本作はトム・クルーズが好きな次女が観たいというので来た。でも実は私も観たかったのだ。なんといっても、本作に描かれているのはとても興味深い人物なのだから。何が興味深いって、本作でモデルとなったバリー・シールという人物を私が全く知らなかったことだ。

TWAのパイロットから、CIAの作ったペーパーカンパニーに転籍し、中南米諸国の偵察任務に従事。さらには麻薬組織の密輸にまで手を染め、莫大な富を得る。その破格の儲けを米国の諸機関に目をつけられ、逮捕。ところが米国の中南米政策の思惑から無罪放免となり、麻薬組織とダブルスパイを演ずる羽目になり、最後は麻薬組織から暗殺される。

これが全て実話だというからたいしたものだ。マネーロンダリングが間に合わず、厩舎や地面に金を埋めるあたりなど、思わず疑いたくなるが、どうやら実話らしい。

本作を魅力的にしているのは、現ナマの醸し出すリアルさだ。銀行送金によらず、札束が持つリアルな感触。資金の移動がすなわちデータの書き換えに堕した現在、味わえない金の生々しさ。瞬時にCPUがトランザクション処理で右から左にデータを移す今では、富の実感も薄れるばかり。本書のように札束があちこちに散らばり、置き場所に困るような事態はもはや神話の世界の話だ。

また、70年代末から80年代前半の、今から見ればローテクなインフラを駆使し、膨大な作業を取り仕切るバリー・シールの動きも見どころだ。複数の公衆電話を使って連絡を並行して行うシーンなど、スマホがこれだけ普及した今では、かえって新鮮に思える。スマートなデータが幅を効かせる今だからこそ、バリー・シールの行動に憧れを抱くのかもしれない。IT世代のわれわれは。

そしてもう一ついい点。それはバリー・シールが家族思いなところだ。吠えるほど捨てるほど金があっても、彼はただ家族と共にいることを望む。浮気もせず、ただ日々の仕事に邁進する。仕事で操縦し旅することで自分の欲求を満たし、スリルと報酬を得る。とても理想的ではないか。趣味と仕事が一致していれば、浮気にも走らない。そもそも浮気する必然すらない。日々が充実しているのだから。そんなところも社会に飼いならされた大人にとって魅力的に映るのだろう。

本書は映像も見応えがある。作中、カーター大統領やレーガン大統領が演説する実映像が幾度か挿入される。それがまた、当時の色あせた映像になっている。そればかりか、バリー・シールを映した映像すら、当時のフィルムを使ったのかは分からないが、いい感じに色あせている。それがまた、ITに頼らぬ時代のヒーロー感を演出しているのだ。

また、パンフレットによると、本作の飛行シーンには一切CGを使っていないとか。それどころかスタントさえ使わず、トム・クルーズ自身が操縦し、危険な飛行に臨んでいるという。まさに役者魂の塊である。

本書全体から感じられるのは、時代の断絶だ。人が情報技術に頼るまえ、人はなんと粗野でワイルドで、魅力的だったことか。コンピューターがオフィスの外に飛びだし、人々の生活に入り込んだことで、何かが失われしまったのだ。得るものも大きかっただけに、喪ったものも同じ。それを象徴しているのが、本作のあちこちにはびこる札束なのだろう。札束を見ずに生活できるようになった今、その分、雑然としたエネルギーが街中から消え失せ、人々は小さくスマートにまとまりつつある。

でバリー・シールをヒーローと書いた。だが、本来なら彼はアメリカにとってただのヒールでしかない。でも、薄れゆくエネルギッシュな日々を現代のスクリーンに体現した彼は、やはりまぎれもないヒーローなのだ。トム・クルーズが本作で演じているのは悪役ではない。彼にはやはり、ヒーローが似合う。私はそう思った。

‘2017/11/12 109シネマズ港北


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