巻には正体不明の阿那谷童仁というテロリストが暗躍する。政府にたてつく反百年法のシンボル。活動年代の長さは、HAVI処置による長命だけでなく、複数の人間が何代にもわたって阿那谷童仁を襲名しているかのようだ。その存在は、生存権を脅かされた国民による反旗のシンボルのよう。だが、阿那谷童仁の行動からはこれといった信念が感じられない。阿那谷童仁が仮に逃亡者の代弁者であったとして、逃亡者の信念の根底にあるのは国に生殺与奪権を握られていることの反抗だけなのか。それとも逃亡者とはただ本能に正直なだけの人々の集まりなのか。

その判断は読者に委ねられる。家族という価値観が崩れた後、人は何を支えに生きて行くべきなのか。それを問う事は、本書の底流を成す重要なテーマだと思う。国家による生存権の掌握や、その運営にあたる政治家の持つべき矜持も重要だ。だが、人が生きる目的を探る事は、そもそも小説という芸術の根幹にも関わることだ。本書では、種族の繁栄という大義名分が喪われた人が何を目標に生きるのか、との問いがなされる。この問いは表立って出てこないが、本書を読む上で見逃せない。

著者は、最終的には本書の筋を国家としてのあり方につないでゆく。宗教や思想、主義、哲学、生きがい、人生観、価値観。そういった精神的なものは、国民の一人一人に任せておけばよい。と著者はその是非を読者に預ける。上にも書いたような人としての生きがいは本書の重要なテーマではあるが、最終的にはそれは読者それぞれの価値観によるとでもいうかのように。

では、国政を預かる者の責務はなにか。結局は、国民の生活基盤を整える事ではないか。国民がそれぞれの生きがいを全うし、人間らしい生活を営むための基盤。それを整え、提供することが国の責務なのだろう。なぜなら、それができるのは国家だけだからだ。

国と国民とはしょせん同化できるものではない。個人と国の価値観は常に対峙しあい、依存しあい、反発しあう。立場や視点によって国の立場も国民の立場も変わる。そして、国は国民がいなければなりたたない。国は国民の生存権を左右することはできても、それでもなお、一人一人の国民がいなければ、立ちゆかないのが国なのだ。そこを見据え、さらに先の未来を描き、バランスの取れた統治に徹するのが正しいマキャベリズムの姿なのかもしれない。

本書はこのように、様々な角度から社会や国の現状認識を揺さぶる。それだけの力を持った小説だ。ぜひ味わってみて欲しいと思う。

‘2016/6/23-2016/6/25


百年法 上


国家を成り立たせるための最低要件。それは政治学の初歩の問いではないか。この場で私が思いつく限りでも、国民、国境、そして軍隊も含む外交主体などが浮かぶ。最後に挙げた主体とは、国の実態を対外折衝を行える組織に置く考えに基づいている。つまり、対外折衝を国に対して行うからには、その組織を国と見なしても良い、ということだ。

一方、国を考える上で内政とは何を指すのだろうか。国民と統治者の間にサービスを介した関係が存在すること。それは誰にも異論がないはずだ。国民は国からサービスを受けるため税金を払い、国はその見返りにサービスとしての教育や福祉、治安を提供する。これは、政府の大小や主義主張の違おうとも、一般に認められる考えではなかろうか。今、私が考える国の内政機能といえば、せいぜいこのくらいしか思いつかない。

国防の名において、国民を外敵から守るといった秩序維持も国家の機能の一つに挙げてもよさそうだ。それだけにとどまらず、外交も内政も行き着くところは国内の秩序維持に集約される、といった意見にも私は反対しない。

国家が秩序維持を御旗に掲げた場合、個人の権利は縮小される。国民福利の原則を盾に、強制代執行の行使がなされる事案はよく耳にする。国家権力の名の下に、個人の権利は制限される。今さら基地問題や市街地開発を話題に出すまでもなく、お馴染みの話だ。

ただ、権利が制限されると言っても我が国の憲法には、生存権をはじめとする権利が明記されている。それら謳われた権利の保護は、たとえ建前であったとしても尊重されているといってよいだろう。なかでも生存権については、前憲法下で蔑ろにされた反省から現憲法ではかなり気が遣われていると思う。

日本国憲法が施行されて70年がたった今、生存権について国家が制限をかけるという試みはタブーに等しい。本書は、そのタブーにあえて踏み込んだ一冊だ。

そのタブーを描き出すため、著者は近未来SFの手法を採る。それは、パラレルワールドにおける近未来として読者の前に示される。なにせ、本書の舞台は日本共和国なのだから。1945年までは同じだが、第二次世界大戦の戦後処理の過程で共和国形態を採った日本。パラレルワールドの日本には大統領がいる。実務は首相が執る。本書に描かれる日本共和国の政体は、現代フランスの政治体制に近いだろうか。

ふとした偶然で発見されたヒト不老化ウィルス、略してHAVI。このウィルスこそが本書の着想の肝だ。不死を手に入れた人類の壮大な社会実験。そして、死なないということは、際限なく人が増え続けること。つまり、国家による生存権の制限が必須となる。その制限の根拠こそ百年法だ。

本書の扉や表紙折り返しには条文が掲載されている。
【生存制限法】(通称:百年法)
不老化処置を受けた国民は
処置後百年を以て
生存権をはじめとする基本的人権は
これを全て放棄しなければならない

自然死や事故死ならともかく、国家によって強制される死。それはかつての日本にあっては、赤紙に象徴された。なぜ著者は本書のパラレルワールドとわれわれが生きる世界の分岐点を1945年に設定したか。私はその理由は二つあると思う。一つは、日本共和国成立には太平洋戦争の敗北が必要だったこと。もう一つは、百年法施行に踏み切る指導者の背景に太平洋戦争前の死生観をおく必要があったからではないか。

本作中で百年法が最初に議会に提出されるのは西暦2048年。百年法を主導するのは内務省。内務省次官の笹原は、太平洋戦争を闘った軍人あがりの人物。HAVIウィルスに感染、つまり、不老となった。

笹原は、死と生が隣り合わせになっていた時代の空気を知り、国家による生存権の制限を知っている。つまり、国家による生存権の制限に再び踏み切るには適任な人物だ。

笹原自身も、百年法が施行されれば、一年後に生存権が停止されることになる。だが、彼は、自らも自死を前提とした覚悟で国民に決断を突きつける。まさに命がけで政治を行うとはこのことだ。

本書を通して、著者が訴えたいのは死生観の多様性を描くことだけではない。国家による生存権の制限は、著者のテーマの素材を活かす舞台に過ぎないと思う。著者が訴えたいことの一つは、政治家に求められる覚悟だ。

つまり、笹原が選んだような、国の行く末のためには命すら賭す信念。為政者が身にまとうべき矜持ともいえようか。

だが、それは云うは易し、の理想論に過ぎないようにも思う。笹原のような命を賭ける政治家が不在である今の日本。これは、今の日本がまだそこまで追い詰められていない事の証だと思う。まだ、今の日本には余裕があるということでもある。少なくとも本書で日本共和国が陥った状況には、今の日本は至っていないように思う。

つまり、著者が百年法や日本共和国という舞台を創造してまで描きたかったこととは、政治家の本分ではないだろうか。

本書では多様な登場人物が死生観を披露する。百年法の適用対象となっても当局に出頭せず逃亡者となる者。HAVIをそもそも受けず、自然のままの老化を選ぶ者。未練がましく葛藤しながら自らの終末まで生きようとする者。人によって価値観は十人十色だ。そんな多種多様な死生観を持つ人々を率いるには、生半可な信念では務まらない。本書で著者が一番訴えかけたかったのは死生を統べる為政者としての覚悟だろう。

そう考えると、なぜ著者は本書の日本を共和制にしたのか、天皇制を廃したのはなぜか、という疑問にも答えがでる。たとえ象徴とはいえ、国民の死生を左右する国に天皇がある設定。その設定に著者は踏み切れなかったのではないだろうか。

ここから強いて何かを受け止めるとすれば、国と国民の間に死生観が介在すること、だろうか。戦後70年を経た今、為政者ではなく、天皇の名の下に国民に死生を強いたことの影響。その微妙な影響は今なお残り続けている事実を本書からあらためて突きつけられたと思う。死生観の強制があった事実は、今も国と国民の間に抜き難く残っている。そんな感想を抱いた。私自身は、象徴としての天皇の在り方に賛成する立場だ。だが、この先、IT技術の進歩は国と国民の関係に深く関わってゆくことだろう。

本書からは、それらのあり方も含めて考えさせられた。

2016/06/22-2016/06/23