網走刑務所には二回訪れている。一回目は大学時代に友人と。二回目はまだ小さい長女やワンちゃんもつれて家族で。二度も私に足を向けさせた網走刑務所は実に興味深い場所だ。多分、次に道東を訪れた際にも博物館網走監獄は訪れることと思う。見学が終わった後は売店がある。二回目に訪れた時だったか、見学の記念に売店で売っていた本を購入した。その時に購入したのは、昭和の脱獄王として知られる白鳥由栄氏の伝記だ。白鳥由栄氏といえば、吉村昭氏による「破獄」のモデルにもなっている。とても面白く、劇的な生涯を送った方だと思う。

今回、ブックオフで偶然見つけたのが本書。本書で取り上げられている五寸釘寅吉は、昭和の脱獄王ではなく明治の脱獄王だ。本書の記載によると、白鳥由栄氏とともに網走刑務所の名を世に知らしめた二大人物として知られているらしい。

ただ、私にとって五寸釘寅吉はほとんど未知の人物である。辛うじて二度の網走訪問で名前を記憶に残しているぐらい。五寸釘寅吉とは、足を貫いた五寸釘をものともせずに十二キロの道を逃げたところから名づけられたようだ。

明治のことゆえ、白鳥由栄氏の時代より警備も緩かっただろう。上に挙げた書籍で取り上げられた白鳥由栄氏の脱獄に比べると、派手さや話のネタとしては弱いかもしれない。でも、生涯で6度の脱獄はやはりすごいと思える。

また、本書に紹介されている五寸釘寅吉の逸話には、網走監獄の草創期に関係するものが多い。それがとても興味深い。博物館網走監獄で教えられる知識はたくさんあるが、今の北海道の道路網のかなりを囚人たちが作り上げたこともその一つだ。労役として北海道の荒涼とした原野に道を拓く。そこには想像を絶する過酷さがあったことだろう。実際に過酷さの一端は、博物館で知ることができる。展示されている監獄の足錠や重しのインパクトはとても大きい。だが、私は道路労役の過酷さからも重い印象を受けた。

本書には、釧路から網走への道路開削にも、囚人たちの労力の貢献が多大だったことが紹介されている。五寸釘寅吉もそのうちの一人だった。本書によれば網走監獄ができるにあたり、釧路集治監から囚人が移動された。五寸釘寅吉は、その際に囚人たちの取りまとめ役となったらしい。つまり、五寸釘寅吉は網走刑務所の草創期を知るばかりか、立ち上げに関わった一人でもあるのだ。

また、五寸釘寅吉は網走で一度は脱走したものの、後年は模範囚としてどこでも自由に行ける立場だったらしい。若き日こそ、血の猛るままに脱走を繰り返したものの、ひとたび自分を理解する人物に恵まれると、その牙を収める性質だったようだ。怒りが人間の能力を拡げることを示す実例であるとともに、心理学の観点からも興味深い事例だ。

寅吉は彫り物の達人であり、刑務所の歴代の正門看板には、寅吉が書いたものもあったらしい。また、73歳で出所した後は、五寸釘寅吉自身を出し物とした一座に加わり、 防犯の心得を説くなどしていたらしい。また寅吉の肉体は痛覚のない特異体質だったことも紹介されている。

全般に本書は構成が散漫な印象がある。それもそのはず、著者は長年網走信用金庫で勤めた人物だ。地元の網走の郷土史、中でも網走刑務所の歴史に興味を持ち著作を世に問うているそうだ。たとえば本書のような。いわば在野の郷土史家といってもよいだろう。そのため、構成に難があるのは目をつぶりたいと思う。でも、地方史とはこういう在野の有志によって支えられていることは間違いない。今後も著者の著作が博物館網走監獄で扱われ続ける事を望みたいと思う。

‘2016/06/25-2016/06/26


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