著者の作品はかなり読んできたつもりである。各著作に共通して思うのは、物語舞台の地理感覚を大事にしているということ。舞台がそこでなければならない、という必然は設定上あまりない。しかし、一旦ここと定めた舞台に対しては描写を惜しまない。そのため、舞台を知る読み手にとっては物語のイメージを容易に想うことができる。

著者のデビュー作である「十三番目の人格‐ISOLA‐ 」からすでに、私の故郷である兵庫県西宮市が舞台となっている。市内各所を想いながら、物語に没入できた私。本書では町田市にあるとされる高校が舞台になっている。我が家のすぐ近くである。冒頭の烏の視点から町田を鳥瞰する描写だけで、私はもちろん、町田市民にとって、或るイメージが喚起されたであろう。

それは、町田、すなわち悪。

なぜ著者が本書の舞台を町田に設定したのかはわからない。わからないが、想像を許されるのであれば、団地で起こった殺人事件や、駅前でたびたび起こる暴力団がらみの事件が、著者の舞台設定に影響を与えていたのではなかろうか。

本書の諸設定と町田には関係はないし、実際の展開からしてもそうである。しかし、町田の地理を丁寧に描いているために、前述の事件報道の刷り込みもあって、町田でならこのような悪が遂行されてしまう、といった無意識のイメージを読み手に刷り込む。これは、著者のすぐれた描写能力によるものである。町田市民として皮肉なしに見事だと思う。

上巻では、主人公であるハスミンの、校内で生徒や同僚教師からの信頼を勝ち得、隠然たる勢力を伸ばしていく様が丁寧に描かれている。ハスミンの精妙な戦略が校内で育っていく様と、同時に顕れるハスミンの異常性が、あちこちで繕えなくなるほころびとともに表現されていく様は、読み応えがある。

それはちょうど、ジェットコースターが山場に向かって、徐々に登っていく様に似ている。

’12/05/20-12/05/24


カテゴリ: 読ん読く.
最終更新日: 7月 27, 2014

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