山小屋の朝は早い。それはなんとなくわかっていました。だが、これほどまでに早いとは。起きたのは4時半。しかも、アラームもなしに。なぜなら周りの人たちが皆起きるからです。私もその気配に目覚めました。気配だけでなく、寒さでも目が覚めました。私はこの旅においても、山登りにふさわしからぬ格好でやってきました。朝方の尾瀬を舐めた装備で。だから、夜ちょっと寒かったのです。毛布も布団も用意されていたにもかかわらず。そんな訳で私は惰眠をむさぼることなく、皆と変わらぬ時間に目覚められました。

起きたとはいえ、朝食にはまだ時間があります。ではなぜ皆さんは起きるのか。それは、朝もやの中に目覚める尾瀬を体で感じるためです。朝もやの尾瀬。それは私の目に幻想の世界と映りました。朝もやが尾瀬の一帯をベールの様に覆い、音もなくゆらめく様子。それが見渡す限り広がっています。この光景は、早く起きて見るべきといえましょう。尾瀬ならではの素晴らしい朝まだき。都会では決して見られないほどの。

木道には、まだお互いの顔さえよく見えないほどの暗さであるにもかかわらず、たくさんの人が朝もやの尾瀬を一目見ようとたたずんでいます。凍えるほどの寒さであるにも関わらず。私も精一杯着込み、朝もやの尾瀬を見届けようと気張ります。でも、それだけの価値はありました。朝もやに覆われていた尾瀬の向こう、至仏山があるはずの方角が徐々に白んで行きつつあるのが分かります。それとともに、朝もやが少しずつ薄らいでいくのです。朝もやが薄らいでいくと同時に鳥が活動を始めます。鳥がさえずり、鳥が飛び交い、尾瀬の朝が始まりつつあることを尾瀬中に知らせるかのように。そして、朝もやの向こう側から、湿地の広大な地平が私たちの前に徐々に姿を現します。この一連の流れは、ただただ荘厳。時間の移り変わりを全身で受け止め、魂で感じる。これこそ、朝を迎える営みの本来の意味なのでしょう。この感覚も、現代の都会人がうしないつつある感覚だと思います。

そのうちに朝日が燧ケ岳の向こう側から姿を現します。ここにおいて尾瀬の朝はクライマックスへ。朝もやから日の出までの一時間ちょっとの時間。これは、私の人生でも貴重な経験でした。今までにも比叡山や神戸空港から初日の出を見たことがあります。でも、朝もやと鳥が広大な空間で織りなすハーモニー。この経験は尾瀬でしか味わえません。

そして朝食。ところがまだ六時前だというのに、朝食を待つ長蛇の列ができています。私たちはここでも遅れを取りました。でも、朝食の時間には間に合い、おいしい朝ご飯をもりもりといただきました。そして、今日の道のりを無事に踏破するため、準備を進めます。

私たちが宿を出たのは六時半ごろだったでしょうか。オーナーは各パーティーの出発を送り出すのに忙しく立ち回っています。そんな忙しい中でありながら、私たちの集合写真を撮ってくださろうといろいろと骨折ってくれます。その姿をみて、山小屋の本質が少しは分かった気がします。山小屋とは自己責任と自己管理が求められる場所。お互いが己を律しつつ、一期一会の縁を大切にしようとする場所。それこそ山男山ガールの本分なのでしょう。今まで、私にとっての山はハイキングの延長でしかなく、せいぜい、見知らぬ人同士がすれ違いざまに「こんにちは」と呼びかけ合う程度の認識でした。ところが、山小屋の朝を体験し、山の気持ち良い朝を過ごしてみると、私の中で山への意識がさらに強まったような気がします。

さて、われわれは尾瀬小屋を出発し、次なる場所に向かいます。今日のルートは、燧ケ岳の脇をぐるっと回り、尾瀬沼から三平峠を抜け、大清水のバス停を目指します。正直に言うと、今回の旅に臨むにあたり、私には一つの不安がありました。その不安とは腰痛です。春先から悪化していた腰痛。果たして今回の尾瀬の旅で皆さんに迷惑をかけずに歩きとおせるのだろうか、という不安。その不安は私の心の中にずっと巣くっていました。昨日は平坦な道がほとんどだったので、腰痛を忘れて景色を堪能できました。ところが今日は山を越えねばなりません。私の腰はこの行程に耐えられるのか。

そんな私の不安を払うかのように、朝を謳歌する森は私を元気にします。空気は一点の雑味もなく、ただただおいしい。木漏れ日も私の心に優しく降り注ぎます。やがて道は上りになりました。そして、その道のりは次第に急になっていきます。山登りの段階にはいったのでしょう。私たちのパーティーの他にも複数のパーティーが同じ道程をゆきます。皆さん山小屋に泊まり、早朝に出発した方々なのでしょう。私たちはそうした方々を追い抜きながら、尾瀬沼のを目指して歩を進めます。

山を登っていると、何度か湿原を抜けます。木道が湿原を貫き、左手にそびえる燧ケ岳はくっきりと姿をあらわにしています。ちょっと左に折れて登ればすぐに登頂できそうなほど、すぐ近くにそびえています。このあたりからは昨日見かけたような雄大な広がりは見えません。ですが、木道が渡された湿原に人の姿はまばら。そのためか、昨日よりもさらに荒らされていない自然を味わえました。とくにこのあたりには水芭蕉の群生が目立ちます。昨日、鳩待峠から山の鼻に至る道の脇でも水芭蕉の群落を見かけました。ですが、往来する人々が発する熱で水芭蕉も弱ったのか、あまり精彩が感じられられませんでした。ところが、このあたりの道に咲いていた水芭蕉はとにかく元気。可憐な株、元気な株、それぞれが群生して一つの景観を作り上げています。これぞ「夏の思い出」にも歌われた尾瀬の水芭蕉といわんばかりに。

いくつもの湿地を行き過ぎ、登りと下りを繰り返した後、私たちは尾瀬沼のほとりにつきました。そこは沼尻という地名がついています。私たちの眼前に広がる尾瀬沼。そこは私たちを満面の輝きで迎えてくれました。朝の陽光が湖面をきらめかせ、見渡す景色の中には人工物がまったく見あたりません。沼と名付けられていますが、沼の語感にはどちらかといえばどんよりとした暗さがあります。ですが、私たちを迎えた尾瀬沼は全てが明瞭。どこにも後ろ暗さはありません。何事も隠さず、自然のすべてを開けっぴろげにしています。それどころか、沼のほとりにたたずむ私たちの心を見透かすかのよう。このきらめきを前にすると、自然の偉大さに襟を正すほかありません。沼と池の区別はよくわかりませんが、こちらのサイトによると、自然にできたものが沼だそうです。遠いむかし、大地のうねりが尾瀬沼を作り上げたのでしょう。昨日見かけた雄大な景色も良かったけれど、尾瀬沼のありようも私たちを癒やしてくれました。

私たちは、尾瀬沼の周りを沿ってさらに歩みを進めます。次に訪れた場所はビジターセンター。ここで私たちはしばし休憩をとり、尾瀬小屋の方が作ってくださったおむすびを頬張りながら、存分に景色を楽しみました。お土産物を冷やかしながら、次の峠に向けて英気を養います。この山小屋を過ぎると、さらに尾瀬沼をぐるりと回りこみ、山小屋へ。そこからは急な登りがあり、その先では三平峠が私たちを待ちうけています。

さて、三平峠。確かに登りは急でしたが距離が短い。私にとっては拍子抜けがするほど簡単に突破できました。さすがに私の腰は痛みを感じはじめていました。が、何とか皆さんの足手まといにならず、無事に峠を越えられたのはよかった。三平峠を過ぎれば後は下るのみ。ここからは、ひたすら峠を降り、大清水まで向かいます。

峠を過ぎてから私の印象に残ったのは二カ所。一つは湧水がきれいだったこと。もう一つは道にわずかにできた水たまりに、無数のオタマジャクシが群がっていたことです。その生命のたくましさというかみなぎる力。自然の営みの妙を感じた瞬間でした。しばし足を止め、ただただオタマジャクシの集団に見ほれました。

さらに下っていくと川に行きあたりました。その川沿いにしばらく進んでいくと滝が見えました。今回の尾瀬の旅で、もし可能であれば三条の滝に行ってみたかった。ところがそれは昨日訪れたヨッピ吊橋のさらに先にあります。行程の中に組み込むには難しく、とても行くのは無理。なのでここで見た滝が、今回の旅で私が見た唯一の滝です。後から調べたところでも無名の滝。おそらくはこちらのサイトに載っているナメ沢の2段十メートルの滝だと思います。あまり自信はありません。ですが、今回の尾瀬の旅で唯一出会ったこの滝は、精一杯の滝姿を私の前に披露し、水しぶきを上げていました。

山道を下っていくと急に道が広がりました。そこは一ノ瀬という地。かつてはここまでバスが来ていたらしく、朽ちたバス停と小屋が残っています。ここで長く伸びきったパーティーの後続を待ちました。一ノ瀬からは、ある程度舗装された道を行くのみ。私たちは数人で歩きつつ、しゃべりつつ、大清水まで下っていきました。大清水バス停。ここは上毛高原駅へ向かう直通バスの発着所でもあります。私はリーダーにお願いし、帰りのバスの切符もお願いしました。お金を借りたので他のお土産にはお金は使えません。ここでバスに乗ってしまうと尾瀬を離れてしまう。そんな中、私の心に手持ちの金がない後ろめたさがあったのは悔やまれます。

大清水から上毛高原へのバスは、来た時と同じく二時間ほどかかりました。皆さんは、眠りを取ったり車窓を眺めたりしながらバスに揺られていました。私は、持ってきた文庫本を読みながら、行きのバスでも見かけた吹割の滝や、ロマンチック街道に沿って点在する名所の数々を目に焼き付けました。遠からず必ず再訪することを誓いつつ。

上毛高原駅に到着しました。ここからの帰りの切符はクレジットで購入し、約30時間ぶりに自分のお金で支払えました。そして切符の購入待ちをしている間に、帰りの新幹線はやってきました。なので、上毛高原駅でもあまり余韻を味わう間もなく、帰りの新幹線に乗って群馬を離れます。この日は余韻を味わう間もないほど、すんなりと過ぎてしまったのがちょっと残念です。私は新幹線を大宮で下車。大宮からは数名に分かれ一緒に帰り、新宿からは小田急線でお近くに住む方と帰りました。道中、いろいろな話をしながら旅の余韻を噛み締めていました。家に帰ったのはまだ日が高く、私にとってはまだ現地にいてもおかしくないほどの時刻。私が今までに経験してきた旅のほとんどは、夜になってから現地を出ることがほとんどだったので。ですが、これこそが山ガール・山男の時間軸なのでしょう。勉強になりました。

最後に、今回連れて行ってくださったパーティーの皆様、そしてお金を貸してくださったリーダーにお礼を言わねば。誠にありがとうございました。とても素晴らしい二日間になりました。ちなみにお金は翌日にきちんとリーダーに振り込み、お返しできました。

この旅から四カ月後、私は独りで吹割の滝を訪れました。さらにバスの車窓から気になっていた奥利根うどんのお店にも立ち寄りました。ですが、一人で尾瀬を再訪するには敷居が高いようです。幸いなことに、今回のパーティーで再度尾瀬を訪問する計画が持ち上がっているようです。再び、尾瀬を訪問できればこれほどの幸せはありません。


One thought on “尾瀬の旅 2018/6/3

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