今年に入ってから一本も映画を見ていなかった。六月も終わろうとする今日、ようやく見たのが本作だ。

本作のアニメ版は何度も見た。娘たちが幼い頃はわが家のビデオでよく流していた。東京ディズニーシーにはアグラバーを模した街があり、娘たちが幼い頃は毎年そこに訪れては写真を撮ったものだ。そんな思い入れのあるアラジンが、最近の実写化の流れに乗って封切られたので家族で映画館に行ってきた。

東京ディズニーシーのアグラバーの一角には「マジックランプシアター」というアトラクションがある。そこでのジーニーは3D眼鏡の向こうではちゃめちゃなショーを展開してくれる。今までにも何度か見たが、なかなか面白い。実際、ジーニーというキャラクターは愛嬌もあって憎めない。魔神という恐ろしい存在であるはずなのに、その雰囲気を微塵も感じさせない。ディズニーの諸作品の中でも異彩を放つキャラクターだと思う。本作のジーニーも同じ。ジーニーを演じるのはあのウィル・スミス。

私はジーニーのはちゃめちゃな感じが本作でどこまで表現されているのか期待しながらみた。ところが、どうにも乗れない。例えば登場シーン。CGではなくVFXの粋を極めたような特殊効果。まさに現時点でVFXの先端を行く特殊効果に満ちた登場シーンなのに乗れない。ウィル・スミスの演技にもわざとらしさや下手さは感じられない。それにもかかわらず、アニメ版のジーニーのシーンと比べると何やら少し冷静になって見ている自分がいる。

なぜだろう。いまや、ちょっとやそっとの特殊効果では動じないのだろうか。荒れ狂う溶岩や真っ暗な洞窟の中、さらに見渡す限りの砂漠を舞台に、ジーニーが願い事のやりかたをアラジンに教えるシーンは特殊効果のオンパレード。アニメ版やマジックランプシアターとはレベルが違う特殊効果がこれでもかと繰り出され、現代に生きる醍醐味を堪能させてくれるシーンだ。リアルでありながらありえない誇張の数々。アニメの世界がそのまま実写になったようなものすごい展開の連続。であるにも関わらず、いまいちのめり込めない自分が意外だった。エンド・クレジットでとても多くのデジタル担当の名前が並んでいたのもわかるほど、ものすごい特殊効果だったのに。

それはひょっとすると、本作で見るべき本質はそこにないと、私が心の底で思っていたからかもしれない。そう、本作で見るべき点はほかにある。それはジーニーの登場シーンでもなければ、アニメ版でもおなじみのアラジンとジャスミンが魔法のじゅうたんで世界を飛び回るシーンでもない。アニメ版であればA Whole New Worldが流れる有名なシーンはクライマックスだが、本作はあくまでも展開の中の一つに過ぎない。

私が本作で面白いと思ったシーンは他にある。例えば冒頭のシーンだ。このシーンについてはあまり書かない。これから本作を見る方にとっては興を削ぐことになるから。だが、そのシーンは本作をアニメ版と隔てる最大の点かもしれない。独自の解釈がとてもいい。また、アラジンが登場するその次のシーンも私の印象に残った。アグラバーの活気ある街並みの中、コソ泥のアラジンが所狭しと駆け回る。アラジンの愛嬌と本質がよく描かれ、本作の全体の伏線にもなっている。みていて見事だった。ガイ・リッチー監督の手腕が光るシーンだ。

そして、見逃せないのは本作の脚本だ。そもそも、アニメとしてあまりにも有名な本作を、ただ単に特殊効果を披露するためだけに実写化しただけで何の意味もない。現代だからこその独自の視点が求められる。監督はそこをよくわかっていたと思う。

例えばジャスミンの自立した女性としての描かれ方は今の独自の視点だ。女性の意志や立場の強まりは、最近の映画でもよく描かれる。男女が真の意味で平等であること。本作にもその風潮が濃厚に反映されている。ジャスミンの女性としての受け身ではない強さがとても印象的だ。

ジャファーもアニメ版ではいかにもな悪役ぶりを発揮していた。だが、本作でのジャファーはとても人間的だ。あくなき権力欲が悪役としての存在感に説得力を与えていたように思えた。アラジンにしても、本来の自分と装った自分の間でジレンマに悩むシーンがある。そうしたシーンも現代の一つの断面として見逃してはならない。

また、本作は、主役の他の人物にも光をあてていたことが素晴らしい。アラジンとは、アラジン・ジャスミン・ジーニー・ジャファーの四人だけが登場する物語ではない。当然ながら四人以外の人物も登場する。それらの人物がきちんと描かれていたのが本作の優れていた点だ。例えばジャスミンの侍女であるダリアの描かれ方や、国王の忠実な部下であるハキームの描かれ方は、間違いなく本作に深みを与えていたと思う。勧善懲悪と自由を求めるだけの物語では、目の肥えた観客の心はつかめない。監督はそのことをよくわかっている。

もちろん、そうした監督の意志を演じる俳優陣の動きも見事だ。ウィル・スミスは、登場シーンこそ豪華絢爛な特殊効果に惑わされて本来の演技力が現れていなかった。(そもそもあのシーンはほぼCGらしいが)。だが、アラジンの忠実な従者として振る舞う姿や、単なる魔人ではなく人間になりたいという切ない願いは、ジニーに単なるトリック・スターではない新たな解釈を与えていたと思う。

本作で良かったのは、ウィル・スミス以外の主要キャストのほとんどが中東にルーツを持つ俳優陣で固められていたことだ。私は常々、ハリウッドが欧米の文化を押し付けることがあまり好きではなかった。どこか舞台であろうとも欧米中心の視点で描かれることが。だからこそ本作の主要なキャストが中東にルーツのある人々によって演じられていたことにとても安心した。

だが、正直に言うと、冒頭のアグラバーの街の描写が見事だっただけに、行き交う人々の発する声が全て英語だったことには毎度のことながら、幻滅を感じた。ただ、ハリウッドの作品である以上、それはもう必要悪と思うしかない。だからせめて、俳優陣の顔立ちが中東の風味を備えていてくれたことに救いがあった。

先日の「Bohemian Rhapsody」の主演のラミ・マレックもエジプトにルーツを持つそうだし、本作でアラジンを演じたメナ・マスードもエジプトにルーツを持つそうだ。これからもそうした俳優がどんどんハリウッドに進出して欲しいと思う。欲をいえば作中でもアラビア語を操ってくれれば言うことなしだ。

そうした国際色の豊かな俳優陣の中でも、ジャスミンを演じるナオミ・スコットの惚れ惚れとするような美貌ぶりは際立っていた。インドにルーツをもつそうだが、アニメ版のジャスミンを彷彿とさせる顔立ちでありながら、本作の重要なモチーフである女性の持つ強さを表現していて、まさに適切なキャスティングだったと思う。

本作は、教訓めいた内容もあるが、あまり深入りしていない。あくまでも華やかできらびやかな魔術の世界、アラビアン・ナイトの世界観を楽しむのが良いと思う。現代の最新技術を堪能するだけでなく、細かい部分でもアニメ版と比べるとよい。とにかく豊かだ。アラジンやジャスミンの歌う新曲もよいし、魔法のじゅうたんやアラジンと行動をともにするアブーの愛らしさといったら!アニメ版を飽きるほど見ていても、本作は見る価値はあると思う。純粋に楽しめる映画だ。

‘2019/06/29 イオンシネマ新百合ヶ丘


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