甲子園球場に浜風が吹けば、場内アナウンスが聞こえる。そんな至近距離に私の実家はある。20代半ばで東京に出るまで、大半の年月を実家で過ごした私にとって、プロ野球とは阪神と同義であった。

阪神ファンにとって、憎き相手は巨人。阪神ファンにとって、これは常識。子供の頃からさんざん刷り込まれる。

ところが、子供の頃の私にとって、巨人よりも嫌いな球団があった。それは南海ホークス。

我が甲子園球場至近の小学校にも、迫害をものともせず、巨人ファンを貫く連中がいた。ある時、巨人ファンの友人と応援するチームのことでやり合った。確か1984年、甲子園が日本一に酔う前の年の事である。詳細な内容は忘れてしまったが、彼に対し、「巨人は嫌いやけど、南海の方がもっと嫌いや」と言い返したことがある。

当時の私の心を思い返すと、巨人ファンの彼に対するおもねりもあったとは思う。ただ、そのころの私にとって、また、甲子園付近の住民にとって、南海ホークスとはこのような扱いであった。小学生の頃から野球史が好きで、大人向けの野球史の本を読んでいた私。南海ホークスのかつての栄光を知らなかった訳ではない。それでも、80年代の南海ホークスは、私にとってくすんだ存在でしかなかった。

本書は、南海ホークス球団の歩みを軸に、野球ファンと球団の関わり合いに焦点を当てている。南海ホークスと言えば、鶴岡監督という個性の下、100万ドルの内野陣を形成し、プロ野球の歴史に確かな足跡を残している。私が思うに、間違いなく歴代最強チームの一つだろう。だが、本書ではプレーヤーの偉業やそれぞれの紹介にはそれほどページを割いていない。野村監督ですら現役時代のエピソードはささやき戦術や月見草の語りが登場するのみである。むしろ、ユニフォーム変更などといったファンサービスの実践者として、また、引退後の解説者、執筆者としての露出についての方が多く取り上げられている。ドカベン香川選手もわずかな登場のみである。

このように、本書ではあくまで南海ホークスという球団とファンとの関わり合いを中心に据え、プロ野球ファンの生態史の分析を主眼としている。もちろん、御堂筋パレードには紙数も割かれているし、ダイエーへの身売りにも筆を費やしているが、それは球団とファンの関わりを語る上で欠かせないから。それに反して、プロ野球史では避けて通れない2リーグ分裂のごたごたにはそれほど触れていない。それよりも、当初のパ・リーグの旗振り役であった毎日の離脱による、マスコミ露出の激減と、それによるパ・リーグの長期人気低落の原因分析に重きが置かれている。

また、本書では野球ファンの応援史としての記述も充実している。早慶戦の応援スタイルから始まり、トランペットや鉦や太鼓の応援スタイル。果ては広島ファンが発祥とされているジェット風船から、甲子園の応援スタイルへと話題は膨らむ。大変興味深い一節である。

本書の分析はさらに続く。私の嫌っていた80年代の南海ホークスが、懸命のファン獲得への努力を行っていたこと。ホークスを応援し続けるファンの願いをよそに、身売りされるまでの経緯。そして、南海亡き後のファンが、どのように心の整理をつけたかにも分析の幅は広がる。甲子園の超人気チームの陰で、これほどの悲哀のドラマが繰り広げられていたことに、私は胸を衝かれた。

そして終章では、福岡に移ったダイエーホークスが、どのようにして集客力を高めていったかについて、様々な角度から考察を重ねる。ダイエーという巨大小売業の物量作戦と、西鉄移転後にプロ野球が渇望されていたという利点はあったとはいえ、見事にファンの心をつかんだダイエーホークスの姿に、今後のプロ野球とファンの関係を託し、本書は幕を閉じる。

その後、私が大阪球場に行くことは遂になかった。千里山にある大学に通っていた頃、よく難波で飲んでいた。行こうと思えば行けたが、遂に行かなかった。一度だけ足を踏み入れたのは、友人と難波WINSに行った時のこと。既に住宅展示場と化していたその場所は、もはや球場ではなく、私の好奇心の慰みものとなっただけであった。1998年、取り壊し開始。

私がようやく難波パークスにある南海ホークスメモリアル施設を訪れたのは、2012年の夏のことである。訪問前から聞いていたが、野村捕手・監督の紹介が露骨なまでに抹消されている施設。野村選手側の要望によるものとはいえ、「哀しい」の一言である。

本書は熱烈なホークスファンであった著者二人によるものである。合間に著者二人による一編ずつのエッセイが挿入されている。本書内の冷静な筆致とは違い、ホークスファンとしての心の叫びが赤裸々に記されており、本書に素晴らしいアクセントを加えている。その一編は、南海ホークスメモリアル施設が出来る前に書かれたと思われる。その中に、ホークス記念館の実現を熱く訴えている下りがある。南海ホークスメモリアル施設は実はそのエッセイによって実現したのではないかとまで思える一編である。いつの日か、野村選手が南海ホークスメモリアル施設に紹介されることを願わずにはいられない。

奇しくも、私が本書を読み終え、本稿に手を付けるまでの間に、水島新司さんの「あぶさん」の連載最終話が発売された。縁を感じる出来事である。しかし、これで南海ホークスの物語が終わる訳ではないと思いたい。不当に南海ホークスを貶めていた少年時代の私。彼への懺悔の意図もこめ、南海ホークスという球団の物語が、大阪に今も息づいていることを、何らかの形で再び確認しに行きたいと思う。

’14/01/25-14/01/30


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