本書のレビューを書くのはとても難しい。

推理小説であるため、ネタばらしができないのはもちろんだ。でも、それ以上に本書の構成はとても複雑なのだ。小説のレビューを書くにあたっては最低限の粗筋を書き、レビューを読んでくださる方にも理解が及ぶようにしたいと思っている。しかし、本書は粗筋を書くのがはばかられるほど複雑なのだ。そして粗筋を書くことで、これから読まれる方の興を削いでしまいかねない。

本書下巻ではテレビドラマ脚本家の岡田氏による解説が付されている。岡田氏も本書の解説にはとても苦労されている様子が伺える。そして、私も本稿には難儀した。本書はレビュアー泣かせの一冊だと思う。

でも、本書はとても面白い。そして構成が凝っている。ミステリーの系譜では誘拐ものといえばそうそうたる名作たちが出揃っている。本書はその中にあっても引けをとらないほど面白い仕掛けが施されている。子供を間に置くことで、視点の逆転をうまく使っているのが印象的だ。

上巻である本書では、圭太君の母香奈子と橋場警部に焦点を当てつつ話は展開する。圭太君があわや連れ去られそうになるが、実は誘拐未遂であり、しかも実行犯が父親というのがミソだ。そしてその体験を語るのが幼い圭太君であることが、混乱を誘う。圭太君の言葉は無垢な言葉であり、その言葉には作為は混じらない。だからこそ大人は惑わされるのだ。冒頭の誘拐未遂の挿話で読者ははやくも著者の仕掛けた謎に惑わされてゆく。

はたして一カ月後、圭太君は再度誘拐される。犯人の知略にもてあそばれる警察側。著者によって小道具が効果的に出し入れさえ、巧妙に視点と語りが混ぜ込まれる。著者の幻惑の筆は冴え渡る。なるほど、こういう誘拐の手口もあるのか、と読めば驚くこと間違いなし。造花の蜜という題名のとおり、本書では金という甘い蜜を巡って虚虚実実の駆け引きが繰り広げられる。ここでいう蜜とは、金の暗喩であることは言うまでもない。そして蜜は金としてだけでなく、小道具としても印象的に登場する。蜜に群がる蜂を多く引き連れて。

鮮やかな誘拐劇の中、ほんろうされ続ける橋場警部。

上巻は、犯人への対抗心に燃える橋場警部の姿で幕を閉じる。これが下巻への布石となっていることはもちろんだ。

‘2015/11/20-2015/11/21


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