IMG_9411

タカ派路線が幅を利かせる今の日本。だが、一昔前までは、ハト派路線が全盛であった。その反動が、今のタカ派隆盛に繋がっているともいえる。保守論客として知られる著者は、ハト派全盛の頃から保守論客として気を吐いていた方である。

私は保守というのは、防御してこそ本分を発揮すると考えている。我が国の歴史を紐解いてみても、外に打って出た際は、大抵痛手を蒙ってきた。それは、白村江の戦い、秀吉の朝鮮出兵、満州事変からポツダム宣言受諾までの15年に顕著である。一方、日本が防御に徹する時、なかなかの試合巧者ぶりを発揮している。二度に亘る元寇の来襲も撃退し、安土桃山時代にはスペインやポルトガルといった当時の世界の覇者の進出を、鎖国という手段で退けている。日本海海戦もバルチック艦隊を迎え撃った形で勝利している。防御に徹した時のほうが、日本は繁栄を享受しているように思えるのは私だけだろうか。それは島国という地政学的な条件もあるのかもしれないが、地震や火山噴火や台風といった度重なる自然災害から得られた風土の教訓ではないだろうか。

そのような考えから、私は日本のナショナリズムを考える際、防御的な反応であれば是とする者である。反対に、国内を覆うナショナリズムが、国外に刃を向けることを危惧する。昨今もすでにヘイトスピーチという形で、その歪んだナショナリズムが噴出し始めており、危惧を覚えている。ヘイトスピーチは、当事者に言わせると防御反応なのかもしれないが、どうみても過剰防衛である。関東大震災の際の朝鮮人虐殺で知られるように、本来臆病な日本人は、過剰防衛という過ちを犯しかねない。

オピニオン誌や新聞もあまり読む間もない最近故、著者の言説をこのところ目にすることが少ない。私の印象では、保守派とはいえ、著者の言説には戦前の日本の侵略行為を美化するといった言説はあまりされていなかったように思う。むしろ著者の思想は、諸外国が貶めようとする日本を、防御するために構築されたとも思える。そのペン先は、諸外国を貶めるために使わず、日本を守るために使う。それが、私が著者の言説を信頼する理由でもある。過剰防衛にならぬよう、周到に、緻密に著者の論は防御網を張り巡らす。

本書は、1987年頃から1995年頃に書かれた論文を中心に編まれたものである。
 <五十年前の歴史をどうとらえるか>
 <国際政治に照らしてみた自民党と社会党>
 <オウムと破防法>
 <日本の安全保障>
 <難民時代と日本の労働力>
 <欧米への挑戦>
 <日本とドイツ~その戦後史>
 <教育問題~どうすれば改革ができるか>
 <一九八九~九〇年――世界激変への証言>
といった本書の章題を眺めるだけでも、その防御的な論調が見て取れるのではないだろうか。実際、自虐史観に対しては第一章で徹底的に論破している。第三章についても日本の身中の虫に対する防御についてであり、第四章は章題からして防御そのものである。中でも第五章については、20年前に書かれたとはいえ、今の少子化に苦しむ日本にとって参考となるところが大である。本稿を書く前に著者のブログを確認したところ、先日も移民問題シンポジウムを取りまとめられ、その内容が本になったとか。第八章についても、防御のための知恵は、教育から生まれること必定である。そのあたりも著者は疎かにしない。

移民問題も含め、今の日本には、激変する世界に対応する防御策の構築が求められている。それも、鉄壁の防御壁と流れに逆らわず受け流す硬軟二面の構築が。傘寿に手が届こうとする著者であるが、まだまだ硬骨の論陣を張り続けて頂きたいと願っている。

’14/07/16-‘14/07/23


コメントを残して頂けると嬉しいです

読ん読くの全投稿一覧